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2-7 小骨が胸に刺さりました。
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◆小骨が胸に刺さりました。
ぼくとパパはお誕生日会会場を抜け出して、控室にいます。
パパが椅子に座る、そこに正面から抱きついて、胸に顔をうずめます。むぅむぅ。
なんと、王様がぼくをジョシュア王子の婚約者候補に定めたのです。
ふぇ、ふぇ、処刑台がぁ。
いえ、そんないきなり処刑台に送られたりはしませんけど。
わかっていますけど、こここ、こわいでしょーがっ。
「小枝、大丈夫。パパが守るしね。女神も処刑台はないって言っていただろう?」
パパは優しいお声でなだめてくれますが。
わかっているような、わかっていないような。
ただただ恐怖が、ひたひた近寄ってくるような感じなのですぅ。
「しかしパパ。世の中はぼくを処刑したいのでは? そちらの方向へ、どうしても向かっていくような気がしてなりませぇん」
「そんなことないよ。女神は干渉しないと言っていた。世の中がそのように動くなんてことはない」
パパは一生懸命ぼくをなだめてくれますが。
でも、ぼく。重大なことに気づいたのです。
「パパッ、あのねっ。もうひとりの婚約者候補いるでしょ? ミカエラって子はね、王子の前世の婚約者だった子です。メイがいじめた、あの子です。ぼくはっ、あの子と王子の邪魔をして、処刑されるのですぅぅ」
目がとっても熱くなって。そしたらボロリと涙がこぼれました。
はぁぁあ、処刑ルート待ったなしですぅ。
「小枝は今はとってもいい子なのでしょう? ミカエラ嬢をいじめたりしないだろ? だったらそんなに悲観することはない。それに万が一、小枝が処刑なんてことになったら。俺は殿下と離婚して、小枝を連れて逃げてあげるからな?」
「に、逃げましょう。逃げたら聖女の力で荒稼ぎしましょう」
「聖女の力を悪事に使ったらダメでしょ?」
「悪事ではなく、生きるためのほーべんってやつです。あ、お医者的な方向で荒稼ぎしましょう」
「医者で金儲けはダメなの。荒稼ぎから離れて、小枝」
涙をこぼすぼくの頭を、怒りながら撫でるパパ。
うぅ。だったら、どうしたらぁぁ??
「大樹、ずいぶん穏やかでない話をしているではないか。そして、逃げるときは私も連れていけと言っているだろうが」
「そうです。殿下は置いて行っても、レギは連れて行ってくださいませ」
パパがぼくを慰めているところに、父上とレギが入ってきた。
「レギ、抜け駆け禁止だ。それに、私を置いて逃げるのも禁止だし、離婚も禁止ワードにする」
「そういう意気込みで、小枝を守るという例え話ですよ。それより殿下、陛下とお話しできましたか?」
父上の禁止攻撃をものともせず、パパはさらりと話をかわすのだった。
パパ、史上最恐の殿下をいなすなんて、カッコイイぃぃ。
「いや、招待客の手前、陛下に意見はできないのでな。エルアンリも退位の話は聞いていなかったようで。相談もなしにと怒っていた」
今はまだ、お誕生日会が始まったばかりなので。
王様とお話できないんだって。
ってことはぁぁ?
「父上、ぼくはジョシュア王子と婚約しなければいけませんかぁ?」
ぼくが王子と婚約したら、ミカエラはどうなるの?
あぁ、でも。今日、王子とミカエラが出会ったら。
王子は恋に落ちるんだね?
