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83 それって呪い返しでしょ
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◆それって呪い返しでしょ
国王に、俺とディオンの婚約を報告してから一週間ほど経ち。
今日は公爵家主催のお茶会です。
正式に婚約が決まった日から、北の屋敷には毎日、刺客が送り込まれているらしいのですが。
騎士さんが未然に防いでくれて。俺や小枝が暴漢に遭遇することはなかったのだけど。
やはり屋敷の中は空気感がピリピリしている。
屋敷を警備する騎士は六十五名が常駐するようになり。三交代制で、常に二十人が屋敷の警備に実働している。
古株の五名は屋敷内で住み込みの騎士に就任しました。
お抱え騎士? 王太子専属騎士? みたいな。
筆頭護衛騎士のルーカスさんは…馬車を降りるとき俺の手を取って殿下に睨まれた人だけど。
「神の手さまの料理が毎日食べられ、近くで殿下の護衛ができることは。なにより幸せです」
って言うけど。
順番は逆の方がいいと思いますよ。
そして夜食の時間には、なにやらよなよな剣闘技大会が催されているようで。
くじ引きで二十ブロックに分けられ、勝ち抜いた二十名が差し入れをいただく権利を有するのだという。
その血で血を洗う壮絶な争いは、自然、騎士の実力をあげているとかいないとか。
ちなみに、刺客の侵入を許し、取り逃がした者は。有無を言わせずその権利を失うという…。
みなさん血眼で、鬼気迫る勢いで、暗殺者の警備に当たっているようですよ。
…差し入れを人数分にした方がいいのだろうか。
いやいや、俺ひとりでは六十五人プラス王族の食事の支度は無理ぃ。
それに、騎士様たちは騎士団の食堂で夕食を食べているのだからね?
小腹がすいたらどうぞぉ、余りものですけどぉ。のノリだったというのに。
いや、むしろ。数量限定のレア感を匂わせた方が。ありがたみが増すかも。
いやいや、俺の料理ごときでそんなレア感が出るはずもないか、ははは。
まぁ、それはともかく。
つまり強くなった騎士さまは、夜食目当てに…ではなく、屋敷の平穏を守るべく。警護に勤めているということです。ありがたいことですね。
だけど。俺らはまだ川の字で寝ているけどね。
騎士さまを信頼していないというわけではないが。
向こうがヒートアップしているのを感じるから、怖いんだよぉ。
俺らが、ラスボス…王妃に会った日の翌日には。
ハウリム国から抗議の書面が国王宛に届いたらしい。
ディオンの話によると。
「王妃の息子を差し置いて立太子を決めるとは何事だっ? 早急にニジェールを立太子するべし。という内容の書面が、ハウリム国王のサイン付きで送られてきた。内政干渉もはなはだしい」
だって。
王様は当然。口出し無用と返答し。
それに王妃は怒り心頭。
しかし屋敷に侵入した刺客がハウリム国出身の者が多いことを指摘されると。
「私は関与しておりませんわぁ。でも、ニジェールを支持する心熱い方たちが、勇んでいるのでしょうねぇ? ニジェールには人望があるのですわぁ」
などと言って煙に巻きつつ。
王妃は部屋にこもって出てこなくなったとか。
ふーーん。
なりふり構わない様子で暗殺攻勢を仕掛けてくる王妃派は。
そうは言っても持ち駒はもうそんなにないだろうと、エルアンリ様は推測している。
あとは、金に糸目をつけずに暗殺者を雇うしかない。
しかしそうなると。
金で動くものは減刑で口を割るから。
女狐が尻尾を出すのも時間の問題だと。参謀のごときエルアンリ様が言っておりました。
そんな状況下での、お茶会です。
