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84 神の手によって解かれた

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     ◆神の手によって解かれた

 どうやら、殿下に呪いをかけていたのは、ほぼほぼ前任の魔導騎士団長で間違いなさそうですね。
 それが現魔導騎士団長のリカルドによって判明して。
 俺はちょっとオコです。

「呪いの元凶が、まさかの魔導騎士団長だったとはね。治癒魔法士の長が聞いてあきれる」
 治癒魔法士は俺ら医者と同じような者だと思っていたのに。
 人に害を与えるなんて言語道断だっ。
 鼻息荒く俺が言うと。
「前の騎士団長は治癒魔法士ではなく魔術に特化した者だった。魔法魔導騎士団というのは、治癒魔法士の他にも魔術の才覚のある者がつどう隊なので。ま、団長として治癒魔法士を束ねる立場ではあるがな」
 ディオンはそう説明したのちに、さもありなんという感じで言う。
「王族が戦場に派遣されていたのに帯同しなかったのだから、魔導騎士団と王妃が結託していたのは予想がついていた。しかし騎士団は掌握できていたと思っていたので。今回の話はショックだったな。まぁ、リカルドが言うには、前任の独裁のようなところもあったのかもしれないが。魔導騎士団の今後の働きを注視して、彼らが真の味方になるのかを見極めないとな」
 切れ長の目元に厳しい光を宿して、殿下は口を引き結んだ。

「その、元魔導騎士団長を起こしたら、王妃と結託していたことを証明できるかな?」
「どうかな? 魔術返しなど知らぬとしらを切るかもしれない。…起こせるのか?」
「いいえ。俺が魔法の原理を知らないのを知っているでしょ?」
 言って、ディオンを見やると。

 彼は唐突に、大きな手で俺の頭を抱き寄せて、額にちゅううした。

 そして客が、わぁぁとさざめく。
「仲がお良ろしいわねぇ」
 なんて、御婦人方に囁かれ。恥ずかしいぃぃっ。
 もう、なんでそんなに脈絡がないんでしょうね?

「なんですか? 不快な話だったのに、妙に上機嫌で」
「私のことを、おまえが自分のことのように怒ってくれるから。嬉しいのだ」
 まぁ。本来なら殿下が、もっとリカルドを怒っていい件だったと思いますけどね。
 なんだか、俺ばっか怒っていましたよね、確かにぃぃ。

「それで、ひとりでニヤニヤしていたのですか」
「ニヤニヤはしていない。内心で狂喜乱舞なだけだ」
「ハハ、それ言わないでくださいよ。ディオンが狂喜乱舞してるの想像しちゃうじゃないですかっ」
 笑いながら彼の胸を手で叩くと。
 ディオンは俺の肩を抱いて。うっそり微笑んだ。

「戦場で、おまえに会えて良かった。治癒魔法士が帯同しなかったのも、おまえに会うための女神の試練だったのだと思えば、魔導騎士団の仕打ちにも目をつぶれる」
「簡単に許してはいけませんよ。医師も治癒魔法士も、人を治すことが存在理由でしょ」
「おまえが怒れば良い。治癒魔法士の治療価格が高すぎると言っていただろう? 適正価格に引き下げて、やつらをこき使ってやったらどうだ?」
 おぉ、それは名案。
「いいんですかぁぁ? やっちゃいますよぉ??」
 それは気に掛かっていたことだから。
 やっていいなら、やっちゃいます。
「あぁ。エルアンリに相談して、どのように事を進めるのか、ノウハウを教えてもらえばいい」
「そうします。ありがとう、ディオン」
 うまくできるかはわからないが。
 やりたいことがみつかって、嬉しい気持ちで笑みを見せたら。
「愛している」

 そう言って、今度は唇にキスしやがった。

 公での婚約発表の場だとはいえ。人前でこういうのは、俺は嫌です。
「パパぁ、ご挨拶終わったぁ??」
 俺が手でディオンを押し返すと、小枝がやってきて。

 ナイスタイミング。

 小枝を抱き上げると、小枝は俺と一緒になって、ディオンを手で押し返すのだ。
 テイテイと。
「ていっ、パパはきれいきれいなのだから、ていっ、殿下はチュウしちゃダメッ、ていっ」
 ディオンはわかっていて、俺に顔を近づけて。
 小枝のていっ、を甘んじて受けるのだった。
 なにやってんのかな。苦笑。

