【完結】異世界転移パパは不眠症王子の抱き枕と化す~愛する息子のために底辺脱出を望みます!~

北川晶

文字の大きさ
上 下
154 / 174

番外 ジョシュア 頬にキスして

しおりを挟む
     ◆ジョシュア 頬にキスして

 みんなが退室したあとの控えの間に、私は残り。
 コエダとパパが座るソファの対面に腰かけた。
 そして見覚えのある、分厚い革表紙の本をコエダは私の前に置いた。

「これは六歳から書き始めたので、字は今より汚いですからね。あとね、時系列はバラバラなんだ。思いついたときに書くようにしたから。いつか、書き直そうかなとも思うけどね」
 そう、コエダが言う『こえだのよげんしょ』を私はパラリとめくる。
 十センチほどの厚さの本の、半分くらいまでは書き進められていた。
 私は意を決して、こえだのよげんしょを手に取って、読んだ。
 最初の三十ページくらいに。おおよそのことは書かれてある。
 たぶん、四年前に兄上たちが読んだところ。

「…なんじゃこりゃぁぁぁ」
 私は、そう叫んだものの。
 どこかで、わかっていたような気もした。

 今朝見た夢が。ここに書かれたコエダの前世だったのだって。

「あのね、ジョシュア。ぼくは前世でメイという少女でね…」
 コエダが説明しようとするのを、私は止める。
 四年前はよくわからなかったことだ。
 けれど、今は理解できる。

「前世で、聖女の役目を果たせなくて。今世でもう一度やり直しをしている。エルアンリ兄上が何度も教えてくれたから、わかっている。しかし私の暗殺未遂の罪で、投獄され。処刑されたとは…」

 すべて、あの夢の通りだった。
 鮮明に思い出したわけではないけれど。
 牢屋に入れられたメイの、最後の言葉が忘れられない。

「ジョシュア王子、今更なにを言えというのですか。もうこれ以上。私を傷つけないで…」
「…ジョシュア、なんで?」
 唇をはわわと震わせ、コエダはつぶやく。
 彼は気づいただろうか。メイの、私への最後の言葉を。

「コエダ。私は無神経だった。なにも知らず。無邪気にコエダに婚約を申し込んで。はじめの頃は、とても怖かっただろうな? 殺された相手からの求婚なんて」
「いえぇ、ジョシュアがぼくを殺したわけでは、ないようなぁ、あるようなぁ…」
 コエダはモゴモゴそう言うが。

 この本に書かれたことが、コエダには事実だったのだ。

 軽い気持ちでメイのキスを奪い、でも付き合わないと突き放す。
 今の私から見たら、不実な男だ。
 他にも、いっぱい傷つけたのだと思う。
 牢屋で、あの言葉を言ったあと。
 真珠のような大きな涙を、メイは黒い瞳からあふれさせた。

「ここには、ミカエラをいじめたことも書いてあるな?」
「はいぃ。ですから王子が全部が全部悪かったわけではなくてですねぇ…ぼくも悪い子だったのです」
 コエダはその話ではアワアワする。
「今のミカエラを見ればわかると思うが。彼女はとても信心深いんだ。夢で見たことだから、真実なのかはわからないが。前世のミカエラも信心深くて、聖女の嫌がらせに対抗する気はなかった。ただ私が、その行いを許せなくて…」
「それはごもっともですぅ。ぼくはそれだけのことを彼女にしたのです」
「いいや、みんなの前で言うことではなかった。コエダははずかしめを受けて…」
「いえいえ、あのときぼくは、ぼくが悪いことをしたのだと自覚したのです。悪い子のままでいたら、きっと今も悪い子だと思うので。もう、いいのです」

 私とコエダは、前世について語り合う。
 案外、食い違いもなく、話が進められた。
 ということは、あの夢はやはり。コエダの前世とリンクしていたのだろうか。

「許せないと思ったのは…前世の私も。メイを憎からず想っていたからなのだ。メイに、そんなことしていないと言って欲しかったのだ」
 言うと、コエダは。はわぁぁぁぁああぁあ? となって。
「いえいえ、王子はぼくを…メイを好きだなんてことはなかったですよ? 話しかけても、眉はピクリとも動かなかったし。いつも意地悪だったし。嫌がらせでチュウされたしぃ」
「チュウは、嫌がらせではない。可愛かったから…」
 言うと、コエダは。はわぁぁぁぁああぁあ? となって。
 頬を真っ赤に染めてうつむいたのだ。

