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2-2 ぐわぁぁぁっときて、ちゅーーー?

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     ◆ぐわぁぁぁっときて、ちゅーーー?

 パパがいなくなったあとのスタインベルンは、とっても荒れました。
 殿下はぼくに詳しいことを言いませんが。
 殿下とレギの話を聞いていれば、大人のメイが中に入っているぼくにはほんのりわかります。
 もちろん殿下は、パパが消えてしまって怒っている…というか悲しんでいますけど。
 なんでか国民のみなさんがすっごい怒っているみたいです。
 パパは優しいから、きっとどこでも人気者なのですね?
 それで、国が荒れているのですけど。
 国民をなだめるのに、殿下もエルアンリ様も忙しいみたいです。

 とはいえ、ぼくは北の館でジョシュア王子と遊んでばかりいて。
 特になにもできないのですけど。
 聖女ということは内緒ですし。今はすっごいことはあまりできませんしね。
 パパがいなくてしょんぼりんぬで。元気もないですしね。
 遊ぶことで悲しさをまぎらわしている最中です。
 お力になれなくて、すみませぇん。

 それで殿下は、とても忙しそうだったのだけどね。
 朝は必ず、ぼくとご飯を一緒に食べてくれたの。
 騎士団の食堂に、殿下はレギとぼくとジョシュア王子を連れて行ってね。
 あと、ノアとアンドリューさんも王子の護衛でついてきてね。
 騎士さまたちが大勢いるところで、みんなで朝ごはんを食べるの。

 殿下はぼくらが、早いうちから騎士団に出入りするのも悪くないって言うの。
 ジョシュア王子は殿下のような騎士になりたいって思っているみたいだし。
 ぼくもパパを守る騎士になりたいって。ちょっとだけ思っているから。
 騎士団がどんなところか、騎士さまがどういうことをしているのか、知るのは面白いです。

 殿下は騎士団の食堂にぼくたちを連れて行くことで、顔見せをしておく気持ちもあるみたい。
 騎士さまたちにも、ぼくを知ってもらって、守ってもらうってこと、かな?

 でも、なんにせよ。パパがいなければ、ぼくはテンションだだ下がりです。
 それにね、大きな口を開けて食べると、周りの騎士さんがおぉぉって盛り上がるでしょ?
 恥ずかしいので。
 テーブルマナーを少し覚えました。
 フォークに刺さる分だけ、お口を小さく開けて食べます。いっぱいぶっ刺してはいけないんですよ。
 エレガントぉ。

 それにね、パパの料理ほど美味しくないから、がっついて食べないんだ。
 あ、パパがご飯を作ってくれる人に敬意を持ちなさいって言っていたから。美味しくないとか言ったらダメなのですけどぉ。
 だってね、パパの料理が世界一なのだから、そこは仕方がないのですぅ。
 でも。しょんぼりんぬ。
 パパの料理を思い出して、泣けてきました。
 だから、騎士団食堂の料理は、いつも涙味なのです。

 ぼくらは、朝は騎士団の食堂で食べてね。
 昼と夜はハッカクが作るご飯を北の館で食べるんだけど。
 エルアンリ様たちは朝もハッカクのご飯食べているの。エルアンリ様はアレルギーが出なければなんでもいいんだって。
 ハッカクのご飯は素材がそのままボンって出てくるから。アレルギーの心配はないもんね。
 パパだったら、アレルギーのことを考えて料理してくれるけど。
 あ、またパパのことを思い出して、しょぼりんぬ。

 でね、殿下は朝ごはんのあとそのまま、アンドリューさんと一緒に騎士団の本部に出向いて行って。
 レギがぼくらを館に帰してくれるの。
 殿下はそのあと、ずっとお仕事しているみたいだね? 夜も帰ってくるのが遅いの。
 なんかね、ハウリム国と戦争するみたいだよ?
 パパを害そうとしたから、きっと殿下はオコなんだね。ひょえぇぇぇ。
 スタインベルンの王族は、そういうところがありますよね。
 前世で、ぼくがジョシュア王子の婚約者をいじめて処刑になったように…ま、厳密には違いますけど。それは今は置いておいて。
 殿下の伴侶を害した罪で国ごと滅ぼしてしまうようです。
 スケールがヤバくね?
 だから王族は怖いんだっちゅーの。

