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88 ひとりで戦っていたんだっ

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     ◆ひとりで戦っていたんだっ

 王妃強制送還の準備が着々となされる中。
 俺とディオンは、魔導騎士団長のリカルドを伴い、前任であったクラッツ侯爵子息の元を訪れた。

 ちなみに小枝は、ご学友としてジョシュア王子の後宮に行き、お勉強をするようですが。
 ものすっごい、ごねましてね。
 理由は言わないのですが。王子とは離婚なんだって。
 結婚していないのに。
 あれかな、絶交みたいなやつ?

 しばらくぷりぷりしていた小枝だが、レギに三千オーベル支給いたします、と言われ。
 その気になったようです。

「あれ? パパはもう奴隷じゃないのだけど。まだお金を稼ぐのかい?」
 たずねると、小枝は鼻息荒く言うのだ。
「お金はいくらあってもいいのです。だって、いざとなったら逃げる資金が必要でしょう? そうです、最終的にはぼくはパパと逃亡するのです。処刑回避するのに、お金はいくらあっても足りないくらいです」

 まぁ。金銭というのは、社会勉強的にも触れておいた方がいいとは思うのだ。
 子供のうちから、あまり大きなお金は持たせないけど。
 一番最初に、子供が社会と触れ合う場面は。大抵、お買い物だから。
 どのくらいのお金でなにを買えるのか、知るのは。社会を知るということなのだ。
 まぁ、小枝の中にいる大人小枝は、この国のことはむしろ俺よりわかっていることだろうけど。

「小枝、逃亡するときは俺も連れて行ってくれ」
 ディオンに言われ、小枝は腕組みをして首をかしげる。
「うーーん、じゃあ、絵本を買ってくれたら、殿下は特別に連れて行ってあげます。書庫の絵本はもう読んでしまいました」
「そうか、レギ、手配しろ。それにしても、十冊以上もある絵本を全部読んでしまうなんて、小枝は賢いのだなぁ? 他の本も読んでいいのだぞ?」
「じゃあ、じゃあ、字がいっぱいのやつは、まだむずかしいけど。図鑑を見たいのぉ」
 小枝は、中の大人小枝を使えば読めるのだが。
 脳みそが五歳児なので、難しい話はまだ理解できないみたいなのです。

 やはり、一歩一歩学んで、いろいろ経験しながら成長していくのが正しいのだろうな?

 でも御厨家の資質なのか、小枝も読書は大好きなのだ。
 この頃、剣術をし始めたけど。剣術より読書の方が好きそうだ。

「あぁ、図鑑も書庫に置いてあるはずだ。そういえば、大樹も子供の頃に図書館に行っていたと公爵が言っていたな? 今でも本が好きなら、大樹も書庫で好きなものを読んでいいぞ」
 ディオンは小枝と話していたけど。
 この前の父さんとの会話を思い出して、俺にそう言ってくれた。
「本当ですか? 嬉しいな。じゃあ、小枝。図鑑はパパがみつけてあげるな」
 やったぁ、と両手をあげて喜ぶ小枝。小さな拳がマシュマロみたいでかわいいなぁ。

 異世界に来てから、なんだかんだで生きるのに精いっぱいで。本を読むような余裕の気持ちがなかった。
 けれど、ディオンと結婚することが決まって。
 まだバタバタはするかな? それでも、身を落ち着ける場所がみつかったことは、心の余裕も生んで。
 読書したいって気持ちも出てきたよ。

「不眠症だった頃、夜長の友に本を読みあさったので。ジャンルは多岐に渡るし量も豊富にある。医学の専門書は、あまりないのだがな。興味があるなら、買いそろえても構わぬぞ」
「それは興味深いです。ひと心地ついたら、医学書を取り寄せさせてもらいます」
 ディオンの言葉に、俺は目を輝かせる。
 ローク先生ともしているが、こちらの世界の医学と俺の知識のすり合わせをしたいと以前から思っていたんだよな。
「しかし。俺をほったらかしにしないのが条件だけどな?」
 あぁ、まぁ。それは善処します。

 という感じで。
 小枝は三千オーベルにつられて、後宮に行っているところなのです。
 この前、三千オーベルにつられて牢に入ったけど。
 今度は大丈夫だろうか?
 付き添いも、この前と同じレギなんだけど。ドキドキです。
 あ、変なフラグを立てるのはやめておきましょう。

 なんの話だっけ?
 あぁ。前任の魔導騎士団長をたずねているところですね。

 いまだ昏睡状態の前騎士団長。その父であるクラッツ侯爵が玄関まで俺らを出迎えに出てくれた。
「ディオン殿下、この度は息子がとんでもないことをしでかしたようで。誠に申し訳ありませんん」
 恐縮して侯爵は頭を下げるが。
 息子が独断でしでかすことではないので。
 この侯爵が王妃とつながっているということが推察される。

「侯爵、王妃との癒着を証言できるか? これからあなたの背景はじっくりと調べられる。ここでしらを切っても構わぬが、あとから証拠が出てきたら、死罪は免れぬぞ。しかし、ここですべてを白状するならば、御子息を眠りから覚まし。爵位の返上のみで命だけは助けよう」
 クラッツ侯爵は、土下座の勢いでハハァと床にひれ伏した。
「すべてお話いたします。孫はまだ小さい。なにとぞ息子を助けていただきたい」
 そうして、クラッツ侯爵は事情聴取のため騎士に王宮へ連行されていった。

