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81 言い訳にすぎぬ

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     ◆言い訳にすぎぬ

 ラスボス親子が退場し。王様が無礼講と言ったところで。
 俺らはひと息ついた。
 子供たちは部屋のすみっこに座り込んで。なにやら紙を折っている。
 正方形の色紙いろがみを用意してもらったみたいだけど。
 小枝はやっこさんしか折れないけど、大丈夫かなぁ? 途中で飽きないといいけど。

「ようやくここまで来たなぁ、リドリー」
「あぁ、しかしまだ油断はできぬ。王妃がこの王宮に居座るうちはな」
 公爵が陛下と仲良さそうな感じで話しています。
 中身が父さんだと思うと、想像しずらいけど。
 公爵は陛下の遠い親戚で、年も近いから、親しいのかもしれないね。
 あと、娘婿むすめむこってことにもなるか。複雑だな。

「なぜなのですか?」
 そこにディオンが割って入る。
 眉間のシワがいつになく深くて、神妙な様子だった。

「なぜ簡単に、立太子を私に決めたのですか? 王太子にはジョシュアを指名するのではなかったのですか?」
 自分で名乗りをあげた割に。
 国王があっさりディオンを王太子に定めたことを、彼は疑わしく思っているみたいだ。

 それに王様は、またしてもあっさり答えるのだ。
「言っただろう。私は長子に継がせると決めていたと」
「ならば、子供の頃にそう宣言なされば良かったではありませんか。そうすれば、やつらも早いうちにあきらめたかもしれないでしょう」
「アレが、そのような玉か。シャルフィが死んだあと、おまえを立太子すれば。おまえはすぐにも殺されていた。私が擁護すればするほど、やつらは勢いを増す。おまえから目をそらすことでしか、私はおまえを守れなかった」
 王妃側のことをやつらと言う王様は。
 とても憎々しい様子で。
 奥方のことをそのように言うのは、かなりの確執をうかがわせた。

 王様は、はぁと息をついて。項垂れる。
「国の維持に必要だったとはいえ、国全体が腹黒いハウリムの王女などを王家に入れてしまった。それが私のすべての過ちである。当初は側室で構わぬというので、妃に迎えたが。よもや王妃や王子を毒殺し、正妃におさまるとはな…ハウリム国は内側からスタインベルン乗っ取りを企んでいるのだろう。しかしそれも、言い訳にすぎぬ。不遇にさらされたおまえは、私を許さなくて良いのだ。そしてディオン。おまえは私のような親にはならないで。子供を慈しむ親となれ」
 ディオンに似た、整った顔立ちの王様は。疲弊した顔で笑った。

「ディオン王子。そのように陛下を追い詰めてはならないよ。彼なりに、人知れず手助けはしていたのだ。子供のうちから王子が騎士団に出入りできるようにして。現役騎士だったグレイに執事をするよう頼んだり。私に頭を下げて、マリアンヌを婚約者候補にしてくれと言ったりな」
 公爵が王とディオンをとりなして、そんな事を言うけど。
 その言葉には。俺が引っ掛かったよ。

「とう…父上、それは。ディオンを助けられる位置にいたというのに手を貸さなかったということですかっ?」
 俺が目くじらを立てると、父さんは青い目を白黒させて、オタオタと言った。
「それは、こちらにもいろいろ事情があるのだ。娘を袖にされたのだぞ。ムッとするだろ」
「確かに、小枝が誰かに振られたら、ムカッとしますけど。しかし子供が毒や暗殺の脅威にさらされる状況に居たら、助けるべきです」
「それは、私にはできないことだった。ディオン王子は第一王位継承者で、この王宮に居なければならない人物だったのだからな。娘の婚約者となっていれば、我が家に時折避難することはできたろうが。なんのつながりもない王子を公爵家が預かることはできなかったのだ」

 確かに当時はつながりがなかった。ディオンが拒絶したのだからね。
 その状況で父さんが言うことは正論なのかもしれないけど。
 だけど、もう少しやりようが…。
 子供がひとりきりにならないで済むようにできたはずだと思って。
 俺はムッと。唇を突き出すのだった。

 日本でも。他人の家のことに首を突っ込むなとか。
 事件が起きなければ警察は動けないとか。
 予防措置を取れないで、結局子供が死ぬような事態は。ままあって。
 俺が誰かを助けられたわけでもないのだけど。
 俺の大切な人が、そういう目に合っていたということは。どうにも腹の虫がおさまらない。という感じ。

