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21 っんももの木の下で ②
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っんももの木の下で、兄上に婚約の打診をされて。
ぼくは腰かけた椅子の上で驚いているところです。ナウ。
「サリュは、もちろん。私がプロポーズした日のことを覚えているだろう。だが、あのときは宣言をしただけだった。だが今回は。ちゃんと私の婚約者として、正式に手続きをしてもらいたいのだ」
「あう、しかし、兄上ぇ…」
「サリュはまだ幼いから、結婚や婚約などは考えていないと、ミケージャから聞いているよ? でも。マリーベルやシュナイツのように、サリュのいいところに気づいた者が、また求婚してくるかもしれないだろう? もちろん、私が断るがな」
そうですか。兄上が、断っちゃうのですか。しっかり言い切っちゃいましたね?
うん。いいのですけど。
婚約打診の話は断るけど、いいかな? 的な話もぼくは聞いたことないんですけど?
うん。まぁ、いいのですけど。
「私は、サリュを手放す気はないのだ。だから難しく考えずに、こういうことだと思ってもらいたい。これは、私とサリュの、成人したのちの契約。先駆けの契約だ」
「先駆けの、契約?」
前もって契約しておく、ということだよね?
それはわかるが。
なにやら、兄上の畳みかける圧が強くて。
背筋が冷え冷えです。眉間も、うにゅうにゅします。
「私はいずれ、私の補佐官として、サリュを指名するつもりだ。サリュの、一度見たら忘れない能力というのは、とても有用なものだよ? なので今回の私との婚約は、いずれともに仕事をしますよという意味の、パートナー契約みたいなものだと思ってもらいたい」
「なるほど。それなら理解できますし。ぼくも、そうなりたいと思っております」
ぼくの夢は、兄上のお役に立てる者になること。
兄上が、ぼくを有用だと思って、ぼくの力を必要としてくれるのは。願ってもないことでございます。
ぼくは、そうなりたいのだから。退ける理由はありません。
「いつか私に恋をしてくれたら。尚よいが」
「へぇあぁ?!」
またもや、兄上の口からとんでもない言葉を聞いて。驚いてしまいました。
「なにも驚くことはない。婚約とはそういうものだろう? 仕事にサリュを利用するだけ、とは思ってほしくないからね。もちろん、私は将来サリュを伴侶にすると決めているよ。そう思うくらい、愛している」
ぎゃあああぁっと、ぼくは、兄上の愛している、に。胸を槍みたいなやつで串刺しにされたのだった。
い、インナー?
あれ、もしかしてインナー。気絶してない?
ズルいぃ、こんなときばかりぼくに丸投げするなんてぇ。
「あ、あああ、兄上は。ぼくのような、男の子で、ぽっちゃりで、魔力、ツノなしの、へちゃむくれが、婚約者でもよいのですか? し、仕事の契約はウエルカムですが。そういえば婚約者として大々的に発表してしまったら、兄上が、兄上がぁ…美的感覚を疑われてしまうぅぅぅ」
ぼくはほっぺを手でむぎゅっと押して、揉んで、この焦燥の気持ちをコネコネして、なごませた。
「あぁ、サリュの自虐が加速してしまった。難しく考えなくてよいと言ったのに」
兄上は立ち上がると、再び椅子に座り直し。近い位置からぼくの説得に本腰を入れた。
えぇ、これは。
この気迫は。まさしく、説得ですっ。
ぼくを丸め込みにかかっています。そういうの、わかりますからぁ。
