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番外 ディオン 俺を選んでくれた ②
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エントランスからサロンに場所を移し、我らの悪だくみは続く。
「私も、王位は常々兄上がなるのが相応だと思っていましたよ。しかし、父王が王太子を任命してしまうと、守護者の居ない兄上の命は風前の灯火でしたからね。それで父王も、のらくらと立太子しなかったのでは?」
エルアンリがそう言うが。俺は首を傾げる。
「そうか? そのような情は陛下にはないと思うが?」
「陛下が兄上に目をかけたら、すぐ殺されるでしょ? だから徹底的に目を合わせなかったのですよ。わかりにくいですがね。ジョシュアくらい年が離れて、ようやく子供を可愛いがることができたのだから。元々あの人は子煩悩なんですよ。わかりにくいけど」
大事なことなのか、わかりにくいを二度言ったエルアンリ。
「まぁ、いいようにとれば。そう見えなくもないがな」
「ジョシュアではなく兄上の立太子に同意したら、そういうことなのでしょう。とはいえ、父王は全く頼りになりませんからね、これからは私が兄上をしっかり支える所存です。もう黙って死期を待つようなことはしない。神の手に救われたこの命。ジュリアとともに幸せに過ごさなければ罰が当たります。スタインベルンの未来のためにも、あの女狐に一泡吹かせてやりますよ」
鼻息荒いエルアンリは珍しいが。
それにジュリアも、フンフンと相槌を打っている。
エルアンリが健康になり、似た恋人になってきたな。
それもタイジュが、彼の病をいやしてくれたからだ。
エルアンリの政治的才覚は目をみはるものがあったが。病弱のせいで、それが発揮できずにいた。
これからは力強い侍医も得て、私を頭脳的な位置で補佐してくれることだろう。
「殿下、私も伯爵位を継いで、殿下の政治面をお支えしましょうか?」
アンドリューも申し出てくれるが。
それは少しもったいない。
「気持ちはありがたいが。アンドリューは今一番騎士として才能が際立っている最中ではないか? 私と互角にやり合える手練れを、引退させるのは惜しい。アンドリューにはぜひ、騎士団の掌握に力を尽くしてもらいたいし。ノアとともにジョシュアの周囲の警戒を厳重にしてもらいたい。ジョシュアの無事があってこそ、私は公爵の力を得られるのだからな」
「承知しました、ジョシュア様を誠心誠意お守りします」
アンドリューが頭を下げたあと、マリアンヌが口にする。
「そうよぉ、公爵はジョシュアにデレデレお爺ちゃんですからね。ジョシュアになにかがあったら、この計画はすべて無に帰すわよぉ。それで、ディオン。あなたの次代の王にジョシュアを推してくれたら、完璧だわ」
それはやぶさかではないのだが。
「ジョシュアは小枝に御執心のようだが?」
私の次の王は、スタインベルンの血をつないでもらわないとならないからなぁ。
この前、小枝以外と結婚しません、なんて言っていたからなぁ?
するとマリアンヌは扇を広げてオホホと笑う。
「未来はどうなるか、わからないわぁ。ま、たとえジョシュアの意思が変わらなくても。私がもうひとり子をなす可能性もあるわけだし。エルアンリの御子を養子にしてもいいのじゃなくて? ジュリアは健康的だから子だくさんになるかもしれなくてよぉ?」
マリアンヌのからかいに、ジュリアは珍しく頬を赤くする。
少年のような顔つきながらな。
「それでは公爵家の血脈が入らないが?」
王家に、次代の王位に、公爵家の血筋が関わることが。俺を支持する条件だと思ったので、マリアンヌにたずねる。
まぁ、エルアンリの御子を早いうちに後継として据えるのが、一番しっくりくる。
己の心境としては、小枝もアリなのだが。
スタインベルンの血脈が入っていないと、女神フォスティーヌの系譜が立たれてしまうし。
貴族連中の反発も大いに考えられるからな?
