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14 はじめてのお友達
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◆はじめてのお友達
ディエンヌ六歳のお披露目会、という大災厄を乗り越えて。
ぼくの日常には、平和が戻って来ました。
午前中は、ミケージャ先生によるお勉強の時間です。
瞬間記憶能力のおかげで、ぼくは読み書き暗記は得意なのですが。
数学とか、ちゃんと原理を知らないとならないものに関しては、ちょっと弱い。
なのでミケージャには、このところ数字の計算などを集中して教えてもらっています。
ま、インナーの知識があるので、そこそこは数学も出来るのですが。
ちゃんと自分で計算できなければ、あとあと大変ですからね?
そして午後は。お昼ご飯のあと、お昼寝の時間まで自由です。
毎日、そういうタイムスケジュールです。
普段は、ディエンヌのやらかしに備えて縫物の技術向上をしたり。
読書も好きなのですが、本は一度見たら覚えてしまうので。
新しい本を、常に探さなければならないのがつらいところですね。
あと、獣人エリンによる本気の鬼ごっこ。なんかをしたりします。
マジで怖いんです。
そしてエリンには殺気がないので、防御魔法は効きません。ひえぇぇ。
普通の貴族の子たちは、遊びの時間に魔法を極めたりもするそうですが。
ぼくは、魔力なしなので。魔法の先生がサジを投げてしまいました。
わかっていますとも。無駄な時間です。ない袖は振れません。
そで? ふり? よくわかりませんが。
とにかく。ぼくには魔法は向いていないということですね。はい。知っていました。
それで、今日のぼくの自由時間は。庭で遊ぶことにしました。
エリンに人払いをお願いして。単独行動です。
そうはいっても、邸宅の敷地からは出ないのですけどね?
でも、人払いしたのには。訳があります。
去年の夏に、ぼくはトマトや枝豆を栽培したのですが。
あれは魔法ではありません。
ただ土を叩いてお願いしただけなのです。
それでお願いしたら、またなにか生えるのではないかと。
その、実験ですっ。
レオンハルト兄上の邸宅の敷地は、とても広くて。
庭師さんが整えている、庭園の他に。馬を走らせられるような丘や芝生や草原が、ひろーく、ひろーく、ありまして。
さらに敷地の境には、ちょっとした森のような、木がうっそうとしている緑モコモコな空間があります。
その、森の。ちょっと開けたところに。
今、ぼくはいますっ。
ここで実験開始です。
「作るのは、っんもも、です」
丸い手で拳を握り、宣言すると。
ぼくの口を使って、インナーが言いました。
「桃だ。モモ。果汁たっぷりの、甘くて、とろける、魅惑の果物だっ」
「そんなものは、魔国にはありません。ベリーとか、レモンとか、酸っぱい果物ならいっぱいありますけど」
「だから、それを作るんだろう? 食べてみたいんだろう?」
鼻息荒く、ぼくはうなずきます。
そう、ぼくは。昨日、唐突にインナーが言った。
『あぁ、桃、食いてぇな。一口かじるごとに、じゅわぁっと、果汁が垂れるほどに染みだしてきて。甘くて。柔らかくて…魔国の酸っぱい果物はもうごめんだっ』
という言葉に、魅了されてしまったのです。
目の裏に映る、大きくて、まぁるくて、白くて、ピンクな、なんとも不思議な形の果物。
甘いの? なにそれ? 食べてみたぁい。
というわけで。
ぼくはインナーに操られるかのごとく、実験をしてみるのだった。
ぼくは地べたにしゃがんで、木が大きくなっても重ならないくらいに空いた場所に、手をつけて。
地べたをポンポンと叩いて、お願いした。
「っんもも食べたい、っんもも食べたい。甘くて美味しい、白くてピンクな、っんもも、っんもも、食べたーい」
そうしたら、生えてきたよっ。
土を突き上げるように、もこっと。
緑色で、ちょっと蔓みたいに巻き巻きした、小さな茎っぽいやつが。出たっ。
「ふおぉぉぉっ、でたっ。インナー、出たよっ、っんもも、出た」
