魔王の三男だけど、備考欄に『悪役令嬢の兄(尻拭い)』って書いてある?

北川晶

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2 居候で嫌われ者、あきらめぇ…。

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     ◆居候で嫌われ者、あきらめぇ。

 朝、部屋に入ってきた侍女の白狼獣人エリンに身支度を手伝ってもらう。
 お湯で濡らしたタオルをいっぱい持ってきたエリンは。アイボリーで寸胴な寝間着を、ぼくに万歳させて脱がせる。そしてパンイチになったぼくの全身を、タオルで拭きあげた。
 お肉でできたしわの中まで拭いていただいて、なんだかいたたまれません。

 昨日までは、そんなこと思わなかったのに。
 腕を上げたままくるくる回って、エリンになんの気もなく拭かせていたというのに。
 今思うと…あぁ、これはダメなやつですぅ。

 こんなふうに思ってしまうのは、たぶん、インナーの気持ちなのでしょうね?
 でも、ダメだと気づけるのは良いことです。
 早くいろいろ自分でやれるようにならなくては、ね?

 そのあとで、エリンが濃い紫色のズボンを履かせてくれる。
 それからフリルのついた白いシャツと、紫の上着に袖を通す。ズボンと上着は、おそろいなんだね?

 ぼくはなんとなく、お着替えをひとりでできないことが。情けないような、申し訳ないような気がしてしまい。
 シャツを自分で着るからと言って、チャレンジしてみた。

 エリンは、サリエル様が大人になられたっ、って感動していたけどぉ。
 でもぉ、この丸くてぶっとい指では、ボタン穴にボタンをなかなか入れられませんっ。
 時間がかかりそうだったので。やっぱ今は、エリンにお任せした。
 朝食の席に遅れるわけにはいきません。

 いずれ、必ずっ! ボタンを穴に通す練習をしますっ。

 たぶん、インナーは。着替えや身支度ができる、自立した人なのでしょう。
 着替えを侍女に任せる、ぼくの甘えを許しません。という気を、ひしひしと感じるのです。
 つか、可愛い女の子の前でパンイチで体を拭いてもらうなんて。恥ずかしすぎるぅ。
 という意識が、強いですかね?

 身支度を手伝ってもらうのって、恥ずかしいことだったのですね。
 すみません。六歳なので、許していただきたい。

 ぼくは口をへの字にして、ため息をつくのだった。
 インナーは欲望に忠実で、面倒くさがりな割に。恥ずかしがりだったり、人の目を気にしたりする小心者でもある。
 なかなかに複雑な心理をお持ちで、同居するのは難しいですね?

 身綺麗になったところで、朝食をとりにダイニングルームへ向かいます。
 曇り空だが、なぜか明るい日差しが注ぎ込む食堂。魔法かな?
 そこで、レオンハルト兄上が上座について、ぼくを待っていた。

 そう、ここはレオンハルト兄上の邸宅なのだ。

 魔王城には、魔王の奥方が生活する後宮があり。
 その敷地の中に、兄上の邸宅もある。
 兄上も年長とはいえ、まだ未成年なので。母上のそば近くで生活をしているのだ。

 後宮の中の敷地には、レオンハルト兄上の母御が住む離宮や、ぼくの母上とディエンヌが住む離宮などなど、魔王の奥方になった人に充てられる庭付き住宅が点々と建っている仕様で。
 レオンハルト兄上は、後宮の中に居つつも、自立して離宮に住んでいると。そういう感じです。

 ぼくは。母が、魔王様の子であるディエンヌを産んだあと、育児が忙しいということで。放置されていた。
 まぁ、ぼくも結構、幼児だったんですけどね。
 母的優先順位というやつです。
 そんなぼくを。兄上が見兼ねて保護してくれた、という経緯があります。
 それ以来、ぼくは兄上の離宮にて居候なわけなのです。

 だから昨日ぼくの部屋だと思っていたあの部屋は、兄上の邸宅の一部を間借りしているというわけで。
 エリンも兄上の邸宅の使用人。
 ぼくの専属ではあるけれど。本当の意味で、ぼくの侍女というわけではないのです。
 ぼくは、よくよく考えれば。ぼくの持ち物などというものを、なにひとつ持っていないのですね?
 今、気づきました。
 これは、いけません。
 ぼくの部屋の、ぼくのベッドぉ、なんて。当たり前のように自分に与えられたものだとか、思っちゃっていたけど。
 ぼくの境遇では、そんなふうに思っちゃいけなかったんだな?

