魔王の三男だけど、備考欄に『悪役令嬢の兄(尻拭い)』って書いてある?

北川晶

文字の大きさ
上 下
32 / 184
連載

番外 マルチェロのたくらみ ③

しおりを挟む
 玄関前で、短い腕をいっぱい伸ばして手を振るサリエルが、馬車の窓から見える。
 最初こそ、丸いなと思っていたけど。
 付き合っているうちに、あのフォルムがなんだか可愛く見えてくるから、不思議だね?
 馬車が止まって、私が地に降りると。サリエルはおずおずと私に近寄ってきた。

「いらっしゃい、マルチェロ」
「遠くからサリーが手を振っているの、見えていたよ?」
 私が言うと、サリエルは丸い手をほっぺに当てて、はにかんだ。

「ぼくのおうちに、ぼくの友達が遊びに来てくれるのが。初めてだから。うれしくて、つい、手をいっぱい振ってしまいました」
 サリエルはお披露目会まで、公の場に姿を現さなかったから。友達自体がいないのだろう。
 それに、出自的にも。魔王の息子とはいえ養子である彼に、近寄る者はいないかもしれないからな。
 子供でも、貴族であれば友達にメリットを求めるものだ。

 私だとて、レオの秘書に取り立てるという言葉がなかったら、サリエルと本気で友達になろうなどとは思わなかったはずだ。
 そう思うと。ちょっと後ろめたいな。
 だが、最初こそそういう打算的なことがあったが。

 今はサリエルのことを、純粋に好きだよ。

 私は、メリットを求められる側だった。
 公爵子息という立場に旨味を感じて寄ってくる、子息令嬢に。辟易としていて。
 自分にはそれしか価値がないのかと、憤ったりもして。
 だから私も、くだらない連中の中に旨味を探して、友達に自分の利を求めたりしたが。

 でも、サリエルは。そういう、家柄などには無頓着で。ただの友達として私を見てくれる。

 そんなサリエルだから、私はサリエルの前にいると、ただのマルチェロになれるのだ。
 サリエルは、地位や家柄に本当に関心がないみたいで。
 子供会では。サリエルが、両手に公爵令嬢と魔王の四男をぶら下げて、さらにその背後で私がにらみを利かせているわけだが。
 サリエル御一行を奇異な目でみつめる子供たちを、さらりと無視して。普通にサロンで遊んでいる。
 そういうところ、器が大きいのかな? ただのおにぶなのかな?
 たぶん、お鈍だが。そこがサリエルのいいところ、なのだ。

「サリエル様、まずはお客様をサロンにご案内してくださいませ」
「あっ、そうだ。マルチェロ、どうぞ、おあがりください」
 侍女にうながされ、サリエルは私を屋敷の中に案内した。
 お客様をもてなすのが初めてなのだろうね? すべてが初々しい感じで、微笑ましいね。

 サロンに移動して、椅子に落ち着くと。
 紅茶と、見たことのない果物が、皿に盛られて出された。
「これね、お庭に生えた新種の果物、っんももだよ? おいしいから、食べてみてぇ?」
「まずは君から。地位の高い者から手を付けないと、下の者は食べられないんだ。それが礼儀だよ?」

 一般的な礼儀作法を口にすると、サリエルは少し困った顔をした。
 基本、私たちは地位や立場を気にしないスタンス。
 とは言っても。公の場に出れば、そのような振る舞いを求められる。
 こうして、お茶会や御呼ばれで慣れておけば。大きなパーティに出ても恥をかかない。
 つまり遊びの時間も、礼節の練習の場であるのだ。

「ぼくは養子だし。マルチェロは公爵令息だから、マルチェロが上ではないの?」
「養子でも、魔王の息子である君は、王子だから。私より地位は上だよ?」
 サリエルは納得して。
 フォークで果物を刺し、食べる。
「んんっまぁあぁあい。さぁ、マルチェロも、食べて?」

 柔らかそうなほっぺをムニョムニョさせて。サリエルが、いかにも美味しそうに食べるものだから。
 私もうながしに応じて、っんももとやらを食してみる。
「…っん」
 私は、目を丸くした。口の中で、シュッとなくなった。
 というか、こんなもの食べたことがない。

