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第二章 小枝編 ぼくのお相手、誰ですかぁ? 1 パパがいなくなった
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◆パパがいなくなった
殿下とパパの結婚式の日。
ぼくは、きれいなお洋服を着られる嬉しさと。パパが殿下の伴侶になることに、ちょっと寂しさを感じていた。
殿下がぼくを遠ざけたり。パパがぼくより殿下をかまったり。
そんなことをふたりはしないってことは、とっても、とっても、わかっているのです。
ですけどぉ、モヤモヤしてしまうのは。
これが複雑な感情というやつなのです。
なんとなく不安ってやつです。
「コエダのパパが兄上と結婚したら、コエダは王族の一員になるな? そして私とコエダは叔父と甥でありイトコであり、ご学友であり…関係がだれよりも色濃いではないか? ふむふむ、婚約者になるのも時間の問題だな」
ジョシュア王子が、ぼくとおそろいの衣装を着て、うなずいています。
王子とぼくは結婚式で、パパのお衣装の裾を持つ係なので、同じ衣装を着ているのです。
っていうかぁ。
「親戚と婚約は別ですぅぅ」
王子の言うことは、んん、むずかしいけど、たぶんそうなの。
でもね、それとこれは別なのです。
「するの」
「しないもん」
そして、またしてもワチャワチャと王子との言い合いです。
王子はどうしても、ぼくを婚約者にすることをあきらめません。
ぼくは前世で、王子にこっぴどく振られ、もてあそばれ、あげく処刑されたのですから。
絶対ぃ好きになんかならないのにっ。
それに『俺はエメラルドグリーンの髪の女性が好みだ』って、前世では言っていました。
エメラルドグリーンは、当時の王子の婚約者の髪色だけど。
つまり前回のご婚約者は王子の、どタイプのはずです。
彼女が王子の目の前に現れたら、王子は確実に胸キュンなのです。
ぼくなどは薄黄色の髪の毛で、ピヨピヨ。王子がよくひよこ色だと言いますが。
ぼくはパパがよく言う、薄焼き卵色が好みですけど。
ひよこは可愛いだけでしょう? 可愛いひよこに恋愛感情は持たないものです。
あ、ぼくは、ぼくが可愛いことを否定しません。
だってパパが、ぼくは世界一可愛いって言ってくれるので。
パパは嘘はつかないのです。
だから、ぼくは可愛いのです。むふん。
話を戻しまして。
まだ六歳の王子は、恋など知らぬお子ちゃま。
可愛いを、好きと勘違いしているのでしょう。
ぼ、ぼくはぁ…前世の記憶があるので。
恋の気持ちはわかっていますよぉ? たぶん。
んん、六歳の今は、胸のときめきがまだなので。ちょっと、その気持ちとやらは薄れかけていますけど。
でもでも王子よりはぼくの方が、恋のなんたるかをわかっているつもりですぅ。
しかししかし。前世のメイの気持ちや感情を忘れかけているのは、由々しき事態です。
おうちに帰ったら、前世の記憶をメモすることにしましょう。そうしましょう。
ところで、結婚衣装を身につけたパパは、ほんっとうぅぅにきれいなのです。
白いお衣装に、パパの黒髪が映えます。ちょう映えるぅぅ、です。
支度をするメイドさんがパパの横の髪をきれいに編み込みして。黒髪の光沢がつやつやに光って。肩口まで伸びた髪を結い上げると、首元があらわになって、あああ、うなじがエロいですぅ。
細身の体に宝石をちりばめた衣装がキラキラと光っているしぃ。
立ち襟はパパのストイックさを表し、背筋のラインがほのかにパパの色気を見せつけます。
殿下、パパのことをよくわかっているからこそのお衣装でしょうけど。
きれいなパパを見せびらかしたいのもわかりますけど。
ちょっと色気を見せすぎです。
あ、でも。ベールを被せたら、少しうなじエロ…色気は隠れました。
ま、いいでしょう。
パパはいつも優しくて、ニコニコで。ほのぼのなのが良いのです。
パパの笑顔を見ると、ぼくはキュンとするのです。
これは恋です。
パパに恋をしても、むくわれないのは知っています。
パパの恋のお相手は、殿下ですから。
ぼくは、ぼくもお相手も、互いに恋をする相手をみつけなければなりません。
しかしパパ以上の人とは巡り会わないような気がします。
だって、パパ以上の人なんて、この世に存在するはずもないのです。
それぐらいパパは最強なスパダリで、格好良くて、優しくて、あたたかくて、良いにおいがするのです。
んんーん、パーフェクトっ。
だけど。
そんなパパがいなくなったのです。
結婚式を終えて、殿下の立太子の儀も終わって。
大聖堂の周りに集まっている国民のみなさんに挨拶するんだよって。
