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93 まぶしい、目がつぶれる

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     ◆まぶしい、目がつぶれる

 大聖堂の見学をしていたところに。声をかけられた。
 警護の騎士がいる中なので。関係者だと思います。
 青い髪の、瞳の光が柔らかく、少し気の弱そうな表情の女性。
「母上、ですか?」
 ディオンも、半信半疑な感じでたずねた。
 彼の母は、彼が六歳の頃に宿下がりし。それきり会っていないと聞いている。

 そう言えば、結婚の話になってから、ディオンのお母さんのことについて聞いていなかったな。
 お父さんは国王で、義理の母はマリアンヌ様ということだから。
 両親の了解は取ったという意識だったのだ。

 でも。あぁ、こういうことは俺からうながさなきゃダメだったやつだよね?
 実のお母さんにも、ちゃんと報告しなきゃいけないことだよ。
 たぶん国王が気を利かせて呼んでくれたのだろう。

 だけどね。言い訳だけどね。
 式のほとんどの雑事は周りの人がやってくれたのです。
 日本的な感性では、招待状の作成とか、本人たちがやるものですよね? すみません。
 でも、俺は会ったこともない貴族とか外国の要人とかも招待するんですよ? わからないでしょ?

 母上かと聞かれた女性は、やんわり微笑んで、うなずく。
「えぇ。結婚式と立太子の儀に声をかけてくれて、ありがとう。私は、顔を出す資格などないけれど。息子の立派な姿を目に出来て。とても嬉しいわ」
 たぶん、ディオンのお母さんは、国王と同じくらいの年齢だろうけど。
 四十代には見えないくらいの若々しさがある。
 でもはかなげな印象もあり。とても、あのしたたかな元王妃とは渡り合えなかっただろうなと。
 そう思ってしまう。

「母上、紹介します。こちらは私の妻になる大樹。そして息子の小枝です」
 ディオンが紹介してくれたので、俺は小枝を体の前に立たせて、頭を下げた。
「はじめまして。ディオン殿下の伴侶になります、大樹です。小枝もご挨拶して?」
「はい。ぼくは小枝です。んん、コエダ・ミレージュです。五歳…六歳です」
 なめらかに自己紹介できずに、納得ができなかったようで。
 小枝はむぅむぅ言いながら俺の背中に隠れてしまった。

「大丈夫。上手にご挨拶できていたよ、小枝」
「式が終わったら、コエダ・スタインベルンだぞ、小枝」
 俺がフォローするのに、ディオンがかぶせてくるから。
 キャパオーバーになった小枝はさらにむぅむぅ言い出した。もう。

「仲が良くて、もう家族になっているのね、ディオン。とても綺麗で優しそうで、芯がありそうな方だわ。素敵な方と結婚できて、良かったわね」
 そう言って、お母さんは一筋の涙を流した。
「ディオン、許してとは言わないわ。魔の巣窟そうくつにあなただけを置いていった私は、とても罪深く。毎日あなたの無事を祈っていたけれど。それさえも、ディオンにとってはなんの助けにもならないわずらわしい想いだったでしょう」
「はい。許せません」
 母の涙を見ても、ディオンはきっぱりとそう言った。

「でも。母上が俺を産んでくれたことは、感謝しています。今こうして、大樹というかけがえのない人と出会って。愛し合っています。こんなに幸せで、奇跡で、美しい感情にあふれた日々を過ごせるのは。母上が俺を産んでくれたおかげです。ありがとうございます」
「ディオン…」

 俺も、ディオンの母親には思うところがある。
 どこか、小枝を置いていった姉をほうふつさせるから。
 姉はキャリアアップという身勝手な理由だが。
 しかしディオンの母は命を狙われていた。
 仕方がない事情と言えるかもしれない。
 もしかしたらディオンも。母を守りながら命をつなげるのは大変だったかもしれないしな。
 彼女は足手まといになりたくない、という思いもあったかも。
 それでも六歳という年齢は、大人に守られるべき年齢だから。
 やはり納得はできないのだけど。

