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2-21 波乱の剣闘士大会
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◆波乱の剣闘士大会
今日は剣闘士大会です。
主催のオズワルド、大会に出場するジョシュア、ノア、ルリアは、別行動で。
ぼくはパパと父上、エルアンリ一家たちと、王族専用の観覧席に向かいます。
そこには、父上を守護するレギとアンドリューさんもいますよ。
国王に即位して九年目になる父上は、御年三十三歳。
あちらの世界では、まだまだ若い部類だった三十代も。
こちらの世界の王ともなると、貫禄と威厳がビシバシです。
元々険しいお顔立ちだったゆえ、王位に就いた当初から、ひと睨みで誰も文句を言えない。みたいな?
そんな中で、王妃であるパパが。彼に意見できる数少ないひとりであったわけで。
パパも貴族連中に一目置かれたのだったぁ。
なにはともあれ、パパがみなさんと仲良くしてもらえたことは。ぼくはとても嬉しいのです。
そんなパパですが。御年三十八歳になりまして。
本人はアラフォーだアラフォーだなどと申しておりますけど。
十年前と外見はほぼ変わらず。
相変わらず、やんわり笑顔の素敵な美パパなのです。
父上に『異世界人は年を取らないのか??』などと驚愕のお言葉を賜っておりますが。
そんなことないですよ。
ぼくがちゃあんと成長していますからねぇ。
パパより背が高くなって、声変わりもしましたしぃ。
俺の小枝がたくましい枝に立派に成長したなぁ、なんて。パパにも言ってもらえているのです。
パパに保護された当初、すぐにもぽっきり折れてしまいそうな頼りない小枝だったぼくが。
パパより大きな枝となれたことを。ぼくも誇りに思います。
まぁ、パパが言うところの。
「小枝は、異世界人に見下ろされないよう、大きく大きく育つのだよ?」
との仰せは。果たせませんでしたが。
むぅ。だってジョシュアもノアもでっかいのだもの。
やはり。あちらの遺伝子はこちらの背ぇデカ遺伝子に対抗できないのでしょうね。
パパのせいではありませんよ。
こればかりは遺伝子のなせる業です。むぅ。
そして目の前では。背ぇデカ遺伝子たちの熱き戦いが繰り広げられております。
今回優勝候補と目されているジョシュアもノアも、順当に勝ち上がっております。ヨシヨシ。
剣闘士大会はトーナメントの勝ち上がり戦です。
ジョシュアは七人ほどを倒して、とうとう準決勝までやってきました。
「お相手はぁ…」
トーナメント表の名前を見たら、なにか、見覚えがあります。
「ブランカ・フリオーネ。今大会のダークホースだ」
彼のことを思い出していると。
仕事を終えて、あとは観戦するだけのオズワルドが、ぼくの隣に座って言った。
そのオズワルドの隣にはルリアが腰かける。
えぇ、ぼくの右側はエルアンリ様の子女に奪われているのでね。
長い試合に飽きちゃって寝ちゃった子供たちを、エルアンリ様は屋内の控室に順次運んでいて。
最後に残ったマルティーヌ姫が、ついさっきぼくに寄りかかって寝たところです。
姫が起きないよう、オズワルドは少しおさえめな声で言う。
「二年前の学園の首席で、座学、魔術、剣術と三拍子そろった秀才だ。コエダが言うところのスパダリってやつ?」
ぼくがいつもジョシュアに『スパダリになれ』って言っているから。
オズワルドもそんな事を言いますが。
認識が甘いです。
「ぼくのスパダリは、ぼくだけにその力を発揮しなければならないのです。なので、彼はぼくのスパダリとは言えないようなぁ?」
「ふーん、スパダリの判断基準が難しいなぁ。まぁとにかく、優秀な成績で学園を卒業したエリートだよ、彼は。ノアと同い年。所属が魔法魔導騎士団だったから優勝候補に名前が上がらなかったが、剣技は並の騎士以上だ」
「魔法魔導騎士団? ということは、魔法の使い手ですか?」
「あぁ、治癒魔法士らしい。大会で上位に来るのなら、騎士でないのはもったいないがな」
「治癒魔法士の方が、人数は少ないのですから。そちらが優先されたのでしょう」
ぼくは、彼のことを思い出す。
ブランカには、ミカエラの屋敷で一度お会いした。
青いバラを腕いっぱいに抱えていた。
青バラの貴公子。って、勝手にあだ名をつけました。
そういえば、侯爵子息だったっけ?
