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80 ラスボスとご対面
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◆ラスボスとご対面
緊張感が張り詰めている中。
俺らディオン殿下チームは。一丸となって、陛下が待つ応接室へと向かったのだ。
今日の話し合いは、身内…というか王族間での話なので。
謁見の間で貴族連中の前で宣言するような、大々的なものではない。
この前の、公爵と俺との顔合わせのように。
こういうことになりましたが、よろしいですか? みたいな。確認のようなものなのだ。
ゆえに。大まかな議題はすでに王様に伝わっている。はずです。
それで部屋の前で警護をしている騎士さんに取り次いでもらって、扉が開かれる。
さぁ、ラスボスとご対面ですっ。
部屋の中は、思ったよりきらびやかではなく。えんじと濃茶の家具や壁紙で統一された、落ち着いた色合いの応接室だった。
上座に、ひと目で王座とわかるようなブリブリでコテコテの装飾がなされた椅子がふたつあって。
そこに国王と王妃が座っている。
濃茶の髪の男が王妃の横に立っていて。
王座から全員が見渡せるような配置で、コの字にソファセットが並んでいる。
かけなさい、と王様が手で示し。
俺らは順次椅子に腰かけた。
床に膝をついたりするのかなって思っていたけど。
一応、家族の語らいの場のようで。
王様に礼儀を尽くさなければっ、というように頭を下げて。顔を上げよと王が言う…みたいな感じではなかった。
王座の対面の位置に、俺と殿下と小枝が座り。エルアンリ様とジュリアも座った。
殿下とエルアンリ様が中央に来る並びだ。
小枝の横、右側の並びには。ジョシュア王子、公爵、マリアンヌ様の順で座り。マリアンヌ様は王座に一番近い位置に来る並びだ。
アンドリューさんとノアは、王子の後ろに立って警護にあたり。
入り口付近にレギが立って警護している。
そして俺らが腰かけたのを見やってから、濃茶の髪の男が王妃の一番近い位置に座った。
彼がニジェールだ。
一度、騎士団の凱旋のときに見たことがあります。
そして同じく一度目にしたことがある。
スタインベルン国王リドリー陛下は。濃い目の金髪で、くっきりとした二重の目元。ディオンのように厳しい眼差しというわけではないが、整った造作はやはり親子だから似ているかな。そのたたずまいは気品が漂う。
公爵と同じ年代かな? 四十過ぎくらいに見える。
幼いディオンを放置したところは、嫌いです。
その隣に座る王妃は。ニジェールと同じ濃茶の髪を綺麗に結わえている。やはり四十くらいかな。
にこやかに笑っていて、細い目元で柔和に見えるが。
目の奥が笑っていない、みたいな?
見た目は、ラスボスというほど脅威は感じないけど。
でも、義理の息子に毒と暗殺者を送り込む非情さがある。
実際、死人も出ている。目の前にいるのが、人を手にかけてもなんとも思わない殺人者だと思うと。
その無害そうな笑顔が、ただただ怖いね。
「ディオン、婚約の報告ということだが。相手はそこの彼か?」
「はい。タイジュ・ミレージュです。その横は彼の息子であるコエダ・ミレージュ。私は大樹を伴侶とし、小枝を私の息子といたします」
王様の質問にディオンは答え、俺らを紹介するが。
すかさず王妃が言う。
「まぁ、王族であるあなたが、男性の伴侶を迎えるというの? しかも、子持ちですって? 呆れてしまうわぁ。王家の存続を担うべき者が、責任感のないことね? ですが陛下、ニジェールは高貴な家柄の御令嬢と結婚間近ですのよ? ニジェールを後継に定め、王家の繁栄を模索するべきですわぁ」
ニジェールを一度見たときに、ディオンに皮肉めいたことを言っていて。
王妃も同じように、言葉にトゲがあるので。
あぁ、ここの親子も似ているなと思うのだった。いやぁな感じだ。
「今日はディオンの話をしているのだ。ニジェールの結婚話は別の機会にしなさい」
だが、王様は王妃を諫めて。公爵に顔を向けた。
「ミレージュ公爵、タイジュは見たところこの国の者ではないようだが。彼を養子にしたのか?」
「はい、陛下。大樹は騎士団で神の手と敬われるほどの優秀な医者です。知性も人柄も公爵家に相応しく、是非にと養子に来てもらいました」
父さんは公爵の顔で俺をほめたたえる。
なんか、照れる。
「神の手、ですって? 死者をよみがえらせ、どんな病もたちどころに治すという噂の人物ですの?」
父さんの言葉に、意外にも王妃が反応した。
「死者をよみがえらせる、というのは。いささか大袈裟ではありますが。瀕死の兵士を回復させた立派な働きぶりが、そのような噂となったのでしょう」
王妃が言う噂が、あまりにもないことだったので。
俺はひやりとするが。
父さんがうまくフォローしてくれて。良かったです。
つか、それじゃあ、マジもんの神様でしょ?