ここでは、俺が公爵家の養子になったこと。
養子になった俺が、殿下と婚約すること。
そのことで殿下のバックに公爵家がついたこと。
結婚の日取りも三ヶ月後に決まっており。
そこでディオンが立太子の儀をすることも明かされる。
などなど、いろいろ発表されるのだ。盛りだくさん。
それを薄々感づいている招待客も、ソワソワ。
御子たちはいつもどおりにワチャワチャ。
そんな感じ。
おごそかな磨き石の床に、きらびやかなシャンデリアが下がる大広間。
冬の風は少し冷たいから、屋内でのお茶会になるが。目を楽しませるような花飾りがテーブルを彩っている。
招待客にお茶が振舞われたあと。
階段上に公爵が立ち。その横に、俺と小枝、そしてディオンが並び。
少し下がった位置の左手に、マリアンヌ様とジョシュア王子が。
右手側にはアーノルドが立って。
主催である公爵が挨拶の声をあげた。
「みなさま、本日は私のお茶会にようこそ。この度はとてもめでたい報告が数々あります。まずは、新しく私の息子となった大樹と、その息子である小枝を紹介します。彼は先の戦争にて、神の手として医師として活躍した功労者であります。その彼を私の息子に迎えられたことは望外の喜びでした」
町医者だった父さんが。
貴族的な感じで朗々と話すので。
俺はびっくり。
しかし生まれたときからこの世界にいる父さんは。この世界を熟知しているのだな。
俺たちよりも断然、この世界に精通しているのだから。
心強い味方だ。
「そして、その大樹は。先日、第一王位継承者であるディオン王子との婚約が相成りまして…」
公爵の言葉に、招待客からおぉと声が漏れる。
「それに伴い、ディオン王子の立太子も正式に決まりました。三ヶ月後の結婚式の折に立太子の儀も執り行う予定です」
満面の笑みで言う公爵に、招待客の大きな拍手が会場を包んだ。
「この度のお茶会で、我ら公爵家の祝い事を披露させていただきます。御招待客のみなさまはお茶会を楽しんでいただき。ディオン王太子とその伴侶となる我が息子大樹をお見知りおきいただきたいと思います」
その言葉を合図に、お茶会がスタート。
あとはひたすら、顔つなぎをしたい招待客が挨拶に訪れ、それに対応していく感じだ。
小枝は、しばらくは俺にくっついていたのだけど。
知らない大人に話しかけられるのに人見知りしちゃって。
ジョシュア王子が遊びに誘い出してくれたのだ。おぅ、頼もしい。
同じ室内にいるように、と注意して。小枝と王子のことはノアに任せた。頼もしい。
まぁそれで。俺はここからは逃れられないので。ひたすら挨拶します。
招待客のパターンはおおよそ二つに分かれる。
殿下と公爵に縁深い騎士団関係と。
今まで中立の立場を取っていたがこれを機に殿下を支持するという、貴族。
その中で、異色だったのが。
治癒魔法士率いる魔法魔導騎士団の団長、リカルドだった。
「ディオン殿下、ご婚約者のタイジュ様、ご挨拶申し上げます。私はこの度、新しく魔導騎士団団長を任じられました、リカルド・ボナンザでございます。先の戦争の折は、ディオン殿下の御同行が叶わず、誠に申し訳ありませんでした」
騎士服をゆったりした白いマントで覆う独特の出で立ちで、目の前に立っているのは。
もしかしたら十代かなと思わせる、細身の男性だった。
この国では、みんな体格がいいから。
俺より小さな騎士団の人を見るのははじめてだった。
とはいえ。
戦場で王族に帯同しなかった治癒魔法士に。俺は複雑な思いを持っている。
彼が戦場に来ていたら、たぶん殿下と俺は出会わなかった。とは思うけど。
同じく人を治療する者として。
ちょっと無責任でしょ。なんのために王宮で務めているんだ?
