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91 幸せな日常の図

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     ◆幸せな日常の図

 新年、あけましておめでとうございます。
 十一月くらいにこちらの異世界に来て。あちらとこちらの時間はちょっとずれているようで。大体二ヶ月くらい異世界で過ごしているのですが。
 体感は、三年くらいの勢いです。
 いろいろなことがあり過ぎました。
 それほど頑張っているつもりはありませんが、小枝と一緒に時の波に漂いながら、あちらへふらりで奴隷になったり。こちらにふらりで殿下に身請けされたり。
 なんだぁかんだぁで。

 もうすぐ結婚式です。

 ヤバくね? あちらの世界では、結婚という気配は一ミリもなかったというのに。
 人生とは、本当に摩訶不思議なものです。

 まぁ、結婚式のその前に。
 王家が主催する新年のパーティーが開催されています。
 今年はいつになく華やかな会になっているんだって、父さん公爵が言っています。

 パーティー会場でワイングラスを傾けながら、父さんは俺につぶやく。
「大樹、ワインは飲み飽きた。日本酒を樽で持ってきて鏡開きしよう」
「樽でなんか買っていませんよ。つか、さばききれないでしょ」
 日本酒の残りを騎士様に振舞ったら。警備がヤバくなるでしょうがっ。

「それより、いつもの新年はどんな感じだったのです?」
 いつもとは違うというニュアンスなので、父さんにたずねた。
「そりゃあ、元王妃が笑顔満面で、それを他の王族がひややかぁに見ている。王妃派の貴族がおべっか使って。全くもって、いやぁな感じだ。しかし今年は。マリアンヌが正式に王妃になって。大樹と殿下の結婚も控えているし。立太子や、エルアンリ様の結婚も秒読みだしな? おめでたい話がいっぱいで、招待客もみんな笑顔。息子と娘を王家にとつがせた私はとても鼻高々だぁ」
 そしてガハハと笑う。もう出来上がっているのですか?

「じぃじも鼻高々ダカダカなのぉ? ぼくも、パパが今日もきれいきれいになっててだかだかだかなのぉ」
 俺とじぃじを交互に見やって、ほっぺをバラ色に染める小枝は、今日もものすっごく可愛いのだ。
 あぁ、このように可愛いと、王子の他にも求婚されてしまいそうで。
 パパは心配です。
 でも、ディオンと結婚したら、王太子の息子になるわけだから。
 断っても角は立たないかな?
 無理やり婚約させられるようなこともなくなるかもしれないね。
 ディオンも、小枝の婚約はまだ早いって言っていますし。
 もう庶民でも奴隷でもなくなったんだからな。強気で婚約話を断れます。

 そういえば、いつの間にか底辺脱出していた感じ?
 奴隷だと思っていた頃は、小枝のために必死にあがいていたところもあったけど。
 人生、なるようになるもんだなぁ。ケセラセラぁぁ。

「そうだ、父さん。一週間後は小枝のお誕生日ですが。ぜひ北の館に遊びに来てください」
 小枝は一月七日生まれなのだ。
 あちらの時間軸とちょっとずれたから、厳密には…うーん、よくわからんから。
 日付の一月七日のままでお祝いするのだ。

「おぉ? そうか。小枝は何歳になるんだぁ?」
「六歳です。小学校一年生です。んん、こちらは小学校はないけどぉ」
「六歳といったら、こちらの世界では昼間の社交の場には顔を出せる年になるぞ。王宮で王太子主催の小枝誕生日会を開いても良いと思うのだが?」
「いえ、まだ結婚していないので。小枝は殿下の子供ではないでしょう? まだ王族でもないし。だからジョシュア王子七歳の誕生日のときに一緒に、王族の一員となるお披露目させてもらおうということになったのです。なので、一週間後は身内のみのささやかなパーティーです」

 父さんに説明していると、小枝がわぁぁっと声をあげて、高く上がった。
 ディオンが小枝の脇に手を差し入れて抱き上げたのだ。
 そしてストンと腕の上でお座りさせている。

「小枝はもう私の息子だ。まぁしかし、家族水入らずの誕生会も良いだろう?」
 意気揚々と殿下は言うが。
 すぐさま小枝の訂正が入ります。
「殿下はぼくの弟です」
「そろそろパパと呼んでも良いぞ?」
「パパはパパだけなのぉ」
「じゃあ、父上は?」
「んんんん、殿下はまだ殿下ですっ」
 そうは言うけど、小枝は殿下の首に腕を回してギュッてするのだった。
 仲が良ろしいのねぇ、と。招待客も微笑ましく見守っていますよ。
 しかし、パパへの道は険しいようですね。

