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3 兄上は、まだオコですっ。

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     ◆兄上は、まだオコですっ。

 朝食の席で、レオンハルト兄上のひたいに新たなツノがあることを、ぼくは発見した。
 そのことについて、兄上は説明をしてくれている。

「それで、魔力を大放出した結果、私の中に更なる魔力の奔流が生まれ出で。以前の魔力容量をはるかに上回る魔力量を保持できるようになった…というところか」

 魔力があまりないぼくには、ちょっと想像しづらい説明だが。
 たぶん新たな属性が加わって、それによって魔力もアップ、ってことじゃないかな?

「でもぼくがもたらす、というのは?」
「おまえが傷ついて、怒ったことが原因なのだ。サリュがもたらしたようなものだろう?」
「いえいえ、それは。兄上のお力がすごいからで。ぼくがもたらしたなんて…」

 ぼくは、とにかく、兄上がすごいのだということを言いたかったのだけど。
 兄上は食事の手を止め。どこか痛そうな、せつない顔つきでつぶやいた。

「サリュを、助けたいと思ったのだ。しかし私には、攻撃力の高い魔法しかなかった。サリュを救ったミケージャの風魔法を、とてもうらやましく思ったのだよ。できれば私がサリュの体を受け止めて、優しく包み込んで、守ってあげたかったな。そういう気持ちになったら、魔力が高まったから。だからサリュのおかげなんだ」

 優しく包み込んで守りたかった、なんて言ってくれる。
 その言葉こそが、ぼくの体をやんわりと包み込んでいるような気にさせる。
 温かくて。とても心地の良い、兄上の想いだった。

 もちろん、ぼくは。いつでも兄上に優しく守られている。
 だからそのように気に病まないでほしいのです。
 と思うと同時に。
 ぼくは、兄上の魔力が高まってどのような変化をしたのか、それにも興味を持った。

「では、では、兄上はっ。風魔法が使えるようになったのですか? 怒った反動で?」
「あぁ、風魔法も、防御魔法も、解呪魔法も、使えるようになったぞ。今までは表面の傷を癒すだけの治癒魔法しかなかったが。毒消しも、精神操作もアンデッドも今なら使える」

 アンデッドって、ゾンビ作るやつでしょ? それはさすがにどうかと思い。
 両手で頬に触れる。
 ビビリの表現だったが。もちぃ、として。手に頬が、むにょむにょ吸いつくな。

 でもでも、それって無敵だ。
 すごーいっと思って。目をキラキラさせた。糸目で見えないでしょうけど。
「すごいっ、すごいですね? 兄上。なんでもできる兄上、素敵ですっ。格好良いっ」

 魔力なしのぼくからしたら、魔法がひとつでも使えたら、すごーいなのだが。
 もう、数えきれないほどの魔法を習得している兄上は。
 天才では? 最高? 魔王? はすでに候補だけど。神?

「サリュ、もうこのような目には合わせないつもりだが。もしもサリュが困ったことになったとしても、私が助けてやるからな? 安心して私のそばに居なさい」

 レオンハルト兄上は。
 いつもは厳しい眼差しをして、誰からも恐れられるような威厳と気品を身にまとう。
 でも美麗で、気高い、素敵な方なのだが。
 今、ぼくをみつめる瞳は、優しく細められて、慈愛にあふれていて。
 なんて、尊い。素敵で、優しい兄上なのだろう?

 そんな兄上に保護してもらったぼくは。とても運がいいのだ。
 だからぼくは。この御恩を返すために。兄上のためになるような、役に立つような者になりたいと、思うのだ。

「ありがとうございます、レオンハルト兄上。ぼくっ。ぼくもっ。兄上を守れるような、強い男になってみせますっ」
「そうか? サリュはこのままでも充分に可愛いが。頑張るのは良いことだな?」
 兄上に、うなずかれ。ぼくは嬉しくて、ぱぁぁっと笑顔になって、大きなお肉をモグリと頬張った。

 おいっ、そんなに食べたら太るんじゃね? お腹いっぱいまで食べるから、太るんじゃね?
 って。インナーの声が聞こえたけど。
 うううぅぅ。食事制限は明日からしますからぁ。たぶん。

 それよりもぼくは、大事なことを忘れていました。ディエンヌのことです。
 なんか兄上が妹のことについて触れないのが、ちょっと怖い。
 まさか、本当に。し、死?

「あの、兄上。ディエンヌは今、どこに? い、生きていますよね?」
 口に入れたお肉をのみ込んでから、おそるおそる聞いてみると。
 兄上は、眉間に深いしわを寄せた。
「ディエンヌは地下の部屋に監禁している。実の兄を害そうとしたのだ。私は到底許せない」

 あわわ。兄上は、まだオコですっ。

 でも、生きてはいるようです。少し安心いたしました。
 でもでもぉ、ぼくのことで怒ってくださる兄上。
 それが、ぼくは嬉しく思っちゃうんだなぁ。
 えへっ。天に舞い上がるような気持ちになります。

 ま、部屋に閉じ込められているらしいディエンヌには、申し訳ないけど。
 だってぇ、ぼくを、事実、舞い上げて殺そうとしたのだからね。
 ちょっと。兄上がぼくを注目してくれる、そんな些細な嬉しみくらい、感じて喜んだっていいよね?

