【完結】異世界転移パパは不眠症王子の抱き枕と化す~愛する息子のために底辺脱出を望みます!~

北川晶

文字の大きさ
上 下
102 / 174

74 神の手は立派な仕事

しおりを挟む
     ◆神の手は立派な仕事

 夜になって、俺は殿下の私室で晩酌をしているところです。
 ジョシュア王子が北の館に来てからは、毎晩子供たちが彼の部屋で寝ているのですが。
 俺がいないと、寝るときにグズることがあった小枝も。
 王子たちの手前、兄的な矜持でグズれず。
 あっさり寝てくれるので。パパとしてはありがたいです。

 それで、まだ寝るには早い時間なので。
 この前手に入れた純米酒を試してみようと思いましてね??
 殿下の前に酒の瓶を置いて。
 木のマスなんかはないので。江戸切子チックな、小さなグラスに注ぎます。
 ソファに隣り合って座り、グラスを合わせて。いただきます。
「見た目はまるで水のようだが。飲むとかなり強い酒だな?」
「そうなんです。独特な酒の香りもありますが、慣れるとすぅすぅ飲めちゃう。でもアルコール度数は高いので、ちびちび飲むようにしてくださいね?」

 父さんはそれなりに飲む人だったから。日本酒を見せたらよだれを出すかもな?
 今度、持って行ってやろう。
 そう、公爵の顔を思い出しながら考える。

 今日は思いがけず、公爵の中身が父さんだと発覚して驚いたが。
 もう会えない人に会えたという喜びで。
 なんとなく気分が高揚してしまう。
 上機嫌、というやつだ。

 で、日本酒のさかなももちろん用意してある。
 鼻歌フンフンで、作ったよ。日本酒にはしょっぱみのあるやつが合うので。
 野沢菜の漬物とホッケモドキの干物と、厚焼き玉子マヨ添えです。

 野沢菜は、野菜を仕入れる人が、野沢菜だと言うから。
 自動翻訳的に似たような味わいのものだろうと思って。漬物にしてみました。
 野沢菜をきれいに洗って。渇いた昆布もあるので、それを細かくして。塩と唐辛子で揉んで。重い石で重しをし、数日放置。水分が出るけど放置し。
 まぁまぁ美味しい漬物ができました。

「大樹、この干からびたやつはなんだぁ?」
「魚の干物ですよ。純米酒にはこれが合います」
 これもユカレフが持ってきたもので。
 海の方の、鮮魚はムリだけど。塩をしてしっかり天日に干した魚などはこちらに持ってこれるようだ。
 煮干しとか、昆布とか、ありがたいです。
 でも、王族や貴族が食べるようなものではないよね? 庶民の食べ物です。干からびていますから。

「海のミネラルは体にいいですし。干すことによって旨味が凝縮されるのです。そして適度な塩味えんみが純米酒の美味しさを引き立てます」
 全体は茶色い色味なのですけど、あぶらがのっていて、ところどころきらりと照りがある。
 日本人は干物の匂いがたまらないんですよぉ。焼いているときに、もう美味しそうだった。
 俺がするように、殿下も箸を上手に使ってホッケの身を取り。口に入れる。
 普段、食堂では王族の作法的にカトラリーを使うけれど。
 小枝の指導によって、殿下もだいぶ箸使いがうまくなったよ。

 魚を食べたあとで、酒をひと口。
「あぁ、酒を飲んだあとの魚は、香ばしさと塩味で酒の味わいをリセットして。また酒で魚の塩味がリセットされて。口の中がずっとうまいから、エンドレスでイケてしまうな? 漬物と卵焼きも同じ感じで…うーむ、箸が止まらぬ」
 殿下も小枝ばりに食レポがうまくなりましたね。

「俺らが元居た場所は、パンジャリア国のように米が主食だったのです。かの国のように採食主義なわけではありませんが。大豆から作った醤油や味噌で料理することが多くて。だから俺の料理も自然にこんな感じになるんですよ。あと、海に囲まれた国だったのでね。いつでも鮮魚が食べられたんですよ」
 まぁ、冷凍冷蔵技術が発達しているから流通できたのだけどね。

「なるほど。では大樹の料理は異世界料理なのだな?」
「異世界庶民料理です。俺は料理人じゃないですからね? 本職は医者ですからね?」
 お忘れなく、という気持ちでディオンに言った。
 本職と言えば…。

「ディオン。俺は奴隷じゃなくなったみたいだけど。その、給料とか貰えるのかな?」
「給料? なにか不足があるのか?」
 俺が欲しいと思うものは、ディオンがなんでも用意してくれる。
 でも、そういうのではなくて。

