144 / 174
番外 ジョシュア 惚れ直したぞ、コエダ。 ①
しおりを挟む
◆ジョシュア 惚れ直したぞ、コエダ。
父上に、どうしてもコエダと婚約したいのだと訴えたら。
なんでか婚約候補がふたりになってしまった。
もう、父上は余計なことはしなくていいのにぃ。
しかし、父上は。
やはり私に世継ぎを期待しているようで。
私は、私がまだ子供だというのに。私の子供など考えられないのだぁ。
己の今を生きるので精一杯なのだからね。
まずコエダと遊ぶのは絶対だしぃ。それから家庭教師とお勉強したり、魔法の勉強もし始めたし。お茶会に呼ばれたり、ノアと剣術の修練も。
あと、あぶみに足が届くようになったから、このところは乗馬も練習しているのだ。
コエダは白馬に乗った王子様になれというが。私の馬は普通に茶色だ。
茶色では駄目なのか?
って感じに、やることは馬鹿みたいにある。王子は忙しいのだ。
それはともかく。
父上が退位を表明してしまい、兄上たちはワタワタしていたが。
その話し合いの中で、コエダが聖女だということが発覚した。
せぇじょって、なに?
と、その場では思ったけど。
数日後、北の館でなにやら相談事…私も王族の一員として参加しなさいと言われて行ったのだけど。大人の話はやっぱりよくわからなかった。
で、その集まりの翌日にぃ。
エルアンリ兄上が、王宮の奥に作られている聖堂に連れて行ってくれた。
そこで聖女と女神の関係性。どれほど聖女が尊い存在か。
その過去の聖女の偉業などなど、いろいろ、こんこんと、教えてくれたのだ。
そういえば、絵本で聖女の話もあったな。
せぇじょって、あの聖女のことかぁ。ふむふむ。
で、コエダが聖女? 男の子なのに聖女なのか?
それはよくわからないけど。
エルアンリ兄上はコエダに毒消しの魔法をしてもらっていたみたいで。
あれが聖女の浄化の能力だというのだ。聖女なのは間違いないって。
うわぁぁ、コエダ、すっごいね。
私より年下なのに、魔法を自在に操っているのだろう?
私などは、加減ができなくて。
後宮の裏庭ででっかい炎をあげちゃって、母上にものすっごく怒られたよ。
まぁ、私の話はいいのだけど。
それで、尊い存在だから。喧嘩したり意地悪したりしたら駄目なんだよって。
真剣なお顔のエルアンリ兄上に言われました。
顔が近いです、兄上。
そんなこと、しないよぉ。私はコエダがだぁい好きなのだから。
んん、コエダに怒られることは、いっぱいあるけど。
婚約してってしつこく言ったときとか。
お勉強の時間に絵を描いたりしたときとか。
知らない人の前でダルンダルンしているときとか。
でも、私からは怒らないし。
意地悪なんてとんでもない。
大好きなコエダに嫌われたらどうするのだぁ。ないない。
それでね、聖堂にあるこの御本を読みなさいって、三冊渡されたんだ。
そこには、何代前の聖女がこういう奇跡を起こしたとか。
特にすごいことをした聖女のお話が書いてあったのだけど。
うーん。私は、コエダがなにをするのか、その方が興味があるな。
兄上の話で、聖女がすっごい存在なのだということは、もうわかったし。
やっぱりコエダはすごいんだって、改めて感心しただけだし。
はじめて出会ったときの、キラキラしたたたずまいにひと目で惚れて。
聖女だから好きになったわけじゃないけど。
聖女だったからコエダはキラキラしていたのかなって。そう思ったりもする。
とにかく、私の見る目は確かだということだ。
みんなに敬われる存在だった、聖女のコエダ。
私が好きになってもおかしくなかったぁ、ということだ。うむ。
それでね、コエダが聖女デビューですって言って、浄化の旅に出かけることになったのだ。
