104 / 174
76 じゃあ、米を炊かなきゃ
しおりを挟む
◆じゃあ、米を炊かなきゃ
公爵家の顔合わせが済んで、三日後。
殿下が婚約の報告を陛下にする。その前日なのですけど。
朝食の折にレギが言いました。
「みなさん、本日ミレージュ公爵様が北の館にお見えになります。そして、スケジュールといたしましては。今晩はこちらにお泊りになり。明日は使用人を入れ替えた後宮の視察。それとともに、ジョシュア王子は後宮にお戻りになります」
「えええええええっ」
不満の声をあげたのは、ジョシュア王子です。
持っていたパンを取り落とすほどの驚きようです。
ちなみに今日の朝食は、パンとサラダとスクランブルエッグ。厚切りハムのソテー。という簡単メニュー。
簡単と言っても、品数は日本にいるときよりだいぶ多い。
王族に出すものだから、手抜きはできないけど。
簡単に済ませたいときもあるでしょ?
「そして視察のあとに、殿下とタイジュ様の婚約報告の場に出席される予定です」
レギは王子の叫びをスルーして、公爵の日程を言い切った。
「いやだぁ、私はもう少しここで暮らすのだっ。いや、もう兄上の館に住むのだっ」
王子は唇を突き出して涙目になるが。
「王子は十日もこちらに御滞在して。母上様から離れて過ごされたことはとてもえらかったですよ。しかしマリアンヌ様もそろそろお寂しいのではありませんか?」
フォローするように俺は言うが。
王子の唇はアヒルのように突き出たままだ。
「だって。ここにはコエダがいるし。兄上のおうちは楽しいのです」
「また遊びに来ればいいのです。そうやってみなさん、お友達になるのですよ。誰もにおうちがあって、ずっと一緒にはいられないけど。おうちに帰って、朝になったらまた会って、遊ぶのです」
「ノアも? ノアもおうちに帰っちゃうの?」
王子に聞かれて、ノアはアンドリューさんを仰ぎ見る。
「ノアも、夜になったらツヴァイクの屋敷に帰ります。王子の警護は二交代制になります」
北の館に王子がいるのは、イレギュラーなので。ノアとアンドリューさんは住み込みみたいな形になったけど。
後宮での勤務体系はしっかりと決まっているのだろうね。
ノアはまだ子供だし。後宮に住み込みで、というのは難しいのだろう。
しかし、その話にショックを受けた王子は。
ひぇぇぇぇっ、という声を発して泣き出した。
あぁ、この館に来てから泣いたことはなかったのにな?
マリアンヌ様は、泣いたら帰ってくればいいなんて言っていたけど。
それは現実にはならなかったのだ。
ノアとも離れるのが悲しくなるのだから。
この三人は、この十日ですっかり仲良しさんになったんだろうね?
「王子、泣かないで。今日はいっぱい遊びますよ。遊びだめをしましょう。楽しいことをいっぱいするのぉ。だから泣いていたらもったいないですよ?」
王子の背中を小枝が手でナデナデして慰めている。
小枝も王子と少し距離が縮まったかもね?
前世のことで毛嫌いしていたけど、少し心を開いたみたいだ。
ま、子供たちのことは子供たちに任せて。
「公爵が来る…じゃあ、米を炊かなきゃ。馬鹿みたいに」
もう、普通に一升くらいは炊かないと間に合いません。一升って単位はこちらにないけど。
ま、分量はいつも適当にやってます。
多く作る分には、余ったら騎士様が食べてくれるので。問題なし。
食材を無駄にしないスタンスです。
でも。父さんに日本食を食べさせてあげたいし。
王子のお別れ会でもあるので。
今日は料理の仕込みをやるぞぉぉ。
★★★★★
昼には父さんが来るというので。
昼食は日本食にしようと思います。
慣れた様子でご飯を炊いております。鍋で作るのでたまにおこげができるけど、それはそれでよし、みたいな?