侯爵より上の貴族には、魔法が得意な『女神のいとし子』が生まれやすいという。
「あぁあ、私が男子の部に出ていたら、そのブランカとやらもジョシュアもババンとなぎ払ってやるのに」
そう言うルリアは、女子の部ですでに優勝している。
女性は参加人数が少ないので、先に勝敗が決まったのだ。
力の差がありまして、相手がちょっと可哀想でしたが。
三大会連続優勝で、レジェンド入りです。スゴーイ。
で、さっきルリアは、陛下と王妃に祝いの言葉を頂戴して。テレテレしていた。
父上は騎士の間で伝説の狂戦士なので。尊敬の的なのですよ。
ぼくには優しい父上でしかないけどね。
「ノアはどうなのです?」
ぼくがたずねると、ルリアは苦笑いした。
「いやぁぁ、ノアは、ギリかな」
ルリアはいい意味で素直だった。
かなわないときはそう言う。
しかしそれが大事なのだ。戦場では、己の力量を過大評価していると犬死します。
そう、兵法で習いました。
しかしそうなると、ジョシュアがノアに勝つのは難しいか??
と思っているところで、準決勝が始まりました。
ジョシュアとブランカが、木で作られた剣を合わせて。
すると、目に見えないくらいの速さで打ち合いがはじまる。
そして、しばらくしたらガッキィィんというヤバイ音がして。
木剣が、折れたぁぁぁ。
前回大会でも、そういうことがありました。
オズワルドとノアの対決で。開始早々木剣が折れたのです。
そのときは、真剣で戦うことになったのですがぁ。
「だ、大丈夫なのですか? オズワルド、ジョシュアは真剣でケガをしたりしないのですか?」
恐々、隣に聞くと。
オズワルドもルリアも鼻で笑うのだ。
「ジョシュアはノアと毎日真剣で渡り合っているのだから。絶対はないが、まぁ大丈夫だろう。木剣が折れるというのは相当なことで。それなりに訓練を積んでいるということ。寸止めなどができる腕前とみなされ、真剣での試合を続行するんだ」
はわぁぁ、と思い。オズワルドをみつめる、ぼく。
「案ずるな、コエダ。おまえに寸止めは求めない」
ルリアに言われて、ぼくは唇を突き出して拗ねた。
ぼくだって、寸止めくらいぃ。
できませんけどぉぉ。むぅ。
そんなこんなで、試合が再開されて。
今度は金属が軋む派手な音が鳴って。ぼくは、ヒィとなる。
いえ、ちょっとはぼくも。今でも剣を握っていますとも。
学園の実技があるのでね。
だけど、学生が鳴らす音じゃないんだもん。キンキンキンじゃなくて。
ガンゴンガンゴン、ってやつぅ。
ブランカは、こちらから見た感じ、細身な青年で。
身長はジョシュアとほぼほぼ同じくらいだけど、筋肉はジョシュアの方がついているように見える。
だけど彼、ジョシュアの力押しに負けていないし。
互いの木剣が折れたということは。ジョシュアと同じだけの力量があるってことなんだ。
どちらかが劣っていると、どちらかの剣が折れるということになるからね。
だけど、緻密さで。ブランカが上回ったみたい。
「あ、バカっ」
オズワルドが叫んで、ぼくの隣でウトウトしていた姫がふぇっとなる。
ちょっとジョシュアの腕が下がった。
その隙を突いて、ブランカが胸元に一撃を入れた。
防具の胸当てが弾かれ、ジョシュアは衝撃にたたらを踏んで後ろに下がる。
だが胸への打撃は十点だ。十点先取なので。
ジョシュアは負けてしまった。
んぁぁああ、残念。
番狂わせが起き、観客席にも動揺のため息が漏れる。
