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番外 ミカエラ おこがましいにもほどがありますわっ ①

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     ◆ミカエラ おこがましいにもほどがありますわっ

 私、ミカエラ・ベルケは公爵家の一人娘。六歳よ。
 クリアに光る、豊かな緑の髪。色白で、目元ぱっちりの美少女と評判ですの。
 まぁ、公爵家の令嬢を褒めない方はいませんもの、社交辞令だと思いますけど。
 お友達の御令嬢と遊んでいるときも、ミカエラ様は礼儀正しくておとなしやかで、清楚で。お上品なお嬢様でうらやましいですわ。なんて、お母様はお友達のお母様から言われているみたいですの。
 それも、社交辞令でしょうけど。
 でも、私。公爵家の令嬢として、誰からも非難されないような立ち居振る舞いを身につけている自負はありますわ。だって、お母様から。いずれあなたは王妃になる存在ですよと言われているのですもの。
 王妃…めんどくさい。
 は、つい本音が。

 とにかく私、隙を見せないで暮らしていますのよ。
 ベルケのお嬢様が王妃になるのは当たり前って、みなさんが思うようにね。

 でもね。私は本を読むのが大好きで。
 本を読んでさえいられたら、それが一番幸せなのですわぁ。
 王妃になるのは面倒くさいけど、王妃になったら珍しい本が読めるのだと思えば。ちょっとだけがんばってみてもいいですわぁぁ、と思っていますの。
 私、どうやら普通の方より魔力が強いみたいで。
 もしかしたら王家の方にも匹敵する、なーんて、魔法科の先生にも言われておりますのよ。
 だから魔法に関する書物は、けっこう読みあさりましてね。
 えぇ、魔法方面でも才女ですの、私。
 他にも、数学や文学も、屋敷にある本はあらかた読みましてね。

 ちょっと、近視なのです。

 眼鏡がないと、人の顔がよく見えないのですわ。
 でも、眼鏡をすると。私たちまち、おブスでガリ勉のイケてない娘になってしまうのよね。
 だから人前では、眼鏡をしないで。美少女のように振舞っているのですわぁ。

 でもね。家でまで、かたっ苦しいお嬢様を演じていたくないでしょう?
 だから屋敷の中では、眼鏡をして髪も三つ編みにしているの。
 本を読むのにウザいからね。豊かで見事な緑の髪はキュッと結ぶに限るわ。
 それで書庫にこもって、日がな本にかじりついているのですの。
 たまに使用人に。そこのあなた、さぼったら駄目よ。なんて言われるわ。
 あなた、新入りね? って思うわ。
 
 まぁ私のことは、そんな感じね。
 そう、猫をかぶっているのよぉ。おほほ。

 それでね。私、魔法書を読むのが好きで。
 魔法に関するお話も好きなのだけど。
 半年前くらいの冬の時期に、叔父様から面白い話を聞いたの。

 叔父様はね、お父様の弟なのだけど。少し年が離れていて、今十九歳なの。若い叔父様よ。
 で、彼は騎士団に勤めているのでね、この前起きた戦争に行ったの。
 私、大好きな叔父様が怪我をしたらどうしようって、とても心配したわ。
 でも、無事に帰ってきて。あぁ、良かったぁ。

 無事帰還の挨拶に公爵家を訪れた叔父様は、興奮気味にそのときの様子を私にお話してくれました。
「ミカエラっ、すごいんだ。戦場に神の手と呼ばれる方がいてね。どんなケガもあっという間に治してしまうし。実は、ここだけの話。本当に内緒の話なのだけどね? ディオン殿下は亡くなったという一報が流れたのだけど。その殿下を神の手がよみがえらせたんだ」
「えぇ? ディオン殿下は亡くなられたのですか?」
 御健在だと思っていたので、私はびっくりしてしまったわ。でも。
「いいや、それほどにひどい怪我だったということだ。しかし神の手が治して。そこで奮起した我らスタインベルンの騎士が敵を追いやって勝利したんだ」

 それって、治癒魔法士が治したということでしょう? そんなことは珍しくないのじゃあないかしら?
 まぁ、いくら治癒魔法士でも、死人は治せないと言うけれどね。
 私も、治癒魔法は少し習っているから、原理はわかるわ。
 なんて、ふーんと思っていたのだけど。

「ミカエラ、話はそれだけじゃないんだ。神の手は、治癒魔法士ではない。なのに、彼が触れるとどんな痛みもたちどころに消失するんだよ。これって、どんな魔法だと思う??」
「叔父様、そんな魔法はありませんわよ。治癒魔法士が治したって、痛みの根本が治らないと、痛みは取れないものですわぁ。魔法書にそう書いてありますの」
「だから、神の手なんだよ」
 叔父様はドヤ顔をして、私の前で紅茶をひと口飲んだ。

 どんなケガも痛みも治してしまう神の手。
 それが本当のことなら、私も興味がウズッとしますけど。

「叔父様は、その方をご覧になったの? 戦場で士気をあげるための物語なのではなくて?」
 御本を読んでいると、戦術論みたいなものもあって。
 公爵家は、次男より下の方は騎士団に入る方が多いから、そのような本が取りそろえられているのだけど。
 それによると、士気をあげるために物語をでっちあげることがままあるみたい。
 それだけ、士気というのは戦況に関係深いということなのだけど。

 なんでも治せる神の手って、いかにもうさん臭いですもの。絶対作り話でしょ。

「見たよ。実在するよぉ。戦場で姿をお見掛けしたとき、おそなえもしたし。戦争を終え、騎士団が王都で解散式をしたときにも。瀕死の重傷と言われていたディオン殿下が登壇し、神の手を紹介したんだ。女神の遣いである神の手がスタインベルンにある限り、我らが負けることはないって。名演説だったよ」
 ほぅっとため息をついて。叔父様は続ける。
「神の手は黒髪の、とても美しい異国の青年で。その息子のコエダちゃんもとても可愛らしいんだ。薄黄色の髪がふわっふわでね。白い肌に頬はピンク色で。まるでお人形さんみたいなんだよ」
「神の手に、子供がいるの?」
「ふたりはセットで神の手なんだ。コエダちゃんはミカエラと同じくらいの年だから、会う機会があるかもしれないね?」
 ふーんと、私は叔父様にあいづちを打ったけれど。
 内心で、ドキドキしていた。

 だって、公爵家の書物に。すっごい古い御本に。
 女神は黒髪だって書いてあったもの。
 教会や大聖堂にある女神の絵画は、金髪のものが多いけど。本来女神の髪の色は定まっていないの。
 でもね、私は女神が黒髪だって知っていたわ。
 王家から伝わる、知る人ぞ知る書籍なのよ。
 女神を信仰するスタインベルン王家、お爺様は今の陛下の弟なのだから。
 私も、王家の血を受け継ぐ者です。
 真の女神の姿を継承していくべき家柄なのだわ。

 そそそ、その、女神の遣いですってぇぇ?
 黒髪の人物なんて、この国にはいないのよ。
 黒髪ってだけで、すごいのよ。
 そして黒髪ってだけで、女神の遣いは確定なのよぉぉっ。
 そりゃ、女神の遣いなら。触れれば痛みが治るなんて、簡単にできちゃうんじゃないかしらっ?
 叔父様は、コエダちゃんなんて可愛らしく言っているけど。

 不敬よっ。

 コエダ様よ。神の手なのでしょう?
 コエダ様がどのような魔法を持っているのかはわからないけど。
 神の手の息子というだけで、もう尊いわっ。

 そんなコエダ様と私が、会う機会があるかもしれない、ですってぇぇ?
 無理無理ぃ。なにを話せばいいのかわからないし。
 卒倒する自信があるわ。
 その前にまぶしさで目が潰れるわ、きっと。

 だけどね。そんなコエダ様を目にする機会というものが。案外すぐに訪れたのです。
 神の手であるタイジュ様が、ミレージュ公爵の養子になる、そのお披露目の会でね。
 公爵が養子を迎えるというときは、庶民が王族に輿入こしいれする場合が多いのだけど。
 今回はまさしく、タイジュ様がディオン殿下に輿入れするという、その前段階のワンクッションなのですわ。
 神の手であるタイジュ様とコエダ様が貴族の仲間入りをする、その歴史的快挙の瞬間を目の当たりにし、私の胸はドコドコ踊ったわぁ。
 もう、ディオン様とタイジュ様はすでに仲むつまじいご様子で。
 こちらが照れてしまうような…モジモジ。
 眼鏡がないから、薄らぼんやりとしか見えないけど。
 でも、いいのです。
 いきなり神の手さまのお姿や、ラブラブな尊い現場を直視してしまったら。

 網膜が焼ききれてしまいますわぁ。

 そして仲むつまじいと言えば。
 コエダ様とジョシュア王子も、お手てつないで階段を上り下りしていて、なにやら可愛いですわぁ?
 ちょっとお子様なお遊びで、あらぁ、年相応にお可愛らしいなどと。
 本の知識で頭でっかちな私などはそう思ってしまいますけど。
 その様子も、眼鏡がないから薄ぼんやりですけどね。
 それでいいのです。
 天使が天使のごとくキャッキャうふふしている場面を見てしまったら。

 眼鏡のレンズがパキャアァンと割れてしまいますわぁぁ。

 ご挨拶…したかったのだけど。
 どこかの令息が王子の機嫌をそこねてしまって。
 それからは、どの御子様も王子とコエダ様に近づけなくなってしまったの。
 残念ですわぁ。でも、吐血は回避ですの。
 えぇ、私にはまだ、コエダ様にお声をかける資格はありません。
 もう少し精神耐性をつけておかなければなりませんわね。 

 そんなことがありまして、私、心と体を鍛えて。
 魔法も極めて。
 万全を整えて挑みましたの。

 そう、ディオン殿下と神の手であるタイジュ様の御結婚式を直視すること、ですわぁッ。

 王太子となられるディオン殿下、その命を救ったという神の手のタイジュ様の御結婚。
 なんてロマンティックなお話なのかしらぁ。

 私、魔法書を見るのが好きだけど。
 ベタな、王子と姫が苦境を乗り越えて結ばれるような児童書も好きなの。
 女神フォスティーヌは、ディオン殿下に素敵な伴侶をプレゼントしたのねぇ? ときめきぃぃ。

 そして大聖堂の壇上に上がる、ディオン殿下とタイジュ様。
 そのタイジュ様のそばにいるのが、コエダ様。

 神の手のふたりを、私、そのときはじめて、ピントを合わせて見たの。
 えぇ、このときばかりは、公の席でも眼鏡をしたわ。
 世紀の一瞬を見逃せないでしょ? 網膜に焼きつけたいでしょ?
 どうせみんなタイジュ様を見ているから。誰も客席にいる私なんか見ていないわよ、うんうん。

 それがさぁぁぁ、叔父様の話の百倍お美しかったわよぉぉ。
 ディオン殿下がタイジュ様のベールを外し。
 艶やかな黒髪が編み込まれて、きれいに結い上げられていて。
 はああぁぁぁん、本当に黒髪の人物が存在するなんてぇ。
 そしてはにかむその端正な横顔は…きぃぃ、なんて表せばいいの?? とにかくお美しいの一言なのぉ。
 女神さまが男性体だったら、きっとあのようなお姿なのよぉ、間違いないわぁ。

 それにコエダ様も。コットンのようにふわっふわの髪、内股で、膝頭がピンク。ピンクよぉ。
 そしてモジモジしながらタイジュ様に甘えるようにしがみついているのが、とっても愛らしいのぉ。
 私と同じくらいの年だって、叔父様は言うけれど。
 この世のものとも思えない、あの可愛らしさを。

 モブの私と同列に並べようなど、おこがましいにもほどがありますわっ。

 公爵令嬢はモブじゃない?
 いいえ、主人公のごときコエダ様のきらめきと比べたら、私などモブですわ。羽虫ですわ。
 モブ? それは十把ひとからげのことですわ。たぶんなにかの本で読みましたわ…たぶん。
 それはともかくぅ。
 えぇ、わかりましたわ。コエダ様は別格です。コエダ様枠ですわ。

 誰とも並べてはダメなやつですわ。はいはい。

 おふたりの見目麗しさを目撃し、お爺様もワナワナしています。
 王家ご出身のお爺様は、やはり女神の信仰心が厚く。私によく神話をお話してくださったのよ。
 だから私もお爺様の影響で、女神をこよなく信仰していますの。
 公爵家を早くにお父様に譲って、地方の領地に戻っていたお爺様は。
 ディオン殿下の結婚式で王都に来て、神の手のお話を叔父様から聞いて。
 それからずっとワナワナしていますわ。ちょっと心配。

 だけど、事件はこのあとに起こったの。
 タイジュ様が暴漢に襲われて、その場から消失なされたのっ。
 暴漢は、国外退去されていたニジェール元王子。燃えたわ。
 子供には見せられない、せいさんな事件、神の手を巡る奇跡、それを目の当たりにした国民のパニック。
 そんな状況で、私も父上に連れられて現場から避難することになってしまって。

 タイジュ様とコエダ様を披露宴会場でガン見する機会は取り上げられてしまった。ニジェールめっ。

 だけどね。国民がパニックになったのは。
 ディオン殿下のお相手は神の手だと、今まで言われていたけれど。半信半疑な人たちも多かったと思うの。
 戦場でのタイジュ様の働きは、その場にいなければ伝わらず。
 噂では信ぴょう性が低かったのね。
 でもタイジュ様が消失したとき、光の柱が天に伸びた。
 それはまさしく神の奇跡で。
 タイジュ様は女神に愛された神の手であることが、目に見えて明らかになったの。
 半信半疑だった国民も、納得の出来事が起きたのよ。
 そして、その神の手が奪われた。そりゃあ大衆はパニックになるわよね。

 神の信仰というものは曖昧あいまいなものがあるでしょう?
 祈りを捧げて、それが届いて叶えられても、叶わなくても。
 それで神を否定することにはならないわ。
 だけど神の手のお話は、実在の人物だったから。それを私も、簡単には飲み込めないでいたの。
 本当ならスゴーイ、という感じだけど。
 でも今回の件で。
 もう、疑いの目で見ることこそが冒涜ぼうとくという感じになりました。

 そして女神も本当に存在して、私たちのそばで私たちスタインベルンの民を見守っているのだと。実感した。
 実感、させられたの。

 そしてお爺様も、大司教と同じく、倒れちゃったわ。
 お爺様、披露宴で神の手とお話するの、楽しみにしていたのにね。
 だけど。しっかりしてくださいませ。
 女神の元へ召されるのには、まだ早すぎますわぁぁ。

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