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69 思いついちゃいました

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     ◆思いついちゃいました

 エントランスでは、ジョシュアと小枝が手をつないで踊っています。
 王子が言い出したのです。エントランスではパーティーが開かれると、そこでダンスをするんだよぉって。
 それで、小枝が。そんなの知っていますぅ、とか言って。
 王子の手を持って、結構それっぽいワルツを踊り出しましてねぇ…えぇ、メイの記憶かと思われます。
 それで、王子はまだダンスは習っていないから。
 小枝の手を持って、ブンチャッチャのリズムでクルクル回っている…というところですね。

 俺はノアと、その様子を微笑ましく見ているのです。
 本題は、そこではなくてですね。
 俺、すっごいこと思いついちゃいました。

 ハッカクを、北の館で執事見習いとして雇うことにしたのです。

 実は。北の館にもゲストが増えまして、さすがに給仕の手が追いつかないというか?
 まぁ、やれないことはないんですけど。
 俺は料理が精一杯で。誰か、お皿持って行ってぇ…ってこともしばしば。
 で、ハッカクを使用人として雇うのはどうかと、殿下に相談しました。

 ハッカクは、一期一会で俺が出会った青年だし。
 殿下はノアの身上調査でハッカクのことも調べたみたいだけど。
 やつらとはつながりがないってことで。
 それに、ハッカクの弱味をやつらがつくとしたら、家族の脅しか大金の誘惑か、だと思うのだけど。
 家族のノアはアンドリューさんがしっかり守ってくれるし。
 大金は、わからないけど。ノアに軽蔑されるようなことをお兄ちゃんはしないと思います。
 ま、少なからず、俺と友達でもあるから。そうそう裏切らないと思うんだよね?

 それに、この館にいれば。外回りをしているよりは、ノアとも会えると思う。
 ハッカクは俺より背が高くて、がっしりした体格で、戦場で生き抜いたのだからそれなりの防御力はあるだろ?
 それに力持ちで米俵こめだわらを軽々運ぶし。
 デメリットなしで、すごいでしょ?

 そう殿下に言ったら。オッケーだって。
 すぐにユカレフと連絡を取ってくれて。
 それで、今。子供たちを見ながら、ハッカクの到着を待っているところです。

 馬車が到着する音がして、グレイが玄関の鉄扉を開ける。
 すると、白シャツにジャケットと黒いズボンを身につけたハッカクが降りてきて。
 付き添いの、ユカレフのオレンジ髪も見えた。

「あぁ、別にユカレフはこなくてもいいのにぃ」
 俺が軽口をたたくと、ユカレフはひでぇなぁとつぶやいた。
「強力な働き手を失うのだから、重いものはこちらで買い取ってもらおうと思ってね。日持ちするものだし、どうせタイジュしか欲しがらない食材だからな。手元にある分、全部引き取ってくれ」
 ユカレフは二台目の荷馬車に米や醤油や味噌などの重いものを積んできたようだ。

 あ、あれ…ラベルに純米酒って書いてある。
 うそぉ、日本酒? 日本製造じゃないけど。米の酒? はぁぁ、飲みたい。
 俺はあまり酒は得意じゃないけど。
 つか、日本では。大学病院時代に、夜、緊急で呼び出されることもあったから。その影響で診療所勤めになっても、飲酒は控えていたんだ。
 だから酒は、こちらの世界で飲んだのがはじめて、ではないけど。まぁ、飲み始めたみたいな?
 体がポカポカになって、ほど良く脳が痺れるみたいな?
 酔うというのは、なかなか悪くない感覚だね?
 でもこちらの酒はみんなアルコール度数が高いというか?
 ワインとかブランデーとか、強い洋酒。
 だから、全然量は飲めない。それに調子に乗ると翌日に残るからな。
 俺はシングルファーザー、シンパパだからね。
 小枝のお世話が二日酔いでおざなりになるのは嫌じゃないか?
 だからぁ、飲むのはほどほど。適度にしているよ。
 殿下のお付き合い程度。

 それで。日本酒も、まぁ強めだけど。
 お試ししてみたいお酒だな? 自国の酒、的にね。
 それに、日本酒はアルコールを添加したものが多いけど。
 純米酒は純粋に米と水だけで作られているから。余計なアルコール臭がなく美味いって噂だ。
 こちらの世界の純米酒がどんなものかはわからないけどね?

