【完結】異世界転移パパは不眠症王子の抱き枕と化す~愛する息子のために底辺脱出を望みます!~

北川晶

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2-33 あれはなかったことに…

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     ◆あれはなかったことに…

 ぼくはいつの間にかテントの中でぬくぬくと寝ていました。
 チュンチュンという小鳥のさえずりで、朝が来たのを知り。
 もそもそと破れたシャツなどを着替えまして、勇者の衣装をビシリと着込み。
 外へ出ると、ぼく以外のみんなはすでに焚火を囲んで朝食を食べているのだった。
「へぇあ? みんな、早いですね。ぼくが朝食を作ろうと思っていたのに」
「問題は早く片付けてしまいたいだろう? あのナマズの言っていたことが本当なのか、確かめたいじゃないか」
 ルリアがそう言って。チーズの乗ったパンを食べた。
 つか、緑に囲まれた湖は、青い湖面の上に白くかすむ朝靄あさもやが漂っていて、まるでユニコーンが遊びに来そうなほどの幻想的な美しい風景なのに。
 誰も見ていやしないよ。ルリア、景色よりメシなんだね。

「なんでパンがあるのです?」
「アゼルが対岸まで走って、食材を取りに行ってくれたんだ」
 そう言って、ジョシュアがぼくにもパンを渡す。
 とろりとしたチーズの乗っかった、ロールパン。
 それに玉ねぎとジャガイモとベーコンを炒めた、ジャーマンポテトもあるよぉ?
「これ、ジョシュアが作ったの?」
「あぁ。ひと口大に切ったジャガイモを五分茹でてな。ベーコンと玉ねぎを炒めたところに投入して塩コショウ。隠し味にマヨ、といきたいところだが。今日はないのでバターで代用。しっとりからめたら完成だ。…パパの料理を見ていれば、段取りは大体わかるからな」
「あちっ…はふはふ…っんまい。バターとジャガは鉄板なのぉ」
「こら、盗み食いするな王子」
 お皿にジョシュアがよそうのを待ちきれなくて。鍋からジャガを摘まんだら、熱かった。
「んん、パパの味だ。美味しいよ。ジョシュア、お嫁にしてやろう」
「はは、光栄です」
 ドヤ顔のぼくの言葉に、彼は苦笑いだけど。
 オズワルドと聡いミカエラは気づいたみたい。
 まぁ、そういうことです。

 ふと、ブランカに目をやると。
 彼は気まずそうに視線をそらした。
 まぁね。自分がしたようなしなかったようなことだからね。
 彼もまだ、気持ちの整理がついていないのだろうね? そっとしておきましょう。

 そしてササッと朝食を食べて。
 どうなるかわからないので、テントなどは置いたまま、火の始末だけして。
 ブランカの案内で枯れ井戸の方へ向かっていく。
 湖から森の中へと入っていき、北西にしばらく歩いていくと。
 んん、近くなってきましたよぉ? 黒モヤの、もやった気配です。

 森の中ほどに、ちょっと開けたところがあって。雑草がワサッと生えてはいるんだけど、高い木はなくてね。
 その真ん中に石で組まれた井戸があって。
 ナマズは枯れ井戸と言っていたけど。
 なにやらあふれ出しているように見えるよ。それは黒い液体で。
 液体の魔素? みたいな? ひえぇ、キモっ。
 それを舐めている魔獣が何匹か井戸の周りにいたんだ。

 魔獣がぼくらに気づいて、ぐぅわぁぁらぁぁ、と叫んでこちらに向かってくる。
 ひえぇぇぇって、言ってる場合じゃないよ?
 ぼくは勇者的に、ずっと良いところナシなんだからねっ。
「ホーリーブライトォォォ」
 手を天にかざしたぼくは、クリーンの大きいバージョンを放った。
 辺り一帯は一瞬明るくなって。
 森の鳥たちがギャァァスと鳴いて一斉に飛び立った。