「いいかい? サリュ。今、私が一番愛しているのは、君なんだよ? そして私がサリュに婚約してくださいとお願いをしているんだ。サリュが婚約者で良いに決まっている。というか、私はずっとサリュだけを求めている。望んでいるんだよ?」
「ふぇ…兄上は、変わり者です」
このようなへちゃむくれを、お求めとは。
あ、あぁ。そうだ。シュナイツのときに、側妃を迎えれば解決すると言っていたから。
ぼくは、兄上のお仕事を手伝っていればいいのかもしれない。
でも、そう思い至ったら。なんか。胸の奥がもやっとして。嫌な気になってしまった。
なんでかなぁ? ぼくは、兄上とお仕事をできたら。それで幸せだと思うのに。
兄上の愛している、を。素直に受け止められたら。
もっと、幸せになれるのかもしれないけれど。
でも、ぼくには。人並みの美的感覚があるのですぅ。
このへちゃむくれが、一般的に無理な感じなのはわかっているのですぅ。
だから兄上の言葉を、素直に受け取れないのですぅ。
「変わり者? そうでもないよ。サリュは魅力的な子なんだから。自分ではわからないのだろうけどね?」
そう言う、兄上の声が、とても優しかったから。
胸のもやっは。いつの間にかなくなっていた。
えぇ、ぼくはちょろいので。
「だが、私が次期魔王を目されているのは事実。同性の結婚を許されてはいるが、世継ぎのことで、外野はなにかしらサリュに言ってくるかもしれない。それでも、そういうことや難しいことは、サリエルが考えなくていい。すべて私にゆだねて。信じてほしい。サリュが悲しむようなことは、決してしないと約束するから。まぁ…色恋関係の話は、サリュにはまだ早いだろうけどね」
兄上は、とても柔らかい色の瞳でぼくをみつめ。
とても真摯に、ぼくを説得するのだった。
「とりあえず、恋の部分は大人になってから考えればいい。そもそも貴族の婚約というものは、家同士の契約なのだ。それゆえ、簡単に破棄などはできないが。どうしても合わない相手というものはいるだろう? みんな子供のうちから、惚れたから婚約するとか、思っているわけではないんだよ。気持ちはあとからついてくればいい。どうしてもダメなら、正当な理由があるのなら…破棄してもいいんだ。そうなったら、私は悲しいだろうけどね?」
眉尻を下げて、兄上が言うから。
なんだか可哀想に見えて。
ぼくから婚約破棄なんて、絶対にできないなって思ってしまうのだった。
「私が言ってきた、婚約の意味が。サリュはわかったかな? それで、サリュはどう思う? もしも嫌でなかったら、私の手を取ってくれないか?」
兄上が、手を差し伸べてきたから。
ぼくはその手に、ぼくの丸い手をぷよっと乗せる。
「わかりました。兄上にすべてお任せいたします。ぼ、ぼっ…ぼくは。兄上と、こ、こ、こ…婚約いたしますぅ」
大きな声で返事をすると。兄上はとってもほがらかな笑顔になって、言った。
「そうか。良かった。うまくまるめこ…理解してもらえて」
はっ、今、丸め込んだって言った? 兄上ぇ。
もしかして、ぼくは。
兄上の手の上で、踊らされているのかもしれません。
兄上も、しっかりと魔族なのですね?
欲しい者を、必ず手中におさめたい欲が強いのでしょう。
まぁ、次期魔王と言われているくらいですから。魔族的な暗黒部分も、色濃くあるのでしょう。
そういう面は、ぼくにはあまり見せませんが。
ぼくを、恐れさせたり怖がらせたりしない、それが兄上の愛情なのですよね?
兄上の振る舞いこそが、ぼくへの愛の形なのです。
そんなことを思って、ひとり照れ照れしていたら、右の薬指に、幅広の金の指輪をはめられた。
こ、こ、こ、婚約指輪、わ、わぁぁぁ?
用意周到!!
つか、今日のことは全部、事前に準備されていたというわけなのですかぁ?
