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番外 ジョシュア あいしているの正体
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◆ジョシュア あいしているの正体
今日は公爵家のお茶会です。
コエダのパパが、お爺様の息子になったことをお披露目する会なんだって。
私の従兄弟にコエダがなるということを、みんなが知ったら。
私とコエダが仲良くしていても、みんなフシギに思わないから。それはいいこと。
でも、大人がいっぱいで、私はつまらないな。
お茶とケーキを食べるのも、そんなに時間がかからないのに。
大人はみんな、ゆっくり時間をかけてお茶をするのだ。
そしてお話がとぉぉぉぉっても長いんだっ。眠くなっちゃうよ。
お外に遊びにも行けないし。だからつまらない。
でも、コエダとノアがそばに居るから。
まぁ、いいけど。
コエダも。パパがみんなに紹介されたあと、いろんな人にお祝いされていて。そのときに『可愛らしい御子息ですわねぇ』なんてご婦人方に言われて。
はじめはテレテレしていたけど、すぐに飽きちゃったというか。知らない人が怖くなったというか。
パパのズボンをつかんで、むぅぅ、とか言い始めたから。
あぁ、これはマズいぞ。
私にも覚えがあるのだ。もう、なんだか無性に、おうちに帰りたくなるような感じ。
「コエダ、あちらで私と遊ぼう」
そう言って、コエダを大人たちの輪から連れ出した。
俺の後ろには、ノアがついていて。
ノアの後ろにはアンドリューがいるから、パパから離れても大丈夫。
それで、まぁちょっと。中央階段を登ったり下りたりして遊んでいた。
すると声をかけられた。
「ジョシュア王子、いぜん、いっしょに遊んだのを覚えていますか? アリン・グラフォート侯爵子息です」
アリンはスカイブルーの髪色をした少年で。
あまり覚えていないけど、私と遊んだとしたなら七歳かな? 今まで少し年上の子を遊び相手として紹介されていた。
でも、虫が怖いって言うから。二度はなかったけど。
コエダは、虫は好きじゃないみたいだけど。持てるし。私の虫探しに付き合ってもくれるから。
優しくて好きぃぃ。
「あぁ、一度遊んだことがあったな」
答えると、アリンは引き連れている同じ年くらいの子に『な、嘘じゃないだろ? 私と王子は友人なのだ』と話していて。おぉぉ、と尊敬の眼差しを集めていた。
つか、友人ではない。そこは嘘だ。
「王子、そちらの子は、先ほど紹介されていたコエダでしょう? 庶民の子が急に親戚になって戸惑われているのではありませんか? 責任感が強くていっしょに遊んであげているのは、王子のすてきなところですが。そんな子は放っておいていいのではないですか? それよりも向こうで、パズルをいたしましょう。こちらのピエモント子爵子息が外国の土産のからくり箱を持ってきているのです」
うーん、からくり箱は面白そうだけど。
明らかにコエダを見下しているアリンの言いように、私はムカついた。コエダ的に言うと、オコだ。
「失敬だぞ、グラフォート侯爵子息。コエダは公爵の孫となったのだ。そしてコエダの父は、もうすぐ王太子妃となる。兄上が王に即位すれば、第一王子の称号を受けるのだぞ? そのコエダを軽んじる発言は、聞き捨てならぬ」
私が注意すると、アリンも、その後ろの子たちも驚いた顔になった。
そこまでは考えていなかった、というのが。子供なのだよなっ。
コエダやノアと比べると、ホント、子供っぽい。
私なんか、むしろコエダに注意される方が多いのだからなっ。
しかし、コエダを攻撃するような子からは、私が守ってあげなきゃ。
コエダは私が守るっ!
「そんな、平民の子が、第一王子なんて…」
「コエダはな、この可愛らしい容姿も可愛いが。頭脳も飛び抜けて優秀で。もうかけ算も割り算もできるのだぞっ」
すごいだろって、胸を張ると。
『なんで王子がドヤッてんの? つか、可愛らしい容姿は可愛いに決まっている…』って。背後でコエダがつぶやいた。
つか、コエダをかばってあげているのに、悪口ってどゆこと??