「どちらにしても。大樹は戦場で兵士を慈愛の心で癒した神の手です。ディオン王子の伴侶にこれ以上の人物はいないと推察いたします」
公爵の後押しを受け。今度はディオンが口を開く。
「陛下、今日お目通り願ったのは。大樹との婚約を認めていただき。結婚の日取りまで決めてしまいたいと思ったからです。そして私は、大樹という力強い支えを得て。決意いたしました。陛下、私を立太子してください」
立太子とは。次代の国王になる者を指名することだが。
ディオンの言葉に。王妃とニジェールはギョッとする。
しかしニジェールは。
「バイアっ!!」
急に俺を指差して、バイアと叫んだ。
俺はあの痛みが走るのではないかと。反射でびくりとしてしまった。
もう奴隷じゃないのに。
あの痛みを受けた経験から。過剰に反応してしまったのだ。
するとニジェールは片頬を引きつらせて、ぎゃははっと笑う。
「ハハッ、ビビってやがる。父上、あの男は奴隷なのですよ。戦場で首輪をしていたと、私の配下から聞いております。王族が奴隷と結婚など、由々しき事態だ。このような愚行をしてスタインベルン王家を貶めるディオンとは、縁を切って国外に放逐するのが良いでしょう。あまつさえ、立太子などとんでもないことだ」
澄ました顔をして、王様にそう進言する。
しかし。ニジェールは王族とは思えない下品な言い回しなのだった。
「陛下。大樹は奴隷などではありません」
ディオンはそう言い切るが。大丈夫なのか?
「なにを言っている。今も、この男の首には首輪がはまっているはずだ」
指を突きつけて、ニジェールは怒鳴る。が、ディオンは顔色を変えなかった。
俺の立ち襟のホックを開き。
黒水晶のアクセサリーをいとも容易く外した。
おぉ。自分でもびっくり。
奴隷ではないと言われたあとも、首輪はそのままだったので。
本当はまだ奴隷なんじゃないかなぁ? って。ちょっと疑っていました。
ごめんな、ディオン。
「この通り、大樹の首のアクセサリーは奴隷紋の刻まれた首輪ではない。私の求愛に応えてくれた証の品なので、大樹は肌身離さずつけてくれていたのだ」
な? と同意を示され。
へぇ、と会釈する俺。
彼に任せてついていくだけです。アドリブに対応しきれん。
「し、しかし。戦場では奴隷の身だったはずだ。元奴隷だとしてもっ…」
王家に入れるのはダメだと続けたかったのだろうが。
ディオンはかぶせ気味に言う。
「大樹が奴隷だった記録はどこにもないはずだ。疑うのなら、奴隷商に片っ端から問い合わせてみたらどうだ?」
えええぇ? 奴隷だった記録すらないの?
そんなの初耳なんですけど。
あ、ユカレフに根回ししてあるってことか? 抜かりないのですね、殿下っ。
ディオンは俺に首飾りをつけて。立ち襟のボタンを閉めた。
俺の肌をちょっとも見せないという、目の輝きです。
おっさんに、そんなに気遣わなくてもいいけどな。
「では、問題なく。ディオンとタイジュの婚約を認め。ディオンを立太子と定めよう」
王様がそう言って。
俺も、エルアンリ様たちも、おぉっと心の声が少し漏れた。
もっとごねられるかと思った。と…みんな思っていたのだろう。
今まで王様は立太子を先延ばしにしていて。
ディオンなどは、ジョシュア王子を立太子したいのだろうと推測していたくらいだったので。
あまりにもあっさりなので、拍子抜けです。
「お待ちになって、陛下。婚約はともかく、立太子はニジェールも…」
「慣例通り、長子を後継にする。私はずっとそのつもりだった。この件に関しては、王妃といえども口出しはならぬ」
結構、ぴしゃりと言うではないか。
なんで今まで、王妃に逆らえなかったのか。不思議です。
「ですが父上。同性の伴侶を持つ者を王に据えるなんて」
今度はニジェールが言うが。
「前例はある。さらに、次々代の継承者は次の王が定めることだ。連れ子となるコエダに継承させるのは反対するが。ディオンは血脈を存続する意味をわきまえているだろうから。言わずとも、適任の者を指名するだろう。さらに女神フォスティーヌのごとき黒髪を持つ神の手は。国民の人気も集めるだろうし。すでに騎士たちの間では。かなり熱狂的にタイジュを支持している者がいるようだ。王太子の伴侶にこれ以上の逸材はない」
王様は、つらつらと理由を説明するが。
つまり。反対する理由がないってことみたいだね?
