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85 おまえが言うな

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     ◆おまえが言うな

 小枝の電池が切れたので。
 おそらく王子の電池も切れるだろうということで。
 王宮へ向かってた馬車の一行は、一度後宮へ寄ることになりまして。

 マリアンヌ様の館で小枝をしっかりお昼寝させることにしました。
 お茶会ご苦労様でした。

 ジョシュア王子のベッドに、王子と小枝を寝かせて。
 ノアもひと休みしてもらって。
 護衛にレギを残しまして。
 女主人であるマリアンヌ様に四人を守ってもらいましてぇ。

 王宮に向かう馬車には、俺と殿下、公爵父さんにアンドリューさんが乗り…。
 もうひとつの馬車にはエルアンリ様とジュリアと公爵の護衛騎士が乗っています。
 ジュリアには休んでもいいよと言ったのですが、エルアンリ様の専任騎士だから離れませんと言うのだ。
 今日はお茶会で、エルアンリ様の婚約者という立場での出席だったので。薄黄緑色のドレスを身につけているのですが。ドレスの下に剣を隠し持っているらしいよ、カッコイイ。

 つか、こちらの馬車はちょっとむさくるしいですね。大柄が三人で、俺はちんまりです。
 父さん、前世は俺と同じくらいの体格だったのに。今はなんか胸板分厚いし、身長高いし。金髪だし。
「大樹、おまえ、小さくなったなぁ?」
 なんて、ガハハと笑いますけど。
 父さんがデカくなったんですよっ。

「公爵の護衛は後ろの馬車に乗っているのに、どうして父さんはこちらに乗るのですか? 後ろの馬車の方がジュリアが細身で余裕があるでしょ?」
「良いではないか、こちらにはアンドリュー近衛騎士団長がいるのだからな。それにそんな邪険にすると、父さんは悲しくなってしまうなぁ。そうそう会う機会もないのだから、顔を合わせたときくらい話がしたいではないかぁ?? それに今はおまえの体は細身だからな。ジュリアよりもな?」
 そして、再びガハハと笑う。
 失礼な、俺はジュリアより背は低いが、細くはないと思うぞ? たぶん。
 それにしてもムカつくぅ、ちょっとデカくなったからって偉そうにぃ。

 それはともかく。
 レギに変わる殿下の護衛には、筆頭護衛騎士のルーカスさん他、古株の五名が付き添うことになりまして。馬に乗って馬車の横に着いてきています。
 というわけで、王宮へレッツゴーです。
 小枝がいないと、どうにもワクワク気分にならないね。

 王宮の執事に案内されたのは、婚約報告の折に使った応接室で。
 本当は、王妃の部屋に俺だけ来い、みたいな感じで言われたのだけど。
 ディオンが、ふざけんな。とは言わなかったけど。
「大樹と王妃がふたりきりになるなど、言語道断。我らの同席が嫌ならば、神の手の診察はあきらめるように伝えろ」
 と言うと。
 では応接室で、という話になったのだ。

 怖っ。ラスボスとふたりとか、俺は無理なので。
 ディオンが断ってくれて良かったです。

 しかし、ゴリ押ししてこないところを見ると。相当弱っているのでは?
 おおよその見当は付きながらも、どういう病状かわからないので。
 診察は必須です。

 応接室に入ると、ソファの方でぐったりしている王妃と。
 無表情で王座に座る王様と。
 王妃に付き添いオロオロしているニジェールがいて。
 俺らが入ってきたのを見ると、キッと睨むのだ。
「神の手などと大層な名を言いながら、重いやまいの母上を応接室に呼び出すなんて。冷酷なやつだな」

 ディオンを散々苦しめてきたおまえに、冷酷と言われる筋合いはない。
 と思いつつ、俺は苦笑いするのだった。
 おまえが言うな、的な?
 あと自分で神の手を名乗ったことはありませんからぁぁ。たぶん。

「…王妃様、診察をしましょうか」
 俺はニジェールにあっちに行けと手で示すと。
「挨拶もなく、不敬なやつめ」
 と、ぶつぶつニジェールが言うので。

「私は医者として、人々は平等に診察いたします。様をつけるだけありがたいと思っていただきたい。それと、不敬だなんだと言うのなら、私は王太子の婚約者です。義理の弟になるあなたにへりくだることはないと思うのですけどぉ?」
 というわけで、邪魔ですとばかりに。シッシッと手を払う。
 ムギギとなりながらも、母を早く診てもらいたいようで。
 ニジェールはその場を下がった。

 俺は王妃の横に腰かけ。
 殿下たちは王様の対面に当たるソファに座って。
 護衛はソファの後ろに立っていた。

「では、病状をお聞かせください」
「このような、人が多いところでは恥ずかしくて申せませんわ」
 そりゃ、ディオンに呪いをかけたことが王様の耳に入ったら嫌でしょうね?
 でも、だからこそみなさんに聞いてもらいたいから。
 このように集まっているのですよ。
 あなたの悪事を知らしめるためにね。