「陛下と、新しく王妃になったマリアンヌ様にご挨拶しに行こう」
 俺と小枝にそう言って、ディオンは席を外す礼儀で公爵に会釈する。
 ディオンは幼馴染の気安さで、マリアンヌ様に今まで敬称をつけていなかったが。国母となるので、さすがに様をつけるようになった。
 さらりと切り替えられるのは、王族だから?
 敬称や立場が変わったり、名前の呼び方が変わることなどに慣れているのかもしれないな。

 大広間の正面、一段高くなっているところに椅子が並び、リドリー国王とマリアンヌ王妃が座っている。
 ジョシュア王子は王妃の隣にチョンと立っていた。
 殿下は小枝を床に降ろすと、胸に手を当てて礼をするので。
 俺らもそれにならって挨拶する。
 小枝がビシィィと胸に手を当てて真剣な顔をしているのが、可愛らしい。

「陛下、この度はマリアンヌ様が正式な王妃となられたこと、おめでとうございます」
「あぁ。おまえも結婚と立太子の儀がもうすぐだな。その日が来るのを私も楽しみにしている」
 殿下の挨拶に、国王が答え。
 そしてマリアンヌ様は俺に言葉をかけた。
「タイジュ、私が王妃になっても余所余所よそよそしいのはナシよ? 私たちは兄妹なのですからね?」
「はい。王妃様の兄だなどと、恐縮ですが。これからも小枝ともどもよろしくお願いします」
「今度王妃になるのはあなたよ、タイジュ。それまで、私の王妃のお仕事も手伝っていただきたいものだわぁ?」
「はい。私にできることでしたらば、なんなりとお申し付けください」
 言うと、マリアンヌ様はきらりと目を輝かせた。

「ではね? 早速だけど。ジョシュアがコエダちゃんと仲直りしたいのですってぇ。子供のすることに口を出すのはダメだって、わかってはいますけど。ジョシュアの機嫌が悪いと、陛下の機嫌も悪くなるから困っているのよぉ」
 俺は、苦笑するが。
 まぁ、喧嘩を引きずっていても良いことはないからな。

 俺は小枝の前に膝をついて、目を合わせる。
「小枝? 王妃様があぁおっしゃっているけど。小枝はどう思う? 王子と仲直りできそう?」
 両手で頭をペソペソ撫でつける小枝は。少し考えてから王子のところへ行った。
「王子、この前のアレはノーカンです。オケ?」
「オケ」
 アレは、ファーストキスのことだと思うけど。

 そう、子供のチュウはノーカウントです。

 それに王子も同意して。
 お手手をつなぎました。仲直り成功です。
「母上、コエダと遊んできていいですか?」
「えぇ。ノアと護衛の騎士から離れないようにね」
 王妃が笑顔でうなずいて。ふたりはお菓子が積まれているテーブルに向かっていった。

「はぁぁぁ、良かったわぁ。もうずっと口をへの字にして、ディオンになっちゃうかと思ったの」
 マリアンヌ様がそう言って。
 殿下は眉間にシワを寄せ。
 俺は苦笑するしかないという。
 しかしながら、子供たちは仲直りできて。良かったです。

「兄上、そちらの美しい方は…?」
 話の最中に、本当に唐突に声をかけられて。
 振り向くと。
 えんじ色に刺繍のある盛装を身につける、赤茶色の髪の青年が立っていた。
 年は若く、十代くらい? 高校生くらいに見える。
 足長ーい、スタイルがいいなぁ。

「オズワルド、こちらに戻っていたのか?」
 ディオンが驚いた顔で、そう言う。
 オズワルドは、第六王子で。外国に留学していると聞いていた。
 その、オズワルドですか?

「えぇ、王妃が国外退去になり、命の危険が少しは薄らいだようなので。新しい王妃様誕生のお祝いに、新年くらいは王宮に顔を出そうと思い…しかし…この黒髪の麗しい方は…」
 国王のお子様たちは、みなさんお美しく。
 先ほどお会いした十五歳と十歳の王女様もとてもお可愛らしくて。
 目の前のオズワルドは、整った顔立ちなのは、そうなのだが。
 いかめしい印象のディオンとも。優しげな印象のエルアンリ様とも、ザ・ハンサム王子なジョシュアとも違って。
 体育会系っぽい、明るく快活な印象の顔立ちだった。

