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番外 ジョシュア 私だけの役目

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     ◆ジョシュア 私だけの役目

 負けた。はぁああ、負けた。
 なにがって、剣闘士大会だ。しかも、ノアにではなく。
 全くノーマークの、騎士でもないやつに負けたのだっ。
 いや、正確には。魔法魔導騎士団所属ではあるが。
 この機関は、特に剣技に秀でていなくても入団できる、騎士団とは名ばかりの集団だ。
 魔法に特化しているから。攻撃力がまるでないわけではないが。
 しかし、剣技に秀でていなくても入れる騎士団なのだ。

 騎士団の中で剣技がほぼ頂点のノアに、毎日鍛えられている私が。
 ノア以外に負けるなんて。
 はぁぁあ、ノアにも顔向けできぬ。
 剣闘士大会を終え、ノアは今日の私の護衛の任務は免除されている。
 だから、まだ彼と顔を合わせてはいないが。

 明日の訓練は、壮絶で凄惨なものになるだろうな。

 それは構わぬ。コエダを守るのにまだまだ精進が必要だとわかったのだ。
 足腰立たぬほどに、鍛えてもらいたいくらいではある。

 しかし、あのブランカという男。
 試合の前に話しかけてきて。
「この試合であなたに勝ったら、コエダ様とお話することを許していただきますね」
 いただけませんか? ではない。
 いただきますね、だ。断定だ。
 はぁぁ? 無論、そんなのは許さぬ。

 六年前、こえだのよげんしょを見たとき。
 私は、コエダの幼い恋心が真の大人の恋愛に育つまで、待てると。
 そう約束したけれど。
 ただ待っていることは、愚かなことだ。

 コエダはとても美しい男に成長し。
 くるんとした癖毛は、柔らかく波打つ上品な髪型になり。
 ひよこのような薄黄色は、目に穏やかなハニーブロンドになった。
 まぁるい瞳に大きく開いていた目元は、パパと同じくちょっと色気を醸すアーモンドアイに。
 ちょこんとしていた鼻は、スッと通った鼻筋に。
 イタズラっ子のようなツンととがる唇は…まぁ、イタズラっ子のように今もニヘリと微笑みの形をしているが。
 しょん垂れ眉毛も、相変わらずだが。
 それが案外優しい貴公子の雰囲気に引き立てていたりして。
 とにかく、麗しの、白馬に乗ったキラキラ王子様になったのだ。
 いまだ、ハルマキに乗っているが。

 美麗な第一王子で、聖女で、王位継承者である、そんな彼を野放しにしたら。
 恋のお相手候補が腐るほど出現するわっ。
 たとえ中身が毛虫を片手に追いかけるようなお子様であろうと。
 たとえ残念なのほほん王子であろうと。
 たとえ王族以外と結婚したら継承権を返上しなければならなくとも。
 コエダの魅力は爆上がりで、みんなの垂涎すいぜんまとなのに変わりはないのだ。

 待つと言ったとはいえ、私のコエダへの気持ちは変わることはなく。
 ずっと私の隣にいてほしいし。
 ギュッと抱き締めたいし。
 無邪気な笑顔を私の手で守りたいし。

 だから、なにもせずにただ見守っているなんて、私の心が疲弊するのだ。
 彼を手に入れたいと思う輩を放置してはおけぬ。
 ゆえに、コエダにたかろうとする虫は影ながら排除してきた。
 許しているのは、無害な羽虫ミカエラだけだ。
 いや、ミカエラを羽虫と思っているわけではないぞ。彼女が自らそう言っているのだ。うむ。

 とにかく、兄上やパパもコエダの恋を邪魔してはいけないとは言っていないのだからっ。
 ブランカをコエダに近づけさせたくないのだっっ。

 大抵の者は、私がひと睨みすれば、そそくさと撤退していく。
 実際、私が睨みを利かす中でコエダに声をかけるような強者つわものはいなかった。
 コエダはなにやら、自分はモテないなぁなどと思っているようだが。
 つまり。そういうことなのである。