ついさっき、パパに言われたことです。
ぼくはジョシュア王子と一緒に、籠の中の花をまいてパパを祝福してあげて、と聖堂のシスターに言われたので。
あれでしょう? よく少女漫画とかで、背景に花が見えるやつ。
あんな感じで、パパの後ろに花が咲くように、ぼくはパラリパラリと花をまいていたのです。
そうしたら。あいつ。ニジェールっていういやぁな感じのやつがパパに突進してきたの。
そうしたら。パパの周りにバリアができて。
それにぶつかったニジェールに炎がボンで。
それは、あっ、という間もないくらいの短い出来事で。ぼくはびっくりで。
そんなぼくを王子が抱き締めて。
「危ない、コエダ。動かないで」
王子にそう言われたけど。バリアの中にはパパがいるのに。
「パパぁ」
ぼくはパパに手を伸ばし。
殿下もパパに手を伸ばしていたけど。
手がバリアに触れる前に、バリアもパパも消えてしまったの。
そのあとは、炎を消した騎士の人たちがニジェールを捕まえて。
殿下がぼくのそばにやってきて、ぼくをギュッと抱き締めた。
「小枝、大樹はどこへ行ったのだ? 小枝ならわかるんじゃないか?」
そう、殿下に聞かれたけど。
ぼく、わからない。
前世で、こんな経験ないし。
前世で、パパはいなかったし。
はじめての経験なの。
それで、ぼく。
前世で経験していないことに関して、全く役に立たないって気づいた。
今まではパパが一緒にいて、なんとかしてくれたけど。
パパがいなくなったら、ぼくはすぐにも前世と同じ道をたどって処刑されてしまうんじゃないかな?
パパがいたから、処刑回避の道筋をたどれたけど。
ぼくだけじゃ、ダメなんじゃないかな?
っていうか、パパがいなきゃ、パパがいなきゃ…。
そう思ったら、泣けてきた。
ぼくは、パパがいなきゃ、一歩も動けないよ。
「あああああぁぁぁああん、パパッ、パパがいないぃぃぃ、パパはどこぉぉぉ??」
ぼくは体中、どこもかしこも悲しくなって。
たずねる殿下に、首を横に振って。
そして心のままに、泣いたっ。
ぼくは、普段あんまり泣かないの。
泣くとね、ママがぼくを怒鳴るからね。泣くのはダメなことだって知っているの。
でもね、このときは。泣いたらダメとかどうでもよくて。
そんなこと考えることもなくて。
ただただ、パパがいないのはいやだって。悲しくて泣いたの。
そのあとは結構な騒動になった。
ぼくはギャン泣きだし。
ぼくにつられて、王子もギャン泣きだし。
ニジェールがどこから入ったのかって、警備担当の騎士たちはピリピリだし。
大司教は神の手が奪われたって、倒れちゃったし。
集まった民衆は、パパの奇跡の瞬間を目の当たりにして興奮し、害そうとしたニジェールを袋叩きにしそうな、暴動一歩手前状態になって。
放心していた殿下は、エルアンリ様や王族の人たちの誘導で、別室に連れて行かれた。
殿下は、パパが帰ってくるのを待つって、消えた場所から動きたくなかったみたいだけど。
民衆がパニックで危ないからって。
みんなで控室に避難したの。
ぼくは泣きながら、その様子を見ていた。
殿下がぼくと王子を抱き上げて、控室まで連れて来てくれて。
ぼくはそのまま殿下にしがみついて、いっぱい泣いていた。
「パ、パパ、どこ? 殿下、パパはどこに行っちゃったのぉ?」
「私にもわからない。あぁ、大樹だったら、うまくなだめてやれるのに。すまない、小枝」
泣きじゃくるぼくと王子の背中を。殿下はただ撫でることしかできない。そのことを謝るけど。
いいの。パパにしかできないことがあるの。ぼく、知ってる。
パパは泣くぼくをやんわり抱きしめて、あたたかくして、いつもなだめてくれる。
でもそれは、パパだけができることで。
それをできないのは、殿下のせいじゃないもの。
「兄上、このあとの行事はみんなキャンセルしましょう」
パパがいないのに、お祝いなどなにもできない。
殿下はそのような顔で、エルアンリ様の提案にひとつうなずいた。
「ディオン殿下、小枝はしばらく私が預かりましょうか?」
金髪のじぃじが、殿下に聞いた。
みれぇじゅ公爵は、日本のじぃじが転生した姿なんだって。
話し方や声や見た目は全然違うけど。
日本でのことやパパの子供の頃の話とか、よく知っているから。本当みたい。
だから金髪のじぃじは、パパの次にぼくにゆかりのある人ってことなのだけど。
「いいえ、俺は今日、小枝の父になったのです。大樹がいなくても…いえ、大樹がいないからこそ、小枝は俺が守りたいのです。小枝、それでいいか?」
前の方はじぃじに、最後はぼくにそうたずねる殿下に。
ぼくはうなずいた。
殿下はね、パパが一緒じゃないと眠れないのに。パパがいなくなっちゃって可哀想だよね?
