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番外 ジョシュア 惚れ直したぞ、コエダ。 ①

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     ◆ジョシュア 惚れ直したぞ、コエダ。

 父上に、どうしてもコエダと婚約したいのだと訴えたら。
 なんでか婚約候補がふたりになってしまった。
 もう、父上は余計なことはしなくていいのにぃ。
 しかし、父上は。
 やはり私に世継ぎを期待しているようで。

 私は、私がまだ子供だというのに。私の子供など考えられないのだぁ。
 己の今を生きるので精一杯なのだからね。
 まずコエダと遊ぶのは絶対だしぃ。それから家庭教師とお勉強したり、魔法の勉強もし始めたし。お茶会に呼ばれたり、ノアと剣術の修練も。
 あと、あぶみに足が届くようになったから、このところは乗馬も練習しているのだ。
 コエダは白馬に乗った王子様になれというが。私の馬は普通に茶色だ。
 茶色では駄目なのか?
 って感じに、やることは馬鹿みたいにある。王子は忙しいのだ。

 それはともかく。
 父上が退位を表明してしまい、兄上たちはワタワタしていたが。
 その話し合いの中で、コエダが聖女だということが発覚した。
 せぇじょって、なに?
 と、その場では思ったけど。

 数日後、北の館でなにやら相談事…私も王族の一員として参加しなさいと言われて行ったのだけど。大人の話はやっぱりよくわからなかった。
 で、その集まりの翌日にぃ。

 エルアンリ兄上が、王宮の奥に作られている聖堂に連れて行ってくれた。

 そこで聖女と女神の関係性。どれほど聖女が尊い存在か。
 その過去の聖女の偉業などなど、いろいろ、こんこんと、教えてくれたのだ。
 そういえば、絵本で聖女の話もあったな。
 せぇじょって、あの聖女のことかぁ。ふむふむ。

 で、コエダが聖女? 男の子なのに聖女なのか?
 それはよくわからないけど。

 エルアンリ兄上はコエダに毒消しの魔法をしてもらっていたみたいで。
 あれが聖女の浄化の能力だというのだ。聖女なのは間違いないって。

 うわぁぁ、コエダ、すっごいね。
 私より年下なのに、魔法を自在に操っているのだろう?
 私などは、加減ができなくて。
 後宮の裏庭ででっかい炎をあげちゃって、母上にものすっごく怒られたよ。

 まぁ、私の話はいいのだけど。
 それで、尊い存在だから。喧嘩したり意地悪したりしたら駄目なんだよって。
 真剣なお顔のエルアンリ兄上に言われました。
 顔が近いです、兄上。

 そんなこと、しないよぉ。私はコエダがだぁい好きなのだから。
 んん、コエダに怒られることは、いっぱいあるけど。
 婚約してってしつこく言ったときとか。
 お勉強の時間に絵を描いたりしたときとか。
 知らない人の前でダルンダルンしているときとか。
 でも、私からは怒らないし。
 意地悪なんてとんでもない。
 大好きなコエダに嫌われたらどうするのだぁ。ないない。

 それでね、聖堂にあるこの御本を読みなさいって、三冊渡されたんだ。
 そこには、何代前の聖女がこういう奇跡を起こしたとか。
 特にすごいことをした聖女のお話が書いてあったのだけど。

 うーん。私は、コエダがなにをするのか、その方が興味があるな。
 兄上の話で、聖女がすっごい存在なのだということは、もうわかったし。
 やっぱりコエダはすごいんだって、改めて感心しただけだし。
 はじめて出会ったときの、キラキラしたたたずまいにひと目で惚れて。

 聖女だから好きになったわけじゃないけど。

 聖女だったからコエダはキラキラしていたのかなって。そう思ったりもする。
 とにかく、私の見る目は確かだということだ。
 みんなに敬われる存在だった、聖女のコエダ。
 私が好きになってもおかしくなかったぁ、ということだ。うむ。

 それでね、コエダが聖女デビューですって言って、浄化の旅に出かけることになったのだ。
 えぇぇ? 私も一緒に行くぅ。
 国の宝である聖女がなにをするのか、それを見届けるのは王子の務めですって、胸を張って言ったら。
 父上は感動して、私が旅に同行するのを許してくれた。
 相変わらず、ちょろ…いや、ありがとうございます父上。

