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2-11 心臓発作を起こしますよっ
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◆心臓発作を起こしますよっ
聖女の件で、お話はまだ続きます。
「っていうか、聖女だったためにひどい目に合ったって。一体なにがあったって言うんだ?」
オズワルドが、赤い髪を手でかきながら聞いてきます。
エルアンリ様も彼も、女神や聖女をとても神聖視しているので。
聖女がひどい目に合うという状況を思いつけないようです。
パパはぼくをうながし。
ぼくはそっと、机に御本を置きます。
丈夫な革表紙の、こえだのよげんしょです。
「このこえだのよげんしょには、小枝が前世で経験したことが書かれています。まだ途中ではありますが。いわゆる、いついつ、なにが起きるのか、ということが書き記されています」
えっ、となって。エルアンリ様が御本に手を伸ばしますが。
パパは革表紙に手を置いて、まだ見せないようです。
「小枝は前世で苛酷な人生を送りました。そしてそれは、スタインベルン王家にとって不都合な事柄です。決して軽々しい気持ちで見てはなりません。心臓発作を起こしますよっ」
エルアンリ様は、ハウッとなって。手を引っ込めました。
向こうの世界では、すっごい大予言の書かれたものを見たホウオウが心臓発作を起こしたという逸話があるんだって。
ぼくのよげんしょを見たパパが、そう言っていました。
これは、それ並のヤッベぇよげんしょなんだって。
「兄上は、中身をご存じで?」
そっとたずねるエルアンリ様に、父上は重々しくうなずく。
「あぁ。冒頭部を言うとな。私は先の戦争で死んでいたそうだ」
それだけで、エルアンリ様は前世での王家のひどい顛末を予想できたようで。
眉間にしわが寄るのだった。
すみませぇん。でも、事実なのですぅ。
「では、きっと私も生きていませんね。兄上の庇護がなければ、あの王妃に対抗できなかったでしょうから。しかしそれで、腹はくくれました。預言書を見ます」
そうして、幼児のつたない字で書かれたメモを、エルアンリ様とオズワルドが見ていく。
まだ、くわしく書けてはいないのですよ。大枠をざっくりで。
書きかけの御本を見られているような気分で、ぼくはモジモジしてしまいます。
このあといろいろ肉付けしていこうかと思っているのです。
今はいわゆる、あらすじ? プロット? ってやつですねぇ。
それでぇ、前世のメイのおおよその、処刑までの顛末を知って。
エルアンリ様とオズワルドは、ジョシュア王子を気の毒そうな目で見るのだった。
「ふぇ? なに? どんなことが書かれていたのですか? 兄上」
おやつの真ん丸ドーナツを食べながら、王子は無邪気に聞くけれど。
「ジョシュア。おまえは………ここに書かれてあることが理解できる年齢になるまで、これを見てはならない」
エルアンリ様はぴしゃりとそう言うのだった。
「ええええ? なんでぇ? コエダ、なんて書いてあるのだ?」
「王子が十歳になったら見せてあげます。そうしたら心臓発作は回避できます」
ぼくの心臓発作の言葉におののいて。
王子はあっさり引き下がり、紅茶を飲むのだった。
そうです。人生は命あってのものだねです。
「しかし。なんか俺もこの本に出てこないが、コエダ、俺も死んだのか?」
「メイは、オズワルドと会っていません。たぶん、王妃が健在だったので。オズワルドは王家に戻っていなかったのではぁ?」
メイは聖女だと発覚したあと、聖女お披露目の夜会に招かれて。王宮に出入りするようになったのだけど。
あの子、ジョシュア王子のことしか見えていなかったからねぇ。
でも紹介されたのは、ジョシュア王子とニジェールだけだったから。
たぶん、王宮にオズワルドはいなかったと思います。
「まぁ、それはアリだな。兄上たちがいない中、悪の巣窟に俺が帰るとは考えにくい。ま、その中でひとりで生きていたジョシュアには、俺は同情するがな」