 その彼が、ぼんやりと俺をみつめてきます。
「オズワルド、まずは陛下と新たな王妃様にご挨拶しろ」
 ディオンに注意され。俺をポヤンと見ていたオズワルドが、我に返った。
「あ、あぁ、そうですね。父上、ただいま戻りました。そしてマリアンヌ様。王妃になられたこと、とても喜ばしいです。あの女を追い出せたことはスタインベルン国の慶事だ。私はマリアンヌ王妃を強く支持いたします」
 オズワルドの言葉に、国王と王妃が順に返す。
「あぁ、よく戻った、オズワルド」
「えぇ、お祝いの言葉、ありがとうオズワルド。スタインベルン国はここから新しく始まるのです。私はあなたを守ります。オズワルド、長く国を出ていたけれど、これからはスタインベルンに腰を落ち着け、国のために力を貸してくださいね?」
 彼はうなずいて。
 そしてまた俺を見やるのだった。

 なんでしょう? あれかな、庶民が兄上の隣にいるな、的な?
 でも、好戦的な視線でもなく。さげすむような嫌な感じでもないけど。

「で、兄上。そちらの方を紹介してください」
 国王と王妃への挨拶もそこそこに、興味津々な顔をこちらに向けるオズワルド。
 ワクワクとした目で、体もソワソワと動かす。

「私の婚約者のタイジュ・ミレージュだ。今回の、前王妃を国外退去した顛末を記した手紙を送ったが。そこにも婚約のことと三月の結婚式のことを書いておいただろう?」
 ディオンが紹介してくれたので。俺も挨拶した。
「タイジュ・ミレージュです。ディオン殿下と婚約をいたしました。あぁ、息子の小枝も紹介したかったのですが、ジョシュア王子と遊びに行ってしまって…でも、あの。オズワルド王子、よろしくお願いしますね」
 微笑みつつ、握手の手を差し出すと。
 オズワルドは俺の手を両手で受け、片膝を床について手の甲にキスした。
 ええええ? こ、これは。どうしたら?

 困惑でディオンを見やると。
「オズワルド、私の婚約者だと言っただろう。なんでひざまずくのだ?」
 そう、彼をいさめてはくれたけど。
「このような美しい黒髪の方は、女神でしょう? 女神さまに礼を尽くすのは当然のことです」
 オズワルドは俺を女神だと思い込んでいて。
 俺は一応、手を引いて。誤解を解く。

「私は男性ですからっ。女神などでは…」
 見ての通りを強調して言う。
 普通に男性に見えると思うのだが。この国の男性は大きい体格の者が多いし。髪も肩口まで伸びて、パーティーのおめかしで髪飾りなんかもついているから。
 女性に見えちゃったのかなぁぁ?

「神に性別など、本来ないのです。男女の区別は、神が、人間に合わせてそう見せているだけのこと。神の優しさなのです。だから、男だから女神ではない、ということにはなりません」
 オズワルドの言葉を聞いた、国王や、そばにいるみなさまは。
 やはり神? という目で俺を見てくるけど。
 いえ、違いますよ。と、首を横に振る。
 マジで、ただの医者です。

 つか、小枝が男の子だけど聖女なのも。
 聖女の力を持った者が聖女ってことで。性別は問わぬってこと?
 それっぽいこと、殿下も言っていたっけ?

「…大樹は医者で、先の戦争の折に私の命を救った功労者だ。騎士たちから神の手と呼ばれ、敬われている」
「あぁぁ、戦勝の折はお祝いに駆けつけず、申し訳ありませんでした」
「それは仕方がない。まだ王妃がいた頃だからな。おまえが命を大事にして国外に逃れた意味を、私はちゃんと理解している」
 そうだ、命あっての物種だからね。
 まずは命をつなげることが大事で。優先すべきこと。
 生き永らえることを必死にしてきたディオンには、その重要性はよくわかっている。

「ありがとうございます、兄上。命惜しさに国から逃れた私などを気遣うその寛容さに、私は救われます。それで、神の手の話ですけど。その名声は留学先の国にもとどろいていました。スタインベルンの騎士は女神フォスティーヌの遣わした神の手により守られた、とね。その神の手が、兄上の婚約者で。その婚約者は女神さま?? なんと恐れ多くも、うらやましい…」
 オズワルドはなにやらふるふるして、俺をみつめる。
 ちょっと怖い。
 つか、神の手じゃないんだって、ディオン説明してくれないかな?