それにたぶん、陛下はディオンを後継と胸のうちで定めていたんじゃないかな?
だからディオンがその気になれば、GОだったのだろう。
とはいえ。助けの手もなく、子供のディオンを放置したのは。俺は許せないけど。
自分が手を出すことで、ディオンをさらなる窮地に追い込むこともあったかもしれないので。
うーん、まぁ。
許せないけど、仕方なくもあるのかな? でもやっぱ許せない。
「父上、私とジュリアの結婚の話も進めたいのですが」
エルアンリ様が手をあげて、陛下にたずねる。
「エルアンリ、まず、おまえの体調が回復したことを嬉しく思う」
「はい。私の快癒も、神の手であるタイジュによるもの。名だたる医師も治癒魔法師も治せなかった私の病を特定し、適切な治療を施していただきました。彼にはとても感謝しております。私はタイジュのためなら助力を惜しまぬ所存です」
エルアンリ様が俺の助けになってくれるなんて。
とても心強いです。
きっとディオンとエルアンリ様は兄弟で手を取り合ってスタインベルン王家を盛り立ててくれることでしょう。
そうなったら、とても嬉しいな。
「エルアンリとジュリアは婚約して長いな。しかし。こういう話となったからには、長子であり立太子するディオンの結婚が先だ。ディオンの結婚の日取りを決めて、その一年後に行うというのはどうだ?」
「はい。もちろん、立太子である兄上の結婚を優先してください。日取りもそれで結構です。お許しいただき、ありがとうございます」
エルアンリ様とジュリアは立ち上がって。陛下に頭を下げた。
「いやぁぁぁああ、王子ふたりの結婚が取り決めになり。めでたい席に同席できたことを女神に感謝したいですなぁ。ところで陛下、ブルーメルロン大聖堂が三ヶ月後に一日だけ空きがありましてな? 公爵家で押さえておるのですが。ディオン王子の結婚式をそこで執り行うのはいかがかな?」
父さんが、なんかおおらかな様子で王様に提案しています。
え? 三ヶ月後? 聞いていませんよ?
「ブルーメルロン大聖堂ですって? 二年後まで予約が埋まっていて、ニジェールの式だと言っても断られたというのにっ」
王妃が悔しそうにつぶやいています。
そんな、大人気店で予約が取れないみたいなことが、この世界でもあるのですね?
「ブルーメルロン大聖堂なら、王都の中央に位置して、国民の目も集まりやすく。女神の加護もある霊験あらかたな聖堂なので、申し分ないだろう。そこで立太子のお披露目もすれば。国中にすぐに広まるな?」
王様は満足そうにうなずいて。
というわけで、俺とディオンの結婚式が三ヶ月後に決まっちゃいましたけどぉぉ?