 そして殿下は、幸せだという顔で俺らを抱き締めて。
 そのあとみなさんに向き合って、演説? 挨拶? をした。

「公爵家のお茶会にご出席のみなさま、多くの方々に私の慶事への祝辞をいただきました。ありがとうございます。そしてここで、さらにご報告いたします。私は長らく、ある者によって呪いの魔術をかけられていました。しかしその魔術は、大樹、神の手によって解かれた。呪いの魔術は跳ね返され。今、前魔導騎士団長が昏睡状態であることが判明しました。長らく他者へ魔術をかけていた報いを受けたと推察されます」
 まぁ怖い、と。招待客である御婦人方がざわめいている。
 貴族の紳士は難しい顔で、殿下の話を聞いていた。

「そして、おそらく。その依頼者も呪い返しの報いを受けていることでしょう。ほど近いうちに重篤な体調不良に陥った者は、王子を害した疑わしい人物である。どうか、その人物には接触しないでもらいたい。これは王太子ディオンとして発する、はじめての警告である」

 殿下の強い口調に、会場はざわざわと人々の動揺の声が広がった。
 大勢集まっている貴族の方たちの中には、王妃派に近い者もいるだろう。
 しかし、立太子するディオンの言に心を揺らす者も少なくはないんじゃないかな?
 どちらにつくのが得か、その天秤が大きく揺れている最中なのだろう。

「魔術で人をおとしめるのは卑劣な行為である。私は私を害そうとした人物を許さない。その者は間もなく失脚するだろう。そしてその者を支持する者も、少なからず罰が下る。この会場にいて私に祝辞を述べた者が、そのようなき目に合わぬよう願っている」
 そう締めくくって、ディオンは挨拶を終える。
 あとは貴族の者たちがどういう判断をするか、というところだけど。

 そのとき、父さんが誰かから報告を受けて。
 大声で言った。
「なぁぁにぃぃ? 王宮でお茶会を開いていた王妃様が、お倒れになった、だとぉぉぉ? それで神の手である我が息子、大樹を呼んでいるだとぉぉ?」

 父さん。ちょっと芝居がかっているし、わざとらしいんですけど。
 でも、その言葉を耳にした招待客は、激しい動揺にどよめいたのだ。
 そうだ、ついさっき殿下が言ったばかりだものな。
 重篤な体調不良になった者が疑わしいって。

 イコール、依頼者、首謀者は王妃だと。この場で公言したようなものだもの。

 まぁ。ディオンは当然わかっていたことだろうから。
 なんの感慨もなさそうだ。
 でしょうね、って顔をしている。
 
 で。俺は王妃のところに行かなければならないんでしょうか?

     ★★★★★

 具合が悪いという人を放っておけない性分なのでね。
 とりあえず、お茶会は早じまいして。
 俺と小枝と殿下とレギ、というメンツで。王宮へ馬車で向かっております。

 その後ろには、マリアンヌ様とジョシュア王子。そして警護のアンドリューさんとノアが乗る馬車と。
 お茶会に列席していたエルアンリ様とジュリア、そして父さんと公爵家の護衛騎士が乗る馬車が続いています。
 王宮への道を、王族仕様のきらびやかな馬車がずらりと縦に並んで。その横をを騎乗した騎士が守護するという。華やかな行列になっています。

 馬車は大体、大柄な大人が四人乗ってもゆったり、くらいの空間です。だから小枝が乗ったりすれば、五人くらいは乗車できるんですけどね。基本、四人乗り。でも大きめサイズって感じです。
 ま、馬車の説明はともかく。
 こちらの馬車では、レギがオコです。

「殿下、私は呪いのことなど少しも聞いておりませんがぁぁ?」
「いや、レギ。私は長く苦しんできたが。それが呪いだと知ったのは、つい最近なのだ。半月くらい前か?」
 殿下が俺にたずね。
「えぇ、そのくらいでしたかね」
 俺もうなずく。
「なにを苦しんできたのですか? どうして相談してくれなかったのですか? ずっとどこかが痛かったのですか? それをタイジュ様に直してもらったのですか?」
 詳細を言っていなかったようで、レギは怒るというより困惑という印象だ。

「痛くはない…不眠症だったのだ」
「それも初耳ですがぁ?」
 レギの追及に、ディオンは不眠症だったことを明かし。
 そのことにもレギは目を吊り上げる。

「確かに、移動中の馬車でも殿下は寝たことがなかったですし。今思えば顔色も悪く。館の中でも殿下が就寝されている場面を私は見たことがなかった。しかしそれは、暗殺者を警戒してのことだと思っていたのです。でもっ、本当に寝られていなかったのですか? 魔術で呪いをかけられていたということは、強力な不眠症だったってことでしょう?」
「…あぁ。大樹に会うまで、俺は自力で寝られなかった」
 ディオンの告白に、レギは声を失った。

「不眠のことをレギに相談したことはなかったのですか?」
 俺はディオンにやんわりたずねる。
 手術のあと。最初にスリーパーをしたときは。
 他言無用という空気を感じて。
 俺は医者の守秘義務的な意味で、ディオンの病状を誰にも、レギにも言わないで来たのだが。

