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2-5 父上への道は遠い…。

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     ◆父上への道は遠い…。

 六月にパパが帰ってきて。ジョシュア王子は後宮に戻ることになりました。
 王子はやはり、後宮に帰るのを、かなーーり嫌がっていましたが。
 北の館に滞在する理由がなくなったので、仕方がないのです。
 パパが帰ってきたから用済み、というわけではありませんよ? ぼくはそれほどれーけつかんではないです。
 王子のママである王妃が、そろそろ帰って来いと仰せでしたのです。はい。

 王子は馬車の中で、また『さよならコエダぁぁぁ』と泣き叫んでいますけど。
 お付きのアンドリューさんとノアは苦笑いです。
 そんな中、ぼくは手を振ります。

 はいはい、さようならぁぁ、王子ぃぃ。

 つか、ご学友として一週間に一度は後宮で勉強会をするのですよ? 王子は大袈裟です。
 まぁ、いつもいっしょに寝ていた相手がいなくて、ベッドが広く感じるのは、ちょっと寂しいですね。
 あ、ぼくと王子とノアで寝ていたので。ふふふ、ふたりきりというわけではありませんからねぇ?
 従者のお仕事でノアがいないときもあったけど。
 お子ちゃまなので、そういうのは考えないでくださいねぇ。
 そういうのってなに? 

 とにかく。王子がおうちに帰って。いつもの家族だんらんが戻りました。
 あ、エルアンリ様とジュリアはね、まだ北の館にいるの。
 パパたちの結婚式が終わったら、西の館に移るつもりだったエルアンリ様たちだけど。
 ほらぁ、パパがいなくなって、とても落ち込んでしまった殿下のことが心配だったでしょ?
 だから引っ越しを延期にしていたんだ。
 でも、パパが帰ってきたので。
 館の体裁が整い次第、西の館に戻るんだって。
 もう、毒の心配もないし。アレルギー対策はローク先生がついているからね。
 ぼくのクリーンがなくなったら、ちょっと心配だって。エルアンリ様は言うけど。
 手配した料理人に注意事項を伝達すれば、アレルギーに対応した食事を作ってもらえる。
 毒さえなければぼくのクリーンは必要ないんだからね、大丈夫。

 だけど、王子もエルアンリ様たちも、エルアンリ様専属医者になったローク先生も、北の館からいなくなったら。
 ちょっと、いやかなり、さみしくなっちゃうなぁぁ。

 でもね、殿下が王太子になって。周囲はちょっと変わったの。

 北の館は騎士がおよそ百名で守っていて、ちょっと過剰防衛だったけれど。
 前の王妃がいた頃は、それでも足りないくらいだったの。
 ぼくは、よくわからないけど。
 暗殺の人がいっぱい来ていたんだって。
 でもその、前の王妃も、ニジェールもいなくなったでしょう?
 だから、屋敷を守る人手を減らすことにしたの。

 北の館にね、働き手のおうちが併設されているのだけど。
 今までは、騎士さまのおうちの他に、使用人のおうちにも騎士さまが入っていたのだって。
 その使用人のおうちに入っている騎士さまを減らして、まっとうな使用人を入れて。
 本来の館の働き手の形に編成しようということになったんだ。
 ふーん。

 殿下はね、女嫌いだから。殿下のお世話はそのままパパがするのだけど。
 パパが公の場に王太子妃として出るときに。御仕度を手伝うメイドが必要ということになってね。
 渋々、殿下は館の使用人を増やすことにしたらしいよ。
 掃除が苦手なグレイは喜んでいるけど。
 ハッカクは女の子が苦手みたいで。なんか寡黙にお仕事している。
 俺に話しかけるなオーラが、ぼくには見えます。

 でね、ぼくにも専属のメイドさんがついたんだ。
 なんか、専属のメイドさんなんて言うと、お坊ちゃまみたいだね?
 普段、ぼくのお世話はレギがしてくれる。パパもだけど。
 でもレギは殿下の専属騎士だから、殿下のお仕事について行っちゃうでしょう?
 その間のお世話をする人なの。
 基本、ぼくはパパにくっついているので。あまりお世話はかけないと思うけど。

 あのね、でもね。女の子のメイドさんが屋敷でお仕事するようになって、変わったようにも感じるけど。
 夜は今までどおり、レギとグレイとハッカクが館に住み込みで働いているから。
 やっぱり、あまり今までと変わらないかなぁって。

 使用人の選抜は、ユカレフの紹介でね。今まで王宮で仕事をしたことがない人をそろえたんだ。
 だから、万が一にも前王妃との黒いつながりはない、みたいな?
 でも殿下は使用人を近寄らせないし。
 ご飯も、パパが作ったのしか食べたくないの。
 こういうの、トラウマっていうんだよね?
 毒入りのご飯も、暗殺者も、メイドさんが牙をむくことも、もうないと思うのだけど。
 殿下は油断できない。トラウマが激しいの。

 パパはね、殿下のそういうところは直すのが難しいから。ゆっくり変化に慣れてもらうようにするしかないんだって、医者の立場で言っているよ。
 殿下のトラウマも、医者の領分なんだって。
 パパのそばにいると、やっぱり勉強になるよね?

