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番外 ディオン 俺を選んでくれた ②

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 エントランスからサロンに場所を移し、我らの悪だくみは続く。
「私も、王位は常々兄上がなるのが相応だと思っていましたよ。しかし、父王が王太子を任命してしまうと、守護者の居ない兄上の命は風前の灯火でしたからね。それで父王も、のらくらと立太子しなかったのでは?」
 エルアンリがそう言うが。俺は首を傾げる。
「そうか? そのような情は陛下にはないと思うが?」
「陛下が兄上に目をかけたら、すぐ殺されるでしょ? だから徹底的に目を合わせなかったのですよ。わかりにくいですがね。ジョシュアくらい年が離れて、ようやく子供を可愛いがることができたのだから。元々あの人は子煩悩こぼんのうなんですよ。わかりにくいけど」
 大事なことなのか、わかりにくいを二度言ったエルアンリ。

「まぁ、いいようにとれば。そう見えなくもないがな」
「ジョシュアではなく兄上の立太子に同意したら、そういうことなのでしょう。とはいえ、父王は全く頼りになりませんからね、これからは私が兄上をしっかり支える所存です。もう黙って死期を待つようなことはしない。神の手タイジュに救われたこの命。ジュリアとともに幸せに過ごさなければ罰が当たります。スタインベルンの未来のためにも、あの女狐に一泡ひとあわ吹かせてやりますよ」
 鼻息荒いエルアンリは珍しいが。
 それにジュリアも、フンフンと相槌を打っている。
 エルアンリが健康になり、似た恋人になってきたな。
 それもタイジュが、彼の病をいやしてくれたからだ。
 エルアンリの政治的才覚は目をみはるものがあったが。病弱のせいで、それが発揮できずにいた。
 これからは力強い侍医じいも得て、私を頭脳的な位置で補佐してくれることだろう。

「殿下、私も伯爵位を継いで、殿下の政治面をお支えしましょうか?」
 アンドリューも申し出てくれるが。
 それは少しもったいない。
「気持ちはありがたいが。アンドリューは今一番騎士として才能が際立っている最中ではないか? 私と互角にやり合える手練てだれを、引退させるのは惜しい。アンドリューにはぜひ、騎士団の掌握に力を尽くしてもらいたいし。ノアとともにジョシュアの周囲の警戒を厳重にしてもらいたい。ジョシュアの無事があってこそ、私は公爵の力を得られるのだからな」
「承知しました、ジョシュア様を誠心誠意お守りします」

 アンドリューが頭を下げたあと、マリアンヌが口にする。
「そうよぉ、公爵はジョシュアにデレデレお爺ちゃんですからね。ジョシュアになにかがあったら、この計画はすべて無にすわよぉ。それで、ディオン。あなたの次代の王にジョシュアを推してくれたら、完璧だわ」
 それはやぶさかではないのだが。
「ジョシュアは小枝に御執心ごしゅうしんのようだが?」
 私の次の王は、スタインベルンの血をつないでもらわないとならないからなぁ。
 この前、小枝以外と結婚しません、なんて言っていたからなぁ?

 するとマリアンヌは扇を広げてオホホと笑う。
「未来はどうなるか、わからないわぁ。ま、たとえジョシュアの意思が変わらなくても。私がもうひとり子をなす可能性もあるわけだし。エルアンリの御子を養子にしてもいいのじゃなくて? ジュリアは健康的だから子だくさんになるかもしれなくてよぉ?」
 マリアンヌのからかいに、ジュリアは珍しく頬を赤くする。
 少年のような顔つきながらな。

「それでは公爵家の血脈が入らないが?」
 王家に、次代の王位に、公爵家の血筋が関わることが。俺を支持する条件だと思ったので、マリアンヌにたずねる。
 まぁ、エルアンリの御子を早いうちに後継として据えるのが、一番しっくりくる。
 己の心境としては、小枝もアリなのだが。
 スタインベルンの血脈が入っていないと、女神フォスティーヌの系譜が立たれてしまうし。
 貴族連中の反発も大いに考えられるからな?
 未来の血筋を絶やさぬことも王族の務め、とはいえ。
 この件は当事者ではなく周りがやいのやいのと騒がしくなるから、面倒な事柄である。

「いいえ、必ずしも血脈にはこだわっていないわ。それよりも正当な関係性が重要かしら。公爵家の養子になったタイジュが王妃の地位に就けば。公爵家の体面は大いに保たれるのよ? 少し口を出せる資格があればいいの。ただディオンが側室を作ってタイジュをないがしろにしたら。公爵はバックを降りるかもしれませんけどぉぉ?」
「それはない。百パーセント、ない」
 その件については、即座に断言できる。
 俺は大樹に捨てられないよう、必死なのだ。
 男も女も、大樹以上に俺をいつくしんでくれる者はない。
「あら、そう? ごちそうさまですわぁ」
 嬉々としてからかったのに、俺が真面目に返したから興ざめ、という顔で。マリアンヌは扇をパチリと閉じるのだった。

