魔王の三男だけど、備考欄に『悪役令嬢の兄(尻拭い)』って書いてある?

北川晶

文字の大きさ
上 下
22 / 184

幕間 サリエルの成長日記(ニ歳) レオ著

しおりを挟む
     ◆サリエルの成長日記(二歳) レオ著

 三月三日はサリエルの誕生日だ。サリエルは二歳になった。
 サリエルと出会って初めての誕生日だから、豪勢にしてあげたい。

 一応、エレオノラの屋敷に知らせを出した。
 腐っても、サリエルの母だ。誕生日くらい祝う気になるかもしれない、と思って。
 しかし、案の定というか。彼女がサリエルを祝いに来ることはなかった。
 使者として向かわせた我が家の執事が。『まだ生きてるの?』という彼女の言葉を聞いたとき。
 思わず魔力が出ちゃって。エレオノラが失神したらしいけど。
 自業自得だ。うちのせいじゃない。
 というか、うちの執事は優秀だ。さすがである。

 二歳になったサリエルは、足腰もしっかりしていて。
 よく、屈伸のような動きをワキワキとしている。
 そして、ご飯をよく食べる。
 特に、鶏もも肉のソテーが好きだ。

 誕生日パーティーには、父上は公務が忙しいという理由で。私の母上は、ラーディンがまだ私の魔力に反応するということで。来れず。
 内輪の者しか、集まらなかったが。
 サリエルは御機嫌さんで、机の上に並べられた御馳走をいっぱい食べた。

 フォークで鶏ももを刺し、しばらくジッと悩んだあとで、それを私に差し出してくる。
「レオォ、すき。あげりゅ」

 そのときの感動を、なんと表したらいいか。

 とにかく私は、胸がギューンと、痺れたような気になったのだ。
 あぁ、可愛すぎるぞ。サリエル。
 そして、大好きな鶏ももを私にくれるということは。鶏ももよりも、私の方が好きだということだ。
 なんと、光栄なことだ。

「ありがとう、サリュ?」
 私は礼を言って、サリュのフォークから鶏ももを食べた。
 そして私も鶏ももをフォークで刺して、サリュの口元に持っていく。
「私も、大好きだよ? サーリュ」
 サリエルは、私の鶏ももをパクリと食べた。

「おいひぃーね、レオォ」
 ほっぺを手でおさえて。この世で一番美味しいものを食べているかのような、至福の微笑みを。サリュは私に向ける。
 あぁ、その笑顔を守るためなら、何万人を瞬殺しても構わない。と私は思ったものだ。

 私とサリュ、そしてサリュのことが大好きな使用人たちに囲まれた、質素だけど、あたたかい誕生会だった。

     ★★★★★

 サリエルには、専属の侍女エリンをつけてある。
 少しずつ魔王城の公務を任されるようになっていた私は、サリエルにずっとついていることが出来ないので。
 私がいない間は、彼女が母代わりでサリエルの面倒を見ているのだが。

 そのエリンが。私に、相談というか報告みたいなものをしてきたのだ。
「サリエル様は見た目が平均より、おデ…お丸いので。庭で、体を動かす系のお遊びをさせております。ボール遊びや、かけっこ、などですが」
 おデブという言葉をのみ込んで、エリンはそう話す。

 確かに、サリエルは。ちょっと、まぁるい容姿をしている。
 魔族的には、体重というものは参考にはならない。
 体を変化できる者などは、見た目と体重が比例しないからな。

 たとえば私の見た目は、人族で七歳の平均的な体格よりも、ちょっとたくましいくらいだが。
 体重は七〇キロほどあり。人族の子供の平均体重とは比べられない。
 なので、魔族はなにごとも見た目重視になるのだが。

 そんな中、サリエルは。見た目がとっても丸いのである。

「それで、お遊びのときに気づいたのですが。サリエル様は坂を駆け下りるとき、ボールが跳ねるみたいにポヨンポヨンと飛ぶのです」
 エリンの話が、私はよくのみ込めなかった。彼女は話を続ける。

「たっぷりとお遊びになると、部屋に行く途中で力尽きるのですが。眠って、脱力するサリエル様を抱えたときに、私はさらに気づいたのです。サリエル様は、お丸いですが。とても軽いのです。さすがに風船の様とは申しませんが。あの、お…お丸さからは、想像できないくらいに軽いと思うのです」

 確かに、赤ん坊も二歳くらいになれば、大人でも重く感じるようになる。
 母上などはラーディンを抱えるとき、とても大変そうに見えた。

 でも七歳の私は、いつもサリエルを抱っこするとき。重いと感じたことはない。
 ただ、私が人よりたくましいと思っていたのだが。
 なるほど。どうやら、サリエルが軽いらしい。

