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2-4 パパが帰ってきたぁぁぁっ!

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     ◆パパが帰ってきたぁぁぁっ!

 もうすぐバラの花が咲きそうぅ、ってときくらいに。何匹かウネウネを発見し。
 ぼくが鼻筋を立てたヤバい形相で、箸でウネウネを摘まみ。
 それをグレイが踏む。
 たまに騎士さまにお願いして踏んでもらう。ということを何日か続けました。
 でも騎士さまはみんな、踏んでとお願いすると、眉尻を下げてとても嫌そうな顔をするのです。
 おかしいですね、軍靴だったらむにゅは感じないはずなのですけど。
 それに騎士さまはお国の中でも優秀で強い方々ばかりのはずです。
 なんでウネウネをバッサリできないのでしょう? 不思議です。
 あぁ、早くノアは帰ってこないかしらん。
 アンドリューさんがハウリム国の後処理に出向いているのに、ノアは従者としてついて行ったのだけど。
 きっとノアなら、ウネウネをギュッてしてくれます。
 ノアは優しい風貌ながら、騎士としてどんどん強くなっているしね。パパもよく、ノアをたのもしいと言っていたから、そんけーなのです。
 パパが一目置くノアだから、ウネウネなど敵ではないでしょう、うむ。

 それはともかく。
 そうしていたら、咲いたのですぅ。
 真っ白で、透明感があって、肉厚で、清楚なのに存在感はあるという。
 まるでパパのような真っ白なバラが。
 グレイの言う通り、見事に大輪の花を咲かせたのです。

 ぼく、感動です。
 はじめて自分で育てたものが、立派に花開いたのですから。
 もちろん、ぼくだけではないです。
 苗を植えたときは騎士さまに手伝ってもらったり。
 エルアンリ様が肥料を手配してくれて、グレイがまいたり。
 ぼくはっ。ウネウネがつかないか監視していただけですけどぉ。
 でも、たまにお水をあげましたしぃ。
 水やりは、グレイとハッカクがほぼほぼしていたけどぉ。
 たまにぼくもしたのです。
 だからぼくのバラなのです。

 あぁ、早く。このバラをパパに見てもらいたい。
 もう三ヶ月もパパがいないのです。
 こんなのはもう嫌です。
 お願いだから、バラが綺麗に咲いているうちに、パパを返してください。

 女神さま、お願い。

 夜寝る前、ぼくは毎晩、女神さまにお願いしていました。
 最初の頃、パパがいなくなってすぐのときはね、べそべそ泣きながらお願いしていたの。
 だけど三ヶ月経った今は、ちょっとキレ気味です。オコです。
 もうっ、意地悪しないで女神さまっ。

     ★★★★★

 ハウリム国が解体され、アンドリューさんとノアも帰ってきて。
 殿下の忙しいお仕事もひと段落ついて。
 その日は北の館で、いつものメンバーで朝食を食べていました。
 騎士団に行く用事がないので、騎士団の食堂まで朝行かなくて良くなったのです。
 でもハッカクの朝食は、パンとハムとソーセージがドンなのですよね。
 パパがいないから、スープもないし。マヨもトマトソースもないから。ハムの塩気だけでパンを食べます。
 まぁ、それはそれでいいのですけど。
 戦場で、カッテーパンオンリーだったので、それより全然マシです。
 それにパパのご飯じゃなきゃあ、お腹に入れば食堂のご飯もハッカクのご飯も同じです。

 しょんぼりんぬ。と思い、パンをひとかじり。

 そうしたら突然、ドーンとすっごい音がしたのです。
 ぼくは飛行機が落ちたのかと思いました。
 でも、この世界に飛行機はないのです。
 音をした方を振り返ると、食堂から見える庭に、光の柱が立っているみたいに見えて。
 光が落ち着いて、キラキラしながら消えていくと。

 光の柱があった、その真ん中に。パパがっ。
 遠目で、ほんのちょこんと影が見えるだけですが。あのシルエットは間違いないですっ。
 パパっ、があああああぁぁぁっ。

 パパが帰ってきたぁぁぁっ!

