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番外 レオンハルトの胸中 ⑤
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◆レオンハルトの胸中 ⑤
先日の子供会では、例によって例のごとく、ディエンヌがいろいろやらかしたようだが。
それはサリュによって大事に至ることなくおさめられたようで、良かった。
さすが、私のサリュだ。
魔力なし、ツノなし、ということで。魔王の息子といえど、他の子供たちにいじめられやしないかと。私は気が気でなかったが。
今回はそのようなことはなかったようだ。
従兄弟のマルチェロを護衛につけたのが、やはり良かったな。
公爵令息である、高位貴族の彼に。他の貴族は、まず話しかけられない。
序列的にも、魔力的にも、な。
マルチェロの家柄であるルーフェン家は、三大公爵の一角であるから。魔力量の多さは、言わずもがな。
したたかで、狡猾で、計算高い、いかにも魔族らしい気質の御家柄である。
父上が魔王になる前、まだ若い頃。マルチェロの父と一緒になって、バカみたいな悪事をさんざんやったようなのだが。
頭が痛い話だ。私が生まれる前のことで本当に良かったと思う。
今でも、彼の好色さには手を焼いているというのに。
これ以上、父上の尻拭いは勘弁である。
そんな、魔王と悪ふざけをする父を持つ、マルチェロも。言うまでもなく、したたかな男なのだった。
サリュは、表も裏も真っ白なピュアっ子だが。
マルチェロは。優美な容姿、柔らかな微笑みの、清廉で魅力的な表側と。
自分の邪魔者は徹底的に排除。容赦、手加減なしの、真っ黒な裏側をあわせ持っている。
とてもサリュと同じ年とは思えない。
とはいえ、サリュも。頭脳面では、他の者と比べて抜きん出ているので。
マルチェロがサリュのことをつまらなく感じたり。見下げたりするようなことは、ないだろう。
自分の益にならなければ、マルチェロはズバリと早々に見切りをつけてしまうだろうが。
サリュに関して、それはないと断言できる。
もしもマルチェロがそう断じることがあるのなら。見る目のない、それまでの男だということだ。
マルチェロは早いうちから、私を次代の魔王と見込んでいて。私の右腕になりたいのだと進言してきていた。
しかし私は、サリュを補佐に取り立てるつもりだったのだ。
私に目をかけられているサリエルという者は、どのような者か?
自分より秀でているのか確かめたい、とマルチェロが興味を示したので。
子供会のとき、サリエルの護衛をどうしようかと考えていた私は、丁度良いとばかりに、その話を持ち掛けたのだ。
サリエルの近くで、サリエルがどのような者か見てみたらいい、と。
「…デロデロですね」
自信満々の私を見て。マルチェロは、私がサリエルのことを高く買っていると察したようだ。
同い年の秀才がぶつかり合って起こす化学反応が、どうなるのか。
反発するか、融合して仲良くなるか。楽しみだったが。
まぁ、うまく融合したようで、良かったよ。
それにサリュは、反発するような子ではないしね。心底、心配はしていなかったよ。
マルチェロは頭がいいゆえに、家柄や己の魔力量にこびへつらう者がひと目でわかってしまい。
本当の意味での友人には、恵まれていなかった。
その点、サリュは。全く意に介さない子なので。
彼にとっても、真の友人が得られるかもしれない、いい機会になると良いだろう。
防御を付与したレッドドラゴンの宝珠と、私という後ろ盾と、マルチェロという公爵令息のお友達。
まだ、万全な守りとは言い切れないが。
ここまで威嚇すれば、子供会でサリュに危害を加えようなどと思う愚か者は、そうそう現れないだろう。
と思いたい。
子供だから、わからないがな。
ちょっと。マリーベルに求婚されたというのには、面食らったが。
まだ子供会も一回目だというのに。公爵令嬢なんて大物を早速釣り上げるとは。さすがサリュと言うべきか。
でもあげないよ、と。マルチェロに釘を刺しておいたから。まぁ、大丈夫だろう。
今日はちょっと早めに屋敷に戻れた。
すると、玄関前にエリンがいて。なにか言いたそうに寄ってきた。
「エリン、サリエルはどうしたのだ?」
いつもエリンには、出来る限りサリエルのそばにいるよう指示している。
「今は、お昼寝を…今日は、とっても働きましたので」
「働いた?」
掃除のお手伝いでもしたのだろうか? と、私がエリンを見やると。
報告がしたいのですが、と言ってきたので、うなずいた。
シャツにスボンという軽装に着替え。書斎でエリンを待っていると。
なにか用意してきたエリンが、部屋に入ってきた。
彼女はさっそく本題に入るようだ。
なにか果物らしきものを手渡してくる。
赤ピンクの、不思議な物体だ。
匂いが、甘いような酸っぱいような、今まで嗅いだ記憶のない。しかし、良い香り。
「こちら、っんもも、と言います。トマト同様、サリエル様が作り出した新種の果物でございます」
「なんと」
このピンクの、若干ハート型に見える、ファンシーな果物を、サリエルが作った?