えぇぇ? 私も一緒に行くぅ。
国の宝である聖女がなにをするのか、それを見届けるのは王子の務めですって、胸を張って言ったら。
父上は感動して、私が旅に同行するのを許してくれた。
相変わらず、ちょろ…いや、ありがとうございます父上。
それで、十日間も王都から離れる旅に出たのだけど。
わぁぁ、それは確かに大冒険だなぁ。
でも長い期間コエダのおうちに泊ったこともあるし。
両親と離れて暮らすことには、もう、ほぼほぼ抵抗はない。
はじめてお泊りしたときは、無性に寂しくなったり、母上がいないことで感情がわぁぁってなって、急に怒ってしまったこともあったけど。今はもう、そんなことはなくなった。
私も成長しているのだなと、自分で思ってしまうな、ふふふ。
そもそも普段から、もう己の個室でひとりで寝るようになっている。
王子はいつまでも母と寝たりはしないからな。
身の回りの世話も使用人や執事がしてくれるので。
母上がいなければなんにもできなぁい、というお子様ではなくなったのだっ。
それに旅のメンバーも、コエダとパパがいるし。
私はもう、それで安心できるのだ。
初日にちょっと張り切っちゃって、夜お熱が出たけれど。
パパがゆっくり寝れば治りますよって言ってくれて。
ひんやりした手を、私の額に当ててくれた。
それがすんごく気持ちが良くて。
私はすぐに寝てしまったのだ。
いきなり迷惑をかけたなと思ったけど。
翌朝パパは、すぐに熱が引いて良かったと言ってくれた。
タイジュはいつも優しい。コエダとの婚約にはうなずいてくれないけど。
「パパの手て、すごく気持ちがいいでしょう? でも病気のときしかしてくれないからね。ぼくは王子がうらやましかったなぁ」
コエダもニッコリ笑顔で、そう言ってくれた。
「こら、コエダ。王子はお熱が出て苦しかったんだからね。元気が一番なんだから、うらやましいとか言わないの」
その日の朝、パパはなにやら黄色くてべちょべちょっとした食事を出してきた。
「あぁあ、おかゆぅ。ぼくもおかゆ食べたいぃ」
コエダがそう言うので。
「コエダ、おかゆとはなんだ?」
聞いたら。
なにやらうっとりした顔で、コエダがアレを言い出した。
「おかゆ…それは病気のときにだけ出てくる魅惑の黄色い食べ物。ですがぼくは、病気じゃなくても普通に食べたいのです。週一で食べたいのです。おかゆはご飯を柔らかく煮たもので、そこに卵が溶いてあるから黄色いのです。ほんのりしょっぱいのが、つくだ煮やおかずに合うし。柔らかいからすぅすぅ食べられてしまうのぉ。そしてこのねちょっとした感じが、たまらなく癖になるのですぅぅ」
そう言うコエダに、パパは苦笑しておかゆを出すのだった。
「えぇ? そんなふうに言われたら、俺も食べたいんだけど、タイジュ」
初日はセキュリティー対策のため小さめの宿を貸し切りにしていて。
朝食は騎士も使用人も一緒に食堂で食べていた。
そして一緒の席にいたオズワルド兄上が、パパにそう言う。
え、兄上、このべっちょり食べたいの?
「すみません、病明けの食事というつもりで、王子の分しか作らなかったのですよぉ。多めに作ったから、コエダの分はあったけど。元気な人は、宿のご飯をモリモリ食べてください」
パパの声に、ご相伴を期待した騎士たちのため息が漏れた。
「えぇ? おかゆですよ? ご飯をゆるくしただけですよ」
パパはそう言うけど。みんなパパのご飯が好きなんだよね。知ってるぅ。
それで、コエダがスプーンにおかゆを乗せて、あんむと食べたので。
私も口に入れた。
すると、なにやらほんのりとした甘みと塩味が合わさって。
なんと表現すればいいのか。なんか。優しい感じ?