という気持ちで。張り付けていた笑みも引きつる。
リカルドは、そんな俺をオドオドと見やるのだった。
「なんで帯同できなかったのですか? 理由をお聞かせ願えませんかね?」
笑顔のまま聞いてやると。
リカルドは身をすくめ、かすれ声ながらも。言うのだった。
「言い訳になってしまいますが。前任の騎士団長に帯同を禁止されていました。私はもちろん、そのようなことは治癒魔法士として受け入れられないと。団長に抗議しましたが。受け入れてもらえませんで。解雇をちらつかせられると、どうにも…でも、心苦しかったです」
はぁ、そうですか。解雇をねぇ…。
俺は笑顔のままで手を伸ばし。
リカルドのマントをつかんで引き寄せた。
胸倉をつかむというやつです。
「殿下は死にかけたんだが? あんたの解雇と人の死と、どちらが重いのかな??」
ディオンが重傷だったことは、一部の者しか知らないことだ。
彼は案外早く回復したので。殿下が大きな手術をしたことは、騎士団でも知らない人は多い。
だから。笑みを引っ込めた顔を寄せ、ひっそり、どすを利かせて言ってみた。
治癒魔法などという便利なものがあるのなら、俺が腹を開いて切ったり縫ったりすることもないのだ。
開腹すれば、体力は消耗するし、副作用や後遺症も出るのだからね。
切らないで済むに越したことはない。
「大樹。まぁ、そこらへんにしておけ。騎士団の解雇はまぁまぁ死活問題だからな」
確かに。勤め先をやめて、無収入で戦場へ行くというのは。かなりなリスキーではある。
無茶というか。余程の善人じゃないとな? そこまではできないものかもな。
俺は。殿下の命がおびやかされたという事実に憤ったのだが。
当の本人が、なにやら嬉しそうに仲裁に入るから。
…もういいです。
俺は彼の胸倉から手を離し、再びニッコリした。
「それで、その帯同を禁止したという前任の騎士団長は、今どちらに? 意図をぜひお聞かせ願いたいものですねぇぇぇ?」
笑顔のまんまで、俺は再びどすを利かせてみる。
まだ、怒っていますからねっ。
「実は。先日、突然意識を失いましてね。現在も昏睡状態なのです。治癒魔法士でも快癒できず。それで副団長を務めていた私が、騎士団長に繰り上がったのですけど…」
「え? それって呪い返しでしょ」
思わず、ポロリと言ってしまった。
だって、殿下に不眠の呪いをかけた者がいて。
俺が呪いを解いたことで、その者は相応の報いを受けるって、殿下が言っていたからさぁ。
近頃のことで、原因不明で、目を覚まさないとなったらさぁ。
それしかなくね?
するとリカルドは、オドオドさせていた目をピカリとさせた。
「わぁぁ、さすが神の手さまです。みなまで言わずに原因がわかってしまうのは、すごいです。そうなのです。余程強力な魔術が返ってきてしまったようで。治癒魔法士は体の不調でなければ治すことができないので。魔術の跳ね返りによる因果応報は処置できないのですよ」
そして、少し距離を詰めて、俺にこっそりたずねてくる。
「もしかして、神の手さまなら彼を目覚めさせられるのではありませんか? 横暴で部下は振り回されましたが、子供がまだ小さいから、そこは可哀想なのですぅ」
ちょっと尊敬モードで、キラキラした目で見られるけど。
「私は、神の手と呼ばれてはいますが。あくまで医者です。医者は万能ではありませんし。魔術に関しても素人みたいなものなので。ご期待には応えられません」
そう言うと、リカルドは眉を少ししょんぼりさせた。
「それに。小さなお子様がいらっしゃるのに、寝たきりになってしまったのは、同情しますけど。彼が今苦しんでいるということは、彼の魔術によってより苦しんだ者がいたということです。リカルド様は先ほど因果応報と言いましたが。彼が苦しみを背負うのにはそれ相応の理由があるのでしょう」
だから、俺は治さない。
元々治せるものでもないけれど。
子供の頃からディオンが苦しんできたのと同じ、いや、さらに大きな苦しみを。
彼は背負うべきだと思う。
人を呪わば穴二つ。
呪いによって人を殺そうとするのならば、その呪いが自分に返ってきても文句を言えない。