 でもディオンは、許さないけど感謝はすると言う。
 それでいいのだと思う。
 真に許せる日が来れば、そのときに家族で会いに行けばいいし。
 その日が訪れないのなら、それでもいいのだ。
 無理やり、気持ちをおさえ込んで、心に嘘をついて、許さなくてもいい。

 そして俺は。今ここに生きていることを、ディオンが幸せだと思えるようになったということこそが。
 たまらなく嬉しいのだ。

 ディオンの、感謝という言葉を受けたお母さんは。
 どこか心の重荷をおろせたかのような、ホッとした顔をして。
 俺らの前から去って行った。
 おそらく、どこかで結婚式と立太子の儀を見守ってくれるのだろう。

「さぁ、そろそろ俺たちも着替えに行こうか」
 俺の肩を、ディオンはそっと抱き寄せて言い。
 ディオンにうなずいて。
 俺と小枝とディオンは大聖堂の奥にある控室へと向かった。

     ★★★★★

 俺の衣装は白です。
 医者なので、白衣は着慣れているけれど。
 今までずっと黒を身につけていたから、白は久々で。ちょっと緊張します。

 立ち襟で、光沢のある糸で刺繍がされててキラキラ。透明な宝石が縫い込まれていて、キラキラ。
 歩く端から星がこぼれるようなくらいにキラキラです。

 採寸がしっかりしているからか、体のラインに衣装が添って。
 いつも以上に細身で華奢に見えてしまうぅ。
 あぁ、ちょっと筋トレしておくべきだったかな?

 そして、ジャケットのすそ、背中側の方が伸びていて、二メートルくらい床をいています。
 その裾の端っこを、小枝とジョシュア王子が持つんだって。
 なにそれ、可愛い。写真撮りたい。
 っていうか、小枝とジョシュア王子は同じ裾持ち役だから、衣装もおそろいなんだ。
 襟元が白いシルクのフリルがビラビラで、ジャケットは濃い紫色の地に刺繡がキラキラ。
 半ズボンで、長くて白い靴下。エナメルの黒い靴。
 ヤバい。おそろいが可愛い。双子コーデです。
 小枝のおっとり顔と、王子のヤンチャ顔の対比が、ヤバ可愛い。スマホで連写したいっ。

 ごほん。どうでもいい俺の話に戻りますけど。
 さらに俺の頭には、金の輪っかで押さえた白いベールがぁぁ。
 もう。まんま、花嫁って感じで。
 俺なんかがそんなことしても、ギャグにしかならないのにぃ。

「パパ、パパ、すごいきれい。ぼくも大人になったら、それ着るぅ」
 小枝がピョンピョン跳ねながら、頬を真っ赤にして、興奮気味に言うけれど。
「小枝は身長が二メートルくらいになって、体格のいいたくましい男に成長して欲しいです」
 パパの希望です。
 この国の男どもに見下ろされるのは、もう悲しいです。
 小枝はジョシュア王子より大きくなってもらいたい。

「コエダが、こここ、この衣装を着たら。隣は私しか許さぬぞっ」
 裾持ち役のジョシュア王子も控室にいたので。そう言うよね。
「はぁ? ぼくの隣はパパに決まっているでしょ?」
「パパとは結婚できないしぃ。パパはこれからディオン兄上と結婚するんだぞ??」
「んん、でも。パパとするの。じゃあ、王子は二番目ね?」
「二番目ぇ? 王子の私を二番目にするとはっ。むむ、しかし。パパのあとなら、まぁいい」
「…やっぱ、五番目にする」
 唇をムッと突き出して小枝は言う。
「五番目ぇ? コエダは五回も結婚するのか? そんなのダメだぁ」
 そうして、またワチャワチャしはじめまして。
 あぁ、式の前に喧嘩をしないでくださいね。

「大樹、そろそろ行くぞ」
 そう言って控室に現れたのは、大柄な体格に勲章をいっぱいぶら下げた騎士服を身につける、父さん公爵だ。
 ディオンは、大司教と祭壇の前にいて。そこに父が花嫁を連れて行くスタイル。
 日本と同じだね。
 着付けを手伝ってくれた使用人が、衣装を汚さないように、父さんのところへ誘導してくれて。
 小枝と王子が裾を持つ。
 仲直りした? よし。