波乱の剣闘士大会になってしまった。
「油断したな、ジョシュア。ま、まだまだ修行が足りんってことだ」
「王族なのに、そんな強くならなくてもいいのでは?」
苦笑交じりにぼくは言います。
だってぼくは、弱いもの。
「王族だから、強くあらねば、大切なものを守れないではないか。陛下には王妃がそうであるように。俺らはコエダを守るために強くなければならないのだ」
そう、胸を張ってオズワルドが言い。
それを父上やパパが柔らかい眼差しで見守っていた。
「王様予定なのは、ぼくなのに?」
「コエダは私たちに守られていればいいんだ。寸止めは求めないと言っただろう?」
ルリアにも言われて、むぅとなります。
守られてばかりでは、小枝の矜持がくすぶります。
もう少し、剣術を習うべきかなぁ?
そんなやりとりをしている間に、舞台上ではジョシュアたちが礼儀正しくお辞儀をしている。
そして、そんなやりとりを見ている間に、エルアンリ様が姫を回収した。
ご苦労様です。
しばらくすると、着替えたジョシュアが観覧席にやってきた。
ぼくの隣にドカリと腰かけて。重いため息をつく。
「あぁぁぁぁあああっ、負けた。なんだ、あいつ。完全ノーマークだったぞ」
「ブランカ・フリオーネ侯爵子息だよ。ほらぁ、子供のときにミカエラの屋敷でぼくが会った子。カブトムシが頭についたってやつ」
ぼくが説明すると、ジョシュアは顔を横向けて、ぼくを見た。
「えぇぁあ? レッドソルジャーオオカブトしか覚えてないな」
「それは覚えているんだ」
「だって、あれから十年ほど経つが、レッドソルジャーにお目にかかったことはないんだぞ。三日で死なせてしまったのは、今でも口惜しいぃぃ」
ぼくは苦笑します。今は虫の話はいいんです。
「ぼくらが入学する前の、学園の首席だって。ね、オズワルド」
彼に話を向けると、オズワルドはぼく越しに、ジョシュアにいやぁな感じの笑みを投げる。
「ノーマークなど理由にならないぞ、ジョシュア。精進が足りぬ。そんなことではコエダを任せられないな」
「申し訳ありません、兄上。もっと精進します」
ジョシュアはオズワルドに、素直に頭を下げたが。
「そうだよ、ジョシュア。相手があぁ来たら、こうして、こうして、こうだ。びゃ、びゃ、びゅってすれば勝てたのにぃ」
という擬音満載で感覚重視なルリアには、手を振ってあしらっていた。
「しかしブランカは魔法魔導騎士団所属だから、ノアも手合わせをしていないかもな。いかなノアも、初対決には手こずるかもしれない」
「魔導騎士団? なんであんな手練れが魔導騎士団に?」
ジョシュアも、そのことに驚いていた。
「治癒魔法士だ、そちらも大事な業務だからな」
「ふーん。しかし、あの剣筋はヤバかった。針の穴に糸を通すくらい繊細な剣技だった。並の騎士なら、私のあの隙は突けないだろう」
ジョシュアがそうつぶやいたとき、会場がワッと湧いた。
決勝戦の戦士が入場したのだ。
片や、ジョシュアとの熱闘に勝利した、魔法魔導騎士団所属のブランカ。
片や、順当に勝ち進んできた優勝候補筆頭のノアです。
ぼくらはやはり、子供のときからずっと一緒にいたノアを応援してしまいます。
「がんばれぇぇぇ、ノアぁぁぁっ」
大きな声を出すけれど。
第一王子ですから。本当は、どちらかに肩入れしちゃダメなんだけどね。
そしてふたりが構えると、会場もシンとなって。
みんな固唾をのんで見守ります。