ちくん。
なんか、胸に刺さりました。小骨が。
いいえ、小骨に気を取られている場合ではないのです。
ぼくが、王子とミカエラの邪魔をしたら、処刑です。
ここは断固阻止しなければっ。
「いや。婚約候補と陛下もおっしゃっていた。小枝がどうしても婚約は嫌だというのなら、私がそうならないようにするぞ。しかし、以前から思っていたのだが。小枝とジョシュアの婚約は、そう悪い話ではないと思うのだ。小枝とジョシュアは仲良しだし。婚約者になれば、どう転んでも婚約者を処刑になどできないだろうし。私がそんなことはさせない。なにも問題はないと思うのだが?」
そんなふうに、父上は言いますけど。
その言い分もわからなくなくもなくもないのですが。
「父上はご存じないのです。世の中には婚約破棄と断罪という、世にも恐ろしいイベントがあるのです。王子と婚約したら、ミカエラに恋をする王子は婚約者のぼくを邪魔者に思って、濡れ衣を着せて、ぼくを断罪して、婚約破棄して、みんなの前で罵倒して、そして処刑なのですっ」
「そんなこと、しないもんっ」
ネガティブな想像が次から次へとあふれ出し。いいえ、前世で起こった事実もあるからなおさら、言葉がとうとうと出てくるのだけど。
ぼくが父上に説明していたら、ジョシュア王子が控室に入ってきて。
大きな声できっぱり否定した。
「私はコエダに濡れた服をきせないし、だっざい、はよくわからんが。小枝が私と婚約したらぜったいハキ? しないし? ばと? もたぶんしないし。第一、ミカエラに恋しない。私はコエダに恋をしているのだっ」
青い衣装を着た、今日のお誕生日会の主役である王子は、そう言い放ってドヤ顔をした。
あ、ドヤ顔しているのに今気づいて。やんわり笑顔に切り替えたっ。
切り替えましたっ、王子、セーフです。
そして、いいこと言ったと思っているみたいですが。
実は全然ダメです。
「王子、濡れ衣は濡れた服のことではありません。そしてだっざいではなく断罪で。破棄も罵倒も疑問形でダメダメです」
「だって、よくわかんないけど。コエダが私との婚約を渋っていることはなんとなくわかったのだもん」
王子はピンクの唇を突き出してもにょもにょ言う。
かわいいっつーの。
いえ、ほだされてはなりません。
「でも、父上の言い分も、んん、アリなのです。婚約者になったら、断罪はあっても元婚約者のよしみで処刑はナシになるかも。国外追放、修道院送りで済むかもしれません」
「国外追放も修道院送りも処刑も、ない。小枝は私の息子であり、私が王位を継いだら第一王子になるのだから、そのような恐ろしいことを考える必要はないのだぞ?」
父上はそう言い切ってくれます。たのもしいです。
それに、あまり前世に引っ張られるのも良くないと。この頃は思うのです。
こんなにも仲の良い王子が、ぼくを処刑する事態になることは。今は考えられませんしね。
「そうだよ、小枝。国外追放? 修道院? そんなのパパは許さないからな」
パパもぼくの頭を撫でて、力強く言ってくれます。
「それにね。命を守ることは大切だけど、小枝の心も大切なんだ。命を守るために婚約するというのはダメだよ。心を殺して、好きでもない人と結婚したら、小枝の心が死んでしまうんだ。小枝がワクワクして生きられないのなら、それはただ生きているだけってことになる。みんなが幸せにならなきゃね?」
処刑回避のために婚約はダメらしいです。
パパが言うのなら、そうなのでしょう。パパの言葉はいつも正しいのです。
そしてパパは王子にも顔を向けました。
「ジョシュア王子、私はなにも、小枝との婚約を反対しているわけではないのです。婚約をする前に、お互いの気持ちを、好き、愛しているという気持ちを、ゆっくりと育ててもらいたいのですよ」
「私は、コエダを愛している」
王子はパパの言葉にそう答えるが。
「いいえ、王子のそれは愛しているではありません。陛下に、小枝との婚約をお願いしたでしょう?」
ほぼほぼ断定口調でパパはたずねます。
そうなのですかぁ?