 しかしこのブランカという男は。
 一筋縄ではいかなそうだ。

 オズワルド兄上の話によると。
 彼は、私たちが学園に入る前に優秀な成績で卒業したらしい。
 その華々しい経歴は、今も学園で語られているのだという。
 ブランカは治癒魔法を得意としていたようだが。水魔法の分野で新しい魔道具を開発したのだ。
 魔素の結晶を組み込むと新鮮な水が湧き出てくるという。
 魔獣を退治すると出てくる魔素の結晶である魔石は、レアな物質なのだが。
 町にひとつその魔道具があれば、干ばつを恐れることがなくなるので、良い研究である。むぅ。
 座学も入学時から一位を明け渡したことがなかったようだし。むぅ。
 剣術も私を倒せる腕前だから、確か。むぅ。
 そして銀髪のごとくきらめく白い髪は、前髪がさらりと揺れる清潔な短髪に整え。穏やかな風貌で、笑顔は爽やか。むぅむぅ。

 優秀な人材であることは。認めざるを得ないがぁぁ。
 そんなブランカが、コエダに近づこうとしている。
 私は、気が気じゃないぞ、コエダっ。

 しかし、試合に負けたので。
 やつがコエダに話しかけるのを、私は黙って見ていなければならないのだろうか?
 いいや。うなずいていないのだから、無効だ。
 兄上も、パパに対しては狭量で。
 パパをいやらしい目で見る貴族どもはことごとく排除してきた。
 私もこの件に関しては狭量でいいはず。
 スパダリは、コエダが言うには、大きな器でどっしり構えるものらしいが。
 愛する者を独占して離さないのもスパダリである、って以前コエダが言ってた。
 コエダの中のスパダリ像はよくわからんが。

 コエダを独占したい気持ちは私は誰にも負けないっ。

 つまりブランカは排除対象であるということだ。むぅ。
「ジョシュア、なに口をへの字にしてむぅむぅ言っているのですか? お顔が父上のようにいかめしくて怖いですよ」
 闘技場から王宮へと戻る馬車の中で、コエダが私にそう言った。
 対面には、ノアの代わりに、コエダの護衛騎士がふたりいる。
 濃茶の髪で、無表情の同じ顔がふたつ。
 コエダの専属護衛騎士、はじめて見た。
 本当にいたのだな?
 そして双子なのだな。

「あ、ジョシュアは初対面ですか? ぼくの護衛のラウルとアゼルだよ。戦災孤児の人材支援プロジェクトで騎士見習いに合格したんだ。オズワルドが鍛えているから腕前は折り紙つきだよ」
 コエダの紹介に、彼らはぺこりと頭を下げる。
 護衛騎士が寡黙なのはデフォルトなのか?

「ぼくはおしゃべりだからねぇ、ノアみたいにくっつかれると、どうしても話しかけたくなっちゃって、お仕事の邪魔をしちゃうから。少し離れてついてもらっているんだ。でもちゃんといるから、ジョシュアも気にしないでぇ」
「そうか。ちゃんと護衛がいるのなら、いいんだ。私がいるときは、コエダは私が守るから。安心していろ」
「へへぇ、ありがと、ジョシュア」
 コエダはホンニャリした顔で笑う。
 ニッコリした営業スマイルも可愛いと思うが。
 心のままに出る、このホンニャリも。弱いのだ。
 この前、ミカエラがこの笑顔を見たとき。彼女の口から心臓が飛び出た。
 ミカエラよ、もう少し心臓を鍛えろ。

「ジョシュア、これ、あげます」
 そうしてコエダはハンカチを私に手渡した。
 汗を拭けということか?
「王位継承者だというのに、なんでか、まだ王妃教育も受けているのですよ。その副産物です」
 ということは、このハンカチは。

 コエダのお手製刺繍付きのハンカチということかぁぁ?

