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2-19 ウネウネ片手に十六歳の春。

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     ◆ウネウネ片手に十六歳の春。

 水道の水をジョウロに汲んで、チョンと指をつける、ぼく。
 聖女パワーでクリーンした水を花壇にまけば、花の美しさが長持ちするような気がするのだ。
 ぼく、こと。コエダ・スタインベルンは十六歳になりました。
 手も足もスラリと伸びましてね。一応、麗しの王子と呼ばれているのですよ。
 社交辞令でしょうけどね。
 聖女といっても、ぼくは男性だし。女性体の前世でもモテなかったのでね。
 好き好き言ってくるのは、相変わらずジョシュアくらいのものです。はい。

 昔パパが言ったのは。
 自分のことを好いてくれる人は、人生の中でそんなに多くないのだから。好意を寄せる人がいたら大事にしなさい。
 なんてことです。
 いかにも。
 ジョシュア以外、誰もぼくのことを好きだと言ってきません。
 一応ね、第一王位継承者の第一王子なわけですよ。
 なのに、御令嬢がワ―キャー言わないって、どっゆこと?

 まぁね。王族以外の方と結婚したら、王位は継承されないのでね。
 はっ。うま味がないって、ことぉぉ?
 十六歳にして、気づいてはいけないことを気づいてしまいました。
 ぼくはどうやら、うま味がないようです。

 しょぼりんぬとなりながら、学園の庭のバラに水をまく、ぼく。
 ここは『ラフォートテレス学園』満十四歳から四年間、貴族の子女が集まる学び舎だ。
 魔法学の基本を教えるところでもあるので、魔法を扱える庶民が特例で入学ができる場合もある。
 シックな黒いブレザー、襟には豪華な刺繍がされている制服が、トレードマークなのだ。
 中に着るシャツはお任せで。ぼくは白シャツにふわりとしたスカーフタイを合わせ、ブローチでとめている。
 そう、あのナマズのやつです。
 聖女パワーで魔獣を浄化すると、魔素が結晶化してできるという宝石が出てくるのですけど。
 やはり一番はじめにゲットした宝石が思い入れがあるというかねぇ。
 それはともかく。

 この学園に、最初に足を踏み入れたとき。ぼくはちょっと胸が痛かった。
 王子に無下にされた、悲しい思い出しかないもんで。
 でも、まぁ。
 今、ジョシュアとはとっても仲が良いし。
 ミカエラも、オドオドしつつも。ぼくと会話をしてくれるようになったよ。

 でもね。パパは、まだダメなんだって。

 王宮のお茶会に何度か誘ったのだけど。
 パパが出てきたら、謎のひゃーーーーいが出て。
 あれ、軽い発作だったみたいだね。
 一目散で帰ってしまったんだ。
 ジョシュアが『ミカエラは信心深いのだ』と言うので。
 そういうことだったのでしょう。
 パパが作った真ん丸ドーナツをお土産に渡したのだけど。
 後日、泣いて、カビました。と報告してくれました。
 カビる前に食べてくださぁい。

 まぁつまり。ドロドロ必至と思われた婚約者候補トリオは、十年経っても相変わらず仲が良いということです。

 それで。御令嬢にワ―キャー言われないぼくではありますが。
 聖女であり、第一王子であるぼくは。それなりに注目の的。遠巻きに熱い視線が送られますが。
 なんか、感視されているみたいで、それは適度にウザいというかぁ?
 だけど、この庭にいるときは。暗黙の了解で、誰も近寄ってこないのだ。
 なにかと忙しいぼくの、憩いの場所。むふん。

「コエダ、話があるのだが」
 憩いの場…秒で終了のおしらせ。
 ジョシュアがやってきました。背後にはノアもいます。
 安定のコンビです。
 まぁ、ぼくに声をかけてくる人物は、学園ではジョシュア以外はいません。
 え、嫌われてる? ぼく、嫌われてないよね?
 良い子じゃないと、まだワンチャン、処刑があるかもしれません。
 ジョシュアは処刑しないと約束してくれたので。
 処刑台は、もう、遠い遠い雲の彼方に行きましたが。

