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プロローグ ①
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◆プロローグ
目が覚めると、見慣れた天井ではなくて焦る。
いや、やっぱり見慣れた天井だった。というか天蓋だったよ。
あれ? なんか、おかしいな。
ベッドで身を起こして…つか、ちっさ。手も体も、ちっさ。
手が、モミジみたいに小さくて。それで、なんかモチモチしてるぅ?
関節が埋もれるくらいにプヨ肉が指についてるよ。
これって、アレだよ。赤ちゃんの腕のシワみたい。関節じゃないところにシワができるやつぅ。
「サリエル様? 目が覚めましたか? どこか痛いところはございますか?」
あ、辺りを見回す前に、声をかけられてしまった。
ベッドの横で寝ずの番をしていたみたいな、侍女のエリン。
うん、知ってる。覚えている。
そのエリンが、眉根を寄せて。丸くてぱっちりしたオレンジ色の瞳をウルウルさせている。
十七歳くらいの女性で。いかにもメイドさんがしているような、白いフリルのついた帽子? カチューシャみたいなやつをつけて。その陰に隠れて…いや隠れないくらいに大きなお耳。
白い毛に覆われた、お耳?
耳と同じ白色の髪は、頬の辺りでぱっつんと切り揃えている、ボブカット。
つか、彼女の顔の横に、なんか四角くて、縁に唐草模様のデザインが書かれてある変なボードみたいなものが見える。
そこに『サリエルの専属侍女、エリン。狼獣人、白色は貴重。お肉大好き』と書かれている。
うん、知ってるってば。
てか、これって変なのだよね?
こんなの、今まで見たことなかったよ?
思わず、返事もしないでそのボードに手を伸ばす。
当たり前だが、触れない。そのうち消えた。
なんだったんだ? 書いてあったのは、なんか、注釈? 付記? みたいな? 備考? 備考欄かな?
「サリエル様? 大丈夫でございますか?」
エリンは不思議そうに首を傾げる。
あ、ぼくの動作、おかしかったよね? そうだ、そうだ。
「ごめん、虫がいたみたいだから。痛いところはない、です」
虫と聞いて。エリンは顔の横を手でハタハタ振ったり、白いお耳をピルピルさせたりした。
うぅ、ケモミミ可愛いなっ。
「良かったですぅ。二日も眠っていらして、心配いたしました。あ、レオンハルト様にご報告をしてきます。お医者様にも一応診てもらいましょう」
そう言って、エリンはパタパタと早足で部屋を出て行ってしまった。
あわわ。聞きたいことがあるような、ないような、なんだけど。
よくよく考えてみれば、ぼくがエリンに聞きたいことは、ぼくもよくわからないことだし。
人様に聞く前に、ぼくがもう一度、よくよく考えてみるべきだよな?
うん。質問はそのあとだ。
今、ぼくが寝ているのは天蓋付きのベッド。
小さなぼくが寝るには、大きすぎるくらい立派なベッド。
今までも、このベッドで寝ていたはずなのに。
なんとなく、贅沢ぅ、お金持ちん家のお坊ちゃまぁ、みたいなぁ。って感想が出てくる。
うん、やっぱり、なんかおかしいな。
まるで、昨日までのぼくが、ぼくでなくなったような。
ぼくの中に、もうひとりいるような。
ぼく。ぼくは、いったい誰でしょう?
それは覚えています。
ぼくは、サリエル・ドラベチカ。六歳。
父上は魔王、母上はサキュバス。
その間に生まれた…わけではなくて。
ぼくは母上の連れ子なので。魔王様とは、血縁関係はないのである。
でも、母上が魔王様との間に子をもうけたので。ぼくもついでに養ってくださるそうです。
魔王様、太っ腹ぁ。
ちなみに、ぼくの父上が本当は誰なのかは知りません。母上が教えてくれないので。
だけど、ぼくには魔族の象徴であるツノが生えてない。
魔力は、ほんのりある程度だし。
だから、もしかしたら人族とのハーフなんじゃね? って、使用人が噂をしているのを聞きました。
えぇ、ぼくもそう思います。
わぁぁぁ、どんどん思い出してきましたよぉ? その調子。
と思っていたら、廊下がバタバタと騒がしくなって。何人かが部屋に入ってきた。
黒髪の超超超美少年と、白衣を着た大人の人と、腕に包帯を巻いた痛々しい様相の大人の人だ。
美少年が、まずベッドに腰を乗り上げて、ぼくの顔をのぞき込んできた。
黒髪だと思ったけれど、よく見ると濃い藍色に、ちょっと紫色の影があり。
癖毛だけど、ボリューミーな波打つ髪が肩辺りまで伸びていて、すっごく神聖な感じがある。
耳の後ろから、大きな内巻きのツノが伸びている。
切れ長の目元。瞳は明るい紫色。アメジストの宝石のようで。どの角度から見てもキラキラです。
うわぁぁ、超絶美形の破壊力パネェ…。
ぱねぇ? こんな言葉、今まで使った覚えはないのですが?