 そうして父さんと腕を組んで、大聖堂のヴァージンロードを歩いていく。
 両サイドの賓客席には、王家のみなさまはもちろん、スタインベルンの貴族の方々。そして他国の招待客もいる。
「つか、父さん。なんで泣いているんですか?」
 隣でなにやら号泣の父を見て、俺はこっそり言う。苦笑い。
「馬鹿者。まさか、おまえの結婚式に立ち会えるとは思わないだろうが。あちらでは結婚はおろか、恋人のひとりもいなかったというのに。孫は小枝ひとりだなと、母さんもあきらめていた」
「すみません。結婚しても孫は小枝だけのようです」
「そんなことはいいのだっ。おまえが誰かとともに幸せになる。それが嬉しいのではないか」
 や、そんな事を言われると。

 ちょっとウルッとするのでやめてください。

 それで中央祭壇のディオン殿下に、父さん公爵は俺の手を渡す。
「国王となっても、大樹を幸せにしなければ愛刀のさびにしてやる」
 なんて、公爵が物騒な事を言うけど。
「生涯、愛刀のお手入れをしてください。出番はありませんがね」
 と、余裕の笑みで受け応える。

 つか、ベール越しから見ても、ディオン、かっこえぇぇぇぇ。
 こちらも騎士服に勲章をいっぱいぶら下げているけど。
 青地にキラキラの刺繍が彼の麗しさを引き立てている。
 そして赤いベロアのマントが、もう最高に良い。落ち着いた色合いで、俺と同じく床に長く垂れ下がっていて。

 子供の頃に見ていたロボットアニメの敵役の総司令官みたい。

 え? 今更だけど、こんな格好良い王子と結婚しちゃって、大丈夫?
 この国の女性陣が刺客となって襲ってきてもおかしくないレベルのカッコよさ。やべぇ。
 髪を後ろに撫でつけているから、いつもより貫禄があって、年上に見える。
 てか、普段からディオンは、俺より年上に見えるけどね。五歳も年下なのにね。

 それで。裾持ちをしていたジョシュア王子は、一番前の客席にいる国王とマリアンヌ様の元へ行くのだけど。
 小枝は俺のそばに。
 当然だよ。小枝がいなければ、俺はたぶん、この場に立っていないんだからね。
 異世界に一緒に飛ばされて、一緒に戦ってきた小枝が。
 俺の一世一代の場にいないなんて、あり得ないでしょ。
 習わしには外れてしまうけど。ここはディオンにもお願いして。
 一緒に誓いの場にいてもらうことにしたんだ。

 小枝を俺の横に呼んで。そして大司教の言葉を、俺と殿下がそれぞれ口にする。
 俺の耳には、病めるときも健やかなときも、みたいに聞こえるけど。
 たぶん、この国の誓いの言葉なんだろうね。

 誓いの言葉を互いに言い合い。殿下が俺のベールを手で持って、開く…。
 しかし、ディオンは。すぐにベールを下げた。
「ダメだダメだ、無理無理。綺麗すぎ、まぶしい、目がつぶれる」

 ディオン殿下は。常々俺を可愛いと言う、残念な目の持ち主だ。
 俺は呆れてしまうが。
「殿下はパパとチュウしたくないのですかぁ?」
 こっそりと、小枝が囁いて。
 殿下の目がクワッと開く。怖い。
「したいに決まっているっ」
 そうして意を決した殿下が、ベールを開けて。
 みんなの前でキスをした。

 あぁ、これは。やらなくても良かったですけどね。
 ベールもそのままでも俺は良かったですけどね。
 でも、習わしなので、従いますよ。
 殿下とキスしたくないわけではないですし。ただ大勢の前でのキスが恥ずかしいだけ。

 それに。この瞬間は一生に一度だもんね。
 みんなが祝福してくれるのだから、恥ずかしいなんて言っていられないか。
 だけど、殿下。長いです。

 そしてぬくもりに包まれた、やや長いが優しいキスを受け。唇が離れたあとは。
 大司教が差し出す結婚証明書みたいなものに、俺と殿下が署名して。

 俺はタイジュ・スタインベルンとなったのだ。

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