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79 敵陣へ出立だ
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◆敵陣へ出立だ
ジョシュア王子が北の館を出て、三時間ほどあと。昼過ぎという時間に、俺と小枝は馬車に乗って後宮に参ります。
なんか王様に婚約の報告をする前に。整髪したりするんだって。
それでマリアンヌ様が身支度をする使用人を貸してくれるのだって?
俺は別に、いつもの感じでいいんじゃないかと思うのだけど。
レギに衣装の入った箱を渡されてね。
まぁ、王様の前に出るのだから、少しは身綺麗にしろよ、という感じでしょうか?
殿下はあとから、後宮に俺を迎えに来て。
その足で王様の元へ行くという段取りみたいです。
俺と小枝が乗る馬車に、ジュリアも乗っています。
今回はエルアンリ様も登城して。結婚の日取りを決めるらしいです。
それで、俺と一緒に。ジュリアも後宮でおめかしをするようです。
なんか、顔色が青いですよ。
緊張しているみたいだけど、大丈夫かなぁ??
それからノアとアンドリューさんも乗っています。
俺の警護のためにわざわざ後宮からこちらに戻ってきてくれたのですよ。ありがとうございます。
でも。たかが従者に、護衛はいらないと思うのですけど。
まぁ一応、殿下の婚約者(仮)なのでね。
護衛はいるだろっ、って殿下にキレ気味に言われてしまいました。
あとは、ノアが子供たちのお世話をする係で。
こちらの方が、俺には重要です。
支度の間、小枝と王子が遊んでいるところを見ていてもらいたいわけなのでね。
なんか王子は、お別れのときギャン泣…派手に泣いていたみたいだけど。
小枝の顔を見れば機嫌も良くなるでしょう。
そしてマリアンヌ様の後宮に到着すると、父さんが出迎えてくれて。
馬車から小枝をおろすときに、降ろさないで? 両手で胴を持ち上げて?
アレです、フィギュアスケートのペアのリフトみたいに。
小枝を頭の上でパタパタさせるのだった。
おぉう、長時間フライトパタパタ天使ちゃんだ。
父さん、調子に乗ると腰をやりますよ?
「お爺様、私も。コエダとおなじのをしてくださいぃ」
ジョシュア王子も出てきて。
公爵は小枝をそっと降ろすと、王子をうぉぉぉりゃっと持ち上げるのだった。
「うわぁっはぁぁぁあ、たっかーい。すごいな、コエダァ」
すでに機嫌は直っているようで、良かったです。
そうして御子どもがワチャワチャしているところ。
執事さんに案内されて。あ、小枝をお願いしますね、父さん。
メイドさんがずらりの部屋に押し込まれたのだ。
ジュリアさんは別室です。お互い頑張りましょぉぉ。
それでそのあとは…。もう、よくわかりません。
メイドさんに、なんかいろいろいじくられました。主に顔を。
「まぁ、肌がすべすべ。乳白色のお顔がまるで陶器のようよ?」
「この黒髪も、素敵だわぁ? こんなつやつやで光沢のある、真っ黒な髪ははじめて見たわぁ」
「目元に赤い差しをいれたら色っぽくなるのじゃなぁい?」
「衣装はこれ? じゃあ、髪飾りは青系ね」
「そうよ、ディオン殿下の髪色をアクセントにしてちょうだい」
そんなことを言いながら、なにやらメイクされそうになったから。
「あの…お世辞はそのくらいでいいので。えっと、メイクはナシでお願いします」
メイクなんかされたら、絶対オカメみたいになるでしょ?
ムリムリと思っていたら。
メイドさんがパフを片手に言うのだ。
「じゃあ、油浮きしないように粉で押さえさせていただきますね?」
まぁ、それくらいなら、と思って。うなずくと。
メイドさんたちは無言で俺の顔をパタパタし始めた。
粉で押さえるくらいなら、すぐに済むと思ったのに。
なんか、違う色をどんどん重ねていっているし。唇にもなにかを塗り出して。
「あの…メイクしていますよね?」
「いいえぇぇ? 唇に塗ったのは艶出しだけですわ。さぁ次は髪を整えますので、お静かにぃ」
そうですかぁ? ならいいのですけど。
それで、今度は整髪をされたのだけど。
おちこちピンで留められて。どうなっているのか全くわからないのだった。
そして衣装を着て。
なんか、黒い衣装は変わらずなのだけど。
キラキラが二倍盛りぐらいだな。ラメ、っていうの? 角度によってキラキラするのがついています。
えぇぇ、こんな派手なの似合わないよぉ。
紅白の演歌歌手みたいだよぉぉぉ。
黒はシックなイメージだけど。派手な黒ってどゆこと?