 居候として、分をわきまえなければなりませんね? 反省反省。

 つか、ぼくの養育義務がある母は。ぼくがディエンヌに傷つけられても、様子を見に来る気配もありません。
 全く、困った人だと思いつつ。
 ぼくは母上に、安定に嫌われているのだな、と思うと。
 なんでかインナーが。可哀想とか悲しいとかいう気になって。心がヒリヒリします。
 でも、ぼくはもう、あきらめの境地なのですよ?
 物心ついたときには、そんな感じでしたから。

 居候で嫌われ者、あきらめぇ…って気分?

 インナーは心の奥で、また『底辺スタート…』とつぶやいています。
 でも、そんなに悪い境遇ではないではないですか?
 こんな丸ぽちゃニワトリ魔力なしでも、ぼくには優しくしてくれるレオンハルト兄上がいて。愛情も、衣食住も、兄上が差し出してくれるのです。
 それって、すごくありがたいことで。だから、大丈夫なのです。

「レオンハルト兄上、おはようございます。遅れて申し訳ありません」
 ペコリと一礼すると。兄上がおはようのチュウを額にしてくれた。

 うふふぅ、くすぐったくて心がぽかぽかします。

 昨日は、インナーが。超絶美形のチュウッ、とか言って胸をドキドキさせていたけれど。
 本来のぼくは、兄上にチュウされるのが大好きなのです。

 黒いシャツに、豪華な刺繍入りながら、髪色に合わせた濃い藍色の礼装がシックな装いで、お似合いですぅ。
 美麗なるお兄様から魅惑の朝チュをいただき、あざぁっす。
 …って、インナーが言っていますよ、兄上。

 つか、家族の挨拶にいちいちドキドキ胸を高鳴らせないでください。
 今まで平気だったのに、兄上のご尊顔の美しさとか、今更意識してしまうではないですかぁ?

「サリュ、具合はどうだ? もう食卓について、大丈夫なのか? ベッドで食事をしてもいいんだぞ?」
 今日も怒涛の質問攻撃ですね? 兄上。

「もう、大丈夫です。ミケージャが助けてくれたので、どこも痛くないですよ」
 ぼくは胸を張るつもりで、大きな腹を突き出し。
 そして、心配顔の兄上にニパッと笑って見せる。
 そのとき兄上のお顔に、ちょっと違和感があった。
 細い糸目でも、ちゃんと見えていますから。

「あれ、兄上。額になにやら…」
 椅子に座る兄上に、ちょっと屈んでもらって。額の髪の生え際の辺りに触れる。
 小さなこぶのようなものがふたつあるから、ぼくは丸い指で、プヨッと、そのコブを撫でた。
「フハハハハッ」
 兄上は、破裂音かと思うくらいのすっごく大きな声で笑った。
 びっくりしたっ。糸目は開かないが、目を丸くしたよ。

「あぁ、すまない、サリュ。驚かせたな。そこはすごく敏感で。サリュがそよそよ撫でると、すっごくくすぐったかったものだから」
「こちらこそ、不用意に触れてしまって申し訳ありませんでした」

 兄上の額に触れていた右手を引っ込めて。左手で、右手をモミモミする。
 イケナイ右手だ。

「いいんだよ。サリュに撫でられるの、私は好きだからね」
 そう、兄上が言ってくれて。
 そのあとで、兄上の背後に控えていたミケージャが説明してくれた。
 ミケージャは、もう包帯を巻いていなくて。今日はとても元気そうに見える。
 痛々しい昨日の様子がなくなっていて、良かったです。

「サリエル様。それはレオンハルト様のツノでございます」
 つ、ツノ?
 レオンハルト兄上には、すでに左右の耳の後ろから三重巻きのとても立派なツノが生えているのに。
 目の上の延長線上の位置、額に二本の、御ツノが? 四本目ってことですか?