ぼくが王子を見ると。王子はきれいなお衣装を手でもじもじといじった。
「だって。婚約していないと、コエダが誰かに取られちゃうから。騎士団でご飯を食べたときも、騎士はみんなコエダのことを好きで。神の手のシンボルとして、お菓子とかいっぱいもらってた。あんまり多いから、お供え禁止って兄上が言うくらいに。それに、貴族の茶会に顔を出したとき、子爵子息のグゥエルや伯爵子息のヨハンソンがコエダのこと可愛いって言ってたから…私はうかうかしていられなくなったのです」
王子が言うのは、パパがいなかったときに騎士団の食堂で食べていたときのことで。
そんなことがあったのかぁ? と。パパは父上を見やっています。
でもね、お供えは神様に手を合わせるみたいなものでしょう? ぼくが好きなわけじゃないと思うけどなぁ。
それにね、グゥエルもヨハンソンも、ぼく知らんしぃ?
今まで無理強いはしなかった王子なのに。それであせって、婚約を陛下におねだりしちゃったみたいだね?
「でもそれは、小枝の気持ちを考えていないですよね? 愛しているという気持ちは、その相手の幸せを真に望むものです。無理やり婚約者に据えるのは、愛しているとは言えません。それに、もしも小枝が王子以外の者を好きになったら、小枝の幸せを願って手放してあげるべきです。それが愛しているなのですよ。ね、殿下? 私が誰かを好きになったら、殿下もそうしますよね?」
パパは父上にそうたずねますが。
パパが帰ってきて、この頃は穏やかだった父上の表情が、ビシリと険しくなった。
「…嘘でも、そうだとは言えぬ」
「ディオンっ」
話がややこしくなるのを、パパが怒りますけど。
「しかし、大樹が悲しむことはしない。小枝を盾に脅したり、部屋に監禁したり、そのようなことはしないぞ。泣いてすがって、私だけを愛してくれと懇願するのみだ。ジョシュアよ、おまえも。ひたすらに小枝に愛を乞い、小枝が真にジョシュアを愛しているになるまで待つことだ」
父上にもそう言われ、王子はしょんぼりんぬになりました。
「コエダ、コエダはまだ、私を愛しているにならないのか?」
眉尻を下げて、心細そうな、さみしそうな顔でぼくを見る王子。
うぅ、そんな捨てられた子犬のような顔をするのは反則ですぅ。
でもね。
「ごめんね、王子。ぼく、よくわからないの。王子のこと、お友達としてはとても好きだけど。愛しているはよくわからない」
本当は、愛しているがどういう感情かはわかっている。
ぼくはパパをとても愛していて。
許されるなら結婚したいくらい愛しているだけど。
パパは父上のことを好きになったから。
ぼくはパパの幸せのために、パパと父上の結婚を祝福したの。
そういうことでしょ?