うーん、まだ脳内でなにかとなにかがせめぎ合っているような感覚です。
「サリュ、大丈夫か? どこも痛くないか? 気分はどうだ?」
立て続けに聞かれて、アワアワする。
あ、サリュはサリエルの愛称です。知っています。
「だいじょぶ、いたくない、きぶんもよし」
なんか、片言になったが。アワアワしながらも質問には答えた。
するとイケメン少年が、ぼくに抱きついてきた。
またまた、アワアワしてしまうが。
ぼくが落ち着きがないのは、少年の備考欄があまりにも長くて、読むのが大変だったからでもあるのだ。
そこにはこう書かれていた。
『シークレット、レオンハルト。次代の魔王と目されている、悪役令嬢の兄(帝王)。威厳と気品に満ちた彼とは、ディエンヌとお友達になれたら攻略対象になりうる、激レアキャラ、エレガントスパダリ。兄弟仲が良いことをアピールすると好感度アップ。もうっ、最高に格好良いっ』
ぼくは、げきれあきゃらえれがんとすぱだり、の意味がわからなかった。
しかしながら、最後の方は最早誰かの感想では? と思わざるを得ない。
この備考欄は誰かの手で書かれた、感想のようなもの? なのかな?
そんなことを思いながら、この、ぼくを抱き締めている美少年のことをちゃんと思い出した。
彼はレオンハルト・ド・ドラベチカ。
魔王様と正妻の間に生まれた、由緒正しき長男、十一歳だ。
ぼくとは血縁がないのだが。
ぼくが魔王城に来た当初、サキュバスの母に育児放棄されてしまって。
兄上はお優しいから、気になってしまったんだろうね? ぼくの面倒をよく見てくださるようになったんだ。
父上は、ぼくを養うとは言ったが。魔王城に入れたあとは放置だった。
まぁ、確かに育てるとは一言も言っていないよ。他人の子だしね。
魔王様の子供として王城に置いてもらえるだけで、ありがたいことです。
つか、養育義務があるのは母上なんですけどぉ?
でも。母上は、ぼくを育てる気は全くないみたいで。
だから、ぼくは実質レオンハルト兄上に育てられたようなものなのだ。
兄上がいなかったら、ぼくはこの魔王城のどこか片隅でひっそり朽ち果てていたことだろう。
ぼくをみつけてくれてありがとうございます、兄上。
そんな、心優しき兄上は。内側に三重巻きになる、立派なツノをお持ちで。
十一歳ながら、魔力は父である魔王に並ぶと言われている。
容姿も色白なお顔に、高い鼻梁がスッと通って。
引き結んだ唇は、少し肉厚で、高潔であり色気も帯びている。
もうっ、最高に格好良いっ、て。誰が言ったのか知らないが。本当に格好良いのです。
そんなことを考えている間に。白衣の大人、たぶんお医者さんがぼくのことを診てくれて。
オッケーが出たら。
もうひとりの、包帯巻き巻きで痛々しい大人の人が。床に跪いた。
「サリエル様、この度は私の不手際でこのようなことになり、申し訳ございませんでした。どのような処分もお受けいたします」
備考欄に『レオンハルトの従者、ミケージャ。教師であり護衛。生ものが苦手』って書いてある。
濃茶の長い髪、上にS字に伸びる太めのツノ。
あぁ、そうです。ミケージャですね? しっかりはっきり、思い出しましたよ。
でも、なんで彼が謝っているのかはわからないなぁ。
小首を傾げると、兄上が説明してくれた。
「覚えていないのか? サリュとミケージャの乗った馬が、ディエンヌの魔法で吹き飛ばされたのだ。ミケージャが咄嗟に風魔法でサリュを庇ったのだが。間に合わなくて、おまえは頭を打ってしまった」
ディエンヌは、ぼくの妹だ。
すぐに思い出せる。
困ったことに、いろいろと困らされている厄介な妹だから。自分のことなんかよりも鮮明に脳に刻みつけられているよ。
むしろ彼女の存在を、ぼくは忘れてしまいたい…。
つか、魔法で吹き飛ばすって…それってミケージャが包帯グルグル巻きなのって、ぼくのせいなのではっ?
