魔王の三男だけど、備考欄に『悪役令嬢の兄(尻拭い)』って書いてある?

北川晶

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26 ファイアドラゴン、投げるぅ? ②

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 ナイリくんは、ピィちゃんが入っている氷の檻を胸の前で持っているけど。
 ピィちゃんが動かないから、べそっと泣いた。

「ぴ…ピィちゃん、死んじゃうの?」
「サリーが殺すなと言ったから、死んだりしない。爬虫類はちゅうるいは、低い温度の中では活動を制限するから。眠っているだけだ。本当は氷のやりで串刺しにして、駆除するつもりだったが。サリーに感謝するのだな?」

 マルチェロが、そうナイリくんに説明してくれた。
 そうか、爬虫類の特性を知っているから氷の檻に入れてくれたんだね?
 ぼくは知識ばかり知っているけど、そういう応用はできない。
 でもマルチェロは、そういうことを思いついて実践できる。
 頭がよくて、すごいなぁ。尊敬しますぅ。

「壊されたり傷つけられて、泣くほどの宝物は、子供会に持ってきては駄目だよ。私もディエンヌに宝物を傷つけられてしまったんだ。サリエル兄上が直してくれて、良かったんだけど。もう絶対に。大事なものを人前に持ってこないようにしようって、そのときに思ったものだ」

 シュナイツも、そう言って。
 ぼくはナイリくんに、キラキラした目で見られてしまった。
 いえ、ぼくは。今回なにもしていないので。

「ナイリ。ファイアドラゴンでサロンを燃やしてしまったことは、なかったことにはできない。従者と家族にも、報告と処分が下されるだろうし。ナイリ自身も、罰則を覚悟しなければならない」

 厳しい視線で、兄上がナイリに言い渡し。
 ナイリはすがるような目を、兄上に向けた。

「ピィちゃんは、処分されてしまうのですか? 駆除を?」
 ぼくも、兄上に。それだけはどうかご容赦をぉ、という目を向ける。
 すると兄上は、引き結んでいた唇をフとゆるめて。ぼくに言った。

「駆除はしないよう、働きかけてみよう。だが危険な魔獣に違いはない。世話や管理は徹底すること。今後、魔王城へ持ってきてはならぬ」
 兄上の恩情に、ナイリくんは目を涙ぐませて。告げた。
「はい。レオンハルト様のお言葉通りにいたします」

 そうしてナイリくんは氷の檻に入っているピィちゃんを防火ボックスにしまい。
 いっぱい頭を下げながら、部屋を出て行ったのだった。

「一件落着ですね、兄上」
 ぼくはホッと息ついて。紅茶をひと口飲んだ。
 他のみんなも円卓で思い思いになごむ、お茶会のような雰囲気になって。
 良かったと思ったのだけど。

「本当に一件落着かな? マルチェロ、防御魔法が発動するようでは、サリュの護衛が果たされているとは言えないと思うのだけどな?」
 兄上に視線を向けられて。マルチェロは身を小さくした。

「いけません、兄上。マルチェロはちゃんとぼくを助けてくれたのに。それにマルチェロは、ぼくのお友達なのです。お友達に護衛をさせるというのは。それは。ちゃんと、お友達になれないような気がします」

 ぼくは兄上を見上げて訴えた。
 だって。お友達とは、気兼ねなく遊びたいのだ。
 それに、任務だから仕方がなく遊んでくれたのかと思うと。なんだか、悲しいし。
 そんな気持ちがあったら、本当のお友達とは言えないような気がするんだ。

 でも兄上は、小さく首を振り。ぼくに説明するのだった。
「マルチェロは、ちゃんとサリュのお友達だよ? だが私にとって彼は、従兄弟で。任務を与える仕事仲間でもある。マルチェロにとってサリュの護衛は、私から与えられた仕事で。果たさなければならない責務でもあるんだ」

 ぼくのそばには、なにかとやらかすディエンヌがいる。
 兄上はいつもぼくを心配していて。
 だからマルチェロに、そういう任務を与えたのだろう。

 それは、ちゃんとわかっているのだけど。
 お腹の、脇の、端っこの方が。なんだかモヤモヤする気がして。すぐにうなずけなかった。
 するとマルチェロが、眉間をムニュムニュさせるぼくに言い添えた。

「サリー。サリーは、私の大切なお友達だよ? そしてサリーを守るのは、私がレオンハルトから任された、大事な仕事でもある。でもね。私は任務だからサリーを守っているのではなくて。私の大事なお友達だから、サリーのことを、なにものからも守りたいと思っているんだよ」
「でも、お友達は。対等なものじゃないの? 守ったり、守られたりするのは。お友達ではないんじゃないの?」