 つか、妹よ。
 ぼくが寝ていた間に、少しは謝る気とか、反省の気持ちが芽生えてくれているといいんだけどねぇぇ。
 無理かなぁ? 無理だろうなぁ?
 と思いつつ。兄上をとりなしてみる。
 たぶん、放置しておく方が面倒なことになる予感がするので。
 主に、母上関連で。
 こういう勘は、悲しいことによく当たります。

「わざとではないのです、たぶん。ディエンヌはまだ、分別がついていないというかぁ…」
「おまえを傷つけるような妹を、庇いだてすることはない。確かに五歳は幼いが。私はディエンヌから、悪意を感じた。おまえが…あのくらいの年の頃は。もっと、ほのぼののんびりしていて。笑い顔が可愛くて。カタツムリをツンツンしたら噛まれて、泣いたりするような。可愛らしい。かっわいらしいぃぃぃところが。子供にはあるものじゃないか?」

 そうだっ! 魔国のカタツムリは、葉っぱの上をのそのそ歩いているだけじゃないよ。
 ツノをツンツンしたら、口がガバッと開いて噛むから。気をつけてっ。

 そうじゃなくて。ぼくの、のほほんエピソードじゃなくてぇ。
「それは…ディエンヌなので。普通の子供と比べてはいけません」
 ぼくがつぶやくと、レオンハルト兄上は、はぁぁぁっと。重いため息をついたのだった。

     ★★★★★

 とりあえず。兄上は午前中、魔王城で大事な用があるということで。
 ディエンヌの解放は、昼過ぎに兄上が邸宅に戻ってから、ということになった。
 魔族の子だから、一般的な五歳児とは違うのだが。
 そうは言っても、子供だからね。
 五歳児が母から離されて、三日もひとりで部屋にいるというのは。さすがにちょっと可哀想だ。

 でも、兄上がオコなので。即時解放はさすがに無理でした。ぼくに出来るのは、ここまでです。

 できれば。殺人未遂の反省はしてもらいたいものだけど。
 無理かなぁぁ? 無理だろうなぁぁ?

 魔族は悪魔である。
 だけど、契約を守ったり、ルールを守ったり、そういう点は律儀であるし、魔族なりのモラルもある。
 そんな中でも、妹のディエンヌはどぎつい性格だと言う他ない。
 ぼくの備考欄に、ディエンヌが悪役令嬢になる、みたいなことが書かれていたが。
 悪役といえば悪役の片鱗が、もう見えているっていうかぁ。

 実の兄を、邪魔とか、そういう軽い理由で簡単に殺そうとしてしまう。
 モラルの欠如がはなはだしい子なのだ。
 たとえば庭に出れば、カタツムリやアリなんかが普通にいて。五歳にもなれば、それを安易に殺しちゃダメ。生きているのだ、というのを学べるものだが。
 ディエンヌは、虫や動物、人にも、命が宿っているという認識ができていない。
 だからアリを踏み潰すみたいに、兄のぼくを殺そうとするのだ。怖いね。

 魔国でも、さすがに心のままに暴力や殺害に走ったら。眉をひそめられるし。投獄されもする。
 近隣国と円滑にお付き合いするためにも、一般的なモラルの中で生活するのが必要なのです。
 いろいろな種族のいる、この世界で暮らすのには。欠かせない処世術なのだ。
 魔族だけの世界じゃないからね。

 それに。母上のような。人に迷惑をかけないと生きていけない、サキュバスであっても。
 生気を吸い過ぎて相手を殺してしまうようなことはしない。
 人からもらえる生気は、サキュバスが生きるための大事な糧であり。それを無闇に失うようなことはしないのだ。
 例えるなら。植物を根っこごと引き抜いてしまったら、そこから実はもう取れないが。根を残して草を刈るだけなら、また実は生えてくる。みたいな?

 魔族は悪魔である。だけど。本当の意味では、悪魔ではない。
 驚異的な魔力を持ち、魔物を使役できる、人?
 ちょっと魔物と交わっていて、ツノとか翼とか、いわゆる人間の姿形と違う点はあるけれど。
 魂は人族に近いよ。
 魂までもが真っ黒に染まっている、悪意オンリーの人なんてそうそういない。

 大体の魔族の人は、人族とも友好的にお付き合いして、商いとか共同事業とかしているんだよね。そんな感じ。
 でも、魔族でも人族でも。心の中に悪意がいっぱい入り込んできたら。
 その人は、本当の悪魔になってしまうんじゃないかな?
 個人的見解ですが、ぼくはそう思うのです。

 それで、ディエンヌだけど。五歳にして悪意の塊だからね。
 真っ黒黒ですからね。もう、悪魔でいいんじゃないかと。

 ぼくが尻拭いして治せるぅ? そんな簡単な話じゃないんですぅ。
 でも、まだ五歳だし。
 もしかしたら。ワンチャン、品行方正なレディになる………余地は、あるのかぁ? ないのかぁ? みたいな?

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