 王妃派の悪事はおおよそ暴露できそうです。良かった。

 そして執事に案内されて、前騎士団長の元へ行く。
 ベッドで眠る男性と。その横でオロオロする、幼子を抱いた女性。
 リカルドが女性、たぶん前騎士団長の奥さんだと思うが、彼女に軽く説明している。
 公爵家のお茶会で、ディオンに呪いをかけた張本人だと公にさらしたことで。
 クラッツ侯爵子息も罪に問われるともっぱらの噂で。
 その話を奥さんも耳にしたのだろう。とても不安そうな顔をしていた。

 お子さんは、俺が小枝を保護したときと同じくらいの大きさで。
 やはり、目にしてしまうと。子供が憂き目にあうのは忍びなく思う。
 ディオンを害したのは前騎士団長で。子供はなにも関係ないからな。

「クラッツ騎士団長が、ディオン殿下に呪いをかけたのか、調査します」
 そう説明して、俺は喉の奥に魔法陣があることを確認する。
 お茶会では。しらを切られるかもと、ディオンと話していた。
 けれど、王妃の喉の奥に魔法陣があるのをみつけて。
 前騎士団長の喉の奥にも魔法陣があれば、言い逃れはできない。という話になったのだ。
 確たる証拠をつかんだのちに、彼を起こして。詳しい証言をしてもらうつもりだった。
 王妃の罪状が増えれば。
 追い出したあとの彼女が再び国に戻ろうとする、その隙を与えないようにできる。

 王妃とニジェールを、スタインベルンから確実に手を引かせたいのだ。

 そして案の定、魔法陣はあった。
「では、彼を起こします」
 リカルドには、治せないと言ったけど。
 眠りから覚ますことはスリーパーでできるのだ。
 スリーパーは麻酔の効果があるのだけど。それを俺のいいタイミングで覚醒させることもできる。
 返された呪いを治すことはできないが。
 呪いのかかった殿下をスリーパーで寝かせたように。
 呪いのかかった彼も、スリーパーで起こすことができる。

 目覚めたあとに、しばらくすればまた昏睡状態におちいるが。
 彼が術式を作った張本人で、解呪の仕方を知っていれば。
 次はその方法で他の魔導士に解呪してもらえばいい。わけらしいよ。
 
 というわけで。特に気負いなく、スリーパーをかける。
 手をかざすこともないので、俺が本当に魔法をかけているとかは、はたから見たらわからないかもな?
「すごいぃぃ、まるで息をするように魔法を発動させていますねっ? さすが神の手さまですぅぅ」
 リカルドは、目を丸くして驚いているが。
 え? 魔法ってそういうものじゃないの?
 ここに来たとき、小枝に息をするように魔法を出すみたいなことを教わったんだけど?

 まぁ、それはともかく。
 前騎士団長は目を覚ました。
 彼は、憔悴した顔でそばにいるディオンを見やると。
 観念したように目を閉じた。

「ディオン殿下に呪いをかけましたね? 王妃の指示ですか?」
 俺がたずねると。存外あっさりとうなずいた。
「はい。その通りでございます」
「いつだ?」
 ディオンがたずねると。少しせき込んだが。再び返答する。

「六歳の、王族のお披露目パーティーで、ご挨拶させていただきました。そのときに…」
 するとディオンは思い当たる顔をして。
「珍しい外国の果物を、人目の付かないところで渡されて…」
「はい。その実に魔術回路を仕込みました」
 俺は聞いていられなくて、彼の寝間着の胸倉をつかんだ。
 昏睡のときでも、生命維持する生体本能で、スープなどの液体は摂取できる。
 それでも生きる栄養を補うのは難しく。
 二週間ほどの昏睡期間で彼の体はギスギスと痩せていた。
 俺の行動に抵抗もできない様子だ。

「どうしてっ? あなたのお子さんのように小さかった殿下に、死ぬほどの苦しみを与えたんですよ? 子供が眠れなくなる、それがどれだけ辛いことかっ。許せないっ」
 憤る俺を、ディオンがやんわり彼から離す。

 うつろな目をした彼が、口にする。
「どうして…父と王妃が結託しているから。父の言葉に従った。しかし、それだけではなく。私は己の実力を、自分の編み出した術式がどれほどの威力があるのかを、試したかった。どんな影響を及ぼすか、期待しましたが…殿下は憔悴することもなく、逆に精力的にも見え。それほど効果はなかったのだと思っていた。自分が昏睡状態になるまでは…」
「効果がない? そんなわけないだろう。殿下は弱味を見せまいと、ひとりで戦っていたんだっ」
「そのようですね。意識を保てないほどの強い魔術返しははじめてです。私は、とんでもないものを作り出し。殿下を長きに渡って苦しめていたようです。申し訳ありませんでした」
 抑揚よくようのなさが、反省しているように見えなくて。
 俺は奥歯を噛むが。
 殿下は凪いだ表情で彼を見下ろしていた。

「王妃の指示だと証言するか? 爵位ははく奪だが、命は助けてやろう」
「証言いたします。最初の件以外は、王妃に脅されて従っていた部分があります。この件を暴露すれば侯爵家は存続できない、とか。妻子が路頭に迷う、とか。私は王妃を憎んでいます」

 王妃は、あめむちを上手に使う暴君だった。
 大金で動くものは、金銭を渡し。
 動かないものは、家族を盾に脅す。
 だからディオンも、味方を作っても、その家族や親類をつつかれて裏切られ。そんなことを繰り返して、あげくの果てに人を信じられなくなってしまったのだ。

 しかし、彼は。最初の一手でディオンを害したのだ。己の優越感のために。
 自業自得なので同情はできないな。
 まぁ、彼は優秀な魔導士のようだから、生きてさえいれば妻子を養うことはできるだろう。

 だがこれで、彼の証言と侯爵の証言で、王妃を追い詰める証拠固めができる。
 あとは王妃とニジェールをこの国から追い出すだけだ。

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