「こちらが皮をむいた、っんもも、でございます」
エリンは、白いような黄味がかっているような、串切りのものが乗っかった皿を渡してくる。
リンゴのようにも見えるが。
フォークで刺すと、途端に果汁がしたたった。
口に入れると、今までの食べ物にはない食感で、驚く。
果肉を口腔に入れる端から、とろけて。果汁が口いっぱいに広がる。
甘いような、酸っぱいような。それは香りからも想像できたが。
これほどに、甘くて酸っぱくて、美味しいとは。
私は夢中になって、皿の上の、っんももを全部食べてしまった。
だって。口の中に入れる端から、シュッとなくなるのだ。
リンゴなら、シャリシャリとした食感が長く続くのだが。
これは一瞬でなくなってしまうから。
なんという恐ろしい食べ物を作り出したのだっ? サリエル。
まさにこれは、悪魔の食べ物ではないかっ。
「そしてこちらは、っんももを加熱したものです。今日はタルトにいたしました」
タルト生地の上に加熱されて琥珀色に変化した、っんももが乗っている。
ひと口食べると、また違った味わいで驚いた。
「こちら、砂糖などいっさい足しておりません。なのに加熱によって甘みが倍増いたします。それもサリエル様に教えていただいたことでございます」
私は…なにを言ったらいいかと。口を開けたまま固まってしまった。
煮てよし、生でよし、果物として完璧な仕上がりであった。
さらに、見た目も愛らしく。これが世に出回ったら、ひと財産築けてしまうぞ。
「敷地内の森の中に、っんももの木が三本ありまして、その木はとても妙な形をしております。ふたつの幹がくねって、絡んで、上に伸び上がるような。そして枝は、互いの木が手を取り合うように交差しておりまして。私が背伸びをして手を伸ばせば、実をもげるような。そのような高さに、たわわに、っんももが実っておりました。そこはまるで別天地、理想郷に迷い込んだかのような、不思議な景色でございました」
収穫もしやすいとか、至れり尽くせり。素晴らしい樹木ではないか?
しかし、あぁ大変だ。このことが誰かに知られたら…。
私は重いため息をつき、エリンに指示した。
「…エリン。サリエルが目を覚ましたら、私のところに連れて来てくれ」
会釈をして、エリンが部屋から下がるのを見送り。
私は、っんもものタルトをもうひとつ口にする。
甘い。だが、砂糖漬けのような、くどい甘さではなく。スッキリとした甘味だ。
私は紅茶を飲んで、甘みを喉に流し入れた。
今回は、っんももの試食会みたいなものであったが。甘いケーキにさりげなく紅茶を添えてくれるエリンは、侍女としてとても有能なのだった。
しばらくすると、お昼寝から起きてきたサリエルが、エリンとともに書斎へやってきた。
「おかえりなさいませ、兄上ぇ。今日はお早いお帰りなのですね?」
満面の笑みで、私に挨拶をするサリエルが可愛くて。
私は執務机から離れ、ソファセットに移動して。サリエルとふたり、並んで座った。
「あぁ、ただいま、サリュ。っんももを早速いただいたよ?」
「本当ですか? おいしかったですかぁ?」
なんの他意もなく、屈託なく聞いてくるサリエルは。
自分が成したことの重要性には気づいていないように見えた。
私はエリンを視線でうながし、人払いした。
「とても美味しかった。甘くて、ジューシーで。ハートの形をしていて、可愛らしい。素敵な果物だな?」
褒めると。自分が褒められているみたいに頬を染めて、照れる。
頬肉に埋もれて見えないが、赤い瞳にひまわり模様の虹彩を、キラッキラにしているに違いない。
「そうでしょう? ぼくもいっぱい、食べてしまいました。あっ、食べたけど。収穫でいっぱい動いたので、ノーカロリーです、たぶん」
「でも、サリュ? あれはいったい、どうやって作ったのだ? 魔法か?」
私がたずねると、サリュはハッとして。小さな口を三角にした。
後ろめたい、というほどではないかもしれないが。
自分がなにやら、普通でないことをした自覚はあるようだ。
「あの、あれは魔法ではないのです。トマトのときも、ですが。地面をポンポン叩いて、お願いしたのです。ピンクで甘くて、おいしいっんもも食べたーい、って。そうしたら、芽が出て…」
にこりと笑いかけると、サリュはびくっとした。
なんだい? ディエンヌを怒るみたいに、自分も怒られると思ったのだろうか?