それでなんとか出来上がって。サロンに行くと。
紫の衣装を着た小枝が俺を出迎えてくれた。
「あぁぁぁぁああ、パパぁ、とってもきれい。んん、すっごい、すっごい、可愛い」
「可愛い? ありがとう。小枝の新しいお洋服もとっても可愛いよ」
「えへぇぇ」
照れて、小枝は両手で薄黄色の頭を撫でつけるのだった。
小枝は普段から貴族の御子様が着るような、フリルがぴらぴらのシャツと、刺繍がされた上等なジャケットを身につけているけど。
今日はフリルがビラビラリで。刺繍も倍増しのゴージャス小枝なのだ。
「あぁぁっ、タイジュのエレガントな美も目が潰れそうだけど。コエダちゃんがまんまシャルフィで、萌えるわぁ。もう少し…もう少しぽっちゃりだったならぁぁ」
マリアンヌ様は感激して、目をウルウルさせています。
まぁつまり、小枝は王族仕様の衣装ということですね?
「タイジュ様、私、どこか変なところはないですか?」
そう聞かれて、見ると。
「誰ですか?」
と、うっかり聞いてしまうくらいに変化を遂げたジュリアだったのだ。
馬車に乗っているときは、騎士服をきた王子様、のようにカッコイイ青年っぽかったのだが。
目の前で引きつった微笑みをするのは。黄緑色のドレスを身につけた御令嬢で。
えんじ色の短髪は、同じ色のつけ毛によって豊かに波打つロングヘアになっていた。
腕は若干筋肉がついているが、提灯袖でそれをカバーしているし。
はにかむ感じが、おとなしやかで清楚な御令嬢の雰囲気を醸していた。
「わ、ジュリアさん? とてもお綺麗ですよ」
「でも。あぁ、別の日にしてもらえば良かった。タイジュ様と並んだら、イモ令嬢なのがバレバレです」
「そんなことないですよぉ。素敵なお嬢様で、びっくりするくらいです。それに俺はつけ焼刃貴族ですからね? 貴族歴十日ですから」
そう言ったら、ジュリアは手で口元を隠してクスリと笑った。
そういう仕草は。本当に伯爵令嬢だったのだなと、失礼ながら思ってしまう。
ジュリアは子供たちと遊ぶときとか、結構豪快に笑うし。
食べるときも、貴族的上品さはあるけれど、バクバク食べるから。
お貴族様というとっつきにくさは全くないんだよね。
つか、令嬢感がないんだ。いつもは男前美少年騎士なので。
そんなジュリアが、ドレスを着て国王の前に立つのだから、そりゃあ緊張しちゃうよね。
しかし、緊張の面持ちのジュリアを見ていると。俺もさすがに、ちょっと緊張してきたよ。
なるようになれって、基本は思っているし。
俺がなにをできるわけでもない。ただ、ディオンにくっついているだけだ。
だから、平常心って思っていたのだけど。
そういえば、国王の横には当たり前だが王妃がいて。
それはディオンの天敵であるニジェールの御母堂なわけなんだよな。
いわゆる、ラスボス?
この前、垣間見たニジェールは。ディオンに突っかかってはいたけど、どうにも小者感があって。
あまり脅威は感じなかった。
でも、ディオンに毒を盛ったり暗殺者を送り込んだりするのは。
おそらくニジェールの後ろにいる切れ者なのだ。
ディオンに尻尾を掴ませないように周到に物事を動かしている何者かがいると思うのだ。
だから、そいつは切れ者だと思う。
で、たぶんそいつが。ディオンをおびやかすラスボスが、王妃。
そのラスボスの顔を拝めるのかと思えば。
そちらの方が緊張するな。
「ディオン殿下とエルアンリ殿下がお目見えです」
サロンの入り口で、後宮の執事が言って。
そちらに目を向けると。
なにやらキラキラした目でこちらを見やる殿下たちが。こちらに歩いてくる。
そしてディオンは俺の両手を両手で包むように握った。
「あぁ、なんて美しい。キスしたい」
「ダメよ。メイクがくずれるでしょ」
ディオンの声にすかさずダメ出ししたのは。マリアンヌ様だ。
いつも容赦がないですね。
つか、やはりメイクされているんですね?