コエダの頭の色と同じだから。それも、なんか嬉しいような。
熱は下がったけど、食欲はないなって思っていて。でも、なんか。すぅすぅ入っちゃった。
コエダの言ったとおりだ。
おかずの味を邪魔しないで、食傷するしょっぱいお肉も、優しくくるんじゃうんだ。不思議ぃ。
私はパパとコエダの優しさに包まれたような気になった。
コエダと出会う前、熱が出たり、変なものを食べてお腹が痛くなったり。
今思うと、あれは毒を盛られていたのかもしれないけど。
それで具合が悪くなったとき。
母上は付き添ってくれたけれど。お忙しいから、ずっとはいてくれなくて。
さみしくて、悲しくて。ベッドの中で死んでしまったらどうしようって、心細くなって。
私はずっとひとりで耐えていた。
だから。
コエダのパパが昨夜額に手を当ててくれた、そのような行為を受けたのは、はじめてだったのだ。
王子という立場だからか、使用人などは特に、私に不用意に触れたりしないし。
母上も王族の品位を身につけさせる意味で、私にスキンシップはほぼしない。
たまには手をつなぐが、このごろは人前でそのような甘えた姿はさらさない。
大勢の人に囲まれていても、誰も私に触れようとはしない。
王子というものは、物心ついたときから孤独なものなのだ。
だから、パパが私の額に手を当てて。大丈夫だと励まされて。
人に触れられるのはすっごく気持ちがいいものなのだなと知ったのだ。
コエダも、パパの子だから。スキンシップは激しい方かなぁ?
よく、ヒシッと腕にしがみついたりするし。嬉しかったり楽しかったりすると抱きついてきたり。
ケンカして、仲直りするときは。手をつないでくれる。
コエダのぬくもりを感じると、私も嬉しいし、気持ちが良いし。
ケンカのあとは許されたという気になるのだ。
ディオン兄上は、今の私の年頃には北の館でひとりで暮らしていた。だから、尊敬する。
今ひとりで暮らせと言われたら、私はさすがに無理だと思うので。
コエダと会う前は、兄上のようになりたかった。
ひとりでも、背筋を伸ばして立ち。
暗殺者も己の剣で振り払える、強い人物に。
だけど、そのような命の危機もほぼほぼ消え去り。
コエダと会って。年相応に子供のような遊びをしていたら。
なんか。兄上のような強靭な人物には、私はなれないなぁと思うのだ。
差し迫った危機が訪れたら。たとえば兄上のように、毎晩刺客に襲われるとか、そんな場面があったなら。そのようなことを言っていられず。王族としての矜持を持ち、誰にも負けない強靭さを内外に示さなければならないだろうが。
なにもなければ。いつまでも、コエダとのほほんとすごしていきたい。
そう、おかゆを食べながら思ったものだ。
だけど、コエダは聖女なのだろう?
きっと、なにもないなんて、ないよなぁ。
じっさい、アムランゼに到着して。すっごいことが起きた。
私はコエダの聖女の力を目の当たりにしたのだ。
コエダが、ちょっとにごった湖に指をチョンとつけたらね。
たちまち湖がきれいになった。
澄んだ色の、透明で、空の色が映りこむ、鮮やかな色の湖だ。
モノクロの景色が、天然色に切り替わったくらいの、しょうげきだっ。
それにね。
そのときのコエダが、すっごくきれいだった。
体の中から光が発せられているみたいに。
輪郭が光り輝いてね。
うわぁ、天使みたいだって。ホントに思ったんだ。
天使じゃなくて、聖女だけど。
女神の遣いだから、どちらも同じだよね。
で、その光景を目にして。
オズワルド兄上などはひれ伏したいなんて言っていたけど。
その気持ち、わかります兄上。
私は、いつもそばにいるのが当たり前のコエダが、ホントに尊い存在なのだと実感したのだぁ。
だけどね、コエダはすごいことをしたのに。いつもと変わらない様子で。
私が、己の感情をなんとか伝えたくて、すっごいすっごい言ったのだけどね。
ちょっと照れて、頭を手でペソペソ撫でたけど。