「そんなことはない。年長の者が下の子をかばうことは、よくあることだし。それにサリーは私がピンチのときには助けてくれるだろう? それと同じことだよ」

「うん。もし、マルチェロのことをぼくが助けられるのだとしたら。ぼく、助けますっ」
「だろう? でも私は。サリーよりも大きな魔力を持っているから。私が助ける場面がちょっと多い。それだけだよ。あとね? 自分より弱い者を守るのは、騎士として当然のことだ」

 騎士、という言葉を聞いて。ぼくの脳裏に、マルチェロと初対面のときの場面が浮かんだ。
『いつも守られる側だったから、騎士のように、姫を守るのにあこがれていたんだよねぇ』
 そう彼が言っていたことを、思い出したんだ。

 ぼくは、姫ではありませんと言ったのに。
 え? あれ、ですか?
 騎士ごっこは続行していたのですか?
 えっと、三年も続行? すごーい。

「だからね? サリー。私に、もう少し騎士の真似事をさせてくれないか? レオンハルト。もう一度チャンスをください」
 マルチェロは、ぼくと兄上に交互に頭を下げた。

 うぇえ? そんなことしなくても。ぼくは大丈夫だし。
 騎士ごっこがしたいなら、何度でも付き合いますからぁ。
 でも、兄上は。うーん、と。渋った声を出すのだった。
 もう、意地悪はいけませぇぇん。

「兄上、マルチェロを怒らないでください。ほらぁ、そんな御ツノはしまってぇ」
 ぼくはカウチの上で膝立ちをすると、兄上の額に突き出ているツノをナデナデした。
 すると兄上は、また破裂音のような笑い声を出すのだった。

「ハハハッ、サリュ、そこは駄目だって。待て待て、ハハハッ」
「いつまでも怒っているから、御ツノが引っ込まないのです。あぁ、赤くて腫れているみたいで、痛そうです」
「ハハハッ、サ、サリュ…ちょっと、はしたないからやめなさい。わかった、マルチェロは許すから、ハハハッ」

 兄上のお許しが出たので、ぼくはマルチェロを振り返りました。
「良かったですね? マルチェロ。兄上が許してくださるって…」
 すると、マルチェロはちょっと顔を赤くしていて。
「う、うん。ありがとう、サリー」
 とは言うものの、どこか視線がうつろな感じで。

 だけではなく。マリーベルは口元を手で隠して、目を丸くしているし。
 シュナイツもエドガーも、見てはいけないものを見てしまった、とばかりに。顔を赤くして、視線をそらしていたのだった。

 ん? あれですか?
 もしかして、いつも威厳アリアリの兄上の爆笑を見て、驚いたのでしょうか?

 でも、まぁとりあえず。これですべては、まぁるくおさまりましたね?
 ディエンヌのやらかしも…サロンは焦げてしまいましたが、最小限の被害で済んで、良かった、良かった、です。
 今回も、尻拭いは無事に完了いたしましたっ。

     ★★★★★

 ちなみに。屋敷に帰ったあとで。
 人前で爆笑させられた兄上は、ぼくをコチョコチョの刑に処した。
 しかししかし。そこで言われたのは、衝撃的な事実だったのだ。

「サリュ? 魔族のツノをナデナデする行為は、性器をナデナデするのと同じくらいの性的行為に近い、恥ずかしい行いだから。人前でしてはいけないよ? あと、そういうものだから、私以外の者のツノに触れるのもダメだからね? これは絶対だからね? さらに。赤くて腫れていて痛そうなものを見て、ナデナデしながらそう言うのは。とっても卑猥ひわいに聞こえるから。人前で言ってはいけないよ? わかったね?」

 なんですとっ?
 そんな風に言われたら、性的知識がそれなりにあるぼくですから。それがいかに卑猥な言葉と行為だったのか、わかってしまって。
 今更ながらに、恥ずかしい気持ちになりました。
 ゆでだこっ、ぼく、今、絶対、ゆでだこみたいになっています。

 い、言い訳をするとぉ。
 ツノのことは。ぼくにはツノがないので。ツノをナデナデされる感触というものを知らなくてですねぇ。

 だから兄上の反応を見て、今まで、ただくすぐったいだけかと思っていたのです。
 でも、そうですか。
 あれ、気持ちがいいのですね?
 魔族にとってツノは大事なものである、とは知っていたから。
 兄上以外の人のツノに、触れたことはないのですが。

 良かった。誰のモノも触らないで。兄上だけで。

 知らなかったゆえの、恥ずかしい行為なので。お許しください、兄上。
 あとコチョコチョも、そろそろお許しください。やーめーてー。

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