「そ、それだけじゃないのだぞ? コエダはそれはもう優しい性格だし、礼儀正しいし、笑えば天使のようだし、虫もつかめるのだっ」
おおぉぉ、とアリンの後ろの子たちがどよめく。
すごいだろ。私のコエダだからあげないけどな。
でもアリンはグヌヌとなった。
「かけ算くらい、私もできます。割り算は…まだだけど。でも、王子にお教えできます。ご学友としては私の方が上です。だからどうか、王子のご学友に取り立ててくださいっ」
「それは…虫がつかめるようになってから言いに来るがよい」
私は手で、さらりと前髪を直し。彼らに背を向けるのだ。
決まったな。
「王子の判断基準が虫なの、ウケるぅ」
コエダがノアにボソリとそう言っている。
聞こえているぞ。
「王子、パズルしなくていいのぉ? ぼく、今日は絵本とか持ってこなかったからぁ」
楽しい遊びがあるなら、行ってもいいよ。という感じでコエダはモジモジと言ってくる。
今の話の流れから、自分は遊ばせてもらえないのを悟っている、そういう聡明さがコエダにはあり。
王子の私を気遣ってくれる優しさがある。
これだから、私はコエダを手放せないのだ。可愛くて、好きッ。
「パズルより、コエダと遊ぶ方が楽しいではないか。コエダと一緒なら、何回でも階段を上り下りできるぞ?」
「それは、ぼくはいやです。もう疲れました」
急にスンとなって言うコエダ。
どゆこと?
「コエダちゃん、お困りですかぁ?」
そう言って現れたのは。アーノルドおじさんの友達のステアだ。
こいつはコエダを狙っているので、要注意人物なのだ。
だって、ステアがコエダと婚約するって言い出したら、私とステアはライバルになるではないかっ。
年の差はあるけど。父上と母上は二十歳くらい離れているから、ないとは言い切れないだろう?
「あああ、ステアさん、こんにちは」
コエダが薄黄色の髪をふわふわさせて、ちょこんと頭を下げると。
ステアは、へへぇとさらに深く頭を下げる。
「今日も馬車のおもちゃを作ってきましたよ? 先日は王子への手土産がなくて、大変申し訳ありませんでした。ということで本日は二台、ありますからねぇ??」
「うわぁぁ、今日の馬車もちみつな作りですごいですぅ」
コエダは受け取った馬車の扉をパカパカ開けて、嬉しそうにしている。
うむぅぅ、コエダの笑顔はいつも私が引き出したいのにぃ。
「さぁ、王子もどうぞ」
そうして、ステアは馬車を私に差し出し、眼鏡の奥の目をやんわり細める。
こういう柔らかい感じは、どこかコエダのパパを連想させるから。
やっぱり、あせる。
だって、パパの笑顔をマスターしていない私より、素で笑顔がいいステアを、コエダは選んでしまいそうだから。
でも、馬車のおもちゃには罪はないし。馬車でコエダと遊びたいぃぃぃぃ。
というわけで。馬車を受け取って。しばらく階段でコエダと遊んでいた。
「ぼくは馬車二台目だから、これはノアにあげるね?」
そうコエダはノアに言うけれど。
ノアは首を振る。
「いいえ、結構です。おもちゃで遊ぶのは楽しそうですが、いっしょにコエダ様と王子と遊んでしまったら、注意がおろそかになり身を守ることができません。いっしょには遊べませんが、いつも王子とコエダ様の遊びを見て、楽しんでいますから。大丈夫です」
コエダは一瞬シュンとなるが。ノアの役目をわかっているのだろう。
「じゃあ、見ててね? ガシャガシャって。ほらぁ、内装の椅子までしっかり作られているよぉ?」
コエダは笑顔で言って。ノアも笑顔でうなずくのだった。
ノアは私の専属護衛騎士になる予定だ。
そうなれば。いつもいっしょにいるコエダも守ることになるだろうから。
二人が仲が良いのも、私は嬉しい。
先ほどのアリンなんかは、貴族臭が強くて。お付きの騎士に声をかけたりしなさそうだもん。騎士は貴族を守るのが当たり前だと思っている。
でもコエダは、ノアにも優しいから。そういうところが、好き。
馬車のおもちゃの他にも、お爺様がユラユラする木馬を子供たちが遊ぶように用意してくれたから。それに乗ったり。
疲れたら椅子に座って、紅茶やケーキを食べたり。
でもパパのお菓子の方が美味しいねって言い合ったりして。コエダといっぱい遊んだ。
大人の話はあまり聞いていなかったから。
お茶会でなにがあったのかは、私にはわからないが。
とにかく。いろんな遊びに、ちょっと飽きてきた頃。
コエダがパパを恋しがり始めたので。会場の中央へ戻ることにしたのだ。
そのとき。私は、見てしまった。
兄上がコエダのパパに『あいしている』と言って唇にチュウしたところを。
あああぁっ、これだぁ。私に足りない、あいしているの正体は。唇にチュウのことだったのだぁぁっ。
そういえば、父上も母上に会うと必ずチュウしているし。
でもでも、そういえば、そういえばっ。
母上も、私が寝入る寸前とかに、愛してるって言って額にチュって、していたぞ? 今思い出したぞ?