 でも、ぼくがパパになにかをすることはないですし。
 今ぼくは王族側にいるから大丈夫。
 ぼくが殿下に処刑されるようなことには、どう転んでもなりませぇん。だからパパ、早く帰ってきてぇ。

 あぁぁあ、いえいえ、まだ油断はできません。
 と、ぼくは目の前にいるジョシュア王子を見て、思いました。
 だって、王子の好きな子をいじめたら、ワンチャン処刑あるかもだもん。
 前世ではそうだった。
 義理の馬鹿兄が王妃側で暴利をむさぼって、王子の暗殺も企てていた。ってことがほぼほぼだけど。
 王子が聖女のぼくを処刑したってことに。
 好きな子イジメた女憎しの感情が、全くなかったとは言い切れませんからねっ。

 つまり、スタインベルンの王族は。
 好きな子に手を出されたら処刑レベルの激オコになるってことです。
 サワラヌカミニタタリナシ、とぼくは思います。

「なぁなぁ、コエダ。これはなんて読むんだ?」
 ぼくがこんなことを考えているとは知らず、無邪気に絵本の単語を指差す王子。
 今はお勉強の時間で、北の館の王子の部屋で、机に座って御本を読んでいます。
 つか。サワラヌカミニタタリナシ、だけど。
 王子がぐいぐい来るから。なんでか触らねばならない状況ですね。なんでか。

 えぇ、わかっているのです。
 前世の王子と、今目の前にいる王子はだってね。

 だって今の王子は、パパがいなくなったぼくが可哀想って。いつもそばにいて。
 ぼくがパパのことを思い出して悲しくならないように、いろんな遊びに付き合ってくれるし。
 ぼくがパパのことを思い出して泣いたら、そっと頭を撫でて慰めてくれるし。
 夜ひとりで起きても怖くならないように、一緒に寝てくれるし。
 たまに婚約してって言われてケンカになるけど。なんだかんだ王子は無理強むりじいしないしね。

 あの。婚約者がいるのにメイのファーストキスを奪ったり。
 本気にするな、俺はおまえを好きにならないって言って突き放したり。
 じゃあ、キスするなよなぁぁぁ。ってぼくは思うけど。
 初キスで舞い上がったメイをどん底まで落ち込ませてね。
 メイの初恋って知っていながら、街中デートに誘ったくせに。だけどその店で買ったものは、メイの目の前で王子の婚約者にプレゼントされるという。
 完膚かんぷなきまでにメイを傷つけてね。
 あげくの果てに、初恋の相手に処刑されるという。自分のことながら、メイが可哀想…。

 というわけで…この王子とあのクズ王子は違うのです。

 でもさぁ、前世でここまでされると。ぼくがいかに深いトラウマを抱えているのかと。
 おわかりでしょう??
 あのクズ王子もさぁ、なんかすさんじゃってぇ、目とか暗くて死んでたもんね。同情するところはあるのかもだけど。
 メイはそういう背景は知らんし。

 ぼくも。今の王子は大丈夫かもしれないけど、あのクズ王子の素地があるんじゃないかって。
 ちょっとだけ思っちゃうんだよねぇ。
 だからこそ、簡単には心を開けないのです。
 
 だけど。きゅるんとした目でぼくを見る今の王子が、あの王子と違うことは。
 わかっているのですぅぅ。
 心の中で、前世のメイと、王子に好感を持つぼくが。引っ張り合いっこをしている感じです。
 あぁ、複雑です。

「王子、これはいばらと読むのです。茨の森です」
 まぁ、ぼくの複雑感情は置いておいて。
 王子が見ている絵本は、森の奥にある茨の森の中で眠るお姫様に、王子がキスして起こす。みたいな。
 向こうの世界の眠り姫のようなお話です。
 どこの世界も、お姫様は王子のキスで起きるものなのですね?