「では、なぜ今なのですか?」
 ディオンが話を戻して王様に聞いた。

「環境が整ったからだ。戦争が終結し、不穏分子だったレーテルノンから巨額の慰謝料を引き出したことで。当分隣国はこちらに手出しができぬようになり。経済的に優位だった王妃の祖国ハウリムとも、肩を並べる蓄財ができた。これからは、かの国の言いなりにならなくて済むのだ」

 国の状況に明るくない俺に、父さんは補足を入れる。
「今までは、ハウリムと国交を断てば、我が国はすぐにも貧しくなって。国民が困窮する事態もあった。それを盾にかの国は無茶な要求も我らにしてきたが。今はハウリムを切ってもいい状況だ。むしろ、国境付近の道路を通すのにすべてこちら持ちで、ハウリム国内まで整備しろとか無茶ぶりをするやつらとは縁を切りたいのだっ」
 鼻息荒く、公爵が言う。無茶ぶりって…。
 まぁ、他国の道路整備までとなったら無茶ぶりだけど。
 無茶ぶりはあちらの言葉なので。

 父さんに続いて王様もさらに続ける。
「それに、おまえがその気になってくれたのが、一番大きい。ニジェールに王位を渡す気はなかった。しかしエルアンリは病弱で、国にいないオズワルドは国民からの支持が薄く。ジョシュアはまだ幼い。ディオンは、賢王子と呼ばれて国民の支持も厚く。さらに騎士として強靭な体を持ち、王妃派の嫌がらせにも屈しなかった。次代の王はおまえ以外ないと考えていたが。戦争の前までは、おまえには全くその気がなく。ニジェールを立太子しろなどと言い出す始末」
 それだけは考えられないと、王様は首を横に振った。
「それは…大樹と出会ったからです。愛する者たちを王妃から守るのに。俺が王になった方が手っ取り早い。無論、ニジェールが王位に就いたら国が終わるとも思いましたがね。というか、なぜ陛下はニジェールを立太子しなかったのですか?」

「愚問だ。私の可愛い子供の命を奪った者の血脈を、スタインベルンに残すような愚はおかさぬ」

 王様は、ギラリとした視線で。そう告げた。
 怖っ。
 でも、そうですよね。
 子供をおびやかす者は、俺も悪だと思います。

「シャルフィと王妃が手にかけられて、私はもう。己の子供も愛する妻も失いたくはなかった。だから、おまえの母が宿下がりを言ってきたときも。止めなかった。王宮に留まったら命はないかもしれないのに。引き留められなかったのだ。しかし結局、またジョルジュを失い。私は戦慄した。あの女が心底怖かった。しかし国を維持するためには、あの女を王妃にするしか道はなく…おまえたちに手も差し伸べられなくて…」

 苦悩の中で、王様は迷いながら子供たちをどうしたら失わずに済むのか模索したのだろう。
 自分ならどうするだろうと、考えても。答えは出ない。
 俺は、代々続くものを背負っていないし。
 それが、国だというのだから。大きすぎて、想像が難しい。

 子供を失うのは、ダメだけど。
 国を捨てるのもダメで。
 両手に乗るそれらを、バランスを取って、王様は真ん中で立たなければいけないのだ。

 なにが正解かとか、わからないよ。
 ただ俺は。目の前のディオンを抱き締めたいと。
 それだけを思っていた。
 俺は、彼の味方だけをするのだ。

「だが、おまえを立太子できれば。あの親子に国を奪われずに済む。しかし暗殺攻勢は強まるだろう。しっかり警備態勢を整えてくれ。究極、王位をおまえに譲ったら、あの女を連れて国外に出てもいい」
「リドリー、憎い女とそこまでしなくても」
「いいや、王が命をおびやかされるようなことはあってはならぬ。ディオンと王妃を引き離し、危険を少なくできるなら、なんでもするさ。それがディオンやエルアンリたちへの償いになればよい」
 悲愴な覚悟で陛下はそう言っているのだろう。
 子供を危険にさらした罪の意識はあるようだな。

 先日、騎士団凱旋の折に王様を見かけたときは。
 ディオンに目も合わさないで、冷たい父親だなと思ったけれど。
 徹底して、ディオンの身を守るために目を合わさなかったのだとしたら。
 ちょっと同情する。
 小枝の身を守るために目を合わせたらダメだってなったら。
 俺、むりぃぃ。
 ずっと泣いちゃうかも。