だからぼく、パパのようにはできないけど。殿下のそばにいてあげたいの。
だってね? 殿下はぼくと同じくらいパパのことが好きなんだ。
だから結婚したんだもんね?
きっとぼくと同じくらい、パパがいなくなって悲しいし、さみしいし。
胸がモヤモヤでギリギリで、ギュウギュウに痛いの。
それにね、ぼくも…パパがいないと可哀想。ぼくだって、なにもできないもの。
だから、ぼくは殿下と一緒にいるの。
殿下と一緒に、パパが帰ってくるのを待つの。
「母上、私もコエダのそばにいたいです。パパがいなくなっちゃって、コエダが可哀想だ。こんなに泣いているコエダをひとりにはできません。私も北の館でコエダとすごすっ」
鼻をズビズビさせながら、ジョシュア王子が王妃様に言った。
王子のパパである陛下は、少し渋ったが。
王子が陛下の膝の上に体を預けて、上目遣いで『お願いします父上』と言ったら。
了承された。
陛下。以前王子は、これをすればほぼヒャクパー要求は通るとドヤ顔で言っていましたよ。
今はウルウルのお目目なので、確率はヒャクニジュッパーでしょう。
悲しすぎてツッコミどころではなく、黙っていましたがぁ。
それでいったん、みんなで北の館に戻ることにしたの。
馬車に乗り込む前、殿下は名残惜しそうにパパが消えた場所をみつめていたけど。
その日も、次の日も、パパは戻ってこなかった。
殿下とパパの結婚式の日。
ぼくは、きれいなお洋服を着られる嬉しさと。パパが殿下の伴侶になることに、ちょっと寂しさを感じていた。
殿下がぼくを遠ざけたり。パパがぼくより殿下をかまったり。
そんなことをふたりはしないってことは、とっても、とっても、わかっているのです。
ですけどぉ、モヤモヤしてしまうのは。
これが複雑な感情というやつなのです。
なんとなく不安ってやつです。
「コエダのパパが兄上と結婚したら、コエダは王族の一員になるな? そして私とコエダは叔父と甥でありイトコであり、ご学友であり…関係がだれよりも色濃いではないか? ふむふむ、婚約者になるのも時間の問題だな」
ジョシュア王子が、ぼくとおそろいの衣装を着て、うなずいています。
王子とぼくは結婚式で、パパのお衣装の裾を持つ係なので、同じ衣装を着ているのです。
っていうかぁ。
「親戚と婚約は別ですぅぅ」
王子の言うことは、んん、むずかしいけど、たぶんそうなの。
でもね、それとこれは別なのです。
「するの」
「しないもん」
そして、またしてもワチャワチャと王子との言い合いです。
王子はどうしても、ぼくを婚約者にすることをあきらめません。
ぼくは前世で、王子にこっぴどく振られ、もてあそばれ、あげく処刑されたのですから。
絶対ぃ好きになんかならないのにっ。
それに『俺はエメラルドグリーンの髪の女性が好みだ』って、前世では言っていました。
エメラルドグリーンは、当時の王子の婚約者の髪色だけど。
つまり前回のご婚約者は王子の、どタイプのはずです。
彼女が王子の目の前に現れたら、王子は確実に胸キュンなのです。
ぼくなどは薄黄色の髪の毛で、ピヨピヨ。王子がよくひよこ色だと言いますが。
ぼくはパパがよく言う、薄焼き卵色が好みですけど。
ひよこは可愛いだけでしょう? 可愛いひよこに恋愛感情は持たないものです。
あ、ぼくは、ぼくが可愛いことを否定しません。
だってパパが、ぼくは世界一可愛いって言ってくれるので。
パパは嘘はつかないのです。
だから、ぼくは可愛いのです。むふん。
話を戻しまして。
まだ六歳の王子は、恋など知らぬお子ちゃま。
可愛いを、好きと勘違いしているのでしょう。
ぼ、ぼくはぁ…前世の記憶があるので。
恋の気持ちはわかっていますよぉ? たぶん。