それに、メイのとき。ぼくは王子を愛していた。
その想いは叶わなくて、心も体も泡のように消えてしまったけど。
十八歳の恋は、とても幼い愛しているだったかもしれないけど。
愛しているはね、胸が甘酸っぱいキュンになるの。
その気持ちは、小枝であるぼくの胸にはまだ訪れていない。
この先、王子にキュンとなる日がくるのか、わからない。
だから、わからないなの。
「わかった。友達として好かれてはいるのだな? ならば、兄上の言う通り。これからも私はコエダが愛しているになるまで婚約してと言い続けるよ」
王子はパパのようなさわやかな笑顔でそう言います。でも。
えぇぇ? そこはあきらめてもらえるとありがたいのですがぁぁ。
でもまぁ、いいでしょう。
王子はぼくの一番仲の良いお友達だし。お友達をやめるのは、ちょっとさみしいですしね。
とにかく、婚約者にならなければ。ぼくは王子とミカエラの邪魔者にはならず。
処刑回避ができるような気がするのです。
王子とミカエラが本物の恋に落ちたら。
ぼくはフェードアウトすればいいのです。
ちくん。
また、小骨が胸に刺さりました。
ぼくとパパはお誕生日会会場を抜け出して、控室にいます。
パパが椅子に座る、そこに正面から抱きついて、胸に顔をうずめます。むぅむぅ。
なんと、王様がぼくをジョシュア王子の婚約者候補に定めたのです。
ふぇ、ふぇ、処刑台がぁ。
いえ、そんないきなり処刑台に送られたりはしませんけど。
わかっていますけど、こここ、こわいでしょーがっ。
「小枝、大丈夫。パパが守るしね。女神も処刑台はないって言っていただろう?」
パパは優しいお声でなだめてくれますが。
わかっているような、わかっていないような。
ただただ恐怖が、ひたひた近寄ってくるような感じなのですぅ。
「しかしパパ。世の中はぼくを処刑したいのでは? そちらの方向へ、どうしても向かっていくような気がしてなりませぇん」
「そんなことないよ。女神は干渉しないと言っていた。世の中がそのように動くなんてことはない」
パパは一生懸命ぼくをなだめてくれますが。
でも、ぼく。重大なことに気づいたのです。
「パパッ、あのねっ。もうひとりの婚約者候補いるでしょ? ミカエラって子はね、王子の前世の婚約者だった子です。メイがいじめた、あの子です。ぼくはっ、あの子と王子の邪魔をして、処刑されるのですぅぅ」
目がとっても熱くなって。そしたらボロリと涙がこぼれました。
はぁぁあ、処刑ルート待ったなしですぅ。
「小枝は今はとってもいい子なのでしょう? ミカエラ嬢をいじめたりしないだろ? だったらそんなに悲観することはない。それに万が一、小枝が処刑なんてことになったら。俺は殿下と離婚して、小枝を連れて逃げてあげるからな?」
「に、逃げましょう。逃げたら聖女の力で荒稼ぎしましょう」
「聖女の力を悪事に使ったらダメでしょ?」
「悪事ではなく、生きるためのほーべんってやつです。あ、お医者的な方向で荒稼ぎしましょう」
「医者で金儲けはダメなの。荒稼ぎから離れて、小枝」
涙をこぼすぼくの頭を、怒りながら撫でるパパ。
うぅ。だったら、どうしたらぁぁ??
「大樹、ずいぶん穏やかでない話をしているではないか。そして、逃げるときは私も連れていけと言っているだろうが」
「そうです。殿下は置いて行っても、レギは連れて行ってくださいませ」
パパがぼくを慰めているところに、父上とレギが入ってきた。
「レギ、抜け駆け禁止だ。それに、私を置いて逃げるのも禁止だし、離婚も禁止ワードにする」
「そういう意気込みで、小枝を守るという例え話ですよ。それより殿下、陛下とお話しできましたか?」
父上の禁止攻撃をものともせず、パパはさらりと話をかわすのだった。
パパ、史上最恐の殿下をいなすなんて、カッコイイぃぃ。
「いや、招待客の手前、陛下に意見はできないのでな。エルアンリも退位の話は聞いていなかったようで。相談もなしにと怒っていた」
今はまだ、お誕生日会が始まったばかりなので。
王様とお話できないんだって。
ってことはぁぁ?
「父上、ぼくはジョシュア王子と婚約しなければいけませんかぁ?」
ぼくが王子と婚約したら、ミカエラはどうなるの?
あぁ、でも。今日、王子とミカエラが出会ったら。
王子は恋に落ちるんだね?