そう言って、あらすじの量としては多めの三十ページくらいの預言書を、オズワルドはパラパラめくる。
「つか、この先起こりそうな、流行り病の蔓延や、魔獣の大発生などは、今から対処しておけば最小限で済みそうだな。騎士団の強化や水道設備の普及など。たとえ事態が起きないとしても、やっておく価値はある」
オズワルドの言葉に、パパがうなずきます。
「えぇ、小枝は。この先に起こる国の窮地を事前に示すことで、俺のことを手助けしたいって。この預言書を作ったみたいで。親孝行な息子で、本当に感涙です」
「パパったらぁ、人前で褒めすぎですぅ」
ぼくはパパに褒められて。照れて頭を手でペソペソと撫でつけるのだった。
「兄上、この流行り病が起きる前の兆候なのだが。鳥の死骸が目立ち始めるってやつは、地方の湖で多くの水鳥が死んでいて不気味だってさ。俺はすでに学園の生徒から聞いているんだ」
「なに? 小枝の預言書では、流行り病は十二歳のときだってあるが。六年も先の出来事だから、今回のものは関係ないのではないか?」
オズワルドの話に、父上はそう言いますけど。
「いいえ、必ずしも同じ時期に同じことが起きるとはかぎりません。たとえば、この預言書では、父上は生きていませんが。こちらでは生きているわけで。つまり本の内容は、今世で絶対に起こる出来事ではないわけで。逆に前倒しになったりするかもしれません」
ぼくはそう言います。
前世と今は、基本的にいろいろなことが変わってきています。
諸悪の根源である前王妃がいなくなって、父上やエルアンリ様が御生存というところで、もうすでにかなり違うわけです。
環境が変われば、起こる事象も変わってくる。
でも流行り病や魔獣出現は、自然現象だから。
起きる確率は上がると思うのです。
流行り病と父上御生存は、関係性がないでしょう? つまり高確率で起こりうることだと思うのです。
ただ、時期的なものは。環境で変わりますからね。
なんとも言えません。
「細かいことは、まだ書いていませんが。流行り病の前兆に関しては。空を飛んでいた鳥がいきなり落ちてきて、もう死んでいる。みたいな? 王都でそういう現象が起きたときには、もう病は蔓延し始めているという感じでした。当時の兄は、聖女の力をお金持ちにしか与えなかったので。王都でいっぱいの人が亡くなっていくのを見ていることしかできなかったのですぅ、ごめんなさぁい」
ぼくの、悪い子だった部分を言うのは、とても悲しいし恥ずかしいのですが。
パパはぼくの背中を撫でて。
今度はいっぱいの人を助けようって。パパは励ましてくれるの。
そうしたら、ぼくはがんばるぞって気持ちになります。
するとパパが、ぼくの話に予測と補足を入れていきます。
「俺の見解では。鳥が病を運んでくるのだと思います。今、湖で死んでいるという水鳥は、なにか人にもうつるものに感染していて。小枝が言う、死んだ鳥が落ちてきてというのは。鳥の死骸から空気感染していくということなのでしょう。鳥の死骸は燃やすように人々に指導し。感染した鳥を人口の多い王都へ入れないことが肝心です」
医者的立場から、対策を立ててくれます。
さすがパパ、たよりになるぅ。
「あぁ、時間の差は、もしかしたら。地方でちらほら病気が流行っていたが。小枝が十二歳のときにその病が王都に入ってきた、とも考えられる。地方で食い止められれば、多くの死者を出さずに済むのでは? 早めに手を打つべきです、兄上」
オズワルドに言われ、むぅと考え込む父上。
「あのね、病気の鳥さんは北からやってくるんだって、ア、アム…アムラ…」
「アムランゼ。俺が聞いたのも。アムランゼ領の子息の話だった」
ぼくのうろ覚えの地名に、オズワルドが答えてくれた。
「では、そのアムランゼ領に、病の元となる汚染物質があるのかもしれませんね?」
パパがそう言って。
思い出したぼくの頭をえらいえらいと撫でた。えへぇぇぇ。