「え? メイクされちゃってるの? しないでって言ったのに。ディオン、俺、おかしくない?」
うかがうように聞くと、ハゥッと息をのんで。
手をギュッてした。痛い痛い。
「その上目遣いが瞳ウルウルでもう殺人的に可愛らしいし。若干の陰影がつけられているくらいでメイクは全くおかしくはないが。目元が切れ長に見えて色っぽさが三倍増しだし。ほんのり色づいた頬と唇が白桃のようにみずみずしく艶っぽくて食べてしまいたい…」
「つまり、おかしくないってことでいいですね?」
延々続きそうな賛辞に耳がかゆくなるから。
適当なところで話を引き上げた。
「ディオンも素敵ですよ。整髪して髪を後ろに流すと、ライオンみたいでカッコイイ」
ぺったりではなく、ゆるふわぁと癖毛が後ろになびいている感じに固められていて。それが鬣のようで。
百獣の王が風に吹かれているかのように、格好いいのだ。
そして衣装は俺とおそろいの黒い衣装で。そこにマントを合わせていて。
こちらに歩いてくるとき、マントが翻って、かっこいいいいいかった。
ハリウッド俳優みたい。いや、ハリウッド俳優そんなに知らんけど。
まぁ、それで。にこりと笑みを向けると。
「好きだっ」
脈絡なくディオンが叫んで、俺をギュッて抱きしめた。
ななな、なんでいきなりそうなる?
なんか、戦場にいた頃の殿下みたいだなって思った。
あの頃もなんか、じぃぃっと穴が開くほど凝視したり。よくわからないことを口にしたり、していましたよね。
あれ、コミュ障かと思っていたけど。
今思うと。ひと目惚れゆえの挙動不審だったんですかね?
知らんけど。
「もう、うちのメイド渾身のメイクとヘアスタイルがくずれるから、離れてっ。抱っこは家に帰ってからっ」
俺から殿下を引き剥がして、マリアンヌ様は怒った。
すいません、うちの殿下がぁ。
「あぁ、黒い衣装が大樹のスレンダーなボディラインを際立たせていてエロい…綺麗すぎて、誰にも見せたくない。もう家に連れて帰りたい」
「なに言ってんの? 婚約できなくてもいいの? オタオタしないで、ビシッとしなさいっ。それにしても、いかめしいディオンがこんなに懐いちゃって。ウケるぅ。タイジュ、あなた猛獣使いなの?」
マリアンヌ様に不思議そうにたずねられ。俺は苦笑するしかない。
ライオンみたいだと思ったので、猛獣使いは言い得て妙ですが。
ま、似たようなものかもしれませんね?
つか、殿下。エロいとか人前で言わないでください。恥ずかしくなるでしょ。
確かに、今回の衣装はいつもの従者の衣装よりウエスト部分がぴったりしていて、体が細く見えるかも。
エロい? 変じゃない?
そしてエルアンリ様の方は。ジュリアと向き合ってもじもじしていて。
長い付き合いと聞いているけど、こちらは初々しい感じですね。
「パパぁ、抱っこしてぇ」
小枝が足元で、そう言う。
大人が多くて、ちょっと寂しくなっちゃったのかな?
俺は小枝を抱っこして、腕の上でお座りするようにした。
「えへぇぇ、きれいなパパをひとりじめぇ」
キュッと抱きついてくる小枝の頬に、頬をスリスリする。
うちの子、本当に可愛くて。
殿下じゃないけど、それこそ俺が小枝を食べちゃいたいくらい可愛いっ。
でも、だいぶ重みが出てきて。もうすぐ抱っこできなくなるかもしれないな?
そうなったら、ちょっと寂しい。
だけどこれは、幸せの重み。
どんどん大きくなっていいんだよ、小枝。
「ではみんな、敵陣へ出立だ」
殿下の号令で。
俺と小枝と殿下。そしてレギ。
エルアンリ様とジュリア。
マリアンヌ様と公爵とジョシュア王子。そして護衛のアンドリューさんとノア。
みなさんで、陛下の待つ応接室に向かうのだった。
ジョシュア王子が北の館を出て、三時間ほどあと。昼過ぎという時間に、俺と小枝は馬車に乗って後宮に参ります。
なんか王様に婚約の報告をする前に。整髪したりするんだって。
それでマリアンヌ様が身支度をする使用人を貸してくれるのだって?