ちくん。
なんか、胸に刺さりました。小骨が。
いいえ、小骨に気を取られている場合ではないのです。
ぼくが、王子とミカエラの邪魔をしたら、処刑です。
ここは断固阻止しなければっ。
「いや。婚約候補と陛下もおっしゃっていた。小枝がどうしても婚約は嫌だというのなら、私がそうならないようにするぞ。しかし、以前から思っていたのだが。小枝とジョシュアの婚約は、そう悪い話ではないと思うのだ。小枝とジョシュアは仲良しだし。婚約者になれば、どう転んでも婚約者を処刑になどできないだろうし。私がそんなことはさせない。なにも問題はないと思うのだが?」
そんなふうに、父上は言いますけど。
その言い分もわからなくなくもなくもないのですが。
「父上はご存じないのです。世の中には婚約破棄と断罪という、世にも恐ろしいイベントがあるのです。王子と婚約したら、ミカエラに恋をする王子は婚約者のぼくを邪魔者に思って、濡れ衣を着せて、ぼくを断罪して、婚約破棄して、みんなの前で罵倒して、そして処刑なのですっ」
「そんなこと、しないもんっ」
ネガティブな想像が次から次へとあふれ出し。いいえ、前世で起こった事実もあるからなおさら、言葉がとうとうと出てくるのだけど。
ぼくが父上に説明していたら、ジョシュア王子が控室に入ってきて。
大きな声できっぱり否定した。
「私はコエダに濡れた服をきせないし、だっざい、はよくわからんが。小枝が私と婚約したらぜったいハキ? しないし? ばと? もたぶんしないし。第一、ミカエラに恋しない。私はコエダに恋をしているのだっ」
青い衣装を着た、今日のお誕生日会の主役である王子は、そう言い放ってドヤ顔をした。
あ、ドヤ顔しているのに今気づいて。やんわり笑顔に切り替えたっ。
切り替えましたっ、王子、セーフです。
そして、いいこと言ったと思っているみたいですが。
実は全然ダメです。
「王子、濡れ衣は濡れた服のことではありません。そしてだっざいではなく断罪で。破棄も罵倒も疑問形でダメダメです」
「だって、よくわかんないけど。コエダが私との婚約を渋っていることはなんとなくわかったのだもん」
王子はピンクの唇を突き出してもにょもにょ言う。
かわいいっつーの。
いえ、ほだされてはなりません。
「でも、父上の言い分も、んん、アリなのです。婚約者になったら、断罪はあっても元婚約者のよしみで処刑はナシになるかも。国外追放、修道院送りで済むかもしれません」
「国外追放も修道院送りも処刑も、ない。小枝は私の息子であり、私が王位を継いだら第一王子になるのだから、そのような恐ろしいことを考える必要はないのだぞ?」
父上はそう言い切ってくれます。たのもしいです。
それに、あまり前世に引っ張られるのも良くないと。この頃は思うのです。
こんなにも仲の良い王子が、ぼくを処刑する事態になることは。今は考えられませんしね。
「そうだよ、小枝。国外追放? 修道院? そんなのパパは許さないからな」
パパもぼくの頭を撫でて、力強く言ってくれます。
「それにね。命を守ることは大切だけど、小枝の心も大切なんだ。命を守るために婚約するというのはダメだよ。心を殺して、好きでもない人と結婚したら、小枝の心が死んでしまうんだ。小枝がワクワクして生きられないのなら、それはただ生きているだけってことになる。みんなが幸せにならなきゃね?」
処刑回避のために婚約はダメらしいです。
パパが言うのなら、そうなのでしょう。パパの言葉はいつも正しいのです。
そしてパパは王子にも顔を向けました。
「ジョシュア王子、私はなにも、小枝との婚約を反対しているわけではないのです。婚約をする前に、お互いの気持ちを、好き、愛しているという気持ちを、ゆっくりと育ててもらいたいのですよ」
「私は、コエダを愛している」
王子はパパの言葉にそう答えるが。
「いいえ、王子のそれは愛しているではありません。陛下に、小枝との婚約をお願いしたでしょう?」
ほぼほぼ断定口調でパパはたずねます。
そうなのですかぁ?