私がサリュを怒ったことなど、一度もないだろう?
「そうか、サリエルには大地の加護があるようだな?」
「大地の加護? ですか? 魔力がないのに?」
「精霊と仲良くなるのに、魔力はあまり関係がないんだ。難しく考えなくてもいい。サリュは大地と仲良しってことなんだ」
サリュは、わかっているのかいないのか、ふーんという感じで、私を見やっている。
「だけどね、サリュ。これは、とても稀有な能力だ。特に魔族は、狡猾な者が多いから。おまえの能力を利用して金儲けの道具にしたり、タダ働きをさせるかもしれない。私は、サリュが誰かにいいように扱われたくはない。だからね? こうして新しいものを生み出すのは。私の邸宅の敷地内だけにしなさい。他の場所で、屋敷の者たち以外の者にこの能力を見せてはいけないよ? 約束できるか?」
「はい。わかりました」
いい返事で、速攻返してくるけど。大丈夫かな?
「魔王様にも、内緒だよ?」
重ねて言うと、サリュは不思議そうに小首をかしげる。
「父上にも? そうですか。わかりました。ぼくはもとより、ぼくと兄上が美味しいものを食べられたらと思って。それだけのつもりだったので。内緒なのは、承知いたしました。誰にも言いません。魔王さまがダメなら、ラーディン兄上もダメですよね? 屋敷の人たちだけ、ですね。オケ」
サリエルは復唱して、私が言った約束事をしっかりと心に刻みつけていた。
「自分が作ったと、言わなければいいのだ。ラーディンが屋敷に来たときに、っんももを振舞うのは構わないよ。そのときは、庭にいつの間にか新種の植物が生えてきた、と言いなさい」
「あぁ、そうですね? そうします」
信頼のまなざしで、私をみつめるサリエルを。私はまっすぐにみつめ返す。
なにも、やましいことではない。
サリエルの、見たものを忘れない能力も。脳裏に浮かべたものを作り出す能力も。
私が、独り占めすることになってしまうが。
これは、サリエルを守ること。
サリエルの正体を、誰にも悟らせないようにするための手立てなのだ。
私は、光り輝くサリュの赤い髪を、手で優しく撫でる。
そして、思いがけず私にもたらされたこの愛し子を。愛して、愛して。手放さず。決して誰にも奪わせないと、改めて固く決意したのだ。
「大丈夫だよ、サリュ。私の言葉を守ってくれたら、なにも怖いことなど起きないから」
「はい。兄上のお言葉に従います。だって兄上は、ぼくのことをぼくよりもわかっていて、ぼくの不利になることなど決してしない、素敵な兄上様なのだから。ぼくは兄上が大好きなのです」
無条件に私を信じるサリエルに、ちょっとだけ後ろめたさが湧く。
もちろん、私もサリエルを無条件に愛しているのだが。
嫁にする気も満々なので。
大好きと言われたら。ぎゅっとしてしまう。
「あぁ、私も大好きだよ、サーリュ?」
そして額にチュッとした。
サリエルは、インキュバスの気があるはずなのに、初心だから。
このような、親密な接触にワタワタしている。
でも、まだ七歳だから、それでいいのだ。
ゆっくり私を意識して。ゆっくり大人になって。いつか私を、恋人のように好きになってくれたらいい。
いつか…いつかで、いいのだ。
先日の子供会では、例によって例のごとく、ディエンヌがいろいろやらかしたようだが。
それはサリュによって大事に至ることなくおさめられたようで、良かった。
さすが、私のサリュだ。
魔力なし、ツノなし、ということで。魔王の息子といえど、他の子供たちにいじめられやしないかと。私は気が気でなかったが。
今回はそのようなことはなかったようだ。
従兄弟のマルチェロを護衛につけたのが、やはり良かったな。
公爵令息である、高位貴族の彼に。他の貴族は、まず話しかけられない。
序列的にも、魔力的にも、な。
マルチェロの家柄であるルーフェン家は、三大公爵の一角であるから。魔力量の多さは、言わずもがな。
したたかで、狡猾で、計算高い、いかにも魔族らしい気質の御家柄である。