「兄上、父王に婚約の報告をするときは。私たちも結婚の日取りなどの相談をしたいです。ご一緒に、陛下にお目見えしてもいいですか?」
 エルアンリも、ジュリアの肩を抱いてそう言ってくる。
 健康に自信がなく、長い付き合いであったのに、なかなか結婚に踏み切れずにいたが。
 とうとうジュリアとの結婚を決意したようだ。
「構わぬ。めでたい話が続くのは、スタインベルン王家にとっても良いことだからな」

 俺らは笑い合い、サロンに和やかな空気が流れる。
 そうして、王妃とニジェールに対抗するべく。
 ここにマリアンヌ、エルアンリ、アンドリュー、ミレージュ公爵家チームが結成された。
 エルアンリが言うように。
 もう黙って、やつらの攻撃をしのぐだけの日々にはしないのだ。
 とは言っても。やつらは姑息で、なかなか尻尾を掴ませないから。
 女狐に一矢報いる、その決定打には欠けるのが実情だがな。

     ★★★★★

 夜、いつものように俺と大樹はひとつの寝台に横たわっている。
 大樹の黒髪は、出会ったときよりだいぶ長くなってきた。
 今は肩口に毛先が触れるくらいの長さだ。
 長髪になったら、彫刻の女神フォスティーヌ像のようになるかなと思ったけれど。
 やはり、そこは男性だから。
 女性っぽい感じにはならないな。
 だけど、前髪が目のふちにかかって、その影が艶めいて見える。
 黒髪は光沢を放って、白く輝き。まるで天使の輪っかのようだ。
 手を差し入れると、指の隙間をさらりと髪の毛が通って。なにやらくすぐったく感じる。
「くすぐったいから、やめてください」
 大樹も、同じ感想を持っていたようだ。
 以心伝心のようで。笑みが自然と浮かぶ。嬉しい。
「くすぐったいだけか?」
 親指で耳のふちをなぞれば。
 大樹はやんわり目を細めて。頬を染める。
 感じた? 大樹は敏感だからな。
 感度がいいから、はじめての情交でも快楽が生まれた。
 そこは、良かった。
 痛い思いをさせたら、二度と触れさせてもらえなくなるかもしれないからな。

 俺は大樹の頭を手で支え、くちづけた。
 舌を絡ませ合えば、甘くとろけるようで。
 ずっと味わっていたい。

 けれど、朝。
 はじめての情交に、気分が舞い上がって。
 ずっと大樹とくっついていたくて。
 イチャイチャしたくて。
 部屋に戻ろうとする大樹を引き留めて、しつこく触れていたら。

 起きたばかりなのにスリーパーをかけられそうになってしまった。マジ怒りだ。

 仕方がないではないか。はじめて心が通い合ったのだ。
 ずっと抱き合っていたいではないかっ。
 だが大樹は。パパになって小枝の元へ行く大樹は。いつまでも甘さを引きずってはくれないのだった。
 クールな奴め。ふふ。
 怒るような、残念なような気持ちがありながらも。嬉しさが勝って。

 頬がゆるむな。

 そんなことがあったから。あんまり長くくちづけていたら怒られそうだった。
 夜だから、スリーパーされるのは構わないが。
 もう少し大樹との会話を楽しみたいからな。

 そして、そっと唇を離し、濡れた彼の口元を親指で拭ってやると。
 大樹はうるませた瞳で、上目遣いに睨んでくるのだ。
 うっ、それは。
 可愛すぎて逆効果だぞ、大樹。

「ここまでですよ。ジョシュア王子に、まさかのアンドリューさんまでこの屋敷に滞在することになったんですからね? 彼らがいるうちは。浮ついた気にはなれません」
「わかった。俺はおまえには弱いのだ」
 そうして、額にかかる前髪を中指ですくって、耳にかけてやると。
 その感触が気持ち良いのか。またウルリと黒瞳が濡れた。
 その真珠のような輝きに、俺の心はすぐにも囚われてしまう。

 あぁ、どうしよう。大樹は自分と同じ男性体であるというのに。
 可愛いと思う気持ちを止められないし。
 体も華奢で、俺の肉体とは構造が違う、しなやかな肢体だった。
 とにかく俺は、ひと目惚れしたときから、ずっと、どんどん、彼を好きになっていった。
 性別など些末な問題で、いや、問題にもならないくらい。
 彼を好きにならずにはいられなかったのだ。