「そうか。私は他の子供を抱っこしたことがなかったから。気がつかなかった」
「もしかしたら、サリエル様は…」
 私は、エリンをみつめ。それ以上は言わせなかった。

 サリエルは賢く、ほがらかで、丸くて、ちょっと軽い。それでいいのだ。
 使用人の口には戸を立てられず、ツノなし魔力なしのサリエルは、人族と下級悪魔のハーフなのでは? と、まことしやかに噂されているのだが。

 サリエルは、サリエル。私の可愛い弟だ。それ以外の何者でもない。

     ★★★★★

 今日は久しぶりに、サリエルと庭で遊んだ。
 サリエルはだいぶ滑舌かつぜつが良くなってきて、いっぱい話をしようとする。
 以前は、私の言った言葉を繰り返す反復をよくしていたが。
 この頃は、それも少なくなり。
 自分の中にある言葉をつなぎ合わせて、自分の気持ちを一生懸命伝えようとするようになった。
 いつでも一生懸命で、可愛いのだった。

「レオ、あぶなぁぁい」
 私の足に、もちぃぃぃとしがみつくので。
 どうしたのかと聞くと。

「アリさんの、ぎょうれつ、です。ふんだら、かわいそう。あし、ぴょーん、して」
 またいで、と言いたかったのだろう。
 私はサリュを抱っこして、アリをピョーンとまたいだ。
 すると、サリュはウキャキャッと笑うのだ。

 幼児のウキャキャは、なぜこんなにも微笑ましい気になるのか。
 自然に、笑みと、楽しさが、湧き出てくるようだ。

 私はサリュと手をつないで、庭を散策する。
 我が屋敷の庭園は、庭師が綺麗に手入れをしているが。私自身は、あまり草花には興味がない。
 でも、サリュと庭を歩くと。

「ここに、ちいさなお花が…レオのめんめとおなじいろ、です」
「ちょーちょ。しじみ、しじみいろの、ちょーちょ。しじみのみそしる」
 と、いろいろ言ってくるから、面白い。

 しじみのみそしる、がなにかは、いまだにわからないが。

「あ、あぁ…たんぽぽ。エリンが、こいびとのまえでふくと、なかよくなるって」
 サリュは、黄色い花をブチッと引きちぎると。茎の方を口にくわえて、フッと吹いた。
 すると花の方から、ピンク色したハート形の種が吹き出てきて、ふわりと空に舞っていった。

「こいびとは、すきなひとのことです。だから、さりゅは、レオとふきます」

 私はその言葉に、感動した。
 私はサリュにとって、鶏もも以上で、恋人ほどに好かれているということだ。

「嬉しいな。ありがとう、サリュ。私も、サリュが大好きだよ。ずっと一緒だよ?」
「ずっと、いっしょ…ずっと、いっしょ…」

 かみ締めるように言うサリュが。なんとも哀愁を帯びていて。私は勝手に悲しくなった。

 母親にかえりみられないことを、サリエルはなんとなく理解しているようだった。
 私と出会った当初のことを覚えているような、聡明な子だ。
 きっと、母親に無下にされたことも覚えている。

 そして、絵本の中に当たり前のように出てくる、お父さんやお母さんについても。
 一般的な両親は、こうだけど。
 自分の父と母は違うのだ、と。わかってしまったのだろう。

 部屋の真ん中にポツンと座り、サリュが『あたたかいスープを家族で飲めば、寒い夜もあたたかい』そのようなことが描かれた絵本を、見ていたことがある。
 サリュの、まぁるい背中を。
 私は部屋の外から見て。なんだかせつなくなった。
 だからすぐさま駆け寄り、その体を抱き締めてギュッとしたのだ。

 庭の散策から、話がそれてしまったが。
 私はそのとき。父よりも、母よりも、いっぱいの愛情でサリュをあたたかく包み込んでやろう。寒い思いなど、させないから。と、そう思ったのだ。

 そして、ずっと一緒とつぶやくサリュに。
 必ず守るよと、心に誓ったのだ。

     ★★★★★

 十二月三日。サリエルのことを報告に来たエリンが、大変です、と言った。

「本の読み聞かせをしたら、サリエル様は結構長めの本でしたのに、暗唱なさったのです。文字もほとんど覚えているみたいなのです。単語を指差して聞いてみたら、ちゃんとなんと読むのか、どういう意味なのか、把握なさっているのです。どうしましょう、サリエル様は天才です」

 知ってた。サリエルが天才だと、一歳の頃の日記にすでに書いてある。

 アワアワしつつ、エリンはさらに続けた。
「他の御本を与えましたら、私が読み聞かせをしないでも、自分で読んでしまい。そのあとはもう、ページをめくらなくても物語をソラで唱えられるのです。天才です。やはりサリエル様は、天才でございますぅぅ」

 おぉう、そこまでだとは。
 記憶力が良いことは、把握していたが。
 自分が体験したことだけではなく、語学や本の内容までも丸暗記できるようだ。それはすごい。

「賢い子だとは思っていたが、サリュは本当に稀有けうな子なのかもしれないな。ミケージャと相談して、サリュの勉学をどうしていったらいいか、検討しよう」
「その方が、よろしいです。私などは、もうサリエル様にお教えできることはございません。…勉学的には、ですけど」

