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16 子供会は阿鼻叫喚の地獄絵図 ②
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涙に瞳を濡らす可憐な御令嬢たち、多数が。今日も素敵なドレスを身にまとい。指先でスカートを持ち上げる優雅な仕草で、ぼくの方に駆け寄ってくる。
ぼくは、すわっ、モテ期か? なんて思ったけど。
「サリエル様、わたくしのドレスが、ディエンヌ様に破かれてしまいましたの」
「わたくしも、ですわぁ。先日、メリンダ様の御召し物を直されたそうですわね?」
「お願いします、このドレスでは会場にいられませんわぁ」
モテ期ではありませんでした。お針子でした。
太ったニワトリに、モテ期などありません。
御令嬢に囲まれて、調子に乗りました。すみません。
やはり兄上の杞憂は、杞憂で終わりそうですよ?
嬉しいような、悲しいような。
「そ、それでは。別室をお借りいたしましょうか。ミケージャ…」
ミケージャに手配してもらおうと思って、振り仰ごうとしたのだが。
そこに声をかけられた。
「ちょっと、サリエル。あんた、なにしようとしてんのよっ」
腰に手を当てて、高飛車百点満点のディエンヌが、ぼくにキレ気味で聞いてきたのだ。
「なにって、御令嬢のスカートを直して差し上げるんだ。ディエンヌが破いたのだから、兄として、妹の不始末をなんとかしてあげないと…」
「よけいなことをしないでちょうだい。この子たちの泣き顔を見るのが、おもしろいんだからぁ」
キャハハハッと、高笑いするディエンヌ。
齢六歳にして、悪役令嬢が板についている。
「だから、わたくしのスカートも破ってごらんなさいって、申し上げているのよっ」
ディエンヌの前で、怒っている御令嬢が。フリルのついたスカートを『ホレ、破け』と言わんばかりに、ディエンヌに向ける。
ちょっと、煽らないでくださいよぉ?
「やだぁ、破けと言う人のスカートを破ったって、おもしろくないじゃなぁーい?」
おぉう、ディエンヌがあまのじゃくだから、逆に反応したぞ?
あの、ミルクティー色の髪をした御令嬢、まさかディエンヌの性格を手玉に取っているのか? あ、頭、良いぃ。
「あらぁ、残念だわぁ? あなたがスカートを破くと、魔王城御用達の仕立て屋のクーポン券がもらえるのよぉ?」
「クーポン? なにそれ?」
ディエンヌは面白くなさそうに眉を跳ね上げて、その御令嬢に聞いた。
「まぁ、ご存じないのぉ? 破けたスカートのお直し代でもドレスを新調でも、一割引きしてくれる券をサリエル様がくださるのよぉ? だからぁ、わたくし。ドレスをディエンヌ様に破っていただきたかったのにぃ?」
御令嬢が、言うと。
「あのお店のドレスが一割引き?」
「それなら、お母様も私にドレスを作ってくれるかもぉ」
聞きつけた他の御令嬢が、ディエンヌに破いて破いて、と殺到し。
「あなたたちが喜ぶことしても、おもしろくなーい。もう、つまんなーい」
破けと言われると、破きたくなくなる、あまのじゃくなディエンヌは。
そうして、ビリビリ期を終えたのだった。
やったっ! よくわかんないけど、ぼくは悪魔に打ち勝ったのだぁ。
思いもかけずに、ディエンヌの悪さをおさえ込むことができたぼくは。にっこにこになったが。
いけない、まだ終わっていなかった。
御令嬢のスカートは直さなければなりませんね?