「ところで、ジョシュアはいつになくおとなしいが。どこか具合でも悪いのではないか?」
大人の話でも、子供たちがおとなしく、お行儀良くしているので。
王様は逆に心配になったようだ。
「だって、父上。コエダがね、おとなしくできたらいっぱい遊んであげるって言うのです。だから私は、走りたいのを我慢して、黙って座っていたのです」
王子の言葉に、王様は父親の顔になってぱぁぁっと表情を明るくした。
「おぉ、ジョシュアはコエダとそのように仲良くなったのか? 友達ができると急に大人びるのだな? なぁ、マリアンヌ」
「えぇ、私とタイジュは兄妹になりましたからね、コエダちゃんとも懇意にしておりますのぉ。ジョシュアはコエダちゃんと遊ぶようになってから、勉強にも剣術にも励むようになりまして。ご学友として、とても良い刺激を受けているのですわぁ」
マリアンヌ様が、俺らと仲が良いアピールをして。
王妃はとてもグヌヌな顔をなさっています。
最初の微笑み顔がくずれています。
「私、気分がすぐれないわ。立太子の件は保留にしてくださいませ、陛下。くれぐれも、お願いしますわねっ」
王妃が席を立って、なにやら手で頭をおさえながらいそいそと部屋を出て行く。
それにニジェールも続いた。
「母上、どうなさるおつもりですかっ、母上ぇ」
声をおさえる余裕もないようだ。
ラスボス親子が出て行ったのを見送った陛下は。
ホッと息をついて、優しい笑みを浮かべた。
「よし。ここからは無礼講だ。ジョシュア、部屋の中でなら、もう遊んでもいいぞ」
王子に弱い王様は許可を出し。王子はビカッとした笑顔になる。
「ありがとうございます、父上。コエダ、遊ぼう?」
「はい、王子」
椅子から降りた王子は、小枝の手を引いて部屋の端っこに向かい。
床にしゃがみこんで、なにやらひそひそお話をしているようです。
なにを話しているのやら。
それにはノアが付き添って。
なので、子供が野放しでも安心です。ノアに絶大な信頼を寄せる、俺。
ま、大人の話もだいぶ終わったと思うのですけどね。
緊張感が張り詰めている中。
俺らディオン殿下チームは。一丸となって、陛下が待つ応接室へと向かったのだ。
今日の話し合いは、身内…というか王族間での話なので。
謁見の間で貴族連中の前で宣言するような、大々的なものではない。
この前の、公爵と俺との顔合わせのように。
こういうことになりましたが、よろしいですか? みたいな。確認のようなものなのだ。
ゆえに。大まかな議題はすでに王様に伝わっている。はずです。
それで部屋の前で警護をしている騎士さんに取り次いでもらって、扉が開かれる。
さぁ、ラスボスとご対面ですっ。
部屋の中は、思ったよりきらびやかではなく。えんじと濃茶の家具や壁紙で統一された、落ち着いた色合いの応接室だった。
上座に、ひと目で王座とわかるようなブリブリでコテコテの装飾がなされた椅子がふたつあって。
そこに国王と王妃が座っている。
濃茶の髪の男が王妃の横に立っていて。
王座から全員が見渡せるような配置で、コの字にソファセットが並んでいる。
かけなさい、と王様が手で示し。
俺らは順次椅子に腰かけた。
床に膝をついたりするのかなって思っていたけど。
一応、家族の語らいの場のようで。
王様に礼儀を尽くさなければっ、というように頭を下げて。顔を上げよと王が言う…みたいな感じではなかった。
王座の対面の位置に、俺と殿下と小枝が座り。エルアンリ様とジュリアも座った。
殿下とエルアンリ様が中央に来る並びだ。
小枝の横、右側の並びには。ジョシュア王子、公爵、マリアンヌ様の順で座り。マリアンヌ様は王座に一番近い位置に来る並びだ。
アンドリューさんとノアは、王子の後ろに立って警護にあたり。
入り口付近にレギが立って警護している。
そして俺らが腰かけたのを見やってから、濃茶の髪の男が王妃の一番近い位置に座った。
彼がニジェールだ。
一度、騎士団の凱旋のときに見たことがあります。
そして同じく一度目にしたことがある。
スタインベルン国王リドリー陛下は。濃い目の金髪で、くっきりとした二重の目元。ディオンのように厳しい眼差しというわけではないが、整った造作はやはり親子だから似ているかな。そのたたずまいは気品が漂う。
公爵と同じ年代かな? 四十過ぎくらいに見える。
幼いディオンを放置したところは、嫌いです。
その隣に座る王妃は。ニジェールと同じ濃茶の髪を綺麗に結わえている。やはり四十くらいかな。
にこやかに笑っていて、細い目元で柔和に見えるが。
目の奥が笑っていない、みたいな?
