【完結】異世界転移パパは不眠症王子の抱き枕と化す~愛する息子のために底辺脱出を望みます!~

北川晶

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番外 ディオン 俺を選んでくれた ③

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 大変なことになった。
 大樹がいきなり己の素性を語り出して。
 ベッドの上でまったりしていたが、それどころではない。
 ちゃんと身を起こして彼の話を真剣に聞きたいから、居間に移動した。
 今まで親子がどこから、なにをしに、この国に来たのか。それを教えてもらえなかった。
 言えなかったということもあるだろうが。
 それを話してくれる気になったのは、俺に心を開いてくれたからなのだと思う。
 だとしたら、とても嬉しいし。
 寝物語で簡単に流してしまえる話でもない。
 それに大樹は、全く聞き捨てならない事を言ったのだ。

 この世界とは違うところから来たのです、と。

 同じソファに腰かけて、彼の表情がつぶさに見える距離で話をする。
 そしてよくよく話を聞いたら。
 どうやら大樹と小枝は、何者かに、この地へ召喚されたようなのだ。
 それを耳にし。

 俺は、やはり彼らは女神に遣わされた神の使徒なのだと確信した。

 この国は、魔法や魔術があっても。他の地から人を持ってくるような大きな魔法はない。
 せいぜい、治癒魔法師のように軽い怪我や病気を治したり。俺のように強い炎や風を起こせるぐらいのものだ。
 そんな中。
 前世この世界にいたという小枝が、再召喚されたということは。
 特定の人物、いや魂だろうか? それをこの地に送る、などという高度な魔術は。
 神の御業みわざに他ならないと思うのだ。

 スタインベルン国の始祖である、女神フォスティーヌは。この世界とは別のところから来たという伝承が残っている。
 浄化の能力を持ち、悪意や念でり固まった悪い気を清めてくれた。
 悪い気を受けた獣が変化した魔獣が跋扈ばっこし、荒れ果てていた土地は、人が住める清らかな地になり。フォスティーヌは伴侶とともに、そこにスタインベルンを建国したのだ。
 彼女亡きあと、フォスティーヌは女神としてあがめられ、千年経った今も国民は女神を信仰している。
 そして彼女の血を強く受け継ぐ者に魔法の才覚が生まれ。
 魔術の使い手は女神のいとし子と呼ばれて尊重される存在となった。

 しかし浄化と魔法は似て非なるもので。
 女神のいとし子、魔法の使い手には現れない、浄化は特殊な能力だった。

 だが、女神と同じような浄化の能力を持った者は、たびたびスタインベルンに現れる。
 どこからともなく現れるその者は、聖女と呼ばれ。
 国を平和に導き、魔を退しりぞけてくれた。 

 その聖女が。まさかの小枝だというから、驚きだ。
 なんの気負いもなくしれっと言うから、紅茶を吹き出しそうになったぞ。
 聖女なら断然、黒髪で聖女寄りの見た目である大樹だろうと、俺は思ったのだが。
 あの、のほほんでとぼけた感じの小枝が聖女とは…意外な展開だな。

 俺、小枝を高い高いしたときに、結構ぞんざいにぶん投げていて。
 不敬でないといいが。
 しかし大樹は。小枝は小枝、聖女だからって特別扱いしないでと言うから。
 そうだな。小枝は天真爛漫なところが可愛いしな。
 普通の子供として、今のように、おおらかにのびのび育てるべきなのだろうな?
 この国に災いがもたらされたとき、そのときは否応なしに小枝が聖女の力で対応しなければならなくなる。
 それまでは普通の子供として接しよう。

 というか、大樹は聖女の能力を『クリーン』と呼んで誤魔化していたが。
 人体に害のあるものを綺麗にする力、それはすなわち浄化なのに。
 それに気づかないのはマヌケだった。
 小枝はドヤ顔で、屋敷の掃除や毒の排除をしていたから。なんか、神秘性がないというか? ありがたみがないというか?
 本当に気づかなかったな??

 とにもかくにも。大樹の話を聞いて、それでは彼らの素性がたどれないわけだ、と納得した。
 元々、この世界の住人ではなかったのだからな。

 それにしても。
 俺が前世では死んでいたとはな。
 まぁ、わからなくもない。
 あの戦場に大樹がいなかったら。俺は間違いなく、あそこで命を落としていただろう。
 小枝の前世は、大樹のいない世界だったのだ。
 そう思うと、ゾッとする。
 それと同時に、大樹との出会いは奇跡で、運命なのだと。改めて思う。

 俺は死んでいたから防げなかったとはいえ。
 ジョシュア、聖女を処刑に追い込むなんて、女神にあだなす愚行ぐこうだぞ?
 だがおそらく、頼れる兄弟もなく孤軍奮闘の中、世の中に悲観して。誰もかもが敵に見えていたのかもしれない。

 つい最近までの俺のようにな。

 気持ちはわからなくもない。
 前世のジョシュアは、今世の大樹と出会っていない俺だ。
 前世で小枝、メイを排除したというレギも。
 今のレギからは考えられないが。
 シャルフィと俺という主君をふたりも失い。
 ジョシュアだけはなんとしても、という気合いに満ちていたのだろう。
 疑わしい者を誰一人ジョシュアに近づけたくなかったに違いない。
 彼はそういう、忠義に厚い男だからな。