審判のはじめの合図で、剣が振り下ろされるが。
はじめの一手で、木剣が砕けてしまい。
真剣に差し替えられます。
つか、木の剣ってすっごい硬いから、そうそう折れるもんじゃないんだからね。マジでマジで。
そして、改めて試合開始です。
やはりガンゴンガンゴンと、剣術の試合にあるまじき音が鳴ります。
ぼくなどは、一手目で宇宙の彼方に飛ばされる自信があります。
しかし、体格の差はノアが上回り。
パワーとスピードにもノアは定評があります。
だが、ブランカが先に、ノアの太ももに剣先をかすらせました。
一点がブランカに入ります。
しかし、改まって試合開始した、直後。
瞬きした瞬間に、ノアはブランカの胸に剣先を当てていました。
さっきブランカは寸止めできなくて、ジョシュアの胸に剣を当ててしまいましたが。
ノアは胸の前に剣先をくっつけて、触れるか触れないかの、まさに寸止めで十点を奪った。
ノアが勝った。ノアが今大会の優勝者ですっ。
会場を埋め尽くす観客が、わぁぁっと歓声を上げて。
ノアはぼくらが座る観覧席に向かって、拳を突き上げました。
ぼくは、思わずドキリとします。
だって、カッコイイんだもん。
紫の前髪が揺れて、厳しい眼差しがやわらいで。
いつも無口で不愛想な彼が、優勝して歓喜をあらわにしている姿は珍しかったしぃ。
だけど。微妙に上にずれるノアの視線に、あぁぁあっ? と思った。
ぼくに向けられていると思ったノアの拳。
バァッと、ぼくが後ろを振り向くと。
いました。父上の後ろにアンドリューさんが。
ですよね? ぼくへのアピールじゃなかったですね。
たっはーー、勘違いぃィ。
ノアのアピールに、アンドリューさんが拍手を贈って。
満面の笑みで、ノアはその場でくるりと拳を突き上げたまま回って。はしゃいだのだったぁ。
えぇぇえ? こんな子供みたいなノア、十年一緒にいたけど見たことないぃ。
そしていつにないノアの笑みを見て、観客席の御令嬢がキャーーーッと甲高い声をあげる。
あわわ、これは一躍ノアにモテ期が到来しそうな予感です。
騙されないでぇ、普段笑みなんか浮かべないんだからねぇ、この人。
「コエダ。一瞬ノアに、キュンとしただろ?」
ジト目のジョシュアに追及されますが。
ここは全力でとぼけましょう。
「んんんぇぇ? そんなことナイヨ?」
「ノアはな、アンドリューが…」
ぼくだけに聞こえるように、ジョシュアはこっそり囁くが。
「わかってまんがな、みなまで言うなぁ」
そのことはちゃぁんと存じておりますよ。
えぇ。言われなくても、ノアの視線の先には必ずアンドリューさんがいましたからね。
「コエダ、なんだその呪文は?」
しかしジョシュアにわかってまんがなは通じないのだったぁ。
まぁそんな感じで。剣闘士大会は、波乱はありましたけど、下馬評通りノアの優勝で幕を閉じたのだった。
今日は剣闘士大会です。
主催のオズワルド、大会に出場するジョシュア、ノア、ルリアは、別行動で。
ぼくはパパと父上、エルアンリ一家たちと、王族専用の観覧席に向かいます。
そこには、父上を守護するレギとアンドリューさんもいますよ。
国王に即位して九年目になる父上は、御年三十三歳。
あちらの世界では、まだまだ若い部類だった三十代も。
こちらの世界の王ともなると、貫禄と威厳がビシバシです。
元々険しいお顔立ちだったゆえ、王位に就いた当初から、ひと睨みで誰も文句を言えない。みたいな?