父上が魔王になる前、まだ若い頃。マルチェロの父と一緒になって、バカみたいな悪事をさんざんやったようなのだが。
頭が痛い話だ。私が生まれる前のことで本当に良かったと思う。
今でも、彼の好色さには手を焼いているというのに。
これ以上、父上の尻拭いは勘弁である。
そんな、魔王と悪ふざけをする父を持つ、マルチェロも。言うまでもなく、したたかな男なのだった。
サリュは、表も裏も真っ白なピュアっ子だが。
マルチェロは。優美な容姿、柔らかな微笑みの、清廉で魅力的な表側と。
自分の邪魔者は徹底的に排除。容赦、手加減なしの、真っ黒な裏側をあわせ持っている。
とてもサリュと同じ年とは思えない。
とはいえ、サリュも。頭脳面では、他の者と比べて抜きん出ているので。
マルチェロがサリュのことをつまらなく感じたり。見下げたりするようなことは、ないだろう。
自分の益にならなければ、マルチェロはズバリと早々に見切りをつけてしまうだろうが。
サリュに関して、それはないと断言できる。
もしもマルチェロがそう断じることがあるのなら。見る目のない、それまでの男だということだ。
マルチェロは早いうちから、私を次代の魔王と見込んでいて。私の右腕になりたいのだと進言してきていた。
しかし私は、サリュを補佐に取り立てるつもりだったのだ。
私に目をかけられているサリエルという者は、どのような者か?
自分より秀でているのか確かめたい、とマルチェロが興味を示したので。
子供会のとき、サリエルの護衛をどうしようかと考えていた私は、丁度良いとばかりに、その話を持ち掛けたのだ。
サリエルの近くで、サリエルがどのような者か見てみたらいい、と。
「…デロデロですね」
自信満々の私を見て。マルチェロは、私がサリエルのことを高く買っていると察したようだ。
同い年の秀才がぶつかり合って起こす化学反応が、どうなるのか。
反発するか、融合して仲良くなるか。楽しみだったが。
まぁ、うまく融合したようで、良かったよ。
それにサリュは、反発するような子ではないしね。心底、心配はしていなかったよ。
マルチェロは頭がいいゆえに、家柄や己の魔力量にこびへつらう者がひと目でわかってしまい。
本当の意味での友人には、恵まれていなかった。
その点、サリュは。全く意に介さない子なので。
彼にとっても、真の友人が得られるかもしれない、いい機会になると良いだろう。
防御を付与したレッドドラゴンの宝珠と、私という後ろ盾と、マルチェロという公爵令息のお友達。
まだ、万全な守りとは言い切れないが。
ここまで威嚇すれば、子供会でサリュに危害を加えようなどと思う愚か者は、そうそう現れないだろう。
と思いたい。
子供だから、わからないがな。
ちょっと。マリーベルに求婚されたというのには、面食らったが。
まだ子供会も一回目だというのに。公爵令嬢なんて大物を早速釣り上げるとは。さすがサリュと言うべきか。
でもあげないよ、と。マルチェロに釘を刺しておいたから。まぁ、大丈夫だろう。
今日はちょっと早めに屋敷に戻れた。
すると、玄関前にエリンがいて。なにか言いたそうに寄ってきた。
「エリン、サリエルはどうしたのだ?」
いつもエリンには、出来る限りサリエルのそばにいるよう指示している。
「今は、お昼寝を…今日は、とっても働きましたので」
「働いた?」
掃除のお手伝いでもしたのだろうか? と、私がエリンを見やると。
報告がしたいのですが、と言ってきたので、うなずいた。
シャツにスボンという軽装に着替え。書斎でエリンを待っていると。
なにか用意してきたエリンが、部屋に入ってきた。
彼女はさっそく本題に入るようだ。
なにか果物らしきものを手渡してくる。
赤ピンクの、不思議な物体だ。
匂いが、甘いような酸っぱいような、今まで嗅いだ記憶のない。しかし、良い香り。
「こちら、っんもも、と言います。トマト同様、サリエル様が作り出した新種の果物でございます」
「なんと」
このピンクの、若干ハート型に見える、ファンシーな果物を、サリエルが作った?
「こちらが皮をむいた、っんもも、でございます」
エリンは、白いような黄味がかっているような、串切りのものが乗っかった皿を渡してくる。
リンゴのようにも見えるが。
フォークで刺すと、途端に果汁がしたたった。
口に入れると、今までの食べ物にはない食感で、驚く。
果肉を口腔に入れる端から、とろけて。果汁が口いっぱいに広がる。
甘いような、酸っぱいような。それは香りからも想像できたが。
これほどに、甘くて酸っぱくて、美味しいとは。
私は夢中になって、皿の上の、っんももを全部食べてしまった。
だって。口の中に入れる端から、シュッとなくなるのだ。
リンゴなら、シャリシャリとした食感が長く続くのだが。
これは一瞬でなくなってしまうから。
なんという恐ろしい食べ物を作り出したのだっ? サリエル。
まさにこれは、悪魔の食べ物ではないかっ。
「そしてこちらは、っんももを加熱したものです。今日はタルトにいたしました」
タルト生地の上に加熱されて琥珀色に変化した、っんももが乗っている。
ひと口食べると、また違った味わいで驚いた。
「こちら、砂糖などいっさい足しておりません。なのに加熱によって甘みが倍増いたします。それもサリエル様に教えていただいたことでございます」
私は…なにを言ったらいいかと。口を開けたまま固まってしまった。
煮てよし、生でよし、果物として完璧な仕上がりであった。
さらに、見た目も愛らしく。これが世に出回ったら、ひと財産築けてしまうぞ。
「敷地内の森の中に、っんももの木が三本ありまして、その木はとても妙な形をしております。ふたつの幹がくねって、絡んで、上に伸び上がるような。そして枝は、互いの木が手を取り合うように交差しておりまして。私が背伸びをして手を伸ばせば、実をもげるような。そのような高さに、たわわに、っんももが実っておりました。そこはまるで別天地、理想郷に迷い込んだかのような、不思議な景色でございました」
収穫もしやすいとか、至れり尽くせり。素晴らしい樹木ではないか?
しかし、あぁ大変だ。このことが誰かに知られたら…。
私は重いため息をつき、エリンに指示した。
「…エリン。サリエルが目を覚ましたら、私のところに連れて来てくれ」
会釈をして、エリンが部屋から下がるのを見送り。
私は、っんもものタルトをもうひとつ口にする。
甘い。だが、砂糖漬けのような、くどい甘さではなく。スッキリとした甘味だ。
私は紅茶を飲んで、甘みを喉に流し入れた。
今回は、っんももの試食会みたいなものであったが。甘いケーキにさりげなく紅茶を添えてくれるエリンは、侍女としてとても有能なのだった。
しばらくすると、お昼寝から起きてきたサリエルが、エリンとともに書斎へやってきた。
「おかえりなさいませ、兄上ぇ。今日はお早いお帰りなのですね?」
満面の笑みで、私に挨拶をするサリエルが可愛くて。
私は執務机から離れ、ソファセットに移動して。サリエルとふたり、並んで座った。
「あぁ、ただいま、サリュ。っんももを早速いただいたよ?」
「本当ですか? おいしかったですかぁ?」
なんの他意もなく、屈託なく聞いてくるサリエルは。
自分が成したことの重要性には気づいていないように見えた。
私はエリンを視線でうながし、人払いした。
「とても美味しかった。甘くて、ジューシーで。ハートの形をしていて、可愛らしい。素敵な果物だな?」
褒めると。自分が褒められているみたいに頬を染めて、照れる。
頬肉に埋もれて見えないが、赤い瞳にひまわり模様の虹彩を、キラッキラにしているに違いない。
「そうでしょう? ぼくもいっぱい、食べてしまいました。あっ、食べたけど。収穫でいっぱい動いたので、ノーカロリーです、たぶん」
「でも、サリュ? あれはいったい、どうやって作ったのだ? 魔法か?」
私がたずねると、サリュはハッとして。小さな口を三角にした。
後ろめたい、というほどではないかもしれないが。
自分がなにやら、普通でないことをした自覚はあるようだ。
「あの、あれは魔法ではないのです。トマトのときも、ですが。地面をポンポン叩いて、お願いしたのです。ピンクで甘くて、おいしいっんもも食べたーい、って。そうしたら、芽が出て…」
にこりと笑いかけると、サリュはびくっとした。
なんだい? ディエンヌを怒るみたいに、自分も怒られると思ったのだろうか?