ぼくを庇ったことで、自分を庇えなかったんじゃない?
「え? ミケージャは大丈夫なのですか? 兄上、どうして治癒魔法で治して差し上げないのですか?」
「そのような。サリエル様のお許しもなく、自分ばかりが怪我を治すなどできません」
ぼくが兄上に訴えかけると、ミケージャはそう言って首を横に振る。
そんなっ?! エリンは、ぼくが二日も寝ていたと言ったよ?
怪我なんか、治癒魔法で簡単に治せる世界で。ミケージャは二日も痛い思いをしていたの? 可哀想だ。
それで、ぼくは。彼について、いろいろと思い出した。
ぼくはレオンハルト兄上に育ててもらったのだけど、レオンハルト兄上の従者であり家庭教師でもあるミケージャは、兄上が勉強中、ぼくにも勉強を教えてくれた先生でもあって。
だから、ぼくの身の回りの世話をしてくれるエリンと同じくらい。ぼくのことを見守ってくれる人で。大切な人だった。
そうだ。そうだよ。
そんな彼が、ずっと痛い思いをしていたということが悲しくてならなかった。
髪が包帯にかかって、濃茶と白の対比が目に痛いです。
ひどい。可哀想っ。感情のままに、涙がちょちょぎれる。
「もう、いいからぁ。兄上ぇ、早く治してあげてぇ」
ぼくは兄上にお願いするが。
あれ? なんだか。涙が頬を伝う、ではなくて。
ちょびちょび出て、目の周りが濡れる感じ。
なんだ、これ?
「ほら、サリュは先に怪我を治したからといって怒るような子じゃないと言っただろう? 私のサリュは、魔国という掃き溜めに舞い降りた鶴のように、清廉で穏やかで優しい子なのだ」
ぼくが、泣いて懇願したから。
兄上はミケージャの怪我をあっという間に治してくれた。さすがです。
「良かった。もう痛くないですね?」
ぼくがミケージャにたずねると。彼はそっと、控えめに微笑んだ。
「はい。サリエル様の寛大な御心に感謝いたします」
「ぼくの方こそ、だよ。助けてくれたのに、なにも怒ることなんかないよ?」
そう、マジで。
思い出したけど。あのとき、死んだって思ったもんね。
つむじ風のような魔法で。馬ごと、同乗していたミケージャごと、ぼくは宙に舞い上げられたのだ。
高いところから、下を見て。
ビルの三階くらいは、高いところから、落ちることになって。
あぁ、これは死ぬ、って思ったんだ。
ミケージャが庇ってくれなかったら、今ぼくはここにはいないでしょう。マジで。マジで。
ぼくが落ちるところを見て。兄上は慌てて駆け寄ってくれて。
すごい焦った、いつも冷静な兄上にしては珍しい形相だった。
御心配おかけしました。
それよりも、ぼくを魔法で巻き上げたディエンヌが、飛ばされたぼくを見て。
指差して笑っていたことの方が、怖いんですけど?
あ、悪魔がいるって、思いましたけど?
ま、魔族はみんな悪魔だけどねっ。
「いいえ、同乗していたにもかかわらず、サリエル様をしっかりお助けできなかった、私の落ち度でございます」
「いえいえ、悪いのは、完全にっ、ディエンヌですから」
全く、悪魔の妹を持ってしまった、ぼくの不運を嘆くしかないっていうか。
あいつ、とうとうぼくを殺しにかかってきたな? と、ぼくはのほほんと思うのだった。
ここは、魔族の住む国。殺伐もバイオレンスもなんでもあり? みたいだね?
