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73 また会えて良かった

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     ◆また会えて良かった

 殿下をお待たせしているサロンへ。
 なんでか公爵の父さんと。俺と小枝で向かっています。

「つか、アーノルドは某筋骨隆々俳優から取ったのですか?」
「あぁ、外国名はそれぐらいしか思いつかなくてな?」
「なんでですか、生まれたときからこの地に住んでいるくせに…でもマリアンヌはどこから?」
「マリリンとつけようとしたら。妻に、いつか王妃になるかもしれないのにマリリンは可愛すぎる、って。却下されて。もう少し威厳がありそうな名をつけられてしまったのだ。なんでだ? マリリンは偉大な女優なのにっ」
 向かっている間の、親子の雑談です。
 そうなんだ、と苦笑しつつ。
 やはり前世の記憶が影響をかなり及ぼしている様子。
 でもマリアンヌ様は某マリリンと色っぽさは肩を並べるのではないでしょうか?
 と変則の兄は思うのだった。

「しかし、厳密には血がつながっていませんが、父さんの子だって思うと、マリアンヌ様もアーノルド様も親近感が湧くなぁ」
「養子になったのだ。おまえは私の子になる。様などつけることはないぞ」
「そういうわけにはいかないよ。一応俺らは庶民出身だし。養子になったからといって、いきなり馴れ馴れしくはできないでしょ。特にマリアンヌ様は、陛下の妃。敬称は外せない」
「ほう。こちらの世界に来たばかりという割には、貴族的配慮が板についているではないか?」
「殿下の従者になるときに、レギに礼儀作法はしっかり教わったからな。ま、普段はだいぶゆるい感じだけど」
「ほう、レギとやらはおそらく、こうなることを見込んでおまえに礼儀作法を教えたのだろうな? 先見の明がある、なかなか賢い同僚ではないか?」
 確かに。
 レギは殿下が俺の戸籍を…と言い出したときから貴族との養子縁組を目論んでいたと言っていたから。
 そうなのだろう。
 つか、殿下と俺が婚約するところまで、俺が奴隷のうちから考えていたってことだろ?
 だとしたら、先見の明がすごすぎだ。

「まぁ、敬称はともかく。実質兄弟だと思って、この家を実家だと思って、頻繁ひんぱんに顔を見せなさい。そして小枝を抱っこさせなさい」
 久しぶりに小枝と会って、じぃじだましいが炸裂していますね、父さん。

「頻繁はどうかな? 殿下に聞いてみる」
「ディオンはマリアンヌに全く興味を示さなかったが。おまえを見初みそめたということは、やはり男色だったのだな?」
「いえ。女嫌いです」
 ここは殿下の名誉のためにすかさず訂正いたします。
「なにが違うのだ?」
「男が好きなのではなく。俺が好きなのです」
「父親にのろけるんじゃない。私は適度に複雑な思いを抱えているのだ」
「のろけてないしぃ…」
 そんなこんなで和気あいあいと話していたら。

 サロンにつきまして。
 殿下が心配して駆け寄ってきました。
「大樹、小枝。大丈夫か? なにがあったのだ?」

 その問いには。公爵の顔になった父さんが言った。
「すまない、ディオン殿下。挨拶もなく神の手をさらうような真似をして、無礼極まりなかった。反省している。実は持病のことで。優秀な医者だという大樹に相談していた」
「持病? 大事はないのか?」
 殿下が俺に顔を向け。
「えぇ。病名など私的情報は明かせませんが。命に関わる病ではありませんのでご心配なく」
 もう、ヒヤリとしたよ。
 打ち合わせもなくいきなりアドリブぶっこんで来ないでくださいよ、父さんっ。
 でも、まぁ。この手のセリフは言い慣れているので。
 なんとか不自然にならずに乗り切りましたっ。

「そうでしたか。公爵、一言言ってくれたら私も気を回さずに済みましたのに…」
「大事な婚約者殿から離れたくない様子ですなぁ」
 公爵、というか父さんは。新婚さんをからかう的な感じでハハハと笑うが。
 殿下がわかりやすく照れたので。
 こいつ大樹相手にマジでか? という顔をした。
 失礼ですよ?

