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番外 ジョシュア 試練の一日

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     ◆ジョシュア 試練の一日

 コエダのお誕生日会の席で、陛下であるディオン兄上がとんでもないことを宣言した。
 条件付きでコエダを王位継承順位第一位に指名したのだ。
 その条件とは、王族の第三親等を伴侶に迎える場合、であった。
 第三親等というと。ディオン兄上から見て、スタインベルンの血脈を持つ、未婚の弟妹、従兄弟、甥や姪までがあたる。叔父や叔母も含まれるが、前王であった父上、その兄妹はすべて既婚者である。
 というか。ミカエラはディオン兄上の姪にあたるから。ミカエラにも資格があるということだ。

 私は、私の背後から、眼鏡をかけてうっとり王妃をみつめるミカエラを見やる。
 ミカエラは安定に、神の手…つか、タイジュ信者である。
 四年経っても、精神を鍛えることかなわず。
 今もタイジュの息子であるコエダを、こここ、コエダ様。と呼んで、声を震わせている。
 それはともかく。

 ミカエラもコエダの伴侶候補に手をあげられるということだ。
 ベルケ公爵とその夫人は、目がピカリと輝いているが。
 ジトリと見やる私に、ミカエラは首を横に振った。
「めめめ、滅相もない。私は無関係ですわぁ。ジョシュア様とコエダ様のお邪魔はいたしませんわぁ。私は壁。いえ、天井に張りついてふたりを見守る羽虫ですわぁ」
「それはそれで、キモイ」
 まぁ、私の味方であるうちは、ミカエラは放置でよいだろう。

 問題は、私の兄姉だ。
 エルアンリ兄上は既婚だから資格はないが。彼の娘息子は、年が離れてはいるが充分対象である。
 さらに、女神信仰が厚いオズワルド兄上、コエダが一目置くルリア姉上は、強力なライバルになり得る。
 そしてサーシャ姉上は、年齢的にも有力な伴侶候補になる。
 聖女だと知らされていないうちから、コエダは兄弟間でとても人気があって。みんな好意的だったし。
 陛下は、私をコエダの婚約者候補に据え置いてくれたが。

 全然、安心などできない。

 そして。もしも私がコエダの伴侶になったら…。
 私はコエダと結婚できるなら、王位継承権を放棄することも考えていた。
 同性では子孫が望めないので。次代に王位をつなげないからだ。
 しかし。今回の宣言で、コエダが私と結婚したら。

 コエダはスタインベルンの血脈ではない、初の国王になる。

 それを支えるために、血脈のある者が助力するという形なのだろう。
 女神の系譜であるスタインベルン王家、その血脈が絶えるのは、貴族も国民も許さないだろう。
 しかしこの形なら。

「陛下はよくお考えになりましたわね? 聖女を王家に組み込むことと同時に、血脈の問題も解決し。これならコエダ様が王になっても、貴族と国民の理解を得られますわぁ。おそらく誰も反発できませんわね」
 そうミカエラがつぶやく。
 そういうことなのだ。

 陛下が目に入れても痛くないというほどに溺愛するコエダを、次代の王に据えることもできる。
 だが私は。強力なライバルが増えるばかりで、戦々恐々である。
 コエダを誰にも奪われたくない。
 その想いが、私の心を燃え上がらせ。
 そして、悲しくもなる。
 コエダはどうして、事前にこのことを教えてくれなかったのか?
 壇上の彼を見上げる。
 
 コエダとはじめて会ったとき。
 彼は兄上の従者の息子で。王子の私とは身分の差があった。
 いつも、ぼくのような者と遊ぶのは王子のためにならない、なんて言って。
 謙虚に。健気に。身を引こうとしていた。
 そんな彼が、いち庶民から、公爵の孫になって。王太子の息子になって。今は第一王子になっている。
 今は王弟の私が、彼を見上げている。なんだか不思議だな。
 そして、聖女でもあり。多くの国民から敬われ。

 壇上から私を見降ろすコエダは、正しく雲の上の存在だ。

 私の手が届かない人になってしまうのかな?
 いいや、私はあきらめない。
 彼と同じ年であり、長く婚約者候補でもある私は。コエダにとって一番近しいところにいるのだ。
 しかし。陛下にはひとつ文句を言おう。