それぐらいで。全然えらぶったりしないのだ。
聖女なんて、国民はみんな敬うような存在なのに、それも内緒にしていてね。
みんな、ちやほやしてくれそうなのにね。
コエダはそういうの、いらないみたい。
普通に暮らしていたいみたい。
そういう謙虚なところ。惚れ直したぞ、コエダ。
でも。そのあと私は大失態をしてしまう。
だって、でっかいナマズが出てきたんだっ。こんな大きな生き物、はじめて見たんだ。
つい、コエダにしがみついてしまった。
コエダは、私が守りたいのに。守らなきゃダメなのに。
魔法を出すとか、剣を抜くとか、全く考えられなくて。
あぁぁぁぁあああ、大失敗。
父上に、どうしてもコエダと婚約したいのだと訴えたら。
なんでか婚約候補がふたりになってしまった。
もう、父上は余計なことはしなくていいのにぃ。
しかし、父上は。
やはり私に世継ぎを期待しているようで。
私は、私がまだ子供だというのに。私の子供など考えられないのだぁ。
己の今を生きるので精一杯なのだからね。
まずコエダと遊ぶのは絶対だしぃ。それから家庭教師とお勉強したり、魔法の勉強もし始めたし。お茶会に呼ばれたり、ノアと剣術の修練も。
あと、あぶみに足が届くようになったから、このところは乗馬も練習しているのだ。
コエダは白馬に乗った王子様になれというが。私の馬は普通に茶色だ。
茶色では駄目なのか?
って感じに、やることは馬鹿みたいにある。王子は忙しいのだ。
それはともかく。
父上が退位を表明してしまい、兄上たちはワタワタしていたが。
その話し合いの中で、コエダが聖女だということが発覚した。
せぇじょって、なに?
と、その場では思ったけど。
数日後、北の館でなにやら相談事…私も王族の一員として参加しなさいと言われて行ったのだけど。大人の話はやっぱりよくわからなかった。
で、その集まりの翌日にぃ。
エルアンリ兄上が、王宮の奥に作られている聖堂に連れて行ってくれた。
そこで聖女と女神の関係性。どれほど聖女が尊い存在か。
その過去の聖女の偉業などなど、いろいろ、こんこんと、教えてくれたのだ。
そういえば、絵本で聖女の話もあったな。
せぇじょって、あの聖女のことかぁ。ふむふむ。
で、コエダが聖女? 男の子なのに聖女なのか?
それはよくわからないけど。
エルアンリ兄上はコエダに毒消しの魔法をしてもらっていたみたいで。
あれが聖女の浄化の能力だというのだ。聖女なのは間違いないって。
うわぁぁ、コエダ、すっごいね。
私より年下なのに、魔法を自在に操っているのだろう?
私などは、加減ができなくて。
後宮の裏庭ででっかい炎をあげちゃって、母上にものすっごく怒られたよ。
まぁ、私の話はいいのだけど。
それで、尊い存在だから。喧嘩したり意地悪したりしたら駄目なんだよって。
真剣なお顔のエルアンリ兄上に言われました。
顔が近いです、兄上。
そんなこと、しないよぉ。私はコエダがだぁい好きなのだから。
んん、コエダに怒られることは、いっぱいあるけど。
婚約してってしつこく言ったときとか。
お勉強の時間に絵を描いたりしたときとか。
知らない人の前でダルンダルンしているときとか。
でも、私からは怒らないし。
意地悪なんてとんでもない。
大好きなコエダに嫌われたらどうするのだぁ。ないない。
それでね、聖堂にあるこの御本を読みなさいって、三冊渡されたんだ。
そこには、何代前の聖女がこういう奇跡を起こしたとか。
特にすごいことをした聖女のお話が書いてあったのだけど。
うーん。私は、コエダがなにをするのか、その方が興味があるな。
兄上の話で、聖女がすっごい存在なのだということは、もうわかったし。
やっぱりコエダはすごいんだって、改めて感心しただけだし。
はじめて出会ったときの、キラキラしたたたずまいにひと目で惚れて。
聖女だから好きになったわけじゃないけど。
聖女だったからコエダはキラキラしていたのかなって。そう思ったりもする。
