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番外 ジョシュア さよならコエダ ①

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     ◆ジョシュア さよならコエダ

 北の館で滞在して十日目。
 朝食の席で兄上の従者であるレギがしょーげきの言葉を放った。
「本日、ミレージュ公爵様が北の館にお見えになります。今晩はこちらにお泊りになり、明日は後宮の視察。それとともにジョシュア王子は後宮にお戻りになります」
「えええええええっ」
 あまりにもショックで。
 大きな岩がガーンと頭の上に落ちてきたくらいショックで。
 パンを手からポロリと落としてしまった。

「いやだぁっ、私は兄上の館に住むのだぁッ」
 ごねてみたけど。ダメだった。
 帰宅はまぬがれなぁい。
 え? ノアも帰っちゃうの?
 これからは昼間しかそばにいられないの?

 二度のショック。
 もう、夜は三人で同じベッドに寝るのが超たのしかったのに。
 あぁ、やっぱり私は。
 この館にすみたぁい。
 もう、なんだかむしょうに胸が苦しくて。
 ひぃぃぃって、泣いてしまった。
 情けないけど。コエダと離れたくないから。ノアとも一緒にいたいから。
 むちゃくちゃかなしいんだよぉぉ。

「王子、泣かないで。今日はいっぱい遊びますよ。遊びだめしましょう。楽しいことをいっぱいするのぉ。だから泣いていたらもったいないですよ?」
 隣に座るコエダが、うなだれる私の背中をナデナデしてくれる。
 う、いつになくコエダが優しい…。

 そうだな。もしも本当に、どうしてもどうしても帰宅をしなきゃならないのなら。
 コエダといっぱい遊ばないと損だな?

 それで、いつも昼間は勉強をする決まりだったけど。
 今日は免除してくれるって。
 でもそれって、私がコエダとお別れするから、みたいな?
 それはそれで、いやぁな感じだっ。

 でもせっかくだから勉強はナシで。
 庭で剣術のお稽古をした。
 コエダはまだ木で作られた模擬剣を使ったことがないから。
 握り方から私が教えてやったのだぞ。

 それで、まぁコエダはまずは素振りということで。アンドリューに見てもらって。
 私はノアと真剣勝負だっ。
 ノアは近衛騎士団長のアンドリューの家で暮らしているだけあって。
 子供の割には剣技が上手だ。
 私だって、警護の騎士に指南を受けているのだ。それなりの腕前だぞ?
 憧れのディオン兄上のようになりたいから、剣の練習を始めたのは結構早かったのだ。
 だけど、ノアには手加減されているように感じるからな。
 負けないけど、いなされている、みたいな?
 くそぉ、負けないぞ。

 コエダの前でいいところを見せたいからなっ。

 そのコエダは。へぇぇぇい、とか。やぁぁぁああ、とか。
 聞いていて力が抜けるような妙な掛け声で素振りをしていて。
 ちょっと内またなのが可愛いけど、動きがのろくて。

 普通に見て、剣の素質はなさそうなのだった。

「王子、ぼくね。パパのようなお医者になりたい気持ちもあるんだけど。殿下やアンドリューさんもカッコいいしね? パパを守れる騎士になるのもいいかなぁって、思っているのぉ」
 だけど。素振りでかいた汗を手でぬぐって、コエダはきらりんとした笑顔を見せるのだった。
 うっ、まぶしい。
 天使? 天使の笑顔っ。
 しかしながら、私には小さなコエダがパパの前で立ちふさがるイメージしか湧かず。
 あぁ。コエダが騎士を目指すのなら。私はいつもそばにいてコエダを守ってあげなきゃなって。思うのだった。
 ディオン兄上がコエダのパパを守るように。
 私はコエダを守りたいのだ。

「じゃあ、私と一緒に剣の練習もしていこう。勉強も剣術も、私と一緒だぞ」
「まぁ、いいですよぉぉ? かけ算もできるようになりましたしね? ぼくも王子に剣術を教えてもらいます」
 小さな拳を握って、コエダは騎士になる気満々だ。
 その可愛い顔を見ると、本当に胸がキュンとなるのだ。

 あぁ、コレが恋。なんだなぁぁぁ??

 で、こちらも重要。
 そうなのだ。私はこの館に滞在中、ククなるものをマスターしたのだ。
 コエダの教え方は独特で。
 なにやらインイチガイチインニガニという呪文のような言葉を延々繰り返して覚えるのだった。
 しかしそうすると、あっという間にかけ算ができるようになった。
 どうしてそうなるのかはわからないけど。すごいぞ、コエダ。
 まぁそれで、スパダリへの道を一歩進んだので。
 剣の練習を一緒にするのはご褒美だな? コエダ。

 で、お昼前にお爺様が館に現れて。
 お昼ご飯はおにぎりと茶色いスープだった。
 茶色いスープはなんだか濁っているし。玉ねぎとジャガイモがごろりと入っていて。
 なんか、変。
「塩のおにぎりはね、お米と塩の加減が美味しくてねぇ。オカカのおにぎりは、まったりした味わいが口の中に広がってしょっぱうまぁぁ、なのぉ。かぼちゃの煮物はね、ひき肉の旨味がほんのりしたかぼちゃの甘さを引き立てて、しょっぱあまうまぁぁなのぉ」
 いつものようにコエダが美味しそうな解説をする。が、スープの感想は言わなかった。
「この茶色いスープはなんなのだ?」
「んん? これは味噌汁です。普通に美味しいけど。特に感想はないですぅ」
 と言って、ずずぅとスープをすするコエダ。
 なんか、テンションがこれだけ薄くね?
 野菜のミソシルだからか? そうなのだろう、コエダ!
 そしてスープを音立てて飲んだら、執事に怒られるぞ、コエダァ。

 そして私は、胸をソワソワさせて。隣に座るお爺様に声をかけようとした。
 やはり米はサイコーだな、とつぶやくお爺様。
 私はここに来て初めてご飯とか米を食べたのだが。お爺様はなつかしいと言っているから。
 やはりお爺様ははくしきなのだな? ソンケ―です。

「あの、お爺様。私は後宮に戻らなければなりませんか? 私はもう少しこの館で暮らしたいです」
 お爺様は母上の父だから、お爺様の方がえらいでしょ?
 お爺様がいいよって言ってくれたら、もう少しここで暮らせるかと思ったのだ。

「うーむ。おまえの気持ちはよーくわかるぞ、ジョシュアよ。ここにいれば米が食べ放題、タイジュが向こうの食べ物を作り出してくれるのだからな。私だって、ずっとここにいたいのだっ。しかしな、ジョシュアの家は母の元だろう? いつかは帰らねばならないのだ。ジョシュアはこの館に一週間いる予定だったが、もう十日も母と離れているではないか。そろそろ母が恋しくないか?」
 お爺様は私の心情を深ぁく理解した上で、そうたずねてくる。
 そうだ。コエダのパパの料理もとても美味しいのだもの。

「母上がいなくて、さみしいという気持ちはあります。たまに、なんでか泣きたくなることもあるのですが。コエダと遊んでいると、それが薄れるし。コエダと一緒に寝ていると、夜くらくても怖くないのです。だから私は、コエダがそばに居れば、気持ちがやわらぐので大丈夫なのです」
 言うと、お爺様は私の頭を大きな手で撫でてくれた。
 いつもの優しいお顔のお爺様です。

「そうか。コエダと仲良しなのだな? コエダといっぱい遊んでくれて、ありがとう。タイジュが息子になったのだからな、私にとってはコエダもジョシュアとおんなじ孫なんだよ? 孫同士が仲良くて。じぃじは嬉しい」
 公爵家のお爺様は、元騎士なので。
 とても厳格な印象があって。
 私はお爺様、としか呼べなかったけれど。
 お爺様のとてもくだけた言い方であるじぃじと言われて。
 私はとてもお爺様が優しくなったような気持ちになった。
 話しかけやすい雰囲気、というような、だ。
 ディオン兄上も、はじめて出会った頃は、ちょっと怖い気がしたけど。
 今はお優しいと思う。お爺様もそんな感じなのだ。

「しかしな、おまえのそばにはコエダがいるが。母のそばにはコエダはいないのだ」
 当たり前の事を言われて、私は小首をかしげる。
「それはそうです。コエダはここにいますから」
「あぁ、だからな? マリアンヌはジョシュアがいなくてさみしいけれど。それを打ち消してくれる者がいないだろう? ジョシュアにとってのコエダのような」
 お爺様の言葉に、私はハッとした。
 突然、母上のことを思い出して悲しくなったけど。
 そんなときはコエダが一緒に遊んでくれて。
 でも母上は、私を思い出して悲しくなっても。そばで慰めてくれる人はいないのかぁぁ?

「ジョシュア、自分の気持ちばかりではなく。母の気持ちやコエダの気持ちを考えるような人間に成長してくれ? そうしたら、いつまでもコエダと仲良くできると思うぞ?」
 はわわ、となって。私はお爺様にこれ以上食い下がれなくなった。
 だって、母上が可哀想だもの。
 ひとりであの後宮にいるんだものな?

 早く帰ってあげなきゃ。

 でも。コエダともう少し遊びたいから。
 お爺様の言うように、明日、お爺様と一緒に後宮に戻ります。くすん。

     ★★★★★

 アフタヌーンティーの時間、紅茶のお供に、また、なんか茶色いものが出てきた。
 北の館のお菓子は、大抵茶色い。
 フォークで刺して食べてみたら、あまぁぁい御芋おいもだった。
「コエダ、これはなんだ? 御芋がこんなに甘いなんてぇぇ」
 ひと口大の御芋は、甘いからどんどん食べちゃうし。適度に口の中がパサつくから紅茶も美味しい。

「王子、これはねぇ。大学いもです。サツマイモを揚げていてね、はしっこがカリカリしていてね。そこに甘いタレが絡むとね、んんんん、美味しいのぉ」
「ダイガク? なんでサツマイモなのにダイガクイモなのだ??」
「んん、それはねぇ…パパぁ??」
 さすがにコエダもわからないようで。タイジュに助けを求めた。
 タイジュはちょっと首を傾げる。

「うーん、パパもうろ覚えなんだけどね。確か大学の前で売られたのが名前の由来だったような…あ、大学というのは学校の名前なのだけどね? だからサツマイモだけど大学いもなんだよ」
 丁寧に教えてくれたけど。ま、名前の由来はどうでもいいか。
 この甘くて茶色いタレをいっぱいつけた方が美味しい。
 ちょっとベタベタになるけど。フォークに刺したイモに甘いのをからめて、大きく口を開けて食べた。
 んんんんんっまい。

「まさか、こちらで大学いもが食べられるとはなっ。タイジュ、このタレはどうやって作ったのだ?」
 お爺様も驚いて、コエダパパにたずねています。
「カラメルを水でとろりとなるまで伸ばしましてね、隠し味に醤油を垂らすのですよ。そうするとみたらしっぽい味になるのでね。素揚げしたサツマイモにからめると、甘すぎない大学いもになります」
 するとタイジュが私に向かって笑いかけてきた。
 いつもの、あの優しい微笑み。コエダがだぁい好きな笑い方。
 私はその顔をコエダのためにマスターしなければならないのだ。
 参考にするぞ、タイジュ。

「王子、後宮で出てくるおやつはとっても綺麗なものばかりで、滞在中は私のおやつでは物足りなかったかもしれませんね?」
「そんなことないぞ。タイジュのおやつは、ドーナツもプリンもホットケーキも、甘くないけどお好み焼きも、全部美味しかった。特に私は、パリパリイチゴが美味しくて好きだっ。もう食べられないかと思うと、ちょっと悲しい」
 パリパリイチゴは。イチゴの表面に透明のアメがコーティングされているだけなのだが。
 見た目も可愛いし。すっぱいイチゴも甘く食べられるし。
 他のフルーツもあって、すっぱいみかんもすっぱいリンゴも甘くなって。
 フルーツの色がピカピカで。美味しいのだ。
 エルアンリ兄上は、すっごく食べたそうな顔をしていたけど。
 御病気で食べられないのだって。
 私に。ズルゥゥい、いいなぁジョシュアはぁ。なんて。うらやましがられちゃいましたが。
 それくらい、パリパリイチゴは見た目が可愛くて美味しいのだ。

「もう食べられないなんて、そんなことないですよ。お勉強会のときにはコエダに持って行かせますから。休けいのときに食べてください」
「本当かっ? 嬉しい。な、コエダ。お勉強会のときにタイジュのおやつを持ってきてくれよ?」
 そうしたらコエダは。やっぱり大きな口を開けて大学いもを頬張っているところだった。
「うぇ、オケ」
 コエダは大学いもに集中しているところなので。
 答えがおざなりでも私は怒ったりしないのだぁ。

 むしろほっぺが膨らむコエダは可愛いっ。なので、よし。

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