未来の血筋を絶やさぬことも王族の務め、とはいえ。
この件は当事者ではなく周りがやいのやいのと騒がしくなるから、面倒な事柄である。
「いいえ、必ずしも血脈にはこだわっていないわ。それよりも正当な関係性が重要かしら。公爵家の養子になったタイジュが王妃の地位に就けば。公爵家の体面は大いに保たれるのよ? 少し口を出せる資格があればいいの。ただディオンが側室を作ってタイジュをないがしろにしたら。公爵はバックを降りるかもしれませんけどぉぉ?」
「それはない。百パーセント、ない」
その件については、即座に断言できる。
俺は大樹に捨てられないよう、必死なのだ。
男も女も、大樹以上に俺を慈しんでくれる者はない。
「あら、そう? ごちそうさまですわぁ」
嬉々としてからかったのに、俺が真面目に返したから興ざめ、という顔で。マリアンヌは扇をパチリと閉じるのだった。
「兄上、父王に婚約の報告をするときは。私たちも結婚の日取りなどの相談をしたいです。ご一緒に、陛下にお目見えしてもいいですか?」
エルアンリも、ジュリアの肩を抱いてそう言ってくる。
健康に自信がなく、長い付き合いであったのに、なかなか結婚に踏み切れずにいたが。
とうとうジュリアとの結婚を決意したようだ。
「構わぬ。めでたい話が続くのは、スタインベルン王家にとっても良いことだからな」
俺らは笑い合い、サロンに和やかな空気が流れる。
そうして、王妃とニジェールに対抗するべく。
ここにマリアンヌ、エルアンリ、アンドリュー、ミレージュ公爵家チームが結成された。
エルアンリが言うように。
もう黙って、やつらの攻撃をしのぐだけの日々にはしないのだ。
とは言っても。やつらは姑息で、なかなか尻尾を掴ませないから。
女狐に一矢報いる、その決定打には欠けるのが実情だがな。
★★★★★
夜、いつものように俺と大樹はひとつの寝台に横たわっている。
大樹の黒髪は、出会ったときよりだいぶ長くなってきた。
今は肩口に毛先が触れるくらいの長さだ。
長髪になったら、彫刻の女神フォスティーヌ像のようになるかなと思ったけれど。
やはり、そこは男性だから。
女性っぽい感じにはならないな。
だけど、前髪が目のふちにかかって、その影が艶めいて見える。
黒髪は光沢を放って、白く輝き。まるで天使の輪っかのようだ。
手を差し入れると、指の隙間をさらりと髪の毛が通って。なにやらくすぐったく感じる。
「くすぐったいから、やめてください」
大樹も、同じ感想を持っていたようだ。
以心伝心のようで。笑みが自然と浮かぶ。嬉しい。
「くすぐったいだけか?」
親指で耳のふちをなぞれば。
大樹はやんわり目を細めて。頬を染める。
感じた? 大樹は敏感だからな。
感度がいいから、はじめての情交でも快楽が生まれた。
そこは、良かった。
痛い思いをさせたら、二度と触れさせてもらえなくなるかもしれないからな。
俺は大樹の頭を手で支え、くちづけた。
舌を絡ませ合えば、甘くとろけるようで。
ずっと味わっていたい。
けれど、朝。
はじめての情交に、気分が舞い上がって。
ずっと大樹とくっついていたくて。
イチャイチャしたくて。
部屋に戻ろうとする大樹を引き留めて、しつこく触れていたら。
起きたばかりなのにスリーパーをかけられそうになってしまった。マジ怒りだ。
仕方がないではないか。はじめて心が通い合ったのだ。
ずっと抱き合っていたいではないかっ。
だが大樹は。パパになって小枝の元へ行く大樹は。いつまでも甘さを引きずってはくれないのだった。
クールな奴め。ふふ。
怒るような、残念なような気持ちがありながらも。嬉しさが勝って。
頬がゆるむな。
そんなことがあったから。あんまり長くくちづけていたら怒られそうだった。
夜だから、スリーパーされるのは構わないが。
もう少し大樹との会話を楽しみたいからな。
そして、そっと唇を離し、濡れた彼の口元を親指で拭ってやると。
大樹はうるませた瞳で、上目遣いに睨んでくるのだ。