「先ほども知らせの者にお伝えしましたが。私はあなたとふたりの状態になることはできません。ご存じでしょうか? 私が滞在する北の館には、連日暗殺者が現れるのですよ。怖いでしょう? そんな中で、私はひとりにはなれません。ご了解くださいね」
 診察モードで。患者に対する口調で告げると。
 王妃は。王様やディオンに目を移しつつ。
 部屋での診察がかなわないと知ると、重々しく言った。

「……眠れないの」
 でしょうね、と思います。
 つか、まんま、ディオンの受けたものが返っているのかもしれないな。

「眠れないから、昼間はイライラするし。頭痛がひどいし。仕事中に急に意識を失ったりするの」
「お茶会の席で倒れたというのは、気を失ったということですね?」
「えぇ。お抱えの医師や治癒魔法士は、どこも悪くはないと言うの。でも、こんなことが起きるなんて、どこか悪いに決まっているわ? あなた、神の手はなんでも治せるって、噂に聞いているわ。早く私を治してちょうだい」
 出たぁ、モンスターペイシェントかんじゃ、略してモンペ。
 なんでも治せるわけないし。早く治せも、上からぁぁ。

「私はただの医者なので、なんでもは治せませんよ?」
「でも、敵国の戦士にズタズタに刺されて死んだディオンを、生き返らせたのでしょう?」
 その王妃の言葉に、俺はギャンと目の奥が開いたような気になった。

 ディオンの様子を見ていた、王妃の配下の者が戦場にいたということだ。
 いつ死ぬのかと、虎視眈々でディオンを見ているなんて。
 その報告を笑って聞いていたのだとしたら。悪趣味極まりないな。

「殿下は死んでいません。私ごときが生き返らせることなどできませんよ」
 自分でも、ヒヤリとするような声が出たね。
 あぁ、ムカつく。早く終わらせよう。

「では王妃様、口を開けてください。喉の奥を見ます」
 ランプとスプーンを用意してもらって。
 スプーンで舌をおさえながらランプをかざして見る。
 まぁ、ランプで照らすまでもなく。
 あった。殿下の喉の奥にあったのと同じ、蛍光緑けいこうみどりに輝く魔法陣が。

「わかりましたぁ。王妃様、これは。ディオン殿下にかけていた呪いの反転、呪い返しでございます」
 王様にも、部屋にいる者みんなに聞こえるように、大声で告げた。

「なぁにぃぃ? ディオン王子に呪いが王妃に返っただとぉ? これは由々しき問題だっ」
 俺の声に、父さん公爵がわざとらしく驚き。
 警護の騎士たちが、呪いだ呪いだとザワザワする。

「本日のお茶会の席でも、話題になったのですよ。前魔導騎士団長が、今昏睡状態に陥っていましてね。それが殿下に魔術を施した報いを受けたのだと判明したのです。その依頼者も、近々報いを受けるだろうって……」
 疑わしい目で王妃を見やると。
「では、王子に呪いをかけた首謀者は王妃ということかっ!! なんと恐ろしい」
 と、公爵父さんが大袈裟に身を震わせ。

 王妃はあからさまな態度で慌てふためく。
「わ、私はそんなこと、してはいませんわぁ」
「そうですか? しかし、殿下の喉にあったものと同じ魔法陣が、あなたの喉にもありますけど??」
 俺の指摘にギョッとした王妃は、喉をおさえて驚愕する。

「ディオン、王妃がおまえに呪いをかけたというのは、どういうことなのだ?」
 詳細を知らない王様がディオンにたずねる。
「えぇ、つい最近まで、私も呪いをかけられていることにも気づかなかったのですが。長年悩んでいた不眠症を、大樹に治療してもらっていたのです。その診察の折に、喉に魔法陣があることがわかって。大樹がそれを解呪してくれたのですよ」
「なんと。神の手はそのようなことまでできるのか??」
 王様が、すごーいというキラキラ目で俺を見やるが。
 やーめーてー。
 キス、てか、唾液で消えたとか。
 そんなのだから、解呪したよ、なんて胸を張れないからっ。

「それで、私に呪いの魔術をかけた者は、今頃重篤な体調不良に陥っていることだろう、というような話をお茶会の席でしまして。招待客の貴族の方々は興味津々に聞いておられました」
 この国の名だたる貴族は、おまえの悪事を知ったぞ。
 という目で、ディオンは王妃を睨んだ。

「王妃様がおっしゃった病状は、ディオン殿下が十年以上わずらっていた不眠症と症状が似ております。呪い返しをされた王妃様はこの先、殿下よりも長い年月その症状に苦しむことになるでしょう」
 俺が高らかに告げると。
 王妃は青い顔をさらに青くして、ブルブル震えた。
「そんなっ、そんなの、私、知らないわ? 私のせいじゃないわよ。治してちょうだい? 神の手だと言うのなら、そうよ、ディオンを治したように私を治しなさい」
 一縷いちるの望みを託すかのように、必死の形相で俺に頼み込む王妃。
 つか、まだ命令口調だけど。

 俺が本当に神の遣いだったなら。
 慈悲の心で王妃を治したかもしれないけど。
 俺は神の遣いではなく。神の手などと大層な者でもなく。
 ただの人で。
 ディオンを愛する者。

 彼が苦しんできたことを、やすやすと解消などするものか。
 
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