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16 子供会は阿鼻叫喚の地獄絵図 ②
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涙に瞳を濡らす可憐な御令嬢たち、多数が。今日も素敵なドレスを身にまとい。指先でスカートを持ち上げる優雅な仕草で、ぼくの方に駆け寄ってくる。
ぼくは、すわっ、モテ期か? なんて思ったけど。
「サリエル様、わたくしのドレスが、ディエンヌ様に破かれてしまいましたの」
「わたくしも、ですわぁ。先日、メリンダ様の御召し物を直されたそうですわね?」
「お願いします、このドレスでは会場にいられませんわぁ」
モテ期ではありませんでした。お針子でした。
太ったニワトリに、モテ期などありません。
御令嬢に囲まれて、調子に乗りました。すみません。
やはり兄上の杞憂は、杞憂で終わりそうですよ?
嬉しいような、悲しいような。
「そ、それでは。別室をお借りいたしましょうか。ミケージャ…」
ミケージャに手配してもらおうと思って、振り仰ごうとしたのだが。
そこに声をかけられた。
「ちょっと、サリエル。あんた、なにしようとしてんのよっ」
腰に手を当てて、高飛車百点満点のディエンヌが、ぼくにキレ気味で聞いてきたのだ。
「なにって、御令嬢のスカートを直して差し上げるんだ。ディエンヌが破いたのだから、兄として、妹の不始末をなんとかしてあげないと…」
「よけいなことをしないでちょうだい。この子たちの泣き顔を見るのが、おもしろいんだからぁ」
キャハハハッと、高笑いするディエンヌ。
齢六歳にして、悪役令嬢が板についている。
「だから、わたくしのスカートも破ってごらんなさいって、申し上げているのよっ」
ディエンヌの前で、怒っている御令嬢が。フリルのついたスカートを『ホレ、破け』と言わんばかりに、ディエンヌに向ける。
ちょっと、煽らないでくださいよぉ?
「やだぁ、破けと言う人のスカートを破ったって、おもしろくないじゃなぁーい?」
おぉう、ディエンヌがあまのじゃくだから、逆に反応したぞ?
あの、ミルクティー色の髪をした御令嬢、まさかディエンヌの性格を手玉に取っているのか? あ、頭、良いぃ。
「あらぁ、残念だわぁ? あなたがスカートを破くと、魔王城御用達の仕立て屋のクーポン券がもらえるのよぉ?」
「クーポン? なにそれ?」
ディエンヌは面白くなさそうに眉を跳ね上げて、その御令嬢に聞いた。
「まぁ、ご存じないのぉ? 破けたスカートのお直し代でもドレスを新調でも、一割引きしてくれる券をサリエル様がくださるのよぉ? だからぁ、わたくし。ドレスをディエンヌ様に破っていただきたかったのにぃ?」
御令嬢が、言うと。
「あのお店のドレスが一割引き?」
「それなら、お母様も私にドレスを作ってくれるかもぉ」
聞きつけた他の御令嬢が、ディエンヌに破いて破いて、と殺到し。
「あなたたちが喜ぶことしても、おもしろくなーい。もう、つまんなーい」
破けと言われると、破きたくなくなる、あまのじゃくなディエンヌは。
そうして、ビリビリ期を終えたのだった。
やったっ! よくわかんないけど、ぼくは悪魔に打ち勝ったのだぁ。
思いもかけずに、ディエンヌの悪さをおさえ込むことができたぼくは。にっこにこになったが。
いけない、まだ終わっていなかった。
御令嬢のスカートは直さなければなりませんね?