 ぼく、まだ油断しないのでぇ。

 つかねぇ、ノア、でっかいよ。
 父上と同じくらいの体格で威圧感がバリバリあるよ。
 ぼくだって結構大きくなってねぇ。パパより背が大きくなったんだよ??
 なのにその上を行くとか、どっゆことっ?
 ジョシュアも長身なのにね、十センチくらいはノアが高いよ。
 ムッキムキとは言わないが、胸板厚いし首太いし、とにかくでっかいよぉぉ。

「なんですかぁ? ぼくは水やりのひとときを満喫しているというのに」
 ブンブン腕を振りながら、ジョウロの水をバラの根元にかける。
 でっかいふたりに寄られると、なにやら敗北感があります。ねます。
 いえ、ぼくは標準体型です。
 このふたりがでっかすぎるだけです。

「なに、ではない。王子が、護衛もつけずにひとりで校舎裏などにいては危ないではないか」
「護衛はいますよ。あの木の影まで下がってもらっているだけです。ぼくの護衛は忍者なので、ジョシュアには見えないだけです」
「…ニンジャは聖女用語か?」
 ジョシュアは異世界の言葉はわからないので。
 自分のわからない言葉はみんな聖女用語だと思っている。
 説明が面倒なので、ぼくもそういうことにしている。

「そうです。ニンジャは隠密とか? 間者? もダメか。スパイ? とにかく隠れて守ってくれるのです」
 そうしてぼくは、おもむろに金のお箸をカバンから取り出す。
「なんだ? まさかここで早弁でもする気か? パパのお弁当をもう食べちゃうのか??」
「まさか、第一王子のぼくがそのようなこと………虫ぃぃぃッ!!」
 ビシィィィィッと、ぼくはある一点を目がけて箸を繰り出します。
 グレイに伝授された必殺技です。
 なんか、毛の生えたウネウネが茎でウネっていたのだっ。
 ぼくはウネウネを箸の先で摘まむと、言った。
「ジョシュア、さぁ、踏んでください」
 彼の前に箸を突き出して、ぼくは笑顔でウネウネを見せました。
 ゴッキーをGと表現するかのごとく、ぼくは毛の生えたウネウネをウネウネと表現する。
 口にするのも嫌というやつだ。

「な、なぜ私がそのようなものを踏まないとならないのだ?」
 ジョシュアはひるんだ。
 そのていたらくで虫好きを語るなど、カタハライタイわぁぁぁ。笑止です笑止っ。
「だって、靴の下でムニュっとしたら嫌じゃないですかぁ。それに聖女たるもの、無闇な殺生せっしょうはしてはなりません。しらんけど」
 言って、ずいっと近寄ると、一歩下がるジョシュア。
 いつもぼくを追いかけてくるジョシュアが、ぼくから逃げるの、おもしろーい。

 なので、ウネウネを持ったまま笑顔でジョシュアを追いかけるぼく。
 ウネウネ片手に十六歳の春。うーん、シュール。

「バカ、やめろコエダ、こっちくんな」
「どうしてですかぁ? 昔は虫好きだったじゃないですかぁ。冬にカブトムシ探したじゃないですかぁ?」
「やめろ、私の黒歴史を大声で言うんじゃない。つか、ウネウネは普通に私もキモい」
「踏んでくださぁい、軍靴履いているんでしょう? 剣で斬ってもいいですよ?」
「軍靴はコエダも履いているだろうがっ。それに切ったら変な汁が剣につくだろうがぁッ」
「ここに放置したら、またぼくのバラにウネウネがウネウネしながら戻ってきちゃうじゃないですかぁ」
「これはおまえのバラではなく、学園のバラだろう?」
「ぼくが育てているので、ぼくのバラのようなものです」

 校舎裏の敷地を一周して戻ってきた、ぼくら。
 バラ園の前で、言うと。
 金髪碧眼のイケてる王弟ジョシュアは、ため息をついた。
「もう、仕方ないなぁ」
「ありがとうございます、ジョシュア」
 語尾にハートマークをつけて、ルンと笑いかけると。
 ジョシュアは相変わらず胸をおさえてぐっはぁぁ、となるのだった。

 ぼくの顔、飽きないねぇ。
 そう、ジョシュアはぼくの笑顔が大好きなんだよねぇ?