備考欄を見てみると。『っんもも、桃に似た植物。白くてピンクで甘くて美味しい』
「やった、備考欄にも、っんもも、って書いてある」
ぼくはサカサカッと、しゃがんだまま横に移動して。
っんもも、っんもも、と。調子に乗って、もうふたつ、芽を出した。
三本の木があれば、いつでも『っんもも』は食べられるに違いない。
「桃栗三年、柿八年って言うから。食べられるのは、三年後じゃね?」
「三年かぁ、長いけど。ぼくは十歳だから。うん。待てます」
「でも、っんもも、だから。ぼくが知っている桃ではないかも。トマトみたいに、すぐに食べられるといいな?」
「そうだねぇ? 楽しみだねぇ?」
イメージ映像は、見ているものの。実物はいったいどんな果物なのだろう? 今から楽しみです。
ぼくはホクホクとして。屋敷に戻っていったのだ。
★★★★★
屋敷の入り口が見えるくらいのところまで戻ってくると。玄関前の車止めに、豪華な設えの馬車が止まっているのが見えて。
お客さんかなぁ、と思った。
恐る恐る、玄関扉を開ける。いきなりお客様と顔を合わせるのは不躾なのだ。
そうしたら執事さんがぼくに気づいてくれた。
「あぁ、サリエル様。レオンハルト様とともに、お客様がお見えです。こちらにどうぞ」
「兄上がお帰りですか? ぼくも同席していいのですか?」
「はい。レオンハルト様がサリエル様をお待ちです。…少々、御手々が汚いですね? エリンに綺麗にしてもらいましょう」
執事さんはぼくをうながし。エリンに渡すと。
エリンはぼくを、身綺麗にしてくれて。
それから玄関脇にあるサロンに向かった。
日が燦燦と射し込むサロンに足を踏み入れると。執事さんが兄上に取り次いでくれる。
「レオンハルト様、サリエル様がお見えです」
「あぁ、サリエル。どこで遊んでいたのだ? やっちゃっ子め。私の隣においで」
ソファの、兄上が座っている隣をポンポンと手で示されたので。ぼくはそこに座ります。
「紹介するよ。彼は、マルチェロ・ルーフェン。私の、母方の従兄弟だ。サリエルとは同い年だから、きっと良い友達になると思うんだけどな?」
兄上に言われ、ぼくは対面の彼を見る。
ハニーイエローの髪に、ニコニコと人当たり良さそうな、美麗な顔立ち。
そして、彼の備考欄は長かった。
『攻略対象その④マルチェロ。やる気なさそうだが、ラーディンの右腕的存在。仲良くなると、ラーディンの橋渡しをしてくれる。デートを重ねることで、好感度アップ』
いや、別に。ラーディン兄上への橋渡しとかいりませんが。
つか、④なんですけど? ③が飛んだんですけど?
登場順ではないのですか?
っていうか、この備考欄はぼくに見えていますが。ぼくにあてたメッセージではないですね? 確実です。
これは、誰にあてたメッセージなのでしょう? ホント、謎です。
あ、ぼんやりしていてはいけませんね。自己紹介をしなければ。
「サリエル・ドラベチカ、七歳です。でも、でも、兄上。ルーフェン家は、三大公爵の御家柄では? ぼくのお友達だなんて。恐れ多いというか。身分不相応というか…」
三大公爵といったら、魔国で三本指に入る、魔力の大きい家系ということだ。
魔国では、魔力の大きい者が優遇されるので。
ドラベチカ家にいるとはいえ、魔力なしのぼくがお相手をするような方ではないのだ。
「魔王一族の方が、分不相応だなどとおっしゃいますな? というか。どちらかといえば、私は。身分とか、そういうものは関係なしに、サリエル様とお友達になりたいのですよ。家柄目当てで寄ってくる者には、すでにヘキエキとしていましてね。サリエル様とは、どうか心を通わせられる、真の友になっていただきたいのです」
ニコニコ顔を引っ込めて、マルチェロは真剣な眼差しをぼくに向けた。
エメラルドグリーンの瞳が、彼の思慮深さを示しているようだった。
「サリエルも聡明だが、彼もなかなかに賢い子だからね。話は合うんじゃないかな?」
兄上が彼について補足を言い、ぼくをうながす。
身分は抜きで、と言われたら。いつまでも気にしていたら申し訳がないよね?