 なんだかわからないけど、ぶわっと涙が込み上げて、前が見えなくなった。
 でも、パパの姿が見たいぃぃ。
「パパ、パパです。殿下っ、パパ、パパパパパパパ」
 ぼくは泣きながら食堂の窓を叩いて。
 それに気づいた殿下が、窓を開けてくれました。
 窓が開いて、ぼくは外に飛び出して。
 足がもつれるようにして、慌てて走った。
 でも心が先走って体がついてこなくて、何度もころびそうになった。
 いや、ころんだ。
 それでも前に、パパのところへ行きたくてっ。
 あわあわしながら走っていたけど。
 そのうち、足が地面から離れて。
 殿下がぼくを小脇に抱えて走ったのです。

 それがね、すっごい速くて。一瞬、涙が引っ込んだよ。
 景色がばぁぁぁって流れて。電車に乗ってたときの外の景色みたいに、速いスピードなの。
 それで、パパが近くに見えるようになったところで。殿下がぼくを地べたにおろしてくれた。
 ぼく、お礼も言わずに。
 とにかくパパに駆け寄った。パパ、パパパパパパ…。

 パパはね、結婚式のときと同じ白い衣装でね。
 ぼくが走ってくるのに気づくと、ふわぁっと笑った。
 そして泣きじゃくるぼくを、あのときの、綺麗なまんまのパパが抱き止めてくれたんだ。
 バフゥゥと、ぼくはパパの胸に顔をうずめる。

 あはぁぁああん、パパです。この優しい匂いはパパなのですぅ。

「ごめんよ、小枝。心配させたな?」
 あぁぁ、パパのお声です。
 いつも通りの、耳に柔らかく響くまろやかなお声ですぅ。
 パパがここにいるって、ジンと胸に響きます。

「あぅぅぅ、お、おいていかないでぇ、も、ひとりに、しないでぇ?」
 ぼくは、一番に伝えたいことをパパに言いました。

 ぼくをひとりにしないで。

「じゃぁね、小枝」
 そう言って、ママがアパートの扉を閉めたとき。
 お部屋の中が真っ黒になって。
 ぼくの心も真っ黒く染まった。
 光が入らない部屋の中で、なにやら大量にある総菜パンの山をみつめて。
 三歳の幼児ながら、途方に暮れた。
 その感覚だけを。覚えています。

 ママがいなくなって、数日後。
 パパがぼくをみつけてくれたとき。
 ぼくはよくわからなかったけど。

 パパのことをまぶしいって思ったの。

 それは部屋のカーテンをパパが開けたからかもしれないけれど。
 そうじゃなくて。
 パパのことをぼくはまぶしいって思って。

 パパがぼくを引き取ってくれたあとは。
 とにかくパパのそばにいたくて。
 パパはお仕事が忙しいから、無理や我が儘は言えなかったけど。
 本当は、パパにずっとくっついていたかったの。
 公園で遊んでいるときも、保育園でお迎えを待つときも。いつもパパのことを考えていた。
 異世界に来てからは、パパとずっと一緒だったから。
 ぼくはずっと嬉しかった。
 奴隷になったり、戦場で命狙われたり、いろいろあったけど。
 ぼくは基本、パパがそばにいれば幸せなのだって。そう思いました。
 だからね。

 もう絶対、ぼくから離れないでねっ、パパ。

「あぁ、パパはずっと小枝のそばにいる」
 本当ですね? しっかり聞きましたからね?
 そんな気持ちで、ぼくはパパの胸のお洋服を手で掴む。
 そして、万が一、また消えたら嫌だから。

 しばらくしがみついておきますね?

 そうしたら、パパはいつものコアラ抱っこをしてくれた。
 前からびったり、パパにくっつきます。安心で、幸せですぅ。
 アレだね。コアラの赤ちゃんもきっと、パパと離れたくなくてくっついているんだね?
 赤ちゃんコアラがくっついているのは、パパじゃなくてママだろうけど。たぶん。

 パパに会ったら、あれを言おう、これを言おう、なんて考えていたけど。
 涙と嗚咽おえつで、なにも言えないし。
 頭真っ白でなにもわからなくなっちゃった。
 殿下はぼくが、パパに似て賢いなんて言っていたけど。
 ぼくの脳みそはパパほど高性能ではないと思います。
 だって、すぐ忘れるし。
 難しい御本を読むと、すぐ眠くなっちゃうし。
 今も、パパにしがみつくしか。ぼくの気持ちを伝えられないの。ポンコツです。

 で、泣きながらパパにしがみついていたら。
 殿下がぼくごとパパを抱き締めて。

 あ、チュウしていますよ???