私がサリュを怒ったことなど、一度もないだろう?
「そうか、サリエルには大地の加護があるようだな?」
「大地の加護? ですか? 魔力がないのに?」
「精霊と仲良くなるのに、魔力はあまり関係がないんだ。難しく考えなくてもいい。サリュは大地と仲良しってことなんだ」
サリュは、わかっているのかいないのか、ふーんという感じで、私を見やっている。
「だけどね、サリュ。これは、とても稀有な能力だ。特に魔族は、狡猾な者が多いから。おまえの能力を利用して金儲けの道具にしたり、タダ働きをさせるかもしれない。私は、サリュが誰かにいいように扱われたくはない。だからね? こうして新しいものを生み出すのは。私の邸宅の敷地内だけにしなさい。他の場所で、屋敷の者たち以外の者にこの能力を見せてはいけないよ? 約束できるか?」
「はい。わかりました」
いい返事で、速攻返してくるけど。大丈夫かな?
「魔王様にも、内緒だよ?」
重ねて言うと、サリュは不思議そうに小首をかしげる。
「父上にも? そうですか。わかりました。ぼくはもとより、ぼくと兄上が美味しいものを食べられたらと思って。それだけのつもりだったので。内緒なのは、承知いたしました。誰にも言いません。魔王さまがダメなら、ラーディン兄上もダメですよね? 屋敷の人たちだけ、ですね。オケ」
サリエルは復唱して、私が言った約束事をしっかりと心に刻みつけていた。
「自分が作ったと、言わなければいいのだ。ラーディンが屋敷に来たときに、っんももを振舞うのは構わないよ。そのときは、庭にいつの間にか新種の植物が生えてきた、と言いなさい」
「あぁ、そうですね? そうします」
信頼のまなざしで、私をみつめるサリエルを。私はまっすぐにみつめ返す。
なにも、やましいことではない。
サリエルの、見たものを忘れない能力も。脳裏に浮かべたものを作り出す能力も。
私が、独り占めすることになってしまうが。
これは、サリエルを守ること。
サリエルの正体を、誰にも悟らせないようにするための手立てなのだ。
私は、光り輝くサリュの赤い髪を、手で優しく撫でる。
そして、思いがけず私にもたらされたこの愛し子を。愛して、愛して。手放さず。決して誰にも奪わせないと、改めて固く決意したのだ。
「大丈夫だよ、サリュ。私の言葉を守ってくれたら、なにも怖いことなど起きないから」
「はい。兄上のお言葉に従います。だって兄上は、ぼくのことをぼくよりもわかっていて、ぼくの不利になることなど決してしない、素敵な兄上様なのだから。ぼくは兄上が大好きなのです」
無条件に私を信じるサリエルに、ちょっとだけ後ろめたさが湧く。
もちろん、私もサリエルを無条件に愛しているのだが。
嫁にする気も満々なので。
大好きと言われたら。ぎゅっとしてしまう。
「あぁ、私も大好きだよ、サーリュ?」
そして額にチュッとした。
サリエルは、インキュバスの気があるはずなのに、初心だから。
このような、親密な接触にワタワタしている。
でも、まだ七歳だから、それでいいのだ。
ゆっくり私を意識して。ゆっくり大人になって。いつか私を、恋人のように好きになってくれたらいい。
いつか…いつかで、いいのだ。
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