 魔獣はグンとスピードを落として。
 そこをジョシュアとノアが斬りつける。瞬、殺っ。
 前世では、メイとジョシュア王子と、あと騎士がいっぱいで、一生懸命魔獣退治をして、魔獣の量が多かったから怪我人も出たりして大変だったんだけど。
 ぼくらのチームは最強だね。さすが、勇者パーティー御一行だ。

 それから魔獣の気配がなくなったので、枯れ井戸に近づいた。
「うわぁ、コエダのように黒いモヤは見えないが、ただならぬ異様な気配は俺にもわかるぞ」
 オズワルドがつぶやく。みんなには黒くて臭い液体みたいなものは見えないんだ。
 でも、ぼくには見える。
「うえぇぇ、キモいぃ、触りたくなぁい。しかしぼくは優秀な勇者である。触らないで、浄化ッ」
 指を差すと、途端に井戸が輝いて。
 あふれていた黒い液体は消失し。そこに古びた枯れ井戸が残るばかりなのだった。
 あたりの空気もすっきりして、ドロドロのホラー感消失でホッとしました。

 遠目に見えるところに、建物があるのだけど。
「あそこにあるのが、ブランカのお祖母さんがいた保養地ですか?」
 指を差して聞くと、ぼくの質問にブランカはうなずいた。
「はい。祖母が亡くなったあと、うちは売却したそうなのですが。そのあとのことはわからなくて」
「誰も住んでなさそうだ。空き家で放置されているのかな? エルゼに確認してもらって。手入れなどをするよう勧めよう」
 オズワルドの意見にぼくもうなずく。
「そうですね。元々井戸は気が滞りやすい形状なので清潔第一なのです。この井戸から水は出ていないようですが、湿った状態で放置しておくと弱った獣が入り込んでお亡くなりになったり、そういう不衛生がたまることで魔素が変質しやすくなります。井戸は廃棄、建物は処分か手入れをする方が良いと思います」

「この土地は二度目の浄化だが。魔素がたまりやすい土地なのだろうか?」
 ジョシュアの言葉には。ぼくは首をかしげます。
「うーん、なんとも言えないけど。土地が悪いわけではなく、やはり不衛生や、心の乱れ、悪意などが魔素を変質させる要因になるので、心や環境をクリーンに保つことが一番の予防策となるのだと思いますよ? まぁ、よくわからないところから噴出したりするから、絶対とは言えないけど…」
 ぼくのあとにルリアが言った。
「しかしあのナマズ、嘘を言っていなかったみたいだね。嘘をついていたら湖を炎の魔法で干上がらせてやろうと思っていたのに」
「やめてください、一応アムランゼの民の生活源なのですから」
 過激なルリアにぼくは苦笑です。
「だが大本が浄化できたから、あとは魔獣と化した獣を駆除すればミッション達成だな?」
 オズワルドが確認し、ぼくはそれに、うむとうなずく。
「取り込む魔素がなくなれば自然に魔獣も弱りますけど。拠点に帰りがてら魔獣を駆除していけば。まぁほぼほぼ、勇者パーティーミッションコンプリートでいいでしょうっ」
 ぼくがが宣言すると、みなさんは拍手してくださいました。テレテレ。

     ★★★★★

 拠点にしていた対岸のテントまでの帰り道。
 ぼくは後方でブランカと話しました。
「ブランカ、ナマズがいなくなってからの調子はどうですか? どこか具合が悪いところはありますか?」
 白髪で穏やかに微笑むブランカは、見た目はなにも変わっていないが。
 なんとなく挑発的だった言動や態度は見られなくなった。
 やんわりした、おとなしめの好青年になったね。いや、それが彼の本質なんだろうな。その方がより、青バラの貴公子っぽいよ。

「ずっと。子供のときから、なにかがいたような気がしていたのです。でもそれがなくなって、ちょっと寂しいって感じてしまいますね。祖母が亡くなった頃とかぶっていたから。なんとなく祖母がそばにいて元気づけてくれるような。勝手にそんなふうに思ったりしていたのです」
 だったら、もうひとりの自分がいなくなったような気になっているんじゃないかと。ぼくはちょっと、同情しちゃったのですが。