 ぐっはぁぁああ、不謹慎だが。か、わ、い、い…。

「…ジョシュアは前世のことを夢にみたのか?」
 優しく微笑むパパにたずねられて。
 胸を手でおさえていた私は、うなずきます。

「はい。今朝見た夢なのです。学園に通っていて。兄上たちはオズワルド兄上以外みんな死んでいた世界。こえだのよげんしょと同じ世界だと。この本を見て思いました。だけど。夢の中の私は、とても孤独で。小さな恋心も殺さないと、生きていけなかった。メイが、私を殺すために近づいてきたと思ったのです。メイにした数々の意地悪や、離れていくよう仕向けたりしたのは。それでもそばにいたいと思うのなら、本当の好きなんじゃないかって。試したような気持ちがありました。でも実際に暗殺容疑が浮上して。私はメイに裏切られたような気になったのです」

 夢の中の、愚かな男の心情を、私は語る。
 けれどそれは、自分の気持ちのようでもあるから。
 不思議な感覚になった。
 メイを傷つけたあの男と。今の自分が。同じ人物であるかのように。

「一応メイの名誉のために言うと。彼女は、兄上にそのような指示は受けていなかったようだよ? しかし。コエダのこの話は、起きたことではあるが、起きていないことでもある。コエダの経験値にはなっているが。今コエダがミカエラをいじめていないように。ジョシュアもコエダに意地悪をしていない。処刑もしていない。そんな世界を俺らは進んでいるんだよ。だから、泣かなくていいんだ」

 パパに言われて、私は自分が泣いていることに気づいた。
 これは、夢の中の私の、悔恨の思いなのか。
 それとも。こえだのよげんしょを見て、心が引き込まれてしまったからなのか。

「おかしいな。夢を見たときは、他人事だった。ただの夢だと思ったのに。私がコエダを殺したなんて。そう思うと、苦しくて、悲しくて。なんで止められなかったんだ。好きだったのに。メイのことが好きだったのにっ」
 泣きながら叫ぶと。
 パパは私の隣に移動して、背中を撫でてくれて。
 対面のコエダは困惑の八の字眉毛だった。

「ジョシュア、片鱗を垣間見たかもしれないが。覚えていないこと、実際君が起こしていない出来事に、それほど苦しむことはない。それよりも、前を見て。俺らはただ、コエダが処刑されることのない未来にしてもらいたいだけなんだ。今のジョシュアなら簡単なことだ。できるだろう?」
「私がコエダを処刑など、するわけがない。何度でも誓う。なにがどう転んでも、私がコエダを害することはない」
「ありがとう、ジョシュア。悲しい思いをさせて、ごめんな?」

 パパは私をギュッと抱き締めた。
 息子を害した憎い男、と思われてもおかしくないのに。
 パパはいつだって私に優しかったし。今も優しい。

 コエダの婚約を受けつけない厳しさもあったけど。
 それは親としての正論であり。決して私が憎くてしたことではない。
 今の私には、それがよくわかる。
 だってパパは、こんなにもあたたかく私を包んでくれるから。

「ジョシュア、ぼくもね。ぼくも、今日をけじめにしようと思ったんだ。だからね、こえだのよげんしょを見せたの。ぼく、ちゃんとわかっているよ。前世のジョシュアと、今目の前にいるジョシュアは違うんだって。ジョシュアはいっつもぼくのことが大好きで、優しくて。ぼくが悲しいとそばにいてくれて。とても励ましてくれて。ぼく、前世のジョシュアの気持ちを知らなかったからね、ずっと意地悪されたって思っていたけど。そうじゃないってわかったからね、大丈夫。んん、なにが言いたいんだっけ?」
 話をしていて、コエダはわからなくなったみたい。
 そういうところあるよね、コエダ。でも、可愛いけど。