とにかく、私の見る目は確かだということだ。
みんなに敬われる存在だった、聖女のコエダ。
私が好きになってもおかしくなかったぁ、ということだ。うむ。
それでね、コエダが聖女デビューですって言って、浄化の旅に出かけることになったのだ。
えぇぇ? 私も一緒に行くぅ。
国の宝である聖女がなにをするのか、それを見届けるのは王子の務めですって、胸を張って言ったら。
父上は感動して、私が旅に同行するのを許してくれた。
相変わらず、ちょろ…いや、ありがとうございます父上。
それで、十日間も王都から離れる旅に出たのだけど。
わぁぁ、それは確かに大冒険だなぁ。
でも長い期間コエダのおうちに泊ったこともあるし。
両親と離れて暮らすことには、もう、ほぼほぼ抵抗はない。
はじめてお泊りしたときは、無性に寂しくなったり、母上がいないことで感情がわぁぁってなって、急に怒ってしまったこともあったけど。今はもう、そんなことはなくなった。
私も成長しているのだなと、自分で思ってしまうな、ふふふ。
そもそも普段から、もう己の個室でひとりで寝るようになっている。
王子はいつまでも母と寝たりはしないからな。
身の回りの世話も使用人や執事がしてくれるので。
母上がいなければなんにもできなぁい、というお子様ではなくなったのだっ。
それに旅のメンバーも、コエダとパパがいるし。
私はもう、それで安心できるのだ。
初日にちょっと張り切っちゃって、夜お熱が出たけれど。
パパがゆっくり寝れば治りますよって言ってくれて。
ひんやりした手を、私の額に当ててくれた。
それがすんごく気持ちが良くて。
私はすぐに寝てしまったのだ。
いきなり迷惑をかけたなと思ったけど。
翌朝パパは、すぐに熱が引いて良かったと言ってくれた。
タイジュはいつも優しい。コエダとの婚約にはうなずいてくれないけど。
「パパの手て、すごく気持ちがいいでしょう? でも病気のときしかしてくれないからね。ぼくは王子がうらやましかったなぁ」
コエダもニッコリ笑顔で、そう言ってくれた。
「こら、コエダ。王子はお熱が出て苦しかったんだからね。元気が一番なんだから、うらやましいとか言わないの」
その日の朝、パパはなにやら黄色くてべちょべちょっとした食事を出してきた。
「あぁあ、おかゆぅ。ぼくもおかゆ食べたいぃ」
コエダがそう言うので。
「コエダ、おかゆとはなんだ?」
聞いたら。
なにやらうっとりした顔で、コエダがアレを言い出した。
「おかゆ…それは病気のときにだけ出てくる魅惑の黄色い食べ物。ですがぼくは、病気じゃなくても普通に食べたいのです。週一で食べたいのです。おかゆはご飯を柔らかく煮たもので、そこに卵が溶いてあるから黄色いのです。ほんのりしょっぱいのが、つくだ煮やおかずに合うし。柔らかいからすぅすぅ食べられてしまうのぉ。そしてこのねちょっとした感じが、たまらなく癖になるのですぅぅ」
そう言うコエダに、パパは苦笑しておかゆを出すのだった。
「えぇ? そんなふうに言われたら、俺も食べたいんだけど、タイジュ」
初日はセキュリティー対策のため小さめの宿を貸し切りにしていて。
朝食は騎士も使用人も一緒に食堂で食べていた。
そして一緒の席にいたオズワルド兄上が、パパにそう言う。
え、兄上、このべっちょり食べたいの?
「すみません、病明けの食事というつもりで、王子の分しか作らなかったのですよぉ。多めに作ったから、コエダの分はあったけど。元気な人は、宿のご飯をモリモリ食べてください」
パパの声に、ご相伴を期待した騎士たちのため息が漏れた。
「えぇ? おかゆですよ? ご飯をゆるくしただけですよ」
パパはそう言うけど。みんなパパのご飯が好きなんだよね。知ってるぅ。
それで、コエダがスプーンにおかゆを乗せて、あんむと食べたので。
私も口に入れた。
すると、なにやらほんのりとした甘みと塩味が合わさって。
なんと表現すればいいのか。なんか。優しい感じ?