ぼくは彼に手を差し出して、握手を求めた。
「マルチェロ様、ぼくとお友達になってくださいませ。よろしくお願いします」
「こちらこそ。私のことは、マルチェロと呼んでください。私はサリーと呼びますから」
ギュッと握手し合って、彼とは友達になったのだが。
兄上がムッとして言った。
「駄目だ。サリエルのことは、サリエルと呼べ」
「レオォ、心が狭いんじゃないかい? まぁ、レオのゲキリンに触れたくはないから、従いますけども」
従兄弟だからか、年が離れていても気の置けない関係のように見えて。
なんだか、うらやましいと思った。
兄上とそのように親しげにする人を。ぼくは、はじめて見た。
はじめてといえば、マルチェロはぼくの、はじめてのお友達です。
うわぁ、緊張します。
と、と、友達って。なにを話すのですか?
ぼくは、本から知識をいっぱい授かっていても、人付き合いとか、そういう実技は、はじめてのことが多くて、戸惑ってしまいます。
いわゆる頭でっかちってやつですね?
こういうところですよ。知識があっても活用できなきゃ意味がない、ってやつぅ。
「サリエル。実はな。彼を紹介したのは、理由があるのだ」
兄上は、なにやら神妙な顔つきで話を続けた。
い、意味深ですね?
「六歳のお披露目会が終わって。子供たちは、学校へ入る前に子供たちだけの交流会を、月一ですることになっているのだ。貴族は、魔王家とのつながりを持つために。魔王家は、自分の味方となる人脈を作るために。そこで友達を作ったり。王子のご学友、従者、婚約者候補などを選定したりするんだよ」
「…そうなのですか」
ぼくには、あまり関係ないお話のように思えます。
ぼくは養子なので、ご学友や婚約者の選定は必要なさそうだし。
人脈づくりといっても、ぼくと友達になりたいと思う子はいないような?
ピンときていないぼくに、兄上は説明を続ける。
「つまり…そこにはディエンヌも呼ばれていて。お披露目会の悪夢再び、なのだよ」
「っな、なんですってぇぇぇっ???」
ぼくは、客人の前だということも忘れて、叫んでしまった。
そうです。ぼくの話ではないのですっ。
お披露目会で、終わりではなかったのですね?
すっかり気を抜いていたけど、まだまだ続く、ディエンヌという名の修羅の道。
だってぼくは、ディエンヌの尻拭い人生なのですから。エンドレスなのですからぁぁっ。
「八歳から六歳くらいまでの子供の集まりだ。後見人をつけることは出来るが、私がこの前のように、サリエルにずっとついてはいられない。公務もあるしな。ミケージャをつけるつもりではあるが、子供たちの間のことで、大人がなかなか口を出せないものだ。それでマルチェロに頼んで、サリエルをサポートしてもらおうと思ったのだよ」
「兄上、ぼくのことを考えてくださって、ありがとうございます。でも、それではマルチェロが大変なのでは?」
ぼくは、ぼくの問題に、マルチェロを巻き込めないと思って…。
ま、ぼくの問題というか。ディエンヌの問題なわけだが。
彼女を阻止したいと思うのは、ぼくひとりの考えだものね。
そう思って、彼を見やるのだが。
「面白そうじゃないか? 私はいつも守られる側だったから。騎士のように姫を守るのに、憧れていたんだよねぇ?」
「ぼくは姫ではありませんし、どころか、ぽっちゃりなんですけど…大丈夫ですか?」
騎士ごっこするには、守護対象がぽっちゃりなぼくでは、萎え萎えなのではないか、と。
ごっこ遊びは、リアリティーと雰囲気が大事だと。ぼくでも、思いますからね。
「もちろんだよ。君のナイトに、ぜひ抜擢してくれ?」
「ナイトではなく、お友達でお願いします」
「…なんだろう、この、告白してもいないのに、ふられた感は」
ハハハ、ふふふ、うふふ? と。サロンには三者三様の乾いた笑いが、いつまでも響いていた。
ディエンヌ六歳のお披露目会、という大災厄を乗り越えて。
ぼくの日常には、平和が戻って来ました。
午前中は、ミケージャ先生によるお勉強の時間です。
瞬間記憶能力のおかげで、ぼくは読み書き暗記は得意なのですが。
数学とか、ちゃんと原理を知らないとならないものに関しては、ちょっと弱い。
なのでミケージャには、このところ数字の計算などを集中して教えてもらっています。
ま、インナーの知識があるので、そこそこは数学も出来るのですが。
ちゃんと自分で計算できなければ、あとあと大変ですからね?