アレと同じか?
だとすると。愛しているは、キスのことだなっ。
なぁぁぁんだぁ。キスなら、すぐできるではないか。
私は、パパに抱き上げられたコエダが、テイテイ言いながら兄上を手で押しているのを見ながら。
そう考えていたのだ。
★★★★★
なんかいきなりお茶会が終わって。馬車に揺られていたら、急激に眠くなってきた。
うぅぅむ、子供の体というのはどうしてすぐに眠くなるのだろう。
私は早くコエダにキスして、婚約してもらいたいのだぁ。
ノアはずっと起きていられるのになぁ。私とそんなに年は変わらないのに。
早く大きくなりたい。ノアくらい大きくなったら、ずっとコエダと遊んでいられる。
だけど、私はウトウトで。
いつの間にか後宮についていたことも知らず。
いつの間にかベッドでコエダと一緒に寝ていたのだったぁぁ。
そして、起きた。
えっと、なんだっけ。
そうだ、キスをしたらコエダと婚約できるんだ。
私が身を起こすと、コエダも起きたが。
なにやらむにゅむにゅ言いながら、まだ重いまぶたを手でこすっている。
というわけで。私は言った。
「コエダ、私と婚約してください。あいしている」
そしてコエダのピンクの唇に唇を合わせて、ちゅううううう。
私が身を離し、これで婚約成立だ、とばかりに。ドヤ顔をすると。
コエダは、さっきまでまぶたがくっついていた目を、ギャン開きして。
まぁるい瞳が落っこちそうなくらいに、ギャン開きして。
私をみつめていた。
「ひゃああああ、今世のファーストキスまで奪うとはっ。王子、許すまじ。離婚ですっ」
ビシッと、コエダに指を差されて。
宣言された。
「結婚してないのに、リコー――ーン!!??」
私はコエダとの婚約が決まったと思っていたのに。まさかの離婚宣言で大ショックだっ。
「ダメだもん。コエダは私とキスしたのだから、婚約しなきゃああ…」
「ぼくは同意してないもん。王子が勝手にキスしたんだもん。勝手にキスしたらダメなんだもん。無効だもん」
そばにいたノアが『勝手にキスしたらダメ?』って、なんかおののいているけど。
ごめん、自分のことで精いっぱいで、ノアは放置しちゃう。
つか、同意? 私が勝手にキスしたから無効?
そういえばタイジュは。お互いに…なんて言っていたっけ?
じゃあ、コエダからもキスしてくれなきゃ。
婚約は不成立??