「それよりも痛いのは。魔力が四十パーセントほど減った体感があります。治癒魔法は使えますけど。体の動きも、あのナマズのせいで能力倍化していたようで。たぶんもう、ジョシュア様には勝てないでしょうね」
 ナマズがいなくなったことよりも、能力が減ったことを嘆いているので。
 大丈夫そうだなと思ったのだった。

「ミカエラも、ぼくがコエダ様に危害を加えたりしちゃって。幻滅しただろう?」
 ブランカはそばを歩くミカエラにたずねた。
 そういえばナマズがいなくなってから、ブランカの一人称がぼくになっている。

「幻滅ほどではないですが、親戚として、コエダ様に申し訳ない気持ちはありますわ。でも、ナマズが元凶なところを昨日見ましたしね。不可抗力だったのだと思います。ブランカの話を無視するわけではないけれど、私は神のお声を第一にしたいのですわ。そして女神の眷属である聖女…いえ、勇者であるコエダ様が、良いとおっしゃるのですから。私がいつまでも申し訳ないと思うのも違いますでしょ?」
 ブランカはミカエラをすがるようにみつめている。

 あれあれぇ?

「コエダ様への粗相は、反省して、二度と起こさず。この後は誠心誠意、忠義を示すことですわ」
「あぁ、ミカエラの言うとおりにするよ。ミカエラはさすがだなぁ」
 ブランカは目をキラキラさせてミカエラをみつめている。

 あれあれあれぇ?

「それよりも私、今回の旅では本当に役立たずで申し訳なかったと思っておりますの。出番がないのは良いことですけど、コエダ様のお力になれずに不甲斐ないですわ」
「そんなことないよ。ブランカのことをフォローしてくれたし、いざというときに魔法で防御してくれるミカエラがいたから、ぼくらも安心して攻撃に集中できたんだからね」
「そうですの? 少しでもお役に立てていたのでしたら、ミカエラは嬉しいですわぁ」
 そう言って、ミカエラは前を向いた。

 その隙に、ぼくはブランカの裾を引っ張って、ミカエラに声が届かない後方まで下がった。
「ブランカ、正直に言いたまえ。君はミカエラが好きなのか?」
「はい。そうなのです」
「そうなのです、じゃないよっ。伴侶候補に選べとか、ぼくを口説いたり押し倒したりしたくせに、どっゆこと?」
 勇者パーティーや、ぼくやジョシュアの心を散々乱したブランカに、ぼくは詰め寄った。
 しかしブランカはしれっと言うのだ。

「実は、ぼくはずっとミカエラ嬢をお慕いしておりました。でもミカエラはジョシュア王子の婚約者候補になったので、ぼくの気持ちは言えずにずっと胸に秘めていたのです。でもミカエラの屋敷でコエダ様と出会って。あのブローチを見た瞬間。ぼくの気持ちが、コエダ様と婚約したいという想いに変化したのです。今思うとあれは、ナマズが宝石欲しさにぼくの気持ちを塗り替えてしまったのでしょう」
 なんと。
 なにやら、ぼくの胸は複雑にかき乱されました。
「ナマズのせいで、誤解を招く行動をしてしまい。本当に申し訳ないです。でも、大変心苦しいことを言いますがぁ、伴侶候補や口説いた件などもろもろ。あれはなかったことに…」

 ぼくは。複雑にかき乱された、その心の意味がわかりました。
「…あはは、いいですよ。大丈夫。なかったことにしましょう。えぇ、全部ね。あはは」
 なんでか、振られた態になっているからなのですね?
 別にぼくは、ブランカのことを好きだったわけじゃないけどね?
 好きって告白したわけでもないけどね。
 なんでか、振られた態だよねぇぇ?

 どっゆこと?

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