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1 ここは魔界ではなく異世界だね。

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     ◆ここは魔界ではなく異世界だね。

 ギャース、と鳴く。カラスの鳴き声で、ぼくは目を覚ます。
 ぼくの体には大きすぎるベッドから、コロリンと抜け出して。床に降りると。庭に面した掃き出し窓を開けた。
 どんより曇った空を見上げると、そこにカラスはいるのだが。

 あぁ、正式にはカラスではなくてメガラスだ。
 黒い鳥だが、カラスよりも三倍くらい大きくて。口も大きく開いて、牙とかも見えそうな、禍々しいやつだ。
 メガラスって、メガとカラスの合体かっ。と、心の中のぼくが申しております。

 彼…彼か彼女かわかりませんが。
 まぁ、とりあえず。彼のことは面倒くさいので、インナーと呼ぶことにしました。
 ぼくの心の内側に住み着いている、もうひとりのぼく、的な?

 昨日は、いろいろありまして。パニックにもなりましたが。
 冷静にひと晩、考えを整理しまして。
 六歳の、ぼく的に覚えていることが。まぁまぁ多めにあったものですから。
 生活には支障がない、と判断いたしました。
 つまりぼくの中の大半は、サリエルだということです。

「つか、普通は六歳っていったら、自我がなくてさ。ぼく(インナー)が入れ替わったりしちゃうシチュじゃね? 瞬間記憶能力持ちとか、どんなチートだよ。ま、他はダメダメだけどぉ」
 ぼくの口を使って、インナーがほざきます。

 つまり、ぼくは心の中にツッコミを飼っているような状態だと思われます。
 でも、なんだか。ひとりでボケツッコミしているみたいだから、人様の前で口を使うのは遠慮してね?

「そうです、ぼくはダメダメなんです。だから、この世界で生きるのは大変ですよ? 面倒臭いんでしょう?」
 ぼくは、たっぷりと肉のついた指で、胸の真ん中あたりを押す。

「まぁね。魔王の三男で、瞬間記憶能力持ち。チートで異世界無双かっ!? なんて一瞬思ったけど。なんかぁ、宝の持ち腐れぇ? みたいなぁ? ツノなし魔力なし、おデブなニワトリで、無双するビジョンは見えないから。やっぱ、めんどいかな?」

 そう、ぼく、サリエルの方には。瞬間記憶能力、見聞きしたものを忘れられない、という能力があったのだ。
 そのおかげで、一歳のときから人様の会話を一字一句、違えずに覚えてしまっている。

 だから、ぼくが赤ちゃんだった頃に、魔王様と母上がした会話なども覚えているのだ。
 母上が魔王様の子を身ごもり、魔王城に招かれるときに。
 ぼくを養ってやる、と約束した。そこら辺の話とかもね。
 それで。魔王様は、ぼくを育てるとは一言も言っていなかった。と、知っているわけなのです。

 六歳児は、普通なら、幼児と言われる年齢だけど。
 これだけ、いろいろ考えられるのは。この能力のおかげ。
 昨日は、インナーが突如現れたことでパニクって。
 一瞬、自分のこととか、環境のこととか、頭の中でごちゃついてわからなくなったけど。
 一晩ですっかり、元通り。
 頭の中の整理整頓は、きっちり完了いたしました。

 はい。自分でもウザいと思いますぅ。

 でも、でも。そうして、六年分の自我がみっちりあったせいで。
 ぼくの心の中で、インナーが幅を利かせる余地はなくなった模様です。
 インナーよりも、ぼくの記憶の方がこの世界では有意義ですし。
 量も、膨大だったみたいだね?

 仕方がないんで、乗っ取りはあきらめてくださいね?

 つか、面倒臭がりのインナーが、この世界で生き抜くのは。
 無理だと思います。普通に。

 よくわかりませんが。インナーは、怠惰で。欲望に忠実みたい。
 もしかしたら、魔族の魂に近い方のぼく、なのかもしれませんね?
 ツノなし魔力なしとはいえ。一応、母はサキュバスという下級悪魔。
 魔族の欠片かけらくらいはあるでしょう?

 サキュバスは、淫魔だ。

 持ち前の美貌で、人族を誘惑し。夢の中に潜り込んで性交渉をして。生気を奪う。
 でも、魔族間なら普通に性交渉をして、生気の交換を行いながら、魔力や精力を取り込んで糧にする。
 という種族である。

 でも、普通は。下級悪魔は、魔王様なんて強大な魔力を持つ人には、近寄れもしないはずなんだ。

 でも母は。なんでか、それができて。
 ディエンヌという妹まで産んでしまった。
 これは奇跡や快挙に近い、らしいよ?