「あの。俺、長い髪似合わないと思うのですけど」
「似合っている。でも、どうしても嫌なら。せめて結婚式までは伸ばしてくれ。綺麗に髪を結い上げたら、今も素敵だが、きっともっと美しくなる」
「もう、本当に付き合うの俺がはじめてなんですか? するする口説くどき文句が出てくるなんて」
「口説いていないぞ。事実を告げているのだ」
 本心を口にしているのに。浅い口説き文句だと思われているなら不本意だ。

「それにぃ、結婚するか、まだわからないでしょ? 童貞を捨てた殿下が自信をつけて、女性とその気になるかも」
「ない。百パーセント、ない。あと、自信がないから女性と付き合わなかったわけでもない」
「そうでした。ディオンは筋金入りの女嫌い、でしたね?」
 ふふと、俺のすぐそばで大樹が笑う。
 その時間は。なんと幸福なことだろう。
 俺は、こんな幸せなことがあるなんて、知らなかった。
 想像すらしたことがなかった。
 しかし今はもう。大樹を。小枝も。なにもかもを。
 失うなんて、そちらの方こそ考えられないのだ。

「えぇ…じゃあ、それまで結んでいてもいいですか? 料理や診察のときはすでに邪魔で結んでいるんですけど。伸ばしっぱなしだから、みっともないでしょ?」
 それまで、と言うのは。
 結婚式まで伸ばしてくれるということで。
 大樹がちゃんと結婚まで考えてくれている証だった。
 彼は気づいていないようだが、俺はそんな、本心がこぼれた言葉が嬉しい。

「みっともなくない。いつも綺麗だぞ、大樹」
「…お世辞は、いいです」
「お世辞ではないが…まぁ、いい。レギと同じ髪型になってしまうが…」
 俺は、大樹の髪がさらりと揺れるのが好きだから。ちょっとがっかりしてしまう。
 垂れた前髪を、中指で耳にかける仕草とか。
 日に当たるときらりと光る艶やかな黒髪。
 大樹だけの色だ。

「わかりましたよ。そのままにしておきますよ。もう、項垂うなだれるひょうみたいな顔しないでください」
 項垂れる豹、はよくわからぬが。
 大樹が髪を垂らしたままにしてくれると言うので。嬉しさの表現で。
 俺は彼の髪を一束ひとたば手に取って、そっとくちづけた。
 すると大樹は。頬を真っ赤に染めるのだった。
 うぅ、これは。俺の方が我慢できなくなりそうだ。

「大樹、早くスリーパーをしろ」
 言うと、大樹は少し目を丸くした。
「え、でも。自力で眠れるようになったのに」
「俺はいつでも、毎日でも、おまえを抱きたいのだ。だが、彼らがいるうちは嫌なのだろう? おまえの意に添わぬことはしたくないのだ」
「わかりました。でも、ちょっと俺も話があるので。そのあとスリーパーしていいですか?」
「あぁ、いいぞ。なんだ?」

 大樹には昼間の、王族たちの悪だくみの件を話していない。
 清らかな神の手は、ただそこにいるだけでよいので。余計な心痛はさせたくないのだ。
 だから、大樹の話というのはそのことではなく。
 なにを切り出されるのか、俺は若干緊張しつつ、聞いた。

「実は、俺と小枝は、この世界とは違うところから来たのです。そして小枝は以前、この世界で暮らしていた。前世はこの世界に関わっていたんですよ。そこで小枝は処刑されて…。そして今、もう一度同じ時を生きているらしいのです。それで小枝の処刑を回避するために、ディオンにはぜひとも王様になっていただけないかと…」
「ちょ、ちょ、ちょっと待て」
 俺は。大樹の話をさえぎった。
 俺は。自分で言うのもなんだが、けん王子と呼ばれるほどには頭脳が優秀。しかし、情報量が多すぎで思考回路がショートした。
 なんか、とっても大事な話を、大樹はつらつらと垂れ流したのだがぁぁ?

「なんで俺が王になると、小枝の処刑は回避されるのだ?」
 ツッコミどころが満載だが、とりあえずそこを聞いてみる。
「それは、小枝が処刑されたとき、それを命じたのが今の王様だからですよ? でも殿下が王様になって小枝を処刑しないって言ってくれたら、それは絶対なのぉぉって。ピカリとした顔で小枝は言っていました」
 のほほん笑顔で言う大樹に、俺はうなずく…しかない。
「そりゃあ、俺が小枝を処刑に追いやるなどあり得ないことだが…いやいや、ちょっと。順番に、いろいろ詳しく聞かせてもらおうかな?」
「でも、スリーパーは?」
「寝ている場合かっっ」

 これは俺の一大事だ。こんなことを聞かされて、寝ていられるわけがないだろう???

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