そして、鰹節を削ってお湯に入れ、沸かして出汁を取ったもので味噌汁を作ります。
削るのはカンナなんてないから、ナイフでやっていますけど。
こちらの世界の刃物はよく切れるので。すいぃーっとすると薄い花ガツオになりますよ。
今日はジャガイモと玉ねぎの味噌汁。
日本の味噌汁といったら、俺はわかめと豆腐が具の味噌汁を思いつくのだが。
さすがに豆腐は手に入らないからなぁ。生ものだし。
野菜の味噌汁がメインになるね。小枝には不評だけど。
あと付け合わせに、かぼちゃとそぼろの甘辛煮を作っておきます。
かぼちゃを手ごろな大きさに切って、水につけて放置。
なんか、煮崩れ防止にいいらしいよぉ。
鍋でひき肉を軽く炒め、そこにかぼちゃを入れて、ひたひたになるくらいに残しておいた出汁を入れて煮る。
かぼちゃが柔らかくなったら、醤油、酒、みりんを入れる。
水分が飛んで、照りが出て、かぼちゃがほっこりしたらオッケー。
これは素材が美味しければ絶対美味しくなるから簡単だ。
あと、おふくろの味だから。父さん号泣必至だ!
そして、メインはおにぎりです。
おにぎりの定番は、鮭と梅干だけど。あと海苔は、ないんだよねぇ。
なので。昆布の佃煮を中に入れた塩おむすびと。オカカのおむすびと。野沢菜の漬物があるから、海苔の代わりに野沢菜の葉っぱを巻いたおむすびを作ります。
ま、ひたすら握るだけだけど。
オカカはね、ご飯に鰹節の削ったのを入れて、醤油とマヨネーズを入れて。味付けをする。
マヨの代わりにバターを入れる家が多いようだけど。
うちは、マヨなんだよね? カツオの旨味が引き立って、コクがあって美味しいんだ。
で、俺はハッカクにおにぎりの握り方を教えて、手伝ってもらっています。
ハッカクは手が大きいから。少し控えめな量で握ってもらう。
だって、サッカーボールみたいなおにぎりになりそうだもんな?
「タイジュ様、こんな感じで大丈夫ですか?」
「うん、ギュッてなってて美味しい。塩加減もちょうどいいから、このままの感じで握って?」
執事見習いのハッカクは、とても熱心に仕事をしていて。
器用だから、のみ込みが早いってグレイが褒めているよ。
そのグレイは。公爵の部屋を用意しているところ。
レギは殿下についている。
なので、俺たちふたりで料理を一生懸命作っていたのだ。
「王子が後宮に戻ったら、ノアも北の館から出てしまうね? さみしくなるね、ハッカク」
明日には、ノアはこの屋敷を去ってしまうから。
ハッカクも心細いんじゃないかって、聞いてみた。
でも、ハッカクは余裕の笑みでおむすびを握りながら言うのだ。
「いいえ、ノアは一生懸命働いているので。元気なことがわかっているので。俺は心配はしていませんよ。あとはノアが、己の大事なものをみつけて、明るく元気に暮らしてくれたらいい」
「それはアンドリューさんの元でみつけられたんじゃないかな?」
「そうですね。だから俺は。もしノアになにかがあったときに受け止められるよう、足場をしっかりさせることに専念する、って感じですかね?」
「いいんじゃないか? 己の足で立って生活できるってことが、一番の幸せかもしれないよね?」
ハッカクは十代だけど、なんか、俺よりもしっかりしているように感じて。
ニッコリ笑い合ってはいるが、複雑だ。
だって俺、五歳の小枝に頼りっ放しだからな。
小枝と離れて暮らすとか、耐えられないっ。俺がっ。
なんて話していたら。
「大樹、来たぞぉ」
厨房に公爵が気安い感じで入ってきて。
俺はギャッとなる。
「父さん、なに厨房に公爵がナチュラルにはいってくるんですか?」
案内したグレイも戸惑い顔です。
「なにって、おまえが泡だて器が欲しいって言うからだろう? ほら、こんな感じだったよな?」
そして金髪碧眼の父さんは、銀のワイヤーがグルグルの、あの泡立て器っぽいものを持ってきてくれた。
「そう、それでぇすっ、おぉ、いい感じぃ」
俺は父さんから泡立て器を受け取り、ボールを抱えて、ちゃっちゃとかき混ぜてみる。
卵焼きもさっき作っちゃったから、中身はナシだが。エア混ぜ混ぜ。
ふふーん、いいんじゃないかっ?