んん、六歳の今は、胸のときめきがまだなので。ちょっと、その気持ちとやらは薄れかけていますけど。
でもでも王子よりはぼくの方が、恋のなんたるかをわかっているつもりですぅ。
しかししかし。前世のメイの気持ちや感情を忘れかけているのは、由々しき事態です。
おうちに帰ったら、前世の記憶をメモすることにしましょう。そうしましょう。
ところで、結婚衣装を身につけたパパは、ほんっとうぅぅにきれいなのです。
白いお衣装に、パパの黒髪が映えます。ちょう映えるぅぅ、です。
支度をするメイドさんがパパの横の髪をきれいに編み込みして。黒髪の光沢がつやつやに光って。肩口まで伸びた髪を結い上げると、首元があらわになって、あああ、うなじがエロいですぅ。
細身の体に宝石をちりばめた衣装がキラキラと光っているしぃ。
立ち襟はパパのストイックさを表し、背筋のラインがほのかにパパの色気を見せつけます。
殿下、パパのことをよくわかっているからこそのお衣装でしょうけど。
きれいなパパを見せびらかしたいのもわかりますけど。
ちょっと色気を見せすぎです。
あ、でも。ベールを被せたら、少しうなじエロ…色気は隠れました。
ま、いいでしょう。
パパはいつも優しくて、ニコニコで。ほのぼのなのが良いのです。
パパの笑顔を見ると、ぼくはキュンとするのです。
これは恋です。
パパに恋をしても、むくわれないのは知っています。
パパの恋のお相手は、殿下ですから。
ぼくは、ぼくもお相手も、互いに恋をする相手をみつけなければなりません。
しかしパパ以上の人とは巡り会わないような気がします。
だって、パパ以上の人なんて、この世に存在するはずもないのです。
それぐらいパパは最強なスパダリで、格好良くて、優しくて、あたたかくて、良いにおいがするのです。
んんーん、パーフェクトっ。
だけど。
そんなパパがいなくなったのです。
結婚式を終えて、殿下の立太子の儀も終わって。
大聖堂の周りに集まっている国民のみなさんに挨拶するんだよって。
ついさっき、パパに言われたことです。
ぼくはジョシュア王子と一緒に、籠の中の花をまいてパパを祝福してあげて、と聖堂のシスターに言われたので。
あれでしょう? よく少女漫画とかで、背景に花が見えるやつ。
あんな感じで、パパの後ろに花が咲くように、ぼくはパラリパラリと花をまいていたのです。
そうしたら。あいつ。ニジェールっていういやぁな感じのやつがパパに突進してきたの。
そうしたら。パパの周りにバリアができて。
それにぶつかったニジェールに炎がボンで。
それは、あっ、という間もないくらいの短い出来事で。ぼくはびっくりで。
そんなぼくを王子が抱き締めて。
「危ない、コエダ。動かないで」
王子にそう言われたけど。バリアの中にはパパがいるのに。
「パパぁ」
ぼくはパパに手を伸ばし。
殿下もパパに手を伸ばしていたけど。
手がバリアに触れる前に、バリアもパパも消えてしまったの。
そのあとは、炎を消した騎士の人たちがニジェールを捕まえて。
殿下がぼくのそばにやってきて、ぼくをギュッと抱き締めた。
「小枝、大樹はどこへ行ったのだ? 小枝ならわかるんじゃないか?」
そう、殿下に聞かれたけど。
ぼく、わからない。
前世で、こんな経験ないし。
前世で、パパはいなかったし。
はじめての経験なの。
それで、ぼく。
前世で経験していないことに関して、全く役に立たないって気づいた。
今まではパパが一緒にいて、なんとかしてくれたけど。
パパがいなくなったら、ぼくはすぐにも前世と同じ道をたどって処刑されてしまうんじゃないかな?
パパがいたから、処刑回避の道筋をたどれたけど。
ぼくだけじゃ、ダメなんじゃないかな?