だから、墓穴をふたつ用意しろ、その覚悟でやれ。
そういう格言だが。
だから、人を呪ってはいけないんだ。
「なるほど。神の手さまから言われると、なにやら重みがあります。団長は、神の逆鱗に触れたのですね?」
はわぁぁ、とため息をつくリカルド。
リアクションが、子供っぽいから、やっぱり十代なのかもな。
そうは言っても、俺に胸倉をつかまれても大して動じていないし。
うーん、年齢不詳の童顔男だ。
「ディオン殿下。もしもお許しいただけるのでしたら、今後、魔導騎士団は殿下の元で尽力する所存です。前任により人の道から外れた我らは、心を正して。あるべき治癒魔法士の姿に立ち戻りたいと思います」
リカルドはかしこまり、ディオンに敬愛の姿勢を見せるのだった。
「人民を癒す心根を取り戻した暁には、今までの行いを水に流そう。治癒魔法士は人の病を癒すことで心も癒す。そういう者だという自覚を持って、仕事に励んでほしい」
ディオンの許しを得て。リカルドは深々と頭を下げ。
俺らの前から去って行った。
国王に、俺とディオンの婚約を報告してから一週間ほど経ち。
今日は公爵家主催のお茶会です。
正式に婚約が決まった日から、北の屋敷には毎日、刺客が送り込まれているらしいのですが。
騎士さんが未然に防いでくれて。俺や小枝が暴漢に遭遇することはなかったのだけど。
やはり屋敷の中は空気感がピリピリしている。
屋敷を警備する騎士は六十五名が常駐するようになり。三交代制で、常に二十人が屋敷の警備に実働している。
古株の五名は屋敷内で住み込みの騎士に就任しました。
お抱え騎士? 王太子専属騎士? みたいな。
筆頭護衛騎士のルーカスさんは…馬車を降りるとき俺の手を取って殿下に睨まれた人だけど。
「神の手さまの料理が毎日食べられ、近くで殿下の護衛ができることは。なにより幸せです」
って言うけど。
順番は逆の方がいいと思いますよ。
そして夜食の時間には、なにやらよなよな剣闘技大会が催されているようで。
くじ引きで二十ブロックに分けられ、勝ち抜いた二十名が差し入れをいただく権利を有するのだという。
その血で血を洗う壮絶な争いは、自然、騎士の実力をあげているとかいないとか。
ちなみに、刺客の侵入を許し、取り逃がした者は。有無を言わせずその権利を失うという…。
みなさん血眼で、鬼気迫る勢いで、暗殺者の警備に当たっているようですよ。
…差し入れを人数分にした方がいいのだろうか。
いやいや、俺ひとりでは六十五人プラス王族の食事の支度は無理ぃ。
それに、騎士様たちは騎士団の食堂で夕食を食べているのだからね?
小腹がすいたらどうぞぉ、余りものですけどぉ。のノリだったというのに。
いや、むしろ。数量限定のレア感を匂わせた方が。ありがたみが増すかも。
いやいや、俺の料理ごときでそんなレア感が出るはずもないか、ははは。
まぁ、それはともかく。
つまり強くなった騎士さまは、夜食目当てに…ではなく、屋敷の平穏を守るべく。警護に勤めているということです。ありがたいことですね。
だけど。俺らはまだ川の字で寝ているけどね。
騎士さまを信頼していないというわけではないが。
向こうがヒートアップしているのを感じるから、怖いんだよぉ。
俺らが、ラスボス…王妃に会った日の翌日には。
ハウリム国から抗議の書面が国王宛に届いたらしい。
ディオンの話によると。
「王妃の息子を差し置いて立太子を決めるとは何事だっ? 早急にニジェールを立太子するべし。という内容の書面が、ハウリム国王のサイン付きで送られてきた。内政干渉もはなはだしい」
だって。
王様は当然。口出し無用と返答し。
それに王妃は怒り心頭。
しかし屋敷に侵入した刺客がハウリム国出身の者が多いことを指摘されると。
「私は関与しておりませんわぁ。でも、ニジェールを支持する心熱い方たちが、勇んでいるのでしょうねぇ? ニジェールには人望があるのですわぁ」
などと言って煙に巻きつつ。
王妃は部屋にこもって出てこなくなったとか。
ふーーん。