コエダの頭の色と同じだから。それも、なんか嬉しいような。
熱は下がったけど、食欲はないなって思っていて。でも、なんか。すぅすぅ入っちゃった。
コエダの言ったとおりだ。
おかずの味を邪魔しないで、食傷するしょっぱいお肉も、優しくくるんじゃうんだ。不思議ぃ。
私はパパとコエダの優しさに包まれたような気になった。
コエダと出会う前、熱が出たり、変なものを食べてお腹が痛くなったり。
今思うと、あれは毒を盛られていたのかもしれないけど。
それで具合が悪くなったとき。
母上は付き添ってくれたけれど。お忙しいから、ずっとはいてくれなくて。
さみしくて、悲しくて。ベッドの中で死んでしまったらどうしようって、心細くなって。
私はずっとひとりで耐えていた。
だから。
コエダのパパが昨夜額に手を当ててくれた、そのような行為を受けたのは、はじめてだったのだ。
王子という立場だからか、使用人などは特に、私に不用意に触れたりしないし。
母上も王族の品位を身につけさせる意味で、私にスキンシップはほぼしない。
たまには手をつなぐが、このごろは人前でそのような甘えた姿はさらさない。
大勢の人に囲まれていても、誰も私に触れようとはしない。
王子というものは、物心ついたときから孤独なものなのだ。
だから、パパが私の額に手を当てて。大丈夫だと励まされて。
人に触れられるのはすっごく気持ちがいいものなのだなと知ったのだ。
コエダも、パパの子だから。スキンシップは激しい方かなぁ?
よく、ヒシッと腕にしがみついたりするし。嬉しかったり楽しかったりすると抱きついてきたり。
ケンカして、仲直りするときは。手をつないでくれる。
コエダのぬくもりを感じると、私も嬉しいし、気持ちが良いし。
ケンカのあとは許されたという気になるのだ。
ディオン兄上は、今の私の年頃には北の館でひとりで暮らしていた。だから、尊敬する。
今ひとりで暮らせと言われたら、私はさすがに無理だと思うので。
コエダと会う前は、兄上のようになりたかった。
ひとりでも、背筋を伸ばして立ち。
暗殺者も己の剣で振り払える、強い人物に。
だけど、そのような命の危機もほぼほぼ消え去り。
コエダと会って。年相応に子供のような遊びをしていたら。
なんか。兄上のような強靭な人物には、私はなれないなぁと思うのだ。
差し迫った危機が訪れたら。たとえば兄上のように、毎晩刺客に襲われるとか、そんな場面があったなら。そのようなことを言っていられず。王族としての矜持を持ち、誰にも負けない強靭さを内外に示さなければならないだろうが。
なにもなければ。いつまでも、コエダとのほほんとすごしていきたい。
そう、おかゆを食べながら思ったものだ。
だけど、コエダは聖女なのだろう?