それで、ドレスを破かれてしくしくする御令嬢たちと。ディエンヌに対峙していた御令嬢と。さらに、先日お直ししてあげたメリンダ嬢も。なぜか一緒に、別室に向かうのだった。
用意してもらった部屋は、小さめのサロンで。
元々、休憩室用に用意されていたらしい。
お茶や軽食なども、すぐに準備されて。
御令嬢たちは部屋に入ると、しくしくは終了した。
ぼくがひとりのお直しをしている、順番待ちの間。
他の御令嬢たちは優雅にお茶会を開催するのだった。
まぁ、いつまでも女の子に泣かれているのも困ってしまうけど。
あまりの変わり身の早さに、ぼくは内心おののいていた。御令嬢…怖い。
そんなことを思いながら。
椅子に座る御令嬢のスカートの裾を持って、ぼくは床にぺたりと座り込んで、チクチクしています。
「サリエル様? わたくし、あの、サリエル様がいかにお優しくしてくださったか、ご説明したくて。マリーベル様にクーポンの話をしてしまったのです。御迷惑にならないと良いのですが?」
メリンダ嬢がぼくにそう言って、頭を下げる。
あぁ、それを言いたくて別室についてきたのですね?
「いえ、大丈夫です。それにディエンヌは御令嬢に破ってと言われて、気が削がれたみたいで。結果的にビリビリフィーバーはなくなったと思うので、逆によかったです」
メリンダ嬢に返事をし。お直しし終えた御令嬢に、クーポンを渡す。
御令嬢は嬉しそうにクーポンを受け取るが。
「みなさん、とても裕福なご家庭だと思うのですが。割引券を喜ぶなんて、不思議ですね?」
貴族の御令嬢なのに? という、ぼくの疑問に。
御令嬢ははにかみながらも、素直に教えてくれた。
「お恥ずかしい話、うちは兄弟姉妹が多くて、高価なドレスは姉から譲り受けたりいたしますの。でもクーポンがあったら、私用に作ってもらえるかもしれませんもの?」
「あら? うちもおなじようなものよぉ。ただのお直しより、ドレスを新調した方が、割引率が多いでしょう? だから断然、ドレス新調を主張するのよ! リーズナブルなら母も喜ぶし」
「あのお店の商品はお高いから、お母様は子供にはまだ早いって。でも、子供のうちからほんものを身につけてこそ、しゅくじょよ? クーポンがあったら、お母様も一度くらいは買う気になってくれるかもしれないもの」
理由は、三人三様でした。
というか、みなさん。十歳以下のお子様のはずなのに、ずいぶんこまっちゃくれておりますな?
魔族の気質か、高いものをいかに安く買うか。いかに儲けを出すか。金銭感覚は、意外にシビアなようです。
貴族とはいえ、財布の紐も硬いお家が多いようですね?
「サリエル様? 私はスカートを破られていませんが。クーポンをいただけないかしらぁ?」
ビリビリされた御令嬢のお直しを終えると、あの、ディエンヌと対峙していたミルクティー色の髪を長く伸ばした御令嬢が、ぼくに言ってきた。
「いえ、それはできません。一割の損失は、ディエンヌのドレス代に上乗せされる仕組みですので。つまりこれは金券のようなもので、ばら撒けるものではないのですよ?」
説明をすると、その御令嬢の横に備考欄があらわれた。おぉう。
『マルチェロの妹、マリーベル。シュナイツの婚約者である悪役令嬢。聡明な殿方が好き』とある。
へぇ、マルチェロの妹か。
なるほど、エメラルドグリーンの瞳と二重巻きのツノが、同じですね。
ん? ってことは? 公爵令嬢では?
公爵令嬢がクーポンをご所望ですと? いや、そこはいいとして。
さらに、シュナイツと婚約ぅ?
そしてディエンヌと同じ悪役令嬢なのですか?
ひえぇぇ、短い文章の中に情報量が多いんですけど?
「ディエンヌ様に請求がいくのですかぁ? ならば余計にばらまいて、ディエンヌ様の養育費を困窮させたら、彼女も少しはこたえるのではなぁい?」
え、酷っ。さすがにぼくも、そこまでは考えませんでしたよぉ?
魔族ならではの考え方なのでしょうか?
ぼくなどは、彼女の尻拭いで、精一杯ですが。
懲らしめ方の案が、えげつないです。
さすが、未来の悪役令嬢。
しかし、この御令嬢、本当に賢いのですね?
ぼくの話から、すぐにこのようなことを思いつくのだから。
聡明な殿方が好き、だなんて。備考欄には書いてあるが。
マリーベルよりも聡明な人なんて、なかなかいなさそう。
「でも子供の作ったクーポン券なんか、かんたんに偽造できるのじゃないかしら?」
そう言って、マリーベルはお友達のクーポンを見せてもらっている。
でも。ふっふっふっ。そこはちゃんと考えてあります。
「なぁに? この、赤いインクの肉球マーク。これがなければ、似たようなの作れそうなのに」
「それは、芋版です」
「「「いもばん?」」」
御令嬢たちが、そろって声を上げる。
なんですか? みなさん可愛らしい女の子なのに、みんなでクーポン券を偽造する気満々だったのですか? おそろしい。
「ジャガイモを彫って、スタンプを作ったのです。兄上が石化の魔法を施したので、腐ることもありません。さらに、この縁の部分はイモによって形が違いますから、同じものは作れない仕様です。お店側にもサンプルが渡っていますからね? ハンコの形の違うクーポンは、偽造品だから相手にしないようにと言ってありますからね? クーポンの偽造はできませんからねっ?」
ぼくは念押しするように、語尾を極めて強調しておいた。
ここは魔国ですよ? ちゃんと偽造防止は考えておりますよぉ。
魔族は、騙したり、横領したり、儲けのためにいろいろがんばっちゃう性質がありますから。
こういう金銭の絡むものは、ちゃんと対策を講じないと駄目なのです。
「そんなぁ。たかが子供の作った紙切れが、そこまで考えてあるなんて」
マリーベルはそう言うが。君も子供ですからね?
だが子供で御令嬢とはいえ、やはり魔族。
したたかに儲けを出そうとしてくるのですね?
「みなさま、魔族としてなんとか自分に利を出そうとする姿勢は素敵ですが。ここは貴族の子女がつながりを持つために集う場です。御令嬢は、きれいなドレスをふわりとさせて、にっこり微笑んでいる方が。子息の方々に見初められると思うのですけど? クーポン偽造はあきらめて、子供会に戻ってくださぁい」
「まぁ、サリエル様にそのように言われたら。引き下がるしかありませんわね?」
マリーベルがため息をついたところで。
部屋に、誰かが入ってきた。
「あっ、サリー、こんなところにいたのか? 探したよぉ」
扉は解放されていたのだが。その入り口で、マルチェロは爽やかな笑顔になって、ぼくをみつけた。
すると、途端に御令嬢たちは色めいて。
きゃぁ、とか。素敵、とか。つぶやくのだった。
むむ、ぼくと一緒のときには、いっさい上がらなかった喜びの声です。
まぁマルチェロは? ぼくより頭ひとつ分大きいしぃ? 細身だしぃ? 目はパッチリだしぃ? ハニーイエローの髪はキラッキラだしぃ? 公爵令息だしぃ?
あっ、なにひとつかなわなかった。つか、身の程知らずだった。
近寄ってきたマルチェロは、ぼくをギュムッと抱き締めた。
距離感が近いです。
「君が人知れずどこかで誰かにいじめられていたら、ぼくはレオンハルトに殺されてしまうよぉ。ぼくの命のためにも、サリーはぼくのそばにいてくれ?」
大袈裟だなぁ、と思いながらも。ぼくを心配してくれていたみたいだから、なんとなく嬉しかった。
「ごめんね、マルチェロ。来てすぐに。ディエンヌがビリビリで阿鼻叫喚だったものだから」
「よくわからないけど、わかった。じゃあ、こんな女の子ばかりのところにいないで。私と庭で遊ぼうよ」
マルチェロは、女の子たちには目もくれず。ぼくを部屋の外に引っ張って行こうとした。
「ちょっと、ズルいわぁお兄様っ。サリエル様は私と遊ぶんだからぁ」
それを止めたのは、マリーベルだった。
え? は? なんで、ぼくはマリーベルと遊ぶことになっているのですか?
つか、クーポンはあげませんよ?
「っていうか、お兄様。私を、ちゃんと、しっかり、サリエル様に紹介してくださいな?」
マリーベルにせっつかれたマルチェロは、渋々ぅという感じで、ぼくに妹を紹介した。
ふふ、大事な妹さんなのでしょうね?
詳細は備考欄で、あらかたわかっていますけど。ぼくは彼の言葉に耳を傾けた。
「サリエル。彼女はマリーベル。私の妹だよ。ディエンヌ様と同じ年だな」
「たとえが嫌ですわ。サリエル様のひとつ下とおっしゃって?」
ちょっと頬を膨らましたが。
マリーベルはふわりとスカートに空気を含ませ、とても優美な淑女の礼をした。
「サリエル様、自己紹介が遅れました。私、マリーベル・ルーフェン、六歳です。趣味はお人形さんと遊ぶことと、お絵描きです。サリエル様はルーフェン家の婿養子になったらいいわぁ?」
名乗ったあとに顔を上げたマリーベルは、怒涛の自己紹介をしてきた。
そこに、兄のマルチェロが声をはさむ。
「マリーベル、サリーをお婿にする気か? 馬鹿か? レオンハルトに殺されるぞ? それに母上にも殺される。おまえは公爵令嬢として、ラーディンかシュナイツかどちらかの婚約者に…」
備考欄には、シュナイツの婚約者とあるが。まだ決まってはいないのですね?
これは、備考欄が未来の指針となるのか、正しいのか、見定めるいい機会になりそうです。
「いやぁよぉ。私は頭の良い殿方に嫁ぐのよ? サリエル様はすっごく頭が良いの。まだ子供のうちから偽造防止に頭が回るなんて、すばらしいわぁ。ルーフェン家に絶対にふさわしい御方よ?」
「いや、サリーがルーフェン家に入るのはやぶさかではないが。とにかく、レオンハルトがなぁ…」
「それにねっ、見てちょうだい、この背中。この丸くて肩が落ちてる哀愁の後ろ姿。私のメジロパンクマのぬいぐるみ、そっくりよ!!」
マリーベルは、ぼくの背中をマルチェロに見せて、そこにふかぁっ…と、顔を埋めた。
「あぁ、至福の気持ち良さよぉ。私、パンちゃんを離さないんだからっ」
パンちゃんではありません、サリエルです。
つか、メジロパンクマは、インナーが知るパンダという生き物の、配色逆バージョンです。
黒地の顔に、目の周りが白い模様だから、メジロです。
結構、凶暴なんですけどね。ぬいぐるみがあるのですね?
というか、いろいろ盛り上がっているところ申し訳ないんですが…。
「求婚を受けてはいけませんと、レオンハルト兄上からきつく申しつけられております」
「ですよねぇ?」
ぼくの言葉に、マルチェロは納得のうなずきを返すのだった。
「ふっ、ふられたぁ?」
「大丈夫だ、妹よ。私も先日ふられたからな。気をしっかり持てっ」
そうしたら小さなサロンに、あはは、うふふ、ははは? とそれぞれの乾いた笑い声が響いた。
別に、フッたつもりもないのですが。難儀な兄妹ですねぇ。
つか、六歳、七歳、くらいで、もうみんな婚約などを視野に入れているのですか?
ぼくはまだ全然考えていないのに。
ミケージャにも、心づもりなど聞かれましたし。そろそろ意識しなければならないのでしょうかねぇ?
ぼくは全然ピンと来なくて。頬をヒクつかせるのだった。
ぼくは、すわっ、モテ期か? なんて思ったけど。
「サリエル様、わたくしのドレスが、ディエンヌ様に破かれてしまいましたの」
「わたくしも、ですわぁ。先日、メリンダ様の御召し物を直されたそうですわね?」
「お願いします、このドレスでは会場にいられませんわぁ」
モテ期ではありませんでした。お針子でした。
太ったニワトリに、モテ期などありません。
御令嬢に囲まれて、調子に乗りました。すみません。
やはり兄上の杞憂は、杞憂で終わりそうですよ?