「疑っているわけじゃないが、もしもコエダが本当に聖女だったなら。汚染物質を浄化して、流行り病が流行る前に阻止することができるんじゃないかな? コエダ、アムランゼに行ってみるか?」
父上もエルアンリ様も、ぼくを期待の目でみつめてきます。
「ぼく、パパが一緒なら、行きたい」
だってね。
前世では、あのバカ兄のせいで治療にバカ高いお金を取ってね。
いっぱいの人が死んじゃったの。
可哀想でしょう? ぼくはもっと大勢の人を助けられたのに。
救われたのは、ほんの一握りで。
だから、今世では。ぼくのせいで誰にも死んでほしくないの。
ここで病気を阻止できたら。前世で救えなかった人たちも、今世では生きられるということだもん。
ぼく、そうしたいんだ。
「小枝はえらいな。じゃあ、大樹。いいな?」
父上の言葉に、パパも快くうなずいた。
「はい。もしかしたら、すでに人への感染が進んでいるかもしれません。俺も病気の方の治療にあたれたら良いと思います」
「…医者のおまえに言うことではないかもしれないが。くれぐれも気をつけてくれ」
「えぇ、医者ですから、感染対策はばっちりです。それに小枝のクリーンが強力なのもご存じでしょう?」
「ふ、愚問だったな。では、アムランゼへの視察を調整してくれ、エルアンリ」
父上がエルアンリ様に指示し。
そうしてぼくの聖女としての初仕事、アムランゼ領へ浄化の旅に行くことになりました。
「なぁ、コエダ。ちょっと、ちょっと…」
大人の話に飽きてしまったらしい王子に、呼び出されました。
ぼくは王子とサロンの端っこにしゃがみこんで、話します。
ヤンキー座りですけど、子供のうちはこの座り方が楽なのですぅ。
「なんですか? 王子」
「あのな、婚約候補のミカエラとお茶会を月一でしないとならないのだ。しんぼく? を深めなきゃならないんだって」
大人の方は流行り病を防ぐためにシリアスなお話をしているというのに。
王子はのほほんな話題ですねぇ。
「ふぅん? 婚約をしたら、そうするものなのですね? がんばってぇ」
ニッコリ笑顔で手を振りますが。
王子はそのぼくの手を握ります。
「コエダも、一緒に来て」
真剣な顔で言われますが。
えええ? それは無理でしょう。
「婚約者とのしんぼくを深める会に、もうひとりの候補が行くなんて。どういう修羅場ですか?」
「しゅら…は、わからないけど。だってぇ、婚約者候補と会わなきゃならないなら、コエダとも会わなきゃ。ふたり一緒に会えば、時間短縮ではないか」
「王子のそういうおおざっぱなところ、残念極まりないですねぇ。女の子の気持ちが全くわかっていませぇん」
はぁ、とため息をつく、ぼく。
面倒だから一緒に済ますとか、女子が一番いやなやつぅ。
「ミカエラ様は王子とお話がしたいのに、ぼくがいたら邪魔でしょう?」
そうです。ふたりの邪魔をしたら、まだ処刑はありえます。
たぶん今世では、聖女を崇めるエルアンリ様とオズワルドが王家にいるし、父上もパパも守ってくれるから。
だいぶ処刑の危機は薄れたようですけど。
雲間の彼方に遠ざかりましたけど。
でも雲の向こうには、まだ処刑台は残っています。
「お願いだよぉ、コエダ。私は女の子となにをしゃべったらいいかなんてわからないんだぁ」
そう言って、王子は人差し指でぼくのむき出しの膝頭をくるくるイジる。
「ひゃあ、やめてください、王子。あひゃあ、くすぐったいですぅ」
「一緒に行ってくれたら、やめるぅ」
むむぅ、そんな、上目遣いでぼくを見てぇ。
プヨッた指でお膝クルクルしてぇ。
ぼくは王様ではないのだから、そのあざとい攻撃はきかないんだからねぇ。
……ねぇっ!
「………仕方ないですねぇ。一回だけですよ?」
「お試しだ。な?」
パパに寄せた柔らかい笑顔で、ぼくに言いますけど。
なんのお試しかはわかりません。
ですが、王子が意味不明なのはいつものことです。
まぁ、いいでしょう。
そういうことで、ぼくは。王子とミカエラのお茶会にも参加することになってしまった。
しかし王子と婚約者候補Aと婚約者候補Bが会うって、ベタな三角関係なのでは?