「いやだぁぁ、コエダと婚約したいいいいぃぃぃぃ」
「ああああぁぁ、ぼくのファーストキスがぁぁぁぁ」
そうしてふたりで泣き出したところに。
母上と、コエダを迎えに来たタイジュがやってきて。
私は母上に、コエダはパパに抱っこされて、あやされるのだった。
「コエダ、起きたらパパがいなくてさみしくなったのか? ごめんな」
コエダはまぁるい目から大粒の涙をボロボロこぼし。
つるりとしたバラ色の頬を濡らす。
とても可愛くて、きれいだと思うのだけど。
私はその彼と婚約不成立で。
またもや涙が出てくるのだった。
「コエダと、離婚、しない、いぃ」
ひゃっくひゃっくしながらつぶやくと。
母上がまだ結婚していないでしょ、と冷静にツッコんだ。
そうだけどぉ、そうじゃなくてぇ。
今日は公爵家のお茶会です。
コエダのパパが、お爺様の息子になったことをお披露目する会なんだって。
私の従兄弟にコエダがなるということを、みんなが知ったら。
私とコエダが仲良くしていても、みんなフシギに思わないから。それはいいこと。
でも、大人がいっぱいで、私はつまらないな。
お茶とケーキを食べるのも、そんなに時間がかからないのに。
大人はみんな、ゆっくり時間をかけてお茶をするのだ。
そしてお話がとぉぉぉぉっても長いんだっ。眠くなっちゃうよ。
お外に遊びにも行けないし。だからつまらない。
でも、コエダとノアがそばに居るから。
まぁ、いいけど。
コエダも。パパがみんなに紹介されたあと、いろんな人にお祝いされていて。そのときに『可愛らしい御子息ですわねぇ』なんてご婦人方に言われて。
はじめはテレテレしていたけど、すぐに飽きちゃったというか。知らない人が怖くなったというか。
パパのズボンをつかんで、むぅぅ、とか言い始めたから。
あぁ、これはマズいぞ。
私にも覚えがあるのだ。もう、なんだか無性に、おうちに帰りたくなるような感じ。
「コエダ、あちらで私と遊ぼう」
そう言って、コエダを大人たちの輪から連れ出した。
俺の後ろには、ノアがついていて。
ノアの後ろにはアンドリューがいるから、パパから離れても大丈夫。
それで、まぁちょっと。中央階段を登ったり下りたりして遊んでいた。
すると声をかけられた。
「ジョシュア王子、いぜん、いっしょに遊んだのを覚えていますか? アリン・グラフォート侯爵子息です」
アリンはスカイブルーの髪色をした少年で。
あまり覚えていないけど、私と遊んだとしたなら七歳かな? 今まで少し年上の子を遊び相手として紹介されていた。
でも、虫が怖いって言うから。二度はなかったけど。
コエダは、虫は好きじゃないみたいだけど。持てるし。私の虫探しに付き合ってもくれるから。
優しくて好きぃぃ。
「あぁ、一度遊んだことがあったな」
答えると、アリンは引き連れている同じ年くらいの子に『な、嘘じゃないだろ? 私と王子は友人なのだ』と話していて。おぉぉ、と尊敬の眼差しを集めていた。
つか、友人ではない。そこは嘘だ。
「王子、そちらの子は、先ほど紹介されていたコエダでしょう? 庶民の子が急に親戚になって戸惑われているのではありませんか? 責任感が強くていっしょに遊んであげているのは、王子のすてきなところですが。そんな子は放っておいていいのではないですか? それよりも向こうで、パズルをいたしましょう。こちらのピエモント子爵子息が外国の土産のからくり箱を持ってきているのです」
うーん、からくり箱は面白そうだけど。
明らかにコエダを見下しているアリンの言いように、私はムカついた。コエダ的に言うと、オコだ。
「失敬だぞ、グラフォート侯爵子息。コエダは公爵の孫となったのだ。そしてコエダの父は、もうすぐ王太子妃となる。兄上が王に即位すれば、第一王子の称号を受けるのだぞ? そのコエダを軽んじる発言は、聞き捨てならぬ」
私が注意すると、アリンも、その後ろの子たちも驚いた顔になった。
そこまでは考えていなかった、というのが。子供なのだよなっ。
コエダやノアと比べると、ホント、子供っぽい。
私なんか、むしろコエダに注意される方が多いのだからなっ。
しかし、コエダを攻撃するような子からは、私が守ってあげなきゃ。
コエダは私が守るっ!
「そんな、平民の子が、第一王子なんて…」
「コエダはな、この可愛らしい容姿も可愛いが。頭脳も飛び抜けて優秀で。もうかけ算も割り算もできるのだぞっ」
すごいだろって、胸を張ると。
『なんで王子がドヤッてんの? つか、可愛らしい容姿は可愛いに決まっている…』って。背後でコエダがつぶやいた。
つか、コエダをかばってあげているのに、悪口ってどゆこと??