 しかし陛下の言葉に、エルアンリ様が声を出した。
「いいえ。王妃がこの場を離れても。彼女がスタインベルンの王族である限り、危険が薄れることはないでしょう。一番良いのは、彼女が王妃の座から退き、宿下がりすることだ。一度でもハウリム国へ追いやることができれば、二度とスタインベルンの地を踏めぬよう手配はできる」
 エルアンリ様は線が細くて、いつもやんわり微笑んでいて。
 どちらかといえば争いを好まぬタイプだと思っていたけど。
 策士タイプだったようですね。作戦にキレがあります。

「では、ディオンに王位を譲ったあとに、私が王妃を連れてハウリムへ行くというのは…?」
「その話に王妃が乗るとは思えませんね。したたかだから、ここまで尻尾を掴ませなかったのです。それに最悪、父上を人質に取られてハウリム国が優位になる可能性もある。どちらにしても、王妃をすぐにどうこうはできません。王位継承の件は時間をかけて慎重に進めて。とにかく今は、兄上の立太子をすることが先決です」
「そうだな。そこは万全に。結婚式まで厳戒態勢で事に当たろう」
「父上も、身辺の警護を万全にしてください。立太子の宣言前に王が暗殺されたら。王妃権限でニジェールをゴリ押しで立太子するかもしれませんからね」
「うむ。では。立太子の儀は結婚式と合同で行うが、ディオン立太子の宣言だけは早々にしてしまおう」
「承知しました。王都にビラをまく手配をしましょう。すぐにも国中に知れ渡りますよ」

 エルアンリ様の策に、国王はうなずいて。
 おおよその方向性が決まったようだ。

 陛下は王座から立ち上がり。
 ディオンの目の前まで来るので。俺らも席を立った。
 王様はディオンの両手をかたく握る。握手です。

「ディオン、婚約おめでとう。とても綺麗な方をみつけたな? 子供を守る親としての責務を果たせず、今までつらい想いをさせてすまなかった。しかし、私を許さないでくれ。おまえは憤ってよいのだ。こんな親はいらないと、見限ってよいのだ。そして私を反面教師にして。タイジュとコエダを愛して、そばから離すことなく、心から慈しんであげなさい」
「…父上」
 ディオンは、許したいような許せないような、複雑な思いを抱えているみたいで。
 それ以上はなにも言えなくて。
 だけど王様はそれをわかっているようで、さみしげな笑みを浮かべてから手を離した。
 そして俺の方を見る。

「神の手とは、よく言ったものだ。女神フォスティーヌが男性体だったなら、このような姿なのだろうと。タイジュを見ているとそう思うよ。戦場ではディオンの命を救ったと聞いた。私の息子を助けてくれてありがとう。感謝している」
 国王が頭を下げたので。恐縮してオドオドしてしまう。
「いえ、医者の責務を果たしただけです」
「どうか、末永く。ディオンを支えてやってくれ。タイジュが神のしもべなら、ディオンもスタインベルンも安泰だ」
「そのような…買い被りです。でも…殿下を御守りします。支えます。そして彼の隣で、ともに歩いていくつもりです」
 それで、俺も。陛下と握手した。
 思うところは、俺もいろいろあるよ。憤りもある。
 陛下が言うように、怒っていいと思う。

 でも、怒るのは。ディオンが。当事者がすること。
 俺は、ディオンの気持ちに寄り添うだけでいいのだ。

 というわけで。
 なんか一挙に、俺と殿下の婚約アンド結婚式の日取りまで?
 さらに殿下の立太子まで、あれよあれよという間に決まってしまったのだった。
 うわぁ、急展開がはなはだしい。

「ジョシュアや、おとなしくしていてえらかったなぁ。コエダとどのような遊びをしているのだぁ?」
 父というより祖父が孫を愛でるような感じで。
 王様はジョシュア王子に語り掛ける。
 まぁ、じぃじと同じくらいの年だからな。子供以上に目をかけてしまうのだろう。子供プラス孫気分。
 それで、俺も。床に座り込んで、珍しくおとなしくしていた子供たちをのぞき込む。

 んぁ? とあおぎ見て俺たちを振り返る小枝と王子だったが。

 その手元には、折り紙の奴さんが大量に量産されていたのだ。
 キモっ。
 なんか、百体くらいありそうなんですけど。キモっ。

「そ、それはなんだい?」
 さすがの王様もドン引きです。
「これは奴さんです。ね、パパぁ?」
 小枝、俺に振らないでいただきたい。異世界の遊びを説明できません。

 俺は引きつった笑いで微笑むしかないのだったぁぁ。

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