「不足ではなくて。今日、小枝がおもちゃを貰って喜んでいたでしょう? でも俺はこの世界に来てから小枝になにも買ってあげられなかった。奴隷のうちは、稼ぎがもらえないのは当たり前だったけど。今はもうそうじゃないだろ? なのにディオンに庇護されている今の状況は、ちょっと情けないというか? この年になって自分で身を立てられないことが歯痒いというか?」
 己の気持ちを正直に打ち明ける。
 ディオンはさかずきをあおりながら、俺に言った。

「庇護ではない。神の手は立派な仕事だ。俺はおまえの働きに報いる形で、おまえの望むものを渡していたのだが。稼いでいる意識が希薄だというのなら。目に見える形で金銭を渡してもよい」
「お小遣いみたいなのではなく。働いたことへの対価をいただけますか?」
「あぁ、そうしよう。しかし大樹の働きは、医者のことだけではなく。我らに料理を振舞うことや。俺の身の回りの世話や従者としての務め。屋敷の体裁を整えることなども含まれる。掃除だって、大した労働なのだし。小枝のクリーンの分も含めて、おまえに給料を支払うことにしよう」
「あわわ、小枝を育てるついででしていることにまで支払っていただくと。なにやら恐縮しますが。なんか、要求するみたいな感じになってしまって、すみません」
「当然の対価だ。それに…」
 ディオンは俺の手を握って。しっかりと俺の目をみつめて告げた。

「おまえに眠りをもたらされ、私がどんなにつらい思いから抜け出せて、楽になったことか。眠れない、というのは。もちろん肉体的な疲労感が常に取れないなどということもあるが。俺が一番こたえたのは。夜の孤独だった」

 不眠症だったときのことを思い出しながら語るディオンは、やはりつらそうな顔をするのだ。
「誰もが眠りにつく時間、ひとり、起きている。眠れない。この長い時間がとてもつらかった。しかし、今は。夜に目覚めてしまっても、ひとりではない。おまえがいつも隣にいる。不眠の呪いが解けても。習慣でまだたまに眠れぬ夜はあるが。そんなときはおまえが眠りをもたらしてくれるから。暗い夜のとばりの中で孤独にさいなまれることはなくなった」
「ディオン」
 子供の小さなディオンが、夜眠れずに、暗い中でひとりでいた。
 その場面を想像して…うっ、可哀想すぎる。

「庇護だとか、養われているなどという気になることはない。おまえは充分に、私に恩恵をもたらしているのだ」

 確かに。食材の支払いなどは殿下がやっていたので。
 なんとなく養われている感覚が強かったけど。
 家事だって立派な労働だし。

 スリーパーは、いつの間にか俺の中にあった能力だったので、ありがたみがなかったが。
 殿下にとっては死活問題的に喉から手が出るほど欲しかった能力に違いない。
 そう言われれば、スリーパーというのは特殊能力なのだな。
 麻酔科医的賃金をいただいてもいいのかも?

 それに、いつまでも奴隷気分が抜けないけど。
 そろそろ胸を張って、労働しているぜって気持ちになってもいいのかもな?
 料理なんかは日常生活って意識が抜けないけど。
 もう結構、料理人的働きもしているかもね?

「じゃあ、お言葉に甘えて。対価をいただいちゃいますね?」
 手持ちのお金ができたら、小枝になにを買ってあげようか? なんて考えつつ。
 夜は更けていくのだった。

しおりを挟む
感想 308

あなたにおすすめの小説

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~

兎森りんこ
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。 そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。 そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。 あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。 自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。 エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。 お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!? 無自覚両片思いのほっこりBL。 前半~当て馬女の出現 後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話 予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。 サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。 アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。 完結保証! このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。 ※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。

【完結】ここで会ったが、十年目。

N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化) 我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。 (追記5/14 : お互いぶん回してますね。) Special thanks illustration by おのつく 様 X(旧Twitter) @__oc_t ※ご都合主義です。あしからず。 ※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。 ※◎は視点が変わります。

聖女の兄で、すみません!

たっぷりチョコ
BL
聖女として呼ばれた妹の代わりに異世界に召喚されてしまった、古河大矢(こがだいや)。 三ヶ月経たないと元の場所に還れないと言われ、素直に待つことに。 そんな暇してる大矢に興味を持った次期国王となる第一王子が話しかけてきて・・・。 BL。ラブコメ異世界ファンタジー。

僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

僕のユニークスキルはお菓子を出すことです

野鳥
BL
魔法のある世界で、異世界転生した主人公の唯一使えるユニークスキルがお菓子を出すことだった。 あれ?これって材料費なしでお菓子屋さん出来るのでは?? お菓子無双を夢見る主人公です。 ******** 小説は読み専なので、思い立った時にしか書けないです。 基本全ての小説は不定期に書いておりますので、ご了承くださいませー。 ショートショートじゃ終わらないので短編に切り替えます……こんなはずじゃ…( `ᾥ´ )クッ 本編完結しました〜

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(10/21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。 ※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

処理中です...