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25 ファイアドラゴン、投げるぅ? ①

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     ◆ファイアドラゴン、投げるぅ?

 子供会では、仲良しグループで固まっていることが多く。
 ラーディン兄上のグループは、主に外で騎士ごっこをして体を動かしていることが多かった。

 そしてぼくのそばにいるのは、ちょっとおとなしめのインドア派グループ。
 お勉強や読書が好きなタイプが集まっているため、サロンの中でお茶を飲みながら、静かに過ごすことの方が多かった。

 ディエンヌはお取り巻きが数人いるのだが。
 お友達には、意地悪はしていないみたい。
 それにこの頃は婚約者候補の選別をすることになったようで、ちょっとおとなしい。

 このままずっと、おとなしい子になってほしい。
 ディエンヌもお年頃だし。きっと婚約者ができたら、妙な悪事もたくらまなくなるんじゃないかな? 
 希望的観測。
 なーんて思っていたんだけど。
 あ、もしかしてこれって、自分でフラグ立てちゃったってやつ? いやいやいや。

「きゃーっ、ファイアドラゴンよぉ」
 そう言って、ディエンヌがなにかを、ぼくらの集まる机に向かって投げてきた。

 キャー、とか言っていますけど。
 ぼくは見ていました。ディエンヌがなにかの箱に手を突っ込んで、それを嬉々とした顔で、ぼくに向かって投げたところを。

 そばにいた男の子が、慌ててそれに手を伸ばしている。
 ここら辺はスローモーションのように見えた。
 こちらに飛んでくる、物体。それの横に備考欄が見えます。

『ファイアドラゴン、トカゲに似た魔獣。体長二十センチと小さいが、火を噴く。家屋を焼く火力があるので、みつけたら駆除対象』
 え、駆除対象? 小さなトカゲなのに?

 つか、駆除対象魔獣のファイアドラゴン、投げるぅ?

 そう思っていたらファイアドラゴンが口を開け、グワッと火を巻き込んだような火炎玉を吐いて。
 その炎に、ぼくのブローチが反応した。

 マリーベルとシュナイツが、すかさずぼくの両脇にくっついてきて。
 みんなを囲うドーム型の結界が、発動。
 ファイアドラゴンが放った火のかたまりは、その結界にすべて弾かれて。
 火炎が部屋の四方にブワッと飛び散った。
 ディエンヌに投げられ、飛んできたトカゲも。
 結界にぶち当たって、べしょっと床に落ちた。

 わわわ、ぼくはこのとき、いっさいなんにもしていないのだけど。
 とにかく、みんなが助かって良かったです。

 ファイアドラゴンの火は結界に弾かれたけど。
 それで、天井や壁に燃え移っちゃって。大人たちがワタワタと慌てて消火していた。
 水魔法の人が何人かいたみたいで、大騒ぎにはなりませんでした。

「おまえ、私たちにファイアドラゴンを投げるなんて、敵対行為とみなすぞっ」
 マルチェロが駆け寄ってくる少年に怒って、ファイアドラゴンに手を向けた。
 なにか魔法をはなとうとしたから。ぼくは、とっさに叫んだ。

「殺さないでっ」
 あれだけの火力を放つトカゲだから、駆除しなければいけないのはわかるよ?
 外に逃げたら、どこで火を噴くかわからないし。
 そうして、被害にあう人がいるかもしれないからね?

 でも、このトカゲ。ディエンヌの取り巻きの、あの男の子が飼っていたんじゃないかと思って。
 マルチェロに怒られたけど。
 あの子、トカゲに向かって駆け寄ってきているからね。

「…もう、サリエル。防御魔法がなかったら、丸げになっていたかもしれないんだぞ?」
 マルチェロはあきれた声を出す。
 でもトカゲを殺さないで、氷のおりで囲うだけにしてくれた。
 その男の子は氷の檻の中でぐったりしているトカゲをみつめ、涙をこぼした。