見た目は、ラスボスというほど脅威は感じないけど。
でも、義理の息子に毒と暗殺者を送り込む非情さがある。
実際、死人も出ている。目の前にいるのが、人を手にかけてもなんとも思わない殺人者だと思うと。
その無害そうな笑顔が、ただただ怖いね。
「ディオン、婚約の報告ということだが。相手はそこの彼か?」
「はい。タイジュ・ミレージュです。その横は彼の息子であるコエダ・ミレージュ。私は大樹を伴侶とし、小枝を私の息子といたします」
王様の質問にディオンは答え、俺らを紹介するが。
すかさず王妃が言う。
「まぁ、王族であるあなたが、男性の伴侶を迎えるというの? しかも、子持ちですって? 呆れてしまうわぁ。王家の存続を担うべき者が、責任感のないことね? ですが陛下、ニジェールは高貴な家柄の御令嬢と結婚間近ですのよ? ニジェールを後継に定め、王家の繁栄を模索するべきですわぁ」
ニジェールを一度見たときに、ディオンに皮肉めいたことを言っていて。
王妃も同じように、言葉にトゲがあるので。
あぁ、ここの親子も似ているなと思うのだった。いやぁな感じだ。
「今日はディオンの話をしているのだ。ニジェールの結婚話は別の機会にしなさい」
だが、王様は王妃を諫めて。公爵に顔を向けた。
「ミレージュ公爵、タイジュは見たところこの国の者ではないようだが。彼を養子にしたのか?」
「はい、陛下。大樹は騎士団で神の手と敬われるほどの優秀な医者です。知性も人柄も公爵家に相応しく、是非にと養子に来てもらいました」
父さんは公爵の顔で俺をほめたたえる。
なんか、照れる。
「神の手、ですって? 死者をよみがえらせ、どんな病もたちどころに治すという噂の人物ですの?」
父さんの言葉に、意外にも王妃が反応した。
「死者をよみがえらせる、というのは。いささか大袈裟ではありますが。瀕死の兵士を回復させた立派な働きぶりが、そのような噂となったのでしょう」
王妃が言う噂が、あまりにもないことだったので。
俺はひやりとするが。
父さんがうまくフォローしてくれて。良かったです。
つか、それじゃあ、マジもんの神様でしょ?
「どちらにしても。大樹は戦場で兵士を慈愛の心で癒した神の手です。ディオン王子の伴侶にこれ以上の人物はいないと推察いたします」
公爵の後押しを受け。今度はディオンが口を開く。
「陛下、今日お目通り願ったのは。大樹との婚約を認めていただき。結婚の日取りまで決めてしまいたいと思ったからです。そして私は、大樹という力強い支えを得て。決意いたしました。陛下、私を立太子してください」
立太子とは。次代の国王になる者を指名することだが。
ディオンの言葉に。王妃とニジェールはギョッとする。
しかしニジェールは。
「バイアっ!!」
急に俺を指差して、バイアと叫んだ。
俺はあの痛みが走るのではないかと。反射でびくりとしてしまった。
もう奴隷じゃないのに。
あの痛みを受けた経験から。過剰に反応してしまったのだ。
するとニジェールは片頬を引きつらせて、ぎゃははっと笑う。
「ハハッ、ビビってやがる。父上、あの男は奴隷なのですよ。戦場で首輪をしていたと、私の配下から聞いております。王族が奴隷と結婚など、由々しき事態だ。このような愚行をしてスタインベルン王家を貶めるディオンとは、縁を切って国外に放逐するのが良いでしょう。あまつさえ、立太子などとんでもないことだ」
澄ました顔をして、王様にそう進言する。
しかし。ニジェールは王族とは思えない下品な言い回しなのだった。
「陛下。大樹は奴隷などではありません」
ディオンはそう言い切るが。大丈夫なのか?
「なにを言っている。今も、この男の首には首輪がはまっているはずだ」
指を突きつけて、ニジェールは怒鳴る。が、ディオンは顔色を変えなかった。
俺の立ち襟のホックを開き。
黒水晶のアクセサリーをいとも容易く外した。
おぉ。自分でもびっくり。
奴隷ではないと言われたあとも、首輪はそのままだったので。
本当はまだ奴隷なんじゃないかなぁ? って。ちょっと疑っていました。
ごめんな、ディオン。
「この通り、大樹の首のアクセサリーは奴隷紋の刻まれた首輪ではない。私の求愛に応えてくれた証の品なので、大樹は肌身離さずつけてくれていたのだ」
な? と同意を示され。
へぇ、と会釈する俺。
彼に任せてついていくだけです。アドリブに対応しきれん。
「し、しかし。戦場では奴隷の身だったはずだ。元奴隷だとしてもっ…」
王家に入れるのはダメだと続けたかったのだろうが。
ディオンはかぶせ気味に言う。
「大樹が奴隷だった記録はどこにもないはずだ。疑うのなら、奴隷商に片っ端から問い合わせてみたらどうだ?」
えええぇ? 奴隷だった記録すらないの?