うっ、それは。
可愛すぎて逆効果だぞ、大樹。
「ここまでですよ。ジョシュア王子に、まさかのアンドリューさんまでこの屋敷に滞在することになったんですからね? 彼らがいるうちは。浮ついた気にはなれません」
「わかった。俺はおまえには弱いのだ」
そうして、額にかかる前髪を中指ですくって、耳にかけてやると。
その感触が気持ち良いのか。またウルリと黒瞳が濡れた。
その真珠のような輝きに、俺の心はすぐにも囚われてしまう。
あぁ、どうしよう。大樹は自分と同じ男性体であるというのに。
可愛いと思う気持ちを止められないし。
体も華奢で、俺の肉体とは構造が違う、しなやかな肢体だった。
とにかく俺は、ひと目惚れしたときから、ずっと、どんどん、彼を好きになっていった。
性別など些末な問題で、いや、問題にもならないくらい。
彼を好きにならずにはいられなかったのだ。
「あの。俺、長い髪似合わないと思うのですけど」
「似合っている。でも、どうしても嫌なら。せめて結婚式までは伸ばしてくれ。綺麗に髪を結い上げたら、今も素敵だが、きっともっと美しくなる」
「もう、本当に付き合うの俺がはじめてなんですか? するする口説き文句が出てくるなんて」
「口説いていないぞ。事実を告げているのだ」
本心を口にしているのに。浅い口説き文句だと思われているなら不本意だ。
「それにぃ、結婚するか、まだわからないでしょ? 童貞を捨てた殿下が自信をつけて、女性とその気になるかも」
「ない。百パーセント、ない。あと、自信がないから女性と付き合わなかったわけでもない」
「そうでした。ディオンは筋金入りの女嫌い、でしたね?」
ふふと、俺のすぐそばで大樹が笑う。
その時間は。なんと幸福なことだろう。
俺は、こんな幸せなことがあるなんて、知らなかった。
想像すらしたことがなかった。
しかし今はもう。大樹を。小枝も。なにもかもを。
失うなんて、そちらの方こそ考えられないのだ。
「えぇ…じゃあ、それまで結んでいてもいいですか? 料理や診察のときはすでに邪魔で結んでいるんですけど。伸ばしっぱなしだから、みっともないでしょ?」
それまで、と言うのは。
結婚式まで伸ばしてくれるということで。
大樹がちゃんと結婚まで考えてくれている証だった。
彼は気づいていないようだが、俺はそんな、本心がこぼれた言葉が嬉しい。
「みっともなくない。いつも綺麗だぞ、大樹」
「…お世辞は、いいです」
「お世辞ではないが…まぁ、いい。レギと同じ髪型になってしまうが…」
俺は、大樹の髪がさらりと揺れるのが好きだから。ちょっとがっかりしてしまう。
垂れた前髪を、中指で耳にかける仕草とか。
日に当たるときらりと光る艶やかな黒髪。
大樹だけの色だ。
「わかりましたよ。そのままにしておきますよ。もう、項垂れる豹みたいな顔しないでください」
項垂れる豹、はよくわからぬが。
大樹が髪を垂らしたままにしてくれると言うので。嬉しさの表現で。
俺は彼の髪を一束手に取って、そっとくちづけた。
すると大樹は。頬を真っ赤に染めるのだった。
うぅ、これは。俺の方が我慢できなくなりそうだ。
「大樹、早くスリーパーをしろ」
言うと、大樹は少し目を丸くした。
「え、でも。自力で眠れるようになったのに」
「俺はいつでも、毎日でも、おまえを抱きたいのだ。だが、彼らがいるうちは嫌なのだろう? おまえの意に添わぬことはしたくないのだ」
「わかりました。でも、ちょっと俺も話があるので。そのあとスリーパーしていいですか?」
「あぁ、いいぞ。なんだ?」
大樹には昼間の、王族たちの悪だくみの件を話していない。
清らかな神の手は、ただそこにいるだけでよいので。余計な心痛はさせたくないのだ。
だから、大樹の話というのはそのことではなく。
なにを切り出されるのか、俺は若干緊張しつつ、聞いた。
