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4 招かれざる来訪者 ①

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     ◆招かれざる来訪者

 朝食を終え、兄上がユニコーンに乗って魔王城に向かいました。
 ユニコーンには翼がないのだが、じゃあどうやって飛ぶのかというと。
 この世界のユニコーンは、額から長く伸びる渦巻の一角から神通力みたいな不思議な力が出て、空間を操作して飛ぶんだって。ふよぉぉっとね。
 で、馬よりもユニコーンの方が、空を飛んで魔王城の上の方の階にある執務室に、一気に直接行けるから。便利なんだって。
 ユニコーンでも、馬でも、乗馬をする兄上は最高に格好良いのですっ。
 背筋ピンで、キリリとしていてね。

 だから、ぼくも馬に乗ってみたくなっちゃって。あの日、我が儘を言っちゃったんだ。

 ディエンヌの風に飛ばされた、あの日。
 ぼくは。兄上とミケージャと、一緒にお馬の稽古をしていたのです。
 兄上はぼくの様子を見ながら、馬で先行していて。
 ぼくはミケージャの馬に。彼と同乗していた。
 まぁ、お馬の稽古と言っても。あぶみに足が全然届かないから。
 ミケージャの介助がなければ、ぼくは馬には乗れないんですけどね?

 そのときに、事故が起きた。
 事故っていうか…ディエンヌの『ぼく殺人未遂事件』的な?

 はあぁぁぁっ、それはともかく。
 ぼくがひとりで馬に乗れるのは、もっと、ずっと、ずーーっと、後のことになりそうですぅ。
 あぁ、とにもかくにも、足が短いっ。

 そんな、あの日の思い出を。ぼくはベッドに横になって、考えていた。
 意識が戻って、間もないということで。
 ぼくは、兄上が出社…じゃなくて。登城したあと。ベッドで安静に、とエリンに言われたのです。
 堅苦しい上着だけを脱いで、シャツとズボン姿で寝ています。
 また着替えるのが大変だからね。

「魔獣と聖獣が一緒に住んでいるなんて、ファンタジー」
 またインナーが、ぼくの口を使ってつぶやいています。
 どうやらユニコーンのことに引っかかっているみたい。

「一緒に住んでいたら、おかしいの?」
「ユニコーン…聖獣は、魔素の濃いところで生きられないんじゃね? 本には、よくそう書いてあったけど?」
「まそ、って。なに?」
「邪悪なエネルギーの塊、みたいな? 普通の獣や人が魔素に触れると、魔獣や魔人になる…みたいな?」
「えぇ? 魔獣は魔獣から生まれるのに決まっているよ。人族が魔族になるなんてことも、聞いたことないし。魔素も知らなーい。ぼくはね」

 全部の本を読んだわけではないし、ぼくの知らないこともいっぱいあるだろうから。今のところは、だけど。

「そうなんだ? じゃあ、この世界には魔素がないんだ。じゃあ聖女召喚、浄化の旅もなさそうだな? あ、でも勇者召喚はありそう。勇者がたまに攻めてくるんだろう?」
「勇者の存在はすでに確認されているよぉ? ぼくが生まれる前、今から八年前に。南方にある人族のエクバラン国が召喚したって。ミケージャが二年前の授業で言ってた。でも今のところ、魔国には姿を現していないけど」

「おぉぅ。記憶鮮明だな。じゃあ勇者も魔族も、魔獣も聖獣も一緒に存在できる、なんでもありな世界なんだね?」
 なんか…でたらめな世界だな、みたいにインナーに言われると。不快ですぅ。ムキッ。

「つか、元気なのにゴロゴロ、食っちゃ寝、食っちゃ寝、して。だから太るんだ。ダイエットしろっ」
 インナーが正論でぼくを責めます。うぅぅ、うるさぁい。

「ぼくは六歳なのです。育ち盛りなのです。いつかきっと、成長したら兄上のようにスマートでエレガントなイケてるボーイになるのですぅ」

 兄上が六歳の頃には。もう、馬に乗っていたとか…足があぶみにかかったとか。それは事実ですが。
 大丈夫なのですぅ。たぶん。伸びしろはあるはずですっ。
 そんなことを、布団の中で丸くなって考えていた。

「丸くなって、とか。普通の状態で、丸いは丸いんですけどぉ?」
 ムキッ。
 インナーのツッコミに怒っていたら、窓のガラスがコンコン叩かれた。
 ぼくは寝ていなかったので。ベッドを降りて、薄いカーテンを引く。

 すると、窓の外に、兄上がいた。
 レオンハルト兄上ではなくて。二番目の兄上だ。

 魔王様の子供は、義理のぼくを入れて全部で五人いる。
 兄上はふたり、ぼくは三男で、ぼくの下にディエンヌと、もうひとり異母の弟がいます。

 それで、長男はレオンハルト兄上で。
 今、目の前にいるのは。次兄のラーディン兄上。

 備考欄には『攻略対象その①ラーディン。魔王の次男。自信満々で少し横柄。しかし根は真面目。王位継承者として国の行く末を思案している。書類仕事は苦手だから、手伝ってあげると好感度アップ』と書かれている。

 おぅ。なかなか的を射ている感じです。
 ラーディン兄上は、ぼくより一歳上の七歳。
 でも、ぼくが見上げるほどに身長が高いよ。
 ラーディン兄上の母御は、レオンハルト兄上と同じ方なので。彼らは実の兄弟だ。
 白髪に青みがかった影があり、首が見えるくらい短めに、清潔に整えた髪型。
 瞳は濃い青色。サファイアの宝石がはめられているみたいで、とても綺麗。
 ツノは二重巻きです。

 横柄な感じを表すかのように、仁王立ちで、腕を組んで。ぼくを睨み下ろしている。
 目が合ったら、開口一番怒られた。
「どこ見てんだっ? 早く開けろ、コカトリスっ」

 仕方がないではないですかぁ、備考欄がレオンハルト兄上ほどに長かったのですから。
 備考欄を読んでいると、微妙に目が合わないんですよね?
 つか、攻略対象ってなんですか?