エリンったら。ぼくのそばにずっといたのに、それを悟らせないとはっ。
完璧侍女、パーフェクト侍女ですっ。
そうしたら、陰に潜んでいた執事とエリンが出てきて。無表情でぱちぱちと拍手してくれる。
そしてどこで用意したのか知らないが、大きな色とりどりの花びらを辺りにまき始めた。
ひえっ、は、恥ずかしいから、やーめーてー。
「ホッとしたよ。断られたら、どうしようって」
兄上は、エリンたちのことをスルーして。握っているぼくの右手の甲を、反対の手でぽむぽむ叩いた。
はうっ、ぼくはまだエリンたちを意識して、ドキドキバクバク心臓が暴れているというのに。
「そ、そのようなことを、兄上が思うことはありません。ぼくが兄上の提案を受けないなんてこと、ありませんから」
「そうはいっても、婚約だ。私とはそんな気にはなれない、とか。好きな人がすでにいる、とか。バッサリ断られることもあるだろう?」
「どんな人が相手でも、兄上がふられるなんてあるわけないではありませんかぁ?」
兄上ほど素敵な人を、袖にするなんて人がいたら。それはよっぽど、見る目がない人だ。
そう思って、ぼくは笑いながら言ったけど。
「そうだといいけど?」
そう言って、兄上がぼくの髪を撫でるから。
あ、ぼくのことか、と改めて思ってしまった。
なんだか、他人事でした。すみません。
「あ、兄上は。難しいことは考えなくていいと言うので。細かいことはお任せしますが。でも、魔王様やマーシャ母上は、お許しにならないのではありませんか? 魔力、ツノなしが、優秀な兄上の婚約者にはふさわしくないぃ…あぁ、それにぼくの本当の父上は誰か、いまだにわかりませんしぃ。家柄とかぁ、いろいろいろいろ…」
「はい。難しいことはすべて私にゆだねろと、言っただろう? あと、自虐禁止。それから父上や母上のことは、なんとでも丸め込めるので、心配するな?」
はあぁぁ、とうとう丸め込むって言ったぁ。
やっぱり、兄上は。舌論で打ち負かす気なのですねぇ? やれるのですねぇ?
そしてぼくは、やはり丸め込まれていたのですねぇ? まぁいいけど。
「あと、もうひとつだけ、お聞きしたいことがあるのですが」
「なんだい? 今日はなんでも答えてあげるよ? サリュが納得して、私の婚約者になってもらえるようにね?」
兄上がそう言ってくれたので。
ぼくは、腿の上に手を置いて。思い切って聞いてみた。
「はいぃ。では。今までぼくは、このことを聞かずに来ましたが。子供会など出ていると、みなさん、ぼくの年くらいで婚約を意識するみたいなのですが。現在十二歳の兄上には、すでにご婚約者様が、い、い、いらっしゃるのではないか、と?」
子供会に来る子たちは、みんな、まだまだお子様の域を出ないけど。
でも婚約者候補とか、普通に会話の中に出てきます。
兄上は十二歳だけど、体つきはもう大人と変わりなく。
さらには、すれ違った御令嬢が失神するという美貌の持ち主で。
そして魔力は国で一、二、を争う。
魔王に代わって政務も執り行っていて。優秀で、聡明だと、皆様ご存じの逸材なのです。
そのような兄上に、こ、こ、婚約者がいないなんて。そんなことはないのではないかと。
ぼく、今まで。こうして、婚約の話を振られるまで、兄上にそのようなことを聞いたことがなかったし、知ろうともしなかったのだけど。
ぼくが知らないだけで、すでに婚約者がいるということも、あってもおかしくないのではないかと…。
「…うーん、サリュは、私が他の御令嬢と婚約していてもいいのかい?」
「嫌ですっ」
即答した。インナーが。
はぁ? インナー、気絶していたんじゃないのかぁ?
つか、ぼくの口を使って言うなんて。
今まで、他人と話しているときに出てくることはなかったのにぃ。
でも、まぁ…ぼくも嫌だけどぉ。
考えるだけで、眉間がムニョムニョするけどぉ。
「ふふ、即答してくれて嬉しいよ。嫉妬してくれたら、将来に希望が持てるからね?」
いい笑顔で、兄上が言うから。
ぼくは恥ずかしくて。ムフンと鼻で息をついてしまう。
まぁ、インナー。ここはグッジョブということにしておきましょう。
でも他人の前でぼくの口を使うのは、今日だけですよ?