 ユカレフは、力持ちのハッカクを俺がスカウトしちゃったから、重いものを処分したいようだね?
 それくらいは引き受けてやる。お金払うの殿下だけど。

 まぁそれに、食べる側の人数もだいぶ増えたのでね。
 いっぱい仕入れても、すぐになくなっちゃうよ。
「わかったよ。全部もらう」
「毎度あり」
 俺がうなずくと、ユカレフはニッコリだ。わかりやすいやつ。

「わぁ、ハッカクだぁ。おうちに一緒に住むのでしょ?」
 小枝がハッカクに絡むが、ハッカクは小枝の手を持って上下にブンブンするのだ。
「あぁそうだ、よろしくな、コエダ」
「俺も…私もしてくれ」
 ジョシュアも手をあげるので。片手ずつでふたりを持ち上げる。
 ふたりともウッキャッキャで楽しそうだが。
 ハッカク、わかっていないようだけど、それ王子だから。その辺で…。

 俺の心配をよそに、案外ソソっと降ろす、手加減をわきまえたハッカクだった。

「タイジュ…いや、タイジュ様か? これからよろしくお願いします」
「いらっしゃい、ハッカク。グレイ様がいろいろ教えてくれるから。執事見習いとしてよろしくね」
 そして、俺の横でもじもじしていたノアが声をかける。
「兄さん、近くで働けて嬉しい。しばらく一緒に過ごせるね?」
「あぁ。ノアも仕事頑張れよ? そばで見ているから」
 ノアは照れ臭そうに小さくうなずくのだった。
 可愛いなぁ。
 ハッカクが離れ離れになって、いらぁとしてしまう気持ちがわかるよ。そりゃあ気が気じゃなかったろうね?

 ひと通り挨拶を済ませて、ハッカクは荷物…ユカレフが持ってきたやつを運ぶのに、グレイについていくのだった。ハッカクはグレイに礼儀作法や掃除や庭の手入れや給仕など、教わりながら館で働くことになる。

 ノアも、目に見えるところに兄がいるから、なにやらホッとしたような顔をしている。
 普段はアンドリューさんのお屋敷で働くから。
 ずっと一緒にはいられないけど。
 その気になったら会える距離だから、この兄弟にとって良い環境になったらいいと思う。

「いいなぁ、ハッカクはタイジュのところで働けて。俺も雇ってくれないか?」
「なに言ってんだ? 商会なんて立派なモノを持っているのだから。ちゃんと働け。そして俺に米を運んで来い」
 ユカレフの冗談に、俺も冗談で返すけど。
「わかってる。俺が米を運ぶ限り、俺とタイジュの縁は切れないってことさ。またご贔屓ひいきに」
 ユカレフがウインクするのに、俺は苦笑で返す。
 全く、とぼけた男だな。
 彼は元奴隷商で、俺は元奴隷で。
 好感はいっさい持てないけど。なんだかいつも憎めないやつだと思うのだ。

     ★★★★★

 ユカレフは帰りましたが。
 というわけで、お昼はハッカクいらっしゃいパーティーをします。

 まず鉄板で、塩コショウした鶏モモ肉を皮目を下にして焼きます。パリッパリになるくらいじっくりとね。
 両面焼いて中まで火が通ったら、放置。

 で、分厚く切った手のひら大の豚肉を塩コショウして。粉、卵、パン粉の順でつけていって、熱した油で揚げます。えぇ。まずはトンカツです。馬鹿みたいな量、揚げていきます。
 もう、人数が多いのでね、ホント、馬鹿みたいな量なんですよ。
 まぁ、そんなこんなで揚げていき。