「泣いてもダメだぞ。私たち、高位貴族の子息にこのようなことをして、ただで済むと思うな? どうしてこんなことになったのか、ちゃんと説明しろ」
「…それは」
 男の子が説明しようとしたとき。

 庭に、バリバリどっかーんと。大きな雷が落ちた。

 サロン全体がビリビリと震えるような、轟音と振動で。みんなは身をすくませ。
 庭の芝生の焦げた部分から立ちのぼる、煙がふわっと霧散すると。

 あわわ、来ちゃいました。レオンハルト兄上です。レオンハルト兄上が、立っていましたぁ。

 仕事中だったのか、あい色の髪を無造作にゆるく後ろで結んでいて。
 はらりと落ちかかる前髪が、煙にゆらりとなびいて。とっても色っぽいですっ!
 でもアメジストの瞳がギャギャッと輝く、憤怒ふんぬ形相ぎょうそうで。
 普段は小さくて目立たないひたいのツノも、ガっと上に伸びあがり。色も赤く、燃えるような色になっている。
 なんだか、痛そう…。 

 ぼくとおそろい、ポンチョなしの漆黒の衣装を身にまとい。
 庭に降り立つそのたたずまいは、さながら魔王降臨といった感じです。
 まだ魔王じゃないけど。

 あ、牙も出ているから、ドラキュラっ。
 ぼくのなんちゃってドラキュラより、ドラキュラ感が出ていて、だからドラキュラがいいですっ。

「ディィィィエェェンヌゥゥゥゥッ! 私のサリュに、なにをしたのだぁぁぁぁあっ?!」
 誰もが震える雄叫びをあげる、兄上。
 あぁ…騒ぎにはならずに済んだ、と思っていたのに。
 これはもう、大事になってしまいましたよぉ?

「あぁ、レオ、来ちゃったか…ですよねぇ? 物理攻撃無効化が発動したもの。私の命も風前の灯火だ」
 マルチェロも遠い目で、なにやらつぶやいています。

「大丈夫ですよ、マルチェロはぼくを助けてくれたのだから。ちゃんと説明します」
「頼んだよ。私の命はサリーにかかっているからね?」
 大袈裟だなぁ、と思いながらも。ぼくは小さくうなずくのだった。

「いったい今度は、私のサリエルになぁぁにぃをしたのだぁっ?! ディエンヌゥッ。おまえのすさまじい悪意が、サリエルの宝石を通して私に伝わってきたぞぉっ」
 庭に面した開け放してある窓から、兄上はサロンに入り。ディエンヌを睨み下ろす。

「あ、あ、兄上。ぼくは大丈夫でございますぅ」
 ぼくは兄上に駆け寄り、とにかく無事を伝えます。
 するとかがんだ兄上は、ぼくをむぎゅっと抱き止めて。
 ふわりと抱き上げて。右腕にぼくをプヨリと座らせた。不安定なので、ぼくは兄上の首周りのシャツにしがみつきますが。
 ひえぇぇ、これは。ちょっと恥ずかしいやつですぅ。
 いたいけな幼児ではないのです。
 可愛げのない、ぽっちゃりな十歳で抱っこは、見るに堪えないかと…。

「あら、お兄様。ごきげんよう」
 ディエンヌは、兄上がこんなに怒っているのに。優雅な微笑みをたたえて、シャナリと淑女の礼を取るのだった。
 もう、マジで。強心臓きょうしんぞうだな?

「ご機嫌に、見えるか?」
 その、低い、低い、地獄の大魔王もびっくりするほどに地をう声に。ぼくの方がビビります。
 でも、ディエンヌは。兄上をからかうみたいに、そっと笑うのだった。
 強心臓すぎだっ。

「ちょっとしたお遊びに飛んでくるなんて。お兄様ったら、大袈裟ですわぁ?」
「サロンがなにやら焦げ臭いが? おまえはお遊びで部屋を焼くのか?」
「それは、私のせいではありませんわぁ? この子が持ってきたファイアドラゴンのせいですもの」
 そうしてマルチェロのそばにいる子を、ディエンヌは指さした。