「そ、それだけじゃないのだぞ? コエダはそれはもう優しい性格だし、礼儀正しいし、笑えば天使のようだし、虫もつかめるのだっ」
おおぉぉ、とアリンの後ろの子たちがどよめく。
すごいだろ。私のコエダだからあげないけどな。
でもアリンはグヌヌとなった。
「かけ算くらい、私もできます。割り算は…まだだけど。でも、王子にお教えできます。ご学友としては私の方が上です。だからどうか、王子のご学友に取り立ててくださいっ」
「それは…虫がつかめるようになってから言いに来るがよい」
私は手で、さらりと前髪を直し。彼らに背を向けるのだ。
決まったな。
「王子の判断基準が虫なの、ウケるぅ」
コエダがノアにボソリとそう言っている。
聞こえているぞ。
「王子、パズルしなくていいのぉ? ぼく、今日は絵本とか持ってこなかったからぁ」
楽しい遊びがあるなら、行ってもいいよ。という感じでコエダはモジモジと言ってくる。
今の話の流れから、自分は遊ばせてもらえないのを悟っている、そういう聡明さがコエダにはあり。
王子の私を気遣ってくれる優しさがある。
これだから、私はコエダを手放せないのだ。可愛くて、好きッ。
「パズルより、コエダと遊ぶ方が楽しいではないか。コエダと一緒なら、何回でも階段を上り下りできるぞ?」
「それは、ぼくはいやです。もう疲れました」
急にスンとなって言うコエダ。
どゆこと?
「コエダちゃん、お困りですかぁ?」
そう言って現れたのは。アーノルドおじさんの友達のステアだ。
こいつはコエダを狙っているので、要注意人物なのだ。
だって、ステアがコエダと婚約するって言い出したら、私とステアはライバルになるではないかっ。
年の差はあるけど。父上と母上は二十歳くらい離れているから、ないとは言い切れないだろう?
「あああ、ステアさん、こんにちは」
コエダが薄黄色の髪をふわふわさせて、ちょこんと頭を下げると。
ステアは、へへぇとさらに深く頭を下げる。
「今日も馬車のおもちゃを作ってきましたよ? 先日は王子への手土産がなくて、大変申し訳ありませんでした。ということで本日は二台、ありますからねぇ??」
「うわぁぁ、今日の馬車もちみつな作りですごいですぅ」
コエダは受け取った馬車の扉をパカパカ開けて、嬉しそうにしている。
うむぅぅ、コエダの笑顔はいつも私が引き出したいのにぃ。
「さぁ、王子もどうぞ」
そうして、ステアは馬車を私に差し出し、眼鏡の奥の目をやんわり細める。
こういう柔らかい感じは、どこかコエダのパパを連想させるから。
やっぱり、あせる。
だって、パパの笑顔をマスターしていない私より、素で笑顔がいいステアを、コエダは選んでしまいそうだから。
でも、馬車のおもちゃには罪はないし。馬車でコエダと遊びたいぃぃぃぃ。
というわけで。馬車を受け取って。しばらく階段でコエダと遊んでいた。
「ぼくは馬車二台目だから、これはノアにあげるね?」
そうコエダはノアに言うけれど。
ノアは首を振る。
「いいえ、結構です。おもちゃで遊ぶのは楽しそうですが、いっしょにコエダ様と王子と遊んでしまったら、注意がおろそかになり身を守ることができません。いっしょには遊べませんが、いつも王子とコエダ様の遊びを見て、楽しんでいますから。大丈夫です」
コエダは一瞬シュンとなるが。ノアの役目をわかっているのだろう。
「じゃあ、見ててね? ガシャガシャって。ほらぁ、内装の椅子までしっかり作られているよぉ?」
コエダは笑顔で言って。ノアも笑顔でうなずくのだった。
ノアは私の専属護衛騎士になる予定だ。
そうなれば。いつもいっしょにいるコエダも守ることになるだろうから。
二人が仲が良いのも、私は嬉しい。
先ほどのアリンなんかは、貴族臭が強くて。お付きの騎士に声をかけたりしなさそうだもん。騎士は貴族を守るのが当たり前だと思っている。
でもコエダは、ノアにも優しいから。そういうところが、好き。
馬車のおもちゃの他にも、お爺様がユラユラする木馬を子供たちが遊ぶように用意してくれたから。それに乗ったり。
疲れたら椅子に座って、紅茶やケーキを食べたり。
でもパパのお菓子の方が美味しいねって言い合ったりして。コエダといっぱい遊んだ。
大人の話はあまり聞いていなかったから。
お茶会でなにがあったのかは、私にはわからないが。
とにかく。いろんな遊びに、ちょっと飽きてきた頃。
コエダがパパを恋しがり始めたので。会場の中央へ戻ることにしたのだ。
そのとき。私は、見てしまった。
兄上がコエダのパパに『あいしている』と言って唇にチュウしたところを。
あああぁっ、これだぁ。私に足りない、あいしているの正体は。唇にチュウのことだったのだぁぁっ。
そういえば、父上も母上に会うと必ずチュウしているし。
でもでも、そういえば、そういえばっ。
母上も、私が寝入る寸前とかに、愛してるって言って額にチュって、していたぞ? 今思い出したぞ?