「なんですかっ、これはぁ?」
「だから、っんももだよ。新種の果物」
 はしたないが、この果汁の味がたまらなく癖になって。皿の上のっんももを、次から次に口に入れてしまった。

「美味しかった? マルチェロ。お土産に、持って帰って。マリーベルにも食べさせてやって?」
「妹に食べさせるのは、もったいない。というか、お土産って? ここに出る以外にも、この美味しい果物があるのかい?」
「いっぱいあるよぉ? あっ、エリン。ゼリーもお土産にしてあげて?」
 侍女は、サリエルの言葉に頭を下げた。
 っんもものゼリー? 絶対、美味しいやつ。

「マルチェロ、今日はなにして遊ぶぅ?」
 指と指を合わせて、プヨプヨさせるサリエルが、聞いてくる。
 これは、もじもじかな?

「私は、町で買い物をするのが好きなのだが。サリーは、屋敷から出られないのかい?」
 聞くと、侍女が頭を下げて答えた。

「申し訳ありません。城下の散策はレオンハルト様の許可がありませんと…」
 もう、レオ。ちょっと過保護すぎだよ。
 サリエルは純粋培養の、深窓のお嬢様のようだ。

「では、城下はレオに許可をもらったときに、行こう。今日はこの、っんももの木を見せてくれるかい?」
「少し、歩くよ? いい?」
 うなずくと。サリエルは私の手を引いて、外に出た。

 レオンハルトの屋敷は、庭がとても広い。
 彼は乗馬が趣味だというから、おそらく敷地で馬を走らせているのだろう。
 その草原を、私たちはテクテク歩いていく。

「マルチェロは、もう馬に乗れるのですか? 馬に乗れたら、っんももの木までシュッと行けるのに」
「あぁ、乗馬は得意だよ? サリーはまだ練習していないのか?」
「一年前に、落馬して。それからラーディン兄上が、乗っちゃダメだって。レオンハルト兄上がバリバリドッカーンになるから」

 それで、私は。一年前の天変地異を思い出した。
 外で買い物をしていたら、麗らかに晴れた日であったのに、急に雷がいくつも落ちたのだ。
 街中は騒然で、世界の終わりだと泣き叫ぶ者までいたほど。

 え? あれって。サリエルが落馬したのを、レオが心配して雷落とした? ってこと? はた迷惑なやつだぁ。

 いや。違う。落馬は大事おおごとだが。
 心配では、あんなにいっぱい雷は落ちないだろう。
 怒ったのだ。
 ディエンヌの風魔法で、馬に乗ったサリエルが吹き飛ばされ。殺されそうになったと、レオが言っていた…まさか、あれ?
 あの出来事、なのか?

「でも、足が。もう少し、足が伸びたら。スマートに馬に乗れると思うのです」
 殺されそうになった、なんて目にあったというのに。サリエルはのんきにそんなことを言う。
 相変わらずの、のほほんさんだが。
 いやいや、サリエルが命の危機にあったら。レオンハルトによる天変地異が起こる、ということだろう?

「…私は、ラーディンが正しいと思うなぁ。サリーは馬に乗らない方がいい。みんなの…いや、レオのために」
 私は、今更ながら背筋が凍る思いをした。
 レオンハルトの能力の高さにも、だが。それよりも。

 これ、サリエルの護衛に失敗したら、命がないやつだね?

 秘書の地位に目がくらんで、サリエルに後ろめたい思いなんか芽生えちゃっていたけど。
 知らない間に、私の命がかかっていたみたいだね?
 恐ろしいね? 先に言っておいてほしいね?

 まぁ、だからって。サリエルのお友達をやめたりはしないけど。
 それなら、大切な私のお友達を命がけで守るだけの話だ。

「やっぱり、ですかぁ。ぼく、乗馬できる自信あるのですけどぉ」
 そう言って、サリエルは短い足をぴょーーっと伸ばして。つま先をピルピルぅっと震わせた。
 私は目を細くして、サリーを見やる。
 なぜに、どういうところから、自信があるのでしょうか?