 ツノは、魔族の魔力に比例すると言われている。
 本数が多いほど、ツノが太いほど、長いほど、魔力が大きい証だと言われているのだ。

 つまり、ツノのないぼくは魔力が底辺であるということだが。

 父上である今の魔王様は、レオンハルト兄上と同じく内に三重巻きのツノ。
 巻き数が多ければ、ツノが長いということだから。巻き数も、多ければ多いほど魔力が強いということ。
 でも、兄上よりも父上の方が、さすがに太くて立派なツノなのだ。

 兄上はまだ十一歳だしね。体格の差や魔力容量の差もあるのでしょう。
 でも十一歳で、魔王様と張る御ツノを保持していることの方がすごいのだ。
 …って、使用人が一週間前に言っているのを聞きました。
 ですよねぇ?

 しかし、四本ツノになると。
 また話が変わってくるというか。
 今の魔国には、四本ツノはいないはずです。
 ある意味、伝説級に珍しい御ツノでございます。

「それは、お、お、おめでとうございます、兄上っ」
 ツノが生えかけているということは、魔力がレベルアップしたということだ。
 兄上は次代の魔王候補で、その実力はすでに抜きん出ているが。
 四本ツノだなんて、これはもう確定でも良いのではないでしょうか?

「おめでとう…なのかな? でもこのツノは、サリュがもたらしたようなものだから。おめでとうでもいいかもしれないが。まぁ、座りなさい。朝食を食べながら話をしよう」

 そうだ、お腹が空いている。それに立ち話はお行儀が悪いですね。
 ぼくはエリンに椅子を引いてもらって、食卓についた。
 すると、給仕の人がテーブルに色とりどりの果物や肉や魚の料理、パンやスープなどを並べていく。
 ぼくはエリンが取り分けてくれた分を、なにも考えずに口に入れていった。

「むぎゅ、ぼくが、もたらしたというのは…どういう意味なのですか? 兄上」
 パンを噛みしめながら、先ほどの話が気になって、たずねると。
 兄上は、上品に食事を進めながら答えた。

「ディエンヌがおまえを吹き飛ばしたのを見て、怒ってしまってね。魔力を大放出してしまった」
 えぇ? それって、怒り心頭で誰にも止められない感じのやつ、ですか?
 魔王級が、その状態になると。国が消滅するくらいの規模の天変地異が起きる、とも言われているとか?
 823年前に、当時の魔王が勇者に奥方を殺されて。
 怒り心頭の魔王が人族の国をひとつ滅亡させたって、歴史にあるんですけど?

 瞬間記憶で覚えていた知識がバーとぼくの頭をよぎっていった。

「ほぇ、だ、だ、だ、大丈夫、なのですか?」
 なにが大丈夫って、国とか、人とか、兄上とか、ディエンヌのことだけど。

「魔国全域に雷が何本も落ちましたが、奇跡的に死者などの報告はありません…今のところ」
 アワアワするぼくに、ミケージャが冷静に解説してくれた。

 ぼくは、目覚めたあとは、インナーとの対峙に忙しく。
 妹のこととか、乗馬で吹き飛ばされる前後のこととか、すっかり配慮を欠いていた。
 まぁ、ディエンヌは。普通に、母のそばにいるのだろうと思っていたのだが。
 兄上が、怒りのあまり雷をぶっ放してしまった、などという話を聞いてしまったら。もしかして? って思っちゃうよね?
 だって、兄上は。魔王と同格の魔力をすでに持っているんだよ?
 その雷で、魔国民に死人が出なかったのは、まさしく奇跡かと思われます。

 つか、兄上の逆鱗げきりんに触れたディエンヌは、生きてるのっ?

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