 兄上はちらりと、その子とトカゲを見やるが。
 本質はディエンヌのやらかしだとわかっているので。無言だった。
 あの子は…兄上の視線で殺されそう、って顔をしているけど。

「そんなことより、お兄様? いつまでサリエルと婚約ごっこをなさっているの? こんな、太りすぎで肉も脂肪まみれで食べられやしないニワトリと、本当に結婚なさるおつもりぃ? サリエルなんかどうせ愛せやしないのだから。早く婚約破棄して、私と結婚しましょうよ?」
 ひどいっ。脂肪まみれとか、言わないでくださいぃ。
 本当のことは、とても傷つくのですぅ。反論できませんからぁ。
 という、気持ちがにじみ出て。兄上のシャツをギュムと握ってしまいました。

「おまえまで、あの女と同じ戯言ざれごとを言うとは。呆れるな」
 あの女というのは、エレオノラ母上のことなのですけど。
 もはや、兄上は。あの女呼ばわりするほどに、ぼくの母上を嫌っております。
 そして母上を、ぼくの母上と認めてもおりません。

 まぁ、気持ちはわかります。
 まだ六歳の兄上が、赤ん坊のぼくを育てたのですから。
 子育て丸投げの母を、良い気持ちで見られるわけはないのです。

「それに、おまえは。私などに興味はないだろうが?」
「そんなことありませんわぁ。次期魔王と結婚出来たら、一生贅沢ぜいたくできますもの?」

 ディエンヌの主張は、母上が魔王の子を懐妊したときに言ったセリフとまるで同じだった。
 母上もディエンヌも、どうして目先のことだけに囚われるの?
 全然兄上個人のこと、見てないじゃん。
 兄上はとても素敵な方なのに。次期魔王ってところや、贅沢なんて、そんなくだらないことしか言えないの?
 そんなディエンヌに兄上を取られるなんて、絶対に嫌だったし。結婚なんて言葉も出してほしくないよ。

「…第一、私は。血縁の者と結婚する気はない」
 兄上がぴしゃりと跳ねつけてくれたから、ぼくはホッとしたけど。
 ディエンヌは。
 なにがおかしいのか。にやりと。片頬をゆがめて笑った。

 あぁ、悪役令嬢、ここに極まれりな顔をしています。ディエンヌ、悪役令嬢待ったなしですぅ。

「あ、そうだったぁ。サリエルはお兄様とは血のつながりのない、赤の他人でしたわね? サリエル? 今あなた、お兄様に赤の他人って言われたのよぉ? 可哀想に。あなたとお兄様の間にきずななんかないのねぇ? それはそうよねぇ?」

 いかにも。鬼の首を取った、みたいな顔で。ディエンヌは高笑いした。
 兄上は、鬼ではなく魔族です。
 それともこの場合は、ぼくの首なのでしょうか? ひぇぇ。
 いや、そこではなく。
 ぼくは…今のやり取りで、なんでディエンヌがそんなに笑うのかわかりません。

「バカな。絆など。私とサリエルの間には、ぶっとい、誰にも切れぬ絆があるに決まっているではないか?」
 そう言うと、兄上は。すぐそばにあるぼくのほっぺに、頬を擦りつけて。
 ディエンヌに挑発的に笑い返したのだった。
 サロンにいる、御令嬢やその家族の女性陣まで。きゃぁと華やかな歓声が上がる。

「十年近く同じ屋根の下で暮らし、サリュには愛情をたっぷりとそそいできたのだ。おまえや、おまえの母のように。血のつながりがあっても、サリエルをかえりみようとしない情のない者たちが。崇高な絆のなんたるかを語るなど、片腹痛いぞ」

「ふん、レオンハルトお兄様は魔王になる素質はあっても、美的センスは皆無なのね? がっかりだわぁ」
 ディエンヌは、まだまだ憎まれ口をたたいてくる。
 なに? どんだけストレスたまってんの?