俺は別に、いつもの感じでいいんじゃないかと思うのだけど。
レギに衣装の入った箱を渡されてね。
まぁ、王様の前に出るのだから、少しは身綺麗にしろよ、という感じでしょうか?
殿下はあとから、後宮に俺を迎えに来て。
その足で王様の元へ行くという段取りみたいです。
俺と小枝が乗る馬車に、ジュリアも乗っています。
今回はエルアンリ様も登城して。結婚の日取りを決めるらしいです。
それで、俺と一緒に。ジュリアも後宮でおめかしをするようです。
なんか、顔色が青いですよ。
緊張しているみたいだけど、大丈夫かなぁ??
それからノアとアンドリューさんも乗っています。
俺の警護のためにわざわざ後宮からこちらに戻ってきてくれたのですよ。ありがとうございます。
でも。たかが従者に、護衛はいらないと思うのですけど。
まぁ一応、殿下の婚約者(仮)なのでね。
護衛はいるだろっ、って殿下にキレ気味に言われてしまいました。
あとは、ノアが子供たちのお世話をする係で。
こちらの方が、俺には重要です。
支度の間、小枝と王子が遊んでいるところを見ていてもらいたいわけなのでね。
なんか王子は、お別れのときギャン泣…派手に泣いていたみたいだけど。
小枝の顔を見れば機嫌も良くなるでしょう。
そしてマリアンヌ様の後宮に到着すると、父さんが出迎えてくれて。
馬車から小枝をおろすときに、降ろさないで? 両手で胴を持ち上げて?
アレです、フィギュアスケートのペアのリフトみたいに。
小枝を頭の上でパタパタさせるのだった。
おぉう、長時間フライトパタパタ天使ちゃんだ。
父さん、調子に乗ると腰をやりますよ?
「お爺様、私も。コエダとおなじのをしてくださいぃ」
ジョシュア王子も出てきて。
公爵は小枝をそっと降ろすと、王子をうぉぉぉりゃっと持ち上げるのだった。
「うわぁっはぁぁぁあ、たっかーい。すごいな、コエダァ」
すでに機嫌は直っているようで、良かったです。
そうして御子どもがワチャワチャしているところ。
執事さんに案内されて。あ、小枝をお願いしますね、父さん。
メイドさんがずらりの部屋に押し込まれたのだ。
ジュリアさんは別室です。お互い頑張りましょぉぉ。
それでそのあとは…。もう、よくわかりません。
メイドさんに、なんかいろいろいじくられました。主に顔を。
「まぁ、肌がすべすべ。乳白色のお顔がまるで陶器のようよ?」
「この黒髪も、素敵だわぁ? こんなつやつやで光沢のある、真っ黒な髪ははじめて見たわぁ」
「目元に赤い差しをいれたら色っぽくなるのじゃなぁい?」
「衣装はこれ? じゃあ、髪飾りは青系ね」
「そうよ、ディオン殿下の髪色をアクセントにしてちょうだい」
そんなことを言いながら、なにやらメイクされそうになったから。
「あの…お世辞はそのくらいでいいので。えっと、メイクはナシでお願いします」
メイクなんかされたら、絶対オカメみたいになるでしょ?
ムリムリと思っていたら。
メイドさんがパフを片手に言うのだ。
「じゃあ、油浮きしないように粉で押さえさせていただきますね?」
まぁ、それくらいなら、と思って。うなずくと。
メイドさんたちは無言で俺の顔をパタパタし始めた。
粉で押さえるくらいなら、すぐに済むと思ったのに。
なんか、違う色をどんどん重ねていっているし。唇にもなにかを塗り出して。
「あの…メイクしていますよね?」
「いいえぇぇ? 唇に塗ったのは艶出しだけですわ。さぁ次は髪を整えますので、お静かにぃ」
そうですかぁ? ならいいのですけど。
それで、今度は整髪をされたのだけど。
おちこちピンで留められて。どうなっているのか全くわからないのだった。
そして衣装を着て。
なんか、黒い衣装は変わらずなのだけど。
キラキラが二倍盛りぐらいだな。ラメ、っていうの? 角度によってキラキラするのがついています。
えぇぇ、こんな派手なの似合わないよぉ。
紅白の演歌歌手みたいだよぉぉぉ。
黒はシックなイメージだけど。派手な黒ってどゆこと?
それでなんとか出来上がって。サロンに行くと。
紫の衣装を着た小枝が俺を出迎えてくれた。
「あぁぁぁぁああ、パパぁ、とってもきれい。んん、すっごい、すっごい、可愛い」
「可愛い? ありがとう。小枝の新しいお洋服もとっても可愛いよ」
「えへぇぇ」
照れて、小枝は両手で薄黄色の頭を撫でつけるのだった。
小枝は普段から貴族の御子様が着るような、フリルがぴらぴらのシャツと、刺繍がされた上等なジャケットを身につけているけど。
今日はフリルがビラビラリで。刺繍も倍増しのゴージャス小枝なのだ。
「あぁぁっ、タイジュのエレガントな美も目が潰れそうだけど。コエダちゃんがまんまシャルフィで、萌えるわぁ。もう少し…もう少しぽっちゃりだったならぁぁ」
マリアンヌ様は感激して、目をウルウルさせています。
まぁつまり、小枝は王族仕様の衣装ということですね?
「タイジュ様、私、どこか変なところはないですか?」
そう聞かれて、見ると。
「誰ですか?」
と、うっかり聞いてしまうくらいに変化を遂げたジュリアだったのだ。
馬車に乗っているときは、騎士服をきた王子様、のようにカッコイイ青年っぽかったのだが。
目の前で引きつった微笑みをするのは。黄緑色のドレスを身につけた御令嬢で。
えんじ色の短髪は、同じ色のつけ毛によって豊かに波打つロングヘアになっていた。
腕は若干筋肉がついているが、提灯袖でそれをカバーしているし。
はにかむ感じが、おとなしやかで清楚な御令嬢の雰囲気を醸していた。
「わ、ジュリアさん? とてもお綺麗ですよ」
「でも。あぁ、別の日にしてもらえば良かった。タイジュ様と並んだら、イモ令嬢なのがバレバレです」
「そんなことないですよぉ。素敵なお嬢様で、びっくりするくらいです。それに俺はつけ焼刃貴族ですからね? 貴族歴十日ですから」
そう言ったら、ジュリアは手で口元を隠してクスリと笑った。
そういう仕草は。本当に伯爵令嬢だったのだなと、失礼ながら思ってしまう。
ジュリアは子供たちと遊ぶときとか、結構豪快に笑うし。
食べるときも、貴族的上品さはあるけれど、バクバク食べるから。
お貴族様というとっつきにくさは全くないんだよね。
つか、令嬢感がないんだ。いつもは男前美少年騎士なので。
そんなジュリアが、ドレスを着て国王の前に立つのだから、そりゃあ緊張しちゃうよね。
しかし、緊張の面持ちのジュリアを見ていると。俺もさすがに、ちょっと緊張してきたよ。
なるようになれって、基本は思っているし。
俺がなにをできるわけでもない。ただ、ディオンにくっついているだけだ。
だから、平常心って思っていたのだけど。
そういえば、国王の横には当たり前だが王妃がいて。
それはディオンの天敵であるニジェールの御母堂なわけなんだよな。
いわゆる、ラスボス?
この前、垣間見たニジェールは。ディオンに突っかかってはいたけど、どうにも小者感があって。
あまり脅威は感じなかった。
でも、ディオンに毒を盛ったり暗殺者を送り込んだりするのは。
おそらくニジェールの後ろにいる切れ者なのだ。
ディオンに尻尾を掴ませないように周到に物事を動かしている何者かがいると思うのだ。
だから、そいつは切れ者だと思う。
で、たぶんそいつが。ディオンをおびやかすラスボスが、王妃。
そのラスボスの顔を拝めるのかと思えば。
そちらの方が緊張するな。
「ディオン殿下とエルアンリ殿下がお目見えです」
サロンの入り口で、後宮の執事が言って。
そちらに目を向けると。
なにやらキラキラした目でこちらを見やる殿下たちが。こちらに歩いてくる。
そしてディオンは俺の両手を両手で包むように握った。
「あぁ、なんて美しい。キスしたい」
「ダメよ。メイクがくずれるでしょ」
ディオンの声にすかさずダメ出ししたのは。マリアンヌ様だ。
いつも容赦がないですね。
つか、やはりメイクされているんですね?