 あぁ、俺は。
 大樹が話した小枝の前世の様子が、手に取るように理解できる。
 俺がこの世界にいなかったら。
 レギがどう動くのか。ジョシュアの心がどのようにすさんでいくのか。想像できるのだ。
 だから大樹の話が、全くデタラメで。そんなことが起きるはずがない。などと言えなかった。

 しかし前世の話で、やはり間違いだと思うのは。
 女神の使者である立場の聖女を、丁重に遇さなければならない聖女を、処刑に追い込んだことだ。
 その選択が間違いだからこそのやり直し、なのだろうと俺は思う。
 小枝のせいではない。
 我がスタインベルン王家のあやまちだ。
 それを正すためのやり直しのような気がしてならなかった。

 ならば俺が、今世ではその過ちを正す。
 小枝を処刑など、決してさせない。そう決意を固めた。

 まぁ…小枝の、ジョシュアへの当たりの強さが前世の処遇ゆえと知り。
 納得せざるを得ないというか?
 ジョシュア、よっぽど挽回しないと、小枝との婚約は難しそうだぞ? 今のおまえのせいじゃないけれど。
 まぁ、頑張るしかないな?
 誠意をもって小枝を愛し、彼の心を開かせるしかない。と、助言くらいはしてやろう。

 ただ、この話の恐ろしいところは。
 大樹と小枝が、来たときと同様に、唐突に俺の前から消えてしまうかもしれないという恐れをはらんでいることだ。

 俺の大樹を取り上げないでくれ。

 身請け当初から思っていた、漠然とした恐れが。くっきりと目の前に突きつけられたような気がして。
 心底戦慄せんりつしたのだ。
 彼らが俺の前からいなくなるのは、耐えがたい。
 想像だけでも、胸を貫く痛みが走る。
 俺が王としてスタインベルンに君臨する、その世界が正しいのなら。
 どうかふたりを、私の元にお預けください。
 必ず、幸せにします。
 俺は女神に、真摯に祈りを捧げた。

「俺が消えたくないと思っていることは、知っていて」
 大樹の気持ちは。俺の元に残りたいということ。
 その想いだけでも、嬉しい。
 彼に愛されていると感じる。体中から彼への愛があふれ出す。
 優しく髪を撫でて、彼からもたらされるキスは。
 まるで慈雨じうのように。俺の不安も恐れも洗い流してくれた。

 長い話し合いのあと、俺は大樹に、王になると宣言した。
 元々その方向で動き出しつつあったので、なんの支障もない。
 まぁ、大樹は。俺が王位に消極的だったのを見ていたから、あっさり要求が通って驚いたようだけど。
 俺が王になることで、小枝の憂いを晴らせるのなら。
 小枝のためになんでもしたいという大樹と同様に、俺もそうしたいと思っている。
 小枝も大樹も俺の家族だ。
 家族のために動けぬ者にはなりたくない。
 子供を守る親になりたいのだ。

 彼らの安寧になるのなら、喜んで王になるさ。

 己の反抗心など。小枝を守るための障害にもなりえない。
 ずっと王位から顔を背けてきたのは。
 それが命を守るための一番の方策だったということもあるが。
 父王に、俺はあなたのようにはならないという反発心もあったのだ。
 幼少期、俺を守ってくれなかった両親。
 子供も守れず、なにが王か。
 国民の前では大きな事を言うが。王妃をいさめることもできない。
 そのような者にならない。
 あなたの意思を継がない。
 あなたが王であるのなら、俺は王にはならない。
 そんな気持ちだった。

 しかし、守る者ができたら。
 彼らのためになんだってしてやりたいと思うのだ。
 彼らの命を守るため、俺が王になるのが一番であるのなら。そうする。
 親への反抗? クソくらえだ。そんなもの、軽く踏みつぶせる。
 それくらい、俺の中で大樹と小枝は大きな存在になっているのだ。

 ただ。俺の決意を、ほんの少しだけ褒めてほしい。

 そんな気持ちで、彼の頬に頬を擦りつけた。
 些細な接触。だけど、あたたかくて、ほのぼのして。
 胸に愛しさがあふれて。
 この感情が心地よいのだ。
 誰に教えられなくても、自然に湧き上がる。守りたい、そばにいたい、大切にしたい。
 そして、触れ合うだけで心地よくて安堵する。
 そんな気持ち。
 大樹が俺にもたらしてくれた気持ち。
 これが、愛するという気持ちなのだな。

「そして、俺も思う。ひとり残されたら、ディオンが可哀想って。だから、俺から消えたりは絶対しないと約束します。この世に絶対はないけど。これは絶対! ですよ」
 そう大樹が俺に誓ってくれたから。
 俺は安心できる。
 木漏れ日のように降りそそぐ、彼のあたたかい愛情が、俺だけのものであることを知ったから。

「紅茶も、もう冷めてしまったし。そろそろ寝ますか?」
 紅茶にはブランデーをしこたま入れた。
 素性を話す気になった、彼の舌がよく回るように。というつもりだったのだけど。
 大樹は、酒に酔ったらどうなるのかな?

「あぁ、寝室に行こう。いつものようにスリーパーをしてくれ」
 席を立った俺たちは、身を寄せ合って、再び寝台に戻った。

 けれど、その日。スリーパーはしなかった。
 酒の入った大樹は、感度が倍に跳ね上がると覚えておこう。

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