 これは、ぼくは見ないでジッとしていましょう。
 ぼくは空気を読む息子です。
 それに殿下は、パパとの再会で、ぼくを優先してくれました。
 今度は殿下の番ですね。

 殿下もね、パパがいなくて、また夜眠れなくなっちゃったの。
 顔を見ればわかります。どんどん顔色が悪くなっていって。
 お仕事も忙しいのかもしれないけど。
 怖い顔がどんどんヤバみを帯びて、弟のジョシュア王子ですら泣きそうな凶悪顔に戻ってしまったのですからね。
 だから、パパが帰ってきて。殿下もぼくと同じくらい嬉しいと思うの。
 それって、結構だからね。
 ぼく、パパがいなきゃ生きていけないってレベルだからね。
 殿下もきっとそうなんだと思うの。
 だから、パパとの感動の再会の、バトンタッチです。

「…三ヶ月経っているってことは、今は六月? 綺麗なバラですね?」
「パパが帰ってきたら綺麗なお花を見せたいねって、小枝が。それで小枝はグレイと一緒に、いっぱいバラの苗を植えたんだ」
「そうなのか。ありがとう、小枝。とっても綺麗だね?」
 パパは。
 パパならそう言ってくれるだろうって、想像していた通りの言葉を言ったから。
 ぼくは、嬉しいのと恥ずかしいのと照れくさいので、むぅむぅ言ってしまった。

 それでね。パパは殿下と、しばらく難しい話をしていて。
 ぼくは良い息子なので、ジッとしていたんだけど。
 パパが突然、言いました。

「小枝、カレーライスだっ」
 その言葉を聞き、ぼくは泣き濡れた顔を、パパの胸から上げ。
 べぇっはぁぁっ、となったのだ。
「カレーライスぅぅ、食べたい。つか、パパのご飯食べたいぃぃ」
 そうして、パパのご飯に飢えたぼくは、痺れた頭で、思いつくまま、カレーライスについてとうとうと語るのだった。
 あぁ、魅惑の茶色い飲み物。
 カレーは飲み物ですもんね?

 ってね、ぼくがカレーについてベラベラしゃべりながら、パパに甘えている間に。
 みんなそばに来ていた。

「コエダ、パパが帰ってきてよかったなぁ?」
 ジョシュア王子の声が聞こえ、ぼくはパパの抱っこから降りました。
 そして涙でべしょべしょの顔で、王子に両手を伸ばす。
「王子ぃ、ありがとううぅ」
 ぼくのあんまりな顔に、王子は一瞬ひるむ。
 えぇ、わかっています。鼻水出ていますから。べちゃべちゃ怪獣が襲ってくる勢いなのでしょう。
 だけどぼくは王子にお礼を言いたいのです。
 パパのいなかったこのひとときを、一緒に乗り越えた、いわば戦友です。
 勝利の美酒を味わうときが来たのです。
 お酒飲んだことないけど、そういうイメージです。

 でも王子は、べちょべちょのぼくを、なにも言わずにヒシと抱き締めてくれました。
 王子もママから離れて三ヶ月も北の館にいて、すごいです。
 ぼくを慰めるために、自分がさみしいのを我慢して。

 そばにいてくれて、ありがとう。

 王子はやっぱり、あの、前世王子とは違うのですね?
 トラウマは、なかなか消し去れないけれど。
 ぼくは王子を王子として見るよう、努力します。

 でもとにかく今は。
 パパが帰ってきて本当に良かったぁぁ。という気分を、王子と抱き合いながら噛みしめたのだったぁ。

     ★★★★★

 その後。パパが朝ごはんを作り直してくれて。
 ふわふわのフレンチトーストが出てきたのです。
 野菜も…出てきたけど。
 でも、マヨで炒めたレタスはシャキシャキながらもなんでかバシャバシャ食べられて美味しいの。
 生だと、ハリハリしていて、あまり食べられないんだよねぇ。小さく切っても、量が食べられないの。一・二枚とか。
 でも炒めると、五枚くらいはペロリなんだよね。大きなレタスがぺショッとなってね。へにょへにょだけど触感はシャクシャクなの。不思議ぃ。
 トマトは…普通だけど。パパが切ったと思うと、美味しいの。

