魔王の三男だけど、備考欄に『悪役令嬢の兄(尻拭い)』って書いてある?

北川晶

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番外 レオンハルトの胸中 ②

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 現魔王である父は、好色で、怠惰。
 しかし魔力量が強大ゆえに、誰も逆らえない暴君。典型的な魔王である。

 美人で、己の魔力に耐えうる者がいれば、女も男もベッドに誘う。
 しかし魔力量が膨大だからか、子供を授かる可能性はごくわずかだった。

 そういう背景があり。魔王はどんな相手でも。子供を身ごもればそれに敬意を払って、魔王城に迎え入れていた。
 サリエルの母親は、サキュバスという下級悪魔。
 本来ならば、魔王の強い覇気で彼の顔すら拝めないだろう、人物なのだが。

 彼女は奇跡的に魔王の子供を身ごもった。

 そこに、嘘は通じない。
 腹の子供が魔王の子供ならば。魔王の魔力を少なからず受け継ぐからだ。
 彼女は真に、魔王の子供を授かっていた。
 己の子を身ごもった者に、魔王は寛大だ。
 ゆえに、サリエルの母エレオノラを、魔王城の後宮で住まわせ。
 魔王の子供ではないサリエルも、三男として養うことを許された。

 しかし、サリエルに王位継承権は認められない。
 成人したら王城を出るという約束だ。それは、義理の子供への一般的な待遇である。
 それでも養育期間中は、魔王の息子として生活しても良いということなのだ。

 なのに。エレオノラはサリエルの養育を放棄した。

 まだ歩き始めたような幼子を、ほったらかしとは何事だ? 
 サリエルを保護した当初、一応、私の屋敷にいる旨をエレオノラの離宮に知らせたが。
 誰かが迎えに来る、などということはなかった。

 信じられない。こんな一番可愛い盛りの、もっちりむっちりを、無視できるものか?

 私は。父は、このような魔王なので。育てられたような覚えはないが。
 顔を合わせれば、挨拶くらいはしてくれるし。
 私が次期魔王として有能なのを、周囲から聞いているのか。簡単な仕事に関われるよう、口をきいてくれたりもする。
 ま、彼が仕事をしたくないから。息子に仕事をしてもらえたらラッキー、と思っているのかもしれないが。

 そうではなく。
 父に、父らしいことをしてもらえなくても。父なりの愛情はほんのりと感じ。
 母にも、愛情をかけてもらえた。
 次期魔王としての教育など、厳しい面もあるが。
 それも、息子が幸せになるための愛のムチ的なものだと理解している。
 幼い頃は笑顔で、抱っこも、チュウも、本の読み聞かせも、寝かしつけも、使用人任せではなく、母がしてくれたしな。
 やんごとなき、公爵家の御令嬢だった母が。使用人にすべてを任せないというだけで。
 そこには、子供への大きな愛がある。私はそう思っていた。

 だからこそ、信じられないのだ。
 サリエルのような幼子から目を離したら、すぐにも死んでしまうかもしれないのだから。

 後宮の敷地内だとしても、魔国には、毒を持った虫や植物や、凶暴な動物が、いないとは限らないのだぞ?
 それに、真ん丸だから飢えてはいないと思っていたが。
 食事を与えると、ガツガツ食べた。
 しばらく食べていませんでした、という勢いだ。

 エレオノラの後宮から私の邸宅まで、かなりの距離がある。
 誰かがサリエルを、私の庭に捨てていったのでもなければ。
 サリエルが、自分の足で歩いてきたのかもしれない。
 しかし、このよちよちの幼子の足取りでは。少なくとも半日から一日はかかる道程だと思う。

 その間、サリエルは誰にも目に止めてもらえなかった?

 何度も言うようだが。信じられない。
 エレオノラに、サリエルを返すことなどできない。
 サリエルを渡した途端に、面倒だからと殺してしまうのではないだろうか?
 という危機すら感じる。無理無理無理。

 ということで。私は、母や魔王に許可をもらい。私の邸宅でサリエルを育てることにしたのだ。

 母は、勉強環境の充実のために自立を許したのに、と。私が育児をして勉強の時間が割かれることに、難色を示したが。
 サリエルをひと目見たら。あらあらあらぁ、となった。

 えぇ、普通は、このようなもっちりを目にすれば、誰でもそうなると思います。

 ただ、やはり。夫の浮気相手の連れ子を母が育てる、という話にはならなかった。
 高貴な血筋の、公爵家の娘であった母の、プライドが許さなかったようで。
 結局は私の邸宅で、私が責任を持って育てる、ということになったのだ。
 まぁ、端的に言うと。可愛いサリエルは、私が私の手で可愛らしく育て上げる、ということである。

 育てていく中で、サリエルの聡明さや、のほほんとした穏やかな性格が好ましいなど。
 いろいろと…サリュについては、それは、いろいろと、いろいろと、話はあるのだが。
 それは別の話として。