「自己紹介は、我らは先に済ませたが。おまえたちも名乗ったか?」
 公爵はアーノルドたちに目を向ける。
 するとカチンコチンに体をこわばらせたステアが言った。
「こここ、この度は家族水入らずの中、コエダちゃんに引き合わせていただき、誠にありがとうございます、公爵ぅぅ」
「ステア。おまえはそのような挨拶は今まで一度もしたことがなかろう。まぁよい、みな、座ろうか」
 呆れ顔でステアを見やる公爵。
 彼と公爵家との仲は気安い感じで。
 普段から深いお付き合いがあることをうかがわせます。

 というわけで。養子縁組の顔合わせの会が開かれました。
 サロンには十人くらいは余裕で座れる革製のえんじ色のソファがコの字に配置され。
 子供たちが座る用の小さなテーブルなんかもあり。
 色とりどりのケーキや花が並んでいて。すっごくきらびやかぁ。
 そしてミレージュ家の方はもちろん。殿下も王子もきらびやかぁで。
 警護騎士であるアンドリューさんもレギも、騎士的オーラできらびやあかぁで。
 小枝もノアも可愛さがキラキラしているからきらびやかぁで。

 なんとなくもっさり系の俺とステアは浮いているのだった。
 いや、ステアは。小枝を見る目がキラキラしているけどね。

「ディオン殿下、大樹と私の縁をつなげてくれたことに感謝する。私は大樹を実の息子のように遇するつもりだ。騎士団では大樹を神の手と呼んで崇めているようだが。神格化はほどほどにして。大樹と小枝が普通の生活ができるよう努めてもらいたい」
 公爵の言葉に、ディオンは真剣な顔でうなずく。
「はい。こちらこそ、大樹の身を引き受けてくださりありがとうございます」
「昔のことは水に流して。公爵家は殿下に力をお貸ししよう。そして。どうか大樹をに」

 公爵の言う昔のこととは、殿下がマリアンヌ様との婚約を拒否したことのようだけど。
 父さん、王妃を強調しないでください。

「はい、必ず」
 殿下も承諾しちゃったよ。

 もう、父さん。別に俺、好きで王妃になりたいわけじゃないからねっ?
 殿下が王になったら小枝の処刑が遠のくからで。
 殿下が王になるから結婚したいんじゃないからねっ?
 でも、殿下が王になるなら。
 俺は王妃になるしかないか。
 はぁ。結婚包囲網がどんどん狭められていくぅ。

 わかっていますよ、大丈夫。ちゃんと使命は果たします。

 そうして。今後のスケジュールですが。
 まずは殿下が。王様に俺との婚約を報告する。
 今日の顔合わせは、そのようにしますがいいですね? という確認の意味もあったのだ。
 でも王妃を追いやりたい公爵は、どんどんやれというスタンスです。
 父さん、そんなに血の気が多い人だったっけ?
 でも、娘と孫が命を狙われ始めているから。オコなのは当然だね?

 そして近々王妃が王宮でお茶会を開くようなのだが。
 その日に合わせて、俺が公爵家の養子となったお披露目のお茶会を公爵家で行うことになった。
 ひえぇぇぇ、バチバチですな?
 お披露目会では、殿下の婚約者であることも、匂わせではなく、大々的に発表するらしいよ。
 はぁ、もう待ったなしではないですか? コレ。
 いいです、はい。
 まぁ、そうすることで。殿下の後ろに公爵がつきましたよぉ、という貴族へのアピールになるんだって。
 ほうほう、そういうことか。

 ちなみに。このようなキナ臭い大人の話をしている間。
 子供たちは、小さなテーブルでケーキを食べたり。
 もらったおもちゃで遊んだりしています。
 それをノアがそばで見守っている感じ。
 あぁ、あそこは癒しの空間ですなぁ。

 は、ほのぼので現実逃避をしてしまった。

 まぁ、そんな感じで。
 養子の顔合わせは思いがけない結果でつつがなく終了したのだ。
 昼間。庶民で元奴隷の俺なんかが公爵家に受け入れてもらえるのだろうか、なんて思っていたけど。