「答えを言うと、私は誰とも婚約をしていない。私がサリュの年の頃は、まだ魔力コントロールができなくて、同年代の子供とは会えなかったし。そのあとは君を育てるのに忙しかったからね?」
そうだ、ぼくが兄上と会ったのが、兄上が六歳のときだから。ちょうど、今くらいの年齢だったんだ。
え、ぼくの年で赤ん坊を育てるとか、ぼくは普通に無理なんですけど。
兄上ったら、本当にすごいお人なのですね?
「それは、お手数をおかけいたしまして…」
ぼくは、まだ子供のつもりなのだけど。
同じ子供だった兄上に、子育てさせてしまうとか。
もう、本当にすみませぇぇん。
「謝ることはない。私は、サリュと暮らした日々が最高に幸せだったのだからね? サリュを赤ん坊の頃から育てられて、私は本当に幸運な男だと思っているんだよ」
兄上と出会った日のことから、これまでのことを、ぼくはいろいろと思い出す。
ぼくは、兄上がぼくと対峙するとき。
一度も、嫌そうな、とか。面倒くさそうな、とか。そういう空気を感じたことがなかった。
ぼくとの遊びを断るときもあったけど。それは、どうしても外せない公務のようなときで。
どちらかというと。とっても苦しそうに。
それこそ苦汁を飲むみたいな顔つきになって、ぼくに謝るものだから。
逆に申し訳なく感じて。
滑舌は悪かったけど、ぼくは『いぃい、いぃい』行って行って、と。兄上をうながしたものだ。
すると兄上は、それはそれでショックだったようで。
なんか、眉間に深いしわを作って、泣きそうな、怒りそうな、イライラのような、複雑な色の魔力を垂れ流したものだ。
ぼくと過ごした日々を、最高に幸せだと言ってもらえて。それこそがぼくの、最高の幸せだった。
「婚約の打診がなかったわけではない。でも、私は。その話があった頃には、もう決めていたんだ。サリエルを立派に育てることが、私の使命だと。そして九歳の頃には、サリエルを嫁にすると決めた。だから私に婚約者はいないんだ」
兄上はそっと微笑んで。ぼくの両手を手でしっかり握って、言った。
「私の婚約者は、サリエルただひとりだ」
「う…え、お世継ぎ…」
「大丈夫。細かいことは、考えないで?」
「うぅ…」
男のぼくが、ただひとりの婚約者では。お世継ぎが、とか。魔王の系譜が、とか。考えてしまうけど。
兄上が、大丈夫と言うのなら。
ぼくは、ただ、兄上についていくだけだ。
「はい、兄上。よろしくお願いします」
「よろしくね? 私の婚約者様」
チュッと、額にキスをされて。ヒェッ、となったけど。
「そこまででございますよ、レオンハルト様。サリエル様はまだお子様でございます」
と、いつの間にかここに来ていたミケージャに言われて。
ちょっとムッとした兄上は、なんだか普通の少年みたいで。可愛くて。
ぼくは笑ってしまった。
そうしてぼくと兄上は、っんももの木の下で、婚約したのでした。
ぼくは腰かけた椅子の上で驚いているところです。ナウ。
「サリュは、もちろん。私がプロポーズした日のことを覚えているだろう。だが、あのときは宣言をしただけだった。だが今回は。ちゃんと私の婚約者として、正式に手続きをしてもらいたいのだ」
「あう、しかし、兄上ぇ…」
「サリュはまだ幼いから、結婚や婚約などは考えていないと、ミケージャから聞いているよ? でも。マリーベルやシュナイツのように、サリュのいいところに気づいた者が、また求婚してくるかもしれないだろう? もちろん、私が断るがな」
そうですか。兄上が、断っちゃうのですか。しっかり言い切っちゃいましたね?