「ひどいじゃないですか、兄上。コエダの婚約者候補の私を差し置いて、このような重要なことを決めるなんてっ」
 誕生日会が終わったあと。
 王族が集まる控えの間にて、私は陛下に抗議した。

 現在の王であるディオン兄上は。
 威厳と風格を漂わせながら、私の言葉を受け止める。
「この件は、王妃と、宰相のエルアンリとも相談を重ね、熟慮した結果だ。もちろん小枝も承知している。次代の王を、王族の誰かが支えてくれることを期待している。無論、小枝がここにいる誰かを選ばなくても。私は小枝の意思を尊重する。そのときは従来通りの継承順位に戻すので、皆もあまりこの件で動揺しないでもらいたい」

 陛下は私の言葉を皮切りに、集まる王族のみんなにそう言葉をかけたが。
「そうではなくて。コエダを王に据えたいのなら、婚約者候補の私を正式に婚約者にしてくれればいいではないですか?」

 私がそう言うと。ディオン兄上は首を振る。
「ジョシュア。私は小枝の父として、小枝が自由に恋愛をする、その土壌を作ってやりたいだけなのだ。小枝が私の跡を継いで王になるのなら、それは嬉しいが。王に据えたいゆえに、この宣言をしたわけではない」
 王ありきではないらしく。
 私は口をへの字にしてむぅっとなる。
 だが、ライバルが増えたことに変わりなく。
 焦る気持ちは募るばかりだ。

「おまえは誰より一歩リードしているじゃないか。子供のときからご学友として、コエダの一番近いところにいるんだからな?」
 オズワルド兄上がそう言い。
 彼の妹のルリアも口をとがらせて言う。
「そうよぉ。私たちにもコエダちゃんと仲良くなる機会をくれたっていいじゃない?」
 なんか、この兄妹はコエダを狙ってギラギラのように見える。
 いやぁな感じだ。

「大丈夫よ、ジョシュア。コエダちゃんはジョシュアのことちゃんと好きですわよぉ。見ていればわかりますわ。まぁ、それ以上に好きな方ができないということにはなりませんけどねぇ??」
 おーほほ、とサーシャ姉上が笑う。
 サーシャは、母は違うが。今一緒に北の館で暮らしているので。
 仲のいい方の姉弟ではあるのだが。
 なんか、いつもいじられるので。いやぁな感じだ。
 そしてサーシャ姉上もコエダ狙いということだ。むむぅ。

「ジョシュア、おまえの婚約者候補が小枝であることは変わらぬ。大きく構えて、小枝を信じて待っていろ」
 兄上はそう言うが。
 コエダが望むスパダリには。大きな心の器も含まれてはいる。
 どっしり構えることも、ときに必要ではある。
 それはわかっているけれど。

「そんなこと言って。同じ立場になったら兄上は、王妃様に恋愛する自由を与えられるのですか?」
「そんなもの、ダメに決まっている。結婚したら許してはならぬっ」
 ギョンと、目力を強めて言う陛下。怖い怖い。
 でも、負けませんよ。
「コエダと結婚できなかったら、兄上を一生恨みますからね」
「それは逆恨みだ。このような宣言ごときでオタオタして。最終的に小枝の心をゲットできないとしても。それはそなたが悪いのだろう?」
 兄上に正論を突きつけられ。
 私はむぅぅぅっとなるのだった。

 結局、宣言が覆ることはなく。
 お誕生日会のあとの会合も終わりになって、兄上たちは解散していくが。

 控えの間を出る前に、コエダにポンと肩を叩かれた。
「ジョシュア、この宣言を機に。ジョシュアにこえだのよげんしょを開示することにします。覚悟は良いですか?」
 いつになく神妙な顔つきのコエダを見て。
 私は、恐れながらも、うなずく。
 子供の頃に、心臓発作を起こすから見せられないと言われた。恐怖のよげんしょである。
 アレを見たあとに、兄上たちの態度がちょっと変わったから。
 見るのが怖いけど。
 たぶん、私とコエダにとって大事なことが書かれているのだと思う。
 だから、私はこえだのよげんしょを見なくてはならないのだ。

 今日は。私の試練の一日になりそうだ。

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