 ちなみに、コカトリスは。ニワトリを大きくしたような魔獣です。
 息や唾液が猛毒なやつ。意地悪めっ。
 ぼくは、コカトリスじゃないもぉん、と口をとがらせながらも。
 掃き出し窓を開けて、兄上を部屋に招き入れました。
 庭から直接入るのは、お行儀が悪いんですからね?

「気を失っていたと聞いたが、元気そうじゃないか? サリエル」
 ぼくをからかうような顔で、ニヤリとするけど。お見舞いは普通に嬉しいです。

「ぼくを心配して、お見舞いに来てくれたのですか? ありがとうございます。ラーディン兄上」
「べ、別にっ。心配なんか、してないっつーの」
 ラーディン兄上は、横柄で言葉はきついが、それほど悪い人ではない。

 インナーが、見事なツンデレだ、と。喜んでいます。
 インナーのツボが、イマイチよくわかりません。

「またディエンヌにやられたんだって? ホント、おっかねぇ妹だよな? 馬ごと吹き飛ばすとかシャレになんねぇじゃん?」
 兄上は、ぼくをコロリンとベッドに放り込んで、自分もベッドの端に腰かけた。
 つか、一歳しか違わないのに、この体格差にはムギギとしてしまいますな。
 ちなみにラーディン兄上も、もう馬に乗れるとか。ムギギィっ。

「ディエンヌに邪魔されなければ。ぼくはお馬に乗れていたのですぅ」
「はぁ? おまえ、落馬したのにまだ馬に乗りたいとか思ってんの? やめとけ。おまえがまた落馬したら、今度は兄上の雷で国が半壊するっつーの」

 ラーディン兄上は、ぼくの腹を指でツンツン突いた。
 ぽよんぽよんと弾む指の感触が面白いみたいで、彼はよくそれをやる。
 でも、ぼくはくすぐったいので。ケラケラケラッと笑うのだ。
 や、やめてっくださぁい。

「あ、足がっ。足が、長くなったら。落馬はしません」
 兄上は、虚空を見上げて少し考え。腹を抱えて笑い出した。
「くはははっ、今のおまえが足だけ長いところ、想像しちまった」
「違います。丸ぽちゃで、足だけ長いやつじゃないんですぅ」

 ぼくがベッドの上で、手足をバタバタさせると。
 兄上が、ヒーヒー笑いが止まらない感じになるんですけど。
 もうっ。そうじゃなくてぇ。

「あはは、良かった良かった、おまえが元気なのが一番だよ。魔国的にもな」
「なぜに、国が?」

 ぼくごとき、魔力もない落ちこぼれが、国になにかがあるとも思えず。
 つか、意味がわからなくて首を傾げる。

「おまえが元気だと、兄上もハッピーで、国も平和だってことだ」
 ラーディン兄上の兄上は、レオンハルト兄上しかいないので。
 レオンハルト兄上のお話ですかぁ?

「それは。レオンハルト兄上がハッピーなのは、良いことです」
「そういうこと」
 よくわからないけど。
 みんなハッピーなら、それが良いと思って。ぼくはにっこり笑うのだった。

 そうしたら、今度は扉がノックされた。
「やべっ、窓から入ったのみつかったら怒られる」
 そう言って、ラーディン兄上はぼくの頭をひとつ撫でたあと、窓から外に出て行ってしまった。
 嵐のようだな。
 でも、様子を見に来てくれたのだから嬉しいことです。

 彼がサッと去ったあと。エリンが部屋に入ってきた。
「サリエル様、お休みでしたか?」
「ううん、起きてた。なぁに?」

 エリンは、なんだか浮かないお顔だ。
 そして耳もイカ耳になっているね。

「エレオノラ様が、サリエル様のお見舞いにいらしているのですが…」
 エレオノラというのは、ぼくの母上だ。サキュバスの母上。

 まぁ、そろそろ来るとは思っていたよ。
 つかたぶん、ぼくが寝ていた間にも来ていたはずだな?
 ぼくの見舞いではなく。ディエンヌの救出に、だろうけど。
 無意識に、神妙な顔つきになる。…糸目だからわからないでしょうが。

「サリエル様がお休みの間、ディエンヌ様を解放しろと、エレオノラ様は何度も抗議に来まして。それをレオンハルト様は跳ね除けられてきたのです。ディエンヌ様に会わせろということならば、追い返せと言われているのですが。サリエル様のお見舞いと言われると、無下にお断りできませんで…」

「母上にはぼくが会います。エリン、着替えを手伝って」
 ディエンヌも、厄介なのだが。ぼくを育児放棄する母上も、普通に常識が通用しない相手なのです。

 エリンや執事に全部まかせるのは荷が重そう。
 レオンハルト兄上の留守中に、兄上をわずらわせるようなことが起きたら、大変です。
 ここは、ぼくが対峙して。母上には穏便にお引き取りいただこう。

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