そんな中で、王妃であるパパが。彼に意見できる数少ないひとりであったわけで。
パパも貴族連中に一目置かれたのだったぁ。
なにはともあれ、パパがみなさんと仲良くしてもらえたことは。ぼくはとても嬉しいのです。
そんなパパですが。御年三十八歳になりまして。
本人はアラフォーだアラフォーだなどと申しておりますけど。
十年前と外見はほぼ変わらず。
相変わらず、やんわり笑顔の素敵な美パパなのです。
父上に『異世界人は年を取らないのか??』などと驚愕のお言葉を賜っておりますが。
そんなことないですよ。
ぼくがちゃあんと成長していますからねぇ。
パパより背が高くなって、声変わりもしましたしぃ。
俺の小枝がたくましい枝に立派に成長したなぁ、なんて。パパにも言ってもらえているのです。
パパに保護された当初、すぐにもぽっきり折れてしまいそうな頼りない小枝だったぼくが。
パパより大きな枝となれたことを。ぼくも誇りに思います。
まぁ、パパが言うところの。
「小枝は、異世界人に見下ろされないよう、大きく大きく育つのだよ?」
との仰せは。果たせませんでしたが。
むぅ。だってジョシュアもノアもでっかいのだもの。
やはり。あちらの遺伝子はこちらの背ぇデカ遺伝子に対抗できないのでしょうね。
パパのせいではありませんよ。
こればかりは遺伝子のなせる業です。むぅ。
そして目の前では。背ぇデカ遺伝子たちの熱き戦いが繰り広げられております。
今回優勝候補と目されているジョシュアもノアも、順当に勝ち上がっております。ヨシヨシ。
剣闘士大会はトーナメントの勝ち上がり戦です。
ジョシュアは七人ほどを倒して、とうとう準決勝までやってきました。
「お相手はぁ…」
トーナメント表の名前を見たら、なにか、見覚えがあります。
「ブランカ・フリオーネ。今大会のダークホースだ」
彼のことを思い出していると。
仕事を終えて、あとは観戦するだけのオズワルドが、ぼくの隣に座って言った。
そのオズワルドの隣にはルリアが腰かける。
えぇ、ぼくの右側はエルアンリ様の子女に奪われているのでね。
長い試合に飽きちゃって寝ちゃった子供たちを、エルアンリ様は屋内の控室に順次運んでいて。
最後に残ったマルティーヌ姫が、ついさっきぼくに寄りかかって寝たところです。
姫が起きないよう、オズワルドは少しおさえめな声で言う。
「二年前の学園の首席で、座学、魔術、剣術と三拍子そろった秀才だ。コエダが言うところのスパダリってやつ?」
ぼくがいつもジョシュアに『スパダリになれ』って言っているから。
オズワルドもそんな事を言いますが。
認識が甘いです。
「ぼくのスパダリは、ぼくだけにその力を発揮しなければならないのです。なので、彼はぼくのスパダリとは言えないようなぁ?」
「ふーん、スパダリの判断基準が難しいなぁ。まぁとにかく、優秀な成績で学園を卒業したエリートだよ、彼は。ノアと同い年。所属が魔法魔導騎士団だったから優勝候補に名前が上がらなかったが、剣技は並の騎士以上だ」
「魔法魔導騎士団? ということは、魔法の使い手ですか?」
「あぁ、治癒魔法士らしい。大会で上位に来るのなら、騎士でないのはもったいないがな」
「治癒魔法士の方が、人数は少ないのですから。そちらが優先されたのでしょう」
ぼくは、彼のことを思い出す。
ブランカには、ミカエラの屋敷で一度お会いした。
青いバラを腕いっぱいに抱えていた。
青バラの貴公子。って、勝手にあだ名をつけました。
そういえば、侯爵子息だったっけ?
