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番外 ジョシュア 奇跡なのだと知っている

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     ◆ジョシュア 奇跡なのだと知っている

 勇者御一行の旅はすべてのミッションを遂行し、なんか途中ナマズが出たりもしたが、無難に終わりを迎えた。
 アムランゼの町は魔獣の脅威が去り、お祭りムードで。
 勇者が王都に帰還する前日に、領主の屋敷で勇者御一行をねぎらう盛大なパーティーが開かれた。
 アムランゼ周辺の領からも貴族や領主が招かれて、勇者コエダの前にはダンスを申し込む列ができるが。
 まずは私が先だ。
 コエダに手を差し伸べると、彼はいつものホンニャリした笑みを浮かべて私の手を取った。
 今日のコエダは勇者スタイルではなく、紫色の夜会服を着ている。
 なんとなく、はじめて彼と会った頃のことを思い出した。
 紫の衣装が似合っていたコエダに花を贈りたくて、季節外れにスミレを探したっけ。懐かしい思い出だ。
 あの頃よりも衣装はきらびやかな刺繍が施されているが、ブローチがなくなってしまったので胸元がちょっと寂しい。
「コエダ、今日はこれを身につけてくれるか?」
 そう言って、私は彼のスカーフタイにブローチをつけた。
 私の瞳の色と同じ、海色のサファイアだ。
 コエダにはずっと私の色を身につけてほしいと思っていたから、感慨深い。
「ありがとうございます、ジョシュア」
 そして会場に音楽が流れ、私たちは息を合わせて足を踏み出し、ダンスした。
 コエダのダンスは軽やかで、本当に妖精と踊っているような気になる。
 少し長めのハニーブロンドの髪が楽しげに揺れて、唇は笑みの形だ。
 このように、彼と踊れる愉快なひとときが、幸せだ。

 そしてこの幸せは奇跡なのだと知っている。

 コエダの前身であるメイは、私に無下にされてどんどん明るい表情を失っていった。
 彼女の笑顔を消した男の素地を持つ私に、メイの記憶を持つコエダが好意を寄せてくれたことこそが、僥倖なのだ。奇跡的なことなのだ。
 今度こそ、私はコエダを大事にする。
 そしてコエダを幸せにする。
 それは私の義務であり、愛する者のそばにいられる私の幸せでもあるのだ。

「なんだか今日は静かですね? 疲れちゃいましたか?」
「いいや、両想いになった幸せを噛みしめているだけだ」
 彼の耳元で囁くと、コエダはわかりやすく頬を染めた。
「もう、恥ずかしいことを言わないでください」
 私の体に添えていた手を己の髪に持って行き、チョイと撫でる。
 その仕草がコエダの照れ隠しの癖なのだと、先日知った。

 対岸で野営の片づけをしていたとき。オズワルドとコエダが森に入っていって。
 まぁ、私もラウルたちも、コエダをオズワルドとふたりきりにするわけはないので、彼らについて行ったのだが。
 オズワルドは井戸を見て亡くなった兄のことを思い出し、苦しんでいたようだった。
 コエダはそれを、そばにいることで慰めて、癒して。
 だけどそのうち私の話になって、ギョッとする。

 だがコエダがあのようなことを考えていたとは思わなくて。
 十八で死ぬ運命を克服できたら婚約を受けるとは聞いていた。
 しかしオズワルドには、私のために婚約の話を先延ばしにしていると話していて。
 おそらく聖女用語であろう、まおうかは私にはわからない。だが良くないことなのは話の流れでわかった。
 私が悪い気に飲み込まれないよう、コエダは気遣っているのだろう。
 思うより彼に愛されていることを、そのとき私は知り。
 彼の照れ隠しの癖も知った。

 だけど、コエダ。
 もしも私より先にコエダが亡くなったら。私は確かにまおうかすると思うよ。

 コエダのいない人生なんて、楽しさも喜びも愛も、なにもかも失われてしまうに決まっている。
 もしかしたらメイを失った前世の私も、ニジェールたちを葬ったところで幸せにはならず、暗闇の中で朽ちていったのかもしれない。そこまで夢に見てはいないが、そんな気がする。

 だからそうならないよう、私はコエダを守るのだ。誰よりも慈しむのだ。
 
 私とのダンスを終えたコエダは、今度はミカエラとダンスを踊る。
 私はコエダ以外の者とダンスは踊らないが、コエダは乞われればいろいろな人とダンスを踊るのだ。
 人気者で、サービス精神旺盛な第一王子だからな。
 私は壁際に寄って、ミカエラと踊るコエダを見やる。
 子供の頃から私の目にはコエダしか映っていないのだ。

 コエダは勇者として、魔獣討伐の任務を終えたが。その後の調査で、あの井戸に関して明らかになったことがあった。
 十年前に湖で鳥の死骸が大量に出たことで、コエダはこの地を訪れ、はじめて聖女の浄化をした。
 湖は清らかになり、流行り病の要因になり得る鳥の死骸は燃やすよう指導したのだが。
 コエダと私たちがこの地に訪れる前に、湖で漁をしていた若者があの枯れ井戸に鳥の死骸を捨てていたらしい。
 それはダメだ。
 魔素はそこら中にあり、私たち魔法の使い手は己の魔力で空中に漂う魔素に作用し力を発揮する。しかし魔素は悪い気が滞る場所では変質し、今回のように魔獣を生み出したりしてしまうのだ。
 コエダが黒モヤと言う魔素だまりを作らないよう、人々は環境や己の心を清く保たなければならない。
 湖で悪い魔素を取り込んでいた魚を食べて死んだ鳥が、折り重なって放置されていたことで、そこに魔素だまりができて今回の魔獣騒ぎは起きたということだ。
 つまりアムランゼは魔素だまりが起きやすい土地、というわけではないという調査結果となり、今回の件はすべて解決した。