どっゆこと?
聖女の件で、お話はまだ続きます。
「っていうか、聖女だったためにひどい目に合ったって。一体なにがあったって言うんだ?」
オズワルドが、赤い髪を手でかきながら聞いてきます。
エルアンリ様も彼も、女神や聖女をとても神聖視しているので。
聖女がひどい目に合うという状況を思いつけないようです。
パパはぼくをうながし。
ぼくはそっと、机に御本を置きます。
丈夫な革表紙の、こえだのよげんしょです。
「このこえだのよげんしょには、小枝が前世で経験したことが書かれています。まだ途中ではありますが。いわゆる、いついつ、なにが起きるのか、ということが書き記されています」
えっ、となって。エルアンリ様が御本に手を伸ばしますが。
パパは革表紙に手を置いて、まだ見せないようです。
「小枝は前世で苛酷な人生を送りました。そしてそれは、スタインベルン王家にとって不都合な事柄です。決して軽々しい気持ちで見てはなりません。心臓発作を起こしますよっ」
エルアンリ様は、ハウッとなって。手を引っ込めました。
向こうの世界では、すっごい大予言の書かれたものを見たホウオウが心臓発作を起こしたという逸話があるんだって。
ぼくのよげんしょを見たパパが、そう言っていました。
これは、それ並のヤッベぇよげんしょなんだって。
「兄上は、中身をご存じで?」
そっとたずねるエルアンリ様に、父上は重々しくうなずく。
「あぁ。冒頭部を言うとな。私は先の戦争で死んでいたそうだ」
それだけで、エルアンリ様は前世での王家のひどい顛末を予想できたようで。
眉間にしわが寄るのだった。
すみませぇん。でも、事実なのですぅ。
「では、きっと私も生きていませんね。兄上の庇護がなければ、あの王妃に対抗できなかったでしょうから。しかしそれで、腹はくくれました。預言書を見ます」
そうして、幼児のつたない字で書かれたメモを、エルアンリ様とオズワルドが見ていく。
まだ、くわしく書けてはいないのですよ。大枠をざっくりで。
書きかけの御本を見られているような気分で、ぼくはモジモジしてしまいます。
このあといろいろ肉付けしていこうかと思っているのです。
今はいわゆる、あらすじ? プロット? ってやつですねぇ。
それでぇ、前世のメイのおおよその、処刑までの顛末を知って。
エルアンリ様とオズワルドは、ジョシュア王子を気の毒そうな目で見るのだった。
「ふぇ? なに? どんなことが書かれていたのですか? 兄上」
おやつの真ん丸ドーナツを食べながら、王子は無邪気に聞くけれど。
「ジョシュア。おまえは………ここに書かれてあることが理解できる年齢になるまで、これを見てはならない」
エルアンリ様はぴしゃりとそう言うのだった。
「ええええ? なんでぇ? コエダ、なんて書いてあるのだ?」
「王子が十歳になったら見せてあげます。そうしたら心臓発作は回避できます」
ぼくの心臓発作の言葉におののいて。
王子はあっさり引き下がり、紅茶を飲むのだった。
そうです。人生は命あってのものだねです。
「しかし。なんか俺もこの本に出てこないが、コエダ、俺も死んだのか?」
「メイは、オズワルドと会っていません。たぶん、王妃が健在だったので。オズワルドは王家に戻っていなかったのではぁ?」
メイは聖女だと発覚したあと、聖女お披露目の夜会に招かれて。王宮に出入りするようになったのだけど。
あの子、ジョシュア王子のことしか見えていなかったからねぇ。
でも紹介されたのは、ジョシュア王子とニジェールだけだったから。
たぶん、王宮にオズワルドはいなかったと思います。
「まぁ、それはアリだな。兄上たちがいない中、悪の巣窟に俺が帰るとは考えにくい。ま、その中でひとりで生きていたジョシュアには、俺は同情するがな」
そう言って、あらすじの量としては多めの三十ページくらいの預言書を、オズワルドはパラパラめくる。