 まさか全然相談していなかったとはね。

「レギは毒殺されたシャルフィ兄王子の従者で。だから俺の敵と彼の敵は同じ者だった。そうそう裏切ったりはしないだろうと思っていたが。大樹と会う前の俺は、誰にも弱みを見せたくなくて。すべてが敵というような気持ちでいたのだ。それに、本当に長い年月レギには世話をかけ、守られてもいて。だからこそ、これ以上は甘えられないという気持ちもあった」

 殿下とレギの出会いは子供のうちだったと思うのだが。
 眠れないことを誰にも言えずに、虚勢を張っていたディオンが。
 悲しいし。もっと大人に頼って甘えろ、とも思った。
 この年になるまで、スリーパーの持ち主である俺に会うまで、糸をピンと張った緊張状態だったのだと察して。俺の方が苦しくなるよ。

 だけど。はじめのうち、俺が奴隷扱いだったのは。
 奴隷ならば裏切らないという気持ちもあったのかもしれないな。
 長い付き合いのレギにだって、裏切られることを恐れていたのだから。
 会ったばかりの俺をディオンが手元に置くためには、奴隷であるという決して裏切れない立場が必要だったのかもしれない。
 でもそれゆえに、早めに彼は、俺に心を開けたのかも。
 そう思えば、俺が奴隷であったことは、彼にとって良いことだったのかもしれないし。
 俺が彼と親密になるためにも、奴隷というワンクッションがあって良かったのだろう。
 結構ディオンは、コミュ障と挙動不審と傍若無人が極まっていたからな。
 それに俺も。奴隷と主人という関係性がなかったら、ディオンは絶対近寄りたくないタイプ。間違いない。
 そんなことを、今、思う。

「レギには、そういう複雑な思いがある。心を開いて彼に寄りかかりたいときもあったが、心のすべてを明かすのは怖くて、できず。信じているのに、裏切られたらという恐れで近寄れず。だから、つかず離れずの絶妙な距離感で、彼とは付き合ってきたのだ。そんな中で。たかが眠れないということでレギに心配かけたくないというか、甘えられないというか…」
 そんな風に、ディオンが心のうちを吐露し。
 レギは、少し悲しそうな表情で殿下をみつめていた。

「眠れないことは、たかがなどではありません。子供の折に暗い夜が明けるまでひとりで、苦しかったと言っていたではありませんか。不眠は心をむしばむ病ですよ」
 俺の言葉に、ディオンは歯切れ悪く、うむとうなずく。
「それに、当時はそのように距離感があったかもしれませんが。今はもう、レギも俺たちの家族でしょ? 一緒に牢に入った仲ではありませんか」
 ニッコリ笑顔で言うと。
「あぁ。今はもう、レギのことを心から信頼している。私が王子でなくなっても、一緒に逃亡してくれると言ったのだものな?」
 ディオンも微笑みとともにそう言い。
「殿下っ、タイジュ様っ、コエダ様っ」
 なんでか会話に加わっていない小枝も添えて、レギは涙目でウルウルするのだった。

「で、どうして不眠が呪いのせいだと気づいたのですか? タイジュ様はどうやって呪いを解いたのですか??」
 殿下を解呪したなんてスゴーイ、というキラキラの目でレギにみつめられるが。

 その件に関しましては、いくら家族といえど、本当のことをお話しできません。

「………殿下が、喉が痛いと言うので。診察しましたら喉の奥に魔法陣がありましてねぇ…ええええ、なんか診察している間にですねぇ、魔法陣が消えていった、みたいな??」
「あぁ、そうだ。そのあと長年苦しんでいた不眠が解消されたのでな。それで、不眠症が呪いだったと気づいた感じだ。うむ」
 さすがにディオンも空気を読んでくれました。

「パパぁ? 顔が赤くてトマトみたいですけど? 大丈夫ぅぅ??」

 あ、空気を読まない天使ちゃんが、若干一名おりましたよ。
「だだだ、大丈夫だよぉ、小枝。疲れていないか? 眠くないかぁ?」
「そう言われればぁ、眠いような眠いような」
「パパの膝を枕にして寝ていいぞ」
 そう言うと、小枝はいそいそと馬車の椅子に登って、俺の膝に頭を乗せたのだ。
「えへぇぇ、今日のパパもきれいきれいで、ぼくはとってもうれしいのぉ。お茶会に来てた子供たちもね、みんなパパのこときれいだって言っていたよぉぉ?? 鼻高々ダカダカ…」
 だかだか言いながらウトウトする小枝であった。

 トマト顔の件は深く追及されずに、パパはホッとしました。

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