それで、ドレスを破かれてしくしくする御令嬢たちと。ディエンヌに対峙していた御令嬢と。さらに、先日お直ししてあげたメリンダ嬢も。なぜか一緒に、別室に向かうのだった。
用意してもらった部屋は、小さめのサロンで。
元々、休憩室用に用意されていたらしい。
お茶や軽食なども、すぐに準備されて。
御令嬢たちは部屋に入ると、しくしくは終了した。
ぼくがひとりのお直しをしている、順番待ちの間。
他の御令嬢たちは優雅にお茶会を開催するのだった。
まぁ、いつまでも女の子に泣かれているのも困ってしまうけど。
あまりの変わり身の早さに、ぼくは内心おののいていた。御令嬢…怖い。
そんなことを思いながら。
椅子に座る御令嬢のスカートの裾を持って、ぼくは床にぺたりと座り込んで、チクチクしています。
「サリエル様? わたくし、あの、サリエル様がいかにお優しくしてくださったか、ご説明したくて。マリーベル様にクーポンの話をしてしまったのです。御迷惑にならないと良いのですが?」
メリンダ嬢がぼくにそう言って、頭を下げる。
あぁ、それを言いたくて別室についてきたのですね?
「いえ、大丈夫です。それにディエンヌは御令嬢に破ってと言われて、気が削がれたみたいで。結果的にビリビリフィーバーはなくなったと思うので、逆によかったです」
メリンダ嬢に返事をし。お直しし終えた御令嬢に、クーポンを渡す。
御令嬢は嬉しそうにクーポンを受け取るが。
「みなさん、とても裕福なご家庭だと思うのですが。割引券を喜ぶなんて、不思議ですね?」
貴族の御令嬢なのに? という、ぼくの疑問に。
御令嬢ははにかみながらも、素直に教えてくれた。
「お恥ずかしい話、うちは兄弟姉妹が多くて、高価なドレスは姉から譲り受けたりいたしますの。でもクーポンがあったら、私用に作ってもらえるかもしれませんもの?」
「あら? うちもおなじようなものよぉ。ただのお直しより、ドレスを新調した方が、割引率が多いでしょう? だから断然、ドレス新調を主張するのよ! リーズナブルなら母も喜ぶし」
「あのお店の商品はお高いから、お母様は子供にはまだ早いって。でも、子供のうちからほんものを身につけてこそ、しゅくじょよ? クーポンがあったら、お母様も一度くらいは買う気になってくれるかもしれないもの」
理由は、三人三様でした。
というか、みなさん。十歳以下のお子様のはずなのに、ずいぶんこまっちゃくれておりますな?
魔族の気質か、高いものをいかに安く買うか。いかに儲けを出すか。金銭感覚は、意外にシビアなようです。
貴族とはいえ、財布の紐も硬いお家が多いようですね?
「サリエル様? 私はスカートを破られていませんが。クーポンをいただけないかしらぁ?」
ビリビリされた御令嬢のお直しを終えると、あの、ディエンヌと対峙していたミルクティー色の髪を長く伸ばした御令嬢が、ぼくに言ってきた。
「いえ、それはできません。一割の損失は、ディエンヌのドレス代に上乗せされる仕組みですので。つまりこれは金券のようなもので、ばら撒けるものではないのですよ?」
説明をすると、その御令嬢の横に備考欄があらわれた。おぉう。
『マルチェロの妹、マリーベル。シュナイツの婚約者である悪役令嬢。聡明な殿方が好き』とある。
へぇ、マルチェロの妹か。
なるほど、エメラルドグリーンの瞳と二重巻きのツノが、同じですね。
ん? ってことは? 公爵令嬢では?
公爵令嬢がクーポンをご所望ですと? いや、そこはいいとして。
さらに、シュナイツと婚約ぅ?
そしてディエンヌと同じ悪役令嬢なのですか?
ひえぇぇ、短い文章の中に情報量が多いんですけど?
「ディエンヌ様に請求がいくのですかぁ? ならば余計にばらまいて、ディエンヌ様の養育費を困窮させたら、彼女も少しはこたえるのではなぁい?」
え、酷っ。さすがにぼくも、そこまでは考えませんでしたよぉ?
魔族ならではの考え方なのでしょうか?
ぼくなどは、彼女の尻拭いで、精一杯ですが。
懲らしめ方の案が、えげつないです。
さすが、未来の悪役令嬢。
しかし、この御令嬢、本当に賢いのですね?
