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2-14 青バラの貴公子

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     ◆青バラの貴公子

 今ぼくは、公爵家のお茶会に来ています。
 つか、王子のお見合いの付き添いババアならぬ、ジジイです。
 てか、なんで婚約者候補のぼくが、婚約者候補パートツーのお見合いの付き添いをしなければならないのですか?
 プンプン。
 いえ、別に。嫉妬じゃあないですよ?
 ぼくはまだ王子が好きってわけじゃないんだからねぇ。…ねぇっっ!

 お茶の乗ったテーブルをはさんで、ふたりはなにやらモジモジしてお話しないので。
 ぼくは気を利かせて、席を立ったのです。
 お見合いは当事者でしてくださいねぇ。
 王子がおねがぁいって、上目遣いのあざとい攻撃を仕掛けてくるから、ついては来ましたけど。

 前世では王子とミカエラ嬢はラブラブぅって感じで。
 メイと一緒に選んだプレゼントをミカエラに贈った、なんてこともあって。
 メイの恋心を思い出すと、ムギギともなりますが。
 言うなれば。
 彼らは相思相愛のラブラブで、メイが横恋慕だっただけなのですから。
 今世では、ぼくは大人しくしていますよ。はい。
 負け戦に勇んで出掛けるほど、ぼくのガラスの心臓ハートは強くないですしぃ。

 ふたりのお邪魔すると、今は空の彼方にある処刑台がギューンとせまってきますからね。

 ぼくの命のためにも。サワラヌカミニタタリナシなのです。
 まぁ、つまり。
 前世でラブラブだったふたりが、今は話もできないで固まっているとかぁ?
 そういうのを見ると、新鮮というかぁ? ラブラブが当たり前じゃないのが不思議な感じです。

 でもミカエラは、ぼくのことはギヌルと睨んできたし。
 聖女だってバレそうになっていたみたいだから、すっごくするどい御令嬢のようですしぃ。
 やっぱり、前世のなにかが作用していて、ぼくに嫌悪感があるのかなぁ?
 それとも。今世のミカエラもすでに王子が大好きで。お邪魔虫のぼくが邪魔だとか?

 あぁあ、あぁあ、それは断然ありえますぅぅ。

 そうなのです。親睦を深めるお茶会に、立場的ライバルのぼくが大きな顔で乗り込んできたのですからねぇ? そりゃあ不快極まりないってものですよ。

 それにぼくは、前世でミカエラをいっぱいイジメてしまったからね。
 ぼく的に後ろめたい気があってね。
 今世では彼女に優しくしたいし。彼女の邪魔をするようなことはしたくないのです。
 ミカエラが王子とふたりきりでお話したいのなら。

 ぼくは今、完全にお邪魔虫ですぅぅ。

 しかし、ここまで来てしまったからには。
 王子が帰宅しないと一緒に帰れませんし。
 ぼくは見知らぬ屋敷の広いお庭でポツンとするしかないのだったぁ。しょぼりんぬ。

「レギぃ? ぼくが先に帰るというのはダメですよねぇ?」
「それはそれで、王子にも公爵家にも失礼に当たってしまいます。せっかく用意したおもてなしを無下にされたと取られてしまいますから」
「ですよねぇ…では、のんびりお庭を散策させてもらいましょう」

 ぼくは後ろに手を組んで、お庭のお花をゆっくり歩きながら見ていくのだ。
 北の館も広いお庭だけど。男所帯ゆえか、あまり華やかではない。
 冬はお花が全くなかったです。
 ぼくのバラも白オンリーだから清楚な印象だけどあざやかではないんだよね。
 まぁパパのイメージなので、あれはあれできれいなのでいいのです。

 だけど公爵家のお花は、夏というのもあるけれど、赤や黄色の花々がそこかしこに咲いているんだ。
「あぁ、ひまわりが咲いています。ぼく、ひまわりは黄色くて明るくて、ばぁぁっとしているから好きです。レギ、タネを分けてもらって、来年北の館に植えましょうか?」
「それは良いのですけど。もしかしたらコエダ様は来年北の館にはいないかもしれませんよ?」
「へぇぇぁあ? どうしてぇ?」
 たずねると、レギは背筋を伸ばして言うのです。
「先日陛下が、ディオン殿下に王位を譲られるという話をしたでしょう? 殿下が即位したら、ご一家は王宮に住まいを移られるかもしれないのです」
「お引越し、ですかぁ?」
「そうです。必ず北の館を出なければいけない、ということではないのですが。慣例では、国王ご一家は王宮に住むのが一般的です。側室など、奥様を多く迎えられる場合は、女性や御子様は後宮に入るのですが。タイジュ様は男性ですから後宮ではなく王宮で暮らすことになるかと…」
 ディオン殿下がタイジュ様やコエダ様と別の館で暮らすことも考えにくいです、と。レギは肩をすくめますが。
 はぁあ、お引越しは、考えていませんでしたねぇ。

「それでは、タネを植えても手入れできませんねぇ。それはお花が可哀想ですからダメです。あ、ぼくのバラはどうなりますかぁ?」
「バラはお好きな場所に移植できます。大丈夫ですよ」
 そうか、バラは続いてぼくが育ててもいいんだね?
 ホッとしました。