うん。いいのですけど。
婚約打診の話は断るけど、いいかな? 的な話もぼくは聞いたことないんですけど?
うん。まぁ、いいのですけど。
「私は、サリュを手放す気はないのだ。だから難しく考えずに、こういうことだと思ってもらいたい。これは、私とサリュの、成人したのちの契約。先駆けの契約だ」
「先駆けの、契約?」
前もって契約しておく、ということだよね?
それはわかるが。
なにやら、兄上の畳みかける圧が強くて。
背筋が冷え冷えです。眉間も、うにゅうにゅします。
「私はいずれ、私の補佐官として、サリュを指名するつもりだ。サリュの、一度見たら忘れない能力というのは、とても有用なものだよ? なので今回の私との婚約は、いずれともに仕事をしますよという意味の、パートナー契約みたいなものだと思ってもらいたい」
「なるほど。それなら理解できますし。ぼくも、そうなりたいと思っております」
ぼくの夢は、兄上のお役に立てる者になること。
兄上が、ぼくを有用だと思って、ぼくの力を必要としてくれるのは。願ってもないことでございます。
ぼくは、そうなりたいのだから。退ける理由はありません。
「いつか私に恋をしてくれたら。尚よいが」
「へぇあぁ?!」
またもや、兄上の口からとんでもない言葉を聞いて。驚いてしまいました。
「なにも驚くことはない。婚約とはそういうものだろう? 仕事にサリュを利用するだけ、とは思ってほしくないからね。もちろん、私は将来サリュを伴侶にすると決めているよ。そう思うくらい、愛している」
ぎゃあああぁっと、ぼくは、兄上の愛している、に。胸を槍みたいなやつで串刺しにされたのだった。
い、インナー?
あれ、もしかしてインナー。気絶してない?
ズルいぃ、こんなときばかりぼくに丸投げするなんてぇ。
「あ、あああ、兄上は。ぼくのような、男の子で、ぽっちゃりで、魔力、ツノなしの、へちゃむくれが、婚約者でもよいのですか? し、仕事の契約はウエルカムですが。そういえば婚約者として大々的に発表してしまったら、兄上が、兄上がぁ…美的感覚を疑われてしまうぅぅぅ」
ぼくはほっぺを手でむぎゅっと押して、揉んで、この焦燥の気持ちをコネコネして、なごませた。
「あぁ、サリュの自虐が加速してしまった。難しく考えなくてよいと言ったのに」
兄上は立ち上がると、再び椅子に座り直し。近い位置からぼくの説得に本腰を入れた。
えぇ、これは。
この気迫は。まさしく、説得ですっ。
ぼくを丸め込みにかかっています。そういうの、わかりますからぁ。
「いいかい? サリュ。今、私が一番愛しているのは、君なんだよ? そして私がサリュに婚約してくださいとお願いをしているんだ。サリュが婚約者で良いに決まっている。というか、私はずっとサリュだけを求めている。望んでいるんだよ?」
「ふぇ…兄上は、変わり者です」
このようなへちゃむくれを、お求めとは。
あ、あぁ。そうだ。シュナイツのときに、側妃を迎えれば解決すると言っていたから。
ぼくは、兄上のお仕事を手伝っていればいいのかもしれない。
でも、そう思い至ったら。なんか。胸の奥がもやっとして。嫌な気になってしまった。