「えっと、あ、そうだ。だからね、ぼくこれからは。ジョシュアをジョシュアとして見るから。ちゃんと、今のジョシュアを見て。婚約者候補のこととか、いろいろ考えるからね? だから、もう少し時間が欲しいんだ。パパと父上のようなラブラブな結婚がしたいから。ぼくがちゃんと恋をして、情熱とか愛とか、そんな気持ちが出てくるまでね。待っていてほしいんだ」
「わかった」
 あんまりあっさり、私が言うから。
 コエダはまた、へぇぇあぁああ? となった。

「本当ですかぁ? 王子はいつも斜め上に理解しますからねぇ」
「あぁ、大丈夫だ。もう私から、婚約してとは言わない」
「ジョシュアぁ…」
 ちょっと心細くなったのか、コエダは悲しそうな声を出し。
 表情もしょん垂れ眉毛になる。

「だが、コエダのことをあきらめたわけじゃない。コエダには変わらずに愛を乞い続けるよ」
 私の言葉に、コエダはちょっとホッとしたような顔をした。
 友達としてでも親戚としてでもいい、少しは好かれているといいのだが?

「だから。コエダが前世の私の行いを…許さなくても、目をつぶることができて。今の私と婚約しても良いと思えたときには。そっと頬にキスしてくれないか? そうしたら、私はコエダにプロポーズするから」
「ジョシュア…それでいいの? 待ってとは言ったけど。ぼくはジョシュアの好きの気持ちに、甘えていないかな?」
 そんな不安は、考えなくていいんだ。
 ディオン兄上やパパは、コエダの恋心を優先したいのだと言っていて。
 私もそれに、同意するだけなのだ。

 まだ幼いコエダの恋心が、真の大人の恋愛に育つまで。
 
「私の気持ちは変わらない。いつだって、コエダ一筋だ。だから、待てるよ。コエダの傷ついた心が癒えるまで、待てる。そして私がコエダ一筋だということも、生涯かけて証明してみせるよ。だから、お願いだコエダ。今の私を嫌いにならないでくれ」
「嫌い? なんかないですっ。いつも言ってるでしょ? ジョシュアのこと、好きですよって。まだ、友達の好きだけど。んん、大人になったとき、もっと、いっぱいの好きになると思うのです」
 コエダは自分の気持ちを一生懸命伝えていた。
 だから私は微笑みかける。
 コエダの大好きなパパ直伝の、柔らかい笑顔で。

「そうだな。きっと、ずっと、好きでいて。そして愛しているになったら…頬にキスして」

 コエダは、その言葉を聞いて。やんわりと微笑む。
「わかりました。約束します、ジョシュア」

 こえだのよげんしょを読んでも。
 私とコエダの仲は変わりない。
 コエダが恋を胸に秘めるまで、今まで通りご学友として、親戚として、そばにあるだけ。

 願わくば。コエダが私に恋をしてくれますように…。

しおりを挟む
感想 308

あなたにおすすめの小説

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~

兎森りんこ
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。 そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。 そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。 あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。 自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。 エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。 お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!? 無自覚両片思いのほっこりBL。 前半~当て馬女の出現 後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話 予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。 サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。 アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。 完結保証! このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。 ※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。

聖女の兄で、すみません!

たっぷりチョコ
BL
聖女として呼ばれた妹の代わりに異世界に召喚されてしまった、古河大矢(こがだいや)。 三ヶ月経たないと元の場所に還れないと言われ、素直に待つことに。 そんな暇してる大矢に興味を持った次期国王となる第一王子が話しかけてきて・・・。 BL。ラブコメ異世界ファンタジー。

僕のユニークスキルはお菓子を出すことです

野鳥
BL
魔法のある世界で、異世界転生した主人公の唯一使えるユニークスキルがお菓子を出すことだった。 あれ?これって材料費なしでお菓子屋さん出来るのでは?? お菓子無双を夢見る主人公です。 ******** 小説は読み専なので、思い立った時にしか書けないです。 基本全ての小説は不定期に書いておりますので、ご了承くださいませー。 ショートショートじゃ終わらないので短編に切り替えます……こんなはずじゃ…( `ᾥ´ )クッ 本編完結しました〜

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(10/21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。 ※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

【完結】ここで会ったが、十年目。

N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化) 我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。 (追記5/14 : お互いぶん回してますね。) Special thanks illustration by おのつく 様 X(旧Twitter) @__oc_t ※ご都合主義です。あしからず。 ※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。 ※◎は視点が変わります。

僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

処理中です...