「実は、俺と小枝は、この世界とは違うところから来たのです。そして小枝は以前、この世界で暮らしていた。前世はこの世界に関わっていたんですよ。そこで小枝は処刑されて…。そして今、もう一度同じ時を生きているらしいのです。それで小枝の処刑を回避するために、ディオンにはぜひとも王様になっていただけないかと…」
「ちょ、ちょ、ちょっと待て」
俺は。大樹の話をさえぎった。
俺は。自分で言うのもなんだが、賢王子と呼ばれるほどには頭脳が優秀。しかし、情報量が多すぎで思考回路がショートした。
なんか、とっても大事な話を、大樹はつらつらと垂れ流したのだがぁぁ?
「なんで俺が王になると、小枝の処刑は回避されるのだ?」
ツッコミどころが満載だが、とりあえずそこを聞いてみる。
「それは、小枝が処刑されたとき、それを命じたのが今の王様だからですよ? でも殿下が王様になって小枝を処刑しないって言ってくれたら、それは絶対なのぉぉって。ピカリとした顔で小枝は言っていました」
のほほん笑顔で言う大樹に、俺はうなずく…しかない。
「そりゃあ、俺が小枝を処刑に追いやるなどあり得ないことだが…いやいや、ちょっと。順番に、いろいろ詳しく聞かせてもらおうかな?」
「でも、スリーパーは?」
「寝ている場合かっっ」
これは俺の一大事だ。こんなことを聞かされて、寝ていられるわけがないだろう???
「私も、王位は常々兄上がなるのが相応だと思っていましたよ。しかし、父王が王太子を任命してしまうと、守護者の居ない兄上の命は風前の灯火でしたからね。それで父王も、のらくらと立太子しなかったのでは?」
エルアンリがそう言うが。俺は首を傾げる。
「そうか? そのような情は陛下にはないと思うが?」
「陛下が兄上に目をかけたら、すぐ殺されるでしょ? だから徹底的に目を合わせなかったのですよ。わかりにくいですがね。ジョシュアくらい年が離れて、ようやく子供を可愛いがることができたのだから。元々あの人は子煩悩なんですよ。わかりにくいけど」
大事なことなのか、わかりにくいを二度言ったエルアンリ。
「まぁ、いいようにとれば。そう見えなくもないがな」
「ジョシュアではなく兄上の立太子に同意したら、そういうことなのでしょう。とはいえ、父王は全く頼りになりませんからね、これからは私が兄上をしっかり支える所存です。もう黙って死期を待つようなことはしない。神の手に救われたこの命。ジュリアとともに幸せに過ごさなければ罰が当たります。スタインベルンの未来のためにも、あの女狐に一泡吹かせてやりますよ」
鼻息荒いエルアンリは珍しいが。
それにジュリアも、フンフンと相槌を打っている。
エルアンリが健康になり、似た恋人になってきたな。
それもタイジュが、彼の病をいやしてくれたからだ。
エルアンリの政治的才覚は目をみはるものがあったが。病弱のせいで、それが発揮できずにいた。
これからは力強い侍医も得て、私を頭脳的な位置で補佐してくれることだろう。
「殿下、私も伯爵位を継いで、殿下の政治面をお支えしましょうか?」
アンドリューも申し出てくれるが。
それは少しもったいない。
「気持ちはありがたいが。アンドリューは今一番騎士として才能が際立っている最中ではないか? 私と互角にやり合える手練れを、引退させるのは惜しい。アンドリューにはぜひ、騎士団の掌握に力を尽くしてもらいたいし。ノアとともにジョシュアの周囲の警戒を厳重にしてもらいたい。ジョシュアの無事があってこそ、私は公爵の力を得られるのだからな」
「承知しました、ジョシュア様を誠心誠意お守りします」
アンドリューが頭を下げたあと、マリアンヌが口にする。
「そうよぉ、公爵はジョシュアにデレデレお爺ちゃんですからね。ジョシュアになにかがあったら、この計画はすべて無に帰すわよぉ。それで、ディオン。あなたの次代の王にジョシュアを推してくれたら、完璧だわ」
それはやぶさかではないのだが。
「ジョシュアは小枝に御執心のようだが?」
私の次の王は、スタインベルンの血をつないでもらわないとならないからなぁ。
この前、小枝以外と結婚しません、なんて言っていたからなぁ?