そして午後は。お昼ご飯のあと、お昼寝の時間まで自由です。
毎日、そういうタイムスケジュールです。
普段は、ディエンヌのやらかしに備えて縫物の技術向上をしたり。
読書も好きなのですが、本は一度見たら覚えてしまうので。
新しい本を、常に探さなければならないのがつらいところですね。
あと、獣人エリンによる本気の鬼ごっこ。なんかをしたりします。
マジで怖いんです。
そしてエリンには殺気がないので、防御魔法は効きません。ひえぇぇ。
普通の貴族の子たちは、遊びの時間に魔法を極めたりもするそうですが。
ぼくは、魔力なしなので。魔法の先生がサジを投げてしまいました。
わかっていますとも。無駄な時間です。ない袖は振れません。
そで? ふり? よくわかりませんが。
とにかく。ぼくには魔法は向いていないということですね。はい。知っていました。
それで、今日のぼくの自由時間は。庭で遊ぶことにしました。
エリンに人払いをお願いして。単独行動です。
そうはいっても、邸宅の敷地からは出ないのですけどね?
でも、人払いしたのには。訳があります。
去年の夏に、ぼくはトマトや枝豆を栽培したのですが。
あれは魔法ではありません。
ただ土を叩いてお願いしただけなのです。
それでお願いしたら、またなにか生えるのではないかと。
その、実験ですっ。
レオンハルト兄上の邸宅の敷地は、とても広くて。
庭師さんが整えている、庭園の他に。馬を走らせられるような丘や芝生や草原が、ひろーく、ひろーく、ありまして。
さらに敷地の境には、ちょっとした森のような、木がうっそうとしている緑モコモコな空間があります。
その、森の。ちょっと開けたところに。
今、ぼくはいますっ。
ここで実験開始です。
「作るのは、っんもも、です」
丸い手で拳を握り、宣言すると。
ぼくの口を使って、インナーが言いました。
「桃だ。モモ。果汁たっぷりの、甘くて、とろける、魅惑の果物だっ」
「そんなものは、魔国にはありません。ベリーとか、レモンとか、酸っぱい果物ならいっぱいありますけど」
「だから、それを作るんだろう? 食べてみたいんだろう?」
鼻息荒く、ぼくはうなずきます。
そう、ぼくは。昨日、唐突にインナーが言った。
『あぁ、桃、食いてぇな。一口かじるごとに、じゅわぁっと、果汁が垂れるほどに染みだしてきて。甘くて。柔らかくて…魔国の酸っぱい果物はもうごめんだっ』
という言葉に、魅了されてしまったのです。
目の裏に映る、大きくて、まぁるくて、白くて、ピンクな、なんとも不思議な形の果物。
甘いの? なにそれ? 食べてみたぁい。
というわけで。
ぼくはインナーに操られるかのごとく、実験をしてみるのだった。
ぼくは地べたにしゃがんで、木が大きくなっても重ならないくらいに空いた場所に、手をつけて。
地べたをポンポンと叩いて、お願いした。
「っんもも食べたい、っんもも食べたい。甘くて美味しい、白くてピンクな、っんもも、っんもも、食べたーい」
そうしたら、生えてきたよっ。
土を突き上げるように、もこっと。
緑色で、ちょっと蔓みたいに巻き巻きした、小さな茎っぽいやつが。出たっ。
「ふおぉぉぉっ、でたっ。インナー、出たよっ、っんもも、出た」
備考欄を見てみると。『っんもも、桃に似た植物。白くてピンクで甘くて美味しい』
「やった、備考欄にも、っんもも、って書いてある」
ぼくはサカサカッと、しゃがんだまま横に移動して。
っんもも、っんもも、と。調子に乗って、もうふたつ、芽を出した。
三本の木があれば、いつでも『っんもも』は食べられるに違いない。
「桃栗三年、柿八年って言うから。食べられるのは、三年後じゃね?」