なりふり構わない様子で暗殺攻勢を仕掛けてくる王妃派は。
そうは言っても持ち駒はもうそんなにないだろうと、エルアンリ様は推測している。
あとは、金に糸目をつけずに暗殺者を雇うしかない。
しかしそうなると。
金で動くものは減刑で口を割るから。
女狐が尻尾を出すのも時間の問題だと。参謀のごときエルアンリ様が言っておりました。
そんな状況下での、お茶会です。
ここでは、俺が公爵家の養子になったこと。
養子になった俺が、殿下と婚約すること。
そのことで殿下のバックに公爵家がついたこと。
結婚の日取りも三ヶ月後に決まっており。
そこでディオンが立太子の儀をすることも明かされる。
などなど、いろいろ発表されるのだ。盛りだくさん。
それを薄々感づいている招待客も、ソワソワ。
御子たちはいつもどおりにワチャワチャ。
そんな感じ。
おごそかな磨き石の床に、きらびやかなシャンデリアが下がる大広間。
冬の風は少し冷たいから、屋内でのお茶会になるが。目を楽しませるような花飾りがテーブルを彩っている。
招待客にお茶が振舞われたあと。
階段上に公爵が立ち。その横に、俺と小枝、そしてディオンが並び。
少し下がった位置の左手に、マリアンヌ様とジョシュア王子が。
右手側にはアーノルドが立って。
主催である公爵が挨拶の声をあげた。
「みなさま、本日は私のお茶会にようこそ。この度はとてもめでたい報告が数々あります。まずは、新しく私の息子となった大樹と、その息子である小枝を紹介します。彼は先の戦争にて、神の手として医師として活躍した功労者であります。その彼を私の息子に迎えられたことは望外の喜びでした」
町医者だった父さんが。
貴族的な感じで朗々と話すので。
俺はびっくり。
しかし生まれたときからこの世界にいる父さんは。この世界を熟知しているのだな。
俺たちよりも断然、この世界に精通しているのだから。
心強い味方だ。
「そして、その大樹は。先日、第一王位継承者であるディオン王子との婚約が相成りまして…」
公爵の言葉に、招待客からおぉと声が漏れる。
「それに伴い、ディオン王子の立太子も正式に決まりました。三ヶ月後の結婚式の折に立太子の儀も執り行う予定です」
満面の笑みで言う公爵に、招待客の大きな拍手が会場を包んだ。
「この度のお茶会で、我ら公爵家の祝い事を披露させていただきます。御招待客のみなさまはお茶会を楽しんでいただき。ディオン王太子とその伴侶となる我が息子大樹をお見知りおきいただきたいと思います」
その言葉を合図に、お茶会がスタート。
あとはひたすら、顔つなぎをしたい招待客が挨拶に訪れ、それに対応していく感じだ。
小枝は、しばらくは俺にくっついていたのだけど。
知らない大人に話しかけられるのに人見知りしちゃって。
ジョシュア王子が遊びに誘い出してくれたのだ。おぅ、頼もしい。
同じ室内にいるように、と注意して。小枝と王子のことはノアに任せた。頼もしい。
まぁそれで。俺はここからは逃れられないので。ひたすら挨拶します。
招待客のパターンはおおよそ二つに分かれる。
殿下と公爵に縁深い騎士団関係と。
今まで中立の立場を取っていたがこれを機に殿下を支持するという、貴族。
その中で、異色だったのが。
治癒魔法士率いる魔法魔導騎士団の団長、リカルドだった。
「ディオン殿下、ご婚約者のタイジュ様、ご挨拶申し上げます。私はこの度、新しく魔導騎士団団長を任じられました、リカルド・ボナンザでございます。先の戦争の折は、ディオン殿下の御同行が叶わず、誠に申し訳ありませんでした」
騎士服をゆったりした白いマントで覆う独特の出で立ちで、目の前に立っているのは。
もしかしたら十代かなと思わせる、細身の男性だった。
この国では、みんな体格がいいから。
俺より小さな騎士団の人を見るのははじめてだった。
とはいえ。
戦場で王族に帯同しなかった治癒魔法士に。俺は複雑な思いを持っている。
彼が戦場に来ていたら、たぶん殿下と俺は出会わなかった。とは思うけど。
同じく人を治療する者として。
ちょっと無責任でしょ。なんのために王宮で務めているんだ?