侯爵より上の貴族には、魔法が得意な『女神のいとし子』が生まれやすいという。
「あぁあ、私が男子の部に出ていたら、そのブランカとやらもジョシュアもババンとなぎ払ってやるのに」
そう言うルリアは、女子の部ですでに優勝している。
女性は参加人数が少ないので、先に勝敗が決まったのだ。
力の差がありまして、相手がちょっと可哀想でしたが。
三大会連続優勝で、レジェンド入りです。スゴーイ。
で、さっきルリアは、陛下と王妃に祝いの言葉を頂戴して。テレテレしていた。
父上は騎士の間で伝説の狂戦士なので。尊敬の的なのですよ。
ぼくには優しい父上でしかないけどね。
「ノアはどうなのです?」
ぼくがたずねると、ルリアは苦笑いした。
「いやぁぁ、ノアは、ギリかな」
ルリアはいい意味で素直だった。
かなわないときはそう言う。
しかしそれが大事なのだ。戦場では、己の力量を過大評価していると犬死します。
そう、兵法で習いました。
しかしそうなると、ジョシュアがノアに勝つのは難しいか??
と思っているところで、準決勝が始まりました。
ジョシュアとブランカが、木で作られた剣を合わせて。
すると、目に見えないくらいの速さで打ち合いがはじまる。
そして、しばらくしたらガッキィィんというヤバイ音がして。
木剣が、折れたぁぁぁ。
前回大会でも、そういうことがありました。
オズワルドとノアの対決で。開始早々木剣が折れたのです。
そのときは、真剣で戦うことになったのですがぁ。
「だ、大丈夫なのですか? オズワルド、ジョシュアは真剣でケガをしたりしないのですか?」
恐々、隣に聞くと。
オズワルドもルリアも鼻で笑うのだ。
「ジョシュアはノアと毎日真剣で渡り合っているのだから。絶対はないが、まぁ大丈夫だろう。木剣が折れるというのは相当なことで。それなりに訓練を積んでいるということ。寸止めなどができる腕前とみなされ、真剣での試合を続行するんだ」
はわぁぁ、と思い。オズワルドをみつめる、ぼく。
「案ずるな、コエダ。おまえに寸止めは求めない」
ルリアに言われて、ぼくは唇を突き出して拗ねた。
ぼくだって、寸止めくらいぃ。
できませんけどぉぉ。むぅ。
そんなこんなで、試合が再開されて。
今度は金属が軋む派手な音が鳴って。ぼくは、ヒィとなる。
いえ、ちょっとはぼくも。今でも剣を握っていますとも。
学園の実技があるのでね。
だけど、学生が鳴らす音じゃないんだもん。キンキンキンじゃなくて。
ガンゴンガンゴン、ってやつぅ。
ブランカは、こちらから見た感じ、細身な青年で。
身長はジョシュアとほぼほぼ同じくらいだけど、筋肉はジョシュアの方がついているように見える。
だけど彼、ジョシュアの力押しに負けていないし。
互いの木剣が折れたということは。ジョシュアと同じだけの力量があるってことなんだ。
どちらかが劣っていると、どちらかの剣が折れるということになるからね。
だけど、緻密さで。ブランカが上回ったみたい。
「あ、バカっ」
オズワルドが叫んで、ぼくの隣でウトウトしていた姫がふぇっとなる。
ちょっとジョシュアの腕が下がった。
その隙を突いて、ブランカが胸元に一撃を入れた。
防具の胸当てが弾かれ、ジョシュアは衝撃にたたらを踏んで後ろに下がる。
だが胸への打撃は十点だ。十点先取なので。
ジョシュアは負けてしまった。
んぁぁああ、残念。
番狂わせが起き、観客席にも動揺のため息が漏れる。
波乱の剣闘士大会になってしまった。
「油断したな、ジョシュア。ま、まだまだ修行が足りんってことだ」
「王族なのに、そんな強くならなくてもいいのでは?」
苦笑交じりにぼくは言います。
だってぼくは、弱いもの。
「王族だから、強くあらねば、大切なものを守れないではないか。陛下には王妃がそうであるように。俺らはコエダを守るために強くなければならないのだ」
そう、胸を張ってオズワルドが言い。
それを父上やパパが柔らかい眼差しで見守っていた。
「王様予定なのは、ぼくなのに?」
「コエダは私たちに守られていればいいんだ。寸止めは求めないと言っただろう?」
ルリアにも言われて、むぅとなります。
守られてばかりでは、小枝の矜持がくすぶります。
もう少し、剣術を習うべきかなぁ?