するとマリアンヌは扇を広げてオホホと笑う。
「未来はどうなるか、わからないわぁ。ま、たとえジョシュアの意思が変わらなくても。私がもうひとり子をなす可能性もあるわけだし。エルアンリの御子を養子にしてもいいのじゃなくて? ジュリアは健康的だから子だくさんになるかもしれなくてよぉ?」
マリアンヌのからかいに、ジュリアは珍しく頬を赤くする。
少年のような顔つきながらな。
「それでは公爵家の血脈が入らないが?」
王家に、次代の王位に、公爵家の血筋が関わることが。俺を支持する条件だと思ったので、マリアンヌにたずねる。
まぁ、エルアンリの御子を早いうちに後継として据えるのが、一番しっくりくる。
己の心境としては、小枝もアリなのだが。
スタインベルンの血脈が入っていないと、女神フォスティーヌの系譜が立たれてしまうし。
貴族連中の反発も大いに考えられるからな?
未来の血筋を絶やさぬことも王族の務め、とはいえ。
この件は当事者ではなく周りがやいのやいのと騒がしくなるから、面倒な事柄である。
「いいえ、必ずしも血脈にはこだわっていないわ。それよりも正当な関係性が重要かしら。公爵家の養子になったタイジュが王妃の地位に就けば。公爵家の体面は大いに保たれるのよ? 少し口を出せる資格があればいいの。ただディオンが側室を作ってタイジュをないがしろにしたら。公爵はバックを降りるかもしれませんけどぉぉ?」
「それはない。百パーセント、ない」
その件については、即座に断言できる。
俺は大樹に捨てられないよう、必死なのだ。
男も女も、大樹以上に俺を慈しんでくれる者はない。
「あら、そう? ごちそうさまですわぁ」
嬉々としてからかったのに、俺が真面目に返したから興ざめ、という顔で。マリアンヌは扇をパチリと閉じるのだった。
「兄上、父王に婚約の報告をするときは。私たちも結婚の日取りなどの相談をしたいです。ご一緒に、陛下にお目見えしてもいいですか?」
エルアンリも、ジュリアの肩を抱いてそう言ってくる。
健康に自信がなく、長い付き合いであったのに、なかなか結婚に踏み切れずにいたが。
とうとうジュリアとの結婚を決意したようだ。
「構わぬ。めでたい話が続くのは、スタインベルン王家にとっても良いことだからな」
俺らは笑い合い、サロンに和やかな空気が流れる。
そうして、王妃とニジェールに対抗するべく。
ここにマリアンヌ、エルアンリ、アンドリュー、ミレージュ公爵家チームが結成された。
エルアンリが言うように。
もう黙って、やつらの攻撃をしのぐだけの日々にはしないのだ。
とは言っても。やつらは姑息で、なかなか尻尾を掴ませないから。
女狐に一矢報いる、その決定打には欠けるのが実情だがな。
★★★★★
夜、いつものように俺と大樹はひとつの寝台に横たわっている。
大樹の黒髪は、出会ったときよりだいぶ長くなってきた。
今は肩口に毛先が触れるくらいの長さだ。
長髪になったら、彫刻の女神フォスティーヌ像のようになるかなと思ったけれど。
やはり、そこは男性だから。
女性っぽい感じにはならないな。
だけど、前髪が目のふちにかかって、その影が艶めいて見える。
黒髪は光沢を放って、白く輝き。まるで天使の輪っかのようだ。
手を差し入れると、指の隙間をさらりと髪の毛が通って。なにやらくすぐったく感じる。
「くすぐったいから、やめてください」
大樹も、同じ感想を持っていたようだ。
以心伝心のようで。笑みが自然と浮かぶ。嬉しい。
「くすぐったいだけか?」