 お姫様が王子のキスで目を覚ますと、茨がつぼみをつけて、それが花開く。
 お姫様の目覚めを祝福するように、白いバラが満開になって。
 ふたりは白バラの前で愛を誓って、ジ・エンド。みたいな話。

「このお姫様は目が覚めてはじめて見た王子を愛しているになったのだな? 私もコエダをはじめて見たときから好きって思っているのになぁ。どうしてコエダは私に愛しているしてくれないのだ?」 
「愛しているしてくれないって、なんですか?」
 ぼくは王子の話がわかりません。
 王子は今日も安定の意味不明です。

「私は愛しているのキスをしただろう? でもコエダからも愛しているのキスをされないと、婚約が成立しないようなのだ」
「もしかして…愛しているをキスだと思っているのですか?」
「ちがうのか?」
 きょとんと聞いてくる、金髪碧眼王子。
 顔面は完璧なのに。本当に残念な子。王子にこんなことを思っては不敬なのでしょうが…同情しちゃいます。
 まぁ、確かにぃ? 愛しているからこそキスするのでしょうから、間違っているわけではないですが。
 でもぼくは知っています。
 王子は前世で、好きでもないのにメイにキスしたのですからね。
 愛しているじゃないチュウもあるってことです。むぅ。

「王子、愛しているはキスではなく。感情です。まぁ、互いに想い合っていないと婚約が成立しないというのは、当たっていますけど。それでこの前、寝ぼけたぼくにキスしたのですか?」
 ノーカウントで仲直りしましたけど。
 メイのみならず、ぼくのファーストキスも王子に奪われたので。
 ショックなので。
 忘れられませんっ。

「ディオン兄上が、パパに愛していると言ってチュウしたから、てっきり」
 ジョシュア王子はいつの間にか、パパのことをパパと呼んでいます。
 パパはぼくのパパなのに。
 パパと父上が同じものだってわかっていないのかも。
 愛称みたいな? まぁ、愛称というか、敬称ですけど。
 王子のパパの言い方は、やはりあだ名みたいに聞こえるのだ。
 まさか、パパの名前をパパだと思っていないよね?

 ま、それはともかく。
 今は王子の誤解をときましょう。
「キスは愛情表現ですよ。愛しているの気持ちが、こう、ぐわぁあぁぁときて、で、チュ―ーってなるのです」
「ぐわぁぁぁっときて、ちゅーーー? わからんっ」

 でしょうね。

「だからぁ、王子がその気持ちがわかって。ぼくも王子を愛してるになってから、婚約成立なのです」
「いつ、わかるのだ?」
 いつ? はぁぁ? そんなの知らんがな。
 でも、まぁ。一応参考例をお伝えしましょう。
「殿下はパパと出会ってはじめて愛しているになったので。二十三歳? パパも殿下と出会ってはじめて愛しているになったのでぇ、二十八歳?? だから個人差があります」
 ふたりとも、初恋からの、愛してるからの、結婚らしいので。
 たぶん、そう。
 しかしそれを聞いた王子は、絵本の乗る机にバタリと体を倒すのだった。
「はぁぁ? 二十三歳? そんなに待てなぁい」
 王子は椅子に座ったままで足をバタバタさせるけど。

 知らんがな。

 そんなことよりぃ。
「ぼく、これやりたい」
 そう言って、ぼくは絵本を指差した。
 すると王子はガバリと体を起こす。
「え、寝ているコエダに目覚めのチュウか?」
 目をピカらせた王子の恐ろしい勘違いは、速攻で訂正いたします。
「ちがいます。白いバラをいっぱい植えたいのです。パパが帰ってきたときバラが咲いていたら、きっと喜んでくれるでしょう? パパのためにいっぱい、いろいろしておきたいの」
「そうか。タイジュはきれいだから、白いバラが似合うな。でも、兄上のお庭だから。兄上に許可を取った方がいいぞ」
 あ、王子はパパの名前が大樹だって覚えていました。良かったですぅ。
 そしてぼくは、王子の助言に笑顔でうなずくのだった。
「そうですね。ありがとう、王子。殿下に聞いてみるね?」

 その日の夜、ぼくはさっそく殿下に了解をもらったのだった。
 殿下も、パパが喜ぶことはなんでもしたいって。

 ぼくと殿下の気持ちは同じだね?

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