なんでかなぁ? ぼくは、兄上とお仕事をできたら。それで幸せだと思うのに。
兄上の愛している、を。素直に受け止められたら。
もっと、幸せになれるのかもしれないけれど。
でも、ぼくには。人並みの美的感覚があるのですぅ。
このへちゃむくれが、一般的に無理な感じなのはわかっているのですぅ。
だから兄上の言葉を、素直に受け取れないのですぅ。
「変わり者? そうでもないよ。サリュは魅力的な子なんだから。自分ではわからないのだろうけどね?」
そう言う、兄上の声が、とても優しかったから。
胸のもやっは。いつの間にかなくなっていた。
えぇ、ぼくはちょろいので。
「だが、私が次期魔王を目されているのは事実。同性の結婚を許されてはいるが、世継ぎのことで、外野はなにかしらサリュに言ってくるかもしれない。それでも、そういうことや難しいことは、サリエルが考えなくていい。すべて私にゆだねて。信じてほしい。サリュが悲しむようなことは、決してしないと約束するから。まぁ…色恋関係の話は、サリュにはまだ早いだろうけどね」
兄上は、とても柔らかい色の瞳でぼくをみつめ。
とても真摯に、ぼくを説得するのだった。
「とりあえず、恋の部分は大人になってから考えればいい。そもそも貴族の婚約というものは、家同士の契約なのだ。それゆえ、簡単に破棄などはできないが。どうしても合わない相手というものはいるだろう? みんな子供のうちから、惚れたから婚約するとか、思っているわけではないんだよ。気持ちはあとからついてくればいい。どうしてもダメなら、正当な理由があるのなら…破棄してもいいんだ。そうなったら、私は悲しいだろうけどね?」
眉尻を下げて、兄上が言うから。
なんだか可哀想に見えて。
ぼくから婚約破棄なんて、絶対にできないなって思ってしまうのだった。
「私が言ってきた、婚約の意味が。サリュはわかったかな? それで、サリュはどう思う? もしも嫌でなかったら、私の手を取ってくれないか?」
兄上が、手を差し伸べてきたから。
ぼくはその手に、ぼくの丸い手をぷよっと乗せる。
「わかりました。兄上にすべてお任せいたします。ぼ、ぼっ…ぼくは。兄上と、こ、こ、こ…婚約いたしますぅ」
大きな声で返事をすると。兄上はとってもほがらかな笑顔になって、言った。
「そうか。良かった。うまくまるめこ…理解してもらえて」
はっ、今、丸め込んだって言った? 兄上ぇ。
もしかして、ぼくは。
兄上の手の上で、踊らされているのかもしれません。
兄上も、しっかりと魔族なのですね?
欲しい者を、必ず手中におさめたい欲が強いのでしょう。
まぁ、次期魔王と言われているくらいですから。魔族的な暗黒部分も、色濃くあるのでしょう。
そういう面は、ぼくにはあまり見せませんが。
ぼくを、恐れさせたり怖がらせたりしない、それが兄上の愛情なのですよね?
兄上の振る舞いこそが、ぼくへの愛の形なのです。
そんなことを思って、ひとり照れ照れしていたら、右の薬指に、幅広の金の指輪をはめられた。
こ、こ、こ、婚約指輪、わ、わぁぁぁ?
用意周到!!
つか、今日のことは全部、事前に準備されていたというわけなのですかぁ?