 確かに、ここまでの賢さを見せられたら、エリンも形無しなのだろう。
 しかし獣人のエリンには、他の役目がある。
 サリエルの、丸みを帯びたぽっちゃりボディの改善のために。遊びと称した運動を課すことだ。

 まぁ、私は。ぽっちゃりでも構わないのだが。
 今のまんまでサリュは充分に可愛いからな。

 だが。後宮の者は誰もが使える公園のようなところで。エレオノラとかち合ってしまうと。
 サリエルを見かけた彼女は、デブで見苦しいなどと暴言を吐くのだ。
 だからサリエルも少し、体形については気にし始めているみたいで。

 エレオノラはなにを言っても幼児は覚えていない、意味も分からない、などと思っているのかもしれない。
 サリュが聡明な子だと知らないからな。

 愚かな女だ。

 そんな鬼母の言葉など、気にすることはない。
 子供のうちは、体形なんか気にしなくていいのだ。
 第一、幼児というものは。もちもちぃぃで、ムニュムニュゥで、ふくふくぅっとしているものだろう。

 そこが可愛いのに。わかっていないなぁ。

 私はそう思うのだが。どうにも、彼は気になるようなので。
 ならば…手助けしてあげたいからな。
 サリエルの気持ちが、一番だからな。
 それで、サリエルの指導は。運動面はエリンが、勉学面はミケージャがするよう、検討を始めたのだった。 

しおりを挟む
感想 154

あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

この道を歩む~転生先で真剣に生きていたら、第二王子に真剣に愛された~

乃ぞみ
BL
※ムーンライトの方で500ブクマしたお礼で書いた物をこちらでも追加いたします。(全6話)BL要素少なめですが、よければよろしくお願いします。 【腹黒い他国の第二王子×負けず嫌いの転生者】 エドマンドは13歳の誕生日に日本人だったことを静かに思い出した。 転生先は【エドマンド・フィッツパトリック】で、二年後に死亡フラグが立っていた。 エドマンドに不満を持った隣国の第二王子である【ブライトル・ モルダー・ヴァルマ】と険悪な関係になるものの、いつの間にか友人や悪友のような関係に落ち着く二人。 死亡フラグを折ることで国が負けるのが怖いエドマンドと、必死に生かそうとするブライトル。 「僕は、生きなきゃ、いけないのか……?」 「当たり前だ。俺を残して逝く気だったのか? 恨むぞ」 全体的に結構シリアスですが、明確な死亡表現や主要キャラの退場は予定しておりません。 闘ったり、負傷したり、国同士の戦争描写があったります。 本編ド健全です。すみません。 ※ 恋愛までが長いです。バトル小説にBLを添えて。 ※ 攻めがまともに出てくるのは五話からです。 ※ タイトル変更しております。旧【転生先がバトル漫画の死亡フラグが立っているライバルキャラだった件 ~本筋大幅改変なしでフラグを折りたいけど、何であんたがそこにいる~】 ※ ムーンライトノベルズにも投稿しております。

成長を見守っていた王子様が結婚するので大人になったなとしみじみしていたら結婚相手が自分だった

みたこ
BL
年の離れた友人として接していた王子様となぜか結婚することになったおじさんの話です。

【完結】ここで会ったが、十年目。

N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化) 我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。 (追記5/14 : お互いぶん回してますね。) Special thanks illustration by おのつく 様 X(旧Twitter) @__oc_t ※ご都合主義です。あしからず。 ※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。 ※◎は視点が変わります。

乙女ゲームが俺のせいでバグだらけになった件について

はかまる
BL
異世界転生配属係の神様に間違えて何の関係もない乙女ゲームの悪役令状ポジションに転生させられた元男子高校生が、世界がバグだらけになった世界で頑張る話。

偽物の僕は本物にはなれない。

15
BL
「僕は君を好きだけど、君は僕じゃない人が好きなんだね」 ネガティブ主人公。最後は分岐ルート有りのハピエン。

魔王様の瘴気を払った俺、何だかんだ愛されてます。

柴傘
BL
ごく普通の高校生東雲 叶太(しののめ かなた)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。 そこで初めて出会った大型の狼の獣に助けられ、その獣の瘴気を無意識に払ってしまう。 すると突然獣は大柄な男性へと姿を変え、この世界の魔王オリオンだと名乗る。そしてそのまま、叶太は魔王城へと連れて行かれてしまった。 「カナタ、君を私の伴侶として迎えたい」 そう真摯に告白する魔王の姿に、不覚にもときめいてしまい…。 魔王×高校生、ド天然攻め×絆され受け。 甘々ハピエン。

学園の俺様と、辺境地の僕

そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ? 【全12話になります。よろしくお願いします。】

処理中です...