そんなの初耳なんですけど。
あ、ユカレフに根回ししてあるってことか? 抜かりないのですね、殿下っ。
ディオンは俺に首飾りをつけて。立ち襟のボタンを閉めた。
俺の肌をちょっとも見せないという、目の輝きです。
おっさんに、そんなに気遣わなくてもいいけどな。
「では、問題なく。ディオンとタイジュの婚約を認め。ディオンを立太子と定めよう」
王様がそう言って。
俺も、エルアンリ様たちも、おぉっと心の声が少し漏れた。
もっとごねられるかと思った。と…みんな思っていたのだろう。
今まで王様は立太子を先延ばしにしていて。
ディオンなどは、ジョシュア王子を立太子したいのだろうと推測していたくらいだったので。
あまりにもあっさりなので、拍子抜けです。
「お待ちになって、陛下。婚約はともかく、立太子はニジェールも…」
「慣例通り、長子を後継にする。私はずっとそのつもりだった。この件に関しては、王妃といえども口出しはならぬ」
結構、ぴしゃりと言うではないか。
なんで今まで、王妃に逆らえなかったのか。不思議です。
「ですが父上。同性の伴侶を持つ者を王に据えるなんて」
今度はニジェールが言うが。
「前例はある。さらに、次々代の継承者は次の王が定めることだ。連れ子となるコエダに継承させるのは反対するが。ディオンは血脈を存続する意味をわきまえているだろうから。言わずとも、適任の者を指名するだろう。さらに女神フォスティーヌのごとき黒髪を持つ神の手は。国民の人気も集めるだろうし。すでに騎士たちの間では。かなり熱狂的にタイジュを支持している者がいるようだ。王太子の伴侶にこれ以上の逸材はない」
王様は、つらつらと理由を説明するが。
つまり。反対する理由がないってことみたいだね?
それにたぶん、陛下はディオンを後継と胸のうちで定めていたんじゃないかな?
だからディオンがその気になれば、GОだったのだろう。
とはいえ。助けの手もなく、子供のディオンを放置したのは。俺は許せないけど。
自分が手を出すことで、ディオンをさらなる窮地に追い込むこともあったかもしれないので。
うーん、まぁ。
許せないけど、仕方なくもあるのかな? でもやっぱ許せない。
「父上、私とジュリアの結婚の話も進めたいのですが」
エルアンリ様が手をあげて、陛下にたずねる。
「エルアンリ、まず、おまえの体調が回復したことを嬉しく思う」
「はい。私の快癒も、神の手であるタイジュによるもの。名だたる医師も治癒魔法師も治せなかった私の病を特定し、適切な治療を施していただきました。彼にはとても感謝しております。私はタイジュのためなら助力を惜しまぬ所存です」
エルアンリ様が俺の助けになってくれるなんて。
とても心強いです。
きっとディオンとエルアンリ様は兄弟で手を取り合ってスタインベルン王家を盛り立ててくれることでしょう。
そうなったら、とても嬉しいな。
「エルアンリとジュリアは婚約して長いな。しかし。こういう話となったからには、長子であり立太子するディオンの結婚が先だ。ディオンの結婚の日取りを決めて、その一年後に行うというのはどうだ?」
「はい。もちろん、立太子である兄上の結婚を優先してください。日取りもそれで結構です。お許しいただき、ありがとうございます」
エルアンリ様とジュリアは立ち上がって。陛下に頭を下げた。
「いやぁぁぁああ、王子ふたりの結婚が取り決めになり。めでたい席に同席できたことを女神に感謝したいですなぁ。ところで陛下、ブルーメルロン大聖堂が三ヶ月後に一日だけ空きがありましてな? 公爵家で押さえておるのですが。ディオン王子の結婚式をそこで執り行うのはいかがかな?」
父さんが、なんかおおらかな様子で王様に提案しています。
え? 三ヶ月後? 聞いていませんよ?