「ありがとう、父さん。これでマヨが短時間で作れるよぉ」
「あぁ、マヨも久しぶりに食べてみたいが。おぉ? 昼はさっそくおにぎりか? 楽しみだなぁ」
そう言いながら、公爵はすでにつまみ食いをするのだった。
公爵ともあろう御方が毒見もしないでつまみ食いとか。
待てないんですね?
「むぅ、昆布のおにぎりかっ、あぁ、米、サイコー。この塩加減、ほんのりとした米の甘み、これこれぇ。かぁっ、このしょっぱみぃ。昆布の佃煮なんて、どこからみつけてきたのやらっ」
「ハッカクが務めていた商会が、海の方で仕入れてきたんですよ」
「というか、なんでご飯が炊けるのだ?」
「コメはパンジャリア国から仕入れてもらっているんです」
「そうじゃなくて、炊飯器がないから、米があっても普通は炊けないだろ?」
あぁ、なるほど。
父さんはパンジャリア国は知っていても。米を炊くことはできなかったのかもしれないな?
まぁまず、公爵は厨房に入らないだろうけど。
「ほら一時期、俺と小枝がキャンプにはまっていたことがあったじゃないですか? アレで、火を起こせたし。ランプも使えたし。ご飯も鍋で炊けたんです」
「キャンプってなんですか?」
普通に父さんと会話していたら。
ハッカクが聞いてきて。
わぁ、なんの気なしに向こうの話しちゃっていたよ。
父さんの見た目の違和感にも慣れて、親子の会話しちゃってた。
異世界とか、言っていないよな??
「えっと、野営のことだよ。その、もっとお遊び的な? 俺が前にいたところは、ほぼみんな住居を構えていたので。外でキャンプをするのが娯楽だったんだよ。緑や川や自然に親しんで心を和らげる、みたいな」
「みんな住まいがあるって言っても、俺らのような孤児は野宿だろ? 野宿が娯楽とか楽しいとか、意味わかんね」
ハッカクはスラムでリーダー的な地位にいたらしくって。
ノアくらいの孤児たちの面倒を見ていたこともあるみたい。
その日暮らし、とにかく生きるのに精いっぱい。
だから、ストリートで苛酷な野宿生活を経験しているハッカクには、キャンプがどういうものかわからないんだろうね?
まぁ確かに。便利な世の中で、わざわざ不便を楽しむようなところがあるからな、キャンプは。
なにが面白いのかわからない、っていうのは。人によっては、普通にあると思います。
母さんとか、誘っても。虫がいやって言って、絶対来なかったもんな。
「孤児は、児童保護施設というところに預けられるのが一般的だったと思う。寝る場所と食事は供給されたと思うよ? 俺は見学とかしたことがないので、聞いたところによるとという感じだけど。国が運営したり、ボランティアとか、でしたよね?」
俺が父さんに聞くと、公爵はうなずく。
「あぁ。この世界では教会がそういうことを引き受けているな。しかし経営はずさんで。貴族の我らが寄付をしても、子供の腹まで食料が到達しないことの方が多い。そして今回の戦争で親を亡くした子供が増えたから…」
あぁ、ハッカクのようなストリートキッズが増えるってことか。
うぅぅ、俺、そういうの嫌いっ。
「あ、俺が王妃になったら。まず児童福祉施設を作ろうかな? 子供が腹を空かせている環境はすぐにもなくしたいよ。あと、奴隷制の廃止も殿下にお願いしよう」
「なんだ、やはり野心があるではないか?」
公爵に揶揄するように言われ。俺は苦笑する。
「これが野心というのなら、アリアリですね」
公爵家の顔合わせが済んで、三日後。
殿下が婚約の報告を陛下にする。その前日なのですけど。
朝食の折にレギが言いました。
「みなさん、本日ミレージュ公爵様が北の館にお見えになります。そして、スケジュールといたしましては。今晩はこちらにお泊りになり。明日は使用人を入れ替えた後宮の視察。それとともに、ジョシュア王子は後宮にお戻りになります」
「えええええええっ」
不満の声をあげたのは、ジョシュア王子です。
持っていたパンを取り落とすほどの驚きようです。
ちなみに今日の朝食は、パンとサラダとスクランブルエッグ。厚切りハムのソテー。という簡単メニュー。
簡単と言っても、品数は日本にいるときよりだいぶ多い。
王族に出すものだから、手抜きはできないけど。
簡単に済ませたいときもあるでしょ?
「そして視察のあとに、殿下とタイジュ様の婚約報告の場に出席される予定です」
レギは王子の叫びをスルーして、公爵の日程を言い切った。
「いやだぁ、私はもう少しここで暮らすのだっ。いや、もう兄上の館に住むのだっ」
王子は唇を突き出して涙目になるが。
「王子は十日もこちらに御滞在して。母上様から離れて過ごされたことはとてもえらかったですよ。しかしマリアンヌ様もそろそろお寂しいのではありませんか?」
フォローするように俺は言うが。
王子の唇はアヒルのように突き出たままだ。
「だって。ここにはコエダがいるし。兄上のおうちは楽しいのです」
「また遊びに来ればいいのです。そうやってみなさん、お友達になるのですよ。誰もにおうちがあって、ずっと一緒にはいられないけど。おうちに帰って、朝になったらまた会って、遊ぶのです」
「ノアも? ノアもおうちに帰っちゃうの?」
王子に聞かれて、ノアはアンドリューさんを仰ぎ見る。
「ノアも、夜になったらツヴァイクの屋敷に帰ります。王子の警護は二交代制になります」
北の館に王子がいるのは、イレギュラーなので。ノアとアンドリューさんは住み込みみたいな形になったけど。
後宮での勤務体系はしっかりと決まっているのだろうね。
ノアはまだ子供だし。後宮に住み込みで、というのは難しいのだろう。
しかし、その話にショックを受けた王子は。
ひぇぇぇぇっ、という声を発して泣き出した。
あぁ、この館に来てから泣いたことはなかったのにな?
マリアンヌ様は、泣いたら帰ってくればいいなんて言っていたけど。
それは現実にはならなかったのだ。
ノアとも離れるのが悲しくなるのだから。
この三人は、この十日ですっかり仲良しさんになったんだろうね?
「王子、泣かないで。今日はいっぱい遊びますよ。遊びだめをしましょう。楽しいことをいっぱいするのぉ。だから泣いていたらもったいないですよ?」
王子の背中を小枝が手でナデナデして慰めている。
小枝も王子と少し距離が縮まったかもね?
前世のことで毛嫌いしていたけど、少し心を開いたみたいだ。
ま、子供たちのことは子供たちに任せて。
「公爵が来る…じゃあ、米を炊かなきゃ。馬鹿みたいに」
もう、普通に一升くらいは炊かないと間に合いません。一升って単位はこちらにないけど。
ま、分量はいつも適当にやってます。
多く作る分には、余ったら騎士様が食べてくれるので。問題なし。
食材を無駄にしないスタンスです。
でも。父さんに日本食を食べさせてあげたいし。
王子のお別れ会でもあるので。
今日は料理の仕込みをやるぞぉぉ。
★★★★★
昼には父さんが来るというので。
昼食は日本食にしようと思います。
慣れた様子でご飯を炊いております。鍋で作るのでたまにおこげができるけど、それはそれでよし、みたいな?
そして、鰹節を削ってお湯に入れ、沸かして出汁を取ったもので味噌汁を作ります。
削るのはカンナなんてないから、ナイフでやっていますけど。
こちらの世界の刃物はよく切れるので。すいぃーっとすると薄い花ガツオになりますよ。
今日はジャガイモと玉ねぎの味噌汁。
日本の味噌汁といったら、俺はわかめと豆腐が具の味噌汁を思いつくのだが。
さすがに豆腐は手に入らないからなぁ。生ものだし。
野菜の味噌汁がメインになるね。小枝には不評だけど。
あと付け合わせに、かぼちゃとそぼろの甘辛煮を作っておきます。
かぼちゃを手ごろな大きさに切って、水につけて放置。
なんか、煮崩れ防止にいいらしいよぉ。
鍋でひき肉を軽く炒め、そこにかぼちゃを入れて、ひたひたになるくらいに残しておいた出汁を入れて煮る。
かぼちゃが柔らかくなったら、醤油、酒、みりんを入れる。
水分が飛んで、照りが出て、かぼちゃがほっこりしたらオッケー。
これは素材が美味しければ絶対美味しくなるから簡単だ。
あと、おふくろの味だから。父さん号泣必至だ!
そして、メインはおにぎりです。
おにぎりの定番は、鮭と梅干だけど。あと海苔は、ないんだよねぇ。
なので。昆布の佃煮を中に入れた塩おむすびと。オカカのおむすびと。野沢菜の漬物があるから、海苔の代わりに野沢菜の葉っぱを巻いたおむすびを作ります。
ま、ひたすら握るだけだけど。
オカカはね、ご飯に鰹節の削ったのを入れて、醤油とマヨネーズを入れて。味付けをする。
マヨの代わりにバターを入れる家が多いようだけど。
うちは、マヨなんだよね? カツオの旨味が引き立って、コクがあって美味しいんだ。
で、俺はハッカクにおにぎりの握り方を教えて、手伝ってもらっています。
ハッカクは手が大きいから。少し控えめな量で握ってもらう。
だって、サッカーボールみたいなおにぎりになりそうだもんな?
「タイジュ様、こんな感じで大丈夫ですか?」
「うん、ギュッてなってて美味しい。塩加減もちょうどいいから、このままの感じで握って?」
執事見習いのハッカクは、とても熱心に仕事をしていて。
器用だから、のみ込みが早いってグレイが褒めているよ。
そのグレイは。公爵の部屋を用意しているところ。
レギは殿下についている。
なので、俺たちふたりで料理を一生懸命作っていたのだ。
「王子が後宮に戻ったら、ノアも北の館から出てしまうね? さみしくなるね、ハッカク」
明日には、ノアはこの屋敷を去ってしまうから。
ハッカクも心細いんじゃないかって、聞いてみた。
でも、ハッカクは余裕の笑みでおむすびを握りながら言うのだ。
「いいえ、ノアは一生懸命働いているので。元気なことがわかっているので。俺は心配はしていませんよ。あとはノアが、己の大事なものをみつけて、明るく元気に暮らしてくれたらいい」
「それはアンドリューさんの元でみつけられたんじゃないかな?」
「そうですね。だから俺は。もしノアになにかがあったときに受け止められるよう、足場をしっかりさせることに専念する、って感じですかね?」
「いいんじゃないか? 己の足で立って生活できるってことが、一番の幸せかもしれないよね?」
ハッカクは十代だけど、なんか、俺よりもしっかりしているように感じて。
ニッコリ笑い合ってはいるが、複雑だ。
だって俺、五歳の小枝に頼りっ放しだからな。
小枝と離れて暮らすとか、耐えられないっ。俺がっ。
なんて話していたら。
「大樹、来たぞぉ」
厨房に公爵が気安い感じで入ってきて。
俺はギャッとなる。
「父さん、なに厨房に公爵がナチュラルにはいってくるんですか?」
案内したグレイも戸惑い顔です。
「なにって、おまえが泡だて器が欲しいって言うからだろう? ほら、こんな感じだったよな?」
そして金髪碧眼の父さんは、銀のワイヤーがグルグルの、あの泡立て器っぽいものを持ってきてくれた。
「そう、それでぇすっ、おぉ、いい感じぃ」
俺は父さんから泡立て器を受け取り、ボールを抱えて、ちゃっちゃとかき混ぜてみる。
卵焼きもさっき作っちゃったから、中身はナシだが。エア混ぜ混ぜ。
ふふーん、いいんじゃないかっ?
「ありがとう、父さん。これでマヨが短時間で作れるよぉ」
「あぁ、マヨも久しぶりに食べてみたいが。おぉ? 昼はさっそくおにぎりか? 楽しみだなぁ」
そう言いながら、公爵はすでにつまみ食いをするのだった。
公爵ともあろう御方が毒見もしないでつまみ食いとか。
待てないんですね?
「むぅ、昆布のおにぎりかっ、あぁ、米、サイコー。この塩加減、ほんのりとした米の甘み、これこれぇ。かぁっ、このしょっぱみぃ。昆布の佃煮なんて、どこからみつけてきたのやらっ」
「ハッカクが務めていた商会が、海の方で仕入れてきたんですよ」
「というか、なんでご飯が炊けるのだ?」
「コメはパンジャリア国から仕入れてもらっているんです」
「そうじゃなくて、炊飯器がないから、米があっても普通は炊けないだろ?」
あぁ、なるほど。
父さんはパンジャリア国は知っていても。米を炊くことはできなかったのかもしれないな?
まぁまず、公爵は厨房に入らないだろうけど。
「ほら一時期、俺と小枝がキャンプにはまっていたことがあったじゃないですか? アレで、火を起こせたし。ランプも使えたし。ご飯も鍋で炊けたんです」
「キャンプってなんですか?」
普通に父さんと会話していたら。
ハッカクが聞いてきて。
わぁ、なんの気なしに向こうの話しちゃっていたよ。
父さんの見た目の違和感にも慣れて、親子の会話しちゃってた。
異世界とか、言っていないよな??
「えっと、野営のことだよ。その、もっとお遊び的な? 俺が前にいたところは、ほぼみんな住居を構えていたので。外でキャンプをするのが娯楽だったんだよ。緑や川や自然に親しんで心を和らげる、みたいな」
「みんな住まいがあるって言っても、俺らのような孤児は野宿だろ? 野宿が娯楽とか楽しいとか、意味わかんね」
ハッカクはスラムでリーダー的な地位にいたらしくって。
ノアくらいの孤児たちの面倒を見ていたこともあるみたい。
その日暮らし、とにかく生きるのに精いっぱい。
だから、ストリートで苛酷な野宿生活を経験しているハッカクには、キャンプがどういうものかわからないんだろうね?