目が覚めると、見慣れた天井ではなくて焦る。
いや、やっぱり見慣れた天井だった。というか天蓋だったよ。
あれ? なんか、おかしいな。
ベッドで身を起こして…つか、ちっさ。手も体も、ちっさ。
手が、モミジみたいに小さくて。それで、なんかモチモチしてるぅ?
関節が埋もれるくらいにプヨ肉が指についてるよ。
これって、アレだよ。赤ちゃんの腕のシワみたい。関節じゃないところにシワができるやつぅ。
「サリエル様? 目が覚めましたか? どこか痛いところはございますか?」
あ、辺りを見回す前に、声をかけられてしまった。
ベッドの横で寝ずの番をしていたみたいな、侍女のエリン。
うん、知ってる。覚えている。
そのエリンが、眉根を寄せて。丸くてぱっちりしたオレンジ色の瞳をウルウルさせている。
十七歳くらいの女性で。いかにもメイドさんがしているような、白いフリルのついた帽子? カチューシャみたいなやつをつけて。その陰に隠れて…いや隠れないくらいに大きなお耳。
白い毛に覆われた、お耳?
耳と同じ白色の髪は、頬の辺りでぱっつんと切り揃えている、ボブカット。
つか、彼女の顔の横に、なんか四角くて、縁に唐草模様のデザインが書かれてある変なボードみたいなものが見える。
そこに『サリエルの専属侍女、エリン。狼獣人、白色は貴重。お肉大好き』と書かれている。
うん、知ってるってば。
てか、これって変なのだよね?
こんなの、今まで見たことなかったよ?
思わず、返事もしないでそのボードに手を伸ばす。
当たり前だが、触れない。そのうち消えた。
なんだったんだ? 書いてあったのは、なんか、注釈? 付記? みたいな? 備考? 備考欄かな?
「サリエル様? 大丈夫でございますか?」
エリンは不思議そうに首を傾げる。
あ、ぼくの動作、おかしかったよね? そうだ、そうだ。
「ごめん、虫がいたみたいだから。痛いところはない、です」
虫と聞いて。エリンは顔の横を手でハタハタ振ったり、白いお耳をピルピルさせたりした。
うぅ、ケモミミ可愛いなっ。
「良かったですぅ。二日も眠っていらして、心配いたしました。あ、レオンハルト様にご報告をしてきます。お医者様にも一応診てもらいましょう」
そう言って、エリンはパタパタと早足で部屋を出て行ってしまった。
あわわ。聞きたいことがあるような、ないような、なんだけど。
よくよく考えてみれば、ぼくがエリンに聞きたいことは、ぼくもよくわからないことだし。
人様に聞く前に、ぼくがもう一度、よくよく考えてみるべきだよな?
うん。質問はそのあとだ。
今、ぼくが寝ているのは天蓋付きのベッド。
小さなぼくが寝るには、大きすぎるくらい立派なベッド。
今までも、このベッドで寝ていたはずなのに。
なんとなく、贅沢ぅ、お金持ちん家のお坊ちゃまぁ、みたいなぁ。って感想が出てくる。
うん、やっぱり、なんかおかしいな。
まるで、昨日までのぼくが、ぼくでなくなったような。
ぼくの中に、もうひとりいるような。
ぼく。ぼくは、いったい誰でしょう?
それは覚えています。
ぼくは、サリエル・ドラベチカ。六歳。
父上は魔王、母上はサキュバス。
その間に生まれた…わけではなくて。
ぼくは母上の連れ子なので。魔王様とは、血縁関係はないのである。
でも、母上が魔王様との間に子をもうけたので。ぼくもついでに養ってくださるそうです。
魔王様、太っ腹ぁ。
ちなみに、ぼくの父上が本当は誰なのかは知りません。母上が教えてくれないので。
だけど、ぼくには魔族の象徴であるツノが生えてない。
魔力は、ほんのりある程度だし。
だから、もしかしたら人族とのハーフなんじゃね? って、使用人が噂をしているのを聞きました。
えぇ、ぼくもそう思います。
わぁぁぁ、どんどん思い出してきましたよぉ? その調子。
と思っていたら、廊下がバタバタと騒がしくなって。何人かが部屋に入ってきた。
黒髪の超超超美少年と、白衣を着た大人の人と、腕に包帯を巻いた痛々しい様相の大人の人だ。
美少年が、まずベッドに腰を乗り上げて、ぼくの顔をのぞき込んできた。
黒髪だと思ったけれど、よく見ると濃い藍色に、ちょっと紫色の影があり。
癖毛だけど、ボリューミーな波打つ髪が肩辺りまで伸びていて、すっごく神聖な感じがある。
耳の後ろから、大きな内巻きのツノが伸びている。
切れ長の目元。瞳は明るい紫色。アメジストの宝石のようで。どの角度から見てもキラキラです。
うわぁぁ、超絶美形の破壊力パネェ…。
ぱねぇ? こんな言葉、今まで使った覚えはないのですが?
