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番外 ジョシュア さよならコエダ ②

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 夜になって、コエダとノアと一緒に寝られる最後の夜になった。
 きっと、私が後宮に戻ったら。
 この三人で一緒のベッドで寝るようなことは、もう二度とないかもしれないものな。
 あ、こここ、コエダと結婚できたら、コエダとは一緒に寝るかもだけど。
 それでも、大人になったらベッドはひとりひとつだろうしな?
 母上だって乳母だって、寝かしつけはしても、私と一緒のベッドでは寝ないもの。
 でも結婚相手とは、一緒に寝ていいんだよ?
 父上と母上はたまに、同じ部屋で寝ているの知ってるよ。

 結婚してなにをするのかは、イマイチよくわからないけど。

 大好きな人と、一生一緒にいるお約束なんだって、母上が言っていた。
 だから私は、早くコエダと婚約したいのだ。
 一生一緒にいるって、いたいって、コエダにもそう思ってもらいたいし。私もそう思うのだ。

 布団の中でこそこそお話したら、ノアはうるさいかもしれないけど。
 コエダとの最後の夜だから、許してほしい。
「なぁ、コエダ。私がいなくなっても、コエダはひとりで寝られる? 怖くないかぁ?」
「王子、ぼくはもうひとりで寝れますしぃぃ。王子こそ、もうひとりで寝られないのではないですかぁ?」
 コエダは、ちょっと意地悪コエダになって、そう言うけど。
 それは、もちろんそうだ。
 北の屋敷に来る前は、寝かしつけはされても、夜はひとりで寝ていた。
 夜中に目が覚めると、ちょっと怖くて。布団をかぶって震えていることもあったけど。
 でも。ここでは夜中に目が覚めても、小枝とノアがすぐそこにいるから怖いって思わなかった。
 だけどそれも今日限り…。

「あぁ。私は、ひとりで寝るのがさみしくて。ひとりでは寝られなくなるかもしれないな」
「えぇぇえ? 寝れるもぉんって言うかと思っていたのに。そんなこと言われたら、ぼくもさみしくなっちゃうじゃないですかぁ」
 コエダは負けず嫌いで、いつも私と張り合うようなところがあるけど。
 たまに素直になるから。
 可愛いのだ。
 私はひよこのように柔らかい薄黄色の髪の毛を、優しく撫でた。

「でも、コエダにはパパがいるから大丈夫だろう?」
「うん。パパがいるから大丈夫です。でも王子がいないとさみしい…くないもん」
 ほら。やっぱり強がるんだから。

「いけません。雰囲気に流されるところでした。ぼくは王子がいなくてもさみしくないのです。でもご学友の王子と、仲良くなってきたノアと、一緒に寝られないのは。んんん、やっぱさみしいかなぁ??」
 いまだかつてなく、コエダがデレている。
 私はコエダにツンデレという言葉を教えてもらった。
 普段ツンツンしている者が、急に可愛くなることをデレというのだ。
 デレ、は。
 父上やお爺様が私を見るときにデレデレしているから。なんとなくニュアンスはわかるぞ。
 で、コエダは私にいつもツンツンするので。
 今の、さみしいって素直に口にするコエダはデレなのだぁ。

 しかし、今のデレたコエダなら。
 いい雰囲気だから、押せばいけるかもしれないっ。

「コエダ、私と婚約してください」

 本日の、ラスト求婚だ。
 私はドキドキ胸を高鳴らせ、目をぎゃんとさせてコエダをみつめる。
 コエダは、目が怖いんですけどぉ、とつぶやきながらも。
 まぁるい目をちょっと細めて。

 そして、ちょっと泣きそうな顔になった。

 う、そんなうりゅっとした瞳でみつめられると。なんか心臓がいたくなるぅ。
「ぼくねぇ、今目の前にいる王子のことは、ちょっとだけ好きですよ。でも婚約はできないのぉ」
 コエダは、しませんじゃなくて、できないって言った。
 なにか、私と結婚できない理由があるってことなのだろうか?
 私はコエダの言葉を聞いて、そう思った。

「それに、まだスパダリになっていないでしょ?」
 一転、明るい笑みを見せるコエダ。
 でも私には、その顔はちょっと無理をしているようにも見える。
 先ほど言った、私と婚約できない理由も、とっても気になるしぃ。

「さぁ、寝ましょう。ちゃんと寝ないとパパに怒られちゃいます」
 こんな気持ちじゃ、気になって眠れないよ、コエダ。
 コエダが婚約を受けてくれないのは、深い深い理由があるのだろう?

 ハッ、もしかしてパパに反対されているのか?

 もしもそうなら。私は大人の妨害には負けないぞっ。
「コエダのことは、私が守るっ!」
 強い意思を持って宣言すると。
 目をつぶって寝かけていたコエダが、はぁぁぁああ? と言って目を開けた。
 琥珀こはく色をしたコエダの目が、怒りにとがっているぅ。

「もう、またみゃくらくのないことを言ってぇ。真夜中に不思議ちゃんを発動していないで、寝てぇぇっ」
 しかられて黙る、私。すみません。
 でも、王族は無闇に謝ってはいけない。なので黙る、私。
 コエダはピンクの口を突き出しつつも、寝た。ほっ。

 しかし。私はやはり、気になって眠れないって思った。
 思ったのだけど。
 そばに居るコエダがあたたかいから。
 やっぱり、寝た。

 気づいたら朝だった。
 あぁ、後宮に戻らなければならない日になってしまったぁぁぁ。

     ★★★★★★

 北の館の玄関を出ると、ロータリーに馬車が二台並んでいた。
 お爺様が乗ってきた高級で頑丈な馬車に、私とお爺様、そして護衛のアンドリューとノアが乗るんだって。
 私の世話をしてくれた執事と、お爺様の従者が。
 北の館に持ち込んだ荷物をもう一台の馬車に積み込んでいます。
 はぁ、荷物を持って行ってしまったら。気軽に泊りに来れないではないか。
 荷物はそのままキープしておきたいのだがぁ? ダメ?

「王子、パリパリイチゴを作っておきましたから。お家で食べてくださいね? フルーツは生ものだから。今日中に食べてくださいね?」
 タイジュが小さな箱を持たせてくれて。ふたを開けたらキラキラ光るイチゴが入っていた。
「うわぁ、きれいだなぁ。母上に見せてあげたい。母上とお爺様と、お茶の時間に食べるぞ」
「はい。そうなさってください、王子」
 柔らかい笑みで私に言ってくれるタイジュ。
 彼が結婚に反対しているとは思えないけど。

「なぁ、タイジュ。コエダはなんで私と婚約をしてくれないのだろうか? 私はコエダとずっと一緒にいる約束がしたいのだ」
 そうしたらタイジュは。
「お友達でもずっと一緒にいられますし。約束をしなくても、ずっと一緒にはいられます。婚約は、確かにずっと一緒にいるための約束ですけど。結婚をしたいと思うのにはもうひとつ、愛しているの気持ちが必要なのです」
「あいしている?」
「それは、王子やコエダがもうちょっと大人になったらわかる感情です。その気持ちがわかってから婚約でも、遅くはないのですよ?」
 タイジュが言うのは、反対ではなくて、今はまだ早いってこと?
 大人じゃないからダメってこと?
 あいしてるがわからないとダメってこと?

「私がコエダをあいしているになったら、婚約できるのか?」
「コエダも愛しているになったら。お互いが愛しているになったら。婚約できると思いますよ?」
 うーん。
 タイジュの話はわかりやすかったけど。
 わからないことも多いから、首をひねってしまう。
 あいしているは、言葉はよく聞くけど。それがなにかはまだよくわからなくて。
 でも、確かなことは。

 婚約するのに、私にはなにかひとつ足りない、ということだ。

「わからないけど、わかった。タイジュ、私はコエダをあいしているになるようにがんばります」
「頑張らなくても出てくるものなのだけど。まぁ、はい。頑張ってください、王子」
 タイジュはいつものやんわり笑顔を見せて、私を励ましてくれた。
 よぉし、まずは愛しているを探そう。
 気持ち? と言ったけど。
 頑張らなくても出てくるっていうことは…。
 どこかに隠れているのかな?
 あいしているはどこにあるのかなぁ。
 物かな、食べ物かな? なんかヒントはないかなぁ?

「タイジュ、あいしているは美味しいのか?」
 ヒントを探してタイジュにたずねるが。
 彼はチョンと小首をかしげて、うっすら笑う。
 そういう仕草はやはりコエダに似ているな。
「……甘酸っぱいんじゃないかな?」

 はぁぁぁ、やっぱり食べ物なんだぁ。
 きっと、コエダが好きな食べ物なんだ。それを用意しなければならないんだぁぁ。
 私は重要なヒントを手に入れて、ほくほくになった。
 美味しいものをコエダにいっぱい食べさせよう。そうしよう。うむ。

 それで、とうとうコエダとお別れの時間が来た。
 お爺様は、ではまたと言って、サッと馬車に乗り込んでしまう。
 でも私は、コエダと離れがたくて。
 コエダの小さな手をニギニギして。別れをしむのだった。

「またね、コエダ。すぐに私のところへ遊びに来てね?」
「はい、王子」
「まだ、お勉強もいっぱい教えてもらいたいし、剣術も一緒に習いたいしな?」
「はい、王子」
「それからそれから」
「はい、王子」
 私は涙がボロボロで、よく見えないけど。
 コエダはいつものスマイルで。
 全然別れを惜しんでいないのだぁ。

「コエダっ、私がいなくなってさみしくないのかぁぁ」
「さみしいに決まっているでしょ? もう、どうせ三時間後くらいにはまた顔を合わせるのだから、そんなに泣かないのぉぉ」
 そう言って、コエダはハンカチを私の顔にぐいぐい押し付けるのだった。
 コエダ、涙はそっと拭いてほしい。

 そうして、私は馬車にアンドリューによって押し込まれ。
 ノアも乗り込んで。
 扉がしまったら馬車は動き出すのだ。有無を言わせずにぃ。

 私は馬車の窓に頬を押しつけ。外で手を振るコエダに叫んだ。
「さよなら、コエダ。さよならぁぁぁぁっ」
 叫ぶだけじゃ足りなくて。
 大きく手を振って、少し隣のお爺様に手がぶつかった。
「これ、暴れるんじゃない、ジョシュア」
「ああああ、コエダぁぁぁ、さようならぁぁ、あぁぁぁぁああ」
今生こんじょうの別れのような勢いではないか。アンドリュー…ジョシュアはコエダとはすぐに会えると聞いていないのだろうか?」
「説明はされているはずなのですけど…」

 大人の言葉は耳に入れず。
 私はとにかく、北の館でコエダと遊んだめくるめく日々を思い返して涙するのだった。

 あぁ、早くコエダが美味しいと思うあいしているをみつけて。
 やっぱり早く婚約しなくちゃぁぁあああ。
 
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