 それで、十日間も王都から離れる旅に出たのだけど。
 わぁぁ、それは確かに大冒険だなぁ。
 でも長い期間コエダのおうちに泊ったこともあるし。
 両親と離れて暮らすことには、もう、ほぼほぼ抵抗はない。
 はじめてお泊りしたときは、無性に寂しくなったり、母上がいないことで感情がわぁぁってなって、急に怒ってしまったこともあったけど。今はもう、そんなことはなくなった。
 私も成長しているのだなと、自分で思ってしまうな、ふふふ。

 そもそも普段から、もう己の個室でひとりで寝るようになっている。
 王子はいつまでも母と寝たりはしないからな。
 身の回りの世話も使用人や執事がしてくれるので。
 母上がいなければなんにもできなぁい、というお子様ではなくなったのだっ。

 それに旅のメンバーも、コエダとパパがいるし。
 私はもう、それで安心できるのだ。

 初日にちょっと張り切っちゃって、夜お熱が出たけれど。
 パパがゆっくり寝れば治りますよって言ってくれて。
 ひんやりした手を、私の額に当ててくれた。
 それがすんごく気持ちが良くて。
 私はすぐに寝てしまったのだ。

 いきなり迷惑をかけたなと思ったけど。
 翌朝パパは、すぐに熱が引いて良かったと言ってくれた。
 タイジュはいつも優しい。コエダとの婚約にはうなずいてくれないけど。

「パパの手て、すごく気持ちがいいでしょう? でも病気のときしかしてくれないからね。ぼくは王子がうらやましかったなぁ」
 コエダもニッコリ笑顔で、そう言ってくれた。

「こら、コエダ。王子はお熱が出て苦しかったんだからね。元気が一番なんだから、うらやましいとか言わないの」
 その日の朝、パパはなにやら黄色くてべちょべちょっとした食事を出してきた。
「あぁあ、おかゆぅ。ぼくもおかゆ食べたいぃ」
 コエダがそう言うので。

「コエダ、おかゆとはなんだ?」
 聞いたら。
 なにやらうっとりした顔で、コエダがアレを言い出した。

「おかゆ…それは病気のときにだけ出てくる魅惑の黄色い食べ物。ですがぼくは、病気じゃなくても普通に食べたいのです。週一で食べたいのです。おかゆはご飯を柔らかく煮たもので、そこに卵が溶いてあるから黄色いのです。ほんのりしょっぱいのが、つくだ煮やおかずに合うし。柔らかいからすぅすぅ食べられてしまうのぉ。そしてこのねちょっとした感じが、たまらなく癖になるのですぅぅ」
 そう言うコエダに、パパは苦笑しておかゆを出すのだった。

「えぇ? そんなふうに言われたら、俺も食べたいんだけど、タイジュ」
 初日はセキュリティー対策のため小さめの宿を貸し切りにしていて。
 朝食は騎士も使用人も一緒に食堂で食べていた。
 そして一緒の席にいたオズワルド兄上が、パパにそう言う。
 え、兄上、このべっちょり食べたいの?

「すみません、病明やまいあけの食事というつもりで、王子の分しか作らなかったのですよぉ。多めに作ったから、コエダの分はあったけど。元気な人は、宿のご飯をモリモリ食べてください」
 パパの声に、ご相伴を期待した騎士たちのため息が漏れた。
「えぇ? おかゆですよ? ご飯をゆるくしただけですよ」
 パパはそう言うけど。みんなパパのご飯が好きなんだよね。知ってるぅ。

 それで、コエダがスプーンにおかゆを乗せて、あんむと食べたので。
 私も口に入れた。
 すると、なにやらほんのりとした甘みと塩味が合わさって。
 なんと表現すればいいのか。なんか。優しい感じ?
 コエダの頭の色と同じだから。それも、なんか嬉しいような。
 熱は下がったけど、食欲はないなって思っていて。でも、なんか。すぅすぅ入っちゃった。
 コエダの言ったとおりだ。
 おかずの味を邪魔しないで、食傷するしょっぱいお肉も、優しくくるんじゃうんだ。不思議ぃ。

 私はパパとコエダの優しさに包まれたような気になった。

 コエダと出会う前、熱が出たり、変なものを食べてお腹が痛くなったり。
 今思うと、あれは毒を盛られていたのかもしれないけど。
 それで具合が悪くなったとき。
 母上は付き添ってくれたけれど。お忙しいから、ずっとはいてくれなくて。
 さみしくて、悲しくて。ベッドの中で死んでしまったらどうしようって、心細くなって。
 私はずっとひとりで耐えていた。
 だから。
 コエダのパパが昨夜額に手を当ててくれた、そのような行為を受けたのは、はじめてだったのだ。

 王子という立場だからか、使用人などは特に、私に不用意に触れたりしないし。
 母上も王族の品位を身につけさせる意味で、私にスキンシップはほぼしない。
 たまには手をつなぐが、このごろは人前でそのような甘えた姿はさらさない。
 大勢の人に囲まれていても、誰も私に触れようとはしない。

 王子というものは、物心ついたときから孤独なものなのだ。

 だから、パパが私の額に手を当てて。大丈夫だと励まされて。
 人に触れられるのはすっごく気持ちがいいものなのだなと知ったのだ。
 コエダも、パパの子だから。スキンシップは激しい方かなぁ?
 よく、ヒシッと腕にしがみついたりするし。嬉しかったり楽しかったりすると抱きついてきたり。
 ケンカして、仲直りするときは。手をつないでくれる。
 コエダのぬくもりを感じると、私も嬉しいし、気持ちが良いし。
 ケンカのあとは許されたという気になるのだ。

 ディオン兄上は、今の私の年頃には北の館でひとりで暮らしていた。だから、尊敬する。
 今ひとりで暮らせと言われたら、私はさすがに無理だと思うので。
 コエダと会う前は、兄上のようになりたかった。
 ひとりでも、背筋を伸ばして立ち。
 暗殺者も己の剣で振り払える、強い人物に。

 だけど、そのような命の危機もほぼほぼ消え去り。
 コエダと会って。年相応に子供のような遊びをしていたら。
 なんか。兄上のような強靭な人物には、なぁと思うのだ。

 差し迫った危機が訪れたら。たとえば兄上のように、毎晩刺客に襲われるとか、そんな場面があったなら。そのようなことを言っていられず。王族としての矜持を持ち、誰にも負けない強靭さを内外に示さなければならないだろうが。

 なにもなければ。いつまでも、コエダとのほほんとすごしていきたい。
 そう、おかゆを食べながら思ったものだ。

 だけど、コエダは聖女なのだろう?
 きっと、なにもないなんて、ないよなぁ。

 じっさい、アムランゼに到着して。すっごいことが起きた。

 私はコエダの聖女の力を目の当たりにしたのだ。
 コエダが、ちょっとにごった湖に指をチョンとつけたらね。
 たちまち湖がきれいになった。
 澄んだ色の、透明で、空の色が映りこむ、鮮やかな色の湖だ。
 モノクロの景色が、天然色に切り替わったくらいの、しょうげきだっ。

 それにね。
 そのときのコエダが、すっごくきれいだった。
 体の中から光が発せられているみたいに。
 輪郭が光り輝いてね。
 うわぁ、天使みたいだって。ホントに思ったんだ。
 天使じゃなくて、聖女だけど。

 女神の遣いだから、どちらも同じだよね。

 で、その光景を目にして。
 オズワルド兄上などはひれ伏したいなんて言っていたけど。
 その気持ち、わかります兄上。
 私は、いつもそばにいるのが当たり前のコエダが、ホントに尊い存在なのだと実感したのだぁ。

 だけどね、コエダはすごいことをしたのに。いつもと変わらない様子で。
 私が、己の感情をなんとか伝えたくて、すっごいすっごい言ったのだけどね。
 ちょっと照れて、頭を手でペソペソ撫でたけど。
 それぐらいで。全然えらぶったりしないのだ。

 聖女なんて、国民はみんな敬うような存在なのに、それも内緒にしていてね。
 みんな、ちやほやしてくれそうなのにね。
 コエダはそういうの、いらないみたい。
 普通に暮らしていたいみたい。

 そういう謙虚なところ。惚れ直したぞ、コエダ。
 
 でも。そのあと私は大失態をしてしまう。
 だって、でっかいナマズが出てきたんだっ。こんな大きな生き物、はじめて見たんだ。
 つい、コエダにしがみついてしまった。
 コエダは、私が守りたいのに。守らなきゃダメなのに。
 魔法を出すとか、剣を抜くとか、全く考えられなくて。

 あぁぁぁぁあああ、大失敗。

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