嬉しいような、悲しいような。
「そ、それでは。別室をお借りいたしましょうか。ミケージャ…」
ミケージャに手配してもらおうと思って、振り仰ごうとしたのだが。
そこに声をかけられた。
「ちょっと、サリエル。あんた、なにしようとしてんのよっ」
腰に手を当てて、高飛車百点満点のディエンヌが、ぼくにキレ気味で聞いてきたのだ。
「なにって、御令嬢のスカートを直して差し上げるんだ。ディエンヌが破いたのだから、兄として、妹の不始末をなんとかしてあげないと…」
「よけいなことをしないでちょうだい。この子たちの泣き顔を見るのが、おもしろいんだからぁ」
キャハハハッと、高笑いするディエンヌ。
齢六歳にして、悪役令嬢が板についている。
「だから、わたくしのスカートも破ってごらんなさいって、申し上げているのよっ」
ディエンヌの前で、怒っている御令嬢が。フリルのついたスカートを『ホレ、破け』と言わんばかりに、ディエンヌに向ける。
ちょっと、煽らないでくださいよぉ?
「やだぁ、破けと言う人のスカートを破ったって、おもしろくないじゃなぁーい?」
おぉう、ディエンヌがあまのじゃくだから、逆に反応したぞ?
あの、ミルクティー色の髪をした御令嬢、まさかディエンヌの性格を手玉に取っているのか? あ、頭、良いぃ。
「あらぁ、残念だわぁ? あなたがスカートを破くと、魔王城御用達の仕立て屋のクーポン券がもらえるのよぉ?」
「クーポン? なにそれ?」
ディエンヌは面白くなさそうに眉を跳ね上げて、その御令嬢に聞いた。
「まぁ、ご存じないのぉ? 破けたスカートのお直し代でもドレスを新調でも、一割引きしてくれる券をサリエル様がくださるのよぉ? だからぁ、わたくし。ドレスをディエンヌ様に破っていただきたかったのにぃ?」
御令嬢が、言うと。
「あのお店のドレスが一割引き?」
「それなら、お母様も私にドレスを作ってくれるかもぉ」
聞きつけた他の御令嬢が、ディエンヌに破いて破いて、と殺到し。
「あなたたちが喜ぶことしても、おもしろくなーい。もう、つまんなーい」
破けと言われると、破きたくなくなる、あまのじゃくなディエンヌは。
そうして、ビリビリ期を終えたのだった。
やったっ! よくわかんないけど、ぼくは悪魔に打ち勝ったのだぁ。
思いもかけずに、ディエンヌの悪さをおさえ込むことができたぼくは。にっこにこになったが。
いけない、まだ終わっていなかった。
御令嬢のスカートは直さなければなりませんね?
それで、ドレスを破かれてしくしくする御令嬢たちと。ディエンヌに対峙していた御令嬢と。さらに、先日お直ししてあげたメリンダ嬢も。なぜか一緒に、別室に向かうのだった。
用意してもらった部屋は、小さめのサロンで。
元々、休憩室用に用意されていたらしい。
お茶や軽食なども、すぐに準備されて。
御令嬢たちは部屋に入ると、しくしくは終了した。
ぼくがひとりのお直しをしている、順番待ちの間。
他の御令嬢たちは優雅にお茶会を開催するのだった。
まぁ、いつまでも女の子に泣かれているのも困ってしまうけど。
あまりの変わり身の早さに、ぼくは内心おののいていた。御令嬢…怖い。
そんなことを思いながら。
椅子に座る御令嬢のスカートの裾を持って、ぼくは床にぺたりと座り込んで、チクチクしています。
「サリエル様? わたくし、あの、サリエル様がいかにお優しくしてくださったか、ご説明したくて。マリーベル様にクーポンの話をしてしまったのです。御迷惑にならないと良いのですが?」
メリンダ嬢がぼくにそう言って、頭を下げる。
あぁ、それを言いたくて別室についてきたのですね?
「いえ、大丈夫です。それにディエンヌは御令嬢に破ってと言われて、気が削がれたみたいで。結果的にビリビリフィーバーはなくなったと思うので、逆によかったです」
メリンダ嬢に返事をし。お直しし終えた御令嬢に、クーポンを渡す。
御令嬢は嬉しそうにクーポンを受け取るが。
「みなさん、とても裕福なご家庭だと思うのですが。割引券を喜ぶなんて、不思議ですね?」
貴族の御令嬢なのに? という、ぼくの疑問に。
御令嬢ははにかみながらも、素直に教えてくれた。
「お恥ずかしい話、うちは兄弟姉妹が多くて、高価なドレスは姉から譲り受けたりいたしますの。でもクーポンがあったら、私用に作ってもらえるかもしれませんもの?」
「あら? うちもおなじようなものよぉ。ただのお直しより、ドレスを新調した方が、割引率が多いでしょう? だから断然、ドレス新調を主張するのよ! リーズナブルなら母も喜ぶし」
「あのお店の商品はお高いから、お母様は子供にはまだ早いって。でも、子供のうちからほんものを身につけてこそ、しゅくじょよ? クーポンがあったら、お母様も一度くらいは買う気になってくれるかもしれないもの」
理由は、三人三様でした。
というか、みなさん。十歳以下のお子様のはずなのに、ずいぶんこまっちゃくれておりますな?
魔族の気質か、高いものをいかに安く買うか。いかに儲けを出すか。金銭感覚は、意外にシビアなようです。
貴族とはいえ、財布の紐も硬いお家が多いようですね?
「サリエル様? 私はスカートを破られていませんが。クーポンをいただけないかしらぁ?」
ビリビリされた御令嬢のお直しを終えると、あの、ディエンヌと対峙していたミルクティー色の髪を長く伸ばした御令嬢が、ぼくに言ってきた。
「いえ、それはできません。一割の損失は、ディエンヌのドレス代に上乗せされる仕組みですので。つまりこれは金券のようなもので、ばら撒けるものではないのですよ?」
説明をすると、その御令嬢の横に備考欄があらわれた。おぉう。
『マルチェロの妹、マリーベル。シュナイツの婚約者である悪役令嬢。聡明な殿方が好き』とある。
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なるほど、エメラルドグリーンの瞳と二重巻きのツノが、同じですね。
ん? ってことは? 公爵令嬢では?
公爵令嬢がクーポンをご所望ですと? いや、そこはいいとして。
さらに、シュナイツと婚約ぅ?
そしてディエンヌと同じ悪役令嬢なのですか?
ひえぇぇ、短い文章の中に情報量が多いんですけど?
「ディエンヌ様に請求がいくのですかぁ? ならば余計にばらまいて、ディエンヌ様の養育費を困窮させたら、彼女も少しはこたえるのではなぁい?」
え、酷っ。さすがにぼくも、そこまでは考えませんでしたよぉ?
魔族ならではの考え方なのでしょうか?
ぼくなどは、彼女の尻拭いで、精一杯ですが。
懲らしめ方の案が、えげつないです。
さすが、未来の悪役令嬢。
しかし、この御令嬢、本当に賢いのですね?
ぼくの話から、すぐにこのようなことを思いつくのだから。
聡明な殿方が好き、だなんて。備考欄には書いてあるが。
マリーベルよりも聡明な人なんて、なかなかいなさそう。
「でも子供の作ったクーポン券なんか、かんたんに偽造できるのじゃないかしら?」
そう言って、マリーベルはお友達のクーポンを見せてもらっている。
でも。ふっふっふっ。そこはちゃんと考えてあります。
「なぁに? この、赤いインクの肉球マーク。これがなければ、似たようなの作れそうなのに」
「それは、芋版です」
「「「いもばん?」」」
御令嬢たちが、そろって声を上げる。
なんですか? みなさん可愛らしい女の子なのに、みんなでクーポン券を偽造する気満々だったのですか? おそろしい。
「ジャガイモを彫って、スタンプを作ったのです。兄上が石化の魔法を施したので、腐ることもありません。さらに、この縁の部分はイモによって形が違いますから、同じものは作れない仕様です。お店側にもサンプルが渡っていますからね? ハンコの形の違うクーポンは、偽造品だから相手にしないようにと言ってありますからね? クーポンの偽造はできませんからねっ?」
ぼくは念押しするように、語尾を極めて強調しておいた。
ここは魔国ですよ? ちゃんと偽造防止は考えておりますよぉ。
魔族は、騙したり、横領したり、儲けのためにいろいろがんばっちゃう性質がありますから。
こういう金銭の絡むものは、ちゃんと対策を講じないと駄目なのです。
「そんなぁ。たかが子供の作った紙切れが、そこまで考えてあるなんて」
マリーベルはそう言うが。君も子供ですからね?