まぁ確かに。便利な世の中で、わざわざ不便を楽しむようなところがあるからな、キャンプは。
なにが面白いのかわからない、っていうのは。人によっては、普通にあると思います。
母さんとか、誘っても。虫がいやって言って、絶対来なかったもんな。
「孤児は、児童保護施設というところに預けられるのが一般的だったと思う。寝る場所と食事は供給されたと思うよ? 俺は見学とかしたことがないので、聞いたところによるとという感じだけど。国が運営したり、ボランティアとか、でしたよね?」
俺が父さんに聞くと、公爵はうなずく。
「あぁ。この世界では教会がそういうことを引き受けているな。しかし経営はずさんで。貴族の我らが寄付をしても、子供の腹まで食料が到達しないことの方が多い。そして今回の戦争で親を亡くした子供が増えたから…」
あぁ、ハッカクのようなストリートキッズが増えるってことか。
うぅぅ、俺、そういうの嫌いっ。
「あ、俺が王妃になったら。まず児童福祉施設を作ろうかな? 子供が腹を空かせている環境はすぐにもなくしたいよ。あと、奴隷制の廃止も殿下にお願いしよう」
「なんだ、やはり野心があるではないか?」
公爵に揶揄するように言われ。俺は苦笑する。
「これが野心というのなら、アリアリですね」
643
お気に入りに追加
1,216
あなたにおすすめの小説
【BL】婚約破棄で『不能男』認定された公爵に憑依したから、やり返すことにした。~計画で元婚約者の相手を狙ったら溺愛された~
楠ノ木雫
BL
俺が憑依したのは、容姿端麗で由緒正しい公爵家の当主だった。憑依する前日、婚約者に婚約破棄をされ『不能男認定』をされた、クズ公爵に。
これから俺がこの公爵として生きていくことになっしまったが、流石の俺も『不能男』にはキレたため、元婚約者に仕返しをする事を決意する。
計画のために、元婚約者の今の婚約者、第二皇子を狙うが……
※以前作ったものを改稿しBL版にリメイクしました。
※他のサイトにも投稿しています。
【完結】父を探して異世界転生したら男なのに歌姫になってしまったっぽい
おだししょうゆ
BL
超人気芸能人として活躍していた男主人公が、痴情のもつれで、女性に刺され、死んでしまう。
生前の行いから、地獄行き確定と思われたが、閻魔様の気まぐれで、異世界転生することになる。
地獄行き回避の条件は、同じ世界に転生した父親を探し出し、罪を償うことだった。
転生した主人公は、仲間の助けを得ながら、父を探して旅をし、成長していく。
※含まれる要素
異世界転生、男主人公、ファンタジー、ブロマンス、BL的な表現、恋愛
※小説家になろうに重複投稿しています
異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~
戸森鈴子 tomori rinco
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。
そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。
そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。
あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。
自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。
エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。
お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!?
無自覚両片思いのほっこりBL。
前半~当て馬女の出現
後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話
予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。
サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。
アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。
完結保証!
このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。
※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。
異世界へ下宿屋と共にトリップしたようで。
やの有麻
BL
山に囲まれた小さな村で下宿屋を営んでる倉科 静。29歳で独身。
昨日泊めた外国人を玄関の前で見送り家の中へ入ると、疲労が溜まってたのか急に眠くなり玄関の前で倒れてしまった。そして気付いたら住み慣れた下宿屋と共に異世界へとトリップしてしまったらしい!・・・え?どーゆうこと?
前編・後編・あとがきの3話です。1話7~8千文字。0時に更新。
*ご都合主義で適当に書きました。実際にこんな村はありません。
*フィクションです。感想は受付ますが、法律が~国が~など現実を突き詰めないでください。あくまで私が描いた空想世界です。
*男性出産関連の表現がちょっと入ってます。苦手な方はオススメしません。
BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください
わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。
まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!?
悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。
推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。
病んでる僕は、
蒼紫
BL
『特に理由もなく、
この世界が嫌になった。
愛されたい
でも、縛られたくない
寂しいのも
めんどくさいのも
全部嫌なんだ。』
特に取り柄もなく、短気で、我儘で、それでいて臆病で繊細。
そんな少年が王道学園に転校してきた5月7日。
彼が転校してきて何もかもが、少しずつ変わっていく。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最初のみ三人称 その後は基本一人称です。
お知らせをお読みください。
エブリスタでも投稿してましたがこちらをメインで活動しようと思います。
(エブリスタには改訂前のものしか載せてません)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる