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18 また風に飛ばしてあげましょうかぁ?

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     ◆また風に飛ばしてあげましょうかぁ?

 今日は第二回子供会です。
 一回目は、ほぼお針子をしていたし。
 あとはルーフェン兄妹と遊んでいたから、他の方とはあまりお話しできませんでした。
 ラーディンやシュナイツもいたはずなんだけど。見当たらなかったなぁ?
 ディエンヌは、気分を害したようで。あの後すぐに退場したらしい。
 被害は最小で済みましたが…。

 今日はどうなることやら。

 その前に、今日も兄上とともに馬車移動です。
 先日、っんももの芽を出してしまったことを兄上に注意されてしまいました。
 でも、でも、それは。ぼくを心配してのことなのです。
 兄上に心労をおかけして、ぼくは申し訳ないと思ったのだけど。
 その後の兄上は、ぼくにとても優しくて。っんももを食べさせあいっことかして、仲直りしました。

 んー、別に。喧嘩ではなかったのですが。わだかまりなし、ということです。

 ところで。今日のぼくの衣装も、兄上とおそろいなのですよ。
 お披露目会のときほど、きらびやかなものではなくて。普通の、御呼ばれのときに着る衣装なのですけど。
 礼服と外出着の間くらいの感じ、ですかね?
 ジャケットとズボンの組み合わせの衣装は、深緑色で、落ち着いた色合い。
 ぼくは丸くて、布面積が大きいから。明るい派手な色だとすっごく悪目立ちしてしまうので。
 ダークな色合いの方がいいのです。

 同じデザインの衣装を着る、兄上は。言うまでもなく、とても凛々しく、美しく、格好いい。
 インナーは毎回、スタイル抜群の兄上に見惚れちゃっているよね?
 鏡越しのぼくには、絶対見惚れないけどねぇ? ねぇ?

 それで、ぼくには。お尻が隠れるくらいのマント? ポンチョ? みたいなものを、同じ生地で作ってありまして。
 そのマントの前を、兄上からいただいた赤いブローチで止める仕様です。
 このところ、兄上は。ぼくとおそろいの衣装を作るブームのようなのです。
 なにやら仕立て屋に、マント付きの衣装をいっぱい注文しているのですが。
 ぼくは育ち盛りなので、あまり衣装をいっぱい作らないほうがいいのではないかと思うのです。

 大事なことなので、二度言いますが…育ち盛りですから。まだ伸びますから。背も、手足も。たぶん。

「あぁ、今日も可愛いなぁ、サリエル。赤い髪と同じ色の宝石が、良いアクセントになっている。マントに止めておけば、宝石が浮いて見えることもなく、ずっとつけていられるだろう? 防御のブローチは絶対に外してはいけないよ?」
「はい。兄上に守っていただいているのですから、絶対に外しません」

 ぼくは、この宝石が大好きなのです。
 いつもはペンダントにして、服の下に隠れてしまうから。つまらないけど。
 こういうおしゃれ着のときは、前面に出せるので。
 得意げに、ムフンとなってしまうのです。

 そして会場につき。ミケージャとともに馬車を降りて。
 兄上の乗った馬車をお見送りする。けどぉ。

 あぁあ。もう会場についてしまいました。
 馬車がずっと走っていればいいのに、と思ってしまいます。
 兄上の隣に座ると、距離が近くて。
 すごく嬉しくなるし。もっと、もっと、お話ししていたくなる。
 でも兄上はこれから、大事なお仕事に行くのですから。
 寂しがって、困らせてはいけませんね。反省。

 さぁ、気を取り直して。いざ、子供会会場という名の戦場に向かいましょう!
 ぼくは、拳を一度は振り上げたが。
 すぐに手を合わせてナムナムした。…なにも起きませんようにっ。

 この前のサロンと同じ部屋に入っていくと。早速、ルーフェン兄妹が近寄ってきた。
「おはようございます、サリー」
「おはよう、マルチェロ。サリーと呼んだら、レオンハルト兄上に怒られるのでは?」
「レオがいないときだけ呼ぶから。いいんだ。私の大事なお友達なのだから、愛称で呼びたいじゃないか?」
 マルチェロはそう言って。今日もキラキラしいオーラを放って、さわやかに笑う。

「おはよう、パンちゃん?」
 そしてマリーベルは、淑女の礼をしながら挨拶する。

「おはよう、マリーベル嬢。パンちゃんではありません。サリエルです」
「わかっていますわ、サリエル様。ルーフェン家にお婿むこに来てくださる気になったかしらぁ?」
 マリーベルがぼくの右腕につかまって、聞いてくるのに。
 困って、眉根を寄せていると。
 マルチェロがぼくの左腕に腕を組んで、マリーベルをたしなめた。
 板挟みですっ。

「マリーベル。そのことはお母様にこっぴどく叱られただろう? お前の婚約者は、二択なの。それにレオンハルト兄上からも。ダメだとはっきり言われているんだからね?」

 そうなのですか?
 兄上は、その件についてはなにも言っていませんでしたが。
 知らぬ間に、お断りしていたのですね?
 と。当事者なのに、とっても蚊帳の外感。かや…うん。

「貴族に生まれた宿命ですわね? 好きになった方とは、添い遂げられない運命なのですわぁ。じゃあ、愛人でもいいわ。パンちゃんは私の愛人にしますわぁ」
「やめてくれ、殺される。おまえは兄を、どうあってもレオ兄上に殺させるつもりなのだな? そして、ルーフェン家の女公爵となって、どっちかの王子とサリーを両手に花にして、高笑いして暮らす気なのだな?」

「あらぁ、それもいいわねぇ? お兄様、名案ですわぁ?」
「名案じゃない。サリーは私と一緒に、レオ兄上を支える魔国の頭脳になる予定なの。決まりなの」
 ぼくを間において、兄妹げんかするふたり。困ります。
 でもマルチェロの案に、ぼくは賛成です。
 ぼくはずっと、兄上の役に立つ者になりたいと思っているのだもの。

「おいぃ、おまえら。シュナイツ見かけなかったか?」
 ぼくらに、こうして気安く話しかけてくるのは。
 ラーディン兄上しかいません。

 子供会の中では、一番に序列が上であるラーディン兄上に、ルーフェン兄妹は頭を下げる。
 彼の質問には、ぼくが返事をした。

「おはようございます、ラーディン兄上。シュナイツは見ておりませんが。どうかしましたか?」
「いや、シュナイツの従者が、探しているんだ。ちょっと目を離したすきに見当たらなくなったって。たぶん、庭で隠れて遊んでいるのだろうけど。魔王の息子がいつまでも行方知らずだと、大事になるからな?」

 ラーディン兄上は、ぼくの低い身長を揶揄して頭をぺけぺけと手のひらでたたく。やーめーてー。
「では、ぼくもお庭を探してきます」
 ザっと見た感じ、サロンにディエンヌがいなかったので。
 まだ来ていないと思って、請け負った。

 ディエンヌ、ビリビリを強制終了させられて、すねちゃったからな。欠席だったらいいなぁ。

 ぼくと、マルチェロとマリーベルは。おのおの従者を引き連れて、別れてシュナイツを探すことにした。
 サロンの庭は、兄上の屋敷の庭よりも小さいから。すぐにみつけられますよ?

 だけどサロンの庭には、兄上の庭園にはないものが、いろいろあって。なんか面白いですぅ。
 大きな木に縄をかけて作られた、ブランコは。子供たちが順番待ちをするくらいに、人気だし。
 ちょっと奥まったところには、柱に彫刻が施された、東屋あずまや、ガゼポ? がある。
 人気ひとけがないので、隠れるにはいい場所だが。シュナイツはいないみたい。

 うーん、と思って。
 地べたに膝をついて、垣根の下のほうを見てみる。
 地べたは、芝生できれいに整えてあるので、膝や頬をつけても汚れないよ?
 そしたら、ふたつ向こうの垣根に、足が見えた。
 ひとつ分垣根に近寄って、もう一度垣根の下をのぞいたら。

 膝を抱えて座るシュナイツを、発見!

 やった、と思って。声をかけようと思ったが。
 シュナイツは悲しげな、頼りなげな顔をうつむけて。
 なんだか近づかないでオーラを感じます。
 子供会に、馴染んでいないのかもしれない。

 前回のときは、ぼくはディエンヌのやらかしやらなんやらで、他の人と交流を持たなかったし。
 そのときシュナイツがどんな様子だったのかも、見ていない。
 これは、不用意に声をかけて子供たちの輪の中に放り込むのが。良いのか悪いのか、よくわかりません。

「ミケージャ、シュナイツの従者さんを連れてきてくれる? ぼくはここにいますから」
 こっそりと言うと。ミケージャはうなずいて、その場を離れた。

 シュナイツの従者さんが、一番シュナイツのことをわかっていると思うのだ。
 子供は、子供と遊ぶのが当たり前。
 それは、大人がそうあってほしいと思う、押し付けの場合もあると思うんだよね?
 ぼくも、ひとりで遊ぶのが苦にならないタイプだし。ちょっと大人の、兄上と過ごすのも好きです。
 シュナイツが、ぼくと同じだとは言わないし、わからないけど。
 こうして子供たちから隠れているのを見ると。今はそっとしておくのがいいのかなって、思ったわけなのです。
 判断は、シュナイツの従者さんにしてもらいましょう。

「みぃつけたぁ。こんなところにいたのぉ? シュナイツぅ?」
 そう思っていたら。肝の冷える声が聞こえて、ひえぇっとなった。
 ディ、ディ、ディエンヌゥゥゥ???

「こ、こっちに、来ないで」
 シュナイツが言うのに。ディエンヌは構わず近づいていく、ガサガサ音がします。
 ぼくは、地べたに頬をムニュっとくっつけて、垣根の向こうを見やった。
 紫色のドレスを着たディエンヌが、木の幹を背にして座るシュナイツの前に立っていた。

「あらぁ? ひとりぼっちの弟と遊んであげようと思ったのにぃ。お姉さまの慈悲を無下にするつもりぃ?」
 いやいやいや、絶対に、嫌な予感しかしないし。
 シュナイツも、いやいやいやって首を横に振っています。

「もう、子供会にそんなぬいぐるみなんか持ってきちゃって。そんなんだから、お友達が作れないのよぉ? 魔王の息子が友達も作れないで、そんな汚いぬいぐるみにしがみついているなんて情けないわよぉ? 私によこしなさい」
 シュナイツは、ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて、いやいやする。
 それを、無理に取ろうとするディエンヌ。

『だめっ、あのぬいぐるみを、奪わせないでっ』

 珍しく、人がいるところでインナーがぼくに話しかけてきた。
 そしてインナーの記憶が、ぼくの中にはっきりと入ってくる。

 子供のころ、インナーはひとりのときが多かった。親はふたりとも、働きに出ていたからだ。
 ひとりでいるとき、毛布の端っこが友達だった。
 自分の匂いの染みついた、それがそばにあると、安心して。
 二十センチ四方に切り取った毛布の端っこを、いつも持って歩いていたのだ。

 友達がいなかったわけではない。
 でも、その毛布は。自分が物心つく前から自分のそばにあって。
 自分のさみしさも。病気で苦しいときも。そばで自分を励ましてくれたものだから。

 毛布だけど、友達で。
 毛布だけど、親のようで。
 毛布だけど、自分の命と同じくらいに大事な宝物だったのだ。

 だけど。ある日。インナーは、友達のお姉さんに毛布を奪われて、破かれて…。
 インナーは、泣いた。
 お姉さんが悪いから、その友達が悪いわけではないが。
 その友達と縁を切るくらいに、深く、傷ついた。

 毛布が破かれたことは。自分の心が破かれたのと同じで。
 毛布の痛みまでも感じるようで。悲しくて。悲しくて…。

 そんな、悲しいというインナーの気持ちがワッと入ってきて。
 ぼくは、いてもたってもいられなくなり。垣根の下に体を入れ込んだ。

「ディエンヌ、やめろ。ぬいぐるみを離すんだっ」
 なんとなく、にゅるりと垣根の間を潜り抜けて。ぼくは、ディエンヌとシュナイツの前に、立つっ!

 でもディエンヌはもう、シュナイツからぬいぐるみを奪って。風魔法でシュナイツが手を伸ばしても届かない、高い位置にぬいぐるみを飛ばしていた。

「なぁにぃ? また邪魔する気? サリエル」
「そうだっ。そのぬいぐるみは、シュナイツの大事なものなのだから返しなさい」
 ディエンヌは赤い瞳をギラギラさせて、ぼくのことを鼻で笑った。

「ははっ、魔力もツノもない、あんたに。なにができるっていうの? っていうかいい加減、邪魔なのよね? あんたも、また風に飛ばしてあげましょうかぁ?」
 そうして、ディエンヌがぼくをにらみつけたとき。
 ブローチから、ブビー、ブビーと警報音が鳴った。
 音で人が集まってくるのを嫌がったのか。ディエンヌはフンと顔をそらした。

「ばっかじゃない? 男のくせに、ぬいぐるみなんかに熱くなっちゃって。こんな汚いぬいぐるみ、いらないわよっ」
 ディエンヌは放り投げるように、風魔法をまとわせたままぬいぐるみを遠くに飛ばした。

「「ああぁっ」」
 ぼくとシュナイツは一緒に叫び。
 ぼくはぬいぐるみを追いかけて、駆け出した。
 放物線の先には池があって。あそこに落っこちたら、ぬいぐるみが本当に汚れてダメになってしまうかもしれないぃぃぃ。

『絶対、取ってぇ。あの子を、助けてぇ』
 インナーの悲痛な叫び。
 自分は、あの毛布を救えなかったけど。この子は救ってあげたい。そういう気持ちを感じ取って。

 ぼくは、いっぱい走って。走って。
 ぬいぐるみをぉ、んんんぬぅぅぅっ、つっ、つかまえましたっ。

 ばっしゃーんんんん、と。腰まで池に浸かってしまいましたが。
 ぬいぐるみは、頭の上でキャッチしましたから、無事ですぅ。

「サリー、なにやってんだ? 大丈夫か?」
 池の反対の方から、シュナイツを探していたマルチェロがやってきて。池に飛び込むぼくを目撃したようです。
 ぼくは、ぬいぐるみを救ったヒーロー。
 でも出した声は、とても情けないビブラートでした。

「マルチェロぉぉぉ、ミケージャをぉ、呼んでくださいぃ」
 あぁ、兄上とおそろいの衣装が台無しですぅ。

 でも、シュナイツのぬいぐるみが救えたので。兄上ぇ、怒らないでくださいねぇ?

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