「え? メイクされちゃってるの? しないでって言ったのに。ディオン、俺、おかしくない?」
うかがうように聞くと、ハゥッと息をのんで。
手をギュッてした。痛い痛い。
「その上目遣いが瞳ウルウルでもう殺人的に可愛らしいし。若干の陰影がつけられているくらいでメイクは全くおかしくはないが。目元が切れ長に見えて色っぽさが三倍増しだし。ほんのり色づいた頬と唇が白桃のようにみずみずしく艶っぽくて食べてしまいたい…」
「つまり、おかしくないってことでいいですね?」
延々続きそうな賛辞に耳がかゆくなるから。
適当なところで話を引き上げた。
「ディオンも素敵ですよ。整髪して髪を後ろに流すと、ライオンみたいでカッコイイ」
ぺったりではなく、ゆるふわぁと癖毛が後ろになびいている感じに固められていて。それが鬣のようで。
百獣の王が風に吹かれているかのように、格好いいのだ。
そして衣装は俺とおそろいの黒い衣装で。そこにマントを合わせていて。
こちらに歩いてくるとき、マントが翻って、かっこいいいいいかった。
ハリウッド俳優みたい。いや、ハリウッド俳優そんなに知らんけど。
まぁ、それで。にこりと笑みを向けると。
「好きだっ」
脈絡なくディオンが叫んで、俺をギュッて抱きしめた。
ななな、なんでいきなりそうなる?
なんか、戦場にいた頃の殿下みたいだなって思った。
あの頃もなんか、じぃぃっと穴が開くほど凝視したり。よくわからないことを口にしたり、していましたよね。
あれ、コミュ障かと思っていたけど。
今思うと。ひと目惚れゆえの挙動不審だったんですかね?
知らんけど。
「もう、うちのメイド渾身のメイクとヘアスタイルがくずれるから、離れてっ。抱っこは家に帰ってからっ」
俺から殿下を引き剥がして、マリアンヌ様は怒った。
すいません、うちの殿下がぁ。
「あぁ、黒い衣装が大樹のスレンダーなボディラインを際立たせていてエロい…綺麗すぎて、誰にも見せたくない。もう家に連れて帰りたい」
「なに言ってんの? 婚約できなくてもいいの? オタオタしないで、ビシッとしなさいっ。それにしても、いかめしいディオンがこんなに懐いちゃって。ウケるぅ。タイジュ、あなた猛獣使いなの?」
マリアンヌ様に不思議そうにたずねられ。俺は苦笑するしかない。
ライオンみたいだと思ったので、猛獣使いは言い得て妙ですが。
ま、似たようなものかもしれませんね?
つか、殿下。エロいとか人前で言わないでください。恥ずかしくなるでしょ。
確かに、今回の衣装はいつもの従者の衣装よりウエスト部分がぴったりしていて、体が細く見えるかも。
エロい? 変じゃない?
そしてエルアンリ様の方は。ジュリアと向き合ってもじもじしていて。
長い付き合いと聞いているけど、こちらは初々しい感じですね。
「パパぁ、抱っこしてぇ」
小枝が足元で、そう言う。
大人が多くて、ちょっと寂しくなっちゃったのかな?
俺は小枝を抱っこして、腕の上でお座りするようにした。
「えへぇぇ、きれいなパパをひとりじめぇ」
キュッと抱きついてくる小枝の頬に、頬をスリスリする。
うちの子、本当に可愛くて。
殿下じゃないけど、それこそ俺が小枝を食べちゃいたいくらい可愛いっ。
でも、だいぶ重みが出てきて。もうすぐ抱っこできなくなるかもしれないな?
そうなったら、ちょっと寂しい。
だけどこれは、幸せの重み。
どんどん大きくなっていいんだよ、小枝。
「ではみんな、敵陣へ出立だ」
殿下の号令で。
俺と小枝と殿下。そしてレギ。
エルアンリ様とジュリア。
マリアンヌ様と公爵とジョシュア王子。そして護衛のアンドリューさんとノア。
みなさんで、陛下の待つ応接室に向かうのだった。
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