 そんな話をしながら、森に入っていくと。
 しばらくして、妙ちきりんな木が生えているところに出た。
「これが、っんももです」

 すっごくドヤ顔で。サリエルは木を紹介した。
 なんというか、うねうねして、木の枝がくねくねで。
 魔が宿やどった木、と言っても不思議でない。見たことのない形状の木だった。

 ちょっと、怖い。

 ただ、辺りには。先ほど食べたっんももの香りが漂っていて。芳醇で甘い香りが鼻をくすぐった。
 そして、枝から垂れるその実は。ハートの形をしていて。可愛くて、びっくりした。
 先ほどは切って出されたので。実の形がこんなだとは思わなかったのだ。

「すごい、形がハートだ。こんな可愛い感じで実っているのかい? しかも美味しいなんて。すごい木だね?」
「っんももの種は大きいから。植えたら、芽が出るかもね?」

 サリエルはさらりと言うが。
 私がお土産に持ち帰ったっんももで、木を生やしてもいいのだろうか?

「サリー、これはお金になるよ? とてもおいしい果物だもの。マリーベルに渡したら、木をいっぱい生やして、ひと財産築いちゃうかもしれないよ?」
 私だって、考えるのだ。あの妹なら、やる。
 瞳をお金の形に光らせて、やる。
 でもサリエルは、のほほんと答えるのだった。

「っんももがいっぱいになって、みんなが美味しいのなら、それでいいよ? マルチェロがいつでも、っんももを食べられて、美味しいっていつも思ってくれたら、ぼくはうれしい」

 ニッコリ笑顔で言われ。
 私は。私の中の黒い部分が、とても痛いと感じた。
 魔族だから、どうしても楽して儲ける、とか。ひと財産、とか。つい考えてしまうのだ。
 でも、サリエルは。みんなが美味しいと思えば、それでいいのだな。

「ねぇ、っんもも、美味しかった? また、ぼくのうちに遊びに来てくれる?」
 自信なさそうに、サリエルは聞いてくるけど。
「当たり前だよ。私の方こそ、また、サリーのうちに遊びに来たい。たずねてもいい?」
「うん。もっと。もっと、遊ぼう、マルチェロ」
 私は、サリエルに誘われるまま、森の中でいっぱい遊んだ。

 私のことを、こんなに心から歓迎してくれるような者は今までいなかった。
 サリエルは、年相応に子供っぽいところがあるけれど。
 頭の良さは、私以上にあって。
 だから、彼をつまらなく感じることも。子供すぎてくだらない、と見下したりするようなことも。一度もなかった。

 サリエルは、今まで出会った誰とも違う。初めてで、貴重で、不思議な人物なのだ。
 今まで友達と思っていた者は、どうやら友達ではなかったようだ。
 表面的な美しい容姿に気を取られたり。強者のそばにいれば自分にも恩恵が与えられる。そんな打算的な考えの者に。心を開けるわけもない。
 それを、私はサリエルに教えてもらったような気がする。
 私個人を見て、喜んで遊んでくれるサリエルこそが、本当の友達なのだと。そう、素直に思えた。

 なんでだろう? サリエルとだったら、子供みたいに無邪気に遊べるんだ。
 私も、年相応になって、遊べるんだ。

しおりを挟む
感想 155

あなたにおすすめの小説

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

成長を見守っていた王子様が結婚するので大人になったなとしみじみしていたら結婚相手が自分だった

みたこ
BL
年の離れた友人として接していた王子様となぜか結婚することになったおじさんの話です。

運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る…

こまの ととと
BL
『申し訳ございませんが、皆様には今からこちらへと来て頂きます。強制となってしまった事、改めて非礼申し上げます』  ある日、教室中に響いた声だ。  ……この言い方には語弊があった。  正確には、頭の中に響いた声だ。何故なら、耳から聞こえて来た感覚は無く、直接頭を揺らされたという感覚に襲われたからだ。  テレパシーというものが実際にあったなら、確かにこういうものなのかも知れない。  問題はいくつかあるが、最大の問題は……俺はただその教室近くの廊下を歩いていただけという事だ。 *当作品はカクヨム様でも掲載しております。

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

ある日、人気俳優の弟になりました。

雪 いつき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。顔良し性格良し真面目で穏やかで王子様のような人。そんな評判だったはずが……。 「俺の命は、君のものだよ」 初顔合わせの日、兄になる人はそう言って綺麗に笑った。とんでもない人が兄になってしまった……と思ったら、何故か大学の先輩も優斗を可愛いと言い出して……? 平凡に生きたい19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の三角関係のお話。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

処理中です...