きっと、なにもないなんて、ないよなぁ。
じっさい、アムランゼに到着して。すっごいことが起きた。
私はコエダの聖女の力を目の当たりにしたのだ。
コエダが、ちょっとにごった湖に指をチョンとつけたらね。
たちまち湖がきれいになった。
澄んだ色の、透明で、空の色が映りこむ、鮮やかな色の湖だ。
モノクロの景色が、天然色に切り替わったくらいの、しょうげきだっ。
それにね。
そのときのコエダが、すっごくきれいだった。
体の中から光が発せられているみたいに。
輪郭が光り輝いてね。
うわぁ、天使みたいだって。ホントに思ったんだ。
天使じゃなくて、聖女だけど。
女神の遣いだから、どちらも同じだよね。
で、その光景を目にして。
オズワルド兄上などはひれ伏したいなんて言っていたけど。
その気持ち、わかります兄上。
私は、いつもそばにいるのが当たり前のコエダが、ホントに尊い存在なのだと実感したのだぁ。
だけどね、コエダはすごいことをしたのに。いつもと変わらない様子で。
私が、己の感情をなんとか伝えたくて、すっごいすっごい言ったのだけどね。
ちょっと照れて、頭を手でペソペソ撫でたけど。
それぐらいで。全然えらぶったりしないのだ。
聖女なんて、国民はみんな敬うような存在なのに、それも内緒にしていてね。
みんな、ちやほやしてくれそうなのにね。
コエダはそういうの、いらないみたい。
普通に暮らしていたいみたい。
そういう謙虚なところ。惚れ直したぞ、コエダ。
でも。そのあと私は大失態をしてしまう。
だって、でっかいナマズが出てきたんだっ。こんな大きな生き物、はじめて見たんだ。
つい、コエダにしがみついてしまった。
コエダは、私が守りたいのに。守らなきゃダメなのに。
魔法を出すとか、剣を抜くとか、全く考えられなくて。
あぁぁぁぁあああ、大失敗。
449
お気に入りに追加
1,216
あなたにおすすめの小説
【BL】婚約破棄で『不能男』認定された公爵に憑依したから、やり返すことにした。~計画で元婚約者の相手を狙ったら溺愛された~
楠ノ木雫
BL
俺が憑依したのは、容姿端麗で由緒正しい公爵家の当主だった。憑依する前日、婚約者に婚約破棄をされ『不能男認定』をされた、クズ公爵に。
これから俺がこの公爵として生きていくことになっしまったが、流石の俺も『不能男』にはキレたため、元婚約者に仕返しをする事を決意する。
計画のために、元婚約者の今の婚約者、第二皇子を狙うが……
※以前作ったものを改稿しBL版にリメイクしました。
※他のサイトにも投稿しています。
【完結】父を探して異世界転生したら男なのに歌姫になってしまったっぽい
おだししょうゆ
BL
超人気芸能人として活躍していた男主人公が、痴情のもつれで、女性に刺され、死んでしまう。
生前の行いから、地獄行き確定と思われたが、閻魔様の気まぐれで、異世界転生することになる。
地獄行き回避の条件は、同じ世界に転生した父親を探し出し、罪を償うことだった。
転生した主人公は、仲間の助けを得ながら、父を探して旅をし、成長していく。
※含まれる要素
異世界転生、男主人公、ファンタジー、ブロマンス、BL的な表現、恋愛
※小説家になろうに重複投稿しています
異世界へ下宿屋と共にトリップしたようで。
やの有麻
BL
山に囲まれた小さな村で下宿屋を営んでる倉科 静。29歳で独身。
昨日泊めた外国人を玄関の前で見送り家の中へ入ると、疲労が溜まってたのか急に眠くなり玄関の前で倒れてしまった。そして気付いたら住み慣れた下宿屋と共に異世界へとトリップしてしまったらしい!・・・え?どーゆうこと?
前編・後編・あとがきの3話です。1話7~8千文字。0時に更新。
*ご都合主義で適当に書きました。実際にこんな村はありません。
*フィクションです。感想は受付ますが、法律が~国が~など現実を突き詰めないでください。あくまで私が描いた空想世界です。
*男性出産関連の表現がちょっと入ってます。苦手な方はオススメしません。
BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください
わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。
まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!?
悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。
推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。
病んでる僕は、
蒼紫
BL
『特に理由もなく、
この世界が嫌になった。
愛されたい
でも、縛られたくない
寂しいのも
めんどくさいのも
全部嫌なんだ。』
特に取り柄もなく、短気で、我儘で、それでいて臆病で繊細。
そんな少年が王道学園に転校してきた5月7日。
彼が転校してきて何もかもが、少しずつ変わっていく。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最初のみ三人称 その後は基本一人称です。
お知らせをお読みください。
エブリスタでも投稿してましたがこちらをメインで活動しようと思います。
(エブリスタには改訂前のものしか載せてません)
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる