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プロローグ ②

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 今までの話を総合してみると。ぼくはどうやら妹に殺されかけ、頭を強く打って、二日ほど寝ていたらしい。ということだ。
 なんてデンジャラスぅなんだっ?
 ミケージャが助けてくれたんだって。ありがとうございます。

 それで今寝ているのは、ぼくの部屋のぼくのベッドの上。
 天蓋付きのベッドなんて、ゴージャスぅ。

 一番上の兄であるレオンハルト兄上が、心配してお見舞いに来てくれたのだけど。
 なかなか、自分の中にある違和感が拭い取れない。
 だって、デンジャラスぅもゴージャスぅも、今まで経験してきていることのはずなんだからね。
 そう思っちゃうところが、違和感なのです。

「本当に大丈夫なのか? サリュ」
 ぼんやりでオロオロの、ぼくの動向が挙動不審だったのか。
 兄上が心配そうなお顔で、ぼくの顔をのぞき込む。
 長めの前髪が、目の前にひと筋かかって。
 その隙間から見えるアメジストの瞳が、神秘的。

 だから、美少年の破壊力がパネェんです。

 そう、兄上のお顔も見慣れているはずなのに。
 なんか、改めて美しいことを認識して。て、照れちゃうのでありますっ。

「だ、大丈夫です。ぼくは頭を打ったのでしょう? ちょっと記憶が混乱していますが。兄上のこともちゃんと覚えていますし。大丈夫、です。休めば、治ります」
 あまり追及してこないでぇ、という気持ちで。
 そして、麗しい顔をあまり近づけないでぇ、という気持ちで。
 ぼくは兄上に言った…のだがぁ。

「なに? 記憶が混乱? それは大丈夫ではないだろう。どうしたら治るのだ?」
 言い方が悪かったのでしょうか?
 にわかに慌て始めた兄上を、医師がなだめてくれた。ナイス、医師。

「落ち着いてください、レオンハルト様。そう騒ぎ立てては、サリエル様が余計混乱なさいます。意識を失ったあとは、記憶が曖昧になることもございますが。早く治すには、静かな空間で安静と休養をしっかり取ることです」
 医師の横には『王城の医師、ソラヤ。ツノは細いが腕は優秀』と書いてある。

 確かに兄上と比べると、医師のツノはだいぶ細いけれど。
 いえいえ、ぼくから見たら、どんなツノでも立派です。
 今まで、ツノの生えた人をいっぱい見てきたはずなのに。なんだか、初めてツノの生えた人を見ている気分だから。新鮮なのだ。

「そうか。では、早くサリュを休ませないとな。続きの部屋にエリンも医師も残しておくから、なにかあったらすぐに呼び鈴を鳴らすのだぞ?」
 兄上はそう言うと。ぼくをもう一度ギュッと抱き締めてくれて。でもまだ、不安げに表情を歪めている。
 つか、続きの部屋があるのか? ここは寝室なのだな?

「わかりました、兄上。お忙しい中、お見舞いに来てくださり、ありがとうございました」
 ぼくの口からは、さらさらと敬語が出てくる。
 今までこの世界で暮らしていた中で、丁寧な言葉遣いを日常的にしていたということだ。

 そして、兄上がお忙しい立場なのも知っている。
 まだ十一歳だというのに、兄上は魔王の長男として、次代の魔王候補として、王城の仕事を引き受けていた。
 まぁ、ぶっちゃけ。父上である魔王は、あまり仕事をする人ではないのだ。
 どちらかといえば、すでに兄上が国の采配を担っていると言っても、過言ではない。

 そのような兄上なので。たかが義弟であるぼくの見舞いなどで、手をわずらわせてはならないのだ。
 そんな意識が胸の中にあった。

「なにを言うんだ? サリュ。私の大事な弟の意識が戻ったのだ。国なんか放り出しても、駆けつけるに決まっている。早く良くなれ」
 さりげない仕草で、ぼくの額にチュッとキスして。
 兄上はミケージャとともに部屋を出て行った。

 うわわわわぁぁ、恋人さんみたいに甘いですぅ。ぼくと兄上は、兄弟なのに。

 この世界の挨拶は、こんなに距離感近いやつなのかな?
 でも、なんとなく。
 この世界でも、そんな親しげな挨拶をしてくれるのは兄上だけだったような気がする。
 いや、確かに、そうだったのだ。
 あぁ、兄上は特別なんだ。
 特別で、一番ぼくを気にかけてくれる人。だったよね?
 そんなことを思い出した。うん。

 みんなが部屋を出て行って。ちょっとひと息ついた。
 つか、ここまで来て。
 やっぱりぼくは、ぼくがおかしいことに気がついてしまった。

 まず、口から出る言葉と頭の中で考える言葉遣いが、違うね。
 体の中に、なんか違うのがいるね。確定だね。

 サリエルであるぼくの意識は、ちゃんとあるのだ。
 今まで育ってきた状況や記憶は、ちゃんとあるし。
 丁寧な言葉遣いは、本来のサリエルのもの。

 他にもうひとり、ちょっと言葉遣いが悪くて、客観視していて。備考欄を見てもあまり動じない、ぼくがいる。
 もしかしたら、今までもぼくの中にいたのかも?
 たまに、パソコンとか電化製品とか車とか、この世界にはないものを、あたかも知っているように言葉で出てくるときがあった。
 それが、今回の死を意識するような出来事を経験したことで。ガッと、前に出てきちゃった? みたいな感じがする。
 でも、まぁ。支障はないかな? 記憶があるからね。