 でもディオンの前に、国王がなにやら鼻息荒く説明しだした。
「前の王妃を国の外へ追いやれたのも、タイジュのおかげなのだ。特別な力を使って、王妃を深い眠りに誘い、昏睡状態にした彼女たちをハウリムにつき返すことができたのだっ。長らく、オズワルドも恐ろしい目に合わせて、私はそれを守ってやれずに…」
 すまなそうに言う国王に。オズワルドは首を横に振る。
「いいえ、父上は留学を認めてくださいました。父上のおかげで、今ここにいて。そして神の手さまの奇跡に触れられるのかと思うとっ。私は本当に幸せなのです」
 ん? なにやらテンションが怪しくないですか? 大丈夫ですか?

「ジョルジュ兄上を死に追いやったクソ王妃がいなくなり。ようやく本国へ戻ってこれた。それも喜びの気持ちでありますが。これから毎日女神さまと暮らせるのかと思うと、本当に夢のようです」
「は? 毎日暮らす?」
 ディオンがオズワルドの言葉に引っかかる。
 殿下、いつもの口調に戻っていますよ? 王族仕様のメッキがはがれています。

「えぇ。エルアンリ兄上も北の館にいるのでしょう? 学校の休みが明ける一月中旬まで、私も北の館に住みます。母は宿下がりしちゃったので、後宮にも住めませんしね」
 当然です、という顔でオズワルドは言うけど。

「いやいや、十日ほどなら王宮で仮の住まいを整えてもらえば…」
「住みます。断然北の館です。一択です。四月からはこちらの学園に編入しますから。東の離宮に住めるよう整えてもらってはいるのです。それなのに王宮にも仮住まいを用意するのは大変でしょう? それにまだ刺客が来るかも。油断はできません。その点、兄上の北の館は騎士の防衛意識が並外れているという噂ですから、安心できます」
「オズワルド、一体いつから王宮にいたのだ?」
 妙に北の館のことに詳しいオズワルドを、殿下はいぶかしげに見る。
「二日前ですよ。クソ王妃の片鱗が王宮に残っていないか、潜入調査をしていたのです」

 え? それって。王宮に泊らないで、王宮内部を探索していたってこと?
 そのオズワルドの徹底した危機回避能力に、俺は感心した。
 しかし、兄を目の前で殺されているのだからな。ちょっとやそっとでは安心できないのだろうな。

「潜入調査って…陛下に断りなしに王宮をうろついていたのか? どこで寝ていたのだ?」
「騎士団の寮です。そこで北の館の噂を聞いたのですよ。神の手がいるから騎士は厳重に館を守っているのだってね。しかし神の手は女神さまなのだから、騎士が厳重防御に徹するのは納得です。ディオン兄上、貴族のゲスト扱いで構わないので、居候させてください。安心な場所で、短い間でも女神の息吹を感じてみたいのですぅ」
 そしてオズワルドは両手を組んで、とうとうと語り出したのだった。
「国を出たからこそ、外から客観的に我が国を見ることができました。クソ王妃の件ははたから見ても胸糞案件でしたが。不快なことはさておいて、我が国の女神信仰はとても素晴らしいものなのです。時折聖女という奇跡の存在を遣わす女神の行いは、他国にも類を見ない、神の存在を感じさせる御業みわざで…」

 はい、わかりました。
 どうやらオズワルドは女神への信仰心が厚い…いや、女神フリークのようです。
 小枝が聖女だとわかったら、腰を抜かしそう。

 そう思っていたら。
「小枝の件は内緒にしておこう」
 ディオンもそうつぶやいた。
 まぁ、その件は。俺らだけの秘密ですからね、当分は。
 そしてディオンは、すまなそうな顔で頭を下げるのだった。
 あぁ、オズワルド滞在の件ですか? 大丈夫ですよ、たぶん。
 一緒に過ごせば、俺がただの庶民的なおっさんだと気づくでしょう。
 今日はおめかししているから、まぁまぁ見れるだけなのです。

 なにはともあれ、これで王家に王子が全員元気に帰ってきて。
 スタインベルンはあるべき姿に戻ったみたいですね。
 子供たちも、いつも通りにワチャワチャしだし。
 周りの人たちがみんな笑顔でいられる。それはとても幸せな日常の図なのだと、俺は思ったのだ。

 隣に殿下が、愛する人がいて。
 子供を、小枝を、ふたりで見守っていけるのなら。
 それはなんてぬくもりに満ちた幸せの形なのだろう。
 いつまでも、そんな暮らしを続けたい。
 そんな気持ちを持って。

 俺は結婚式を迎えた。

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