「くっそぉ、私がその笑顔に弱いことを知っててやるから、たちが悪い。コエダ、笑顔は私の前以外では禁止だぞ」
「相変わらず器が小さいですねぇ。スパダリへの道は遠し」
 ぼくが箸を開いてウネウネを落とすと。
 ノアが踏んだ。
 眉も動かさず、無表情で、無情に、無言で。むにゅる。ひえぇ。
 つか、ジョシュアを甘やかさないでぇ、ノア。

「そんなことを言うのは、コエダくらいだぞ。成績はコエダにはかなわないが、学年二位をキープしているし。剣術も魔術も学園では負けなしだ」
「魔術はミカエラにイーブン、剣術はノアに勝てていませんけど?」
「ノアは現役騎士だからノーカン。だが、今年は勝つさ」
 今年の五月は剣闘士大会がある。
 二年おきに開催されることになった大会に、ジョシュアは十四歳で初出場した。
 二回戦でノアと相対し、敗北したけれど。
 当時十八歳だったノアは、決勝でオズワルドと戦って、負けた。
 でも、騎士として脂ののった二十四歳の総司令官オズワルド相手に、すっごい、いい勝負だったんだぁ。

 十歳の初出場のときに惨敗を期したノアは。
 それから怒涛の勢いで稽古に励んだ。
 体も大きくなって、騎士に昇格したあとは同僚や先輩をどんどん打ち負かしていき。
 たぐいまれなスピードと、巧みな剣技、なにより重い太刀筋。
 ノアと相対した者は彼のことを紫の雷光と呼ぶ、とかなんとか。
 それで、十代のうちに名だたる騎士をおさえ込んで、決勝にまで勝ち上がるの。
 すごくね??

「紫の雷光に勝てるのですかぁ? ジョシュア」
 ぼくがいぶかしむ顔で聞くと。
「話というのはそのことだ。コエダ、剣闘士大会で優勝したらご褒美くれ」
 ジョシュアが言うと、なんでかノアが、ジョシュアの後ろで吹き出した。
「わぁ、紫の雷光に笑われていますよ、ジョシュア」
「コエダ様、笑っていません。ちょっとびっくりしただけというか…あと紫の雷光はやめてください。恥ずかしいので」
 なにかびっくりするようなことがあったかな? と、ぼくは首をかしげますが。
「って、ご褒美って? なにをあげればいいのですか?」
 聞くと、ジョシュアはサラサラな金髪をさらりと手で流して。
 とびきり柔らかくて優しげなうさん臭い笑みを浮かべた。
 おかしいですね、パパ直伝のやんわりな微笑みが、この頃うさん臭く見えます。
 修正が必要です。

「それ、聞いちゃう?」
 気取った感じで言うジョシュアの言葉に、ノアがまたブフッとなったけど。大丈夫ぅ?
 寡黙で冷静沈着なノアとしては、珍しいやつですね。
 しかし二度目なので、スルーしましょう。

「聞くに決まっているじゃないですか? 変なもの要求されたら怖いじゃないですか。アホですか」
「王子がアホとか言うな。あとな、試合に勝ったご褒美はチュウに決まってるだろ?」
「決まってませんしぃ、やっぱ聞いといてよかったやつぅ。チュウはダメですぅ。正式に婚約が決まるまではダメですぅ。さらに第一王子のチュウはそれほど安くはないのですよ、ジョシュア」
「なにぃぃ? うーん、じゃあ。なんでもいいから。コエダが考えたご褒美、くれ」
「わかりました。なにか用意しておきましょう」
 ぼくは箸をカバンにしまって。
 校舎に向かいます。

「さぁ、ジョシュア。教室に行きましょう。遅刻しますよ。キビキビ動いてぇ」
「私がコエダを迎えに来たっていうのに。もう…」

 学園では、そんな他愛のない話をして、授業を受ける。
 それがぼくたちの、いつもの日常だった。
 
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