エリンったら。ぼくのそばにずっといたのに、それを悟らせないとはっ。
完璧侍女、パーフェクト侍女ですっ。
そうしたら、陰に潜んでいた執事とエリンが出てきて。無表情でぱちぱちと拍手してくれる。
そしてどこで用意したのか知らないが、大きな色とりどりの花びらを辺りにまき始めた。
ひえっ、は、恥ずかしいから、やーめーてー。
「ホッとしたよ。断られたら、どうしようって」
兄上は、エリンたちのことをスルーして。握っているぼくの右手の甲を、反対の手でぽむぽむ叩いた。
はうっ、ぼくはまだエリンたちを意識して、ドキドキバクバク心臓が暴れているというのに。
「そ、そのようなことを、兄上が思うことはありません。ぼくが兄上の提案を受けないなんてこと、ありませんから」
「そうはいっても、婚約だ。私とはそんな気にはなれない、とか。好きな人がすでにいる、とか。バッサリ断られることもあるだろう?」
「どんな人が相手でも、兄上がふられるなんてあるわけないではありませんかぁ?」
兄上ほど素敵な人を、袖にするなんて人がいたら。それはよっぽど、見る目がない人だ。
そう思って、ぼくは笑いながら言ったけど。
「そうだといいけど?」
そう言って、兄上がぼくの髪を撫でるから。
あ、ぼくのことか、と改めて思ってしまった。
なんだか、他人事でした。すみません。
「あ、兄上は。難しいことは考えなくていいと言うので。細かいことはお任せしますが。でも、魔王様やマーシャ母上は、お許しにならないのではありませんか? 魔力、ツノなしが、優秀な兄上の婚約者にはふさわしくないぃ…あぁ、それにぼくの本当の父上は誰か、いまだにわかりませんしぃ。家柄とかぁ、いろいろいろいろ…」
「はい。難しいことはすべて私にゆだねろと、言っただろう? あと、自虐禁止。それから父上や母上のことは、なんとでも丸め込めるので、心配するな?」
はあぁぁ、とうとう丸め込むって言ったぁ。
やっぱり、兄上は。舌論で打ち負かす気なのですねぇ? やれるのですねぇ?
そしてぼくは、やはり丸め込まれていたのですねぇ? まぁいいけど。
「あと、もうひとつだけ、お聞きしたいことがあるのですが」
「なんだい? 今日はなんでも答えてあげるよ? サリュが納得して、私の婚約者になってもらえるようにね?」
兄上がそう言ってくれたので。
ぼくは、腿の上に手を置いて。思い切って聞いてみた。
「はいぃ。では。今までぼくは、このことを聞かずに来ましたが。子供会など出ていると、みなさん、ぼくの年くらいで婚約を意識するみたいなのですが。現在十二歳の兄上には、すでにご婚約者様が、い、い、いらっしゃるのではないか、と?」
子供会に来る子たちは、みんな、まだまだお子様の域を出ないけど。
でも婚約者候補とか、普通に会話の中に出てきます。
兄上は十二歳だけど、体つきはもう大人と変わりなく。
さらには、すれ違った御令嬢が失神するという美貌の持ち主で。
そして魔力は国で一、二、を争う。
魔王に代わって政務も執り行っていて。優秀で、聡明だと、皆様ご存じの逸材なのです。
そのような兄上に、こ、こ、婚約者がいないなんて。そんなことはないのではないかと。
ぼく、今まで。こうして、婚約の話を振られるまで、兄上にそのようなことを聞いたことがなかったし、知ろうともしなかったのだけど。
ぼくが知らないだけで、すでに婚約者がいるということも、あってもおかしくないのではないかと…。
「…うーん、サリュは、私が他の御令嬢と婚約していてもいいのかい?」
「嫌ですっ」
即答した。インナーが。
はぁ? インナー、気絶していたんじゃないのかぁ?
つか、ぼくの口を使って言うなんて。
今まで、他人と話しているときに出てくることはなかったのにぃ。
でも、まぁ…ぼくも嫌だけどぉ。
考えるだけで、眉間がムニョムニョするけどぉ。
「ふふ、即答してくれて嬉しいよ。嫉妬してくれたら、将来に希望が持てるからね?」
いい笑顔で、兄上が言うから。
ぼくは恥ずかしくて。ムフンと鼻で息をついてしまう。
まぁ、インナー。ここはグッジョブということにしておきましょう。
でも他人の前でぼくの口を使うのは、今日だけですよ?
「答えを言うと、私は誰とも婚約をしていない。私がサリュの年の頃は、まだ魔力コントロールができなくて、同年代の子供とは会えなかったし。そのあとは君を育てるのに忙しかったからね?」
そうだ、ぼくが兄上と会ったのが、兄上が六歳のときだから。ちょうど、今くらいの年齢だったんだ。
え、ぼくの年で赤ん坊を育てるとか、ぼくは普通に無理なんですけど。
兄上ったら、本当にすごいお人なのですね?