「コエダ様が他の令嬢と踊っても、ヤキモキしませんの?」
 コエダとのダンスを終えたミカエラがそばに来て、そう言った。
 彼女は、冒険中は騎士服に三つ編みと眼鏡という様相だったが。
 今は眼鏡を外し、緑の豊かな髪をおろして、緑色のフリルがいっぱいついたドレスを身につける公爵令嬢スタイルだった。着飾った彼女は高貴な空気感を放ち、おいそれと近寄りがたい雰囲気を醸している。
「…まぁ、いつものことだ」
 コエダには男性の誘いは断るように言ってある。だが女性の誘いをコエダは断れない。
 王都であれば、私の睨みを受けた令嬢はコエダに声をかけず。それほど誘いは多くないのだが。
 地方にいる深窓の貴族令嬢は私のことを知らぬ者もいて、勇者さまと御一曲踊りたいと列をなすのだ。
 旅の上でのことだから、仕方がない。

「あらぁ? 余裕があるようにお見受けしますけど。ブランカの騒動のあと、なにかありましたのね? 婚約候補の私にはお聞かせくださいな」
「…互いの気持ちを伝え合っただけだ」
 素っ気なく、そう告げるが。
 コエダとのキスを思い出すと、頬が勝手に熱くなる。

「あらまぁ、ですわよねぇぇ? 月夜の秘め事はくわしく話せませんわよねぇ?」
「羽虫になって見ていたのかっ」
 ミカエラの訳知り顔に、私は少し怖くなった。
「それでは、婚約候補の件はそろそろ解消になりますの?」
 私のつぶやきを無視したミカエラ。なんで答えないのだっ?
「いや、コエダも私も、コエダの十九歳の誕生日まではそのままでお願いしたいと思っている」
「十九歳まで正式な発表をいたしませんの?」
「あぁ、事情があってな」

 コエダの恐れは、心に根がはびこるごときものだ。私がどれだけ守ると言っても。騎士を何百人とそばにつけたとしても。彼はその日が来るまで、死という影を恐れ続けるのだろう。
 私は当然守りながらも、そばに寄り添うのみだ。
 それをコエダも望んでいる。

「まぁまぁ、大丈夫ですのぉ? 私がコエダ様の伴侶にワンチャンなってしまいますわよぉ?」
 ミカエラは聖女信仰が厚いからか、たまにナチュラルに聖女用語が飛び出す。
 ワンチャンは一機会という意味の、コエダもよく使う用語だ。
「こここ、とニワトリになっている間はないな」
 フッと鼻で笑ってやる。
「ジョシュア様だって、まだ謎の心臓発作を起こすではありませんか」
 ミカエラは表面上はにこやかな公爵令嬢の仮面を崩さず、私をバチバチと口で攻撃してくるが。
 しかし私はミカエラの弱点をよく知っている。
「よく考えろ、ミカエラ。コエダと結婚ということはな、タイジュがパパになるということだぞ」
「ひゃーーーーい、無理です。無理でした。私の完敗ですわぁ」
 タイジュ激重信者であるミカエラは、尊くて無理という理由でタイジュのそばに十分いられないのだ。いや、十分は盛った。正確には、対面四分四十二秒だ。

「なんだか楽しそうだね?」
 そこに、令嬢とのダンスをいったん終えたコエダが戻ってきた。
「ミカエラ、良かったらブランカをダンスに誘ってくれないか? 彼から誘うのは難しそうだから」
 言われて、ブランカを見やると。
 気になっているのかソワソワして、こちらを見ている。
 貴公子が板についていた雰囲気だったのに、今はその自信が激減しているように見えた。
 私は彼に何度か挑発されたが、あの無駄に自信満々な態度はナマズのせいだったのだろうか?

「わかりましたわ、コエダ様」
 ミカエラは一礼すると、ブランカの方へ歩いていった。
 するとコエダは私を肘で突くのだった。
「ぼくというものがありながら、ミカエラと談笑するとはぁぁ」
「コエダは他の令嬢とダンスをしていたではないか」
「それはジョシュアがしないから」
「コエダが男性の誘いを断るように、私は女性の誘いを断っているのだ。コエダがヤキモキしないようにな?」
「ヤキモキなんか、してないしぃぃ」
 なんて、私とミカエラとの談笑にヤキモキしていたくせにそう言うコエダが可愛いっ。
「気のない女性とは踊れない。私はコエダ一筋だからな」
 本心を打ち明ければ、コエダは手で髪をペソっと撫でるのだった。
「じゃあ。ぼくともう一度踊る?」
 そう言って彼が手を差し出すから。

 私は彼の手を取る。
 また幸せのダンスを踊ろう。

 
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