という気持ちで。張り付けていた笑みも引きつる。
リカルドは、そんな俺をオドオドと見やるのだった。
「なんで帯同できなかったのですか? 理由をお聞かせ願えませんかね?」
笑顔のまま聞いてやると。
リカルドは身をすくめ、かすれ声ながらも。言うのだった。
「言い訳になってしまいますが。前任の騎士団長に帯同を禁止されていました。私はもちろん、そのようなことは治癒魔法士として受け入れられないと。団長に抗議しましたが。受け入れてもらえませんで。解雇をちらつかせられると、どうにも…でも、心苦しかったです」
はぁ、そうですか。解雇をねぇ…。
俺は笑顔のままで手を伸ばし。
リカルドのマントをつかんで引き寄せた。
胸倉をつかむというやつです。
「殿下は死にかけたんだが? あんたの解雇と人の死と、どちらが重いのかな??」
ディオンが重傷だったことは、一部の者しか知らないことだ。
彼は案外早く回復したので。殿下が大きな手術をしたことは、騎士団でも知らない人は多い。
だから。笑みを引っ込めた顔を寄せ、ひっそり、どすを利かせて言ってみた。
治癒魔法などという便利なものがあるのなら、俺が腹を開いて切ったり縫ったりすることもないのだ。
開腹すれば、体力は消耗するし、副作用や後遺症も出るのだからね。
切らないで済むに越したことはない。
「大樹。まぁ、そこらへんにしておけ。騎士団の解雇はまぁまぁ死活問題だからな」
確かに。勤め先をやめて、無収入で戦場へ行くというのは。かなりなリスキーではある。
無茶というか。余程の善人じゃないとな? そこまではできないものかもな。
俺は。殿下の命がおびやかされたという事実に憤ったのだが。
当の本人が、なにやら嬉しそうに仲裁に入るから。
…もういいです。
俺は彼の胸倉から手を離し、再びニッコリした。
「それで、その帯同を禁止したという前任の騎士団長は、今どちらに? 意図をぜひお聞かせ願いたいものですねぇぇぇ?」
笑顔のまんまで、俺は再びどすを利かせてみる。
まだ、怒っていますからねっ。
「実は。先日、突然意識を失いましてね。現在も昏睡状態なのです。治癒魔法士でも快癒できず。それで副団長を務めていた私が、騎士団長に繰り上がったのですけど…」
「え? それって呪い返しでしょ」
思わず、ポロリと言ってしまった。
だって、殿下に不眠の呪いをかけた者がいて。
俺が呪いを解いたことで、その者は相応の報いを受けるって、殿下が言っていたからさぁ。
近頃のことで、原因不明で、目を覚まさないとなったらさぁ。
それしかなくね?
するとリカルドは、オドオドさせていた目をピカリとさせた。
「わぁぁ、さすが神の手さまです。みなまで言わずに原因がわかってしまうのは、すごいです。そうなのです。余程強力な魔術が返ってきてしまったようで。治癒魔法士は体の不調でなければ治すことができないので。魔術の跳ね返りによる因果応報は処置できないのですよ」
そして、少し距離を詰めて、俺にこっそりたずねてくる。
「もしかして、神の手さまなら彼を目覚めさせられるのではありませんか? 横暴で部下は振り回されましたが、子供がまだ小さいから、そこは可哀想なのですぅ」
ちょっと尊敬モードで、キラキラした目で見られるけど。
「私は、神の手と呼ばれてはいますが。あくまで医者です。医者は万能ではありませんし。魔術に関しても素人みたいなものなので。ご期待には応えられません」
そう言うと、リカルドは眉を少ししょんぼりさせた。
「それに。小さなお子様がいらっしゃるのに、寝たきりになってしまったのは、同情しますけど。彼が今苦しんでいるということは、彼の魔術によってより苦しんだ者がいたということです。リカルド様は先ほど因果応報と言いましたが。彼が苦しみを背負うのにはそれ相応の理由があるのでしょう」
だから、俺は治さない。
元々治せるものでもないけれど。
子供の頃からディオンが苦しんできたのと同じ、いや、さらに大きな苦しみを。
彼は背負うべきだと思う。
人を呪わば穴二つ。
呪いによって人を殺そうとするのならば、その呪いが自分に返ってきても文句を言えない。
だから、墓穴をふたつ用意しろ、その覚悟でやれ。
そういう格言だが。
だから、人を呪ってはいけないんだ。
「なるほど。神の手さまから言われると、なにやら重みがあります。団長は、神の逆鱗に触れたのですね?」
はわぁぁ、とため息をつくリカルド。
リアクションが、子供っぽいから、やっぱり十代なのかもな。
そうは言っても、俺に胸倉をつかまれても大して動じていないし。
うーん、年齢不詳の童顔男だ。
「ディオン殿下。もしもお許しいただけるのでしたら、今後、魔導騎士団は殿下の元で尽力する所存です。前任により人の道から外れた我らは、心を正して。あるべき治癒魔法士の姿に立ち戻りたいと思います」
リカルドはかしこまり、ディオンに敬愛の姿勢を見せるのだった。
「人民を癒す心根を取り戻した暁には、今までの行いを水に流そう。治癒魔法士は人の病を癒すことで心も癒す。そういう者だという自覚を持って、仕事に励んでほしい」
ディオンの許しを得て。リカルドは深々と頭を下げ。
俺らの前から去って行った。
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