「つか、この先起こりそうな、流行り病の蔓延や、魔獣の大発生などは、今から対処しておけば最小限で済みそうだな。騎士団の強化や水道設備の普及など。たとえ事態が起きないとしても、やっておく価値はある」
オズワルドの言葉に、パパがうなずきます。
「えぇ、小枝は。この先に起こる国の窮地を事前に示すことで、俺のことを手助けしたいって。この預言書を作ったみたいで。親孝行な息子で、本当に感涙です」
「パパったらぁ、人前で褒めすぎですぅ」
ぼくはパパに褒められて。照れて頭を手でペソペソと撫でつけるのだった。
「兄上、この流行り病が起きる前の兆候なのだが。鳥の死骸が目立ち始めるってやつは、地方の湖で多くの水鳥が死んでいて不気味だってさ。俺はすでに学園の生徒から聞いているんだ」
「なに? 小枝の預言書では、流行り病は十二歳のときだってあるが。六年も先の出来事だから、今回のものは関係ないのではないか?」
オズワルドの話に、父上はそう言いますけど。
「いいえ、必ずしも同じ時期に同じことが起きるとはかぎりません。たとえば、この預言書では、父上は生きていませんが。こちらでは生きているわけで。つまり本の内容は、今世で絶対に起こる出来事ではないわけで。逆に前倒しになったりするかもしれません」
ぼくはそう言います。
前世と今は、基本的にいろいろなことが変わってきています。
諸悪の根源である前王妃がいなくなって、父上やエルアンリ様が御生存というところで、もうすでにかなり違うわけです。
環境が変われば、起こる事象も変わってくる。
でも流行り病や魔獣出現は、自然現象だから。
起きる確率は上がると思うのです。
流行り病と父上御生存は、関係性がないでしょう? つまり高確率で起こりうることだと思うのです。
ただ、時期的なものは。環境で変わりますからね。
なんとも言えません。
「細かいことは、まだ書いていませんが。流行り病の前兆に関しては。空を飛んでいた鳥がいきなり落ちてきて、もう死んでいる。みたいな? 王都でそういう現象が起きたときには、もう病は蔓延し始めているという感じでした。当時の兄は、聖女の力をお金持ちにしか与えなかったので。王都でいっぱいの人が亡くなっていくのを見ていることしかできなかったのですぅ、ごめんなさぁい」
ぼくの、悪い子だった部分を言うのは、とても悲しいし恥ずかしいのですが。
パパはぼくの背中を撫でて。
今度はいっぱいの人を助けようって。パパは励ましてくれるの。
そうしたら、ぼくはがんばるぞって気持ちになります。
するとパパが、ぼくの話に予測と補足を入れていきます。
「俺の見解では。鳥が病を運んでくるのだと思います。今、湖で死んでいるという水鳥は、なにか人にもうつるものに感染していて。小枝が言う、死んだ鳥が落ちてきてというのは。鳥の死骸から空気感染していくということなのでしょう。鳥の死骸は燃やすように人々に指導し。感染した鳥を人口の多い王都へ入れないことが肝心です」
医者的立場から、対策を立ててくれます。
さすがパパ、たよりになるぅ。
「あぁ、時間の差は、もしかしたら。地方でちらほら病気が流行っていたが。小枝が十二歳のときにその病が王都に入ってきた、とも考えられる。地方で食い止められれば、多くの死者を出さずに済むのでは? 早めに手を打つべきです、兄上」
オズワルドに言われ、むぅと考え込む父上。
「あのね、病気の鳥さんは北からやってくるんだって、ア、アム…アムラ…」
「アムランゼ。俺が聞いたのも。アムランゼ領の子息の話だった」
ぼくのうろ覚えの地名に、オズワルドが答えてくれた。
「では、そのアムランゼ領に、病の元となる汚染物質があるのかもしれませんね?」
パパがそう言って。
思い出したぼくの頭をえらいえらいと撫でた。えへぇぇぇ。
「疑っているわけじゃないが、もしもコエダが本当に聖女だったなら。汚染物質を浄化して、流行り病が流行る前に阻止することができるんじゃないかな? コエダ、アムランゼに行ってみるか?」
父上もエルアンリ様も、ぼくを期待の目でみつめてきます。