だが子供で御令嬢とはいえ、やはり魔族。
したたかに儲けを出そうとしてくるのですね?
「みなさま、魔族としてなんとか自分に利を出そうとする姿勢は素敵ですが。ここは貴族の子女がつながりを持つために集う場です。御令嬢は、きれいなドレスをふわりとさせて、にっこり微笑んでいる方が。子息の方々に見初められると思うのですけど? クーポン偽造はあきらめて、子供会に戻ってくださぁい」
「まぁ、サリエル様にそのように言われたら。引き下がるしかありませんわね?」
マリーベルがため息をついたところで。
部屋に、誰かが入ってきた。
「あっ、サリー、こんなところにいたのか? 探したよぉ」
扉は解放されていたのだが。その入り口で、マルチェロは爽やかな笑顔になって、ぼくをみつけた。
すると、途端に御令嬢たちは色めいて。
きゃぁ、とか。素敵、とか。つぶやくのだった。
むむ、ぼくと一緒のときには、いっさい上がらなかった喜びの声です。
まぁマルチェロは? ぼくより頭ひとつ分大きいしぃ? 細身だしぃ? 目はパッチリだしぃ? ハニーイエローの髪はキラッキラだしぃ? 公爵令息だしぃ?
あっ、なにひとつかなわなかった。つか、身の程知らずだった。
近寄ってきたマルチェロは、ぼくをギュムッと抱き締めた。
距離感が近いです。
「君が人知れずどこかで誰かにいじめられていたら、ぼくはレオンハルトに殺されてしまうよぉ。ぼくの命のためにも、サリーはぼくのそばにいてくれ?」
大袈裟だなぁ、と思いながらも。ぼくを心配してくれていたみたいだから、なんとなく嬉しかった。
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それを止めたのは、マリーベルだった。
え? は? なんで、ぼくはマリーベルと遊ぶことになっているのですか?
つか、クーポンはあげませんよ?
「っていうか、お兄様。私を、ちゃんと、しっかり、サリエル様に紹介してくださいな?」
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そこに、兄のマルチェロが声をはさむ。
「マリーベル、サリーをお婿にする気か? 馬鹿か? レオンハルトに殺されるぞ? それに母上にも殺される。おまえは公爵令嬢として、ラーディンかシュナイツかどちらかの婚約者に…」
備考欄には、シュナイツの婚約者とあるが。まだ決まってはいないのですね?
これは、備考欄が未来の指針となるのか、正しいのか、見定めるいい機会になりそうです。
「いやぁよぉ。私は頭の良い殿方に嫁ぐのよ? サリエル様はすっごく頭が良いの。まだ子供のうちから偽造防止に頭が回るなんて、すばらしいわぁ。ルーフェン家に絶対にふさわしい御方よ?」
「いや、サリーがルーフェン家に入るのはやぶさかではないが。とにかく、レオンハルトがなぁ…」
「それにねっ、見てちょうだい、この背中。この丸くて肩が落ちてる哀愁の後ろ姿。私のメジロパンクマのぬいぐるみ、そっくりよ!!」
マリーベルは、ぼくの背中をマルチェロに見せて、そこにふかぁっ…と、顔を埋めた。
「あぁ、至福の気持ち良さよぉ。私、パンちゃんを離さないんだからっ」
パンちゃんではありません、サリエルです。
つか、メジロパンクマは、インナーが知るパンダという生き物の、配色逆バージョンです。
黒地の顔に、目の周りが白い模様だから、メジロです。
結構、凶暴なんですけどね。ぬいぐるみがあるのですね?