 そう思って。ぼくはベッドを降りて、クローゼットの方へ向かう。
 そこに姿見の鏡があるのだ。

 だって、ぼくの備考欄になんて書いてあるか、気になるじゃん?
 それで鏡を見てみたんだけど。

 ぼ、ぼくは。驚愕の余り、目を真ん丸にして固まってしまった。

 いや、目は丸くならない。驚いたという表現だ。
 だって。鏡の中には、白くて丸ぽちゃな…そう、丸々と太らせるだけ太らせた、精肉工場待ったなし、かのようなニワトリがいたからだ。
 いや、本当にニワトリなのではないけれど。
 寝間着が、白くてネグリジェみたいな、ズボンのないタイプだったから、という理由もあるけれど。

 とにかく体形が丸くて。
 頬に肉が、コレでもか、というくらいに乗っていて。
 そのおかげで、頬肉が下から持ち上げられて。目が埋もれて糸目状態。
 これでは、驚いても、目が丸くなりようがない。
 そして、ニワトリだと思った一番の原因は、蛍光レッドの髪がトサカのように頭の上にチョンと乗っているからだ。

 そこで、ぼくは。自分がはっきりと。
 サリエル・ドラベチカ、六歳、魔王の三男。でも義理の息子で、ツノなし魔力なし、ただただ太りまくりの、用なし落ちこぼれの幼児であることを。お、思い出したのだったぁぁぁっ。

 うわわわぁ、魔王の三男に転生したと言っても、だいぶ底辺スタートじゃね?
 魔王と血縁のない、義理の息子だし。
 それに、ぼくの命を狙う妹もいるんでしょ?
 もしかしたら、生き残るだけでも困難なムリゲーなんじゃね?

 って。心の中の誰かがつぶやいている。
 ムリゲーは、ホントに意味がわからないが。

 つか、ぼくはなんで、もっちりじゃないと思い込んでいたのでしょう?
 片鱗は、いろいろあったではないか。
 涙がちょちょぎれて、頬を伝わらなかったのは。目蓋と頬肉に埋もれて、目が細かったせい。
 このたっぷりとした頬肉が盛り上がって、涙の通るルートが散乱していたせいだ!
 それに、指っ。指が太かったじゃん。赤ちゃんの腕みたいにパンパンだったじゃーん?

 たぶん心の中の人が、元々細身だったのでしょうね?
 自分が太っているなんて、思ってもみなかったんでしょうね?
 ぼく自身、今日まで容姿をあまり気にしたことなかったし。

 それに、あの超絶美形の兄上が、ぼくの額に愛おしげにチュとかするから。
 なんか、兄と弟の美しい兄弟愛的なものを想像しちゃうじゃーん?

 わ、わ、わ、今思うと、ビジュアルがアレじゃね?
 引きで見たら、駄目なやつじゃね?
 麗しの兄君が、肉まんにチュとか、誰も喜ばないシチュエーションじゃね? かーーーっ。

 と、中の人とサリエル本人がアジャコジャ入れ替わりの混ぜこぜ状態で。もう、わけわかんね。

 ま、いずれ落ち着くでしょう。それよりも。
 備考欄ですよ、本題は。

 そこには『サリエル、悪役令嬢の兄(尻拭い)』と書いてある。

 は? それだけ?
 レオンハルト兄上は何行も書いてあったのに、ぼくは一行ですかい?
 エリンより、文字数少ないんですけど?
 つか、誰が書いたか知らないが、熱量が段違いじゃないですかぁ?
 チビデブのニワトリには興味ないってことですかい? かーーーっ。

 それに兄の、一番前に書いてあったシークレットの意味もわからないんですけど?
 いや、シークレット自体の意味はわかるけど。
 秘密って、なにが秘密? ってことだよ。

 まぁ、後半部分の『攻略対象になりうる激レアキャラエレガントスパダリ』は、エレガント以外全部意味不明だけどねっ。
 じゃなくて、ぼくの備考欄なんですけどぉ。

 悪役令嬢って、ぼくの妹はディエンヌしかいないのだから。ディエンヌが悪役令嬢で決定ってことだよね?
 それはいいとして。
 なんでぼくが、ディエンヌの尻拭いをしなければならないわけ?
 あの、極悪非道で、兄でさえ笑いながら殺そうとする悪魔のような妹(五歳)の、尻拭い?

 勘弁ですぅ。無理ですぅ。関わりたくないんですぅ。一抜け希望ですぅ。

 そうは言っても。ディエンヌとは異父兄弟だから、血縁がある。やはり、やらねばならないのでしょうね?
 はぁ。ため息がこぼれますぅ。

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