 私は十一歳、サリエルは六歳になった、ある日のこと。
 サリエルは、馬に乗りたいと言い始めた。

 私が六歳の頃に、乗馬の練習を始めたのだというようなことを、誰かから耳にしたらしい。
 サリエルの身長は、体質からか、他の六歳児と比べても低い方だ。
 一歳しか違わないラーディンとも、頭ひとつ分の差がある。
 私も、サリュと同じ年頃では、今のラーディンより少し高いくらいであったし。
 だから、低身長のサリエルに乗馬はまだ早いと思ったのだが。

「一度、経験してみて、難しいとわかれば。サリエル様は無茶な我が儘は言わない方ではありませんか?」
 とミケージャに言われ。
 ちょっと不安ながらも。私と一緒のときならと条件をつけて、サリエルの乗馬を許可した。

 あぁ、ちなみに。ラーディンとは。普通に兄弟として接している。
 彼が赤子の頃は、私の魔力に充てられて泣き、そばにも寄れなかったが。
 ラーディンも魔王の子供であるから、四歳くらいになると、私の魔力に耐えられるようになったし。
 私も、少しは魔力のコントロールができるようになって。
 無駄に魔力を垂れ流さないようになれたのだ。
 幼少期に触れ合えなかったからといって、特段、遠ざけるようなこともないが。
 サリュのように、べったりでもない。
 ちょっと、ラーディンと対峙したらまた泣かれるのでは? という恐れから、素っ気なくなっていたかもしれない。

 しかし、そこはサリュが。
「兄上に、ギュ、してほしいと思います」
 と言うので。

 サリュが、私にギュ、されなくて。悲しそうにしているところを想像したら。可哀想になって。
 だから、小さな弟もそのような気持ちにさせたくなくて。ラーディンにギュ、してみた。

 固まったが。

 まぁ、赤子の頃から私が育てたサリエルと。幼少期は離れて過ごしたラーディンでは。親しみ具合に若干の差は出てしまうものだ。
 でもそこは、血を分けた兄弟であるから。
 今は、兄弟の適度な距離感を保っている、という感じだな。

 私は次期魔王として、しっかりと教育を受けているので。学園に通うことはないが。
 同年代の者たちとの交流も、近々増えていく予定である。
 そのためにも、魔力コントロールは必須だったが。それもクリアして。
 今は、私からひどい威圧を感じる者は少ないだろうと思っている。

 それで、サリエルの乗馬だが。
 もちろん、ひとりで馬に乗せるわけはない。
 ミケージャの乗る馬に、私がサリエルを抱っこして持ち上げ、同乗させるのだ。
 案の定、馬の鞍についた手摺りにしがみついたまま動かず。足はあぶみに届かない。

 馬に脅えるサリュ…はい、可愛いぃぃ。

「まずは、馬の高さに慣れることだ。馬を歩かせたら、その振動と速度に身を任せて」
「は、は、はいぃ、兄上。大丈夫です。予習はばっちりですから。背筋を伸ばして、股に馬をはさむのですぅ」

「サリュは、あぶみに足がかかっていないのだから。ちゃんと手摺りを持っていなさい」
 私は注意をしてから、自分の馬に乗り。しばらくは並走していたが。
 案外早いうちに、サリュが馬に慣れた様子を見せたので。ちょっと、油断してしまった。
 サリュとの遠乗りが楽しくて。浮かれた気分のままに、馬を走らせてしまったのだ。

「うわぁ、兄上のお馬は早いですねぇ。格好良いですねぇ」
 サリュに格好良いと言われると、嬉しくなる。
 自然、口元が笑みにゆるんだ。

 だが、そんな良い気分も、一瞬で霧散した。

 いきなりつむじ風が吹き渡って。
 背後を振り向くと、サリュとミケージャの乗った馬が風に巻き上げられていたのだ。

 晴天に起こるつむじ風なんて、不自然極まりない。
 これは、魔法だ。魔法で攻撃されている。
 そう考えながらも、馬を反転させて、サリュたちの方へ向かう。

「アハハハッ、サリエルったら風船みたいねぇ。おっかしいわぁ」
 視界の端に、サリエルの妹であるディエンヌが、魔法を操りながら高笑いしているのが見えた。

 ディエンヌはなにが気に入らないのか、実の母と一緒に暮らすこともできない不遇な兄を、目のかたきにしている。
 サリュが視界に入るたびに、嫌がらせをしているようなのだ。
 しかし今回の悪戯いたずらは度が過ぎている。

 宙にバラバラに飛ぶ、馬と、ミケージャと…一番高いところにサリエルが。高く飛ばされている。
 サリュは魔法が使えないのだ。
 あのように高いところから落ちたら、死んでしまうっ。

 手を伸ばしても、サリュには届かない。
 とっさに、なにか魔法で、彼を助けようとするのだが。
 一番得意な雷魔法も、炎も氷も、すぐに考えつくのは、攻撃力の強い魔法ばかりで。
 考えている間に、サリエルが落ちてくる。

 あぁ、もう間に合わないっ。

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