 ハラハラした俺の時間を返せ。

 公爵家を失礼する時間になり。玄関を出て、馬車に乗り込むとき。
 いつものように殿下が俺に手を差し伸べてくれたけど。
 俺…。

 振り返って、見送りに出てくれた父さんのところに駆け寄った。
 そして彼の手を取る。
 それは、見慣れた父さんの手ではなく。
 大きくて鍛えられた騎士の、公爵の手。
 だけど、中身は父さんなんだ。

 近くにいるアーノルドが、いぶかしげにこちらを見るけど。
 父さんの手をぎゅぅぅってしたら。離せなくなって。
 胸が締めつけられるみたいに、せつなくて。
 人前で、詳しくは言えないけど。

「…また会えて良かった」

 それだけ、伝えたかった。
 病気の父さんを看取みとったとき。相次いで母さんを亡くしたとき。
 すぐは、わからなかったけど。
 ひしひしと。時間が経つにつれ。

 あぁ、もう会えないんだって、思って。

 もっと、ああしたら良かった。これも話しておきたかった。
 そんなことがあとからあとから頭を巡る。

「あぁ、そうだな。大樹、これからは私のボーナスタイムだ。せいぜい親孝行してくれよ?」
 明るく笑って、父さんは言う。
 しんみりしているのは俺だけだ。
 ったのは、父さんの方だから。残された側の気持ちはわからないのかもな。

「はい。今度は小枝の入学式を見てくださいね?」
「楽勝だな。しかし、写真、スマホが…」
「しゃしんとはなんですか? 公爵」
 おそらく。空気を読まない系のステアが、父さんにたずねて。
 父さんはステアを、ピカリとした顔で見やるのだった。

 あ、そういえばステアは発明家だか研究者だか言っていたか??
 もしかしたら。小枝が学校に入学するまでには。カメラが誕生するかもしれませんね?

 俺も…泡だて器を作ってもらいたいんですけど。
 こちらのかき混ぜるものといったら、木製のフォークの形をしたやつとかヘラしかなくて。
 グレイが箸を作ってからは、菜箸を五本くらい持ってガシャガシャってしていたけど。
 なんか効率悪くてさぁ。
 あぁ、泡立て器って万能だったなぁって思うわけなんだよ。

「殿下をお待たせできないので、もう行きますが。父さん、ステアさんに泡だて器の形状を教えて、作ってもらってくれませんかぁ? マヨネーズやホットケーキを作るのに、切実に必要なのです」
「父上だ」
 横合いから、今度はアーノルドが言ってきた。
「父上と呼ぶのに慣れた方がいい。大勢の者の前に出る前に」
「あ、ご助言ありがとうございます、アーノルド様」
「私は弟なので、様はいらぬ」
 殿下に似たへの字口で言われると。なんか、全然怖くないし。
 ディオンは青髪だけど。アーノルドは本当に、金の殿下って感じなんだよな。
 しかしその金の殿下が、俺の弟になるんだなぁって、今更ジンとする。

「ありがとう、アーノルド。そうするよ」
 笑みを彼に向けると。今度は父さんが空咳からぜきをして言う。
「ゴホン、大樹。マヨネーズと言ったか? 作れるのか?」
「えぇ。あ、今は米を仕入れられているので。今度よろしければ…」
「コメッっっっ!!」
 もしかしてと思ったら。
 やはり前世の記憶がある父さんは、日本食に飢えているようです。

「はは、お茶会の日はおにぎりを作ってきますよ。海苔はないのですけど」
「お茶会の日までなんて、待てん!!」
 そんなん言われても、困ります。
「もう行きますよ、またお茶会の日に」
 じゃ、と手を振って。
 俺は公爵たちから離れた。
「大樹ぅぅっっ、泡だて器を持ってそちらに行くっ」

 はーい、お待ちしておりまーす。

 父さんの叫びを背中に浴びて、俺は殿下の元に戻った。
「どうした? なにか忘れものか?」
「持病について、言い忘れたことがあったので。すみません、お待たせして」
 そして、今度こそ殿下の手を取って馬車に乗り込んだ。

 日本で死に別れた父さんだが。
 前より若返った父さんが目の前に現れた。
 日本の父さんを想って、しんみりしたけど。
 これからまた、父さんとはいつでも会えるようになる。

 だから、またねと笑って言えた。

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