 ディエンヌは、魔王の魔力を受け継いでいるから。王城でも、お姫様扱いだけど。
 ぼくは、下級悪魔と誰とも知れない父親との間の子供。
 家族間格差は推して知るべし。言わずもがな。である。

 瞬間記憶能力がチートだなんて、インナーは言うけど。
 魔力の大きさが、この世界での生きやすさに比例しているわけだよ。
 魔国では、あまり有効な能力とは言えないね? ちょっと物覚えが良い、というだけです。

 それに、一度見たものを忘れない能力は…。
 まぁ、忘れないけど。ぼくは、応用ができないんですよね。
 その知識でなにをしたらいいのか、わからない。
 教科書の何ページに、こういう記述がある。とは、言えるけど。
 それで? だ。

 ミケージャは、兄上の家庭教師兼護衛である。
 そのミケージャにテストを出してもらって。満点を取ることは、出来ますよ。
 けれど。本当に知っている、というのは。
 その知っていることを、活用できてこそだと思うのだ。

「贅沢ぅ。テストで満点取ったら、ぼくなんか、鼻高々だけどね?」
 インナーがぼくの口を使って、拗ねる。
 なんだ、これ?
「だから、テストで満点とっても魔力でぺしゃんこにされる世界なの、ここは」

 そう、ここは。魔族が住む国。アストリアーナ魔王国。通り名は、魔国だ。

 魔国では、単純に魔力が強大な者が優遇される。
 さらに、腕力も有効だが。
 つまり、力で弱者をおさえ込む、圧倒的恐怖政治である。

 そうは言っても、それは国の上層部の話。
 下々の者は、人族とそう変わらぬ暮らしをしているよ。

 コウモリみたいな形の翼で、空を飛ぶ人もいるが。
 普通に馬車に乗るし。町もあるし、商いもしているし。
 人が集まれば、それなりにルールもある。
 暴力でなんでも解決するようなことでは、魔族も生活が成り立たないのだ。

 ちょっと違うところがあるとすれば。
 朝、小鳥のさえずりで目を覚ます…ようなことはなく。メガラスのだみ声で起こされてしまうとか。
 馬車の馬に、ツノが生えているとか。
 あまつさえ、それが空を飛んじゃうとか。いわゆる、ユニコーンだね。

 空飛ぶメガラスが、たまにドラゴンに食べられちゃったり。
 でもそれは、大きな鳥が小さい鳥を捕食することは、まぁ、あるじゃん? それと同じだよね? たぶん。

 あと、森に住む魔物が、人族の国に行って悪さしたり。
 でもそれは、森のくまさんが集落に降りていくのと同じだよね? うん、あるある。

 あと、人族の国から、たまに勇者がやってきて。戦争になったり、ならなかったり。
 でも、大概は穏便にお帰り願っているらしいよ?
 こちらが悪かったら、ごめんなさいして。
 向こうが悪かったら、外交でけりをつける。

 有無を言わさず皆殺しなんかは、よっぽどでないとしないよ?

 魔族はちょっと、気性が荒々しくて、体が丈夫だから。人族に恐れられているけれど。
 怒り心頭で、荒れ狂ってでもいなければ、基本、話は通じます。
 話し合いで片をつけることは、人族の国同士の争いと、そんなに変わらないよね?

 なんなら、人族の方が。
 え? そんなひどいことしちゃうの? ってこと、平気でするからね。
 ズルとか、嘘とか、騙すとか、殺すとか、犯すとか…。うぅ、怖いです。

 魔族は、結構、契約とかちゃんと守るし。
 愛情深くて、特に伴侶をデロデロに愛しちゃう傾向があるよ?
 どちらかと言えば、人族よりピュアだよね。
 あ、これは個人的な意見ですけど。

「同じ大陸に、魔族と人族が暮らす国があるんだぁ?」
「獣人族の国や、妖精族の国もあるよ。ごちゃまぜの緩衝地帯もね?」
「じゃあ、ここは魔界ではなく異世界だね。魔界だったら、世界中が魔物や悪魔で占められているじゃん?」

 そういうものですかね?
 まぁ、実はぼく。物心ついたときからこの王城にいて、ここから外に出たことがないから。
 いろんな国や種族がいるっていうのは、全部本の知識なのです。
 だから、人族に会ったことないんだよね?
 ぼくの経験値、ぼくを司る世界は、まだ魔国しかない。

 だから実質、インナーの言う魔界みたいなものでもいいんじゃないかと。

 獣人や魔族、魔獣は見ているし。
 勇者の話は、よく話題にのぼるので。
 この世界に、いろいろの種族がいるのは、ほんのり察していますが。

 つか、異世界という概念は、さっぱりわかりません。

 短い首を傾げると、そこにノックが響いて、エリンが入ってきた。
「サリエル様、お目覚めでしたか? おはようございます。体の具合は悪くありませんか? お食事は出来そうですか?」

 白いお耳をピコピコさせて、エリンは丸い目をこちらに向ける。
 エリンは獣人。
 とはいえ、エリンのお顔はうら若き人間のお顔です。
 魔族がツノを生やしているとしたら、獣人はそこにケモミミが生えている、みたいな感じです。

 インナーが、ケモミミとスカートからちょっと出ている尻尾に、異常に興奮しています。変態ですか?

 ぼくはエリンに、すべての質問を肯定するうなずきを、うむ、と返します。
 さぁ、インナーとのトークタイムは終了して。お着替えをして、朝ご飯の場に行きましょう。

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