「あ、レギぃ、あそこにバラが咲いています。まだ咲いていますよ??」
 ぼくのバラは七月いっぱいくらいで枯れてしまったのです。
 元々、長く咲くものではないようで。
 ワンシーズンは終了したみたい。

「こんなに暑い時期にもバラが咲いているなんてぇ。どうしたら長持ちするのでしょう?」
 ぼくは、近くへ行って見てみた。
 水色のバラがいっぱい咲きほこっています。
 青いバラというのが、もう珍しいというかぁ?
 こんな珍しいバラが育てられているのが、さすが公爵家という感じですねぇ。

「コエダ様、このバラは長持ちしたのではなく、この時期に咲くバラなのですよ。バラは温室で温度管理をして年中咲かせたり。屋外では咲く時期をずらしたバラを植えて、花の盛りを移ろわせていくというのが良いそうです」
「そうなのですか。この時期に咲くのなら、ウネウネに悩まされずに済みそうですね」
 ぼくは肉厚の花弁を指先でそっと触れる。
 濃い青ではなく、薄い青色で。
 ぼくの白いバラよりも涼しげに見えますね。

「誰かいるのかっ?」
 突然、そう言われて。
 バラの垣根の奥の方から、青いバラをいっぱい抱えた男の子が出てきた。
 ぼくよりちょっと年上そうで、銀髪のような白髪のような、少し青みがかった色の髪。
 目元はやんわりしていて。
 ぼくを見て驚いている顔つきだけど、怒ってはいない、みたいな?

「あ、あなたは、コエダ様?」
 彼はぼくのことを知っているみたいで、バラを抱えたまま地に膝をついた。
 ぼくは慌てて、両の手のひらを横に振る。
「あわわ、立っていていいですよ。ぼくのことを知っているのですか?」
「はい、先日ジョシュア王子の誕生日会でお見掛けいたしました。顔合わせの列が長かったゆえ、ご挨拶は控えさせていただきましたが」
 それじゃあ、ぼくは知らなかったね。
 良かった。挨拶したのに覚えてないのかよぉぉってならなくて。

「あなたはミカエラ嬢の兄上様ですか?」
 髪色や顔立ちは似ていないけど、公爵家のお庭にいたから、単純にそう思ったのですけど。

「いえ。ご挨拶が遅れました。私はフリオーネ侯爵家の第三子、ブランカ、十歳です。ベルケ公爵家とは遠縁で。病に伏せる祖母のお見舞いに公爵家の見事なバラを分けてもらっているところなのです」
 そうして青いバラを抱えるブランカは。
 笑う顔はパパのように柔らかく優しげに見えるのだけど。それより頼りないというか、はかなげな感じに見える。
 それに端正な顔立ちは一度見たら忘れないというか?
 キリッとキラッとした王子とは種類の違う、美麗なクールイケメンです。

「御祖母さまは御病気なのですか? パパに…んん、神の手にお話しましょうか?」
「いいえ、そのような。お気遣いはありがたいのですが、祖母は病というよりは寿命なのです。穏やかに安らかに、ベッドに横になっているのですよ」
「パパは、お医者なので。病気じゃないと治せません。ごめんなさい」
「謝らないでください、コエダ様。承知していることです。お優しいお気持ちだけいただいておきますね」
 柔らかい話口で、そう言うブランカに。ぼくは申し訳ない気になった。
 でも。たとえ聖女でも。
 寿命は治せません。

 ブランカは茎を長くして切っていた青バラを、持ちやすい長さにひとつ切って。
 ちょっと屈んで、ぼくにバラを差し出した。
「トゲは取ってあります。コエダ様、またどこかでお会い出来たら嬉しいです」
 ぼくはそのバラを握って、彼をみつめた。
 優しく笑う、その顔は。

 白馬に乗った王子様? んん、白馬は王子に残しておきましょう。
 青バラの貴公子、って感じです。イケてるぅぅ。

 だけどね。なにかが向こうからブーーーーンって飛んできてね。
 青バラの貴公子の頭にビタッとくっついたの。
 ブランカは衝撃で頭を下げてね。
 ぼくはそのブランカの頭にくっついているやつを取りました。
 ゲットです。
「こ、これはぁぁ、レッドソルジャーオオカブトムシぃぃぃ」
 全長二十センチほどもある、レアなカブトムシです。図鑑でしか見ないようなやつぅ。
 それがすごい勢いで飛んできたのですから、ブランカがぶつかる勢いで頭をさげちゃっても仕方がない。

 しかし。これはすぐさま王子に見せなければぁ。

「ふふ、カッコつかなかったな。でも、私のことを覚えておいてくださいね、コエダ様」
 気を取り直して、ブランカはそう言うけど。
 情けなく眉をさげるその顔は、苦笑、みたいな?

「こんなレアな経験は忘れられませんよ、ブランカ。また会いましょうね?」
 だけどぼくはお宝ゲットで、ニンマリ笑うのだった。
 彼に手を振って、ぼくは王子とミカエラがお茶をしているアズマヤに向かって駆けて行きます。

 だって。レッドソルジャーオオカブトムシですよぉ?
 王子、びっくりするだろうなぁ。

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