ぼくの話から、すぐにこのようなことを思いつくのだから。
聡明な殿方が好き、だなんて。備考欄には書いてあるが。
マリーベルよりも聡明な人なんて、なかなかいなさそう。
「でも子供の作ったクーポン券なんか、かんたんに偽造できるのじゃないかしら?」
そう言って、マリーベルはお友達のクーポンを見せてもらっている。
でも。ふっふっふっ。そこはちゃんと考えてあります。
「なぁに? この、赤いインクの肉球マーク。これがなければ、似たようなの作れそうなのに」
「それは、芋版です」
「「「いもばん?」」」
御令嬢たちが、そろって声を上げる。
なんですか? みなさん可愛らしい女の子なのに、みんなでクーポン券を偽造する気満々だったのですか? おそろしい。
「ジャガイモを彫って、スタンプを作ったのです。兄上が石化の魔法を施したので、腐ることもありません。さらに、この縁の部分はイモによって形が違いますから、同じものは作れない仕様です。お店側にもサンプルが渡っていますからね? ハンコの形の違うクーポンは、偽造品だから相手にしないようにと言ってありますからね? クーポンの偽造はできませんからねっ?」
ぼくは念押しするように、語尾を極めて強調しておいた。
ここは魔国ですよ? ちゃんと偽造防止は考えておりますよぉ。
魔族は、騙したり、横領したり、儲けのためにいろいろがんばっちゃう性質がありますから。
こういう金銭の絡むものは、ちゃんと対策を講じないと駄目なのです。
「そんなぁ。たかが子供の作った紙切れが、そこまで考えてあるなんて」
マリーベルはそう言うが。君も子供ですからね?
だが子供で御令嬢とはいえ、やはり魔族。
したたかに儲けを出そうとしてくるのですね?
「みなさま、魔族としてなんとか自分に利を出そうとする姿勢は素敵ですが。ここは貴族の子女がつながりを持つために集う場です。御令嬢は、きれいなドレスをふわりとさせて、にっこり微笑んでいる方が。子息の方々に見初められると思うのですけど? クーポン偽造はあきらめて、子供会に戻ってくださぁい」
「まぁ、サリエル様にそのように言われたら。引き下がるしかありませんわね?」
マリーベルがため息をついたところで。
部屋に、誰かが入ってきた。
「あっ、サリー、こんなところにいたのか? 探したよぉ」
扉は解放されていたのだが。その入り口で、マルチェロは爽やかな笑顔になって、ぼくをみつけた。
すると、途端に御令嬢たちは色めいて。
きゃぁ、とか。素敵、とか。つぶやくのだった。
むむ、ぼくと一緒のときには、いっさい上がらなかった喜びの声です。
まぁマルチェロは? ぼくより頭ひとつ分大きいしぃ? 細身だしぃ? 目はパッチリだしぃ? ハニーイエローの髪はキラッキラだしぃ? 公爵令息だしぃ?
あっ、なにひとつかなわなかった。つか、身の程知らずだった。
近寄ってきたマルチェロは、ぼくをギュムッと抱き締めた。
距離感が近いです。
「君が人知れずどこかで誰かにいじめられていたら、ぼくはレオンハルトに殺されてしまうよぉ。ぼくの命のためにも、サリーはぼくのそばにいてくれ?」
大袈裟だなぁ、と思いながらも。ぼくを心配してくれていたみたいだから、なんとなく嬉しかった。
「ごめんね、マルチェロ。来てすぐに。ディエンヌがビリビリで阿鼻叫喚だったものだから」
「よくわからないけど、わかった。じゃあ、こんな女の子ばかりのところにいないで。私と庭で遊ぼうよ」
マルチェロは、女の子たちには目もくれず。ぼくを部屋の外に引っ張って行こうとした。
「ちょっと、ズルいわぁお兄様っ。サリエル様は私と遊ぶんだからぁ」
それを止めたのは、マリーベルだった。
え? は? なんで、ぼくはマリーベルと遊ぶことになっているのですか?
つか、クーポンはあげませんよ?
「っていうか、お兄様。私を、ちゃんと、しっかり、サリエル様に紹介してくださいな?」
マリーベルにせっつかれたマルチェロは、渋々ぅという感じで、ぼくに妹を紹介した。
ふふ、大事な妹さんなのでしょうね?
詳細は備考欄で、あらかたわかっていますけど。ぼくは彼の言葉に耳を傾けた。
「サリエル。彼女はマリーベル。私の妹だよ。ディエンヌ様と同じ年だな」
「たとえが嫌ですわ。サリエル様のひとつ下とおっしゃって?」
ちょっと頬を膨らましたが。
マリーベルはふわりとスカートに空気を含ませ、とても優美な淑女の礼をした。
「サリエル様、自己紹介が遅れました。私、マリーベル・ルーフェン、六歳です。趣味はお人形さんと遊ぶことと、お絵描きです。サリエル様はルーフェン家の婿養子になったらいいわぁ?」
名乗ったあとに顔を上げたマリーベルは、怒涛の自己紹介をしてきた。
そこに、兄のマルチェロが声をはさむ。
「マリーベル、サリーをお婿にする気か? 馬鹿か? レオンハルトに殺されるぞ? それに母上にも殺される。おまえは公爵令嬢として、ラーディンかシュナイツかどちらかの婚約者に…」
備考欄には、シュナイツの婚約者とあるが。まだ決まってはいないのですね?
これは、備考欄が未来の指針となるのか、正しいのか、見定めるいい機会になりそうです。
「いやぁよぉ。私は頭の良い殿方に嫁ぐのよ? サリエル様はすっごく頭が良いの。まだ子供のうちから偽造防止に頭が回るなんて、すばらしいわぁ。ルーフェン家に絶対にふさわしい御方よ?」
「いや、サリーがルーフェン家に入るのはやぶさかではないが。とにかく、レオンハルトがなぁ…」
「それにねっ、見てちょうだい、この背中。この丸くて肩が落ちてる哀愁の後ろ姿。私のメジロパンクマのぬいぐるみ、そっくりよ!!」
マリーベルは、ぼくの背中をマルチェロに見せて、そこにふかぁっ…と、顔を埋めた。
「あぁ、至福の気持ち良さよぉ。私、パンちゃんを離さないんだからっ」
パンちゃんではありません、サリエルです。
つか、メジロパンクマは、インナーが知るパンダという生き物の、配色逆バージョンです。
黒地の顔に、目の周りが白い模様だから、メジロです。
結構、凶暴なんですけどね。ぬいぐるみがあるのですね?
というか、いろいろ盛り上がっているところ申し訳ないんですが…。
「求婚を受けてはいけませんと、レオンハルト兄上からきつく申しつけられております」
「ですよねぇ?」
ぼくの言葉に、マルチェロは納得のうなずきを返すのだった。
「ふっ、ふられたぁ?」
「大丈夫だ、妹よ。私も先日ふられたからな。気をしっかり持てっ」
そうしたら小さなサロンに、あはは、うふふ、ははは? とそれぞれの乾いた笑い声が響いた。
別に、フッたつもりもないのですが。難儀な兄妹ですねぇ。
つか、六歳、七歳、くらいで、もうみんな婚約などを視野に入れているのですか?
ぼくはまだ全然考えていないのに。
ミケージャにも、心づもりなど聞かれましたし。そろそろ意識しなければならないのでしょうかねぇ?
ぼくは全然ピンと来なくて。頬をヒクつかせるのだった。
ぼくは、すわっ、モテ期か? なんて思ったけど。
「サリエル様、わたくしのドレスが、ディエンヌ様に破かれてしまいましたの」
「わたくしも、ですわぁ。先日、メリンダ様の御召し物を直されたそうですわね?」
「お願いします、このドレスでは会場にいられませんわぁ」
モテ期ではありませんでした。お針子でした。
太ったニワトリに、モテ期などありません。
御令嬢に囲まれて、調子に乗りました。すみません。
やはり兄上の杞憂は、杞憂で終わりそうですよ?
嬉しいような、悲しいような。
「そ、それでは。別室をお借りいたしましょうか。ミケージャ…」
ミケージャに手配してもらおうと思って、振り仰ごうとしたのだが。
そこに声をかけられた。
「ちょっと、サリエル。あんた、なにしようとしてんのよっ」
腰に手を当てて、高飛車百点満点のディエンヌが、ぼくにキレ気味で聞いてきたのだ。
「なにって、御令嬢のスカートを直して差し上げるんだ。ディエンヌが破いたのだから、兄として、妹の不始末をなんとかしてあげないと…」
「よけいなことをしないでちょうだい。この子たちの泣き顔を見るのが、おもしろいんだからぁ」
キャハハハッと、高笑いするディエンヌ。
齢六歳にして、悪役令嬢が板についている。
「だから、わたくしのスカートも破ってごらんなさいって、申し上げているのよっ」
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ちょっと、煽らないでくださいよぉ?
「やだぁ、破けと言う人のスカートを破ったって、おもしろくないじゃなぁーい?」
おぉう、ディエンヌがあまのじゃくだから、逆に反応したぞ?
あの、ミルクティー色の髪をした御令嬢、まさかディエンヌの性格を手玉に取っているのか? あ、頭、良いぃ。
「あらぁ、残念だわぁ? あなたがスカートを破くと、魔王城御用達の仕立て屋のクーポン券がもらえるのよぉ?」
「クーポン? なにそれ?」
ディエンヌは面白くなさそうに眉を跳ね上げて、その御令嬢に聞いた。
「まぁ、ご存じないのぉ? 破けたスカートのお直し代でもドレスを新調でも、一割引きしてくれる券をサリエル様がくださるのよぉ? だからぁ、わたくし。ドレスをディエンヌ様に破っていただきたかったのにぃ?」
御令嬢が、言うと。
「あのお店のドレスが一割引き?」
「それなら、お母様も私にドレスを作ってくれるかもぉ」
聞きつけた他の御令嬢が、ディエンヌに破いて破いて、と殺到し。
「あなたたちが喜ぶことしても、おもしろくなーい。もう、つまんなーい」
破けと言われると、破きたくなくなる、あまのじゃくなディエンヌは。
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やったっ! よくわかんないけど、ぼくは悪魔に打ち勝ったのだぁ。
思いもかけずに、ディエンヌの悪さをおさえ込むことができたぼくは。にっこにこになったが。
いけない、まだ終わっていなかった。
御令嬢のスカートは直さなければなりませんね?
それで、ドレスを破かれてしくしくする御令嬢たちと。ディエンヌに対峙していた御令嬢と。さらに、先日お直ししてあげたメリンダ嬢も。なぜか一緒に、別室に向かうのだった。
用意してもらった部屋は、小さめのサロンで。
元々、休憩室用に用意されていたらしい。
お茶や軽食なども、すぐに準備されて。
御令嬢たちは部屋に入ると、しくしくは終了した。
ぼくがひとりのお直しをしている、順番待ちの間。
他の御令嬢たちは優雅にお茶会を開催するのだった。
まぁ、いつまでも女の子に泣かれているのも困ってしまうけど。
あまりの変わり身の早さに、ぼくは内心おののいていた。御令嬢…怖い。
そんなことを思いながら。
椅子に座る御令嬢のスカートの裾を持って、ぼくは床にぺたりと座り込んで、チクチクしています。
「サリエル様? わたくし、あの、サリエル様がいかにお優しくしてくださったか、ご説明したくて。マリーベル様にクーポンの話をしてしまったのです。御迷惑にならないと良いのですが?」
メリンダ嬢がぼくにそう言って、頭を下げる。
あぁ、それを言いたくて別室についてきたのですね?
「いえ、大丈夫です。それにディエンヌは御令嬢に破ってと言われて、気が削がれたみたいで。結果的にビリビリフィーバーはなくなったと思うので、逆によかったです」
メリンダ嬢に返事をし。お直しし終えた御令嬢に、クーポンを渡す。
御令嬢は嬉しそうにクーポンを受け取るが。
「みなさん、とても裕福なご家庭だと思うのですが。割引券を喜ぶなんて、不思議ですね?」
貴族の御令嬢なのに? という、ぼくの疑問に。
御令嬢ははにかみながらも、素直に教えてくれた。
「お恥ずかしい話、うちは兄弟姉妹が多くて、高価なドレスは姉から譲り受けたりいたしますの。でもクーポンがあったら、私用に作ってもらえるかもしれませんもの?」
「あら? うちもおなじようなものよぉ。ただのお直しより、ドレスを新調した方が、割引率が多いでしょう? だから断然、ドレス新調を主張するのよ! リーズナブルなら母も喜ぶし」
「あのお店の商品はお高いから、お母様は子供にはまだ早いって。でも、子供のうちからほんものを身につけてこそ、しゅくじょよ? クーポンがあったら、お母様も一度くらいは買う気になってくれるかもしれないもの」
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というか、みなさん。十歳以下のお子様のはずなのに、ずいぶんこまっちゃくれておりますな?
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「サリエル様? 私はスカートを破られていませんが。クーポンをいただけないかしらぁ?」
ビリビリされた御令嬢のお直しを終えると、あの、ディエンヌと対峙していたミルクティー色の髪を長く伸ばした御令嬢が、ぼくに言ってきた。
「いえ、それはできません。一割の損失は、ディエンヌのドレス代に上乗せされる仕組みですので。つまりこれは金券のようなもので、ばら撒けるものではないのですよ?」
説明をすると、その御令嬢の横に備考欄があらわれた。おぉう。
『マルチェロの妹、マリーベル。シュナイツの婚約者である悪役令嬢。聡明な殿方が好き』とある。
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なるほど、エメラルドグリーンの瞳と二重巻きのツノが、同じですね。
ん? ってことは? 公爵令嬢では?
公爵令嬢がクーポンをご所望ですと? いや、そこはいいとして。
さらに、シュナイツと婚約ぅ?
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「ディエンヌ様に請求がいくのですかぁ? ならば余計にばらまいて、ディエンヌ様の養育費を困窮させたら、彼女も少しはこたえるのではなぁい?」
え、酷っ。さすがにぼくも、そこまでは考えませんでしたよぉ?
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「「「いもばん?」」」
御令嬢たちが、そろって声を上げる。
なんですか? みなさん可愛らしい女の子なのに、みんなでクーポン券を偽造する気満々だったのですか? おそろしい。
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ぼくは念押しするように、語尾を極めて強調しておいた。
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マリーベルはそう言うが。君も子供ですからね?
だが子供で御令嬢とはいえ、やはり魔族。
したたかに儲けを出そうとしてくるのですね?
「みなさま、魔族としてなんとか自分に利を出そうとする姿勢は素敵ですが。ここは貴族の子女がつながりを持つために集う場です。御令嬢は、きれいなドレスをふわりとさせて、にっこり微笑んでいる方が。子息の方々に見初められると思うのですけど? クーポン偽造はあきらめて、子供会に戻ってくださぁい」
「まぁ、サリエル様にそのように言われたら。引き下がるしかありませんわね?」
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部屋に、誰かが入ってきた。
「あっ、サリー、こんなところにいたのか? 探したよぉ」
扉は解放されていたのだが。その入り口で、マルチェロは爽やかな笑顔になって、ぼくをみつけた。
すると、途端に御令嬢たちは色めいて。
きゃぁ、とか。素敵、とか。つぶやくのだった。
むむ、ぼくと一緒のときには、いっさい上がらなかった喜びの声です。
まぁマルチェロは? ぼくより頭ひとつ分大きいしぃ? 細身だしぃ? 目はパッチリだしぃ? ハニーイエローの髪はキラッキラだしぃ? 公爵令息だしぃ?
あっ、なにひとつかなわなかった。つか、身の程知らずだった。
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距離感が近いです。
「君が人知れずどこかで誰かにいじめられていたら、ぼくはレオンハルトに殺されてしまうよぉ。ぼくの命のためにも、サリーはぼくのそばにいてくれ?」
大袈裟だなぁ、と思いながらも。ぼくを心配してくれていたみたいだから、なんとなく嬉しかった。
「ごめんね、マルチェロ。来てすぐに。ディエンヌがビリビリで阿鼻叫喚だったものだから」
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「ちょっと、ズルいわぁお兄様っ。サリエル様は私と遊ぶんだからぁ」
それを止めたのは、マリーベルだった。
え? は? なんで、ぼくはマリーベルと遊ぶことになっているのですか?
つか、クーポンはあげませんよ?
「っていうか、お兄様。私を、ちゃんと、しっかり、サリエル様に紹介してくださいな?」
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詳細は備考欄で、あらかたわかっていますけど。ぼくは彼の言葉に耳を傾けた。
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そこに、兄のマルチェロが声をはさむ。
「マリーベル、サリーをお婿にする気か? 馬鹿か? レオンハルトに殺されるぞ? それに母上にも殺される。おまえは公爵令嬢として、ラーディンかシュナイツかどちらかの婚約者に…」
備考欄には、シュナイツの婚約者とあるが。まだ決まってはいないのですね?
これは、備考欄が未来の指針となるのか、正しいのか、見定めるいい機会になりそうです。
「いやぁよぉ。私は頭の良い殿方に嫁ぐのよ? サリエル様はすっごく頭が良いの。まだ子供のうちから偽造防止に頭が回るなんて、すばらしいわぁ。ルーフェン家に絶対にふさわしい御方よ?」
「いや、サリーがルーフェン家に入るのはやぶさかではないが。とにかく、レオンハルトがなぁ…」
「それにねっ、見てちょうだい、この背中。この丸くて肩が落ちてる哀愁の後ろ姿。私のメジロパンクマのぬいぐるみ、そっくりよ!!」
マリーベルは、ぼくの背中をマルチェロに見せて、そこにふかぁっ…と、顔を埋めた。
「あぁ、至福の気持ち良さよぉ。私、パンちゃんを離さないんだからっ」
パンちゃんではありません、サリエルです。
つか、メジロパンクマは、インナーが知るパンダという生き物の、配色逆バージョンです。
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結構、凶暴なんですけどね。ぬいぐるみがあるのですね?
というか、いろいろ盛り上がっているところ申し訳ないんですが…。
「求婚を受けてはいけませんと、レオンハルト兄上からきつく申しつけられております」
「ですよねぇ?」
ぼくの言葉に、マルチェロは納得のうなずきを返すのだった。
「ふっ、ふられたぁ?」
「大丈夫だ、妹よ。私も先日ふられたからな。気をしっかり持てっ」
そうしたら小さなサロンに、あはは、うふふ、ははは? とそれぞれの乾いた笑い声が響いた。
別に、フッたつもりもないのですが。難儀な兄妹ですねぇ。
つか、六歳、七歳、くらいで、もうみんな婚約などを視野に入れているのですか?
ぼくはまだ全然考えていないのに。
ミケージャにも、心づもりなど聞かれましたし。そろそろ意識しなければならないのでしょうかねぇ?
ぼくは全然ピンと来なくて。頬をヒクつかせるのだった。
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【完結】ここで会ったが、十年目。
N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化)
我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。
(追記5/14 : お互いぶん回してますね。)
Special thanks
illustration by おのつく 様
X(旧Twitter) @__oc_t
※ご都合主義です。あしからず。
※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。
※◎は視点が変わります。
乙女ゲームが俺のせいでバグだらけになった件について
はかまる
BL
異世界転生配属係の神様に間違えて何の関係もない乙女ゲームの悪役令状ポジションに転生させられた元男子高校生が、世界がバグだらけになった世界で頑張る話。
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魔王様の瘴気を払った俺、何だかんだ愛されてます。
柴傘
BL
ごく普通の高校生東雲 叶太(しののめ かなた)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。
そこで初めて出会った大型の狼の獣に助けられ、その獣の瘴気を無意識に払ってしまう。
すると突然獣は大柄な男性へと姿を変え、この世界の魔王オリオンだと名乗る。そしてそのまま、叶太は魔王城へと連れて行かれてしまった。
「カナタ、君を私の伴侶として迎えたい」
そう真摯に告白する魔王の姿に、不覚にもときめいてしまい…。
魔王×高校生、ド天然攻め×絆され受け。
甘々ハピエン。
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学園の俺様と、辺境地の僕
そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ?
【全12話になります。よろしくお願いします。】
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