うーん、まだ脳内でなにかとなにかがせめぎ合っているような感覚です。
「サリュ、大丈夫か? どこも痛くないか? 気分はどうだ?」
立て続けに聞かれて、アワアワする。
あ、サリュはサリエルの愛称です。知っています。
「だいじょぶ、いたくない、きぶんもよし」
なんか、片言になったが。アワアワしながらも質問には答えた。
するとイケメン少年が、ぼくに抱きついてきた。
またまた、アワアワしてしまうが。
ぼくが落ち着きがないのは、少年の備考欄があまりにも長くて、読むのが大変だったからでもあるのだ。
そこにはこう書かれていた。
『シークレット、レオンハルト。次代の魔王と目されている、悪役令嬢の兄(帝王)。威厳と気品に満ちた彼とは、ディエンヌとお友達になれたら攻略対象になりうる、激レアキャラ、エレガントスパダリ。兄弟仲が良いことをアピールすると好感度アップ。もうっ、最高に格好良いっ』
ぼくは、げきれあきゃらえれがんとすぱだり、の意味がわからなかった。
しかしながら、最後の方は最早誰かの感想では? と思わざるを得ない。
この備考欄は誰かの手で書かれた、感想のようなもの? なのかな?
そんなことを思いながら、この、ぼくを抱き締めている美少年のことをちゃんと思い出した。
彼はレオンハルト・ド・ドラベチカ。
魔王様と正妻の間に生まれた、由緒正しき長男、十一歳だ。
ぼくとは血縁がないのだが。
ぼくが魔王城に来た当初、サキュバスの母に育児放棄されてしまって。
兄上はお優しいから、気になってしまったんだろうね? ぼくの面倒をよく見てくださるようになったんだ。
父上は、ぼくを養うとは言ったが。魔王城に入れたあとは放置だった。
まぁ、確かに育てるとは一言も言っていないよ。他人の子だしね。
魔王様の子供として王城に置いてもらえるだけで、ありがたいことです。
つか、養育義務があるのは母上なんですけどぉ?
でも。母上は、ぼくを育てる気は全くないみたいで。
だから、ぼくは実質レオンハルト兄上に育てられたようなものなのだ。
兄上がいなかったら、ぼくはこの魔王城のどこか片隅でひっそり朽ち果てていたことだろう。
ぼくをみつけてくれてありがとうございます、兄上。
そんな、心優しき兄上は。内側に三重巻きになる、立派なツノをお持ちで。
十一歳ながら、魔力は父である魔王に並ぶと言われている。
容姿も色白なお顔に、高い鼻梁がスッと通って。
引き結んだ唇は、少し肉厚で、高潔であり色気も帯びている。
もうっ、最高に格好良いっ、て。誰が言ったのか知らないが。本当に格好良いのです。
そんなことを考えている間に。白衣の大人、たぶんお医者さんがぼくのことを診てくれて。
オッケーが出たら。
もうひとりの、包帯巻き巻きで痛々しい大人の人が。床に跪いた。
「サリエル様、この度は私の不手際でこのようなことになり、申し訳ございませんでした。どのような処分もお受けいたします」
備考欄に『レオンハルトの従者、ミケージャ。教師であり護衛。生ものが苦手』って書いてある。
濃茶の長い髪、上にS字に伸びる太めのツノ。
あぁ、そうです。ミケージャですね? しっかりはっきり、思い出しましたよ。
でも、なんで彼が謝っているのかはわからないなぁ。
小首を傾げると、兄上が説明してくれた。
「覚えていないのか? サリュとミケージャの乗った馬が、ディエンヌの魔法で吹き飛ばされたのだ。ミケージャが咄嗟に風魔法でサリュを庇ったのだが。間に合わなくて、おまえは頭を打ってしまった」
ディエンヌは、ぼくの妹だ。
すぐに思い出せる。
困ったことに、いろいろと困らされている厄介な妹だから。自分のことなんかよりも鮮明に脳に刻みつけられているよ。
むしろ彼女の存在を、ぼくは忘れてしまいたい…。
つか、魔法で吹き飛ばすって…それってミケージャが包帯グルグル巻きなのって、ぼくのせいなのではっ?