「三年かぁ、長いけど。ぼくは十歳だから。うん。待てます」
「でも、っんもも、だから。ぼくが知っている桃ではないかも。トマトみたいに、すぐに食べられるといいな?」
「そうだねぇ? 楽しみだねぇ?」
イメージ映像は、見ているものの。実物はいったいどんな果物なのだろう? 今から楽しみです。
ぼくはホクホクとして。屋敷に戻っていったのだ。
★★★★★
屋敷の入り口が見えるくらいのところまで戻ってくると。玄関前の車止めに、豪華な設えの馬車が止まっているのが見えて。
お客さんかなぁ、と思った。
恐る恐る、玄関扉を開ける。いきなりお客様と顔を合わせるのは不躾なのだ。
そうしたら執事さんがぼくに気づいてくれた。
「あぁ、サリエル様。レオンハルト様とともに、お客様がお見えです。こちらにどうぞ」
「兄上がお帰りですか? ぼくも同席していいのですか?」
「はい。レオンハルト様がサリエル様をお待ちです。…少々、御手々が汚いですね? エリンに綺麗にしてもらいましょう」
執事さんはぼくをうながし。エリンに渡すと。
エリンはぼくを、身綺麗にしてくれて。
それから玄関脇にあるサロンに向かった。
日が燦燦と射し込むサロンに足を踏み入れると。執事さんが兄上に取り次いでくれる。
「レオンハルト様、サリエル様がお見えです」
「あぁ、サリエル。どこで遊んでいたのだ? やっちゃっ子め。私の隣においで」
ソファの、兄上が座っている隣をポンポンと手で示されたので。ぼくはそこに座ります。
「紹介するよ。彼は、マルチェロ・ルーフェン。私の、母方の従兄弟だ。サリエルとは同い年だから、きっと良い友達になると思うんだけどな?」
兄上に言われ、ぼくは対面の彼を見る。
ハニーイエローの髪に、ニコニコと人当たり良さそうな、美麗な顔立ち。
そして、彼の備考欄は長かった。
『攻略対象その④マルチェロ。やる気なさそうだが、ラーディンの右腕的存在。仲良くなると、ラーディンの橋渡しをしてくれる。デートを重ねることで、好感度アップ』
いや、別に。ラーディン兄上への橋渡しとかいりませんが。
つか、④なんですけど? ③が飛んだんですけど?
登場順ではないのですか?
っていうか、この備考欄はぼくに見えていますが。ぼくにあてたメッセージではないですね? 確実です。
これは、誰にあてたメッセージなのでしょう? ホント、謎です。
あ、ぼんやりしていてはいけませんね。自己紹介をしなければ。
「サリエル・ドラベチカ、七歳です。でも、でも、兄上。ルーフェン家は、三大公爵の御家柄では? ぼくのお友達だなんて。恐れ多いというか。身分不相応というか…」
三大公爵といったら、魔国で三本指に入る、魔力の大きい家系ということだ。
魔国では、魔力の大きい者が優遇されるので。
ドラベチカ家にいるとはいえ、魔力なしのぼくがお相手をするような方ではないのだ。
「魔王一族の方が、分不相応だなどとおっしゃいますな? というか。どちらかといえば、私は。身分とか、そういうものは関係なしに、サリエル様とお友達になりたいのですよ。家柄目当てで寄ってくる者には、すでにヘキエキとしていましてね。サリエル様とは、どうか心を通わせられる、真の友になっていただきたいのです」
ニコニコ顔を引っ込めて、マルチェロは真剣な眼差しをぼくに向けた。
エメラルドグリーンの瞳が、彼の思慮深さを示しているようだった。
「サリエルも聡明だが、彼もなかなかに賢い子だからね。話は合うんじゃないかな?」
兄上が彼について補足を言い、ぼくをうながす。
身分は抜きで、と言われたら。いつまでも気にしていたら申し訳がないよね?