そんなやりとりをしている間に、舞台上ではジョシュアたちが礼儀正しくお辞儀をしている。
そして、そんなやりとりを見ている間に、エルアンリ様が姫を回収した。
ご苦労様です。
しばらくすると、着替えたジョシュアが観覧席にやってきた。
ぼくの隣にドカリと腰かけて。重いため息をつく。
「あぁぁぁぁあああっ、負けた。なんだ、あいつ。完全ノーマークだったぞ」
「ブランカ・フリオーネ侯爵子息だよ。ほらぁ、子供のときにミカエラの屋敷でぼくが会った子。カブトムシが頭についたってやつ」
ぼくが説明すると、ジョシュアは顔を横向けて、ぼくを見た。
「えぇぁあ? レッドソルジャーオオカブトしか覚えてないな」
「それは覚えているんだ」
「だって、あれから十年ほど経つが、レッドソルジャーにお目にかかったことはないんだぞ。三日で死なせてしまったのは、今でも口惜しいぃぃ」
ぼくは苦笑します。今は虫の話はいいんです。
「ぼくらが入学する前の、学園の首席だって。ね、オズワルド」
彼に話を向けると、オズワルドはぼく越しに、ジョシュアにいやぁな感じの笑みを投げる。
「ノーマークなど理由にならないぞ、ジョシュア。精進が足りぬ。そんなことではコエダを任せられないな」
「申し訳ありません、兄上。もっと精進します」
ジョシュアはオズワルドに、素直に頭を下げたが。
「そうだよ、ジョシュア。相手があぁ来たら、こうして、こうして、こうだ。びゃ、びゃ、びゅってすれば勝てたのにぃ」
という擬音満載で感覚重視なルリアには、手を振ってあしらっていた。
「しかしブランカは魔法魔導騎士団所属だから、ノアも手合わせをしていないかもな。いかなノアも、初対決には手こずるかもしれない」
「魔導騎士団? なんであんな手練れが魔導騎士団に?」
ジョシュアも、そのことに驚いていた。
「治癒魔法士だ、そちらも大事な業務だからな」
「ふーん。しかし、あの剣筋はヤバかった。針の穴に糸を通すくらい繊細な剣技だった。並の騎士なら、私のあの隙は突けないだろう」
ジョシュアがそうつぶやいたとき、会場がワッと湧いた。
決勝戦の戦士が入場したのだ。
片や、ジョシュアとの熱闘に勝利した、魔法魔導騎士団所属のブランカ。
片や、順当に勝ち進んできた優勝候補筆頭のノアです。
ぼくらはやはり、子供のときからずっと一緒にいたノアを応援してしまいます。
「がんばれぇぇぇ、ノアぁぁぁっ」
大きな声を出すけれど。
第一王子ですから。本当は、どちらかに肩入れしちゃダメなんだけどね。
そしてふたりが構えると、会場もシンとなって。
みんな固唾をのんで見守ります。
審判のはじめの合図で、剣が振り下ろされるが。
はじめの一手で、木剣が砕けてしまい。
真剣に差し替えられます。
つか、木の剣ってすっごい硬いから、そうそう折れるもんじゃないんだからね。マジでマジで。
そして、改めて試合開始です。
やはりガンゴンガンゴンと、剣術の試合にあるまじき音が鳴ります。
ぼくなどは、一手目で宇宙の彼方に飛ばされる自信があります。
しかし、体格の差はノアが上回り。
パワーとスピードにもノアは定評があります。
だが、ブランカが先に、ノアの太ももに剣先をかすらせました。
一点がブランカに入ります。
しかし、改まって試合開始した、直後。
瞬きした瞬間に、ノアはブランカの胸に剣先を当てていました。
さっきブランカは寸止めできなくて、ジョシュアの胸に剣を当ててしまいましたが。
ノアは胸の前に剣先をくっつけて、触れるか触れないかの、まさに寸止めで十点を奪った。
ノアが勝った。ノアが今大会の優勝者ですっ。
会場を埋め尽くす観客が、わぁぁっと歓声を上げて。
ノアはぼくらが座る観覧席に向かって、拳を突き上げました。
ぼくは、思わずドキリとします。
だって、カッコイイんだもん。
紫の前髪が揺れて、厳しい眼差しがやわらいで。
いつも無口で不愛想な彼が、優勝して歓喜をあらわにしている姿は珍しかったしぃ。
だけど。微妙に上にずれるノアの視線に、あぁぁあっ? と思った。
ぼくに向けられていると思ったノアの拳。
バァッと、ぼくが後ろを振り向くと。
いました。父上の後ろにアンドリューさんが。
ですよね? ぼくへのアピールじゃなかったですね。
たっはーー、勘違いぃィ。
ノアのアピールに、アンドリューさんが拍手を贈って。
満面の笑みで、ノアはその場でくるりと拳を突き上げたまま回って。はしゃいだのだったぁ。
えぇぇえ? こんな子供みたいなノア、十年一緒にいたけど見たことないぃ。
そしていつにないノアの笑みを見て、観客席の御令嬢がキャーーーッと甲高い声をあげる。
あわわ、これは一躍ノアにモテ期が到来しそうな予感です。