「それは、お手数をおかけいたしまして…」
ぼくは、まだ子供のつもりなのだけど。
同じ子供だった兄上に、子育てさせてしまうとか。
もう、本当にすみませぇぇん。
「謝ることはない。私は、サリュと暮らした日々が最高に幸せだったのだからね? サリュを赤ん坊の頃から育てられて、私は本当に幸運な男だと思っているんだよ」
兄上と出会った日のことから、これまでのことを、ぼくはいろいろと思い出す。
ぼくは、兄上がぼくと対峙するとき。
一度も、嫌そうな、とか。面倒くさそうな、とか。そういう空気を感じたことがなかった。
ぼくとの遊びを断るときもあったけど。それは、どうしても外せない公務のようなときで。
どちらかというと。とっても苦しそうに。
それこそ苦汁を飲むみたいな顔つきになって、ぼくに謝るものだから。
逆に申し訳なく感じて。
滑舌は悪かったけど、ぼくは『いぃい、いぃい』行って行って、と。兄上をうながしたものだ。
すると兄上は、それはそれでショックだったようで。
なんか、眉間に深いしわを作って、泣きそうな、怒りそうな、イライラのような、複雑な色の魔力を垂れ流したものだ。
ぼくと過ごした日々を、最高に幸せだと言ってもらえて。それこそがぼくの、最高の幸せだった。
「婚約の打診がなかったわけではない。でも、私は。その話があった頃には、もう決めていたんだ。サリエルを立派に育てることが、私の使命だと。そして九歳の頃には、サリエルを嫁にすると決めた。だから私に婚約者はいないんだ」
兄上はそっと微笑んで。ぼくの両手を手でしっかり握って、言った。
「私の婚約者は、サリエルただひとりだ」
「う…え、お世継ぎ…」
「大丈夫。細かいことは、考えないで?」
「うぅ…」
男のぼくが、ただひとりの婚約者では。お世継ぎが、とか。魔王の系譜が、とか。考えてしまうけど。
兄上が、大丈夫と言うのなら。
ぼくは、ただ、兄上についていくだけだ。
「はい、兄上。よろしくお願いします」
「よろしくね? 私の婚約者様」
チュッと、額にキスをされて。ヒェッ、となったけど。
「そこまででございますよ、レオンハルト様。サリエル様はまだお子様でございます」
と、いつの間にかここに来ていたミケージャに言われて。
ちょっとムッとした兄上は、なんだか普通の少年みたいで。可愛くて。
ぼくは笑ってしまった。
そうしてぼくと兄上は、っんももの木の下で、婚約したのでした。
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孵る前に死んじゃうよ!と思ったら誰かに助けられたみたい。
僕、頑張って大きくなって恩返しするからね!
天然記念物的な竜に転生した僕が、助けて育ててくれたエルフなお兄さんと旅をしながらのんびり過ごす話になる予定。
突発的に書き出したので先は分かりませんが短い予定です。
不定期投稿です。
本編完結で、番外編を更新予定です。不定期です。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
竜王陛下、番う相手、間違えてますよ
てんつぶ
BL
大陸の支配者は竜人であるこの世界。
『我が国に暮らすサネリという夫婦から生まれしその長子は、竜王陛下の番いである』―――これが俺たちサネリ
姉弟が生まれたる数日前に、竜王を神と抱く神殿から発表されたお触れだ。
俺の双子の姉、ナージュは生まれる瞬間から竜王妃決定。すなわち勝ち組人生決定。 弟の俺はいつかかわいい奥さんをもらう日を夢みて、平凡な毎日を過ごしていた。 姉の嫁入りである18歳の誕生日、何故か俺のもとに竜王陛下がやってきた!? 王道ストーリー。竜王×凡人。
20230805 完結しましたので全て公開していきます。
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【完結】薄幸文官志望は嘘をつく
七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。
忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。
学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。
しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー…
認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。
全17話
2/28 番外編を更新しました
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