「ぼく、パパが一緒なら、行きたい」
だってね。
前世では、あのバカ兄のせいで治療にバカ高いお金を取ってね。
いっぱいの人が死んじゃったの。
可哀想でしょう? ぼくはもっと大勢の人を助けられたのに。
救われたのは、ほんの一握りで。
だから、今世では。ぼくのせいで誰にも死んでほしくないの。
ここで病気を阻止できたら。前世で救えなかった人たちも、今世では生きられるということだもん。
ぼく、そうしたいんだ。
「小枝はえらいな。じゃあ、大樹。いいな?」
父上の言葉に、パパも快くうなずいた。
「はい。もしかしたら、すでに人への感染が進んでいるかもしれません。俺も病気の方の治療にあたれたら良いと思います」
「…医者のおまえに言うことではないかもしれないが。くれぐれも気をつけてくれ」
「えぇ、医者ですから、感染対策はばっちりです。それに小枝のクリーンが強力なのもご存じでしょう?」
「ふ、愚問だったな。では、アムランゼへの視察を調整してくれ、エルアンリ」
父上がエルアンリ様に指示し。
そうしてぼくの聖女としての初仕事、アムランゼ領へ浄化の旅に行くことになりました。
「なぁ、コエダ。ちょっと、ちょっと…」
大人の話に飽きてしまったらしい王子に、呼び出されました。
ぼくは王子とサロンの端っこにしゃがみこんで、話します。
ヤンキー座りですけど、子供のうちはこの座り方が楽なのですぅ。
「なんですか? 王子」
「あのな、婚約候補のミカエラとお茶会を月一でしないとならないのだ。しんぼく? を深めなきゃならないんだって」
大人の方は流行り病を防ぐためにシリアスなお話をしているというのに。
王子はのほほんな話題ですねぇ。
「ふぅん? 婚約をしたら、そうするものなのですね? がんばってぇ」
ニッコリ笑顔で手を振りますが。
王子はそのぼくの手を握ります。
「コエダも、一緒に来て」
真剣な顔で言われますが。
えええ? それは無理でしょう。
「婚約者とのしんぼくを深める会に、もうひとりの候補が行くなんて。どういう修羅場ですか?」
「しゅら…は、わからないけど。だってぇ、婚約者候補と会わなきゃならないなら、コエダとも会わなきゃ。ふたり一緒に会えば、時間短縮ではないか」
「王子のそういうおおざっぱなところ、残念極まりないですねぇ。女の子の気持ちが全くわかっていませぇん」
はぁ、とため息をつく、ぼく。
面倒だから一緒に済ますとか、女子が一番いやなやつぅ。
「ミカエラ様は王子とお話がしたいのに、ぼくがいたら邪魔でしょう?」
そうです。ふたりの邪魔をしたら、まだ処刑はありえます。
たぶん今世では、聖女を崇めるエルアンリ様とオズワルドが王家にいるし、父上もパパも守ってくれるから。
だいぶ処刑の危機は薄れたようですけど。
雲間の彼方に遠ざかりましたけど。
でも雲の向こうには、まだ処刑台は残っています。
「お願いだよぉ、コエダ。私は女の子となにをしゃべったらいいかなんてわからないんだぁ」
そう言って、王子は人差し指でぼくのむき出しの膝頭をくるくるイジる。
「ひゃあ、やめてください、王子。あひゃあ、くすぐったいですぅ」
「一緒に行ってくれたら、やめるぅ」
むむぅ、そんな、上目遣いでぼくを見てぇ。
プヨッた指でお膝クルクルしてぇ。
ぼくは王様ではないのだから、そのあざとい攻撃はきかないんだからねぇ。
……ねぇっ!
「………仕方ないですねぇ。一回だけですよ?」
「お試しだ。な?」
パパに寄せた柔らかい笑顔で、ぼくに言いますけど。
なんのお試しかはわかりません。
ですが、王子が意味不明なのはいつものことです。
まぁ、いいでしょう。
そういうことで、ぼくは。王子とミカエラのお茶会にも参加することになってしまった。
しかし王子と婚約者候補Aと婚約者候補Bが会うって、ベタな三角関係なのでは?
どっゆこと?
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