騙されないでぇ、普段笑みなんか浮かべないんだからねぇ、この人。
「コエダ。一瞬ノアに、キュンとしただろ?」
ジト目のジョシュアに追及されますが。
ここは全力でとぼけましょう。
「んんんぇぇ? そんなことナイヨ?」
「ノアはな、アンドリューが…」
ぼくだけに聞こえるように、ジョシュアはこっそり囁くが。
「わかってまんがな、みなまで言うなぁ」
そのことはちゃぁんと存じておりますよ。
えぇ。言われなくても、ノアの視線の先には必ずアンドリューさんがいましたからね。
「コエダ、なんだその呪文は?」
しかしジョシュアにわかってまんがなは通じないのだったぁ。
まぁそんな感じで。剣闘士大会は、波乱はありましたけど、下馬評通りノアの優勝で幕を閉じたのだった。
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異世界転生、男主人公、ファンタジー、ブロマンス、BL的な表現、恋愛
※小説家になろうに重複投稿しています
異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~
戸森鈴子 tomori rinco
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。
そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。
そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。
あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。
自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。
エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。
お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!?
無自覚両片思いのほっこりBL。
前半~当て馬女の出現
後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話
予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。
サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。
アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。
完結保証!
このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。
※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。
異世界へ下宿屋と共にトリップしたようで。
やの有麻
BL
山に囲まれた小さな村で下宿屋を営んでる倉科 静。29歳で独身。
昨日泊めた外国人を玄関の前で見送り家の中へ入ると、疲労が溜まってたのか急に眠くなり玄関の前で倒れてしまった。そして気付いたら住み慣れた下宿屋と共に異世界へとトリップしてしまったらしい!・・・え?どーゆうこと?
前編・後編・あとがきの3話です。1話7~8千文字。0時に更新。
*ご都合主義で適当に書きました。実際にこんな村はありません。
*フィクションです。感想は受付ますが、法律が~国が~など現実を突き詰めないでください。あくまで私が描いた空想世界です。
*男性出産関連の表現がちょっと入ってます。苦手な方はオススメしません。
BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください
わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。
まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!?
悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。
推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
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