親指で耳のふちをなぞれば。
大樹はやんわり目を細めて。頬を染める。
感じた? 大樹は敏感だからな。
感度がいいから、はじめての情交でも快楽が生まれた。
そこは、良かった。
痛い思いをさせたら、二度と触れさせてもらえなくなるかもしれないからな。
俺は大樹の頭を手で支え、くちづけた。
舌を絡ませ合えば、甘くとろけるようで。
ずっと味わっていたい。
けれど、朝。
はじめての情交に、気分が舞い上がって。
ずっと大樹とくっついていたくて。
イチャイチャしたくて。
部屋に戻ろうとする大樹を引き留めて、しつこく触れていたら。
起きたばかりなのにスリーパーをかけられそうになってしまった。マジ怒りだ。
仕方がないではないか。はじめて心が通い合ったのだ。
ずっと抱き合っていたいではないかっ。
だが大樹は。パパになって小枝の元へ行く大樹は。いつまでも甘さを引きずってはくれないのだった。
クールな奴め。ふふ。
怒るような、残念なような気持ちがありながらも。嬉しさが勝って。
頬がゆるむな。
そんなことがあったから。あんまり長くくちづけていたら怒られそうだった。
夜だから、スリーパーされるのは構わないが。
もう少し大樹との会話を楽しみたいからな。
そして、そっと唇を離し、濡れた彼の口元を親指で拭ってやると。
大樹はうるませた瞳で、上目遣いに睨んでくるのだ。
うっ、それは。
可愛すぎて逆効果だぞ、大樹。
「ここまでですよ。ジョシュア王子に、まさかのアンドリューさんまでこの屋敷に滞在することになったんですからね? 彼らがいるうちは。浮ついた気にはなれません」
「わかった。俺はおまえには弱いのだ」
そうして、額にかかる前髪を中指ですくって、耳にかけてやると。
その感触が気持ち良いのか。またウルリと黒瞳が濡れた。
その真珠のような輝きに、俺の心はすぐにも囚われてしまう。
あぁ、どうしよう。大樹は自分と同じ男性体であるというのに。
可愛いと思う気持ちを止められないし。
体も華奢で、俺の肉体とは構造が違う、しなやかな肢体だった。
とにかく俺は、ひと目惚れしたときから、ずっと、どんどん、彼を好きになっていった。
性別など些末な問題で、いや、問題にもならないくらい。
彼を好きにならずにはいられなかったのだ。
「あの。俺、長い髪似合わないと思うのですけど」
「似合っている。でも、どうしても嫌なら。せめて結婚式までは伸ばしてくれ。綺麗に髪を結い上げたら、今も素敵だが、きっともっと美しくなる」
「もう、本当に付き合うの俺がはじめてなんですか? するする口説き文句が出てくるなんて」
「口説いていないぞ。事実を告げているのだ」
本心を口にしているのに。浅い口説き文句だと思われているなら不本意だ。
「それにぃ、結婚するか、まだわからないでしょ? 童貞を捨てた殿下が自信をつけて、女性とその気になるかも」
「ない。百パーセント、ない。あと、自信がないから女性と付き合わなかったわけでもない」
「そうでした。ディオンは筋金入りの女嫌い、でしたね?」
ふふと、俺のすぐそばで大樹が笑う。
その時間は。なんと幸福なことだろう。
俺は、こんな幸せなことがあるなんて、知らなかった。
想像すらしたことがなかった。
しかし今はもう。大樹を。小枝も。なにもかもを。
失うなんて、そちらの方こそ考えられないのだ。
「えぇ…じゃあ、それまで結んでいてもいいですか? 料理や診察のときはすでに邪魔で結んでいるんですけど。伸ばしっぱなしだから、みっともないでしょ?」
それまで、と言うのは。
結婚式まで伸ばしてくれるということで。
大樹がちゃんと結婚まで考えてくれている証だった。
彼は気づいていないようだが、俺はそんな、本心がこぼれた言葉が嬉しい。
「みっともなくない。いつも綺麗だぞ、大樹」
「…お世辞は、いいです」
「お世辞ではないが…まぁ、いい。レギと同じ髪型になってしまうが…」
俺は、大樹の髪がさらりと揺れるのが好きだから。ちょっとがっかりしてしまう。
垂れた前髪を、中指で耳にかける仕草とか。
日に当たるときらりと光る艶やかな黒髪。
大樹だけの色だ。
「わかりましたよ。そのままにしておきますよ。もう、項垂れる豹みたいな顔しないでください」
項垂れる豹、はよくわからぬが。
大樹が髪を垂らしたままにしてくれると言うので。嬉しさの表現で。
俺は彼の髪を一束手に取って、そっとくちづけた。
すると大樹は。頬を真っ赤に染めるのだった。
うぅ、これは。俺の方が我慢できなくなりそうだ。
「大樹、早くスリーパーをしろ」
言うと、大樹は少し目を丸くした。
「え、でも。自力で眠れるようになったのに」
「俺はいつでも、毎日でも、おまえを抱きたいのだ。だが、彼らがいるうちは嫌なのだろう? おまえの意に添わぬことはしたくないのだ」
「わかりました。でも、ちょっと俺も話があるので。そのあとスリーパーしていいですか?」
「あぁ、いいぞ。なんだ?」
大樹には昼間の、王族たちの悪だくみの件を話していない。
清らかな神の手は、ただそこにいるだけでよいので。余計な心痛はさせたくないのだ。
だから、大樹の話というのはそのことではなく。
なにを切り出されるのか、俺は若干緊張しつつ、聞いた。
「実は、俺と小枝は、この世界とは違うところから来たのです。そして小枝は以前、この世界で暮らしていた。前世はこの世界に関わっていたんですよ。そこで小枝は処刑されて…。そして今、もう一度同じ時を生きているらしいのです。それで小枝の処刑を回避するために、ディオンにはぜひとも王様になっていただけないかと…」
「ちょ、ちょ、ちょっと待て」
俺は。大樹の話をさえぎった。
俺は。自分で言うのもなんだが、賢王子と呼ばれるほどには頭脳が優秀。しかし、情報量が多すぎで思考回路がショートした。
なんか、とっても大事な話を、大樹はつらつらと垂れ流したのだがぁぁ?
「なんで俺が王になると、小枝の処刑は回避されるのだ?」
ツッコミどころが満載だが、とりあえずそこを聞いてみる。
「それは、小枝が処刑されたとき、それを命じたのが今の王様だからですよ? でも殿下が王様になって小枝を処刑しないって言ってくれたら、それは絶対なのぉぉって。ピカリとした顔で小枝は言っていました」
のほほん笑顔で言う大樹に、俺はうなずく…しかない。
「そりゃあ、俺が小枝を処刑に追いやるなどあり得ないことだが…いやいや、ちょっと。順番に、いろいろ詳しく聞かせてもらおうかな?」
「でも、スリーパーは?」
「寝ている場合かっっ」
これは俺の一大事だ。こんなことを聞かされて、寝ていられるわけがないだろう???
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病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
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