というか、いろいろ盛り上がっているところ申し訳ないんですが…。
「求婚を受けてはいけませんと、レオンハルト兄上からきつく申しつけられております」
「ですよねぇ?」
ぼくの言葉に、マルチェロは納得のうなずきを返すのだった。
「ふっ、ふられたぁ?」
「大丈夫だ、妹よ。私も先日ふられたからな。気をしっかり持てっ」
そうしたら小さなサロンに、あはは、うふふ、ははは? とそれぞれの乾いた笑い声が響いた。
別に、フッたつもりもないのですが。難儀な兄妹ですねぇ。
つか、六歳、七歳、くらいで、もうみんな婚約などを視野に入れているのですか?
ぼくはまだ全然考えていないのに。
ミケージャにも、心づもりなど聞かれましたし。そろそろ意識しなければならないのでしょうかねぇ?
ぼくは全然ピンと来なくて。頬をヒクつかせるのだった。
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わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、とある加護を受けた8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 独自設定、造語、下ネタあり。出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。
★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
身代わりになって推しの思い出の中で永遠になりたいんです!
冨士原のもち
BL
桜舞う王立学院の入学式、ヤマトはカイユー王子を見てここが前世でやったゲームの世界だと気付く。ヤマトが一番好きなキャラであるカイユー王子は、ゲーム内では非業の死を遂げる。
「そうだ!カイユーを助けて死んだら、忘れられない恩人として永遠になれるんじゃないか?」
前世の死に際のせいで人間不信と恋愛不信を拗らせていたヤマトは、推しの心の中で永遠になるために身代わりになろうと決意した。しかし、カイユー王子はゲームの時の印象と違っていて……
演技チャラ男攻め×美人人間不信受け
※最終的にはハッピーエンドです
※何かしら地雷のある方にはお勧めしません
※ムーンライトノベルズにも投稿しています
迷子の僕の異世界生活
クローナ
BL
高校を卒業と同時に長年暮らした養護施設を出て働き始めて半年。18歳の桜木冬夜は休日に買い物に出たはずなのに突然異世界へ迷い込んでしまった。
通りかかった子供に助けられついていった先は人手不足の宿屋で、衣食住を求め臨時で働く事になった。
その宿屋で出逢ったのは冒険者のクラウス。
冒険者を辞めて騎士に復帰すると言うクラウスに誘われ仕事を求め一緒に王都へ向かい今度は馴染み深い孤児院で働く事に。
神様からの啓示もなく、なぜ自分が迷い込んだのか理由もわからないまま周りの人に助けられながら異世界で幸せになるお話です。
2022,04,02 第二部を始めることに加え読みやすくなればと第一部に章を追加しました。
孤独なまま異世界転生したら過保護な兄ができた話
かし子
BL
養子として迎えられた家に弟が生まれた事により孤独になった僕。18歳を迎える誕生日の夜、絶望のまま外へ飛び出し、トラックに轢かれて死んだ...はずが、目が覚めると赤ん坊になっていた?
転生先には優しい母と優しい父。そして...
おや?何やらこちらを見つめる赤目の少年が、
え!?兄様!?あれ僕の兄様ですか!?
優しい!綺麗!仲良くなりたいです!!!!
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『アステル、おはよう。今日も可愛いな。』
ん?
仲良くなるはずが、それ以上な気が...。
...まあ兄様が嬉しそうだからいいか!
またBLとは名ばかりのほのぼの兄弟イチャラブ物語です。
巻き込まれ異世界転移者(俺)は、村人Aなので探さないで下さい。
はちのす
BL
異世界転移に巻き込まれた憐れな俺。
騎士団や勇者に見つからないよう、村人Aとしてスローライフを謳歌してやるんだからな!!
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異世界からの転移者を血眼になって探す人達と、ヒラリヒラリと躱す村人A(俺)の日常。
イケメン(複数)×平凡?
全年齢対象、すごく健全
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