「ブルーメルロン大聖堂ですって? 二年後まで予約が埋まっていて、ニジェールの式だと言っても断られたというのにっ」
王妃が悔しそうにつぶやいています。
そんな、大人気店で予約が取れないみたいなことが、この世界でもあるのですね?
「ブルーメルロン大聖堂なら、王都の中央に位置して、国民の目も集まりやすく。女神の加護もある霊験あらかたな聖堂なので、申し分ないだろう。そこで立太子のお披露目もすれば。国中にすぐに広まるな?」
王様は満足そうにうなずいて。
というわけで、俺とディオンの結婚式が三ヶ月後に決まっちゃいましたけどぉぉ?
「ところで、ジョシュアはいつになくおとなしいが。どこか具合でも悪いのではないか?」
大人の話でも、子供たちがおとなしく、お行儀良くしているので。
王様は逆に心配になったようだ。
「だって、父上。コエダがね、おとなしくできたらいっぱい遊んであげるって言うのです。だから私は、走りたいのを我慢して、黙って座っていたのです」
王子の言葉に、王様は父親の顔になってぱぁぁっと表情を明るくした。
「おぉ、ジョシュアはコエダとそのように仲良くなったのか? 友達ができると急に大人びるのだな? なぁ、マリアンヌ」
「えぇ、私とタイジュは兄妹になりましたからね、コエダちゃんとも懇意にしておりますのぉ。ジョシュアはコエダちゃんと遊ぶようになってから、勉強にも剣術にも励むようになりまして。ご学友として、とても良い刺激を受けているのですわぁ」
マリアンヌ様が、俺らと仲が良いアピールをして。
王妃はとてもグヌヌな顔をなさっています。
最初の微笑み顔がくずれています。
「私、気分がすぐれないわ。立太子の件は保留にしてくださいませ、陛下。くれぐれも、お願いしますわねっ」
王妃が席を立って、なにやら手で頭をおさえながらいそいそと部屋を出て行く。
それにニジェールも続いた。
「母上、どうなさるおつもりですかっ、母上ぇ」
声をおさえる余裕もないようだ。
ラスボス親子が出て行ったのを見送った陛下は。
ホッと息をついて、優しい笑みを浮かべた。
「よし。ここからは無礼講だ。ジョシュア、部屋の中でなら、もう遊んでもいいぞ」
王子に弱い王様は許可を出し。王子はビカッとした笑顔になる。
「ありがとうございます、父上。コエダ、遊ぼう?」
「はい、王子」
椅子から降りた王子は、小枝の手を引いて部屋の端っこに向かい。
床にしゃがみこんで、なにやらひそひそお話をしているようです。
なにを話しているのやら。
それにはノアが付き添って。
なので、子供が野放しでも安心です。ノアに絶大な信頼を寄せる、俺。
ま、大人の話もだいぶ終わったと思うのですけどね。
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サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。
アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。
完結保証!
このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。
※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。
【完結】ここで会ったが、十年目。
N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化)
我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。
(追記5/14 : お互いぶん回してますね。)
Special thanks
illustration by おのつく 様
X(旧Twitter) @__oc_t
※ご都合主義です。あしからず。
※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。
※◎は視点が変わります。
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聖女の兄で、すみません!
たっぷりチョコ
BL
聖女として呼ばれた妹の代わりに異世界に召喚されてしまった、古河大矢(こがだいや)。
三ヶ月経たないと元の場所に還れないと言われ、素直に待つことに。
そんな暇してる大矢に興味を持った次期国王となる第一王子が話しかけてきて・・・。
BL。ラブコメ異世界ファンタジー。
僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました
楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。
ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。
喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。
「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」
契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。
エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。
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僕のユニークスキルはお菓子を出すことです
野鳥
BL
魔法のある世界で、異世界転生した主人公の唯一使えるユニークスキルがお菓子を出すことだった。
あれ?これって材料費なしでお菓子屋さん出来るのでは??
お菓子無双を夢見る主人公です。
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小説は読み専なので、思い立った時にしか書けないです。
基本全ての小説は不定期に書いておりますので、ご了承くださいませー。
ショートショートじゃ終わらないので短編に切り替えます……こんなはずじゃ…( `ᾥ´ )クッ
本編完結しました〜
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(10/21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
※4月18日、完結しました。ありがとうございました。
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