っていうか、パパがいなきゃ、パパがいなきゃ…。
そう思ったら、泣けてきた。
ぼくは、パパがいなきゃ、一歩も動けないよ。
「あああああぁぁぁああん、パパッ、パパがいないぃぃぃ、パパはどこぉぉぉ??」
ぼくは体中、どこもかしこも悲しくなって。
たずねる殿下に、首を横に振って。
そして心のままに、泣いたっ。
ぼくは、普段あんまり泣かないの。
泣くとね、ママがぼくを怒鳴るからね。泣くのはダメなことだって知っているの。
でもね、このときは。泣いたらダメとかどうでもよくて。
そんなこと考えることもなくて。
ただただ、パパがいないのはいやだって。悲しくて泣いたの。
そのあとは結構な騒動になった。
ぼくはギャン泣きだし。
ぼくにつられて、王子もギャン泣きだし。
ニジェールがどこから入ったのかって、警備担当の騎士たちはピリピリだし。
大司教は神の手が奪われたって、倒れちゃったし。
集まった民衆は、パパの奇跡の瞬間を目の当たりにして興奮し、害そうとしたニジェールを袋叩きにしそうな、暴動一歩手前状態になって。
放心していた殿下は、エルアンリ様や王族の人たちの誘導で、別室に連れて行かれた。
殿下は、パパが帰ってくるのを待つって、消えた場所から動きたくなかったみたいだけど。
民衆がパニックで危ないからって。
みんなで控室に避難したの。
ぼくは泣きながら、その様子を見ていた。
殿下がぼくと王子を抱き上げて、控室まで連れて来てくれて。
ぼくはそのまま殿下にしがみついて、いっぱい泣いていた。
「パ、パパ、どこ? 殿下、パパはどこに行っちゃったのぉ?」
「私にもわからない。あぁ、大樹だったら、うまくなだめてやれるのに。すまない、小枝」
泣きじゃくるぼくと王子の背中を。殿下はただ撫でることしかできない。そのことを謝るけど。
いいの。パパにしかできないことがあるの。ぼく、知ってる。
パパは泣くぼくをやんわり抱きしめて、あたたかくして、いつもなだめてくれる。
でもそれは、パパだけができることで。
それをできないのは、殿下のせいじゃないもの。
「兄上、このあとの行事はみんなキャンセルしましょう」
パパがいないのに、お祝いなどなにもできない。
殿下はそのような顔で、エルアンリ様の提案にひとつうなずいた。
「ディオン殿下、小枝はしばらく私が預かりましょうか?」
金髪のじぃじが、殿下に聞いた。
みれぇじゅ公爵は、日本のじぃじが転生した姿なんだって。
話し方や声や見た目は全然違うけど。
日本でのことやパパの子供の頃の話とか、よく知っているから。本当みたい。
だから金髪のじぃじは、パパの次にぼくにゆかりのある人ってことなのだけど。
「いいえ、俺は今日、小枝の父になったのです。大樹がいなくても…いえ、大樹がいないからこそ、小枝は俺が守りたいのです。小枝、それでいいか?」
前の方はじぃじに、最後はぼくにそうたずねる殿下に。
ぼくはうなずいた。
殿下はね、パパが一緒じゃないと眠れないのに。パパがいなくなっちゃって可哀想だよね?
だからぼく、パパのようにはできないけど。殿下のそばにいてあげたいの。
だってね? 殿下はぼくと同じくらいパパのことが好きなんだ。
だから結婚したんだもんね?
きっとぼくと同じくらい、パパがいなくなって悲しいし、さみしいし。
胸がモヤモヤでギリギリで、ギュウギュウに痛いの。
それにね、ぼくも…パパがいないと可哀想。ぼくだって、なにもできないもの。
だから、ぼくは殿下と一緒にいるの。
殿下と一緒に、パパが帰ってくるのを待つの。
「母上、私もコエダのそばにいたいです。パパがいなくなっちゃって、コエダが可哀想だ。こんなに泣いているコエダをひとりにはできません。私も北の館でコエダとすごすっ」
鼻をズビズビさせながら、ジョシュア王子が王妃様に言った。
王子のパパである陛下は、少し渋ったが。
王子が陛下の膝の上に体を預けて、上目遣いで『お願いします父上』と言ったら。
了承された。
陛下。以前王子は、これをすればほぼヒャクパー要求は通るとドヤ顔で言っていましたよ。
今はウルウルのお目目なので、確率はヒャクニジュッパーでしょう。
悲しすぎてツッコミどころではなく、黙っていましたがぁ。
それでいったん、みんなで北の館に戻ることにしたの。
馬車に乗り込む前、殿下は名残惜しそうにパパが消えた場所をみつめていたけど。
その日も、次の日も、パパは戻ってこなかった。
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