ぼくが王子を見ると。王子はきれいなお衣装を手でもじもじといじった。
「だって。婚約していないと、コエダが誰かに取られちゃうから。騎士団でご飯を食べたときも、騎士はみんなコエダのことを好きで。神の手のシンボルとして、お菓子とかいっぱいもらってた。あんまり多いから、お供え禁止って兄上が言うくらいに。それに、貴族の茶会に顔を出したとき、子爵子息のグゥエルや伯爵子息のヨハンソンがコエダのこと可愛いって言ってたから…私はうかうかしていられなくなったのです」
王子が言うのは、パパがいなかったときに騎士団の食堂で食べていたときのことで。
そんなことがあったのかぁ? と。パパは父上を見やっています。
でもね、お供えは神様に手を合わせるみたいなものでしょう? ぼくが好きなわけじゃないと思うけどなぁ。
それにね、グゥエルもヨハンソンも、ぼく知らんしぃ?
今まで無理強いはしなかった王子なのに。それであせって、婚約を陛下におねだりしちゃったみたいだね?
「でもそれは、小枝の気持ちを考えていないですよね? 愛しているという気持ちは、その相手の幸せを真に望むものです。無理やり婚約者に据えるのは、愛しているとは言えません。それに、もしも小枝が王子以外の者を好きになったら、小枝の幸せを願って手放してあげるべきです。それが愛しているなのですよ。ね、殿下? 私が誰かを好きになったら、殿下もそうしますよね?」
パパは父上にそうたずねますが。
パパが帰ってきて、この頃は穏やかだった父上の表情が、ビシリと険しくなった。
「…嘘でも、そうだとは言えぬ」
「ディオンっ」
話がややこしくなるのを、パパが怒りますけど。
「しかし、大樹が悲しむことはしない。小枝を盾に脅したり、部屋に監禁したり、そのようなことはしないぞ。泣いてすがって、私だけを愛してくれと懇願するのみだ。ジョシュアよ、おまえも。ひたすらに小枝に愛を乞い、小枝が真にジョシュアを愛しているになるまで待つことだ」
父上にもそう言われ、王子はしょんぼりんぬになりました。
「コエダ、コエダはまだ、私を愛しているにならないのか?」
眉尻を下げて、心細そうな、さみしそうな顔でぼくを見る王子。
うぅ、そんな捨てられた子犬のような顔をするのは反則ですぅ。
でもね。
「ごめんね、王子。ぼく、よくわからないの。王子のこと、お友達としてはとても好きだけど。愛しているはよくわからない」
本当は、愛しているがどういう感情かはわかっている。
ぼくはパパをとても愛していて。
許されるなら結婚したいくらい愛しているだけど。
パパは父上のことを好きになったから。
ぼくはパパの幸せのために、パパと父上の結婚を祝福したの。
そういうことでしょ?
それに、メイのとき。ぼくは王子を愛していた。
その想いは叶わなくて、心も体も泡のように消えてしまったけど。
十八歳の恋は、とても幼い愛しているだったかもしれないけど。
愛しているはね、胸が甘酸っぱいキュンになるの。
その気持ちは、小枝であるぼくの胸にはまだ訪れていない。
この先、王子にキュンとなる日がくるのか、わからない。
だから、わからないなの。
「わかった。友達として好かれてはいるのだな? ならば、兄上の言う通り。これからも私はコエダが愛しているになるまで婚約してと言い続けるよ」
王子はパパのようなさわやかな笑顔でそう言います。でも。
えぇぇ? そこはあきらめてもらえるとありがたいのですがぁぁ。
でもまぁ、いいでしょう。
王子はぼくの一番仲の良いお友達だし。お友達をやめるのは、ちょっとさみしいですしね。
とにかく、婚約者にならなければ。ぼくは王子とミカエラの邪魔者にはならず。
処刑回避ができるような気がするのです。
王子とミカエラが本物の恋に落ちたら。
ぼくはフェードアウトすればいいのです。
ちくん。
また、小骨が胸に刺さりました。
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