 そして玉ねぎをクシ切りに二十個ほど切りましてね。大きな鉄なべで玉ねぎを炒めていき。しんなりしたら、カツオモドキのだし汁、砂糖、酒、醤油、みりんの順で入れ。その上に食べやすい大きさに切ったトンカツを並べていく。そしてまた馬鹿みたいに卵を二十個割って、といて、鍋にジャーと回しかけ。ふたをしてしばらく放置。
 事前に炊いておいたご飯を器に盛り、その上にトンカツと汁をかけてぇ。
 卵ゆるふわかつ丼の完成でぇす。

 余っただし汁に、細かく切った豚と、大根、ニンジン、ジャガイモ、ゴボウを入れ。んん、豆腐とお揚げとこんにゃくがないからちょっと寂しいけど。火が通ったら味噌を加えて。簡単豚汁も作ります。

 そして鶏ももは、生野菜の上に乗っけて。
 ゴマはないけどバンバンジー的サラダを付け合わせます。

「今日は、ビュッフェ形式ではなくひとりひとつなのでね。グレイ様、ハッカク、運んで運んでっ」
 ご飯をよそってはカツを盛り、ワゴンに置いて、とやって。大変です。
 でも、これからはハッカクが手伝ってくれるから、少し楽ができそうです。
 お米を運ぶときとか…。
 
「大樹、これはなんだぁぁ」
 殿下の質問が、なんとなく久々に感じます。
 この頃はジョシュアにセリフを取られていたのですよ。

「これは、かつ丼です。ご飯と上のおかずを一緒にして食べます。玉ねぎと肉とご飯なので、たんぱく質、野菜、炭水化物でバランスの良い料理ですよ。そしてサラダと豚汁はタンパク質と野菜でヘルシーです。豚汁は根菜を柔らかく煮たので、お腹にも優しいですよ」
 俺が説明していると、小枝が。
「卵とお肉が甘じょっぱくて、ウジュウジュっとして。口の中がうまぁぁってなって、美味しいのぉぉ」
 と補足します。いつもながら美味そうな解説だっ。

 それで、みなさんでいただきますしてから食べます。
「かつ丼は茶色いだけに見えるが、この味わいははじめて食べるというか。なんの味って表現しずらいが、美味いぞ大樹。それにトンジルは口の中に旨味が染みわたって。このしょっぱみが癖になるな?」
 殿下が一生懸命感想を言ってくれます。
 ありがとうございますぅ。テレテレ。
 豚汁は平皿でスプーンですくって食べているので。なんか、変な絵面えづらですけどね。

「みなさん、今日からハッカクが執事見習いとして入ります」
 俺が紹介すると、ハッカクは立ち上がって。頭を下げる。
 たくましい体格に執事の衣装がパリッとしていて。とっても似合うよ。

 ちなみにハッカクは十八歳なんだって。
 はじめて会ったときは、すさんだ目つきをしていて、体も大きかったし、悪態をついてすっごく怖かったから。
 俺と同じくらいの年齢かなって思って。
 でも、小枝と遊んだりするとたまに少年ぽさが出たから。
 逆に十代かも、なんて想像していたが。

 ホントに十代だった。殿下よりも年下だぁ。

 殿下も二十三歳の割には貫禄があって、俺より大人っぽいけど。
 スラムのボスだったらしいハッカクも、貫禄は充分で。
 大人として俺はなんだか情けない限りですぅ。
 いや、体格が大きければ良いというものではないのだっ。
 俺だって、貫禄はいずれ出てくる、はずっ。

 なにはともあれ、俺はハッカクの力になれて嬉しい。
 嬉しいが…。

 食堂には食べ盛りの男性ばかりが…あ、ジュリアがいるけど。ジュリアは下手したらエルアンリ様より食べるので。
 つまり。食べ盛りの者どもがうようよいるのだった。

「大樹、おかわりはあるのか?」
 一番の飢えたお子様は、殿下ですね?

「はい。おかわりあります。みなさんもいっぱい食べてくださいね?」
 だけど、毒に悩まされてきた人たちが、笑顔で食事をしてくれるのだから。
 料理の量は増えても、とても嬉しいですよ。

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