ぼくは彼に手を差し出して、握手を求めた。
「マルチェロ様、ぼくとお友達になってくださいませ。よろしくお願いします」
「こちらこそ。私のことは、マルチェロと呼んでください。私はサリーと呼びますから」
ギュッと握手し合って、彼とは友達になったのだが。
兄上がムッとして言った。
「駄目だ。サリエルのことは、サリエルと呼べ」
「レオォ、心が狭いんじゃないかい? まぁ、レオのゲキリンに触れたくはないから、従いますけども」
従兄弟だからか、年が離れていても気の置けない関係のように見えて。
なんだか、うらやましいと思った。
兄上とそのように親しげにする人を。ぼくは、はじめて見た。
はじめてといえば、マルチェロはぼくの、はじめてのお友達です。
うわぁ、緊張します。
と、と、友達って。なにを話すのですか?
ぼくは、本から知識をいっぱい授かっていても、人付き合いとか、そういう実技は、はじめてのことが多くて、戸惑ってしまいます。
いわゆる頭でっかちってやつですね?
こういうところですよ。知識があっても活用できなきゃ意味がない、ってやつぅ。
「サリエル。実はな。彼を紹介したのは、理由があるのだ」
兄上は、なにやら神妙な顔つきで話を続けた。
い、意味深ですね?
「六歳のお披露目会が終わって。子供たちは、学校へ入る前に子供たちだけの交流会を、月一ですることになっているのだ。貴族は、魔王家とのつながりを持つために。魔王家は、自分の味方となる人脈を作るために。そこで友達を作ったり。王子のご学友、従者、婚約者候補などを選定したりするんだよ」
「…そうなのですか」
ぼくには、あまり関係ないお話のように思えます。
ぼくは養子なので、ご学友や婚約者の選定は必要なさそうだし。
人脈づくりといっても、ぼくと友達になりたいと思う子はいないような?
ピンときていないぼくに、兄上は説明を続ける。
「つまり…そこにはディエンヌも呼ばれていて。お披露目会の悪夢再び、なのだよ」
「っな、なんですってぇぇぇっ???」
ぼくは、客人の前だということも忘れて、叫んでしまった。
そうです。ぼくの話ではないのですっ。
お披露目会で、終わりではなかったのですね?
すっかり気を抜いていたけど、まだまだ続く、ディエンヌという名の修羅の道。
だってぼくは、ディエンヌの尻拭い人生なのですから。エンドレスなのですからぁぁっ。
「八歳から六歳くらいまでの子供の集まりだ。後見人をつけることは出来るが、私がこの前のように、サリエルにずっとついてはいられない。公務もあるしな。ミケージャをつけるつもりではあるが、子供たちの間のことで、大人がなかなか口を出せないものだ。それでマルチェロに頼んで、サリエルをサポートしてもらおうと思ったのだよ」
「兄上、ぼくのことを考えてくださって、ありがとうございます。でも、それではマルチェロが大変なのでは?」
ぼくは、ぼくの問題に、マルチェロを巻き込めないと思って…。
ま、ぼくの問題というか。ディエンヌの問題なわけだが。
彼女を阻止したいと思うのは、ぼくひとりの考えだものね。
そう思って、彼を見やるのだが。
「面白そうじゃないか? 私はいつも守られる側だったから。騎士のように姫を守るのに、憧れていたんだよねぇ?」
「ぼくは姫ではありませんし、どころか、ぽっちゃりなんですけど…大丈夫ですか?」
騎士ごっこするには、守護対象がぽっちゃりなぼくでは、萎え萎えなのではないか、と。
ごっこ遊びは、リアリティーと雰囲気が大事だと。ぼくでも、思いますからね。
「もちろんだよ。君のナイトに、ぜひ抜擢してくれ?」
「ナイトではなく、お友達でお願いします」
「…なんだろう、この、告白してもいないのに、ふられた感は」
ハハハ、ふふふ、うふふ? と。サロンには三者三様の乾いた笑いが、いつまでも響いていた。
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