 パパの料理を、ぼくはありがたい気持ちで食べていた。
 いつも、パパがご飯を作ってくれるのを当たり前みたいに思っていたけど。
 パパほど美味しい料理を作れる人は、いないのだって。
 パパがいなくなって改めて気づいたのだった。
 王宮でご飯を食べたこともあるのですが。
 この国一番のシェフだと思うのだけど。
 お皿に綺麗に盛りつけられた、お肉や、野菜や、スープは。

 なんでか美味しくないのです。

 シェフの料理も、騎士団の食堂の料理も。たぶん美味しいものなのです。
 だけどパパがいないだけで、美味しくないの。
 殿下も、そんな顔をしていた。
「料理人は悪くないが、やはり大樹のご飯が一番美味しいな」
 って、つぶやいていました。ぼくも同感です。

 ぼくはもう、そんな想いをしたくない。
 だからパパ。ずっとぼくのそばにいてね?

 そんなことを、フレンチトーストを口いっぱいに頬張って、考えていた。
「コエダ、パパが食堂を出て行ってしまったけど。良いのか?」
 王子にそう聞かれ、ぼくはパンをごっくんします。
 パパは、具合が悪そうな殿下が席を立ったので。それを追いかけていきました。

「いいのです。パパにはずっとぼくのそばにいてもらいたいけど。殿下はパパがいないと寝んねできないのです。だからね、ぼくは空気を読むスーパーな息子なので。ここにいます。そしてパパのご飯をたんのうするのです」
「たしかに、兄上の顔色はとても悪くなっているな? タイジュはお医者さんだから、兄上を治せるってことなのか?」
「そうです。パパは殿下の神の手だって、殿下がよく言っていました。だからパパがすぐに元気にしてくれます」
 そう言ったら。
 ちょっと心配そうにしていたエルアンリ様とジュリアが。
 うんうんとうなずいて。
 食事を再開しました。
 ノアもぼくらを見守りながら、寡黙に食事をとり。
 レギやグレイやハッカクも給仕を終えて、食卓につき。
 やはりタイジュ様のご飯は美味しいなぁと言っています。

「コエダ、もしもパパが帰ってこなかったとしても。私はコエダのそばにずっといたよ。パパの代わりにはなれないってわかっていたけど。コエダがさみしくないように、ずっとそばにいるつもりだった」
 王子はお子ちゃまだけど。頭脳は優秀なので、六歳だけど自分の意思をしっかり持っているんだ。
 だから、王妃様に。コエダのおうちにいたいって言ってくれて。
 三ヶ月もそばにいてくれたの。
 そのことに、ぼくはとっても感謝しています。

「王子ぃ、ぼく、嬉しかった。パパがいなくて、ずっとさみしかったけど。王子がいなかったら、もっと、いっぱいいっぱいさみしかったと思うの。だからね、ぼく。王子はとっても優しい、良い子だと思うの」
「じゃあ、こ…」
「婚約してって言わなかったら、もっと良い子だと思うの」
 すかさず、そこは、かぶせ気味に言っておきます。
 それとこれとは別なので。

 でも王子は、眉間を寄せて、つぶやいた。
「…それは難しいのだ。私はぜぇっっったいコエダと婚約したいから」
「もっと良い子になれるのに?」
「良い子になったら、もっとコエダに好かれるかもしれないが。それは難しいのだ」
 目元をキリリとさせて、口をへの字にする王子。
 王子はどうしてもぼくと婚約したいのですね?

 それは、ずっと一緒にいるというお約束だって。王子は思っているのかもしれないけれど。
 そうじゃないんだ。
 王子はいつか、誰かと恋をする。
 その相手が、本当の婚約のお相手になる。

 だからね。恋も、愛してるも知らないうちに婚約を決めたらダメなんだよ。
 好きでもない子と婚約したら、絶対に、処刑とか断罪とか。妙なことになっちゃうんだからね。

 だからやっぱり。
 王子が良い子だってわかってもね。
 ぼくはまだ、王子と婚約はできないんだぁ。うぅむ。

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