 よく見ると。白いハンカチに白いお馬の顔が刺繍されている。
 なぜに白地に白いモチーフを合わせるのだ? コエダ。
 そしてこの白い馬は、白馬に乗れという強制なのか?? コエダっ。
 まだ私を白馬に乗った王子様にさせるのをあきらめていないのか? コエダっっ。

 だが、しかし。
「これはっ、婚約者に与えられるという名誉の刺繍入りハンカチか? とうとう私と婚約してくれる気になったということか? コエダっ」
 学園では、御令嬢が婚約者に刺繍入りハンカチを贈るというイベントが流行っていた。
 学園で刺繍を習い始めた御令嬢が、みんな一斉に、お相手にプレゼントを贈るという。
 そういう習慣が、毎年学園では年度前半に湧き起こるらしかった。
 ゆえに、刺繍入りハンカチをプレゼントするのは、あなたに好意がありますよという、御令嬢のささやかなアピール行為なのである。

 しかしコエダは、クワッと犬歯をむき出して。
 怒ったのか、照れているのかわからない、微妙な感じで頬を染めて言った。
「そんないわれは知りませんし。婚約の件もまだですからっ。これは、三位でもすごいで賞のご褒美ですからぁ。せっかく縫ったので、あげるだけです」
 薄焼き卵色の髪をちょいちょい撫でつけながら、コエダは言う。
 あぁ、そうか。
 勝ったらご褒美をくれと言っておいたのだ。それか。

 しかし。ご褒美のチュウではなくても。
 コエダが私のためにご褒美を一生懸命考えてくれて。
 私のために時間をかけて刺繍してくれたのだから。
 ありがたいことだ。ふふふ。

「ありがとう、コエダ。とても嬉しいよ」
 この頃は意識しなくても、コエダにはパパ直伝のやんわり笑顔を向けられるようになった。
 そうして、コエダに笑いかけると。
 ちょっと、唇を突き出して。
 フイと馬車の窓の外に顔を向けてしまった。

 なに、そのリアクション。可愛いが過ぎる。

 心拍が馬の早駆けのごとくダカダカと…。
 私も、ミカエラのことは言えない。心臓を鍛えよう。
「優勝はできなくて。今回の大会はとても悔しい思いをしたが。コエダにハンカチをもらったから元気が出たよ。綺麗なお馬だな?」
 言うと、コエダはパッとした笑顔で、こちらを向いた。
 ぐぅっはぁぁああ、不意打ちは卑怯だぞ、コエダぁぁ。

「反対側にはナマズをあしらっているのです」
「ナマズ?」
 そうしてハンカチを開いてみると。
 白馬の対面のすみに、青緑のナマズのワンポイント。
 無駄に完成度が高く、リアルで、ぬめったつや感も出ている。
 どっゆこと?

「ぼくといったら、ナマズのブローチでしょう? ジョシュアもナマズを見たらぼくを思い出します」
「そのブローチがナマズなことは、一部の者しか知らないのだが?」
 ほぼ、お馬と同じ大きさのナマズを、私はいぶかしく見やる。

「しかしまぁ、コエダはそんなに、いつも私にコエダを思い出してもらいたいのだなぁ? このハンカチは肌身離さず持つことにして、毎日コエダを思い出すことにしよう」
 私がハンカチをたたんで胸のポケットにしまうと。
 コエダはそれを取ろうとして、私の胸に手を伸ばしてきた。
「あぁあ、やっぱりいいです。ハンカチは回収します」
「ダメェ。もう私のモノなのだ。コエダにもこのハンカチは渡せないな」
 しばらくふたりでワチャワチャと、ハンカチ奪取の攻防を繰り広げていると。
「コエダ様、そろそろお屋敷に到着します」
 と、ラウル…アゼル? が言った。
 つか、しゃべった。

「はわわ。えっとね、ジョシュア。屋敷についたら父上がジョシュアにお話があるって。一緒に書斎に行きましょう」
 コエダは、それを伝えるよう兄上に言われていたようだ。
 なんだろう?
 試合に負けたから、婚約者候補破棄とか?
 いやいや、私の従者のノアが優勝したのだから大丈夫なはず。
 私たちはチームだからなっ。うむ。

 しかしだとすると、兄上の…国王の話というのは一体なんだろう。
 少し、ドキドキして。
 馬車から降りた。

 ちなみに。
 コエダを馬車から降ろすときにエスコートするのは、学園に通い始めてから私が一任されている。
「あぁあ、またドヤ顔しているぅ。ジョシュアはどうしてエスコートのときドヤ顔になっちゃうんですかねぇ?」
 差し出した私の手を握り、コエダはそう言うが。

 私だけの役目だ。優越感に浸ってしまうのは仕方のないことなのだ。

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