「おまえより人を見る目はあるのだ。表面的なことばかりに囚われ、美だけを誇るおまえは。母親同様、中身もからっぽのようだな?」
「母上のことを私に言わないで頂戴。あぁあ、つまらないわぁ。子供のお遊びに大人が口出しをするなんて。無粋だわよ。気分悪い。私、帰る」

 そう言って、ディエンヌはドレスのすそをひるがえして、従者を引き連れサロンを出て行った。
 サロンの中の者たちは。ようやく息をつけたかのように。肩を落とした。
 兄上が『…殺してぇ』とつぶやいたから、また肩がひえっと上がったけど。

「マルチェロ、なにがあったか報告するんだ」
 兄上に鋭い目で見られ。マルチェロは肩をすくめた。
「今、当事者のこの子に話を聞くところだったのです」
 一部焼けてしまったサロンから出て、別室で彼に詳細を聞くことになりました。
 っていうか。兄上ぇ、そろそろ降ろしてくださいませ。
 十歳にもなって抱っことか、恥ずかしいですぅ。

     ★★★★★

 場所を変えまして。
 ぼくと兄上、そしてルーフェン兄妹。エドガーに、トカゲの子が。円卓に座ってお茶を飲みながら、先ほどの話をすることになりました。
 ぼくは兄上の腕に座っていたところから。降ろしてはもらえたのですが。
 ふたり用のカウチにぴったり体をくっつけて、並んで座っています。

 なんか、マリーベルの視線が痛いんですけどぉ?
 っていうか。嫉妬して、機嫌が悪いのではなく。
 ハート形のお目目で、ぼくと兄上をセットでみつめてくるのが。いたたまれないというか、なんというか。
 この表情はいったい、どのような心境なのでしょうね?

「ディエンヌったら、男の色気大爆発なレオお兄様と、メジロパンクマ的凶悪な可愛さ全開のサリエル様という、魅惑のコラボ展開が見えていないのかしら? 美女と野獣ならぬ、ファンシーと艶男あでおとこ。決して相いれない組み合わせだからこその、この破壊力よ。このギャップが、あぁたまらないわぁ…」

 はい。マリーベルは、心境を駄々漏らして、すべて教えてくれました。
 なるほど。ギャップ萌えぇってやつですね? ぎゃっぷもえぇ? これはインナーの管轄のやつです。

「それで、なんで君はファイアドラゴンなどという危険なものを持ち歩いているのだ?」
 そこで、彼は。兄上に挨拶した。

「レオンハルト様、ハスミン子爵子息のナイリと申します。ぼくは、子供会でディエンヌ様のグループに入れていただきました。でも子爵の出のぼくは、立場が低く。ディエンヌ様に話しかけられません。でもどうしても、お話がしたくて。ファイアドラゴンを飼っているという話をしたのです。そうしたら興味を持ってくださって」

 あぁ、なんとなく。話が見えてきましたよ?
 ディエンヌは、この頃ぼくに間接攻撃を仕掛けてくるので。
 きっとナイリくんは利用されてしまったのですね?

「もちろんファイアドラゴンは。駆除対象になっているほどの危険な魔獣です。でも、ちゃんと世話をすれば人懐こくて、可愛らしいのです。ピィちゃんは。ぼくの大切な友人で。だから、ディエンヌ様がピィちゃんを見たいと言ってくれて、嬉しくて。だけど、危ないのは危ないので。防火ボックスの中から出してはいけませんよって…言っておいたのにぃ。ディ、ディエンヌ様は、ピィちゃんをつかんで、サリエル様に投げたのです」

 ディエンヌはかくれんぼのとき、ぼくを部屋に閉じ込めたのが成功して。
 他人を介せば、ぼくをいじめられると思ったのでしょうね。

 確かに、悪意がなければ。警報音は鳴らない。
 でも、ファイアドラゴンの炎は物理攻撃ですから。攻撃防御が反応して、結界が張られたのだった。

 兄上からいただいたブローチの性能は。本当にすごいですっ。

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