アレと同じか?
だとすると。愛しているは、キスのことだなっ。
なぁぁぁんだぁ。キスなら、すぐできるではないか。
私は、パパに抱き上げられたコエダが、テイテイ言いながら兄上を手で押しているのを見ながら。
そう考えていたのだ。
★★★★★
なんかいきなりお茶会が終わって。馬車に揺られていたら、急激に眠くなってきた。
うぅぅむ、子供の体というのはどうしてすぐに眠くなるのだろう。
私は早くコエダにキスして、婚約してもらいたいのだぁ。
ノアはずっと起きていられるのになぁ。私とそんなに年は変わらないのに。
早く大きくなりたい。ノアくらい大きくなったら、ずっとコエダと遊んでいられる。
だけど、私はウトウトで。
いつの間にか後宮についていたことも知らず。
いつの間にかベッドでコエダと一緒に寝ていたのだったぁぁ。
そして、起きた。
えっと、なんだっけ。
そうだ、キスをしたらコエダと婚約できるんだ。
私が身を起こすと、コエダも起きたが。
なにやらむにゅむにゅ言いながら、まだ重いまぶたを手でこすっている。
というわけで。私は言った。
「コエダ、私と婚約してください。あいしている」
そしてコエダのピンクの唇に唇を合わせて、ちゅううううう。
私が身を離し、これで婚約成立だ、とばかりに。ドヤ顔をすると。
コエダは、さっきまでまぶたがくっついていた目を、ギャン開きして。
まぁるい瞳が落っこちそうなくらいに、ギャン開きして。
私をみつめていた。
「ひゃああああ、今世のファーストキスまで奪うとはっ。王子、許すまじ。離婚ですっ」
ビシッと、コエダに指を差されて。
宣言された。
「結婚してないのに、リコー――ーン!!??」
私はコエダとの婚約が決まったと思っていたのに。まさかの離婚宣言で大ショックだっ。
「ダメだもん。コエダは私とキスしたのだから、婚約しなきゃああ…」
「ぼくは同意してないもん。王子が勝手にキスしたんだもん。勝手にキスしたらダメなんだもん。無効だもん」
そばにいたノアが『勝手にキスしたらダメ?』って、なんかおののいているけど。
ごめん、自分のことで精いっぱいで、ノアは放置しちゃう。
つか、同意? 私が勝手にキスしたから無効?
そういえばタイジュは。お互いに…なんて言っていたっけ?
じゃあ、コエダからもキスしてくれなきゃ。
婚約は不成立??
「いやだぁぁ、コエダと婚約したいいいいぃぃぃぃ」
「ああああぁぁ、ぼくのファーストキスがぁぁぁぁ」
そうしてふたりで泣き出したところに。
母上と、コエダを迎えに来たタイジュがやってきて。
私は母上に、コエダはパパに抱っこされて、あやされるのだった。
「コエダ、起きたらパパがいなくてさみしくなったのか? ごめんな」
コエダはまぁるい目から大粒の涙をボロボロこぼし。
つるりとしたバラ色の頬を濡らす。
とても可愛くて、きれいだと思うのだけど。
私はその彼と婚約不成立で。
またもや涙が出てくるのだった。
「コエダと、離婚、しない、いぃ」
ひゃっくひゃっくしながらつぶやくと。
母上がまだ結婚していないでしょ、と冷静にツッコんだ。
そうだけどぉ、そうじゃなくてぇ。
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『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
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僕のユニークスキルはお菓子を出すことです
野鳥
BL
魔法のある世界で、異世界転生した主人公の唯一使えるユニークスキルがお菓子を出すことだった。
あれ?これって材料費なしでお菓子屋さん出来るのでは??
お菓子無双を夢見る主人公です。
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小説は読み専なので、思い立った時にしか書けないです。
基本全ての小説は不定期に書いておりますので、ご了承くださいませー。
ショートショートじゃ終わらないので短編に切り替えます……こんなはずじゃ…( `ᾥ´ )クッ
本編完結しました〜
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