ぼくを庇ったことで、自分を庇えなかったんじゃない?
「え? ミケージャは大丈夫なのですか? 兄上、どうして治癒魔法で治して差し上げないのですか?」
「そのような。サリエル様のお許しもなく、自分ばかりが怪我を治すなどできません」
ぼくが兄上に訴えかけると、ミケージャはそう言って首を横に振る。
そんなっ?! エリンは、ぼくが二日も寝ていたと言ったよ?
怪我なんか、治癒魔法で簡単に治せる世界で。ミケージャは二日も痛い思いをしていたの? 可哀想だ。
それで、ぼくは。彼について、いろいろと思い出した。
ぼくはレオンハルト兄上に育ててもらったのだけど、レオンハルト兄上の従者であり家庭教師でもあるミケージャは、兄上が勉強中、ぼくにも勉強を教えてくれた先生でもあって。
だから、ぼくの身の回りの世話をしてくれるエリンと同じくらい。ぼくのことを見守ってくれる人で。大切な人だった。
そうだ。そうだよ。
そんな彼が、ずっと痛い思いをしていたということが悲しくてならなかった。
髪が包帯にかかって、濃茶と白の対比が目に痛いです。
ひどい。可哀想っ。感情のままに、涙がちょちょぎれる。
「もう、いいからぁ。兄上ぇ、早く治してあげてぇ」
ぼくは兄上にお願いするが。
あれ? なんだか。涙が頬を伝う、ではなくて。
ちょびちょび出て、目の周りが濡れる感じ。
なんだ、これ?
「ほら、サリュは先に怪我を治したからといって怒るような子じゃないと言っただろう? 私のサリュは、魔国という掃き溜めに舞い降りた鶴のように、清廉で穏やかで優しい子なのだ」
ぼくが、泣いて懇願したから。
兄上はミケージャの怪我をあっという間に治してくれた。さすがです。
「良かった。もう痛くないですね?」
ぼくがミケージャにたずねると。彼はそっと、控えめに微笑んだ。
「はい。サリエル様の寛大な御心に感謝いたします」
「ぼくの方こそ、だよ。助けてくれたのに、なにも怒ることなんかないよ?」
そう、マジで。
思い出したけど。あのとき、死んだって思ったもんね。
つむじ風のような魔法で。馬ごと、同乗していたミケージャごと、ぼくは宙に舞い上げられたのだ。
高いところから、下を見て。
ビルの三階くらいは、高いところから、落ちることになって。
あぁ、これは死ぬ、って思ったんだ。
ミケージャが庇ってくれなかったら、今ぼくはここにはいないでしょう。マジで。マジで。
ぼくが落ちるところを見て。兄上は慌てて駆け寄ってくれて。
すごい焦った、いつも冷静な兄上にしては珍しい形相だった。
御心配おかけしました。
それよりも、ぼくを魔法で巻き上げたディエンヌが、飛ばされたぼくを見て。
指差して笑っていたことの方が、怖いんですけど?
あ、悪魔がいるって、思いましたけど?
ま、魔族はみんな悪魔だけどねっ。
「いいえ、同乗していたにもかかわらず、サリエル様をしっかりお助けできなかった、私の落ち度でございます」
「いえいえ、悪いのは、完全にっ、ディエンヌですから」
全く、悪魔の妹を持ってしまった、ぼくの不運を嘆くしかないっていうか。
あいつ、とうとうぼくを殺しにかかってきたな? と、ぼくはのほほんと思うのだった。
ここは、魔族の住む国。殺伐もバイオレンスもなんでもあり? みたいだね?
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