 だからできる範囲で、殿下の要望を叶えながら、お仕事上の女性との接触や、料理人の作った食事をする機会を徐々に増やしていくようにするんだって。
 夜会のときとか、パパの料理が食べられないこともあるもんね。
 殿下は大変です。大人なのに、ぼくより手がかかりますね。
 あ、ぼくの弟分だから仕方がないかっ。てへっ。

 夜会と言えば。
 七月にジョシュア王子のお誕生日会をするんだって。
 六歳になったら、昼間の公の会に参加できるようになるのだけど。
 ほらぁぁ、今までは前王妃がいたでしょぉ? いつも命を狙われていたから、あまり余所よそにお出かけできなかったんだって。
 でもこれからは、王子も王族の一員として実務ができるようになるから、そのお披露目を改めて大々的にするみたいだよ。
 王子がお茶会に出るかもしれないからよろしくね、みたいな? ご挨拶。

 それからね、そのときに。
 新しく王族の一員になったパパとぼくもご紹介するんだって。
 つい最近、結婚の披露宴したばかりなのにね?
 イベント盛りだくさんで忙しいの。

 イベントと言えばねぇぇ。
 一月の中旬に剣闘士大会が行われる予定でね、ノアも出るみたいだったから楽しみにしていたのだけど。
 ほらぁぁぁ、あの、前王妃の件で。いろいろあったでしょ?
 王妃が廃妃されるなんて、なかなかないからね。
 ちょっと自重して延期になったの。
 近々、パパと殿下の結婚式もあったしね。結婚式が終わったあとの四月とか? 祝賀ムードの流れで開催しようってね、準備されていたのだけど。
 ほらぁぁぁぁ、パパがいなくなったでしょ?
 騎士団の守護神的神の手が失われたことに、騎士団は意気消沈で。
 剣闘士大会どころではなくなってしまったんだぁ。
 ハウリム国との争いもあったしね。

 でもでもぉ? パパが帰ってきたのでね。
 元気いっぱいになった騎士団のみなさんは、九月に剣闘士大会を開催することにしたんだって。
 ノアは、まだ十歳だから。優勝とかはできないみたいだけど。
 大会に向けていっぱい修練を積んでいるんだって。
 ノアの頑張りを応援したいんだぁ。
 それにね、他の騎士のみなさんも、パパに剣技を披露したいみたいで張り切っているよ。 

 毎回、剣闘士大会には殿下も出ていたんだけど。
 今年は王太子妃になったパパをエスコートしたいから、見学に回るんだって。
 もう、ふたりはアツアツで、息子のぼくの方が照れちゃいますなぁぁ。

 そんなこんなで、殿下とパパは結婚したし。
 殿下はパパをとっても大事にしてくれるし。
 パパがいない間、ぼくを守って、支えてくれたしね。
 まぁ、けじめというか、なんというか?

「おはようございます、父上」

 朝、食堂でパパのご飯を待っている殿下に、そう言いました。
 家族なのに、いつまでも殿下では他人行儀でしょう?

 そうしたら殿下は。
 目を真ん丸にして、見開いて。
 口もポカーンと開いて。

 スープをよそっていたパパの背中に隠れちゃったの。
 つか、スープじゃなくて豚汁ですけど。
 豚汁は野菜たっぷりでもなんでか食べられちゃうんですよね?
 普通の味噌汁のときより、味噌汁染み染みの大根が美味いのはなんでなのでしょう??

「ちょっと、なんですか? ディオン。小枝に父上って呼ばれて照れちゃったのですか? もっと、父上らしく、ピシッとしてください、ピシッとぉぉ」
 パパがお玉を振りながら殿下を怒りますが。
 もう、本当ですよ。そんなリアクションはこちらが照れます。

「やっぱり、殿下。おはようございます」
 ぼくはスンとして、言い直すのだった。

「いや、父上で。小枝、父上で頼む」
 キリリとした顔で言いますけど。もう遅いです。
「いいえ、殿下に父上はまだ早かったようです。また来週ぅぅ」
 ぼくがさようならと手を振ると、殿下はシュンと肩を落として食卓につくのだった。
 パパは苦笑いしています。

 父上への道は遠い…。
 なんてね。殿下イジリはこの辺で。
 その日からぼくは、殿下を父上と呼ぶようになったのだったぁ。

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